作品番号 2000-106
詠鷺草 鷺草を詠める
素花寂寞生荒圃 素花寂寞と 荒圃に生ず
青草萋萋没麗容 青草萋萋として 麗容を没す
風媚妍姿揺緑袖 風 妍姿に媚びんと 緑袖を揺るがす
白鴎驚起碧波中 白鴎驚き起つ 碧波の中
<解説>
この夏、緑化センターで草花の盆栽展がありました。
鷺草が長方形の鉢に植えてあり、気に入って眺めていた所、不意に、風が来て白い鷺草の花が揺れ動き、本当に白鷺が舞うように見えました。
それに感じて、先ず転句と結句を作りました。
起句と承句に苦しんで、陶淵明の「青松在東園/衆草没其姿」 (「飲酒八」)から借りました。
<感想>
起句と承句の対については、平仄の対応は問題ないと思います。
対についてですが、「萋萋」と畳字を後で用いていますから、前の「寂寞」も出来れば畳字で対応させて、前対格を明確にしたいところです。
もう一点、「荒圃」「麗容」の対応は、文の構成上の役割が前者は場所を示す語であり、後者は「没」の目的語としての状態を表す語ですので、対応としてはやや弱いでしょうか。
尚、通韻に関しては次のように言われるますので、その点も留意下さい。
七言絶句で二種類の韻目(仮にAの韻目とBの韻目とします)を用いる際には、
「ABB」のように後に同じものを並べるのが正しく、「ABA」とか「AAB」のようにはしない。
作品番号 2000-107
村居雑賦
霜髪半過嫌世煩 霜髪半バ過ギ 世煩ヲ嫌イ
匏瓜一箇繋寒村 匏瓜一箇 寒村ニ繋グ
身閑灯下染箋筆 身閑ナレバ 灯下 箋筆ヲ染メ
心静牀前対酒樽 心静カニ 牀前 酒樽ニ対ス
朝露満天濡粗褐 朝ニ露 天ニ満チテ 粗褐ヲ濡ラシ
晩鐘度野聴荒園 晩ニ鐘 野ヲ度ッテ 荒園ニ聴ク
何為恨悔少朋訪 何為レゾ恨悔セン 朋ノ訪レルコト少ナキヲ
月出相和老瓦盆 月出デテ同ニ和ス 老瓦盆
<解説>
近年、定年を迎えて田舎暮らしを楽しむ人が多くなっているとか?。
小生も、やがてそんな年を迎えようとしています。もっとも、小生の場合は木曽川沿いの田舎暮らし。改めての其れと言うわけではないのですが。
さて、この詩は、小生が引退して田園生活を専らにした時はこんなものかなーと言ったところです。1600年ほど前、官を辞して田園に暮らした陶潜の心境や如何に。
<感想>
定年の前からすでに、閑静な生活の興趣をこんなに豊かに描いてしまって、真瑞庵さんは実際に定年後にはどんな詩を描かれるのでしょうか、などとつい心配をしてしまいました。でも、本当にその時に真瑞庵さんの詩を読ませていただければ、きっと新しい閑適のスタイルや心情を見つけておられるだろうと、とても楽しみでもありますね。
私がまだ二十代の頃によく言われたのは、 「若者には金は無いが時間がある」という言葉でした。「時間はあるが金はない」と少し順序を変えると、実感が一層強く、全くその通りだと納得したものでした。そして、やがては「時間も金も有る」生活が来るように何となく思っていたのでしょうね。
そして、今考えると、この言葉に加えて、 「金も時間も無い」中年の時代があり、やがて来る私の老年は 「時間だけがあって、金も体力も無い」となるような気がします。だからこそ、「心の広がり、豊かさ」だけは今の内から準備しておかなくては、と思います。
詩の内容として、頸聯についてですが、主語と述語の関係で見ますと、「朝露満天濡粗褐」は、「朝露」が「満」チテ、「濡」ラスとなっていますので、「晩鐘度野聴荒園」の方も、「晩鐘」の主語に対して「度」ルと「聴」クを述語と読みがちですが、「鍾」ガ「聴」クでは変ですね。
