2006年の投稿詩 第166作は 芳原 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-166

  感夏 其一        

炎天八月火雲岑   炎天八月 火雲たか

林下寛閑澗水深   林下寛閑 澗水深し

仮寐莫言尋不處   仮寐言う莫かれ 尋ぬるに処なきと

碧山秋聲自遊心   碧山の秋声 自ずから遊心

          (下平声「十二侵」の押韻)

<感想>

 夏の暑さの中で、涼を求める心が見つけてくれるものがあります。
 この詩では、「澗水」「秋聲」などがそれに該当するでしょうか。承句で出てくるのが、やや早過ぎるかもしれませんね。

 平仄などの点で見ますと、承句の冒頭「林」は冒韻です。また、結句の「山」「聲」はどちらも平声ですので、「二四不同」が崩れていますね。「聲」「韻」に変えれば良いでしょう。
 転句の下三字、「尋不處」は、「處」という名詞を打ち消すのに「不」の字では無理があります。文意を生かしながら、句そのものを見直す方が良いでしょうね。

2006. 9.13                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第167作は 芳原 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-167

  盛夏 其二        

夏日傾西影忽長   夏日西に傾けば 影忽ち長し

涼風一去得秋霜   涼風一たび去って 秋霜を得る

回頭晩照已冬色   頭を回らせば 晩照 已に冬の色

春候尚賒 残老傷   春侯尚 とおく 残老傷む

          (下平声「七陽」の押韻)

<感想>

 こちらの詩も、承句の「涼」が冒韻ですね。

 四季の「春夏秋冬」の字を各句に入れた工夫は面白いのですが、「盛夏」という題で考えると、無理があるように思います。言葉の楽しみが詩の内容に優先してしまっては、単に遊びの詩になってしまいます。
 具体的には、「夏日」の中での「涼風」までは理解できますが、「秋霜」や「冬色」が同時に存在するとは思えません。これが、陶潜の「四時歌」のように、あらかじめ四季を詠うというものなら分かりますが、「盛夏」という題でこの詩を理解するのは困難ですね。
 それぞれの句は別々の詩に入っていれば、存在感のある句ですので、ちょっと欲張りすぎたということでしょうか。

2006. 9.13                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第168作は 一人土也 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-168

  閑行        

静寂誰庭柿欲朱,   静寂なる誰が庭か 柿朱ならんと欲し、

閑拾好景已忘途。   閑かに好景を拾い 已に途を忘る。

雲流影冷清光去,   雲流れ 影冷やかに 清光去り、

野鳥飛行有我孤。   野鳥飛び行きて 我孤り有り。

          (上平声「七虞」の押韻)

<解説>

 これはこの前のひまだった日に、近所を歩いて作った詩です。
   静寂な誰かの庭で柿が朱色になろうとしていて、
   のどかにそんな好景を拾っていってすでに道を忘れた。
   雲流れ、影冷やかに、清い日の光は去り、
   野鳥は飛んで行き、自分ひとりが居るのみとなった。


<感想>

 秋の日の静かな一時が感じられる詩ですね。一人土也さんの詩も、言葉の使用などに無理がなくなり、落ち着いた情景が多くなってきたように感じますね。

 承句の「拾」は仄声ですので、ここでは使えませんね。「蒐」などの字を用いると良いでしょう。
 結句の「有我孤」は、文意が通じないと思います。結びの言葉としても、その前の「野鳥飛行」からのつながりが唐突な感じがしますので、下三字を推敲し、前の三句を生かすのが良いと思います。

2006. 9.13                 by 桐山人



井古綆さんから感想をいただきました。
 私は一人土也さんに謝らねばなりません。
 筆名を「一人土地」と間違えていました。今ようやく気がつきました。
大変失礼をいたしました。出来ましたならば、どうお呼びするのかも知りたいです。因みに私はセイココウと読みます。
 自分ながらそそっかしさには、あきれます。

 さて、一人土也さんの玉作「閑行」、字字についていえば、少々疑問があるものの、起承転結は整っていて、これが中学生の詩とは思えません。
 我が少年時代を省みれば、正に汗顔のいたりです。
 あなたは良い時代に生まれて、うらやましく思います。私の生まれた時代は正に不幸のどん底で、貧しさの為中学二年でやめました。

 あなたの詩を拝見しますと、若竹のようにすくすくと成長しているのが、感じられます。これはあなたが漢詩に対する、熱意の結果であると思います。
 この熱意を続けて、更に成長して玉作を拝見できるのを、いつも楽しみにしております。


