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入若耶渓 王籍(梁)
艅艎何汎汎 艅艎 何ぞ汎汎
空水共悠悠 空水 共に悠悠
陰霞生遠岫 陰霞 遠岫に生じ
陽景逐迴流 陽景 迴流を逐ふ
蝉噪林逾静 蝉噪がしくして林逾いよ静かに
鳥鳴山更幽 鳥鳴いて山更に幽なり
此地動帰念 此の地 帰念を動かし
長年悲倦遊 長年 倦遊を悲しむ
[口語訳]
きれいな船は何とも美しく水に浮かび
空も水もどちらも遙かに広がる
(遠く)雲やかすみは遠い山の頂に生じ
(近く)光や影は廻る水を追っていく
蝉は騒がしく鳴いて 林はますます静かに
鳥が鳴いて 一層寂しさがつのる
この場所で故郷に帰りたい気持ちが高まり
長い年月の旅暮らしにもあきて悲しくなる
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滕王閣 王勃(初唐)
滕王高閣臨江渚 滕王の高閣 江渚に臨み
佩玉鳴鸞罷歌舞 佩玉 鳴鸞 歌舞罷みたり
画棟朝飛南浦雲 画棟 朝に飛ぶ南浦の雲
朱簾暮捲西山雨 朱簾 暮れに捲く西山の雨
間雲潭影日悠悠 間雲 潭影 日に悠悠
物換星移幾度秋 物換り星移り幾度の秋
閣中帝子今何在 閣中の帝子 今何くにか在る
檻外長江空自流 檻外の長江 空しく自ら流る
[口語訳]
滕王の高閣は江の渚を臨んで立ち
高官や貴族が集っての歌舞の宴も終わってしまった
色彩やかに塗られた棟木には朝には南の入り江の雲が飛び
赤くきれいな簾は夕方には西の山に降る雨を看るために巻き上げられただろう
静かな雲、淵の陰影は日々変わらずにあるが
人の世の物事は変化し、歳月は流れ、幾度の季節が過ぎたことか
高殿の帝の御子は今はどこにおられるか
手すりの外の長江は、ただあるがままに流れていることだ
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蜀中九日 王勃(初唐)
九月九日望郷台 九月九日 望郷の台
他席他郷送客杯 他席他郷 客を送るの杯
人情已厭南中苦 人情 已に厭ふ 南中の苦
鴻雁那従北地来 鴻雁 那ぞ北地より来たる
[口語訳]
重陽の九月九日 高台に登って故郷を望んだ
故郷から遠く離れたこの地で 別れの杯を交わす
人である私の心はもう南方での苦しい生活には耐えられないのに
渡り鳥はどうして北の地からわざわざ来るのだろうか
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日本刀歌 歐陽脩(北宋)
昆夷道遠不復通 昆夷は道遠くして 復た通ぜず
世伝切玉誰能窮 世 切玉を伝ふるも 誰か能く窮めん
宝刀近出日本国 宝刀 近ごろ日本国に出で
越賈得之滄海東 越賈 之を滄海の東に得たり
魚皮装貼香木鞘 魚皮にて装貼す 香木の鞘
黄白閑雑鍮与銅 黄白 閑雑す 鍮と銅と
百金伝入好事手 百金もて伝へ入る 好事の手
佩服可以禳妖凶 佩服すれば 以て妖凶を禳ふべし
伝聞其国居大島 伝へ聞く 其の国は大島に居り
土壌沃饒風俗好 土壌 沃饒にして 風俗好し
其先徐福詐秦民 其の先の徐福 秦民を詐り
採薬淹留丱童老 薬を採って淹留し 丱童老ゆ
百工五種与之居 百工 五種 之と与に居り
至今器玩皆精巧 今に至って器玩 皆 精巧なり
前朝貢献屡往來 前朝に貢献して 屡ば 往來し
士人往往工詞藻 士人は往往にして 詞藻に工みなり
徐福行時書未焚 徐福行きし時 書未だ焚かず
逸書百篇今尚存 逸書百篇 今尚ほ存す
令厳不許伝中国 令厳しくして中国に伝ふるを許さず
挙世無人識古文 世を挙げて人の古文を識るもの無し
先王大典蔵夷貊 先王の大典 夷貊に蔵す
蒼波浩蕩無通津 蒼波 浩蕩として 津を通ずる無し
令人感激坐流涕 人をして感激して 坐ろに涕を流さしむ
鏽渋短刀何足云 鏽渋の短刀 何ぞ云ふに足らんや
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嘲少年惜花 歐陽脩(北宋)
紛紛紅蕊落泥沙 紛紛たる紅蕊 泥沙に落つ
少年何用苦咨嗟 少年 何を用って 苦だ咨嗟する
春風自是無情物 春風自ら是 無情の物
肯爲汝惜無情花 肯へて汝が為に 無情の花を惜しまんや
今年花落明年好 今年花落ち 明年好し
但見花開人自老 但だ見る 花開いて 人自ら老ゆるを
人老不復少 人老いて 復た少からず
花開還更新 花開いて 還た更に新たなり
使花如解語 花をして如し語を解せしめば
應笑惜花人 応に笑ふべし 花を惜しむの人を
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商山早行 温庭筠(晩唐)
晨起動征鐸 晨に起きて征鐸を動かす
客行悲故郷 客行 故郷を悲しむ
鶏声茅店月 鶏声 茅店の月
人迹板橋霜 人迹 板橋の霜
槲葉落山路 槲葉(こくよう) 山路に落ち
枳花明駅牆 枳花 駅牆(えきしょう)に明かなり
因思杜陵夢 因りて思ふ 杜陵の夢
鳧雁満回塘 鳧雁 回塘に満つ
(下平声「九青」の押韻)
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西亭春望 賈至(盛唐)
日長風暖柳青青 日長く 風暖にして 柳青青
北雁帰飛入窅冥 北雁帰り飛び 窅冥に入る
岳陽城上聞吹笛 岳陽城上 吹笛を聞く
能使春心満洞庭 能く春心をして洞庭に満たしむ
(下平声「九青」の押韻)
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夏夜苦蚊 華岳(南宋)
四壁人聲絶 四壁 人声絶ゆ
榻下蚊煙滅 榻下 蚊煙滅す
可憐翠微翁 憐むべし 翠微の翁
一夜敲打拍 一夜 敲き打ち拍く
(五言古詩 「絶」「滅」「拍」… 入声「九屑」、入聲「十一陌」の通韻)
[口語訳]
周りから人の話し声も消え
倚子の下の蚊遣りの煙ももう消えた
やれやれ 白髪頭の爺さんは
一晩中 敲いて打って拍いてじゃよ
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題袁氏別業 賀知章(盛唐)
主人不相識 主人 相識らず
偶坐為林泉 偶坐するは林泉の為なり
莫謾愁沽酒 謾(みだ)りに酒を沽うを愁うること莫かれ
嚢中自有銭 嚢中 自ら銭有り
[口語訳]
ここの主人とは知り合いじゃないが、
庭が良いから ちとお邪魔。
まあ、そんなに酒代を心配なさるな。
わしの財布にも多少は銭がありますよ。
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回郷偶書 賀知章(盛唐)
少小離家老大回 少小にして家を離れ 老大にして回る
郷音無改鬢毛摧 郷音 改まる無く 鬢毛摧かる
児童相見不相識 児童相見て 相識らず
笑問客従何処来 笑ひて問ふ 客は何処より来たるかと
[口語訳]
若い時に故郷を離れ 年老いて帰ってきた
田舎の言葉は直っていないまま髪の毛だけが白くなった
子ども達が寄ってきて見るが、顔見知りでもない。
笑いながら「おじさん、どこから来たの?」と尋ねてくるよ。
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尋隠者不遇 賈島(中唐)
松下問童子 松下 童子に問ふ
言師採薬去 言ふ 師は薬を採りて去ると
只在此山中 只だ此の山中に在り
雲深不知処 雲深くして 処を知らず
(上声「六語」の押韻)
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度桑乾 賈島(中唐)
客舎并州已十霜 客舎す 并州 已に十霜
帰心日夜憶咸陽 帰心 日夜 咸陽を憶ふ
無端更渡桑乾水 端無くも更に渡る 桑乾の水
却望并州是故郷 却って并州を望めば 是れ故郷
(下平声「七陽」の押韻)
[口語訳]
并州(山西省中部)に旅暮らしをして すでに十年
故郷に帰りたいという気持ちは昼も夜も湧き 故郷の咸陽(長安)を想い続けた。
思いがけずも更に桑乾河(山西省から北京、渤海に注ぐ。下流は盧溝河、盧溝橋がある)を渡って北へ行く。
振り返って并州を遠く望めば ここも故郷のように思えてくることだ。
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度桑乾 賈島(中唐)
露滴梧葉鳴 露滴りて 梧葉鳴り
秋風桂花發 秋風 桂花発く
中有學仙侶 中に仙を学ぶ侶(ともがら)有り
吹簫弄山月 簫を吹いて 山月を弄す
(入声「六月」の押韻)
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雜詩 四首之一 韓愈(中唐)
朝蠅不須驅 朝蠅は駆るを須ひず
暮蚊不可拍 暮蚊は拍つべからず
蠅蚊滿八區 蠅蚊 八区に満つ
可盡與相格 尽(ことごと)く与(とも)に相格すべけんや
得時能幾時 時を得ること 能く幾時ぞ
與汝恣啖咋 汝の与(ため)に啖咋(たんさく)を恣(ほしいまま)にせしめん
涼風九月到 涼風 九月到らば
掃不見蹤跡 掃ひて蹤跡を見ず
(五言古詩 「拍」「格」「咋」「跡」…入声「十一陌」の押韻)
「啖咋」…食らいつき食べること
[口語訳]
朝の蠅は追い払うまでもない
夕方の蚊も撃ち殺すべきでない
蠅や蚊は四方八方に満ちていて
それらを全て格闘していられようか
時を得てはびこるのはどれくらいあろう
お前のために食いつくのも好きにさせてやろう
涼風の九月になれば
一掃されて跡形もなく見えなくなろう
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渡易水歌 荊軻(時代)
風蕭蕭兮易水寒 風は蕭蕭として 易水寒し
壮士一去兮不復還 壮士一たび去って 復た還らず
[口語訳]
風はもの寂しく吹き渡り 易水の流れは寒々としている
壮士として私は一たび去れば 二度と還ることはないのだ
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永寧南原秋望 元好問(金)
浩浩西風入敝衣 浩浩たる西風は 敝衣に入り
茫茫野色動清悲 茫茫たる野色は 清悲を動かす
洗開塵漲雨纔定 塵の漲るを洗開して 雨纔かに定まる
老盡物華秋不知 物華を老盡するも 秋知らず
烽火苦教郷信断 烽火 苦だ郷信をして断たしめ
砧聲偏與客心期 砧聲 偏へに 客心と期す
百年人事登臨地 百年の人事 登臨の地
落日飛鴻一線遲 落日 飛鴻 一線遲し
[口語訳]
広々と吹き抜ける秋風は破れ衣に入りこみ、
ぼうと広がる野の景色は、清く悲しい気持ちにさせる。
空をみなぎるほどの塵埃を洗い流して、雨はようやく収まり
華やかな自然を衰えさせていくことを秋は知らぬままだ。
戦ののろしは故郷からの便りを絶やすばかり、
砧の音はまるで旅愁と合わせたように響く。
この一生でのさまざまな出来事を思いながら山に登ると
落ちる夕日の中、一線を描くおおとりの飛ぶ姿も、遅く見えることだ
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聞白楽天左降江州司馬 元稹(中唐)
残燈無焔影幢幢 残燈 焔無く 影幢幢(どうどう)たり
此夕聞君謫九江 此の夕 君が九江に謫せらるるを聞く
垂死病中驚起坐 垂死の病中 驚きて起坐すれば