ここは主語と述語をしっかり対応させて、「鍾」ガ「響」クとか「鍾」ガ「到」ルなどの方が分かりやすいと思います。
2000. 9. 5 by junji
作品番号 2000-108
台湾即事
不慮会朋依旧歓 慮らざりき 朋に会せば 旧に依りて歓たり
慇懃冗食尽郷盤 慇懃 冗食 郷盤を尽くす
彷彿曽遊深夜酒 彷彿たり 曾って遊ぶ深夜の酒
高雄港上月團團 高雄港上 月団団
<解説>
[語釈]
「郷盤」:ここでは台湾料理
久しぶりに台湾に行きました。
偶然にも台湾の友人と会い歓迎を受けた事を漢詩にしました。(小生6年間台湾・高雄に駐在しておりました)
このページにたどりつけた事を幸運に思います。
皆さんの漢詩を見て刺激を受け、しばらく遠ざかっていた作詩への意欲がわいてきました。詩の感想・批評等はとても勉強になり、知らない事ばかりです、初心に返ってがんばります。
また、主宰者様には面識も無いのに、親切にして頂き感謝申し上げま。体をご慈愛くださりながら、今後ともご指導よろしくおねがいします。
<感想>
今回の詩は、形式の上からは起句の二字目が「仄声」ですから、「七言絶句仄起式」となります。その場合には、承句の二字目は「平声」、転句の二字目は「平声」、結句の二字目は「仄声」となるのが正格です。
この詩は、転句の二字目が「仄声」、結句の二字目が「平声」と変格になってますので、拗体の詩です。これも認められている形ですね。
起句についてですが、「不慮」だったのは「朋」に「会」ったことだと思いますが、「朋に会せば 旧に依りて歓たり」と読んでしまうと「朋が昔のまま遇してくれたことが思いもよらなかった」となり、少し意味が違うようです。些細なことですが、「朋に会し 」と読む方が良いでしょう。
また、転句の「曽遊深夜酒」は、「遊」の表現が直接的すぎるように感じます。「ともにする」の意味で「曽同深夜酒」とか、もうひと味欲しいところのように感じますが、いかがでしょう。
2000. 9. 5 by junji
作品番号 2000-109
葆光磁
白磁美利玉
土瓷含弘灰
松柏随風焼
葆光止大才
(上平声「十灰」押韻。古体詩)
[作法](各二句の平仄のバランスはとっております)
<解説>
[語釈]
「葆光磁」:光を包んだ感じのつや消しの白磁。
「美 利」:美しく利ある。
又、『易』「乾」文言伝第五節 「乾始能以美利利天下」。
「土 瓷」:信楽・備前のような無釉の素焼きの焼物。
「含 弘」:包容力があって、且つ幅広い。
『易』「坤」彖伝「含弘光(広)大」より。
「随 風」:『易』「巽」象伝「随風巽」を踏まえる。
「葆 光」:『荘子』「斉物論篇」
「知は其の知らざる所に止まれば至れり。(中略)
此れを之葆光と謂う」
「 止 」:『易』「艮」彖伝
「艮止也。時止則止、時行則行。
動静不失其時、其道光明」を踏まえる。
<感想>
「葆光」は、「外に現れてこない光」のことですから、結句の暗示するものとしては、人の持っている本当の能力や才能といったものが挙げられるのでしょうか。
註を見ると難解で、詩の主題とのつながりが見えず、私なぞはかえって分かりにくくなってしまいます。詩の字句だけを眺めていると、上に書きましたように意味がぼんやりと見えてくるのですが、転句の役割だけは掴みにくいですね。「松柏」にも何か典拠があるのでしょうか。
2000. 9. 9 by junji
作品番号 2000-110
初秋迎友
軒下新涼起 軒下新涼起り
机辺残暑融 机辺残暑融く
有時齊契客 時に有り 齊契の客
無事好懐翁 無事 好懐の翁
清坐清風裡 清坐清風の裡
疎廉疎雨中 疎廉疎雨の中
