2018年の投稿詩 第121作は 三斗 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-121

  尋春        

山嶽迢遙帶淡霞   山岳迢遥として淡霞を帯び

小橋淺水路三叉   小橋 浅水 路三叉

餘寒惻惻梅花瘦   余寒惻惻として梅花痩せ

春意猶遲情亦加   春意なお遅く情また加はる

          (下平声「六麻」の押韻)



<解説>

 梅が痩せると云う表現を誤解しているかも知れぬと思っております。
 寒くてまだ開ききらぬことを以て痩せると云うか、咲き尽して花期が過ぎつつあることを以て痩せると唱えるか。

<感想>

 前半はよく情景が出ていると思います。
 ただ、「帶淡霞」「淺水」は春が来たことを視覚的に捉えた表現ですので、転句で「餘寒」と来ると季節が一つ戻った感じになります。
 また、「餘寒惻惻」と結句の「春意猶遲」も意味としては重なっていますので、どちらかに絞りたいですね。
 風などを持ってきて、「東風吹過梅花痩」とか、「寒林數點梅花蕾」のようにしてはどうでしょう。

 結句は「情亦加」ですが、「猶遲」ですと「まだ来ない」という否定的な気持ちが強く、どんな「情」が「加」わるのかがピンと来ません。
 同じ「遲」でも「遲遲」とすれば作者の感情が薄れて「春がゆっくりと来る」(それが)「味わい深い」というような形で早春の趣が出てきます。

 疑問としておられた「梅花痩」は、早春で梅がまだ十分に開かない場面にも、梅が満開を終えてしぼんだ場面にも使います。また、梅の木は枯れた老木のように見えるので、その形容としても使うようです。



2018. 4. 8                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第122作は 三斗 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-122

  和春        

起行曳杖趁朝晴   起行し杖を曳き朝の晴を趁ふ

弱柳搖搖照眼明   弱柳揺揺と眼を照して明るし

雪解水溫花初發   雪解け水温み花初めて発く

東風過後一鶯鳴   東風過ぎて後 一鶯鳴く

          (下平声「八庚」の押韻)



<解説>

「曳杖」とは老人のようで厭な詩語の一つと感じておりますが、それも誤解やも知れず、老若問わずスタイルとして詩人は杖を引くものらしいと察せられもします。

<感想>

 確かに「曳杖」は漢詩の常套句で、作者を登場させるには便利な言葉ですが、三斗さんのようにお若い方が使うと違和感があります。
 作者以外の登場人物を誰か指しているのかと思います。
 題画のように、何か場面があって描くならば良いですが。

 「春日」とかも考えられますが、次の柳につなげるには「村巷」「幽巷」と場所を表す形が良いでしょうかね。

 承句の「照眼」はどんな意図でしょうか。「弱柳揺揺」「明」をつなげる言葉が欲しいですので、「翠樹」などで色を出してはどうでしょう。

 結句は「東風過後」が時間経過を表して、良い表現です。



2018. 4. 8                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第123作は 地球人 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-123

  早春        

空庭細雨驟寒生   空庭 細雨 驟寒を生ず

芳信未聞吟不成   芳信 未だ聞かず 吟成らず

雲散春光天地好   雲散じ 春光 天地好し

新鶯蝶舞暖風軽   新鶯 蝶舞ひ 暖風軽し

          (下平声「八庚」の押韻)



<感想>

 前半は春まだ浅き風情で、これはこれでわかります。後半は晴れた空の下、春の陽気が伝わりますので、これもわかります。
 ただ、前半と後半をつなげると、冬から一気に春へ移るようで、同じ場面の詩とは思えません。
 その変化の激しさが「早春」だという意図としても、唐突感は残りますので、措辞の面で丁寧さが必要になります。

 起句の「驟寒」は突然訪れる寒さ、三月四月の「寒の戻り」に該当する言葉で、「早春」ですとやや早すぎる感があります。「曉寒」と朝方に限定してはどうでしょう。

 承句は「未聞」「吟不成」が単調で、「既聞」(この場合には逆接で「既に聞くも」とします)とか、「芳信一月吟未成」などの表現も面白いでしょう。

 転句は「雲散」「春光」では説明調なのと、下三字へのつながりが弱いので、「雲散忽知天地好」とまとめた形や「日午雲消」と時間を表す形も考えられますね。

 結句は上々です。



2018. 4. 8                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第124作は 調布T.N さんからの作品です。
 

作品番号 2018-124

  早曉偶成        

早曉東風敲茆扃   早曉の東風 茆扃を敲き

梅花亂發賑荒庭   梅花亂れ發き 荒庭を賑す

若鶯囀語朝來興   若鶯の囀語 朝來の興

春到郊墟一草亭   春は郊墟の一草亭に到る

          (下平声「九青」の押韻)