暗風吹面入寒窓 暗風 面を吹きて 寒窓に入る
[口語訳]
光の薄れた灯火は炎も立てず、火影は薄暗い。
この夜に、君が九江郡の司馬に左遷されたという知らせを受けた。
瀕死の病中の私は、驚いて起き上がり床に座ると
暗闇からの風が顔を吹き、寒々とした窓から入ってきた。
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垓下歌 項羽(楚)
力抜山兮氣蓋世 力は山を抜き 気は世を蓋ふ
時不利兮騅不逝 時利あらず 騅逝かず
騅不逝兮可奈何 騅の逝かざる 奈何(いかん)すべき
虞兮虞兮奈若何 虞や虞や 若(なんじ)を若何(いかん)せん
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梅花九首(一) 高啓(明)
瓊姿只合在瑶台 瓊姿 只合に瑶台に在るべし
誰向江南処処栽 誰か 江南に向かって 処処に栽う
雪満山中高士臥 雪は山中に満ちて 高士 臥し
月明林下美人来 月は林下に明らかにして 美人 来たる
寒依疏影蕭蕭竹 寒は依る 疏影 蕭蕭たる竹
春掩残香漠漠苔 春は掩ふ 残香 漠漠たる苔
自去何郎無好詠 何郎の去りてより 好詠無し
東風愁寂幾回開 東風 愁寂 幾回か開く
[口語訳]
玉のような姿は、まったく瑶台(月の世界)こそが似つかわしいのに
誰が江南の地のあちこちに植えたのだろうか。
雪は山中に積もり、そこでは梅は心清らかな人が臥しているようであり、
月が林を照らす時には、美人に姿を変えて現れたと言われるのももっともだ。
寒い時には、まだ花の少ないまばらな枝が寂しそうな竹に寄り添うし、
春になれば、残り香が薄暗い苔の辺りにまで覆うように漂う。
何郎がいなくなって以来、梅をうまく詠んだ詩も無く、
春風の中、寂しそうに何度花を咲かせたことだろう。
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尋胡隠君 高啓(明)
渡水復渡水 水を渡り復た水を渡り
看花還看花 花を看還た花を看る
春風江上路 春風江上の路
不覚到君家 覚えず君が家に到る
[口語訳]
春の一日、川に沿ってゆったりと歩いてみた。
花に誘われ、あちらの花、こちらの花と。
風は柔らかに、そしてゆるやかに吹いて、
おやおや、いつの間にか君の家に来てしまったよ
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蚊 黄中堅(清)
斗室何來豹脚蚊 斗室 何くよりか来たる 豹脚の蚊
殷如雷鼓聚如雲 殷として 雷鼓の如く 聚(あつ)まりて雲の如し
無多一點英雄血 多無し 一点 英雄の血
閑到衰年忍付君 閑に衰年に到りて 君に付するに忍びんや
(七言絶句 「蚊」「雲」「君」… 上平声「十二文」の押韻)
「斗室」: 一斗升ほどの狭い部屋
「殷」: 大きな音の形容
「無多」: わずかしか無い
[口語訳]
狭いこの部屋にどこから来たのか 豹のような斑脚の蚊
雷の響きのように大きく響き 集まる姿は雲のようだ
私には一滴も余分は無いのだ 英雄の血は
すっかり老人になってしまい お前にあげることもできないよ
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和涼軒二首 其一 黄庭堅(北宋)
打荷看急雨 荷を打ちて 急雨を看る
呑月任行雲 月を呑むは 行雲に任す
夜半蚊雷起 夜半 蚊雷起こるも
西風爲解紛 西風 為に紛を解く
(五言絶句 「雲」「紛」… 上平声「十二文」の押韻)
「涼軒」…涼しい建物のことか、不詳
[口語訳]
蓮の葉を打つにわか雨を眺め
月の呑み込むのは雲に任せよう
夜中には蚊のやかましい声が起きるが
西風(秋風)が幸いにももつれを吹き払ってくれた
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桃夭 古詩十九首
桃之夭夭 桃の夭夭たる
灼灼其華 灼灼たり その華
之子于帰 之の子 于き帰ぐ
宜其室家 其の室家に宜しからん
桃之夭夭 桃の夭夭たる
有蕡其実 蕡たる有り 其の実
之子于帰 之の子 于き帰ぐ
宜其家室 其の家室に宜しからん
桃之夭夭 桃の夭夭たる
其葉蓁蓁 其の葉 蓁蓁たり
之子于帰 之の子 于き帰ぐ
宜其家人 其の家人に宜しからん
[口語訳]
桃の若々しいことよ
燃え立つように紅い花
この娘さんが嫁いで行けば
向こうの家じゃ大喜びさ
桃の若々しいことよ
ふっくらとしたその実
この娘さんが嫁いで行けば(子宝に恵まれて)
向こうの家じゃ大喜びさ
桃の若々しいことよ
ふさふさと茂るその葉
この娘さんが嫁いで行けば(家は繁栄して)
向こうの家じゃ大喜びさ
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行行重行行 古詩十九首
行行重行行 行行重ねて行行
与君生別離 君と生きながら別離す
相去万余里 相ひ去ること万余里
各在天一涯 各(おのおの)天の一涯に在り
道路阻且長 道路阻(けは)しく且つ長し
会面安可知 会面安(いづ)くんぞ知るべけんや
胡馬依北風 胡馬は北風に依り
越鳥巣南枝 越鳥は南枝に巣くふ
相去日已遠 相ひ去ること日に已に遠く
衣帯日已緩 衣帯日に已に緩(ゆる)し
浮雲蔽白日 浮雲白日を蔽ひ
遊子不顧返 遊子顧返せず
思君令人老 君を思へば人をして老いしむ
歳月忽已晩 歳月忽ち已に晩(く)れぬ
棄捐勿復道 棄捐せらるるも復た道(い)ふこと勿(な)からん
努力加餐飯 努力して餐飯を加へよ
迢迢牽牛星(古詩十九首の十) 無名氏(漢)
迢迢牽牛星 迢迢(ちようちよう)たる牽牛の星
皓皓河漢女 皓皓(こうこう)たる河漢の女
繊繊擢素手 繊繊として素手(そしゆ)を擢(ぬき)んで
札札弄機杼 札札として機杼(きちよ)を弄す
終日不成章 終日 章を成さず
泣涕零如雨 泣涕零ちて雨の如し
河漢清且浅 河漢清く且つ浅し
相去復幾許 相去ること復(ま)た幾許(いくばく)ぞ
盈盈一水間 盈盈たる一水の間
脈脈不得語 脈脈として語るを得ず
「迢迢」: はるか遠く。
「皎皎」: 白く輝く。
「纖纖」: ほっそりとした。
「札札」: 擬音語。機織りの杼(ひ)を動かす音。
「盈盈」: 水があふれるほど多いこと。
[口語訳]
遥か遠くの牽牛の星
白く輝く銀河の娘
細細とした真っ白の手を出して
サツサツと機を織っている
一日中かけても模様が織れず
涙はハラハラと落ちて雨のよう
銀河は清く澄んで、かつ浅く
お互いの離れた距離もどれほどあろうか(いや、それほどではない)
しかし、満ち満ちる水に隔てられ
見つめ合うばかりで話すこともできない
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人日寄杜二拾遺 高適(盛唐)
人日題詩寄草堂 人日 詩を題して草堂に寄す
遥憐故人思故郷 遥かに憐れむ 故人の故郷を思ふを
柳條弄色不忍見 柳條は色を弄して 見るに忍びず
梅花満枝空断腸 梅花は枝に満ちて 空しく断腸
身在南蕃無所預 身は南蕃に在りて 預かる所無く
心懐百憂復千慮 心は百憂を懐ひて 復た千慮
今年人日空相憶 今年の人日 空しく相憶ふ
明年人日知何処 明年の人日 知んぬ何れの処ぞ
一臥東山三十春 一たび東山に臥して三十春
豈知書剣老風塵 豈に知らんや 書剣の風塵に老いんとは
龍鍾還忝二千石 龍鍾還た忝けなくす 二千石
愧爾東西南北人 愧ず 爾 東西南北の人
(下平声「七陽」・去声「六御」・上平声「十一真」の換韻)
[口語訳]
人日の今日、草堂に詩を送り、友人の君が故郷を遠く思っている気持ちを推し量ろう
(異郷の地に居ると)柳の枝が緑の芽を出すのも見るに堪えがたく、梅の花が枝一杯に開くのも辛いものだ。
南蕃の地で世と関わりもなく、心にはただ憂いがあふれている。
今年は人日に君のことを思うが、来年の人日は何処にいることやら。
かつて無官の自由な日々を三十年も過ごしたが、文武の技もこうして老い朽ちていくとは思いもしなかった。
老いさらばえても、まだ役人をしているが、自由な君に対して恥ずかしいことだよ
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除夜作 高適(唐)
- 旅館寒燈独不眠
- 客心何事転悽然
- 故郷今夜思千里
- 霜鬢明朝又一年
- 旅館の寒燈 独り眠らず
- 客心何事ぞ 転(うた)た悽然
- 故郷 今夜千里を思はむ
- 霜鬢 明朝又一年
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黄鶴楼 崔顥(盛唐)
昔人已乗白雲去 昔人 已に白雲に乗りて去り
此地空餘黄鶴楼 此の地 空しく餘す 黄鶴楼
黄鶴一去不復返 黄鶴 一たび去って復た返らず
白雲千載空悠悠 白雲 千載 空しく悠悠
晴川歴歴漢陽樹 晴川歴歴たり 漢陽の樹
芳草萋萋鸚鵡洲 芳草萋萋たり 鸚鵡洲
日暮郷関何処是 日暮郷関 何処にか是なる
煙波江上使人愁 煙波 江上 人をして愁へしむ
[口語訳]
遠い昔現れたという仙人はすでに白雲に乗って去っていき、
この地にはただ黄鶴楼が残っているだけだ。
黄鶴はひとたび去って二度とは帰ることもなく、
白雲だけが千年の間、はるかに浮かんでいる。
晴れわたった長江には、くっきりと漢陽の木々が見え、
芳しい草が鸚鵡洲に生い茂っている。
夕暮れになると、故郷はどこであろうかと思う。
もやのかかった水面は、私を悲しくさせることだ。
第一句は「昔人已乗黄鶴去」と『唐詩選』ではしていますが、ここでは「白雲」とする説を採りました。
漢詩名作集の目次へ
江村即事 司空曙(中唐)
罷釣歸來不繋船 釣りを罷め 帰り来って 船を繋がず
江村月落正堪眠 江村 月落ちて 正に眠るに堪えたり
縦然一夜風吹去 縦然(たとい) 一夜 風吹き去るとも
只在蘆花淺水邊 只だ 蘆花浅水の辺に在らん
[口語訳]
釣りを終えて帰ってきたけれど 別に船をつなぐことなどしない
川辺の村に月は落ち、丁度眠るによい頃だ。
たとえ夜のうちに風が吹いて船を流してしまったとしても
どうせ蘆の花の開いている、浅瀬の辺りに在るだろうから。
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乙丑人日 司空図(晩唐)
自怪扶持七十身 自ら怪しむ 扶持七十の身
歸來又見故郷春 帰り来たりて 又た見る 故郷の春
今朝人日逢人喜 今朝 人日 逢ふ人喜び
不料偸生作老人 料らず 生を偸みて老人と作らんを
(上平声「十一真」の押韻)
[口語訳]
自分でも七十のこの年まで生きてきて不思議なくらい
こうして故郷に帰ってきて春を迎えることもできた
今朝は人日 逢う人誰もが嬉しそう
私のことを無駄に生きて来た老人だなんて、考えもしないんだから
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將東遊題壁 釈月性(日本)
男児立志出郷関 男児 志を立てて郷関を出づれば
学若無成死不還 学若(も)し成る無くんば死すとも還らず
埋骨豈惟墳墓地 骨を埋むる 豈(あに)惟(ただ)墳墓の地のみならんや
人間到処有青山 人間到る処 青山有り
(上平声「十五刪」の押韻)
[口語訳]
男が志を立てて故郷を出るならば、
