「漢詩と短歌の叙情性について(3)」・・中山逍雀さん(11/7)

 小生はがさつ者で、表現の云々をするだけの素質を持ち合わせておりませんが、一考を延べさせていただきます。

 もう四五年前になりますか、日本と中国との文化交流手段の一環として、漢字書き日本詩歌「世界最短漢字文化圏通用詩歌四形式」を提唱し、曄歌・坤歌・瀛歌・偲歌の四詩形が、中華詩詞学会に於いて、定型詩歌として認められています。中国の定型詩歌の中に絶句や律詩と共に曄歌坤歌瀛歌偲歌の四詩形も有るのです。
 さて短歌に類似した漢字詩歌として、「瀛歌」が有ります。これが如何ほどの類似点を持っているかは、萬首を作ってからで無いと云々は言えないでしょうが、作ってみる価値は有ると思います。

 又中国詩壇の赤峰詩詞学会の赤峰詩詞と云う詩詞集に、小生が書いた日本詩歌浅談と云う小論文も掲載されていますので、中国側で日本詩歌をどの様に看ているかという点を考察する材料には成ると思います。是非取り寄せてお読み下さることをお勧めします。
 赤峰詩詞学会の所在地は
     郵024000 中國内蒙古鋼鉄街 赤峰詩詞学会

 新短詩に拘わり有るWaveは
http://www.katusika.net/manabu.htm
http://www.katusika.net/ronbun.htm
http://www.katusika.net/kouriyuu.htm






















「漢詩メールマガジンの案内」・・井上桂月さん(11/25)

 ホームページリンク集でも紹介しています 『趣味の漢詩』 、そのサイトを運営なさっておられる愛媛の井上さんから、ご案内をいただきましたので、ご紹介します。

 皆様 今日は
 私は長年漢詩、詩吟を趣味としていますが、漢詩の味わい、美しさを少しでも多くの方に知って頂きたく、HPだけでなく「マガジン」を企画しました。漢詩を出きるだけやさしく解説した「趣味の漢詩」メールマガジンです。
 とかく漢詩は難しい!!と言う一般的な先入観がありますので、あまり基礎的、学問的なものでなく、気楽に楽しめる、やさしいマガジンを考えています。
 これまで漢詩と無縁であった方に、少しでも漢詩に興味を持ってもらう、漢詩のよさを味わってもらうのが私の、このマガジンにかける目的です。

 物足りないとお考えの方もおられるかも知れませんが、一度覗いて、読んでください。
又、色々ご指導下さい。

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 以下に最新号を転載しましたが、購読ご希望の方は井上さん宛にメールを送って下さい。
     井上さんのmail addressは、tokiwa@dokidoki.ne.jp です。


●趣味の漢詩●2001/11/21日号
漢詩を趣味として、楽しみましょう。
あまり学問的な、難しい話しではなく、やさしく味わいましょう。

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誤字、脱字等がありましたらお許しの上お知らせ下さい。
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■ 愁 思 ■菅原 道真(すがわらみちざね) (845−903)
この「愁思」は前回の「九月十日」の“愁思の詩篇一人断腸”の「愁思」
です。「九月十日」を思いだしながら鑑賞します。

■作者「菅原道真」前回号を参照して下さい。

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       ●詩  文●
秋 思(しゅうし)   菅原 道真(すがわらみちざね)

