作品番号 2013-61
迎新・立志
冥冥有命巳為期 冥々命有り巳を期と為し
十二春秋數正奇 十二春秋数正に奇なり
簾外驚雷催暮雪 簾外驚雷暮雪を催し
燈前宿願遣新詩 燈前宿願新詩に遣す
書山問徑自今起 書山に径を問ふは今より起き
学海揚帆任意之 学海に帆を揚げて意の之くままに任す
別罷浮名堪對酒 浮名に別れ罷みて対酒に堪へ
長吟向月且狂痴 長吟して月に向かへば且に狂痴ならんとす
12年前の巳年に日本へ留学してきた者です。巳年の今年は8年間勤めた会社を辞めて再び学問への道を進める決心をしました。ちなみに巳年生まれです。巳年は私と不思議な縁があるようです。
漢詩作成は4、5年前から始めましたが、文字遊びだと思って真面目に書いていませんでした。今年からは少し本気になって自分の気持ちを自由に書けるようにこつこつ頑張っていきたいと思います。
皆様からのご意見、ご指導をいただければ幸いです。
作品番号 2013-62
迎新年
新歳街頭異往時 新歳の街頭 往時と異なり
九天雪霽恵風吹 九天 雪霽れ 恵風 吹く
舊夢選挙論成敗 旧夢の選挙 成敗を論ずるも
原發農耕多所思 原発 農耕 所思 多し
新年を迎えた街頭はいつもと異なっているようだ
空は高く 雪は霽れ 恵風が吹いている
今、昨年の選挙結果の成敗を論じているが
今年、原発や農耕の問題等 考えさせられる問題が多い
作品番号 2013-63
新春書懐
一灯方動処 一灯方に動く処
残夢始生時 残夢始めて生ず時
乍紅春風細 乍す紅春風細やかに
新緑午漏遅 新緑の午漏遅し
一つの灯の方に動くところに夢が残ってる、それがまた始動する時
燃え春風が細やかに新緑の午はのろのろ。
今年は倶利伽藍峠の戦いかもしれません。そんな新年を感じるところです。
作品番号 2013-64
迎春
梅蕾堪霜春尚遅 梅蕾 霜に堪えて春尚遅し
木蘭墜露未佳期 木蘭の墜露 未だ佳期にあらず
東風待望庭前立 東風を待ち望んで庭前に立ち
百囀黄鶯夢訪時 百囀の黄鶯 訪時を夢みる
梅の蕾が霜に堪えているのを見て、春はまだだなあと思う。
木蘭の墜露を朝飲むのが詩人のたしなみと言われるが、まだその時期ではない。
庭に立って鶯がたくさん来る日を待ち望んでいるという心境を述べたものです。
作品番号 2013-65
迎新年(巳年偶懷)
巳年繪馬字交奇 巳年(みどし)の 絵馬 字は 交(こもごも)奇にして
已己差違那得知 已己(いこ)の 差違 那(な)んぞ 知ることを 得ん
掛願神前何處掲 願いを 掛ける 神前 何処(いずこ)にか 掲げん
任教祈念莫相疑 任教(さもあらばあれ)祈念して 相(あい) 疑ふ 莫れ
巳年の絵馬を初め、神社や諸処の標示で「巳」の字を良く見掛けるが、「已己巳己(いこみき)」の四字熟語の通り、見分けのつけ難い「巳(み)」を「已(い)」「己(こ)」と表記してある例が多い。
「掛願」: 初詣絵馬の願掛け
作品番号 2013-66
迎春(回顧春)
春多感濪生疑 青春は 多感にして 屡(しばしば)疑を 生じ
錯誤迷津累卵危 錯誤 迷津(めいしん)して 累卵の 危
節届晩年人若問 節は 晩年に 届(いた)って 人 若し 問はば
輪廻星彩學無爲 輪廻の 星彩に 無為を 学ぶ
齢「喜壽」近くになって達観した訳では無いが、青春を回顧すると冷や汗が出ること多い裡、歳相応の経験からか、無為自然の自然体に任せることが多くなった。