詩盟詩味異 詩盟詩味異なるも
酒伴酒情同 酒伴酒情を同じくす
不用千言費 用いず 千言を費すを
相斟一黙通 相斟みては 一黙通ず
胸襟具難述 胸襟 具には述べること難くも
意気見君衷 意気 君が衷を見る
<解説>
二聯
有時齊契客 無事好懐翁
用典の対句です。
三聯と四聯
清坐清風裡 疎廉疎雨中
詩盟詩味異 酒伴酒情同
は双擬対をもちいました。
[訳]
軒先には風も涼しくなり、
書斎には、残暑もさりました。
たまたま、約束していた客が訪れたところです。
この客は世事とはあまり関わりのない、好意をもっての訪問です。
客を涼しい風の吹いている客間に案内しました。
客間の簾には、少し雨がパラパラと降っていますが、却って涼しい感じがします。
この客とは、共に詩を作って楽しんでいますが、
詩の好みは違いますが、酒を呑むときは意気投合します。
我々は、いろいろ語らなくても、心の中は通じます。
却って、心底を述べても、具には述べることは適いません。
語らなくても、お互いの意気で心の中は通じます。
<感想>
謝斧さんの言われている「双擬対」というのは、句の中の一字目と三字目を同字を畳用して(それ以外の場合もありますが、一三字が正格だそうです)句の上下で対を成すものを指します。この場合には、
清坐清風裡 疎廉疎雨中
詩盟詩味異 酒伴酒情同
となっていますね。
李白の「宣城見杜鵑花」でも、
蜀國曾聞子規鳥
宣城還見杜鵑花
一叫一廻腸一断
三春三月憶三巴
という形で、転句結句に用いられています。
内容的には、分かりやすい語句を用いての率直な表現が多く、読み進むにつれて共感が深まっていく感じがしました。特に最後の聯などは、そうした友が居てくれたらと思うことが何度もあったなぁと納得することしきりでした。
2000. 9. 9 by junji
作品番号 2000-111
識秋 秋を識る
蝉謳白日和如雷 蝉は白日を謳い和して雷の如し
不勝陽光待夕囘 陽光に勝えず夕を待ちて回える
窓架小鈴空月下 窓架の小鈴月下に空しく
涼風過枕識秋來 涼風枕を過ぎ秋の来たるを識る
<解説>
[訳]
蝉は太陽を謳歌し、それが合わさると声は雷のよう。
日差しに耐えかねて、夕方涼しくなるのを待って帰宅する。
窓にかかった風鈴は月明かりの中で空しく鳴り、
涼しい風が枕元を吹き抜けて秋が来たことを知った。
<感想>
10代の方がこのように形式の整った漢詩をつくる、ということに、とても感動しています。このホームページを通して、知り合うことができ、本当にうれしく思います。
平仄も乱れが無く、よく勉強していることを感じます。感想をいくつか述べますので、次作への参考にして下さい。
起句
「蝉謳白日」についてですが、「夏」という季節を謳歌するならば分かりますが、「太陽」を謳歌するというのはおかしいと思います。承句にすぐ、「陽光」という同意の言葉がありますから、「白日」は重複を避ける意味でも「残夏」あたりの言葉でどうでしょう。
あるいは、承句の「不勝陽光」の方で「暑さに耐えられない」とすれば良いかもしれません。「不勝」は「不堪」の方が用法としては良いでしょう。
転句結句については、このままで十分だと思います。希望としては、「過枕」がやや老成の感が強く、高校生の生活が感じられる素材を持ってきたいですね。
2000. 9. 9 by junji
作品番号 2000-112
看大阪城偶感
電閃明浮大阪城, 電閃(いなずま)に明るく浮かぶ大坂城、
似顔天閣怒龍睛。 顔に似たる天閣、怒龍の睛(ひとみ)。
淀君遺恨流不涙? 淀君の遺恨、涙を流さんか?