丞相(じょうしょう)年を渡りて幾たびか楽思(らくし)す

今宵(こよい)物に触れて自然に悲しむ

声は寒し絡緯(らくい)風吹くの処

葉は落つ梧桐(ごどう)雨打つの時

君は春秋に富ませたまい臣漸(しんようやく)老ゆ

恩は涯岸(がいがん)無く報ゆること尚お遅し

知らず此の意何の安慰(あんい)ぞ

酒を酌み琴を聴きき又詩を詠ず

■白文はこちらをご覧下さい。■

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       ● 詩 意 ●
私は右大臣の職を拝し、年月を経て幾度か楽しい思いをさせて頂きました。
だが今宵はなぜか目に触れ耳に触れる物すべて,なんとなく
寂しさがこみ上げてまいります。
こおろぎが風の吹く処で寒々と鳴き,青桐が雨に打たれて
落ちてゆく葉もたまらなくさびしく見えます。天皇はまだお若いのに
ひきかえ,自分もう老いを感じ始めてまいりました。
ご恩のほどは限りなく深いのに,未だに何も報ゆることが出来ないで
います。このいたたまれない気持ちをどうすればよいのでしょうか。
せめて酒を飲み,琴を聞き,又詩を詠んで気を晴らそうと思います。
(白楽天は三友として、酒、琴、詩を称している)
道真は出世の絶頂期であったのですが、その胸中には払拭し難い、
一抹の不安があったものと思われます。
“歓楽極まって哀情多し”だったんでしょう。
       ● 語 意 ●
秋 思=秋に思う。 丞相=自分のこと。中国の執政の大臣のことだが
道真は右大臣となり管丞相と呼ばれていた。
年を渡りて=年月の経過(長い間)。楽思す=楽しい思いをして来た。
触物=見るもの聞くもの全て。声寒=秋の冷ややかさを感じさせる声。
絡緯=こうろぎ。梧桐=あおぎり。 臣漸く老ゆ=自分はめっきりと老いた
(漸=めっきりと,しだいに)。恩は涯岸無く=無限の恩を受けた。
(涯岸=限度)。春秋に富み=まだお若い。猶遅し=未だにその機会に恵まれ
ない。(恥じて謙虚な心を表している)
此の意=自分のはれやらぬこの心。
       ● 鑑 賞 ●
「愁思の詩」となっているのもあります。
これは清涼殿で菊見の宴が催された九月十日の後宴で、
道真の寂しい気持ちを歌った詩です。
醍醐天皇の勅題(天皇の命により詩歌を作る)「愁思」に応えて奉った
ものですが、道真はこの翌年大宰府に流されました。
前回の「九月十日」と併せて鑑賞してみてください。
道真の心の寂しさの裏には,当時権勢を誇った藤原氏の横暴に対する
義憤がありました。事実,道真はその藤原氏の讒言によって,太宰府へ
左遷されました。しかし、前回にも書きましたが、左遷というより、道真の危険を
案じた、天皇の計らいであったとも考えられます。
詩の中で「君は春秋に富ませたまい」は、幼帝を思い 正に断腸の思い
から出たものでしょう。 この詩題の「愁思」が一年後に大宰府に流され、
詠んだ「九月十日」の“愁思の詩篇独り断腸”の「愁思」のことです。
この時醍醐天皇は若干十三才でした。
菅原道真が大宰府で客死したのは延喜3(903)年のことですが、
その後左遷に荷担したと思われる公卿が次々と亡くなります。
 当初道真の祟りとは考えられていなかったようですが、
水面下でささやかれ始めた噂も、延喜23年皇太子保明(やすあきら)
親王が21歳で急死したことで表面化。左遷時の詔書を破棄して右大臣に戻し、
改めて正二位を贈り、年号も醍醐天皇本人の選んだ「延長」に改められます
(ちなみに、「延喜」は道真が左遷された後で改元された年号です。)
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●次回は  NHK大河トラマ「北条時宗」の元弘の乱にちなみ
「筑前城下の作」(ちくぜんじょうかのさく) 広瀬淡窓(ひろせたんそう)
を予定しています。お楽しみに

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●「長恨歌」白楽天(白居易)【3】  連 載
○語釈、白文は省略し書き下し文と詩意のみでご勘弁下さい。○
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    スペースの関係で今回は休み次回に掲載します

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●取り上げて欲しい「漢詩」がありましたら、お知らせ下さい。
出来るだけご要望に応じたいと思います。
又このメールマガジンに付いてのご感想をお寄せ下さい。

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「『流人行』の思い」・・謝斧さん(12/1)