「屡生疑」: 思考が不安定
「錯誤」: 思考錯誤
「迷津」: 学びの道に迷う
作品番号 2013-67
北太平洋上「迎新年」
開暦五雲催頌詞 暦を開けば五雲頌詞を催す(うながす)
椒觴一献賦新詩 椒觴一献 新詩を賦す
故山千里蒼茫杳 故山千里 蒼茫として杳なり(はるか)
風冷波高船脚遅 風冷ややかにして波は高し 船脚(ふなあし)は遅し
遠い長い航海を終えて母港横浜が近くなると老いも若きも胸が高鳴る ましてやお正月だ
でもまだまだ遠い 日増しに西風が強く波も高くなる
波が高くなると船のスピードが落ちる
ああぁ、もう少し待ってくれないかな お正月に間に合うのに
作品番号 2013-68
迎春(一)
休道當年花信遲 道ふを休めよ 当年花信遅く
不教人賦慶春詞 人をして春を慶ぶの詞を賦さしめずと
一銜杯酒試吟處 一たび杯酒を銜んで吟を試む処
百里梅林紅白枝 百里の梅林 紅白の枝
言わないでくれそんなこと
なかなか花も咲かないで 春を慶ぶ言葉など 出てくるわけがないなんて
お酒ひとくち飲み下し ほんの試しに詩を賦せば
梅の林が広がって 紅白の枝香り立つ
作品番号 2013-69
迎春(二)
寒籠四壁立春遲 寒は四壁を籠めて春の立つこと遅く
苦恨空杯冷粥糜 苦だ恨む杯空しく粥糜冷やかなるを
碌碌田夫多慨世 碌碌たる田夫世を慨くこと多きも
悠悠野徑好吟詩 悠悠たる野径詩を吟ずるに好し
草邊殘雪含羞解 草辺の残雪羞を含んで解け
鬢上新風帶笑吹 鬢上の新風笑を帯びて吹く
一日逍遙赴君處 一日逍遥して君が処に赴かん
清光似月早梅枝 清光月に似たる早梅の枝
寒さのつのるボロ住まい 春はまだまだ先のこと
お粥はいつも冷たいし お酒もないしあんまりだ
取るに足らないロクデナシ 世間うらんでばかりだが
はるかに続く野の道は 詩を作るのに好都合
草べに見える残り雪 はにかむように解けてゆき
髪をほぐして吹く風は ほほえむように過ぎてゆく
一日ぶらり出歩いて 君のところにお邪魔しよう
月の光と見間違う 明るく清き梅の花
作品番号 2013-70
新春
初春招待結婚儀 初春、結婚儀の招待あり
親戚一同認祝詞 親戚一同、祝詞を認めり
多難前途混沌世 前途多難、混沌の世の中
祈皆多幸早春時 皆幸多かれと祈る早春時
新年結婚の招待有、親戚皆喜び祝福の気持ちです。
作品番号 2013-71
新年作
東風旭日本無私 東風 旭日 本 私無く
等與蒼生欲曉時 等しく 蒼生に与ふ 暁けんと欲するの時
閉戸草堂呈瑞氣 戸を閉づる草堂 瑞気を呈し
今年清福復奚疑 今年の清福 復 なんぞ疑はん
春風も旭日も、貧乏人にも金持ちにも分け隔てなく等しく訪れるものです。誰も訪れることの無い我が家にも正月が訪れなんとなくめでたい感じがする。今年もいい年になるに違いありません。
作品番号 2013-72
迎春
新春樓閣上 新春 楼閣に上り
獨酌酒千巵 独り酌む 酒 千巵
醉醒眺前苑 酔ひ醒めて 前苑を眺むれば
梅花發滿枝 梅花発いて 枝に満つ
作品番号 2013-73
春夜
昨夜紅梅發一枝 昨夜 紅梅一枝発き
香風細細醉人吹 香風細細 酔人を吹く
明月玲瓏弄花影 明月玲瓏として 花影を弄べば
一場幽夢酒醒時 一場幽夢 酒醒むるの時
作品番号 2013-74
迎春
寒梅綻放兩三枝、 寒梅 綻び放す 両三枝、