2006. 9.14                 by 井古綆


 一人土也さんの読み方についてのご質問ですが、ご本人に私も確認をしていません。m(_ _)m
「投稿詩検索」での「作者一覧」では、私は「ひとりつちなり」さんと読んで、「ハ行」のお名前に分類しています。





















 2006年の投稿詩 第169作はさいたま市にお住まいの 轍史 さん、五十代の男性の方からの作品です。
 ヴェルレーヌの詩を素材に三部作として作られたものです。

作品番号 2006-169

  落葉(三首の一)        

哀聲如嘆息   哀声 嘆息の如し

誰奏小提琴   誰か奏す 小提琴

窓下乗風至   窓下 風に乗じて至り

弄玩余寸心   余が寸心を弄玩す

          (下平声「十二侵」の押韻)

<解説>

 約三十年ほど前、学生時代に作ったことがありますが、殆ど初心者です。ただ漢詩は好きでよく読みます。
 俄かにまた作りたくなり、このサイトを見つけ投稿してみたくなりました。痒いところに手が届くと申しますか、細かいところまで気を配られており、主宰者の方の熱意と温かさを感じました。
 できればこれからも作り続けて行きたいと思っておりますので、宜しくお願いいたします。

 ヴェルレーヌの秋の歌を土台にして作りました。
    秋の日の ヴィオロンの ため息の 身に沁みて ひたぶるに うらかなし (上田敏訳)

<感想>

 三十年ぶりの漢詩創作ということですが、お使いになっている言葉や息づかいに生硬感もなく、すっと入って行ける気がしました。

 残暑もようやく勢いを弱め、そろそろ秋の気配も強くなって来た感がするこの頃、「ヴィオロンのため息」が胸にしみ入るようですね。
 三部作まとめて読んでいただきましょう。この詩については、結句の「玩」の平仄だけ崩れていますので、ご確認ください。

2006. 9.18                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第170作は 轍史 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-170

  落葉(三首の二)        

暮鐘臻陋巷   暮鐘 陋巷にいた

秋色轉淒滄   秋色 転た淒滄たり

追憶遊敖季   追憶す 遊敖のとき

濺濺涙幾行   濺濺 涙幾行

          (下平声「七陽」の押韻)

<解説>

 暮れ方の鐘がうらぶれた街に響き、
 秋の気配は寂しさを増す。
 遊び歩いた季節を思い出せば、
 とめどなく涙流れる。

ヴェルレーヌの『秋の歌』の二連め
    鐘のおとに 胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ 過ぎし日の おもひでや (上田敏訳) を土台にしました。作っていくうちに、元歌のイメージからどんどん外れていってしまいました。

<感想>

 この詩では、両韻を持つ字が幾つか使われています。この場をお借りして、確認の練習をしてみましょう。
 転句の「敖」「傲」「おごる」の意味で使う時は「去声二十号」の仄声ですが、「遊ぶ」「やかましい」の意味ですと、「下平声四豪」の平声です。「敖遊」「敖民」「怠敖」などの言葉があります。
 結句の「濺」「そそぐ」の時は「去声十七霰」、「水が流れる様子」の時は「下平声一先」となります。
 最後の「行」は、「列、筋」の時は「下平声七陽」、「行く、道、旅」の時は「下平声八庚」、「おこない、序列」の時は仄声です。

 内容の点では、転句がややストレート過ぎる気がしますね。原詩は、「おもひで」の内容には言及していませんが、読者に色々なことを想像させることを狙ったのだろうと思います。「遊敖季」という表現は魅力的ですが、この詩では、過去を一面的に描いてしまい、象徴詩としてのイメージの広がりが弱くなったのが残念ですね。

2006. 9.18                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第171作は 轍史 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-171

  落葉(三首の三)        

樹梢揺落熄   樹梢 揺落熄み

寧故朔風吹   なんことさらに 朔風の吹く

騒客如枯葉   騒客 枯葉の如し

淹留不少時   淹留すること少時しばしもせず

          (上平声「四支」の押韻)

<解説>

 木々の梢の葉は落ち尽くしたのに
 どうして北風は吹き続けるのか
 詩人(である私)は枯葉のようなもの
 少しの間も留まることはない

ヴェルレーヌ『秋の歌』の第三連。最終連を土台にしました。
    げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな (上田敏訳)