 若い頃、与謝野鉄幹の詩をよく口ずさみました。

     ああ我ダンテの奇才なく、
     バイロン ハイネの熱も無き、
     石を抱いて野にうたう、
     芭蕉のサビを喜ばず。

 最近は年のせいか、石を抱いて野にうたうを好むような詩を好んで作っています。
こういった詩は、年よりが得意です。また、年齢を重ねなければ判らない処もあります。

 先日投稿しました『流人行』は、白楽天の新楽府を意識してつくりました。

 時事を題材にした、社会を風諭したものです。およそ、ワビやサビなどに無関係です。
表現もむくつけで、長編だから許されるのかしれません。
 従来こういった詩は、現代の漢詩作家と目される人は作っていません。然し社会を風諭してこそ詩の本分とするべきところだとおもっています。こういった詩は老人にはむきません。
 バイロン ハイネの熱も無きですか。
 根気もいります。若い時にしか作れないと感じています。これは少しいいすぎでしょうか。

 鮟鱇先生などは、作詩に情熱がおありですから、好んで作っていかれる詩形だと思います。
とくに楚雀先生には、是非白楽天の新楽府の体に倣ったような詩も試されて下さい。慣れれば、今の力量があれば、充分に作れます。

2001.12. 1                   by 謝斧






















「菅公の生誕1100年」・・謝斧さん(12/9)

 今年は菅公の生誕1100年の大祭があるということで、献詩を募集しているということを長岡瀬風先生に聞きました。大阪の天満宮内の菅廟吟社が行ないます。
 締め切りは2月15日です。詩形は五言絶句もしくは七言絶句です。題は自由題ですが、菅公に因んだものがよいとおもいます。投稿をお願いいたします。

 井上桂月先生のhpで菅公の「秋思」の詩をとりあげられましたそうですが、以前から気になっていましたので、私なりに感じたことをお話します。
 私は正直云って、「秋思」の詩が人口に膾炙されるような詩ではないと思っています。何処が好いのかわかりません。内容が忠義心が厚いので、明治の頃からもてはやされたのでしょうか。
 内容は直截的で、平板です。面白みの無い詩といえば、菅公の祟りがあるかもしれません。

 ただ、白楽天の詩も直截的な詩が多いように感じます。恐らくは、白楽天の詩の体を倣ったのかわかりません。何処か「長恨歌」の一節を抜き取ったような感じの詩です。もし白氏文集に菅公の「秋思」の詩が入っていても、白楽天の出来の悪い詩と見なされ違和感は無いとおもいます。





















「古詩の感想」・・鮟鱇さん(12/25)

 鮟鱇です。

 謝斧さんから一度ならずお勧めいただきましたので古詩を私なりに書いてみました。

 五言40句、200字ぐらいの詩にしようと思いましたが、96句480字になってしまいました。
 大義を標榜してアジアを侵略した過ちをきちんと整理しないままに欧米の価値観に追従し、性道徳の壊乱に特徴付けられる戦後日本の享楽的な平和に対するわたし自身の思いと、21世紀を迎えてもいっこうに止まない戦火へのわたしなりの思い(エロスとタナトス)をテーマとしています。

 長くなってしまいましたし、みなさんのご理解を得るのもむずかしいと思います。鈴木先生のご批評を仰ぐのも憚られますので、
     小生のホームページ
に掲載しました。ご関心があれば、ご覧になってください。


 さて、古詩を書いてみての小生の感想です。とはいえ、これまでに書いた古詩は片手に満たないので、初心者の感想です。

1.絶句・律詩・宋詞にある程度慣れてしまうと、平仄不問の古詩を書くことはかえってむずかしい。
 頭に浮かぶ句が律句としての平仄を踏まえていない場合、古詩であるからそのままでよいということにならず、律句とすべく推敲をしてしまう。
 また、五言四句を一単位とする句作り(換韻)のなかでは、ついつい対句にしてしまう。

2.古詩で起承転結を考えるのはとてもむずかしいし、あるいは、そのようなものはいらないのかも知れません。しかし、そのことで、何をどれだけ書いていつ筆を置くのかがとてもむずかしい。

3.絶句や律詩は、詩を書きたいという思いさえあればいつでも書けます。
 しかし、古詩はそれだけでは書けません。詩を書くことが目的化していては書けず、何を言いたいかということがより強く目的として意識されなければ書けないように思います。いわゆる「志」。これがよほど強くないと、平仄を整えてしまう。対句も多くなる。