学問が成就しないうちは死んでも還らないぞ。
骨を埋めるのは故郷の墓地だけではない。
この人の世、どこにでも墓となる場所はある
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四時読書楽 朱熹(南宋)
[ 春 ]
山光照檻水繞廊 山の輝きは欄干を照らして水は回廊を巡って流れ
舞雩歸詠春風香 雨の晴れ間を思って詩を口ずさみながら歩けば、春の風は香しい。
好鳥枝頭亦朋友 枝で鳴く美しい鳥は友であるし
落花水面皆文章 水面の落花は皆、美しい文様を作っている。
蹉跎莫遣韶光老 足踏みをして(ぐずぐずして)この美しい春の光景を老いさせてはいけない。
人生惟有讀書好 人生はただ読書のすばらしさがあるだけだ。
讀書之樂樂如何 読書の楽しみ、それはどのようなものか
綠滿窗前草不除 窓前に満ちた緑の草を取り除かないようなもの、自然に身を委ねることだ。
[ 夏 ]
新竹壓檐桑四圍 新しい竹の茎は檐をおおい、桑の葉は周りを囲む。
小齋幽敞明朱曦 小さな部屋は人気もなく破れ、太陽の光が明るく射し込んでくる。
晝長吟罷蝉鳴樹 長い昼、鳴き疲れた蝉は梢に憩い、
夜深燼落螢入幃 夜更けには、燃え尽きた蛍が帳の中に入ってくる。
北窗高臥羲皇侶 北の窓に横たわり書物をあれこれ眺めると
只因素稔讀書趣 そこから読書の趣がはっきり理解できた。
讀書之樂樂無窮 読書の楽しみ、それは窮まることはない。
瑤琴一曲來薰風 琴を弾いて一曲、薫風が訪れる。
[ 秋 ]
昨夜庭前葉有聲 昨夜庭先では秋風に吹かれて葉のざわめき
籬豆花開蟋蟀鳴 垣根の豆の花は咲き、蟋蟀が鳴いている。
不覺商意滿林薄 ふと気づけば秋の気配は林一面にうっすらと漂い
蕭然萬籟涵虚清 林の風は寂しげで、泉の水は清らかだ。
近床賴有短檠在 ベッドの近くには好都合にも燭台の火が残り
對此讀書功更倍 ここで読書の楽しみは更に倍する。
讀書之樂樂陶陶 読書の楽しみは広大であり、
起弄明月霜天高 起って明月を賞づれば霜の降りるような空は高い。
[ 冬 ]
木落水盡千崖枯 木は裸に水は途切れ、多くの山肌は冬枯れている。
迥然吾亦見真吾 はるか遠くに心を遣れば私は真の自分を見つけることができる。
坐韋對編燈動壁 書物に向かえば灯影は壁に揺れ
商歌夜半霜壓廬 悲しげな歌は夜半に響いて、霜は家を押しつぶしそう。
地爐茶鼎烹活火 地面に掘った爐では茶を沸かす火も盛んで
四壁圖書中有我 壁を埋め尽くす書物の中、そこに私は坐す。
讀書之樂何處尋 読書の楽しみはどこに尋ねればよかろうか。
數點梅花天地心 わずかばかりの梅の花、ここに天地の真髄があるのだ。
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偶成 朱熹(宋)
少年易老学難成 少年老い易く 学成り難し
一寸光陰不可軽 一寸の光陰 軽んずべからず
未覚池塘春草夢 未だ覚めず 池塘春草の夢
階前梧葉已秋声 階前 梧葉 已に秋声
[口語訳]
年の若いことはあっという間に老いてしまうが、学問は完成しがたいものだ
ほんのわずかの時間も大切にしなくてはいかんぞ
池の土手の若草が夢をいつまでも貪っているうちに
いつの間にか、階段の前の梧桐の葉には秋風が訪れているのじゃ
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憶揚州 徐凝(晩唐)
蕭娘臉下難勝涙 蕭(しょう)娘(じょう)の臉(けん)下(か) 涙勝へ難し
桃葉眉頭易得愁 桃葉の眉頭 愁ひ得易し
天下三分明月夜 天下三分 明月の夜
二分無賴是揚州 二分は賴る無し 是れ揚州
(七言絶句「愁」「州」…下平声「十一尤」韻)
※「蕭娘」…唐の時代、女性一般に対する言葉。「蕭郎」の対語で、ここは愛する女性への男からの呼び名か。
「桃葉」…晋の王子であった敬之の妻、篤く愛した彼女のために「桃葉歌」を作ったとされる。
「天下三分明月夜」…世の中の明月を三つに分ける 揚州の月がいつでも美しいことを結句で示す。
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納涼 秦観(北宋)
携杖来追柳外涼 杖を携え 来たり追ふ 柳外の涼
画橋南畔倚胡牀 画橋南畔 胡牀に倚る
月明船笛参差起 月明らかにして 船笛参差として起こり
風定池蓮自在香 風定まりて 池蓮自在に香し
(下平声「七陽」の押韻)
[口語訳]
杖を携えて、柳の向こうの涼味を求めて来た。
きれいな橋、川の南のほとりで、長椅子にもたれる。
月は明るく、船の警笛が時折起こり、
風はおさまり、池の蓮の香が四方に漂っていることよ。
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新春 真山民(南宋)
余凍雪纔乾 余凍 雪纔(わず)かに乾き
初晴日驟暄 初晴 日驟(にわ)かに暄かなり
人心新歳月 人心 新歳月
春意旧乾坤 春意 旧乾坤
煙碧柳回色 煙は碧にして 柳は色を回し
焼青草返魂 焼(やけあと)は青くして 草 魂を返す
東風無厚薄 東風 厚薄無く
随例到衡門 例に随って 衡門に到る
[口語訳]
余寒に残っていた雪もようやく乾き
晴れたばかりのお日様の光はたちまち温かくなる。
人の心は新しい年とともに生まれ変わり
春の気配は大地をもとのように戻す。
靄は青く、柳は緑の色に返り、
野焼きの跡は青青と、草は生き返る。
春の風はどこにでも同じように訪れ、
いつものように、私の家の門にもやって来た。
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磧中作 岑参(盛唐)
走馬西来欲到天 馬を走らせて西来 天に到らんと欲す
辞家見月両回円 家を辞して月の両回 円なるを見る
今夜不知何処宿 今夜は知らず 何れの処にか宿せん
平沙万里絶人煙 平沙 万里 人煙を絶つ
[口語訳]
馬を走らせて西へ西へと進んで 天にまで届いてしまいそうだ。
家を出てから もう月が二回 円くなるのを見た。
今夜はいったいどこに泊まることになるのやら。
万里の砂漠、見渡す限りに人家の煙も見えないのだ。
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人日思帰 薛道衡(隋)
入春纔七日 春に入りて 纔かに七日
離家已二年 家を離れて 已に二年
人帰落雁後 人の帰るは雁の後に落ち
思発在花前 思ひの発するは花の前に在り
(下平声「一先」の押韻)
[口語訳]
年が新たになって やっと七日が過ぎ
家を離れて もう二年になる
私が帰れるのは 雁が帰った後だろう
帰郷の思いは花が開く前からあったのに。
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帰雁 銭起(中唐)
瀟湘何事等閑回
水碧沙明両岸苔
二十五弦弾夜月
不勝清怨却飛来
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己亥歳 曹松(晩唐)
沢国江山入戦図 沢国 江山 戦図に入る
生民何計楽樵蘇 生民何の計ありて 樵蘇を楽しまん
憑君莫話封侯事 君に憑る 話る莫かれ 封侯の事
一将功成万骨枯 一将 功成りて 万骨枯る
(上平声七虞の押韻)
[口語訳]
この美しい水郷の国、川も山も、今や戦場に組み込まれてしまった。
人民達は、どうやって薪を取ったり草を刈ったりすることができようか。
君にお願いしたい。どうか、論功行賞などの話をしないでくれ。
一人の将軍の手柄の陰には、万人の兵士の死があるのだから。
※「己亥歳」は八七九年、既に黄巣の乱は勃発して四年、戦禍は江南から北の地まで及んでいました。
翌年には長安が陥落、僖宗は成都に逃れるという混乱の時代の空気が伝わる詩です。
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七歩詩 曹植(魏)
煮豆燃豆箕 豆を煮るに 豆箕を燃やす
豆在釜中泣 豆は釜中に在りて泣く
本是同根生 本 是れ 同根より生ず
相煎何太急 相ひ煎る 何ぞ太だ急なる
[口語訳]
豆を煮るのに豆がらを燃やす
豆は釜の中で泣いている
本は同じ根から生まれているのに
煮ることがどうしてこんなに厳しいのか
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七歩詩 曹植(魏)
文帝嘗令東阿王七歩中作詩。
不成者行大法。
應聲便爲詩。
曰、
煮豆持作羹 豆を煮て持つて羹と作し
漉豉以爲汁 豉を漉して以て汁と為す
萁在釜下然 萁は釜下に在りて然え
豆在釜中泣 豆は釜中に在りて泣く
本自同根生 本 同根より生ずるに
相煎何太急 相煎ること何ぞ太だ急なると
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淮中晩泊犢頭 蘇舜欽(北宋)
春陰垂野草青青 春陰 野に垂れて草青青たり
時有幽花一樹明 時に幽花の 一樹に明らかなる有り
晩泊孤舟古祠下 晩に孤舟を泊す 古祠の下
満川風雨看潮生 満川の風雨 潮の生ずるを看る
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逸題 蘇軾(北宋)
素紈不畫意高哉 素紈 画かず 意 高きかな
仍著丹青墮二來 丹青を著くるに仍りて 二に堕し来たる
無一物中無盡藏 無一物中 無尽蔵
有花有月有樓臺 花有り 月有り 楼台有り
[語注]
「素紈」: 白い絹の布
「丹青」: 絵の具
「堕二来」: 二級品に落ちてしまう
「無一物中無尽蔵」: 何も無い中にこそ無限のものがある
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廬山煙雨 蘇軾(北宋)
廬山煙雨浙江潮 廬山の煙雨 浙江の潮
未到千般恨不消 未だ到らざれば千般の恨は消えず
到得還來無別事 到り得て 還り来たれば 別事無く
廬山煙雨浙江潮 廬山の煙雨 浙江の潮
(七言絶句 「潮」「消」「潮」…下平声「二蕭」の押韻)
[口語訳]
廬山の雨に煙る姿 浙江の銭塘江の潮の遡上は素晴らしいとされ
まだ行かない内は とめどもなく悔いばかりが残るもの
ようやく訪ねて帰って来てみると 特別なことはなく
廬山に降る霧雨であり 浙江の潮の遡上である
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題西林壁 蘇軾(北宋)
橫看成嶺側成峰 橫から看れば嶺と成り 側らよりは峰と成る
遠近高低各不同 遠近 高低 各同じからず
不識廬山真面目 廬山の 真面目を識らざるは
只縁身在此山中 只だ身の此の山中に在るに縁る
(七言絶句 「峰」「同」「中」…上平声「一東」の押韻)
「題・・壁」: 詩を作って・・の壁に書く。
廬山の麓にある西林寺の壁に記した詩。
前半は離れて観察した廬山の様々な姿を言い、後半は自分自身がその中に入ってしまうと、客観的な状況が把握できないことを言う。
この詩は禅の境地を表したとされる。
[口語訳]
(廬山は)横から見ると山脈状に連なった嶺々になり、わきから見ると一つだけ空に抜きん出た峰になる。
(嶺々の)遠近や高低といったものは、それぞれの(嶺)によって異なる。
廬山の本来の姿が分からないのは