爆竹相鳴送舊時。 爆竹 相鳴らす 旧を送る時。
可樂天倫何獨在、 楽しむべし 天倫 何ぞ独り在るか、
不如歸去異郷辞。 帰り去るにしかず 異郷を辞さん。
寒梅が2.3枝 ほころぶ季節になった。
爆竹をみなで鳴らし 旧年を送る。
この良き日は一家で団欒を楽しむべきで、独りで過ごすことはない。
帰るのが一番だ、上海を後にしよう。
作品番号 2013-75
迎春
凍鷺宿棲江水陲 凍鷺宿棲す 江水の陲
氷蒼霜白雪風吹 氷蒼く霜白くして 雪風吹く
朝來獨歩立春岸 朝来獨り歩す 立春の岸
花蕾微紅梅一枝 花蕾微かに紅し 梅一枝
作品番号 2013-76
迎新年
還暦正朝椒酒卮 還暦の正朝 椒酒の卮
三觴酌盡十觴窺 三觴 酌み尽き 十觴を窺ふ
老妻無恙子孫健 老妻恙無く 子孫は健やか
安穏閑居嘉宴嬉 安穏たる閑居 嘉宴を嬉ぶ
作品番号 2013-77
新年水夫夢
千里寒風冴 千里 寒風冴ゆ
七尋波叩舷 七尋 波舷を叩く
春盤傾体食 春盤 体を傾げて食らひ
夢裏故山眠 夢裏 故山に眠る
寒風は勢いを増しいつ果てるとも知れず
波は高く船べりを叩く
夜を徹してコックが並べた祝い料理の数々
体を船の傾きに合わせて急いでかけ込む
腹がふくれりゃあとは寝るだけさ
今夜の夢はどんな夢
作品番号 2013-78
肥前名護屋城
賎民興宇恣威権 賎民 宇を興し 威権を恣にす
位極人臣過御筵 位人臣を極め 御筵を過る
文禄慶長千載恨 文禄 慶長 千載の恨
豊公征旅熄茶烟 豊公の征旅 茶烟に熄ゆ
<解説>
壬辰の年男の祝い旅とて防長筑紫巡遊
豊公と肥州侯のことが心に残り詠じた二句の一
壬辰4月筑紫巡遊 肥前名護屋城に立つ。
朝鮮出兵の拠点として築城。文禄元年から秀吉の死で諸大名が撤退するまで七年間大陸侵攻の拠点であった。
茶の湯を楽しんだ茶室跡も発堀されたという。
<感想>
直接名護屋城のことが描かれているわけではありませんが、前半で豊太閤を語り、転句で「文禄慶長」と述べることで、朝鮮出兵を呈示されますので、十分に説明がなされていますね。
結句の「熄茶烟」は茶室を設けて自分は平穏な状態を楽しみ、兵士の苦しみを理解しようとしなかったという批判が籠められた表現ですが、「熄」(けユ)が象徴的な言葉になっていると思います。
2013. 2.13 by 桐山人
作品番号 2013-79
銀杏城(熊本城)
驍勇肥州髯鬢兵 驍勇の肥州 髯鬢の兵(つわもの)
長鎗一振刺寅平 長鎗 一振り 寅を刺して平ぐと
如今青史依然在 如今 青史 依然として在り
樓櫓仰瞻銀杏城 楼櫓 仰ぎ瞻る 銀杏城
<解説>
壬辰4月下旬筑紫巡遊熊本城を観て
あの西南戦争の弾雨の中健在にして堅固壮麗な名城なりと。
<感想>
起句の「驍勇」は「いさましく強い」という意味です。
この熊本城そのものが、様々な歴史の生き証人のような思いに駆られたのでしょうね、詩からよく伝わってきます。
2013. 2.13 by 桐山人
作品番号 2013-80
野麦峠今昔
峻坂歩行深雪期 峻坂の歩行 深雪の期
女工労苦盡忠姿 女工の労苦は 尽忠の姿
盛秋輝耀忘憂史 盛秋の輝耀に 憂史を忘る
只嶺地蔵識変移 只だ嶺と地蔵のみ 変移を識る
<解説>
十月末に野麦峠を旅した。
かつてこの峠を通ってまだ10代の乙女たちは、真冬に飛騨高山方面から信州岡谷方面へと女工として働きに行った。それは家計を援け、また国の生糸の産業を支える一端を担っていた。