 謝斧さんのおっしゃるように、古詩を書くということが今日もし衰退しているとすれば、わたしにはそれは、詩は書きたいが詩に書くことはないという状況のもとで、文学的精神が衰退しているからではないか思えます。この思いには小生の自戒も含まれています。

4.最後に、やはり古詩はむずかしい、という思いが残ります。
 真っ白な紙を示されて、さあ何か書けといわれるような思いがします。つまり、課題が見つからない、詩題が見つからない、という思いが残ります。























「平仄をメロディで」・・Syouさん(2/3)

 私は漢詩を始めて一年、70首ほど作りました、がハテと考えました。
家内は最近俳句を始めましたが、そばの私にもいとも簡単になじみます。

 素人ですが、漢詩を20年もやっている先達に韻(当時の発音)の事を聞きましたが、音は消えるのでわからんの答え。
 そこで中学時代を思い出しました。
我々は音楽は西洋文明の影響を強く受けておりクラシック音楽はすんなり気分良く聴けます。
しかし漢詩は理科系の私には多元一次方程式と同じで「はめ込みパズル」です。
 なじみのある西洋音楽の基本は1部形式でAA'BA’です。
(ほかにもありますが)
それで平仄をドミソ レファラなどと考え、漢詩を適当なメロディーをつけて読むと、なにか音楽的に納得できます。平仄がおかしいとやはりおかしいです。

 漢詩も当時は田植え歌や童歌などから変化したのかもしれないからと思いますが、碩学のみなさんに良い参考書などあれば教えて頂きたいと思います。

2002. 1.26                    by Syou



 Syouさんに教えていただいて、私も家のピアノで試してみました。なるほど、平声は明るく伸ばす音ですので長調のドミソの和音がよく合いますし、仄声の重く詰まった感じは短調の和音が合うように感じました。
 ただ、西洋音楽に慣れた耳には、ドミソで終結するための導入和音であるソシレ(属七の和音と言われますが)をつい求めたくなったりするので、ドンピシャで対応というわけではありませんが、平仄へのとっかかりとしても、研究してみる価値はありそうだと思いました。

私がSyouさんに送ったお返しの手紙です。

 お手紙ありがとうございます。
 唐の時代の発音に基づいた平仄に合わせるのにもかかわらず、唐の時代の発音がどうであったのか、は分からないのが現状です。最近になって、日中の学者が共同で、何とか解明しつつありますが、それとても完璧を期すのは無理でしょう。
 そもそもがあまり実際の発音を耳で聞きながら、という習慣は漢詩には無かったのかもしれません。李白にしても随分発音には訛があっただろうと言われています。唐代の発音を、文化遺産的な共通語として残してきたのが歴代の科挙の制度でもあり、日中の文化人の功績でもあります。

 仰るような、「ドミソ」と「レファラ」という発音は全く面白い試みであり、平仄の組み合わせを理解するには取っつきやすい方法かもしれません。(平声にドミソが適当なのかどうかは検討が必要かもしれませんが)

 漢詩の起源につきましては、民謡から生まれたものという観点は無いわけではありませんが、どちらかというと、士大夫の階級、官僚の身分の人達が作ったものから発展したと思われます。
 日本の和歌のような表音文字と違って、漢字はこれは国家の威信、皇帝の権威の象徴でもありました。それを使って詩を作る、ということは、一部の階級にしか許されない知識であったわけで、口承を表音文字で記録したという日本の紀記歌謡とは事情が違うようです。


2002. 1.28                    by 桐山人



Syouさんから再度お手紙をいただきました。

 小生の未熟なつぶやきに対し色々教えていただき感謝いたします。
小生、年齢は65歳、化学専攻、愛知県春日井市の在です。(春日井市役所は小野道風の里と宣伝してます。小牧長久手の古戦場の近く)です。
 漢詩の知識が殆ど無くかねて疑問の思っていたことがホームページを見せていただき、先達の皆さんが深い知識をお持ちでただ敬服するのみです。