それはただ、自身が(廬山の)山の中にいることに因るのだ。
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飲湖上初晴後雨 一 蘇軾(北宋)
朝㬢迎客艶重岡 朝㬢客を迎へて 重岡に艶なり
晩雨留人入醉郷 晩雨人を留めて 醉郷に入らしむ
此意自佳君不會 此の意 自ら佳し 君は會せず
一杯當屬水仙王 一杯 當に屬せん 水仙王
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飲湖上初晴後雨 二 蘇軾(北宋)
水光瀲灔晴方好 水光 瀲灔として 晴れ方に好し
山色空濛雨亦奇 山色 空濛として 雨も亦た奇なり
欲把西湖比西子 西湖を把りて西子に比せんと欲すれば
淡粧濃抹総相宜 淡粧 濃抹 総べて相宜し
[口語訳]
水面の光はきらきらと輝き、晴れた時の景色はとても良い
山の様子がぼんやりと曇り、雨の時の景色もやはり良い
西湖のこの風景をかの西施に喩えてみるならば
薄化粧の姿も濃く装った姿も、どちらも全く良いものだ
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澄邁駅通潮閣 其二 蘇軾(北宋)
余生欲老海南村 余生 老いんと欲す 海南の村
帝遣巫陽招我魂 帝 巫陽をして我が魂を招かしむ
杳杳天低鶻没處 杳杳として天低れ 鶻 没する処
青山一髪是中原 青山一髪 是れ中原
[解説]
一〇八五年に神宗が死去し、哲宗が即位して旧法派が復権すると、蘇軾も中央に復帰する事が出来ましたが、新法を全て廃止しようとする宰相・司馬光と、新法でも理に適った法律は存続させるべきだと主張して論争した事から、旧法派の内部でも孤立しました。
やがて、再び新法派が力を持つと蘇軾はまた左遷され、一〇九四年に恵州(現在の広東省)に流され、さらに六十二歳の時には海南島にまで追放されました。
これは、厳しい環境で高齢の蘇軾を弱らせようとしましたが、人生に前向きな蘇軾は弱ることが無かったため、時の政権が更に窮地に追い込んだと言われています。
一一〇〇年、哲宗が死去し、徽宗が即位。新法・旧法両党の融和が図られると、ようやく許されました。次の詩は、帰途、海南島から大陸を眺めた詩です。
この詩の翌年、蘇軾は江蘇省まで帰ったところで大病になり、そのまま帰らぬ人になりました。
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中秋月 蘇軾(北宋)
暮雲収盡溢清寒 暮雲収まり尽きて 清寒溢れ
銀漢無聲轉玉盤 銀漢声無く 玉盤転ず
此生此夜不長好 此の生 此の夜 長(とこし)ヘには好からず
明年明月何處看 明年 明月 何れの処にか看ん
[解説]
「収尽」: すっかり消えてなくなる
「清寒」: すがすがしい涼気
「銀漢」: 天の川
「玉盤」: 丸い月
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和秦太虚梅花 蘇軾(北宋)
西湖處士骨應槁 西湖 処士 骨応に槁るべし
只有此詩君壓倒 只だ此の詩有りて 君圧倒す
東坡先生心已灰 東坡先生 心已に灰す
爲愛君詩被花惱 君が詩を愛するが為に 花に悩まさる
多情立馬待黄昏 多情 馬を立てて 黄昏を待つ
殘雪消遲月出早 残雪 消ゆること遅く 月出づること早し
江頭千樹春欲闇 江頭 千樹 春闇(く)れんと欲す
竹外一枝斜更好 竹外 一枝 斜めなるは更に好し
孤山山下醉眠處 孤山 山下 酔ひて眠る処(とき)
點綴裙腰紛不掃 裙腰を点綴し 紛として掃はず
萬里春隨逐客來 万里 春は逐客に随いて來り
十年花送佳人老 十年 花送って 佳人老ゆ
去年花開我已病 去年 花開きて 我已に病めり
今年對花還草草 今年 花に対して 還た草草
不知風雨捲春歸 知らず 風雨の春を捲きて帰るを
収拾餘香還畀昊 余香を収拾して 還た昊に畀(あた)へん
[口語訳]
西湖に隠棲したあの林逋も亡くなってすでに長いけれど
君(秦太虚)はこの梅の詩を作って、彼の人を圧倒している。
私、蘇東坡は心もすっかり灰となっているのだが、
君の詩を好きになってしまって、花の美しさに悩まされることだ。
胸をときめかせて花の前に馬を停めて夕暮れを待てば
残雪は消えること遅く 月は上ること早い。
川のほとりの樹々に春の夕闇が訪れるころ
竹むらのむこう、梅のひと枝が斜めに伸びていて、それが更によい。
孤山のふもとで酔って眠ってしまった時、
登る路には花が乱れて掃うこともない。
万里の彼方に追放された旅人をも追って春は来るけれど、
それでも十年も花を見送っていては、美人でも年老いてしまうもの。
去年は花が開いた時には私はもうすでに病気になっていた。
今年は花に向かいながらも、またもや心落ち着かぬ。
おっと、風雨が春を巻き上げて去っていく。
残り香を拾い集めて、天に送り届けてもらおうか。
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海棠 蘇軾(宋)
東風渺渺泛崇光 東風渺渺として 崇光泛ぶ
香霧空濛月転廊 香霧空濛として 月 廊に転ず
只恐夜深花睡去 只だ恐る 夜深くして花の睡り去らんことを
故焼高燭照紅粧 故(ことさら)に高燭を焼やして 紅粧を照らさん
[口語訳]
春の風が遥か遠く吹き抜け、星の光は漂うようだ。
花の香は霧にぼんやりかすみ、月は渡りに移っていく。
夜が深まり花が眠ってしまわないかと心配だ。
精一杯灯りを点して、海棠の紅い花を照らそうじゃないか。
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和子由澠池懷舊 子由の澠池旧懐に和す 蘇軾(宋)
人生到處知何似 人生到る処 知らん 何にか似る
應似飛鴻踏雪泥 応に飛鴻の雪泥を踏むに似るべし
泥上偶然留指爪 泥上に偶然 指爪を留むるも
鴻飛那復計東西 鴻飛びて 那ぞ復た東西を計らん
老僧已死成新塔 老僧已に死して新塔と成り
壊壁無由見舊題 壊壁旧題を見るに由無し
往日崎嶇還記否 往日の崎嶇 還た記するや否や
路長人困蹇驢嘶 路長く人困しみ 蹇驢嘶く
[口語訳]
人生であちらこちらをさまようのは何に似ていよう。
飛鴻が雪どけの泥に足跡をつけるようなものだ。
泥の上にたまたま指の爪痕を残したとしても
鴻が飛び立てばその先の東か西かはどうして分かろうか。
(あの時の)老僧はもう亡くなって新しい塔(墓)となり
崩れた寺の壁は以前記した詩を見るすべもない。
あの日の険しい道のりを覚えているかい。
道は遠く私は疲れて 足の悪い驢馬がいなないていたね。
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和孔密州五絶 東欄梨花 蘇軾(北宋)
梨花淡白柳深青 梨花は淡白 柳は深青
柳絮飛時花滿城 柳絮飛ぶ時 花 城に満つ
惆悵東欄一株雪 惆悵す 東欄 一株の雪
人生看得幾清明 人生看得るは 幾清明
[解説]
この詩は蘇軾四十二歳の詩で、山東省密州知事から江蘇省徐州の知事へと赴任しました。
後任の孔宗翰という人(孔子の第四十六代の孫だそうです)から五言絶句を贈られたので、和したという詩です。
起句は句中対、「淡白」と「深青」の対比が色彩感豊かに描かれています。
「柳絮」は、春の終わりに柳の枝から乱れ飛ぶ白い綿毛、晩春の風物詩とされています。
「惆悵」は、胸を痛ませること、「東欄」は「東の欄干」。つまり、知事官舎の東欄の梨の花を思い出して、胸を痛ませていると述べることで、離れ難い気持ち、つまり密州は良い所だということを強調しています。
それは後任の知事への配慮でもありますね。
「清明」は二十四節気の一つ、春分と穀雨の間。陽暦では四月五日頃。
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贈劉景文 蘇軾(北宋)
荷尽已無擎雨蓋 荷(はす)は尽きて 已に雨を擎(ささ)ぐる蓋(かさ)無く
菊残猶有傲霜枝 菊は残(そこな)はれて 猶ほ霜に傲(おご)る枝有り
一年好景君須記 一年の好景 君須(すべか)らく記すべし
正是橙黄橘緑時 正に是れ 橙(ゆず)は黄に橘(みかん)は緑なる時
(上平声四「支」の押韻・起句踏み落とし)
[口語訳]
蓮の花は散り果てて、雨を防ぐ傘のようなあの葉ももう無い。
菊の花もしおれてしまったが、
それでも霜に負けずに胸を張る枝はやはりある。
一年の中で最も良い風景を、君、是非心に留めるべきだ。
今は丁度、柚が黄色に熟れて、蜜柑がまだ緑の(素晴らしい)季節なのだ。
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六月二十七日望湖楼酔書 五絶其一 蘇軾(北宋)
黒雲翻墨未遮山 黒雲 墨を翻して未だ山を遮らず
白雨跳珠乱入船 白雨 珠を跳らせ 乱れて船に入る
巻地風来忽吹散 地を巻き 風来りて 忽ち吹き散ず
望湖楼下水如天 望湖楼下 水 天の如し
[解説]
蘇軾が杭州通判(副知事)として杭州に赴任していた時の詩で、蘇軾三十七歳、よく知られた詩です。
「飲湖上初晴後雨」の詩よりも少し前、赴任して半年ほど経た頃に作られたものです。
遠景から近景、そして全景という視線の移り、「黒雲」と「白雨」から青空への色彩変化、「翻」「跳」「乱入」「忽」「吹散」などの言葉が、詩に勢いのある動きとリズムを生み出し、ハイスピードの映像を見ているような気持ちになります。
比喩としても「翻墨」「跳珠」の斬新さは蘇軾の特色でもあります。
[口語訳]
雲は墨をひっくり返したように黒いが、まだ山を隠すとこまではいっていない。
と、白い雨粒が真珠を床にこぼしたように、バラバラと船の中に飛び込んでくる。
大地を巻き上げるようにして風が吹いて、忽ちに雨雲を吹き散らすと、
やがて、望湖楼の下では、天のように広く静かな湖面が広がるのだよ。
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六月二十七日望湖楼酔書 五絶其五 蘇軾(北宋)
未成小隠聊中陰 未だ小隠を成さず 聊か中陰
可得長閑勝暫閑 長閑の暫閑に勝るを得べけんや
我本無家更安往 我は本 家無く 更に安くにか往かん
故郷無此好湖山 故郷 此の好湖山無し
[解説]
「小隠」: 山林に隠棲すること
「中隠」: 官職に就きながら隠棲すること
六朝のはじめ、阮籍や嵆康に代表される竹林の七賢をひとつの理想形とし、隠逸そのものを理念とする思潮が生まれた。それは「小隠」と言われ、官位を捨て山林などに隠棲することであり、そもそも自らの生活のベースである特権階級をも維持できなくなることから実践することは非常に難しかった。
これに替わって「朝隠」と呼ばれる隠逸スタイルが生まれた。官位に就きながら精神は隠逸するという方法なのだが、内部矛盾を孕んでいるかのようでもある。経世済民という官僚としての仕事よりも、哲学的・宗教的真理に重きを置く考えで、結果として官僚としての本来的な職務を疎んじなおざりすることになった。
唐宋になり、「中隠」という隠逸スタイルが現れる。仕事では経世済民を実践し、私的生活では真理を探究し、文学や芸術に耽溺する。陶淵明の隠逸生活が最初の中隠とされるが、近世的文人の祖とされる白居易がはっきり中隠を自覚して実践した。蘇軾などの北宋の文人はこの中隠を理想とした。