私の行ったのは秋、天候も時期も最高で、紅葉が真っ盛り、特に広大なカラマツの自然林の黄葉は黄金色に輝く如く美しかった。
峠周辺も整備され、女工たちの哀史も想像できないほどだった。
ただ当時と変わりなく峠に佇む地蔵様や泰然とそびえる乗鞍の峰は移りゆく真の姿を知っていることだろうと思った。
<感想>
野麦峠を行けば女工哀史を思い出します。雪の舞う峠道を辿っていく姿は、映像として私達の脳裏に刻まれていますね。
前半は過去の想像、転句は現在の作者が見ている様子になりますが、「盛秋」と突然に季節変化が出てくると戸惑います。
「今秋」と時間的な転換を表す言葉を用いると、すんなりと入るでしょう。
結句は「只」が邪魔で、「嶺」と「地蔵」の対応が悪くなっています。「秀嶺地蔵」と二字ずつにした方が良いでしょう。
「蔵」は孤平ですので、「識」を平字に直す必要がありますね。
2013. 2.13 by 桐山人
鈴木先生
いろいろご指導ありがとうございます。
ご指導に従って 以下のように 補正しました。
野麦峠今昔
峻坂歩行深雪期
女工労苦盡忠姿
今秋輝燿忘憂史
秀嶺地蔵憶変移
今後ともよろしくお願いいたします。 2013. 3.19 by 茜峰
作品番号 2013-81
桜宮哀吟
櫻下亡朋不待春 桜の下で 亡き朋 春を待ずに
暴威誅殺若慈仁 暴威 誅殺す 若き慈仁を
萌芽勿断多根蔕 萌芽の多き根蔕を断つなかれ
愛日萬花薫育倫 愛日こそ万花 薫育の倫
<解説>
西行法師は「願わくは花の下にて春死なん」と詠みました。しかし、桜宮高校のバスケット部キャプテンは、春を待たずに命をたちました。
「体罰」のひどい暴力を受け、優しく思いやりのある若き命が殺されました。
これから萌え出る多くの芽、よりどころを断ってしまうことはしてはならない。
太陽のような温かい人徳こそ、若き花を咲かせる道ではないでしょうか。
<感想>
教育に関わる人間として、本当に傷ましい出来事でした。
全国屈指の名門と言われる部活動の現場で、しかもチームプレーの競技では、ただの仲良し集団では強くなれないという思いを指導者が持つのは私にも分かります。
しかし、ではどうするか、ということを考えようとしなければいけません。暴力による支配という安易な手段しか思い浮かばなかったとしたら、創造力に欠け、指導者としての能力に欠けているとしか言えません。
それは顧問である教員個人の問題だけではなく、彼を指導者として正しく育てられなかった学校やスポーツ関係者、広げて言えば私達も皆、自身に問い直さなくてはならないことだと思います。
若い人々が自らの命を断つという悲しみは、胸の奥深くにしみこんで消えません。
2013. 2.13 by 桐山人
作品番号 2013-82
白雪・嚴冬等待春
凌寒淺飲, 寒を凌いで淺飲すれば,
肱堪枕、 肱 枕するに堪へ、
醺然醉臥遊魂。 醺然と醉臥し魂を遊ばす。
同伴素娥, 素娥を同伴し,
行舟嘆賞, 舟を行(や)って嘆賞す,
銀河兩岸櫻雲。 銀河 兩岸の櫻雲。
舞繽紛, 舞って繽紛と,
雪花巻、 雪花 巻き、
恰似蝶群。 恰も蝶の群がるに似る。
轉飛倦、 轉(うたた)飛ぶに倦まば、
玉塵星散, 玉塵 星のごと散り,
碧浪耀鱗鱗。 碧浪 耀いて鱗鱗たり。
○
青眼更勸擧杯, 青眼 更に杯を擧ぐるを勸め,