急雨濛濛破屋声。 急雨濛濛、破屋の声。
<解説>
平成9年に改装された大阪城の夜景を、ホテルの窓からはじめて見ました。ライトアップされ、城内の光が洩れる様子はどことなく生き物のようにも、また、人の顔のようにも思えました。
わたしが見た景色は、室内は涼しい夏の静かな夜。「電閃」「急雨」は日中の軽雷を思い出したものです。「天閣」は「天守閣」のつもりです。
<感想>
転句の書き下しはどう読めば良いのでしょうか。いただいたままに掲載しましたが、このようには読みにくいのですが・・・・。
大阪城を私が見たのも随分前、もう20年以上もの昔のことになりますので、記憶もあやふやになっています。平成9年改装ということですので、次に大阪に行くことを楽しみにしましょう。
天守閣の様子を怒龍に見立てたところが、鮟鱇さんの工夫ですね。ただ、今年の夏の雨を四百年ほども遡って「淀君」の涙と見るのは、うーん、恨みが長すぎるように思いますが、どうでしょうか。
2000. 9.10 by junji
作品番号 2000-113
皆既食
天河星散斗星遙 天河 星散じて 斗星遙か
雨潤戸庭炎暑消 雨は戸庭を潤して 炎暑消ゆ
此夜再廻皆既食 此夜 再び廻る 皆既食
月粧金色醉清宵 月は金色を粧い 清宵に酔わしむ
<解説>
同じ詩題で下記の様な詩も寄せられましたが、起承句はこちらの方が良いのですが、皆既食の事があまり詠じてないように思われますので、もう少し推敲を重ねるべきだと思います。
2首を1首にしたほうがよいかもしれません。どんなものでしょうか。(謝斧)
南天天濶星楡散 南天 天闊く 星楡散じ
連雨雨収朱夏帰 連雨 雨収まり 朱夏帰る
静夜眺瞻皆既食 静夜 眺め瞻る 皆既食
娟娟明鏡放清暉 娟娟たる明鏡 清暉を放つ
<感想>
今年の皆既食は七月中旬でしたでしょうか。ちょうど私は病院に入っていました。
看護婦さんが夕食の配膳の時に、「今日は月食らしいですよ」と教えてくれたのですが、新聞にも特に記事が無くて、同室の方と「本当かねぇ?」などと話しているうちに忘れてしまいました。翌日の新聞でやっと確認をしたような次第です。
どうやら病気になっていると好奇心が薄れてしまうのでしょう。
と言い訳をしておいて、いただいた詩の感想ですが、
私としては先に掲載した詩の方が実景の感が強く、詩としてのまとまりも良いと思います。ただ、転句の「再廻皆既食」が、何時を受けての「再廻」なのか、「皆既食」はそんなに頻繁に来るものではないですし、定期的に来るものでもないわけで、仮に以前見た時を前提にするにしても、それを「再廻」と作者の側から一方的に言うのは気になります。
結句は印象に残る句になっていると思いますが。
2000. 9.10 by junji
作品番号 2000-114
墓所鬼火
寂寞多年墳下兄 寂寞多年 墳下の兄
無言阿母逝成霊 言無く阿母 逝きて霊となる
焚香泣拝黄昏近 香を焚き泣いて拝せば 黄昏近し
鬼火相交親子情 鬼火相交(あいか)わす 親子の情
<解説>
[訳]
寂しく墓の下で兄は過ごし、
何も言わず母も兄の所へ逝った。
墓所で線香をあげて涙ながらに参れば、いつしか夕暮れ、
二つの鬼火が 親子の情を交わすが如く私の上をまわっている。
今回は「李賀」調になってしまいました。
二つの鬼火というのは空想のものですが、母の腕の中ではとうとう一度も鳴きも笑いもしなかった兄(になるはずだった人)のことを思いました。
鬼火となってでも母子の情を交わしてほしいものです。