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春夜 蘇軾(宋)
春宵一刻直千金 春宵一刻 直千金
花有清香月有陰 花に清香有り 月に陰有り
歌管楼台声細細 歌管 楼台 声細細
鞦韆院落夜沈沈 鞦韆 院落 夜沈沈
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予以事繋御史臺獄。獄吏稍見侵。自度不能堪、死獄中、不得一別子由。故作二詩、授獄卒梁成、以遺子由。
其一 蘇軾(宋)
聖主如天萬物春 聖主は天の如く 万物春なり
小臣愚暗自亡身 小臣は愚暗にして 自ら身を亡ぼす
百年未滿先償債 百年未だ満たず 先ず債を償い
十口無歸更累人 十口帰する無く 更に人を累せん
是處青山可埋骨 是の処の青山 骨を埋むべし
他年夜雨獨傷神 他年夜雨 独り神を傷ましめん
與君世世爲兄弟 君と世世 兄弟と為り
又結來生未了因 又 来生 未了の因を結ばん
[口語訳]
私はさる事で御史台の獄に繋がれることになった。獄吏はだんだん厳しくなる。自分で考えてみると、もう堪えられずに、獄中で死に、子由に別れを告げることもできないようだ。だから二詩を作り、獄吏の梁成に渡し、子由に贈ることにする。
徳の高い天子は天の如く、万物に春を巡らすが、愚かな私は自分で身を滅ぼそうとしている。
人生百年にも満たないのに罪を償うこととなり、十人の家族は拠り所無く、更に君に迷惑を掛けるだろう。
ここの青い山に骨を埋めるのだろう、やがて君は夜の雨に独り心をいためるのだろう。
君と何世でも兄弟となり、また、来世では終ることのないちぎりを結ぼう。
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水調歌頭 丙辰中秋歡飲達旦大醉作此篇兼懷子由 蘇軾(宋)
丙辰中秋、歓飲して旦に達し、大いに酔ひ、此の篇を作し、兼せて子由を懐ふ
明月幾時有 明月 幾時(いつ)よりか有る
把酒問青天 酒を把りて青天に問ふ
不知天上宮闕 知らず 天上の宮闕には
今夕是何年 今夕 是れ何の年なるかを
我欲乘風歸去 我は風に乗じて帰り去らんと欲するも
惟恐瓊樓玉宇 惟だ恐る 瓊楼 玉宇の
高處不勝寒 高き処は 寒に勝へざらんを
起舞弄清影 起ち舞ひ 清影を弄すれば
何似在人間 何ぞ似ん 人間に在るに
轉朱閣 朱閣に転じ
低綺戸 綺戸に低れ
照無眠 眠り無きを照らす
不應有恨 応に恨みは有るべからざるに
何事長向別時圓 何事ぞ 長へに別事に向(お)いて円かなる
人有悲歓離合 人には悲歓 離合有り
月有陰晴圓缼 月には陰晴 円欠有り
此事古難全 此の事 古より全うし難し
但願人長久 但だ願はくは 人の長久にして
千里共嬋娟 千里 嬋娟を共にせんことを
[口語訳]
この明るい月はいつの頃から有るのだろう
酒を手にして、澄んだ空に尋ねてみる
分からないなぁ 天上の宮殿では(一日が地上の一年になるそうだが)
今夜はいったい何年なのだろう(天上でも中秋だろうか)
私は風に乗って帰って行きたいが
ただ心配なのは (月の)美しい楼や建物は
高いところなので寒さに耐えられないかもしれない
立ち上がって舞い 月影と戯れていると
何と人間界に居ると思えようか
高楼に懸かり
飾り窓に低く
眠れない人を照らし
月に恨みがあるわけではないのだが
どうしていつも別れて孤独な時にまん丸なのだろうね
人には悲しみや歓び 別れや出会いがあり
月には陰ったり晴れたり 丸くなったり欠けたりがあり
この事は昔からぴったり合うのは難しいのだろう
ただ願うのは 君がいつまでも
千里遠く離れていても同じ月を眺めていてくれることだ
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春夜 蘇軾(宋)
春宵一刻直千金 春宵一刻 直千金
花有清香月有陰 花に清香有り 月に陰有り
歌管楼台声細細 歌管 楼台 声細細
鞦韆院落夜沈沈 鞦韆 院落 夜沈沈
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探春 戴益(北宋)
盡日尋春不見春 尽日 春を尋ねて春を見ず
杖藜踏破幾重雲 杖藜踏み破る 幾重の雲
歸來試把梅梢看 帰り来りて試みに 梅梢を把って見れば
春在枝頭已十分 春は枝頭に在りて 已に十分
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同王徴君洞庭有懷 張謂(盛唐)
八月洞庭秋 八月 洞庭の秋
瀟湘水北流 瀟湘 水北に流る
還家萬里夢 家に還る 万里の夢
爲客五更愁 客と為る 五更の愁
不用開書帙 用ひず 書帙を開くを
偏宜上酒樓 偏へに宜し 酒楼に上るに
故人京洛滿 故人 京洛に満つ
何日復同遊 何れの日か 復た同に遊ばん
[口語訳]
八月 洞庭湖の仲秋
瀟水と湘水は故郷のある北に流れて行く
万里遠くの故郷の家に還る夢
旅人となっては五更になって愁いが深い
本などを開いて愁いを消そうなどとはせずに
ただひたすら酒楼の二階に上るのがよい
友人たちは都にいっぱいいるけれど
再び一緒に遊べる日はいつのことやら
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蜀道後期 張説(初唐)
客心爭日月 客心 日月と争ひ
來往預期程 来往 預(あらかじ)め程を期す
秋風不相待 秋風 相待たず
先至洛陽城 先ず至る 洛陽城
(下平声「八庚」の押韻)
[口語訳]
旅人の私の心は日月と競いあう程
往復にあらかじめ行程の見当をつけていた
ところが秋風は私を待ってはくれず
先に洛陽の町に着いてしまった
[解説]
張説(ちょうえつ)の二十歳頃の作と言われます。
題名の「蜀道後期」は「蜀の桟道を通って(いたから)予定の期日に遅れた」という意味です。
自分は遅れてしまったが、秋風はきちんと約束通りに洛陽に着いた、という辺りは「幽州新歳」の頷聯と共通する発想で、この詩は「巧心清発(アイデアが巧みであり、かつ軽やかですっきりしている)」と言われます。
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還至端州驛前與高六別處 張説(初唐)
還(ま)た端州駅 前(さき)に高六と別れし処に至る
舊舘分江口 旧館 分江の口
凄然望落暉 凄然として落暉を望む
相逢傳旅食 相逢うて旅食を伝へ
臨別換征衣 別れに臨みて征衣を換へぬ
昔記山川是 昔 記す 山川の是なるを
今傷人代非 今 傷む 人の代の非なるを
往來皆此路 往来 皆此の路(みち)
生死不同歸 生死 帰を同じうせず
(五言律詩「暉」「衣」「非」「歸」… 上平声「五微」の押韻)
「高六」… 張説と共に左遷された高戩(こうせん)。「六」は排行。排行は親族の中での年齢順を表す数字。
親族でない者が排行で相手を呼ぶのは、よほど親しい間柄の時。
「端州」… 端渓硯で有名な広東省の県
「舊舘」… 以前別れた旅館
「分江」… 川が二またになっている所。
「凄然」… さびしくいたましい
「落暉」… 夕日、落日
「旅食」… 旅先の弁当
「傳」… 皿の食べ物を回して取ること
「換征衣」… 旅行に用いる衣服を交換した。
「人代」… 「人世」と同じ。唐の太宗の名が「世民」だったので、唐代の人は「世」の字を諱んだ。
[口語訳]
以前過ごした宿は川の別れる場所にそのままで
もの悲しい気持ちで沈む夕日を眺めている
約束してここで落ち合い 旅の食事を分け合い
別れる時には記念に服を交換したものだ
昔記憶した山や川の姿はそのままであるが
今の 人の世が変化することを悲しく思う
行きも帰りもどちらも此の道を通るのに
生きている私と死んでしまった君とは共に帰ることはできない
[解説]
則天武后の引き立てで順調に過ごしていた張説ですが、その時、武后の寵臣であった張易之、張昌宗の兄弟が政敵の魏元忠を失脚させようと謀反の志ありと讒言し、張説に証言させようとしました。
ところが、張説は魏元忠を逆に弁護したため張兄弟から恨まれ、欽州(広西)に流されることになりました。三十七歳のことでした。
この時、一緒に左遷された高戩と共に端州まで来て別れました。
翌年、反張兄弟派がクーデターを起こし、張兄弟は殺され、八十歳の宰相の張柬之(ちょうかんし)が病床の武后に退位を迫りました。中宗が復位、武后は死に、張説は中宗の朝廷に復帰できるようになりました。
都に還る途中、端州を通りましたが、ここで別れた高六はすでに配所で死んでいました。この思いを詠んだのがこの五言律詩です。
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送梁六 張説(初唐)
巴陵一望洞庭秋 巴陵 一望す 洞庭の秋
日見孤峰水上浮 日に見る 孤峰の水上に浮かぶを
聞道神仙不可接 聞く道(なら)く 神仙は接すべからずと
心隨湖水共悠悠 心は湖水に随って 共に悠悠たり
(下平声「十一尤」の押韻)
「巴陵」… 岳州 湖南省岳陽の一帯
「孤峰」… 洞庭湖の名勝、君山。
[口語訳]
巴陵から眺める洞庭湖の秋景色
日ごとに目にするのはただ一つの峰が水面に浮かぶ姿
聞くところでは神仙は(俗人が)近づけないものとか
私の心は湖水と共に遥かに広がって行く
[解説]
「梁六」は排行六番目の梁知微とされますが、梁六が神仙の道を求めて洞庭湖中の君山に向かって行くのを見送る詩です。
最後の「悠悠」が、洞庭湖の水の広がりと、作者の友を思う気持ちの尽きないのをかけて、余韻の深い詩です。
詩題を「送梁六自洞庭山」とするものもあります。
この詩は、宰相であり門閥の長である姚崇と対立して岳州に左遷させられた時のものですが、この時期に詩作を多くし、自身の喜怒哀楽を率直に詠む姿勢が出てきます。
それまでの宮廷詩からの脱皮は、初唐から盛唐への詩風の橋渡しの役割を体現しているとも言えます。
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岳州守歳 張説(初唐)
桃枝堪辟惡 桃枝 辟悪(へきあく)に堪へ
爆竹好驚眠 爆竹 驚眠に好し
歌舞留今夕 歌舞して今夕を留め
猶言惜舊年 猶ほ言ふ 旧年を惜しむと
(下平声「一先」の押韻)
[口語訳]
桃枝には魔除けができ
爆竹は眠気を払うのに丁度良い
歌い踊って今日の夜を引き留め
(夜が明けても)なお古い年を惜しむのだと言っているのさ
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幽州新歳作 張説(初唐)
去歳荊南梅似雪 去歳 荊南 梅は雪に似て
今年薊北雪如梅 今年 薊北 雪は梅の如し
共知人事何嘗定 共に知る 人事は何ぞ嘗て定まらん
且喜年華去復来 且つは喜ぶ 年華の去りて復た来たるを
辺鎮戍歌連夜動 辺鎮の戍歌 夜を連ねて動き
京城燎火徹明開 京城の燎火 明けに徹して開く
遥遥西向長安日 遥遥として西のかた長安の日に向かひ
願上南山寿一杯 願上す 南山の寿一杯
[口語訳]
去年、荊南(岳州)では梅の花が雪のように咲き誇っていた
今年、薊北(幽州)では、雪が梅の花のよう降り積もっている
お互いに、世の中のことは定めないものと分かっているが、
ともかく、新しい歳を迎えることができたのを喜ぼう
この辺境の地では、兵士の歌が毎夜聞こえるが
