世味年来薄似紗 世味 年来 薄きこと紗に似たり
誰令騎馬客京華 誰か馬に騎りて京華(けいか)に客たらしめし
小楼一夜聴春雨 小楼 一夜 春雨を聴き
深巷明朝売杏花 深巷 明朝 杏花を売る
矮紙斜行閑作草 矮紙 斜行 閑(のど)かに草を作り
晴窓細乳戯分茶 晴窓 細乳 戯れに茶を分かつ
素衣莫起風塵嘆 素衣 起こす莫かれ 風塵の嘆き
猶及清明可到家 猶ほ清明に及んで家に到るべし
<通釈と解説>
清明節の頃を詠った詩は好きな作品が多く、あれもこれもと迷いましたが、南宋の陸游の詩を選びました。
世の中への興味などこの数年すっかり薄くなったのに、
誰のせいでまた都に来ることになったのか。
昨夜は一晩中、小さな宿屋で春雨の音に聴き入っていたが、
今朝は朝から、奥の路地で杏の花売りの声を聞く。
手近な紙を取っては、気ままに草書を書いてみたり、
明るい窓に向かっては、気楽に抹茶をたてもする。
白い上着が都の砂埃に汚れるのを嘆くことはない。
清明節が来るまでには故郷に帰ってしまうつもりだから。
対句で名高い陸游ですので、今回は訳にも気をつけてみましたが、どうでしょうか。
陸游六十二歳の時の作。「世味年来薄似紗」と世俗への興味は薄くなったと言いながらも、彼の最後の詩『示児』を読むと、強い愛国心、憂国の情は死ぬまで強かったことが分かります。となると、首聯は語句の意味通りには理解できず、逆説や自嘲、絶望の気持ちと考えた方が良さそうですね。
頷聯・頸聯はきれいな対句になっていて、特に有名な部分です。
生涯に作った詩が二万首とも三万首とも言われ、「愛国詩人」とも「田園詩人」とも言われる陸游の特徴をよく表す詩だと思います。
遠汀斜日思悠悠 遠汀 斜日 思ひ悠悠
花払離觴柳払舟 花は離觴を払ひ 柳は舟を払ふ
江北江南芳草遍 江北 江南 芳草遍し
送君併得送春愁 君を送りて併せて得たり 送春の愁ひ
<通釈と解説>
晩春の切ない思いを詠いこんだ詩として、二度目の登場ですが、明の高啓、字は青邱子の「呂卿を送る」を選びました。
はるかな渚、沈みゆく夕日、友を送る私の心はどこまでもあてどない
はらはらと花は別れの盃に散りかかり、柳の枝は舟を撫でる
江の北も南も一面、芳しい草が生い茂っている
あなたを送りつつ、この春が過ぎゆく悲しみも胸に満ちる
三月の「お薦め漢詩」で高啓の『尋胡隠君』を出しましたら、落塵さんから、大学の詩吟部の頃の思い出の詩でとても懐かしいと、お手紙を頂きました。漢詩に限らず、「思い出の○○」というのは誰でもいくつかは持っているものですが、普段はなかなか思い出しませんよね。ふと出会えた時に、その頃の自分の心までひっくるめて全部思い出してしまう、まるで記憶の扉を開ける鍵のような感じですが、懐かしく、切なく、幸せなものですね。
この詩は、視野が初めから終わりまで広く、特に起句の「思悠悠」は、自分の心の置き所さえも見失うような、過ぎゆく春の頼りなさを表していて、すばらしいと思います。
病院に入っている間に、いつの間にか春も終わりになってしまいました。うかうかして夏を過ごさないように、しっかりと体調を戻したいと思っています。
屈原曰、 屈原曰く、
挙世皆濁、我独清。 世を挙げて皆濁り、我独り清めり。
衆人皆酔、我独醒。 衆人皆酔ひ、我独り醒めたり。
是以見放。 是を以て放たれたりと。
寧赴湘流 寧(むし)ろ湘流に赴きて
葬於江魚之腹中、 江魚の腹中に葬らるとも、
安能以皓皓之白 安(いずく)んぞ皎皎の白きを以て
而蒙世俗之塵埃乎。 世俗の塵埃を蒙らんや。
<通釈と解説>
立夏というより、五月五日の端午の節句にちなんで、屈原の関係の作品を選びました。
屈原は、中国戦国時代の末、楚の国の貴族の家に生まれました。讒言によって政界から追放され、洞庭湖のほとりをさまよい、やがて絶望の果てに汨羅の淵に身を投げて死にました。その日が五月五日と言われ、人々が水中の屈原の魂に食物を捧げたことが、現在の「端午の節句の粽(ちまき)」の起こりだそうです。
引用したのは、屈原の作と一応言われていますが、放浪中の屈原と、隠者風の漁夫との対話で構成されている『魚父辞』から、屈原の言葉を抜き出しました。
屈原の潔癖な信条が窺える所です。
屈原が言った、
世の中は全て(金や地位に)心を濁らせておるが、
おれ一人だけが清らかだ。
人々は皆(金や地位に)酔ったように夢中であるが、
おれ一人だけが醒めている。
こんな理由(わけ)で放逐されてしまったのだ。
いっそこの湘水の流れに身を投げて
川の魚の餌食になったとしても(かまわない)、
どうして純白のこの身を
世俗の塵や埃にまみれさせ得ようか。
この『魚父辞』は教科書にもよく載せられていて、授業でも何度か読みました。
生徒達はいつも、この屈原と漁父のやりとりを面白く感じているようです。最後にいつも、それぞれの生き方についての感想を聞きますが、屈原の「私だけが清らかだ」という潔癖さに反感を抱く生徒もいます。