<感想>

 だんだんと原詩のイメージから離れていくように感じますね。でも、ヴェルレーヌの中国語翻訳をしているわけではありませんから、作者が自由に広げていくのは楽しいことです。ということを理解した上での感想です。

 原詩では「ここかしこ さだめなく とび散らふ」とあるように、あちこちにフラフラと飛んでいく枯葉であり、平面的というか、場所の定まらないことを「うらぶれて」の象徴として出していたわけですが、轍史さんはそれを時間的なものに持っていきました。
 前作でもそうですが、対象や内容を限定する手法は作者自身の解釈や表現をより具体的なものに、より明確なものにする効果はありますが、せっかくのイメージの広がりを絞ってしまう危険性も併せ持ちます。
 結句のやや説明っぽい所がそう感じさせるのかもしれませんね。

 三首まとめて読むと、楽しさ倍増(三倍増?)、それぞれに轍史さんの工夫がよく表れていると感じました。

2006. 9.18                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第172作は 登龍 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-172

  梅天偶得        

梅天漠漠長秧針   梅天漠漠 秧針長ず

閣閣群蛙霧雨深   閣閣たる群蛙 霧雨深し

一縷茶煙閑自慰   一縷の茶煙閑かに自ら慰み

詩書披閲且娯心   詩書披閲し 且く心を娯しむ

          (下平声「十二侵」の押韻)

<解説>

大意
  梅雨時の空は薄暗く稲の秧が針のように伸び
  群がる蛙が賑やかに鳴き霧雨が深い
  一筋の茶の煙が立ち込める中静かに自然と心がほぐれ
  詩書を広げて見て暫く心を楽しむ。

<感想>

 起句の「長」は、一般に用いる「ながい」の時は「下平声七陽」韻で平声ですが、読み下されたように「長ずる」の時は仄声です。ですので、意味としては下三平にはなっていないのですが、問題はこの部分を作者の期待通りに読んでもらえるかどうかです。
 ぱっと見た所では、主語述語の構造として「長秧の針」と読むのではないでしょうか。そこで「下三平」だからと思って、ここは仄声の「長ずる」と読むのかと考えるのでしょうが、それは好意的に読んでくれた場合でしょう。主語述語の文法構造を押韻や平仄の関係で崩すことは漢詩の場合にはまま見られることですが、このように誤解の余地が残るようでは良くありません。
 対句によって構造が規定されるか、語順の入れ替えが一目瞭然で分かるような形が望ましいでしょう。ここは、「長」を他の語で言い換えることをお考えになることが先かと思います。

 転句は切れ目が問題ですね。「閑」の主語が何なのかを考えると、この句ではどうしても「一縷茶煙」となります。
 その場合、「一縷茶煙」「閑かで自ら慰む」ものであると言うのは釈然としません。そうなると、「自慰」は作者の心情として、この句の切れ目は「一縷の茶煙閑かに 自ら慰み」と考えざるを得ませんので、「四+三」のリズムが崩れてしまいます。
 意図的にリズムを崩す効果を狙う手法もあるでしょうが、ここは「自慰」を推敲し、明確に「一縷茶煙」を形容する言葉にし、句全体を統一する方が良いのではないでしょうか。

2006. 9.20                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第173作は サラリーマン金太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-173

  訪阿州日和佐町     阿州日和佐町を訪ふ   

碧海翠巒名刹湄   碧海 翠巒 名刹のほとり

新町生誕族縁馳   新町の生誕に族縁馳す

應懢同姓明宵盡   応にしむべし 同姓 明宵盡くるは

各慮祖先廻酒卮   おのおの祖先をおもんばかって 酒卮しゅしめぐらす

          (上平声「四支」の押韻)

<解説>

 日和佐町は室戸・阿南国定公園の中心で太平洋に面し風光明媚であり、アオウミガメの産卵する大浜海岸や四国霊場薬王寺の門前町として栄え有名です。
 このたびの新町のご誕生を祝い、全国から一族所縁のある方々が故地に参集しました。
 これまで県南の雄都としてNHKの天気予報にもその名を見ることができていましたが、明日からは美波に変わり、日和佐町民を初め町外に住む私たちにとっても寂しく残念なことです。
 しかし時代の趨勢はいかんともしがたく今後のご発展を祈り、また、それぞれ先祖に思いを馳せるなどして杯を重ねながら、日和佐町最後の夜は更けていくのでした。