 ちょっと気になるのは漢詩界の著名人(ラジオで講師をなさっている方や初心者向けに本を出しておられる方)が「和臭」を嫌っておられることです。
 その点をいぶかしく思っていたところ、貴ホームページでは皆さん広い識見をお持ちで和式漢詩も良いじゃないかとおっしゃってます。日本人が作る(狭い意味では私が作る)漢詩は(人に見せるのが目的ではないので)自分なりの(平仄を守るのかドレミファで行くのか)作法で良いのではと思います。

 なお初心者が作るなと言われる仄韻詩は西洋音楽で短調と考えると納得がいきます。
土井晩翠、滝廉太郎の「荒城の月」などは漢詩にすれば仄韻詩になるのかもしれません。中学時代教科書に出ていた「寒江」などはぴったりなのは独りよがりでしょうか。
 NHKが中国式発音で読んでますが、感心しないのはわたしだけでしょうか。

 なぜ「漢詩がいいな」と思うようになったか思い返してみると「読み下し文」のリズム、ヒビキですが、これは完全に日本文化のものです。やはり自分は日本に生まれ育ったのだから当然だと思います。

 漢詩は科学のように定理はないし文化の領域のもので、他の人の意見はおもしろいが楽しむのは好きにやればいいと今の段階では思ってます。
 作り始めて一年でこんな事を言う資格はありませんが。

2002.1.30                      by Syou






















「『平仄をメロディで』の感想(1)  Syouさんへ」・・謝斧さん(2/5)

 この件に関しての問題提起には直接には関係ありませんが、蘇東坡「陽関詞」が明代の古琴曲に残っていたものを、1956年に北京人民広播電台でピアノ曲で編曲されたことがあります。
 採譜された楽譜は、集英社の漢詩体系の蘇東坡(近藤光男著154頁)に載っています。
 私も友達に頼んでピアノできいたことがあります。中国的なメロディでしたのを覚えています。

 蘇東坡「陽関詞」の平仄は、

    暮雲収盡溢清寒     ●○○●●○◎

    銀漢無声転玉盤     ○●○○上●◎

    此生此夜不長好     ●○●●入○上

    明月明年何処看     ○入○○○●◎

です。
 此の作は熙寧10年中秋の夜、弟のと彭城に月を見て作り、「陽関詞」の調子で歌ったと東坡みずから書き付けています。
 王維「陽関詞」との平仄の違いは、承句の一字目が異なります。

2002. 2. 6                  by 謝斧






















「『平仄をメロディで』の感想(2)  Syouさん・桐山人さんへ」・・鮟鱇さん(2/11)

 鮟鱇です。
 平仄をめぐっての、Syouさん、桐山人さん、お二人のやりとり、楽しく読ませていただきました。
 小生、音楽の原理、頭でしか理解できないのですが、「ドミソ」と「レファラ」、「長調」の和音と「短調」の和音の対応のお話、頭ではしっかり理解できます。
 桐山人先生がおっしゃるように「どんぴしゃりで対応」というわけではないかも知れないが、平仄が、音楽の原理めいた何かと密接に関わっているとのお話、とても興味深く聞かせていただきました。

 さて、ご参考になればですが、小生、中国の女流詩人林岫先生から「吟」「唱」の違いを教えていただいたことがあります。「吟」は日本の「詩吟」のように唸るように詩を朗じ、「唱」はまさに「歌」=音楽であるとのこと。その際、林岫先生が祖父から教わったという白樂天の詞「夢江南」「長相思」「唱」で歌うのを聞かせてもらいました。
 印象はゆっくり歌われる「夜来香」という感じでした。そして、大事な話は、平仄と音との関係ですが、平声は長く伸ばして歌い、仄声は短くとのことでした。
 以上、おふたりの理論的なお話を補完する実例として。