<解説>

 早朝、近所の粗末な「あずまや」で休み、春を身近に感じました。

<感想>

 二月にいただいた詩ですので、「梅花亂發」や「若鶯囀語」も実景で、春を実感された思いの詩でしょうね。
 全体の情景がよく目に浮かびます。

 起句の「曉」と転句の「朝」が重なります。
 また、「朝來」は時間の長さを含んで「朝から」ということですが、今が「曉」だとすると、いつの「朝から」なのか悩ましいですね。
 題名が「早曉」ですので、転句の「朝來」を直すことになります。
 「數鶯囀語遷烟樹」でしょうか。

 結句は「茆扃」「荒庭」と来て更に「郊墟」「草亭」と来ると、謙遜し過ぎで、「梅花」や「若鶯」がそぐわない印象になります。
 ここは、良い風景に遭遇したという感じで収めた方が良いでしょうね。
 下三字を「萬草青」だけでも良いし、あるいは全体を「滿地春光草色青」のようにしても良いでしょう。



2018. 4. 10                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第125作は 深渓 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-125

  称宇野羽生        

平昌氷上舞金銀   平昌 氷上 金銀舞ふ

宇野羽生感更新   宇野 羽生 感更に新たなり

落落人生余力在   落落たる人生 余力在り

縦横記得是青春   縦横 記し得たり 是れ青春

          (上平声「十一真」の押韻)



<解説>

「平昌」: 韓国五輪会場
「宇野」: 宇野昌磨、銀メダル受賞
「羽生」: 羽生弓弦、金メダル受賞
「落落」: 大きいさま
「縦横」: 東西南北・住自在
「記得」: 世界に冠たるを記した
    。

<感想>

 冬季五輪は色々な話題がありましたが、やはり何と言っても羽生君と宇野君の金銀ダブル受賞は嬉しかったですね。
 特に怪我に打ち勝った羽生君が、「傷めた右脚(が持ちこたえてくれたこと)に感謝したい」と語ったことは、私たちは出場すら心配していたわけで、そうした人々へのメッセージなのだと思いました。

 承句は「感」では弱いので、「歓」が良いでしょうね。

 転句の「落落」は「大きい」という意味もありますが、「人生」の形容としてはマイナスになる用例もあり、誤解されるかもしれません。
 「精励」などを用いてはどうでしょうか。



2018. 4.13                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第126作は 深渓 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-126

  憶漢詩樂会        

白社迎師寄此身   白社 師を迎へ此に身を寄て

武州調布一閑人   武州 調布の 一閑人

忘年今夕杯觴会   年を忘れ 今夕 杯觴の会

承訓桐山未足珍   桐山に訓を承り 未だ珍とするに足らず

          (上平声「十一真」の押韻)



<解説>

 先日の詩会で、結句の「承訓桐山未足珍」は名前を呼び捨ての感があって、如何かと…声あり。

<感想>

 こちらの詩は、調布の「漢詩を楽しむ会」でのことを書かれたものですね。
 一月に私がお伺いした折で、漢詩→お酒→カラオケとフルコースを楽しませていただきました。

 「呼び捨て」の件は、私自身のことで言えば別に気にしないので何でも良いのですが、一般的な観点で言えば、本名を呼び捨てはだめですが、雅号で呼ぶのならば余程大丈夫だと思います。

 結句の「未足珍」は「まだまだ力不足だ」という意味で、蘇軾の詩の「退筆如山未足珍 読書萬巻始通神」がよく知られていますね。





2018. 4.13                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第127作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-127

  早春偶成        

季冬經轉變   季冬 経に転変

迅疾物華移   迅疾 物華移る

燧海輕波舞   燧海(すいかい) 軽波舞ひ

靈山遍路姿   霊山は遍路の姿

草芽萌動節   草芽 萌動の節

志士躍如時   志士 躍如の時

四望候春序   四望 候 春序

高吟李杜詩   高吟す 李杜の詩

          (上平声「四支」の押韻)



<解説>

「季冬」:冬の末
「霊山」:四国八十八カ所第六十五番札所三角寺
「燧海」:瀬戸内海の燧灘(ひうちなだ) 


<感想>

 四国のお遍路、まだ冬の終わりの季節ですと、寒さも厳しかったことでしょうね。

 五言律詩の対句ということで見ますと、頷聯は『海」「山」を対比させて分かりやすくなっていますね。
「燧海」と固有名詞を出したので、下句も固有名詞があるともっと対が生きたかもしれません。

 頸聯の「志士」は坂本龍馬でしょうか。「草芽」との対として見ていくと、突然という印象です。「志士」がこの部分で難の役割を果たしているのか、その必要性も疑問です。

 その流れのまま尾聯に行くので、「高吟李杜詩」も中途半端で、全体の流れも、四国の風景、歴史的な感懷、李杜詩の高吟となり、結局、この詩では感動がどこにあるのかが分からない状態です。
 私の読み方が足りないかもしれませんが、頸聯で「志士」を取りあえず削って、聯自体を作者の近くの風景とすると、視点が集まってきて読みやすくなるでしょう。



2018. 4.13                  by 桐山人