☆作詩の背景‥私事で恐縮ですが徳島県海部郡日和佐町は当家の所縁の地でありますが、このたび本年(平成18年)3月31日をもって、隣町の由岐町と合併し美波町(みなみ)となりました。
 新町誕生イベントの一環として町当局が企画された一族等の交流会のご案内を受け、私も年度末で大変多忙な時期でしたが、一生に一度のことですので、万障繰り合わせて参加させていただき、前夜の国民宿舎「うみがめ荘」での懇親会、翌朝の開町式典にと参列してきました。


<感想>

 日和佐町という町名が消えてしまうことを惜しみながらも、新しい発展を祈るというお気持ちは、とりわけ、「日和佐」という町名が消えることもおありでしょうから、複雑なご心境だったことと思います。サラリーマン金太郎さんのこれまでの作品にも、市町村合併による新市(町)の誕生とそれに伴って消えてゆく旧名に対しての思いを詩に託されたものがありましたね。

 ゆかりの方々が集まる機会となったのが、町への最後の別れの場であったというのは、本当に歴史の一場面という気がします。「美波」という美しい名称に変わって、一層の発展を期待したいですね。

 サラリーマン金太郎さんからは、今年の全日本漢詩連盟の総会が松山で開かれるということで、地元からのご案内状、「錦秋の松山へ」を送っていただきました。また、ご覧ください。

2006. 9.20                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第174作は 登龍 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-174

  蘭盆展墓        

誦経念佛感無常   誦経念佛 無常に感じ

俯仰長歎轉斷腸   俯仰長歎 轉た斷腸

恩愛難忘懷考妣   恩愛忘れ難く 考妣を懷かしみ

墓前佇立寂焚香   墓前佇立して 寂として香を焚く

          (下平声「七陽」の押韻)

<感想>

 転句の「考妣」は、「亡くなった父母」を表す言葉です。「考」は「老」の省略形から構成された字で、父が死ぬことを意味します。
 お盆でのお墓参りに私も参りました。私の父も母も四十年以上前に泉下の人となっていますが、暑い夏でも、墓前に立つと心も体も直立する気がします。家族の近況報告を胸の中でしましたが、喜んでくれていると思います。

 登龍さんの今回の詩は、平常の言葉を用いた柔らかい表現で、お気持ちのよく表れたものになっていると思います。特に、転句の「恩愛難忘」などはややもすれば俗っぽい言い回しになるのですが、ここでは、肩を張らない自然なお気持ちが伝わるようです。

2006. 9.20                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第175作は 柳田 周 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-175

  箭弓神社牡丹園        

早朝古社牡丹園   早朝古社の牡丹園

花白風清揺祭幡   花は白く風は清くして祭幡を揺らす

此有一株聞漢贈   此に一株有り 漢より贈られしと聞く

黄英黄蘂秘香魂   黄英黄蘂 香魂をかく

          (上平声「十三元」の押韻)

<解説>

 坂上田村麻呂が奥州征伐の途次、戦勝祈願をしたと云われる古社が埼玉県東松山市にあり、箭弓稲荷神社と称されている。
 この境内に大正十二年開園とされる牡丹園があり、四月末〜五月初に3000株が開く。その中に黄色の幾分小振りな花をつける一株があり中国から贈られたと伝えられている。
 連休で帰省した五月一日早朝、生家から近いこの牡丹園を訪ねて得たもの。

英=花
香魂=花の精

結句は陽韻が3つ(2つの黄と香)連なって、音調(huang ying huang rui bi xiang hun) としては単調さを免れないかも知れません。(ピンインがつけられないが、語頭のhuと語尾のngが多い)

<感想>

 ご紹介の「箭弓稲荷神社」をインターネットで調べてみました。東松山市のホームページの中に、「箭弓稲荷神社ぼたん園」がありましたので、拝見しました。坂上田村麻呂ではなく、源頼信と書かれていましたが、このぼたん園を紹介するホームページが多数検索されました。有名なんですね。
 結句の音調の単調さを書かれていますが、ここだけで見ればそれほど苦にはなりません。ただ、承句で「花白風清」と対を使っていますので、その関係で重複感があります。承句と結句で句に変化が少ないということでしょうね。

2006. 9.21                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第176作は サラリーマン金太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-176

  松山城二之丸史跡庭園看櫻        

闇昧庭園燎火挑   闇昧庭園 燎火かか

櫻花幽婉慰無聊   桜花幽婉 無聊を慰む

欲銜美醞昇明月   美醞びうんふくまんと欲すれば 明月昇り

天守遠望聞玉簫   天守遠望して 玉簫を聞く

          (下平声「二蕭」の押韻)

<解説>

 平成18年4月6日18:00から第15回二の丸薪能があり、夜桜見物方々、少しだけ拝見しました。
 演目は
狂 言  大蔵流「水掛聟」
舞囃子  金剛流「箙」
仕 舞  観世流「網之段」、「難波」
 能   宝生流「殺生石」

 古典芸能に関心はあるほうですが、能楽はいまいちわかりません。歌舞伎の方がわかりやすくて好きです。
 7月15日に大阪松竹座に中村鴈二郎の坂田藤十郎襲名興行を見に行きます。
鈴木先生は能は御好きですか?

