2003年の投稿漢詩 第211作は 鯉舟 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-211

  総選挙        

論争諤諤盛全州   論争諤諤(がくがく) 全州に盛んなり

与野興亡決戦秋   与野興亡 決戦の秋(とき)

少子高齢那得克   少子高齢 那(なんぞ)克し得ん

年金坐食有慙羞   年金に坐食して 慙羞有り

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

 日本シリーズが終っていよいよ衆院選挙到来ですね。少子高齢化、自衛隊イラク派遣問題、犯罪急増など難問山積、正に国難ですが、坐して徒食だけの年金生活者、お国の為に役立てない我が身が恥ずかしい。

<感想>

 もっと早くに掲載できると良かったのですが、ギリギリになってしまいました。
いよいよ明日が投票日ですね。新聞などの予想では、投票率は高くなりそうですが、さてどうなのでしょうか。

 山積する諸問題をどう分析し、どう対応しようとしているのか。経済が回復すれば、荒んだ現代の人の心も回復するのでしょうか、最近はテレビなどを見ていても、ニュースを話すアナウンサーの方が本当に辛そうです。「親殺し」「子殺し」という、人が何千年もの間禁忌としてきたはずの事件報道が毎日のように続き、理由の分からない衝動的な犯罪も連日起きているようです。
 「倉廩満ちて礼節を知る。衣食足りて栄辱を知る」と言われますが、この言葉の通りだったと言えるような日本になってほしいと思っています。

 今回の詩は、結句は内容的に私は否定したいところですが、鯉舟さんの世代の方の思いなのでしょうか。

 色々な思いを胸に、私たちは投票するのですが、さて、結果やいかん?


2003.11. 8                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第212作は 禿羊 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-212

  還暦述懐(改)        

壮歳非無得意時   壮歳 無きにしもあらず 得意の時

講筵衒学自矜持   講筵 学を衒いて 自ら矜持せり

茫茫往事既忘半   茫茫たる往事  既に半ばを忘る

短褐炎天剪槿籬   短褐 炎天 槿籬を剪る

          (上平声「四支」の押韻)

<解説>

 若いときには得意の時もあったが、振り返ってみると演壇で学問をひけらかして空威張りをしていただけ。それも遠い昔のことであらかた忘れてしまった。今は炎天下で黙然と垣根の手入れをするだけ。
「非無」は和習かもしれませんが、他にいい表現も思い浮かびませんのでこのままにしておきました。

<感想>

謝斧さんの感想をまずご紹介しましょう。
 起句の「非無」はうまくこなした感があり、却って「非無」の効果があり、よくなったとおもいます。
 起句から承句にかけては、大変よいと思っています。
 結句はもう少し推敲が必要かとかんじています。
 とは言え、かなりの佳作だとおもいます。



2003.11. 8                 by 謝斧



 謝斧さんに、この推敲作は前もって見ていただき、感想もいただきました。この後に私が付け加えることはあまり無いのですが、でも、いつものように思うことを書きましょう。

 まずは、起句承句。両句で往事のことをまとめたため、「前作」に比べて流れが自然になり、分かりやすくなったと思います。「得意時」をより具体的に描いた承句は明解ですね。
 この承句が具体的になった分、転句の「茫茫」が働きが弱くなったでしょうか。「茫茫」の意味を「はるかに遠い」に限定すれば良いのかもしれませんが、大抵は「遠くてぼんやりしていると解釈しますので、『講筵衒学自矜持』の過去ははっきりと覚えているけれど、でも、ぼんやりとしていて、半分は忘れてしまった」ということになるわけです。
 ま、これはちょっと大げさに言いましたけど、承句に関しては「講筵」のところには、場所を表す言葉ではなく、「衒学」に対応するような、行為を表す言葉を入れると安定するのではないでしょうか。

 「茫茫」「既忘半」は意味としては重なるのですが、転句の位置ですので、強調として考えると却って働きが出ていると言うべきでしょうね。問題ないと思います。

 結句は「短褐」で、既に世俗を離れたことを示して、適切な言葉だと思います。一首のしめくくりを予感させる言葉です。しかし、「炎天」はどうでしょうか。「炎天だから辛いけれど」という意味を籠めているのだとしたら、それでは「短褐」を用いた甲斐がありません。
 我慢忍耐だとして、現状を否定的に描くのでは首尾がずれてしまいます。