私自身は、この文章を読む度に、「自分自身にとっての恥ずかしくない生き方」とか、「やせ我慢の美しさ」なんてのを感じて、つい屈原にエールを贈ってしまうのですが・・・・。
石梁茅屋有彎碕 石梁 茅屋 彎碕有り
流水濺濺度両陂 流水濺濺として両陂を度(わた)る
晴日暖風生麦気 晴日暖風 麦気を生じ
緑陰幽草勝花時 緑陰幽草 花時に勝る
<通釈と解説>
街路に育つ柳の枝がいつの間にか長く垂れて、すっかり初夏ですね。
鬼才と言われた中唐の李賀の『新夏歌』という詩に、
「天濃地濃柳梳掃」(天も地も、こまやかにこまやかに柳の枝が掃き浄めている)という句がありましたが、まさにその通りの季節です。
初夏の爽やかな風を感じられるような詩として、今回は王安石の詩を選びました。
石の橋げた、茅ぶき小屋、くねくね曲がった岸の上、
流れる水はさらさらと、土手の間を抜けていく。
透明な陽射しの下、穏やかな風は麦穂の香りを運び、
新緑の木陰にかそけき草、(まったくこれは)春の花盛りに勝る風情だよ。
初夏の景物を取りそろえ、水の音から麦の香りまで、視覚・聴覚・嗅覚の全ての感覚を揺さぶられる詩です。
自分がその場に立っている場面を想像すると、めまいがするような官能的な趣があり、最後の「勝花時」という理屈っぽさによってフッと救われるような、読む度にそんな思いがします。
現実的な政治家の心と、こうした詩人としての感性と、ふたつながらを併せ持っているところに、ただ脱帽ですね。
別院深深夏簟清 別院 深深 夏簟清(すず)し
石榴開遍透簾明 石榴 開くこと遍く 簾を透して明らかなり
樹陰満地日当午 樹陰 地に満ちて 日は午に当たる
夢覚流鶯時一声 夢覚むれば 流鶯 時に一声
<通釈と解説>
日中は思わぬ暑さに汗ばんだりすることもありますが、それでもまだ日陰などは随分と涼しく、過ごしやすい季節ですね。
今回のお薦め漢詩は、北宋の蘇舜欽の『夏意』です。蘇舜欽と言えば、「春陰垂野草青青」で始まる『淮中晩泊犢頭』の春の絶句が有名ですが、夏の詩も読んでいただきましょう。
離れの中庭の奥深く、夏ゴザに寝転がればひんやり涼しく、
ザクロの花は咲き揃って、簾越しにそこだけが明るく見える。
木立の影は庭一面に広がって、太陽は丁度真上だ。
昼寝の夢からふと覚めれば、折しも枝を渡る鶯の一声。
夏の暑さの中、木陰の昼寝の気持良さは最高の贅沢ですね。
この詩も、『淮中晩泊犢頭』も、時を一秒一秒切り取ったような、そんな細やかな自然描写がなされていて、作者はとても繊細な人だろう、という気がします。
しかしながら、この蘇舜欽、名門の出で、進士にも及第して官僚として活躍していた人なのですが、三十七歳の時に失脚してしまいます。その理由が、役所の古紙を売って、その金で芸者を呼んで宴会を開いていたからだそうですから、豪快というか、思慮足らずというか、どう見ても「繊細」とは縁遠い人柄のようです。
そういうアンバランスが、また、人間の魅力でもありますよね。
清江一曲抱村流 清江一曲 村を抱いて流る
長夏江村事事幽 長夏江村 事事幽なり
自去自来梁上燕 自から去り自から来たり 梁上の燕
相親相近水中鴎 相親しみ相近づく 水中の鴎
老妻画紙為棊局 老妻は紙に画きて棊局を為り
稚子敲針作釣鉤 稚子は針を敲きて釣鉤を作る
多病所須唯薬物 多病 須(ま)つ所は唯だ薬物
微躯此外更何求 微躯 此の外に更に何をか求めん
<通釈と解説>
今年はカラ梅雨だと言われ始めた途端に、天気図に雨降りマークが多くなってきました。
雨の詩にするのか、夏の陽射しの詩にするのか、悩まされましたが、「雨上がり」の詩で(?、ホントかな)夏至を迎えましょう。
きれいな川は大きくうねって村を抱きかかえるように流れている
長い夏の一日、川辺の村は全てのものが静かに落ち着いている
梁の上に巣を作る燕は勝手気ままに出入りをして
川の中を泳いでいる鴎は私に慣れて近寄ってくる
年老いた妻は紙に線を引いて碁盤を作っているし
幼い子どもは縫い針を叩いてつり針を作っている
この病気がちの私に必要なものは、それは薬だけである
取るに足りない私ごときには、この他に何が要るだろうか
杜甫の詩はどうしても重い印象がして、読む前に気合いを入れないといけないような気がするんですね。人生についてじっくり考えたい日もあれば、そうでない日も同じくらいありますから、そんな日はつい杜甫から逃げてしまう私です。
でも、中に時折、こうした穏やかな生活を感じさせる詩があり、ホッとすることもあります。
この詩は、杜甫が四十八歳から五十一歳までの三年間、成都郊外の草堂で暮らしていた時の詩です。
川の流れから燕や鴎まで、静かで平和な村の様子がまず目に浮かびます。そして、妻や子供という家族も、ここでは本当にのどかに暮らしています。杜甫自身も、多病とは言いつつも「更に何をか求めん」と満足感がにじみ出ています。
何かうれしいですよね、杜甫が幸せそうだ、と聞くだけでも。
ということで、今回は随分私の偏見が入ったかもしれませんね。杜甫ファンの方、ごめんなさい。私も杜甫は大好きですけど・・・・