都では新年を祝うかがり火が夜を徹して燃えているだろう
はるか遠く、西の方角、長安に向かって
南山のような長寿を祈願し、乾杯しよう
[解説]
初唐の張説(六六七~七三〇)は微賤の家の出身でしたが、寒門からの人材登用という則天武后の方策に合い、二十四歳で進士に及第、紆余曲折はありつつも玄宗の時に中書令まで進みました。
その後、宰相となった姚崇(ようすう)と政治的に対立し疎まれ、開元元年(七一三年)の十二月二十四日、四十七歳の時に河南の相州刺史、翌年四月に湖南の岳州の刺史に左遷、五十二歳で幽州都督(軍事長官)となりました。
開元九年(七二一年)九月、五十五歳の時に、姚崇が死に、復権を果たし、再度中書令まで進みました。
張説の詩作は初唐の末の二十年、盛唐の初めの二十年の合計四十年ほど、言わば二つの時代の目撃者であり、「文壇の長老」として後輩詩人の援助も行いました。
科挙出身の新進官僚として、玄宗からの信任も厚く、位人臣を極めた「唐代新興階級の最初にして最大の成功者」と言われます。
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幽州夜飲 張説(初唐)
涼風吹夜雨 涼風 夜雨を吹き
蕭瑟動寒林 蕭瑟として 寒林を動かす
正有高堂宴 正に高堂の宴有りて
能忘遲暮心 能く遅暮の心を忘れしむ
軍中宜劍舞 軍中 剣舞に宜しく
塞上重笳音 塞上 笳音を重んず
不作邊城將 辺城の将と作(な)らずんば
誰知恩遇深 誰か恩遇の深きを知らんや
(下平声「十二侵」の押韻)
「蕭瑟」… もの寂しげな様子 「寒林」… 冬枯れの林 「遲暮」… だんだん年を取る、老人を指す
「笳音」… 葦の葉を捲いた笛の音色。胡人(北西方の異民族)が使い、悲しげな音色とされます。
[口語訳]
冷たい風が夜の雨を吹きなぐり
もの寂しく冬枯れの林をざわめかせる
ちょうどその夜に高い座敷で宴があり
年老いる切なさを忘れさせてくれる
軍中のことで剣舞にふさわしく
辺地であるから胡笳の音楽が中心だ
こうして辺地の将軍とならなかったら
どうして帝の恩寵の深さを知ることができようか
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醉中作 張説(初唐)
醉後方知樂 酔後 方(まさ)に楽しみを知り
彌勝未醉時 弥(いよい)よ未だ酔はざる時に勝る
動容皆是舞 容(かたち)を動かせば 皆是れ舞
出語總成詩 語を出だせば 総(すべ)て詩と成る
(上平声「四支」の押韻)
[口語訳]
酔っ払った後にこそ酒の楽しみがわかり
酔えばますます酔ってない時より楽しい
身体を動かせば そのまま舞踊であり
言葉を発せば そのまま詩となる
[解説]
後半は対句で整った形式を使っていますが、その内容は酔っ払いの姿ですので、このアンバランスが楽しいところ。
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江樓舊感 趙嘏(晩唐)
獨上江樓思渺然 独り江楼に上れば 思ひ渺然
月光如水水連天 月光は水の如く 水は天に連なる
同來望月人何處 同(とも)に来たって月を望みし人は何処
風景依稀似去年 風景は依稀として去年に似たり
「渺然」…遙か遠く離れたさま
「依稀」…ぼんやりと、似ている
[口語訳]
ひとり川沿いの高殿に上がれば 心は遙か遠くまで
月の光は水のように冴え渡り、川は空に連なって流れている
共に来て月を眺めた人は今は何処か
風景は去年と同じようなのだが
※この詩の作者趙嘏は、「長安晩秋」という詩中の対句を杜牧に絶賛された詩人です。
この詩は、趙嘏が恋人を失くした悲しみを詠んだ詩です。
伝では、趙嘏が浙西に居た時に愛妾を残して都に出かけたことがあり、その間に節度使に奪われてしまいました。
趙嘏は悩み悲しんで詩を作ったところ、その詩を読んだ節度使は哀れんで、この女性を長安に送り届けることにしました。
ところが、再会した二日後に女は死んでしまいました。趙嘏は死ぬまでこの女性のことが忘れられなかったそうです。
そうした思いを考えながらこの詩を読むと、寂しさが一層募ってくるように思いますね。
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長安晩秋 趙嘏(晩唐)
雲物淒涼拂曙流 雲物 淒涼として 払曙に流れ
漢家宮闕動高秋 漢家の宮闕 高秋に動く
殘星幾點雁橫塞 残星 幾点 雁は塞を横ぎり
長笛一聲人倚樓 長笛 一声 人は楼に倚る
紫艷半開籬菊靜 紫艶 半ば開いて 籬菊静かに
紅衣落盡渚蓮愁 紅衣 落ち尽くして 渚蓮愁ふ
鱸魚正美不歸去 鱸魚 正に美なるも 帰り去らず
空戴南冠學楚囚 空しく南冠を戴き 楚囚を学ぶ
<七言律詩・下平声「十一尤」の押韻>
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東望 趙嘏(晩唐)
楚江橫在草堂前 楚江橫に在り 草堂の前
楊柳洲西載酒船 楊柳洲の西 酒を載するの船
兩見梨花歸不得 兩び梨花を見るも帰り得ず
毎逢寒食一潸然 寒食に逢ふ毎に一に潸然
斜陽映閣山當寺 斜陽閣に映じ 山は寺に当たる
微綠含風月滿川 微綠風を含み 月は川に満つ
同郡故人攀桂盡 同郡の故人 攀桂尽し
把詩吟向泬寥天 詩を把りて吟じ向かふ 泬寥の天
<七言律詩・下平声一先の押韻>
「寒食」: 冬至から105日目、陽暦では四月初め。
「攀桂」: 月にある桂の木を取る。科挙に合格、立身出世することの比喩。
「泬寥天」: 雲一つ無い晴れた空。
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感遇 張九齢(初唐)
孤鴻海上来 孤鴻 海上より来たり
池潢不敢顧 池潢 敢えて顧みず
側見双翠鳥 側らに見る 双翠鳥の
巣在三珠樹 巣くうて 三珠樹に在るを
矯矯珍木顛 矯矯たり 珍木の顛
得無金丸懼 金丸の懼れ無きを得んや
美服患人指 美服は人の指さんことを患れ
高明逼神悪 高明は神の悪みに逼る
今我遊冥冥 今 我 冥冥に遊ぶ
弋者何所慕 弋者 何の慕う所ぞ
[口語訳](二句ずつ、訳してあります)
一羽の「おおとり」が海上から飛んできたが、彼は池や水たまりには目もくれない。
側に、二羽の「かわせみ」が三珠樹に巣を作っているのを見た。
高い高い珍しい木の頂にいたのでは、黄金の弾丸に打たれる心配をせずにおられようか。
きれいな着物(羽根)は人からうしろ指さされる心配があるし、
高く明るい家(巣)は神様に叱られてしまう。
今、私ははるかな大空をゆったりと飛んでいるから、猟師だとて追うことができようか。
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桃花谿 張旭(中唐)
隠隠飛橋隔野煙 隠隠たる飛橋 野煙を隔て
石磯西畔問漁船 石磯の西畔 漁船に問ふ
桃花尽日随流水 桃花 尽日 流水に随ひ
洞在清渓何処辺 洞は清渓の何れの処にか在らん
[口語訳]
かすかに、空に高くかかる橋が、春のもやの向こうに
石の多い河原の西の岸辺で漁船に問いかける。
「桃の花は一日中流れる水のままに去るけれど
桃源郷への入り口は、この清い谷川のどのあたりにあるのだろうか」と
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楓橋夜泊 張継(中唐)
月落烏啼霜満天 月落ち烏啼いて 霜天に満つ
江楓漁火対愁眠 江楓 漁火 愁眠に対す
姑蘇城外寒山寺 姑蘇城外 寒山寺
夜半鐘声到客船 夜半の鐘声 客船に到る
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重宿楓橋 張継(中唐)
白髪重来一夢中 白髪 重ねて来たる 一夢の中
青山不改旧時容 青山 改まらず 旧時の容
烏啼月落寒山寺 烏啼き 月落つる 寒山寺
欹枕猶聴半夜鍾 枕を欹てて猶ほ聴く 半夜の鐘
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涼州歌 張子容
朔風吹葉雁門秋 朔風葉を吹く 雁門秋
万里烟塵昏戌楼 万里烟塵 戌楼昏し
征馬長思青海上 征馬長(つね)に思ふ 青海の上(ほとり)
胡笳夜聴隴山頭 胡笳夜聴く 隴山の頭(ほとり)
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涼州詞 張籍(中唐)
鳳林関裏水東流 鳳林関裏 水東に流る
白草黄楡六十秋 白草黄楡 六十秋
辺将皆承主恩沢 辺将皆主の恩沢を承く
無人解道取涼州 人の涼州を取るを解道(し)るもの無し
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寄孫山人 儲光羲(盛唐)
新林二月孤舟還 新林 二月 孤舟還る
水満清江花満山 水は清江に満ち 花は山に満つ
借問故園隠君子 借問す 故園の隠君子
時時来往住人間 時時 来往して 人間に住するかと
[口語訳]
芽吹いたばかりの林に 二月 一人で船で帰ると
水は清江に満ちて 花は山に満ちている。
さて伺うが、故郷の隠君子である孫君よ
時々は山を下って人間世界に居ることもあるのかい
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贈日東鑑禪師 鄭谷(晩唐)
故國無心渡海潮 故国 無心にして 海潮を渡る
老禪方丈倚中條 老禅の方丈 中条に倚る
夜深雨絶松堂靜 夜深くして 雨絶え 松堂静か
一點山螢照寂寥 一点の山蛍 寂寥を照らす
[口語訳]
故国のことは全て忘れて海を渡って来られた
老僧の庵は中条山に沿っている
夜更けて 雨は止み 松林の中の堂は静かである
山の蛍が一つ 静まりかえった闇を照らしている
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暁看黄山 鄭震(宋)
奇峰三十六 奇峰 三十六
仙子結青鬟 仙子 青鬟を結ぶ
日際雲頭樹 日際 雲頭の樹
人間天上山 人間 天上の山
九州人共仰 九州 人共に仰ぎ
千載鶴来還 千載 鶴来たり還る
遥見樵蘇者 遥かに見る 樵蘇の者
披雲度石関 雲を披き 石関を度るを
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贈陳仲醇徴君東余山居詩 三十首 其八 董其昌(明)
餐取峰霞坐翠嵐 峰霞を餐取して 翠嵐に坐す
雲根劖出小終南 雲根劖り出だす 小終南
窗懸虚室常生白 窓は虚室に懸かりて 常に白を生じ
帖倣蕭齋欲過藍 帖は蕭齋に倣ひて藍を過ぎんと欲す
山長舊來鴻自一 山は長くして旧来鴻自ずから一
市喧還笑虎成三 市は喧にして還た笑ふ虎三を成す
應憐惠子能知我 応に憐れむべし 惠子能く我を知るを
雅道寥寥有荷擔 雅道寥寥として 荷担有らん
- (下平声「十三覃」の押韻)
【語注】
「陳仲醇」…董其昌の親友である陳継儒(書家・画家)。眉公とも。字が仲醇。
二十九歳で隠棲、晩年上海の東余山に住んだ。
「徴君」…朝廷からの招聘を断って野に隠れ住む隠者のこと。尊敬の言葉。
「雲根」…高い山の谷。雲の生ずるところ。
「劖出」…尖ったものを刺す 削る 穴を空ける
「小終南」…不詳。長安の南にある終南山に譬えて東余山を呼んだか?