白頭笑啜, 白頭 笑って啜る,
緑醪醇。 緑醪の醇なるを。
瀝瀝洗滌肝胆, 瀝瀝と肝胆を洗滌し,
酬酢喜濃春。 酬酢して濃春を喜ぶ。
乘雅興、 雅興に乘り、
擬唐裁賦, 唐に擬したる裁賦,
尚古且圖新。 古へを尚(たっと)びかつ新しきを圖る。
聳肩吟競, 肩を聳やかして吟じ競ふ,
金鶯巧囀黄昏。 金鶯の黄昏に巧みに囀りたると。
<解説>
素娥:月に住む女仙。嫦娥のこと。
玉塵;落花。
酬酢:酒を酌み交わす。
詞です。「白雪」は詞牌名です。また、詞譜(欽定詞譜)は、次のとおりです。
○○●●,○●●、○○●●○平。○●●○,○○●●,○○●●○平。●○平,●○●、●●○平。●○●、●○○●,●●●○平。
○●●●●○,○○●●,●○平。●●●○○●,○●●○平。○●●、●○○●,●●●○平。●○○●,○○●●○平。
「平」は平声の押韻、○は平声、●は仄声
なお、「,」は句切れ、「、」は句の中の特殊な句読を示すものです。
拙作の表記は読み下しの関係で「、」も改行し、一句をあたかも二句であるかのように二行で表記していますが、本来は一句、一行で表記すべきものです。たとえば、「○●●、○○●●○平」とあるのは、三字句と六字句の二句ではなく、上三下六の九字句であることを示しています。
さて、「白雪」の詞譜には、△(応平可仄)も▲(応仄可平)もありません。これは、『欽定詞譜』の編纂にあたって他に作例がないか、収集された作例が全て上記詞譜のとおりに作られていたことを示すわけですが、私は、『欽定詞譜』を見る限りですが、「他に作例がなかった」のだと推測しています。
「白雪」は、『欽定詞譜』にその作が掲載されている楊無咎(1091年-1169)以外には、作った人がいなかったのかも知れません。
そういう不人気な詞、もしかすると、日本人では、私が初めて填めした詞牌であるかも知れません。
詞には、2000を超える詞体があり、△も▲もない詞体がたくさんあります。
それらの詞体には、1000年の時空を超える詞体との出会い、そういうスリルがあるように思えます。
<感想>
鮟鱇さんの解説を拝見すると、どうやら、この詞譜は1000年ぶりに復活したかもしれないということですね。
「不人気」というのはどういう理由なのか、私にはわかりませんが、時を越えた交歓というイメージはうらやましい限りです。
2013. 2.13 by 桐山人
作品番号 2013-83
追悼之詞(悼同僚O君)
未發琉球緋島櫻 未だ發かず 琉球の 緋島櫻
花音卒爾使人驚 花音 卒爾 人をして驚か使む
浮雲如夢亦如幻 浮雲 夢の如く 亦幻の如し
通夜傷心到五更 通夜 傷心 五更に到る
<解説>
故人は、今から三十年前、「沖縄石油基地建設工事」の現場に於いて、共に同じ釜の飯を食した同僚である。
南国の沖縄では、一月中旬から下旬にかけて「緋寒櫻(島櫻とも称す)」が綻び始め、沖縄本島北部の本部半島では八重岳及び名護今帰仁城の「桜まつり」で賑わう。
そんな沖縄からの花便りに先んじて、新年早々、O君の訃報がもたらされた。
浮雲の如く儚い人生、夢まぼろしの如き人生。
弔句 今や遅し緋寒櫻の花便り 兼山
<感想>
三十年前の同僚ということは、三十年来のご友人ということですね。
「同じ釜の飯を食した」という方ですので、悼みはひとしおのことと思います。
ご冥福をお祈りします。