 Syouさんのお言葉
しかし漢詩は理科系の私には多元一次方程式と同じで「はめ込みパズル」です。

  小生は文科系ですが、中国古典詩詞の優れた本質をついていると思います。
 われわれ日本人は人間の心を数学的に表現することに一種のアレルギーがあるように思いますが、中国人はそうではないと小生は思っています。陰陽五行説、詩詞における対句表現の珍重。これ、デジタルな人間でなければ、そのような形で「存在」としての「自然」を表現できるとは考えないと思います。
 われわれ日本人は、彼らに比べるとアナログそのもので、そういうデジタルな発想を「存在」としての「自然」とは無縁の単なるゲームあるいは「パズル」として認識する傾向にありますが、数学的あるいは哲学的にきちんと整理されない「自然」などは人間にとって「無」に等しいという考えが彼らの文化にはあるように小生には思えます。
 小生にとっても中国古典詩詞を書く楽しみは、多元一次方程式を解く歓びに似ています。

 Syouさんのお言葉
 漢詩も当時は田植え歌や童歌などから変化したのかもしれないからと思いますが、碩学のみなさんに良い参考書などあれば教えて頂きたいと思います。
 また、桐山人先生のお言葉
 漢詩の起源につきましては、民謡から生まれたものという観点は無いわけではありませんが、どちらかというと、士大夫の階級、官僚の身分の人達が作ったものから発展したと思われます。

 おふたりのやりとり、どこまでを「漢詩」というかを明確にした方がよいと思います。詩経を含めればSyouさんのおっしゃる「田植え歌」めいた詩が少なくありません。そこで、中国詩のはじまりに「田植え歌や童歌」を考えても間違いではないと思います。
ただ、われわれが通常作っている「漢詩」、平仄を踏まえた絶句・律詩、近体詩以降の古詩など五言詩・七言詩は、士大夫の階級、官僚の身分の人達が、発展させてきたものと思います。
 また、李白、白樂天あたりから士大夫の間で作られ始め、宋代以降とても盛んになった「詞」は、民間の歌謡・樂曲を取り入れたものが少なくないといわれています。そして、士大夫の階級に広まるにつれて「平仄」が重視され、今日残されている「詞」の多くは平仄準拠の句作りとなっているほどですので、中国古典詩詞が他国の詩にはない特徴あるものとなった背景には、やはり「士大夫の階級、官僚の身分の人達」の果たした役割が大きいと思えます。
  他国の詩にはない中国古典詩詞の特徴、極論ではありますが、平仄の規律を獲得したことによって中国詩は、数学の富を文学に獲得したと小生は思っています。

2002. 2.11                     by 鮟鱇






















「『陽関曲』の詞譜について」・・鮟鱇さん(2/17)

 謝斧先生が「陽関詞」の詞譜に触れておられましたので、中国の最近の意見も紹介します。
 尚、「陽関詞」という詞牌としての名称は、一般に「陽関曲」として通用していますので、そのように表記します。

 小生の手元にあります「新編実用規範・詞譜(1998年発行・太白文芸出版社)」所載の「陽関曲」の詞譜は下記のとおりです。

  △○▲●●○◎,▲●○○●●◎。△○●●△○●,△●○○●●◎。
              (注)○平声。●仄声。△応平可仄。▲応仄可平。◎平韻。

 この詞譜を見てみますと、七言絶句の詩譜ほどにはゆるくありませんが、通常よく見る他の詞譜と同程度には、規律を緩めています。

 「新編実用規範・詞譜」は、「新編実用」というあたりで安直なハウツーもののように思われるかも知れませんが、この書を編校した姚普先生は、中国詩詞学会の発起人。また、この書の「序」は、北京詩詞学会が書いております。つまり、きちんとした学術的な検討を踏まえたものです。
 そして、「陽関曲」の詞譜については、次のとおり説明されています。

1.もとの名は「渭城曲」。宋の秦観は、「『渭城曲』は絶句。近世また歌に入って『小秦王』となり、さらに『陽関曲』と名付けられた」といっている。

2.「陽関曲」は実は二三句を失粘とした七言絶句体である。「詞譜(欽定詞譜:清朝編纂)」で論ぜられている平仄は厳格過ぎ、実は必要ないことである。また、「詞律(清代編纂)」にある「小秦王」の詞譜は、実例としてあげたものが的をえていない。