尚、以前投稿の作を推敲しました。
母之日所感
仏前思慈母 仏前慈母を思えば、
何縁哭朔風 何によりてか朔風に泣く。
涙流成血色 涙流 血の色となり、
白花染鮮紅 白き花 鮮紅にそまる。
君成母偶見
慈愛有明眸 慈愛 明眸にあり
只驚年月流 ただ驚く 年月流れるを。
思君懐古日 君を思うて懐古の日
窓外此身羞 窓の外 この身 はずかし。
半島融雪
臨江清水向南流
鉄路難行望北憂
平壌市街陽光亙 平壌市街 陽光わたり、
待融憎報板門楼
・転句の下三文字を変えました。
金大中韓国大統領の「太陽政策」をもじってみました。
「亙」隅々までゆきわたるという意味で、この字を使いました。
<感想>
冥界に入った二人の霊魂が交わることを思い浮かべ、それを「鬼火相交親子情」と表現したのは、まさに李賀の雰囲気ですね。実際に鬼火が身の回りを飛んでいたら、ドキッとするかもしれませんが・・・・。
承句については、「阿母」が「無言」であることが詩の中でどういう役割を果たしているのか分かりにくいですね。亡くなったお兄さんにお母さんがどんな思いを持っていらっしゃったのか、そんな内容を込めるとつながりが生きてくるように思います。
2000. 9.17 by junji
作品番号 2000-115
散策惜別離 散策し別離を惜しむ
尖山海色落暉岡 尖山海色 落暉の岡
形影瞑人立夕陽 形影瞑(くら)し 人夕陽に立つ
師父与君何日会 師父と君 何れの日に会せんや
仰看星天別愁長 仰ぎ看る星天 別愁は長し
<解説>
大連の大学で仕事を終えて、帰国の日時が迫って来ました。ある日の夕方一学生から散歩に誘われて、海岸まで行きました。数々の記憶を思い出して語りながら歩き、共に忘れがたい思いに愁いがこみ上げて来ました。
<感想>
京祥さんから詩をいただくのは久しぶりですね。お元気だったでしょうか。
投稿詩の102作目、「盂蘭盆会偶成」の仁藤さんと同じ「三餘風雅社」で活動なさっておられるようですね。
京祥さんのホームページ、「京祥の創作漢詩と風景」では、大連で教えておられた時のご様子などが掲載されていて、楽しく見させていただきました。
今回の詩は、そうした大連での学生さんとの交流を書かれたものですね。承句の句切れが3字+4字になってますので、このまま読むと「瞑人」が立っていたことになります。4字+3字という並びになるように工夫されてはどうでしょうか。
2000. 9.17 by junji
作品番号 2000-116
幸知舜隱先生 幸いにも舜隱先生を知る
豪吟風響若秋雷, 豪吟(ゴウギン)風に響いて 秋雷のごとく、
仰看紫穹鴻雁回。 仰ぎ看れば 紫穹に鴻雁回る。
知得西天輝太白, 知り得たり 西天に太白輝いて、
紅顔壮志跨将来。 紅顔の壮志 将来を跨ぐを。
<解説>
舜隱さんののびやかな詩、拝見しました。
わたしは50歳にして初めて詩のおもしろさを知りました。50歳といえば、杜牧はまもなく死ぬ、という年齢です。詩を作る喜びを知るに遅きに失した思い痛切。ですから、舜隱先生がとても羨ましいし、わたしの分も頑張ってもらいたいと思います。そんな気持ちで、舜隱さんの原玉に唱和させていただきました。
[語釈]
「太白」:金星と李白をかけています。舜隱さんのご活躍を祈念しています。
「西天」:舜隱さんは岐阜の方、私が住む東京からみれば西の空に輝く星です。