2013. 2.17 by 桐山人
作品番号 2013-84
春愁
春復無親服喪時 春復るも親無く 服喪の時
寒林獨立拝靈碑 寒林独り立ち霊碑を拝す
郷關囘首団欒事 郷関首を回らす 団欒の事
萬感哀心考妣慈 万感哀心 考妣の慈
<感想>
昨年投稿いただいた「憶昔日」でお母様の思い出を語っていただきましたが、その詩でも、子供の頃の温かな家族団欒の様子が目に浮かぶようでした。
今回は亡くなられたことを強く出して、思い出と共に深まる悲しみが伝わってきます。
結句の「考妣」は、亡くなった父(「考」)と亡くなった母(「妣」)を表す言葉ですが、昔を思い出しての場面ですので「父母」と馴染んだ言葉でも良いかと思います。
題名の「春愁」は「春の愁い、春の物思い」ですので、悲しみの対象のはっきりとしている本詩の内容とは、少しずれています。
「春日」だけでも良いですが、「春日悲傷」などと説明を少し入れるのも分かり易くなるでしょう。
起句の「喪」はこの場合には「下平声七陽」韻で平声だと思いますので、確認をしてください。
2013. 2.17 by 桐山人
鈴木先生、お世話になります。
「春愁」につきまして、題を「春悲」とします。
起句は「服喪時」を「愁痛時」に、結句「考妣」を「父母」に修正をします。
2013. 2.23 by 東山
作品番号 2013-85
関東地方大雪(一)
雲陛瑶池降玉仙,
深冬瓊蕊舞人間。
錯翻春夢梨花落,
誤写東風入小園。
<感想>
新しい仲間をまた、迎えることができ、とても嬉しく思っています。
一地清愁さんは中国の方、送っていただいた詩稿は簡体字で書かれていましたので、私の方で旧字にしました。
1月14日の関東地方の大雪を題材にした詩を三首いただきました。
起句は天上の世界を幻想的に描かれたものでしょうね。
その天上界とリンクして、人間世界に雪が舞うというイメージが前半ですね。
後半は「錯翻」に悩みましたが、ひとまず雪の関連で「乱れ舞う」と解しました。
舞い乱れる雪は春の夜に梨花の散るようで(転句)、東風が庭に吹き入って春が来たかとつい見間違えた(結句)とつなげましたが、結句の「誤写」が「錯翻」との対にも見え、悩みどころです。
どちらかを比喩の言葉にしても良いでしょうね。
2013. 2.19 by 桐山人
「錯翻」の意味は、満天の雪がまるで春の花が飛んでいるように見えるので、春の夢を間違い開いたようだということです。「翻」は本を開くという動作ですが、ここでは、借りて使っています。
更に、下の句に「誤写」を使い、東の風が「小園」に入ったと勘違いしましたという意味です。
2013. 2.20 by 一地清愁
作品番号 2013-86
関東地方大雪(二)
誰言小院空無趣,
氷樹銀花處處開。
一剪飛瓊随我意,
半天箋素任君裁。
<感想>
前半の趣は古典的で、よく伝わります。
転句の「一剪飛瓊」は「流れ飛ぶ雪」の比喩かと思いますが、結句の「半天箋素」は何でしょうか。
「空を浮かぶ白い雲」ということでしょうか、ご教示いただけるとありがたいですね。
2013. 2.19 by 桐山人
「箋素(牋素)」は紙と白絹。多くは手紙を指します。
「一剪飛瓊」は、飛瓊(雪)を剪りとるという意味で、雪の花を切り取り、天を箋素にして、君に自由自在に「裁」するという大義です。
2023. 2.20 by 一地清愁