 さて「天守」は和臭で詩語としてはいかがなものかとのご指摘があるかもわかりません。が、愛媛県漢詩連盟では詩語として認定されており差し支えないとのことでしたので使っています。この点についても先生のご高説を承りたいですね。
 また今年の11月23日には松山市で全国漢詩連盟主催の全国大会が開催されますが、御来県のご予定はないのですか?
 鈴木門下の皆様もご都合がつけばぜひお越しいただきたいです。

<感想>

 転句「美醞」は、「おいしい醸した酒」のことです。

 薪能の幽玄な雰囲気が起句でよく表されていると思います。私も先日、薪能を地元で見ました。「能は好きですか」とのご質問ですが、予習をしていくと随分楽しく見ることができます。逆に内容を分からないで見ていると、私もまったく駄目ですね。
 幸いに、私のかつての教え子が長田流の家元さんの家に嫁いだということで、彼女からのお誘いなどもあり、興味は以前よりも強くなっています。

 「天守」の和習については、詩語としての用いることと和習とは別のものと考えています。この詩も、日本人が読む時には、まさに「天守遠望」という表現は生き生きとしたもので、夜空に浮かぶ天守閣と明月の構図は誰にも納得できる「絵」だろうと思いますし、ここを例えば「楼閣」としたのでは、詩の魅力は落ちてしまうでしょう。
 しかし、それでも和習であることは事実です。日本人同士で詩を詠み味わうのには問題はない、もっと積極的な言い方をするならば、日本人の漢詩ということで見るならば優れた表現と言えるかもしれませんが、日本の固有名詞を用いるのと同じで、語注が必要な言葉だと私は思っています。

 11月の全国漢詩連盟総会については、サラリーマン金太郎さんや安井草洲さんからもご案内をいただきましたね。私も前日から伺って、松山の町を見させていただこうと思っています。
 サラリーマン金太郎さんにお会いできるのも楽しみです。もし、ご都合のよい方がいらっしゃれば、ご一緒したいと思っています。

2006. 9.21                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第177作は 柳田 周 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-177

  夏至近天晴     夏至近く天晴る   

栗花芬烈艶姫香   栗花芬烈たり 艶姫の香

桜子色濃嬌女粧   桜子色濃し 嬌女の粧

夏至近晴心大快   夏至近く晴るれば心大いに快

業終猶見赫残陽   業終えて猶見る 残陽赫たるを

          (下平声「七陽」の押韻)

<解説>

 夏至間近、梅雨晴間の快晴となり、仕事を終えての帰路、栗花が強く鼻をうち、桜桃らしい庭木には赤い実がぶら下がっていました。
 想像を逞しくするうちに起句と承句を得、真っ赤に残る夕日を見ながら、家路を辿りました。

<感想>

 起句と承句の「栗花」「桜子」に対しての「艶姫香」「嬌女粧」の対比が面白いですね。
 全体としては叙景を描いていますので、転句の「心大快」が一層生きているように思います。
 結句の「業終」となれば、「あ〜、疲れた」となるのでしょうが、転句の「心大快」がここまで引っぱられてきて、爽快感が残る印象ですね。

2006. 9.28                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第178作は 酔翁 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-178

  秋愁        

秋色蛩声暮靄幽   秋色 蛩声 暮靄は幽か

夜涼朧月誘孤愁   夜涼 朧月 孤愁を誘ふ

坐歎耆老何蕭索   坐ろに歎く 耆老きろう 何か蕭索

唯願詩興解百憂   唯だ願ふ 詩興の百憂を解くを

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

 秋になるとなんとなく寂しくなり、年寄りの感傷を詩作りで憂いを解くよう努める。

<感想>

 秋の気配も随分と深まってきたように思います。
 酔翁さんからの詩を読みながら、庭の虫の声が一層大きくなったような気がしました。

 起句は「蛩声」の形容を下三字に入れて、句全体を聴覚に統一した方が良かったのではないでしょうか。「暮靄幽」ですと、ずるずると承句に流れていくようで、印象が弱くなっていますね。