「豪吟」:佳吟とすればおだやかですが、まだまだお若いのだから、あまり細かいことは気にせずにぜひ李白のように豪放に詠ってください、ということで、あまり熟した言葉ではないかも知れませんが、「豪」を使いました。
<感想>
鮟鱇さんと同じく、私も舜隱さんの詩に接して、本当に嬉しく思いました。
漢詩の面白さは、古来からの文学伝統を受け継ぎながら、現代の自己の心をそこに投影するところにあると思います。その方法として、創作するか鑑賞するかは、それは各自の好みだと思いますが、こうして10代から創作に関わることは羨ましい限りですよね。
2000. 9.17 by junji
作品番号 2000-117
夏日雑詠
茅屋三間炎若 茅屋三間 炎が若く
空簾僅拂北窓風 空簾僅に拂う 北窓の風
新詩欲覓心愈嬾 新詩覓めんと欲すれど 心愈嬾し
満耳蝉聲半睡中 耳に満つ蝉聲 半睡の中
<感想>
謝斧さんのご推薦のように、句意も明快で、詩としてのまとまりもあり、印象に残る作品だと思いました。
男性女性と詩作において区別する必要はないのかもしれませんが、後半の句を女性の作と意識して読むと、「心愈嬾」「半睡中」の表現などが、夏の昼下がりのけだるさとなまめかしさを重ねて、ドキッとするようなつややかさを醸し出していますね。
2000. 9.21 by junji
悲報初聞正断腸 悲報 初めて聞く 正に断腸
顰眉倚戸対斜陽 眉を顰め戸に倚り 斜陽に対す
訃音催下千行涙 訃音 催し下す千行の涙
空憶故人焚瓣香 空しく故人を憶い 瓣香を焚く
<解説>
転句は最初、陳玉蘭の「一行書信千行涙」(寄夫)を借り、書信を訃報にしたのですが、この句は中国では非常に有名らしく彼女が笑ったので、李清照の「又催下千行涙」(孤雁児)に借りかえました。
緑濃池面翠風頻 緑濃やかなる池面 翠風頻り
只見荷花不見人 只 荷花を見て人を見ず
莫道丈夫終作土 道 (い) う莫れ 丈夫も終に土と作 (な) ると
不堪愁夢涙沾巾 愁夢に堪えず 涙 巾を沾す
<解説>
池の畔で水の面を渡る荷風をかぎながら、涙ぐんでいた留学生を思い遣って作りました。
承句は陸游の「只見梅花不見人」(沈園)、転句も同じく陸游「也信美人終作土」(春遊)を借りました。
園裏斜陽対藕池 園裏斜陽 藕 (はす) 池 (いけ) に対す
緑波橋上涙偸垂 緑波橋上 涙偸 (ひそか) に垂る
水辺懐旧空回首 水辺に旧を懐 (おも) い 空しく首を回 (めぐら) す
日暮風休啼鳥悲 日暮れ風休 (や) み 啼鳥悲し
<解説>
其の二と同じく蓮池での情景を想い出して作りました。転句は陸游「林亭感舊空回首」(禹跡寺)を借りました。
作品番号 2000-119-1
悼父君之喪 其四 父君の喪を悼む 其四
涙眼問花残照中 涙眼 花に問う残照の中
愁腸欲断哭斜風 愁腸断たれんと欲して 斜風に哭す
此患人間鎮無計 此の患 (うれ) い 人間 (じんかん) に鎮むる計 (すべ) 無し
唯存李子法輪功 唯 李子の法輪功のみ存す
<解説>
亡くなられた父君は花が好きで、庭で沢山の花を育てておられたそうです。彼女も花が好きでベランダに鉢植の花を幾つか育てていました。
又、彼女の一家は皆、熱心な李洪志を教祖とする法輪功の信者でした。
起句は馮延巳「涙眼問花花不語」(蝶戀花)から取りました。
転句と結句は白楽天「人間此病治無薬/唯有楞伽四巻經」(見元九悼亡詩・・・)をそっくり真似ました。
作品番号 2000-119-2
悼父君之喪 其五 父君の喪を悼む 其の五
訃報重披燈火前 訃報重ねて披らく 燈火の前