作品番号 2013-87
関東地方大雪(三)
深深小院雪擁欄,
樹樹枯枝戴玉冠。
黙黙托腮閑坐晩,
啾啾家雀暖窗前。
<感想>
起句の「擁」は古典韻では上声で仄になりますので、合わせるなら「堆」とするところでしょう。押韻も結句の「前」だけが「下平声一先」ですので、「欄」「冠」の「上平声十四寒」に合わせて「團」とすれば、古典詩として整いますね。
四句全てに畳字を使うという形は、古典詩ではリズムが単調になるということで好まれませんが、一地清愁さんはそれを句頭に置くことで、意図的にリズムを強調されたのでしょう。
詩のリズムという点ではひとつのスタイルで、こうした柔軟な発想が私などはうらやましくなります。
2013. 2.19 by 桐山人
起句の「擁」は古典韻では上声で仄声ですが、私たちは現在、標準語を使い古代の詩を読んでいるので、多くの人は中華新韻を使って詩を書いています。現代の標準語で、「擁」は平声です。
古代の発音は私たちの世代にすでに、使わなくなりました。
********************************
日本の方が中国の古代の詩を書いているのを見て、とても感銘しました。
ありがとうございます。
2013. 2.20 by 一地清愁
中華詩詞学会は新旧両軌の運動を進めており、一地清愁さんのこの詩のように中華新韵で作詩をする人も増えていると思います。
平水韵で作った、とした場合の声病は、鈴木先生のご指摘のとおりですが、新韵の詩としてみれば、中華新韵八寒平声(詩韵新編十四寒平声)の押韻で問題はなく、また、古くは上声であった「擁」は新韵では第一声で、中華新韵十一庚平声(詩韵新編十八東平声)ですのでまったく問題ありません。
古くは仄声であったものが平声になる、ということでは、宋末から元にかけて詩が詞曲へと発展するなかで、平声vs上声・去声の対応が、平声・上声vs去声の対応へと変化しています。特に曲では、とても多くの曲譜で、平声で押韻すべきところを上声で押韻してもよい、上声で押韻すべきところを平声で押韻してもよい、とされています。
平仄は本来、声を長く伸ばして吟詠できるかどうか、であることを考慮すれば、上声の発声が大きく変化した宋末・元の詞曲が、去声のみを仄声としていることは納得できます。
さて、一地清愁さんの作品、私見ですが、「雪擁欄」という表現、欄に積もった雪を表現する動詞に「擁」が使われているのがとても新鮮です。
日本語は多くの漢語を取り入れており、やまと言葉の多くが漢語に置き換えられてもいますが、活用形のある動詞などは漢語への置き換えが難しく、やまと言葉を使い続けている場合が多いと思います。
このことは、日本語を愛する立場からすれば決して悪いことではなく、日本語ならではの表現の豊かさを保っていくうえでよいことだと思います。
しかし、漢詩を作るうえでは、読み下してみればわかることですが、動詞は音ではなく訓で読む場合が多く、日本語としては適切ではあっても、漢詩の動詞として適切であるかどうか、疑わしい場合が少なくありません。
そこで私は、漢詩でいちばん難しいのは、動詞の推敲だと思っています。
「雪擁欄」が「雪積欄」や、鈴木先生が案とされている「雪堆欄」よりもよいのかどうかわかりませんが、丸みを帯びて柔らかく欄を抱擁するように積もっている雪を表現する動詞として中国の人は「擁」が使える、ということに、私は驚きました。