3.唐人韋応物,杜牧、宋の蘇軾にこの体の絶句がある。

 この三詩人の作品も紹介されていますが、平仄を調べてみますと、やはり緩やかと言えます。
     (お詫び:鮟鱇さんからは具体的な作品と平仄も教えて下さっていますが、省かせていただきました)

 このような経緯ですので、厳格過ぎる平仄は不要というのが、最近の研究成果と言えます。

2002. 2.17                   by 鮟鱇























「詩と現代(第二版)」・・S.Nさんからのお手紙です

 二月の中旬、S.Nさんから初めてお手紙をいただきました。




鈴木殿
拝啓
 貴ホームページを拝見いたしました。
私は、現在会社に勤めており、高校を卒業してかなり年月が経っているため、漢文や、漢詩というものは忘却のかなたにあります。

 このたび、「人生至るところに青山あり」という言葉を聞く機会があったのですが、不勉強である私は意味がわかりませんでした。
 そこで、インターネットで意味を調べてみようと思い、いろいろなホームページ見ているうちに貴ホームページを見つけました。

 貴ホームページでは、漢詩の歴史や、有名な詩をわかりやすく解説してあり、これなら、中高生でも、漢詩に親しみがもてそうだと思いました。
 また、漢詩から遠ざかっていた私でも、多少なりとも忘却のかなたから手繰り寄せることが出来たと思っております。

 そこで、大変ぶしつけとは存じますが、下記のことにつきましてお教えいただきたくお願いいたします。

  (1)「人生至るところに青山有り」は、漢詩なのでしょうか?
  (2)上記の文の意味を教えていただきたくお願いいたします。
  (3)漢詩の一部分でしたら、もしできれば全文を教えていただきたくお願いいたします。
  (4)作者は誰なのでしょうか?

 鈴木様は、高校の先生でいらっしゃるとのことですが、今まさに受験シーズンのまっただなかに、突然ぶしつけなメールを送りまして大変申し訳ございません。
 よろしくお願いいたします。

                            敬具 二月十八日




 拝見して、私はデジャブ感覚、同じ様なお手紙を以前にもいただいた記憶がありました。そうそう、この「桐山堂」の一番目に紹介したお手紙と似ています。
 早速、返事を書かせていただきました。




 お手紙ありがとうございます。
 忘却の彼方からでも漢詩の一節は蘇る、というところが、私たちの文化の一端なのでしょう。漢詩に関わるものとして、とてもうれしく思います。

 さて、ご質問の件ですが、以前、同様の質問をいただいたことがありました。その折のことを、わたしのページの「桐山堂」のコーナーに転載してあります。「詩と現代」の拙文をご覧下さい。
 ご質問の項目につきましては、書いてあると思いますが、ご不審の点がありましたら、また、お手紙を下さい。

 何か無精してるようで胸が痛みますが・・・・
 また、この一節を思い出されたきっかけなどを教えていただけるとありがたいと思います。

二月十九日




 お返事を皆さんにご紹介します。




鈴木さま
突然のぶしつけな、メールに丁寧にご回答いただきありがとうございました。

 私とまったく同じ質問をした方がいらっしゃったんですね。
シチュエーションもとっても似ていてびっくりいたしました。
 私も、希望退職募集に応募して、この3月に会社を辞めるのです。
自分で挑戦したいことがあり、そのために会社を辞めようと希望退職応募しておきながら、やはり今の会社の安定性などを考えると、とても不安になっていました。

 そんなときに、昭和ひとけた世代の父が、「人生到るところに青山ありだよ。色々な挑戦をしてみることは大切だよ」と言って励ましてくれました。

 なんとなく、そのフレーズの意味はわかったのですが。果たして私の理解で正しいのかどうかというを知りたかったのです。そして、漢文なら、そのワンフレーズだけでなく、他のフレーズが有るのだろうなと思っていました。

 漢文は何も中国の人の古典ではないんですね。
鈴木さんのホームページを見ると、現代の人も、普通の詩や、文章のように書いたりできるのですね。  これからたまに、このホームページを訪れようと思います。
 ありがとうございました。

二月二十一日