 承句の「朧月」は秋の月としてはどうでしょうか。

 転句の「耆老」はどちらも「年老いたこと」を表す字ですので、ここでは「老人」ということで自分自身を指しているものですね。この句は、酔翁さんは「そぞろに耆老が歎く なぜか蕭索となる」と書かれていましたが、「何」がやや苦しいでしょうか。

 結句の「興」は、「起きる」の意味ならば平声ですが、「面白み」の時は仄声になりますので、ここは「二四不同」が崩れています。

2006. 9.28                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第179作は 謝斧 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-179

  餞春有感        

先生謝斧自称樗   先生斧を謝して 自ら樗と称し

舟上無竿有羨魚   舟上竿無く 魚を羨む有り

経雨杏花花的歴   雨を経て杏花 花的歴

展柯樹影影扶疎   柯を展べて樹影 影扶疎たり

餞春時怕炎蒸苦   春を餞るも 時に怕る炎蒸の苦

結夏自堪涼冷居   結夏自ら堪ふ 涼冷の居

最愛今朝晴景好   最も愛す 今朝 晴景好く

停橈酌酒野風徐   橈を停め 酒を酌めば 野風徐なり

          (上平声「六魚」の押韻)

<解説>

●樗  樹 ごんずい 材に適さない 役に立たないたとえ
●謝斧 材に適さないので樵者も斧を入れない  
●無竿在羨魚 釣竿(なんのとりえも)無いので魚を獲ることができません
●羨魚 徒らに魚を羨むの情有り 坐觀垂釣者 徒有羨魚情
●結夏 養生の為、僧尼が禅寺に入りて夏こもりをする


<感想>

 首聯の「羨魚」は孟浩然の「臨洞庭上張丞相」からの言葉です。
 孟浩然はこの詩で、仕官の道を求めながらも、一方では自分の才能を思ってためらう気持ちを述べています。それを前提としていますので、「舟上無竿」も謝斧さんの注のような気持ちが入ってきます。
 ここでは「仕官への望み」という面は離れて、世の中と距離を置こうとする自分の姿を詠ったものでしょう。

 頷聯の「花」「影」の反復は作者の工夫のところですね。「的歴」「はっきりとしている」こと、「扶疎」は「扶疏」とも書きますが、「木の枝が四方に広がる」ことです。

 無用の者として自らを定義した上で、尾聯に目を向けていくと、世俗を突き抜けた爽やかさが季節感と共に浮かび上がってきます。

2006. 9.28                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第180作は サラリーマン金太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-180

  香川県歴史博物館        

玉藻城頭輝翠瀾   玉藻城頭 翠瀾すいらん輝き

新装高館客盤桓   新装の高館 客 盤桓す

大師墨跡藤原筆   大師の墨跡 藤原の筆

財寶無窮洗肺肝   財寶無窮 肺肝はいかんを洗ふ

          (上平声「十四寒」の押韻)

<解説>

「玉藻城(たまも)」・・讃岐高松城。初代松平頼重は水戸光圀の実弟。
     この隣に近年県立歴史博物館がオープンしたので、徳島からの帰途立ち寄ってみた。
          (平成18年3月31日)
「翠瀾」‥翠碧の波。高松城は高松港に隣接する海城である。
「大師」‥香川県で宝亀5(774)年に生まれた弘法大師空海。
     嵯峨天皇・橘逸勢(たちばなのはやなり)とともに三筆と称せられた書の名手。
     風信帖(国宝)の複製などが眼を引いた。
「藤原」‥藤原佐理(ふじわらのすけまさ)の詩懐紙(国宝・原本)が高松松平家より寄贈されている。
     小野道風(おののとうふう)・藤原行成(ふじわらのゆきなり)とともに三蹟の能書家。

<感想>

 サラリーマン金太郎さんからは、四国の名所をご紹介いただいているような感じですね。ありがとうございます。

 転句の「大師」「藤原」は、これしかないという気持ちが伝わってくるような表現です。「藤原」は他の表現もできそうですが、作者の勢いに押されてしまいますね。

 結句は逆に勢いに流れてしまったような感がありますので、もう少し、作品に対する具体的な形容があると良かったかもしれません。

2006. 9.28                 by 桐山人