また、疊字の効果についてですが、鈴木先生の説かれていること、納得できます。
そのうえで、私なりにですが、疊字を全部とりさって五言絶句として読んでみました。
小院雪擁欄,
枯枝戴玉冠。
托腮閑坐晩,
家雀暖窗前。
すると、起承転まではすんなりと読めますが、最後の合句と結びつかないことがわかりました。
しかし、「黙黙」が転句に加わり、「啾啾」が合句に加わると、「黙黙」vs「啾啾」が対として働き、晩に対する朝が頭に浮かぶようになり、転句と合句が結び付きます。
夜、窓辺で托腮(頬杖を付き思いを凝ら)していた人が朝、ふと窓に目をやると、昨晩はいなかった雀が今は鳴いている、昨晩もの思いに耽っていたのはなんだったのか、そういう思いにかられる、そういう詩なのだと思います。
一地清愁さんの詩は、晩と朝、人と雀、沈黙と声、寒と暖、暗と明,靜と動の対比のなかで、美しい感傷をうまく描かれていると思います。
2013. 2.23 by 鮟鱇
作品番号 2013-88
寄成人式
全邦龍鳳祝成人 全邦の龍鳳 成人を祝す
愛育寧馨慮両親 寧馨を愛育せし 両親を慮る
好作清貞答平世 好し清貞を作し 平世に答へよ
老爺賦寄六花晨 老爺 賦して六花の晨に寄す
<解説>
東都雪晨の成人式 末孫の成人に感ありて。
<感想>
深渓さんからも、1月14日の雪を詠んだ詩をいただきました。
若い人への期待を籠めた思いが、雪の朝とよく調和していると思います。
結句は「賦寄」の語順を「寄賦」として、「老爺 賦を寄す 六花の晨」と読む形が、結句の勢いが出るかと思います。
2013. 2.19 by 桐山人
作品番号 2013-89
都下雪晨
早旦飛花都下春 早旦 飛花する 都下の春
風流超越極艱辛 風流 超越して 艱辛を極む
交通澁滞悩民衆 交通の渋滞 民衆を悩ます
天紀天工獨愴神 天紀か天工か 独り神を愴ましむ
<解説>
成人の日 東京では八年振りの大雪とか、都会の人はただ右往左往するばかり。
<感想>
雪による交通の乱れはまさに現実の世界、「こりゃ風流どころじゃないわい」という叫びが聞こえてきそうですね。
結句の「天紀天工」は「天の定めか悪戯か」という感じで私は軽くとらえますが、深渓さんは優しい方ですから、きっと、真底「獨愴神」の心(神)を痛めていらっしゃるのでしょうね。
2013. 2.19 by 桐山人
作品番号 2013-90
春寒
窗前粉雪又蕭蕭 窓前の粉雪 又蕭蕭たり
雲蔽暮天暖半消 雲は暮天を蔽て 暖半ば消ゆ
未就巴詩不才歎 未だ巴詩就らず 不才を歎き
獨傾濁酒醉春宵 独り濁酒を傾け春宵に酔ふ
<解説>
漢詩づくりがこんなに盛んとは、びっくりしました。
寒さが戻りました。四国では珍しく雪が舞っています。
日課の散歩も取りやめて、自家製たこ焼きを食べながら、下手な詩を作っています。
<感想>
新しい仲間を迎え、大歓迎です。今後ともよろしくお願いします。
作詩は三年とのことですが、趣のよく伝わる詩をお作りだと思いました。
どの句も分かり易く、展開もよく工夫されていると思いますが、一点、結句の「酔」は、上四字で十分にわかることです。
何か別の言葉、例えば「恣」とか「弄」などを入れると、作者の心情を加えることができると思いますが、いかがでしょう。
2013. 2.20 by 桐山人