「虚室」…何も無いガランとした部屋。
陶潜の「帰園田居 其一」の句「戸庭無塵雜 虚室有餘閑」を意識して「閑適・隠棲」の生活を表したものと思われる。
「蕭齋」…梁の武帝が蕭子雲に命じて飛白(かすれ文字)で大書させた寺があったが、やがて毀廃して「蕭」一字が残った。
後、唐の李約が通りかかり、残っていた壁を持ち帰り、洛陽の一屋を建てて「蕭齋」と名付けた故事がある。
「小さな部屋」ということから、「虚室」と同様「世俗を避けた」として、眉公の住まいを表していると読める。
「過藍」…この語は不詳。対句から考えると「白(明るい)」に対するので、夜の暗さを表すというところか?
「鴻自一」…これも故事があると思われるが、特定できない。
「鴻」は通常「大人物」を象徴するので、やはり隠棲した眉公を表すだろう。
「虎成三」…「三人市虎を成す」という孟子の故事。
「市中に虎が出た」という信じられない話も一人二人では信じないが、三人目になると信ずるようになるという『孟子』の故事。
「惠子能知我」…『荘子』の「徐無鬼」篇。
荘子の好敵手であった惠子が亡くなった後、その墓を通り過ぎた荘子が
「君が死んだ後、私は議論をする相手がもう居なくなってしまった」と嘆いたとされる。
ここは、作者が親友でありライバルでもあった眉公が隠棲して、語り合う友が居なくなったことを表したもの。
「寥寥」…空虚。うつろでひっそりしている。
【大意】
[大意]
(仙人のように)霞を食べて青山に暮らしている
高い山肌は削りだしたようで まるで長安の終南山のようだろう。
陶潜が暮らしたような空っぽの部屋で窓はいつも明るく
李約の蕭齋のような小さな部屋の帖(帳・カーテンか)は夜に暗さを増す。
山は深く古くからの鴻が一羽いるだけ
町では人がやかましく あきれるような噂話ばかり
ああ哀しいことだ 荘子にとっての惠子の如く(私は君という知友を失った)
書画に向かっても虚しいだけで重荷が有るだけだ
※この詩につきましては、注釈書がありませんので、桐山人が解釈しました。
お気づきの点がありましたら、ご指摘ください。
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飲酒(其五) 陶潜(東晋)
結廬有人境 廬を結びて人境に在り
而無車馬喧 而も車馬の喧(かしま)しき無し
問君何能爾 君に問ふ何ぞよく爾(しか)ると
心遠地自偏 心遠ければ地自ら偏なり
采菊東籬下 菊を采る東籬の下
悠然見南山 悠然として南山を見る
山気日夕佳 山気日夕に佳(よ)く
飛鳥相與還 飛鳥 相与(とも)に還る
此中有真意 此の中に真意有り
欲弁已忘言 弁ぜんと欲して已(すで)に言を忘る
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飲酒(其六) 陶潜(東晋)
行止千万端 行止は千万端
誰知非与是 誰か非と是とを知らんや
是非苟相形 是非 苟(みだ)りに相形
雷同共誉毀 雷同して共に誉め毀る
三季多此事 三季より此の事多し
達士似不爾 達士のみ爾(しか)らざるに似たり。
咄咄俗中愚 咄咄 俗中の愚
且当従黄綺 且く当に黄綺に従うべし
[口語訳]
人の出処進退は千差万別
その是非は誰にも分からないもの
なのに是非をやたらと言いたがり
それに乗っかって誉めたりけなしたり。
夏・殷・周の末期からこのことは多くて
まったく達士だけが違っているのだ。
やれやれ、世間の馬鹿たれどもめ
しばらく昔の隠者にならって暮らすとしようか。
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飲酒(其十二) 陶潜(東晋)
長公曾一仕 長公 曾て一たび仕えしも
壮節忽失時 壮節にして忽ち時を失う。
杜門不復出 門を杜して復た出でず。
終身与世辞 終身 世と辞す。
仲理帰大沢 仲理 大沢に帰りて
高風始在茲 高風 始めて茲に在り。
一往便当已 一往 便ち当に已むべし。
何為復狐疑 何為なんすれぞ復た狐疑する。
去去当奚道 去り去りて当に奚をか道うべけん。
世俗久相欺 世俗は久しく相欺けり。
擺落悠悠談 悠悠の談を擺い落とし
請従余所之 請う 余が之く所に従わん
[口語訳]
前漢の張長公は一旦は官途に就いたけれど
壮年の時にすぐに失脚してしまった。
門を閉ざして二度とは出ず、
終生 世の中に決別したままだった。
後漢の楊仲理は大きな沢の地に帰ってから
高尚な学風が始めて起こった。
さっさとすぐに隠棲するのがよい。
どうしてためらうことがあろうか。
さっさと立ち去り、何を言う必要があろう。
世の中は長い間、だまし合いばかりなのだ。
荒唐無稽な話などは捨て去って、
自分の道を進めばよいのだ。
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飲酒(其二十) 陶潜(東晋)
羲皇去我久 羲皇 我を去りて久しく
挙世少復真 世を挙げて真に復すこと少なし
汲汲魯中叟 汲汲たり 魯中の叟
弥縫使其淳 弥縫して其れを淳ならしむ
鳳鳥雖不至 鳳鳥至らずと雖も
礼楽暫得新 礼楽暫らくは新しきを得たり
洙泗微響輟 洙泗 微響を輟め
漂流逮狂秦 漂流して狂秦に逮ぶ
詩書復何罪 詩書復た何の罪あらん
一朝成灰塵 一朝 灰塵と成る
区区諸老翁 区区たる諸老翁
為事誠殷勤 事を為して誠に殷勤
如何絶世下 如何ぞ 絶世の下
六籍無一親 六籍 一の親しむ無きを
終日馳車走 終日 車を馳せて走るも
不見所問津 津を問ふ所を見ず
若復不快飲 若し復た快かに飲まずんば
空負頭上巾 空しく頭上の巾に負かん
但恨多謬誤 但だ恨む 謬誤の多きを
君当恕酔人 君 当に酔人を恕すべし
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歸園田居 其六 陶潜(東晋)
少無適俗韻 少(わか)くして俗に適する韻無く
性本愛邱山 性 本 邱山を愛す
誤落塵網中 誤りて塵網の中に落ち
一去三十年 一去 三十年
羈鳥戀舊林 羈鳥 旧林を恋ひ
池魚思故淵 池魚 故淵を思ふ
開荒南野際 荒を開く 南野の際
守拙歸園田 拙を守りて園田に帰る
方宅十餘畝 方宅 十余畝
草屋八九間 草屋 八九間
楡柳蔭後簷 楡柳 後簷を蔭ひ
桃李羅堂前 桃李 堂前に羅なる
曖曖遠人村 曖曖たり 遠人の村
依依墟里煙 依依たり 墟里の煙
狗吠深巷中 狗は吠ゆ 深巷の中
鷄鳴桑樹巓 鶏は鳴く 桑樹の巓
戸庭無塵雜 戸庭 塵雑無く
虚室有餘閒 虚室 余閑有り
久在樊籠裡 久しく樊籠の裡に在りしも
復得返自然 復た自然に返るを得たり
「山・間・閑(閒)」で「上平声十五刪」と「年・淵・田・前・煙・巓・然」で「下平声一先」の通韻
[口語訳]
若い頃から俗世間に合わせる気が無く
本性は自然が好きだった
間違えて役人生活に縛られて
あれからもう三十年だ
旅の鳥は昔の林を恋しがるもの
池の魚は以前の水辺を慕うもの
荒れた土地を開拓しよう 南の野原で
世渡りの下手なままに田舎に帰ってきた
四角い土地は十余畝
ぼろ家は八つか九つ程の部屋
ニレとヤナギは家の後ろを覆って
桃と李が座敷の前に並んでいる
ぼんやりと霞む 遠くの人里
ゆらゆらと上る荒れた里の炊煙
犬が吠える 奥深い小路の奥
鶏が鳴く 桑の木のてっぺん
庭には塵やゴミは無く
こざっぱりした部屋にはゆとりがある
長らく鳥かごのような生活の中に居たが
もう一度 本来の姿に戻ることができた
「適俗韻」…俗世間に適応する気質が無い。
「性本」…本来の性格。
「邱山」…岡や山。大自然。
「塵網」…汚れた世の中。作者が役人として過ごした時期を指す。
「一去」…いったん去ってみれば、あれから。
「三十年」…太元十八年(393年)~義煕元年(405年)で実際は十三年間。「三」は数の多さを言ったという説もある。
「羈鳥」…旅先の鳥、渡り鳥。
「旧林」…昔住んでいた林 次の「故」も同じ
「守拙」…世渡りの下手なままに。
「方宅」…四角な宅地
「十余畝」…約二十アール、七百坪くらい。
「草屋」…茅屋と同じ、粗末な家。
「八九間」…八つか九つの部屋。
「楡柳」…ニレとヤナギ
「簷」…のき
「堂」…表座敷
「曖曖」…おぼろに霞み
「依依」…細々として
「狗吠と鶏鳴」…『老子』に「小国寡民、(中略)使民復結縄而用之、甘其食、美其服、安其居、樂其俗、鄰國相望、鷄犬之聲相聞、民至老死、不相往來。」とあり、人智の行き過ぎない理想郷を表す。
「虚室」…何も無い部屋
「余閑」…ゆとり。
「樊籠」…とりかご、役人生活の比喩。
「自然」…ものの本性。本来の自分の姿。人為を加えない姿。
伝わる話では、陶潜が彭沢県の県令となって八十余日、郡の長官が視察に来ることになったのですが、「正装して出迎えるように」と言われて、「我 五斗米の為に腰を折りて 郷里の小人に向かふ能はず」と言って職を去ったとされています。
真偽のほどはわかりませんが、陶潜の人柄を表す伝説となっています。
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雜詩 其一 陶潜(東晋)
人生無根蔕 人生 根蔕(こんてい)無く
飄如陌上塵 飄として陌上の塵の如し
分散逐風轉 分散し 風を逐(お)って転じ
此已非常身 此 已に常の身に非ず
落地為兄弟 地に落ちて兄弟と為る
何必骨肉親 何ぞ必ずしも骨肉の親のみならんや
得歡當作樂 歓を得て 当に楽しみを作すべし
斗酒聚比隣 斗酒 比隣を聚(あつ)めよ
盛年不重來 盛年 重ねては来たらず
一日難再晨 一日(いちじつ) 再び晨(あした)なり難し
及時當勉勵 時に及んで当に勉励すべし
歳月不待人 歳月は人を待たず
(「塵・身・親・隣・晨・人」・・・・上平声「十一真」の押韻)
「根蔕」…木の根や果実のヘタ
「逐」…異本「随」
「常身」…変わらぬ姿
「比隣」…隣近所
「盛年」…若い盛んな時
「及時」…その時その時を逃さず
「勉励」…つとめはげむ。ここは楽しみに精を出す
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雜詩 其四 陶潜(東晋)
丈夫志四海 丈夫は四海を志すも
我願不知老 我は願ふ 老いを知らず
親戚共一處 親戚 共に処を一にし
子孫還相保 子孫還た相保つ
觴絃肆朝日 觴と絃とを朝日に肆(なら)べ
樽中酒不燥 樽中 酒 燥(かわ)かず
緩帶盡歡娯 帯を緩めて歓娯を尽くし
起晩眠常早 起くるは晩く眠るは常に早し
孰若當世士 孰若ぞ 当世の士の
氷炭滿懷抱 氷炭 懐包に満ち
百年歸丘壟 百年 丘壟に帰し
用此空名道 此の空名を用って道びかん
(上声「十九晧」の押韻)
「丈夫」…一人前の男子
「孰若」…どちら
「氷炭」…利と名を求める矛盾した心
「百年」…人の一生
「丘壟」…土盛りをした墓
「空名」…むなしい名声