一言隻句思過年 一言隻句に 過年を思う
帰心苦恨身無翼 帰心 苦 (はなは) だ恨む 身に翼無きを
嗚咽家園路十千 嗚咽す家園 路十千
<解説>
留学生は、今すぐにも帰りたいと悲しんでいました。
承句は李商隱「一絃一柱思華年」(錦瑟)を借りました。
<感想>
連作として五首読みましたが、Y.Tさんの借句が冴え渡っていますね。
それぞれの句に哀悼の情があふれていますが、特に其四、其五は状況がしっかりと描かれていて、心に残ります。好みもあるでしょうが、私はこうした詩の場合、その場面その場面の特徴が表れている(「法輪功」のこととか、留学で帰路が遠いこととか)ことが詩を生き生きとしたものにすると思っています。
個としての感情は言葉にした時に一般化されてぼやけてしまいがちですが、それでも個を表現するためにどこまで頑張るかが詩の面白さでもあると思います。そうした点で、成功した作品ではないでしょうか。
2000. 9.30 by junji
作品番号 2000-120
乾隆醉
旅游承徳酒愈詩, 承徳に旅遊すれば酒、詩に愈 (まさ) り
不染吟箋蓬島帰。 吟箋を染めず蓬島に帰る。
山月相同茅屋月, 山月、茅屋の月とあい同じなるも
乾隆醉美夢蝶飛。 乾隆醉美 (うま) く、夢蝶飛ぶ。
<解説>
連休を利用し、4泊5日で北京と承徳に旅行しました、ノートと詩語辞典を携えて。
でも、一首も作らず、ただ食べ、ただ飲んだくれて帰ってきました。わかったことは、ワープロがないとわたしには詩が作れないということです。
承徳では、おりよく仲秋の名月。しかし、あたりまえのことですが、日本でみるのと寸分違わない月でした。星の数もほぼ東京と同様。ひとつ勉強しました。
しかし、お酒は違います。料理も。とても濃厚な味の料理が、香りの強い酒とよくマッチして、堪能できました。日本の中華はおおむね広東風で、それはそれでよいのですが、山東料理と満族の料理の混肴ともいえそうな承徳の味もなかなかのものでした。
[語釈]
「乾隆醉」:承徳(北京東北250kmの都市。後述)の銘酒。50度。壺詰であっても包装の紙箱に香りが移るほどで、文字どおり芳醇。日本の美酒を芳醇と形容するのは比喩に過ぎない。
「蓬 島」:日本
「不染吟箋」:吟箋は詩を書くための用紙。「吟箋を染めず」には少々迷いがあります。意味は「吟箋を用いず」、つまり詩を書かなかったということですが、ちょっとおシャレに言ってみたいと思いました。漢語として通用するかどうか、自信がありません。
「山 月」:承徳の山月
「茅屋月」:わが家で見る月
「承 徳」:清朝康熙帝が作った「避暑山荘」で有名な河北省の都市。避暑山荘には、周囲10kmに及ぶ長城のごとき外壁がめぐる宏壮な敷地に、歴代皇帝が夏の間政務をとった堂于が甍を連ね、また、康熙帝が命名した36景、孫の乾隆帝が命名した36景、計72の名勝がある。全部見てまわるには1週間はかかるとか。
また、避暑山荘に隣接して、蒙古族寧撫のために建立したチベット仏教の寺院が金色の甍を連ねている。
<感想>
結句の「夢蝶飛」の結びが印象強く、美味しい料理と美味しいお酒にひたすら浸ってきた鮟鱇さんの楽しそうな声が聞こえてきそうです。
ワープロが無かったから詩が成らなかったとのことですが、うーん、本当の理由はどうもこちらの方にありそうですね。
なにはともあれ、お帰りなさい。鮟鱇さんの中国旅行での成果は、平仄討論会にレポートしていただきました。
2000. 9.30 by junji