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雜詩 其五 陶潜(東晋)
憶我少壯時 憶ふ 我少壮の時
無樂自欣豫 楽しみ無きも自ら欣余す
猛志逸四海 猛志 四海に逸(は)せ
騫翮思遠翥 翮(つばさ)を騫(あ)げて遠く翥(と)ばんと思ふ
荏苒歳月穨 荏苒として歳月穨(くず)れ
此心稍已去 此の心 稍(ようや)く已に去る
値歡無復娯 歓に値(あ)ふも復た娯しみ無く
毎毎多憂慮 毎毎(つねづね) 憂慮多し
氣力漸衰損 気力 漸く衰損し
轉覺日不如 転(うた)た覚ゆ 日びに如かざるを
壑舟無須臾 壑舟 須臾無く
引我不得住 我を引きて住(とどま)るを得ざらしむ
前途當幾許 前途 当に幾許(いくばく)ぞ
未知止泊處 未だ知らず 止泊の処
古人惜寸陰 古人は寸陰を惜しむ
念此使人懼 此を念(おも)へば人をして懼れしむ
(「豫・翥・去・慮・如・處」は去声「六御」、「住・懼」は去声「七遇」の通韻)
「少壮」…若く盛んな時
「欣余」…喜び楽しむ
「荏苒」…いつの間にか、だんだんと
「不如」…及ばない
「壑舟」…月日が過ぎ去る喩え
「寸陰」…わずかの時間
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雜詩 其六 陶潜(東晋)
昔聞長者言 昔 長者の言を聞けば
掩耳毎不喜 耳を掩ひて 毎(つね)に喜ばず
奈何五十年 奈何(いかん)ぞ 五十年
忽已親此事 忽ち已に此の事を親(みずか)らせんとは
求我盛年歡 我が盛年の歓を求むること
一毫無復意 一毫も復た意無し
去去轉欲遠 去り去りて転た遠くならんと欲す
此生豈再値 此の生 豈(あ)に再び値(あ)はんや
傾家持作樂 家を傾けて持つて楽しみを作(な)し
竟此歳月駛 此の歳月の駛するを竟(お)えん
有子不留金 子有るも金を留めず
何用身後置 何ぞ用いん 身後の置を
(去声「四寘」の押韻)
「長者」…年長者
「奈何」…どうしたものか
「一毫」…ほんの少しも
「豈」…反語、「豈に…や」と訓じる
「傾家」…財産を使って
「持」…異本「時」
「身後置」…死んだ後の準備
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陶潜(東晋)
白髮被兩鬢 白髮 両鬢を被ひ
肌膚不復實 肌膚 復た実ならず
雖有五男兒 五男児 有ると雖も
總不好紙筆 総(すべ)て 紙筆を好まず
阿舒已二八 阿舒は已に二八
懶惰故無匹 懶惰 故より匹(たぐ)ひ無し
阿宣行志學 阿宣は 行(ゆくゆ)く志学なるに
而不好文術 而して 文術を好まず
雍端年十三 雍 端は 年十三にして
不識六與七 六と七とを識らず
通子垂九齡 通子は 九齢に垂(なんな)んとするも
但覓梨與栗 但だ 梨と栗とを覓(もと)むるのみ
天運苟如此 天運 苟(いやし)くも 此くの如くんば
且進杯中物 且らく 杯中の物を進めん
(入声「四質」「五物」の通韻)
[口語訳]
白髪が両の鬢を覆い
肌は二度とは張りをもどせない
五人の男の子がいるけれど
みな 勉強嫌いだ
舒君はもう二八が十六歳だが
怠け者と言ったらもう並ぶ者が無い
宣ちゃんはもうすぐ志学(十五才)なのだが
これまた文章を書くことが嫌いだ
雍と端は十三歳のくせに
六と七の違い(足し算)も分からない
通ちゃんはもうすぐ九歳になるのだが
ただひたすら梨と栗の食い物を欲しがるだけだ
神様がくださった運命がこうだというなら
まあしばらく酒でも飲むことにしようかね
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渡湘江 杜審言(初唐)
遲日園林悲昔遊 遅日 園林 昔遊を悲しむ
今春花鳥作邊愁 今春 花鳥 辺愁を作す
獨憐京國人南竄 独り憐れむ 京国の人 南竄せられて
不似湘江水北流 湘江の水の北流するに似ざるを
(七言絶句 遊・愁・流…「下平声十一尤」の押韻)
「遲日」: うらうらと長い春の日
「昔遊」: 昔遊んだこと
「邊愁」: 辺地に流された身の愁い
「南竄」: 南方に流されること
[口語訳]
春の長い日、園林の中で、遊んだ昔のことが悲しく思い出される
今年の春も(昔と変わらず)花は咲き鳥は鳴くけれど 遠く離れた愁いになるばかり
都の人間である私は南の地に流されて
湘江の水が北に向かって流れるのにも似ないことを自分自身で憐れまずにはいられない
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飲中八仙歌 杜甫(盛唐)
知章騎馬似乗船 知章が馬に騎るは船に乗るに似たり
眼花落井水底眠 眼花 井に落ちて水底に眠る
汝陽三斗始朝天 汝陽の三斗 始めて天に朝し
道逢麹車口流涎 道に麹車に逢ひて 口 涎を流す
恨不移封向酒泉 恨むらくは 封を移して 酒泉に向かはざるを
左相日興費万銭 左相の日興 万銭を費やす
飲如長鯨吸百川 飲むこと長鯨の百川を吸ふが如し
銜杯楽聖称避賢 杯を銜みて 聖を楽しみ 賢を避くと称す
宗之瀟灑美少年 宗之は瀟灑たる美少年
挙觴白眼望青天 觴を挙げ 白眼 青天を望む
皎如玉樹臨風前 皎として 玉樹の風前に臨むが如し
蘇晋長斎繍仏前 蘇晋 長斎す 繍仏の前
酔中往往愛逃禅 酔中 往往 逃禅を愛す
李白一斗詩百篇 李白 一斗 詩百篇
長安市上酒家眠 長安 市上 酒家に眠る
天子呼来不上船 天子 呼び来れども 船に上らず
自称臣是酒中仙 自ら称す 臣は是れ酒中の仙と
張旭三杯草聖伝 張旭 三杯 草聖伝ふ
脱帽露頂王公前 帽を脱して 頂を露はにす 王公の前
揮毫落紙如雲烟 毫を揮ひ 紙に落とせば雲烟の如し
焦遂五斗方卓然 焦遂 五斗 方に卓然
高談雄弁驚四筵 高談 雄弁 四筵を驚かす
[口語訳]
賀知章が馬に乗る姿は船に揺られているようだ
酔って眼はちらちらし、井戸に落ちても気づかずに水底で眠っている
汝陽王は三斗の朝酒を飲んでから朝廷に出仕する
途中で酒車に出会えば、口からよだれを流すほど
残念がったのは、酒泉郡の長官に転出できなかったことだ
左丞相(李適之)は、一日の酒盛りに万銭を使い
飲むことと言ったら、大きな鯨が百川の水を吸い上げるようなもの
杯を口にして清酒(聖)を楽しみ、濁り酒(賢)は嫌だと言っている
宋之はすっきりした美少年
酒を飲んでは白眼で青空をにらみつけ
いさぎよさは美しい木が風の前に立っているようだ
蘇晋は長く物忌みをしてしるが、刺繍をした弥勒菩薩の前で
酒に酔っては、しょっちゅう仏戒を破ってしまう
李白は一斗酒を飲むうちに詩を百篇作ってしまう
どこでも構わずに 長安の町中の酒屋で眠ってしまう
天子からお呼びがあっても船に乗ろうともせず
自分で「私は酒飲みの中の仙人だ」と言っている
張旭は三杯飲んでは草書の筆をふるい
王公の前でも帽子を脱ぎ頭のてっぺんをむき出しにする
ところが筆をふるって紙の上に落とせば その書は雲煙が飛ぶようである
焦遂は口べただったが五斗も飲むと意気は卓然
声高く雄弁で 満座の人を驚かせる
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石壕吏 杜甫(盛唐)
暮投石壕村 暮に石壕村に投ずれば
有吏夜捉人 吏有り 夜に人を捉ふ
老翁踰墻走 老翁 墻を踰えて走り
老婦出門看 老婦 門を出でて看る
吏呼一何怒 吏の呼ぶこと 一に何ぞ怒れる
婦啼一何苦 婦の啼くこと 一に何ぞ苦しめる
聴婦前致詞 婦の前みて詞を致すを聴くに
三男鄴城戍 三男は鄴城の戍り
一男附書至 一男は書を附して至るも
二男新戦死 二男は新たに戦死すと
存者且偸生 存する者は且く生を偸むも
死者長已矣 死せる者は長えに已みぬ
室中更無人 室中 更に人無く
惟有乳下孫 惟だ乳下の孫のみ有り
孫有母未去 孫には母の未だ去らざる有るも
出入無完裙 出入するに完裙無し
老嫗力雖衰 老嫗 力は衰ふと雖も
請従吏夜帰 請う 吏に従って夜帰せんことを
急応河陽役 急に河陽の役に応ぜば
猶得備晨炊 猶ほ晨炊の備ふるを得んと
夜久語声絶 夜久しくして語声絶え
如聞泣幽咽 泣いて幽咽するを聞くが如し
天明登前途 天明 前途に昇る時
独与老翁別 独り老翁と別れしのみ
「投」: 投宿する
「無完裙」: 満足なスカートも無い貧窮の様
「晨炊」: 「朝ご飯」
[口語訳]
暮れに石壕の村に投宿すると
役人が夜、人を捕らえにやって来た。
じいさんは垣根を飛び越えて逃げてしまい、
ばあさんは門の外で応対している。
役人の呼ぶ声は全く、何と怒っていることか、
ばあさんの泣き声は全く、何と苦しそうなことか。
ばあさんは役人の前に進み、自分から言葉を発するのを聞くと、
「三人の息子は鄴城の守りについとります。
一人の息子が手紙を託して届けてきたことには、
二人の息子は戦死したばかりだそうです。
生きている者もしばらくの間、無意味な命を生きているだけ
死んだ者は永遠に終ってしまったのです。
家の中にはこれ以上誰もいません。
ただ乳離れのしていない孫がいるだけです。
孫には母親が(夫に戦死されても)まだ家を去らずに残ってくれていますが、
家の出入りをするのに満足なスカートもないのです。
年老いた私は力は衰えてはいますが、
お役人に従って今夜にも行くことにしましょう。
急いで河陽で労役につくことができれば、
まだ朝の炊事の支度くらいはできましょう」
夜も随分更けて、話し声も途絶えた。
泣いて微かに咽ぶのが聞こえてくるようだ。
明け方私は旅路につき、
ただ一人で、じいさんと別れてきたのだ。
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春望 杜甫(盛唐)
国破山河在 国破れて山河在り
城春草木深 城春にして草木深し
感時花注涙 時に感じては花にも涙を注ぎ
恨別鳥驚心 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火連三月 烽火三月に連なり
家書抵萬金 家書萬金に抵たる
白頭掻更短 白頭掻くに更に短く
渾欲不勝簪 渾(すべ)て簪に勝へざらんと欲す
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貧交行 杜甫(唐)
飜手作雲覆手雨 手を飜せば雲と作(な)り 手を覆(おほ)へば雨となる
紛紛輕薄何須數 紛紛たる軽薄 何ぞ数ふるを須(もち)ひん
君不見管鮑貧時交 君見ずや 管鮑 貧時の交はり
此道今人棄如土 此の道 今人 棄てて土の如し
[口語訳]
手のひらを上に向ければ雲になり、下に向ければ雨になる(ように人の心は変わりやすいもの)
ウジャウジャといる軽薄の輩は、いちいち数える必要はない。
君は知らないのか、管仲や鮑叔牙の貧しい時の深い交際を
こうした生き方を、今の時代の人は棄ててしまい、土のように扱っているのだ