 最後に、前作では「孫と遊ぶことが楽しみだ」というニュアンスで詩が終わっていました。これに代えて、「炎天剪槿籬」を持ってきたわけですが、「孫と遊ぶ」ことと「垣根の手入れをする」ことは同じ程度の価値なのでしょうか。そうでないならば、この書き換えは表現は別にして意識の面では後退しています。前作を読んでしまいましたから、私にはどうしてもそう見えます。
 「孫と遊ぶ」という内容を失わないで表現を整えていくことが、主題を見失わない方向だし、大変ですが、工夫のし甲斐のあるところだと思います。

2003.11. 8                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第213作は 岡田嘉崇 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-213

  夏日早起        

夏日晴晨送曉涼   夏日晴晨 曉涼を送り

新篁小径快風長   新篁の小径 快風の長

庭前芍薬娟娟淨   庭前の芍薬 娟娟として淨く

牆角薔薇冉冉香   牆角の薔薇 冉冉として香る

林下陰濃鶯語老   林下陰濃やかに 鶯語老い

池中緑満柳枝光   池中緑満て 柳枝光る

吟魂愛此閑天地   吟魂愛す 此の閑天地

獨領平明得短章   独り平明を領して 短章を得ん

          (下平声「七陽」の押韻)

<感想>

 夏の早朝は、午後の暑さとの対比で一層、その爽やかさを感じるものですね。

 扱われた素材も場面に良く合い、バランスの取れた展開になっていると思います。こんな景色に出会えるのならば、夏の朝、ちょっと早起きをしてみるのも悪くないかな、という気持ちになりますね。
 表現の点では、第七句の「此」が必要かどうか、ですね。特に、書き下しとして送って下さったように「此の閑天地」と下三字に続けるようにするとなると、わざわざ「此」と言うのは気になります。
 単に強調として「吟魂 此を愛す 閑天地」と読むならば可能でしょうが、その場合でも強調するのはどうでしょう。
 末句にも「獨」とあり、ここでも強調が為されているわけですので、ここは「どのように」「愛」したかを描いて見る方が、内容が深まるように感じました。

2003.11.16                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第214作は 長岡瀬風 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-214

  梅天閑詠        

不識子規何処鳴   識らず子規 何処にか鳴かん

他郷喚起故園情   他郷喚起す 故園の情

獨看紫燕掠窓影   獨り看る 紫燕の窓影を掠め

亦聽幽霖入竹聲   亦聴く 幽霖の竹声に入るを

潤葉津幹随雨密   葉を潤し幹を津し 雨に随って密に

呼風戞玉拂烟清   風を呼び玉を戞ち 烟を拂って清し

朝来無客閉門早   朝来客無く 門を閉じて早く

日暮微寒薄酒傾   日暮 微寒 薄酒傾く

          (下平声「八庚」の押韻)

<感想>

 梅雨の詩ということですが、私の掲載が遅れてしまい、申し訳有りません。読者の皆さんも、ちょっと頭の中の季節感を戻して読んで下さい。

 第二句の「他郷喚起故園情」については、「他郷」「故園」が対応が良すぎて、あまりにも当然のことという気がしました。「他郷」を別の物に置き換えるか、呼び起こすものを「故園情」とは別の言葉にするか、今のままではやや物足りないですね。
 第五句の「幹」は、「木の幹」という意味でしたら、仄声だったと思いますが、平仄両用でしたでしょうか。ここは平声となる所ですので、やや心配です。

 以上の二点を除けば、素材・用語ともに梅天を描くに申し分ない詩だと感じました。特に、書き出しの「不識」という読み出しは、読者を引きつける効果がとても大きく、印象深い展開になっていると思います。
 末句の「微寒」「薄酒」もよく釣り合い、梅雨の頃を思い出して、ひとり納得をしています。

2003.11. 19                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第215作は 長岡瀬風 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-215

  山水圖        

眼前画出緑崔巍   眼前画き出す 緑崔巍

家在懸崖薜作衣   家は懸崖に在って 薜衣を作す

蕭颯桐飄残暑退   蕭颯 桐飄って 残暑退き

玲瓏露點早涼帰   玲瓏 露點じて 早涼帰る

擲書弄笛鳴蝉乱   書を擲ち 笛を弄せば 鳴蝉乱れ

避世横琴和者稀   世を避け 琴を横えるも 和する者稀なり

莫問開門何日就   問う莫れ 開門何れの日にか就す

白雲流欲入柴扉   白雲流れて 柴扉に入らんとす

          (上平声「五微」の押韻)

<感想>

 「崔巍」は、「岩がごろごろした高い山」のことですから、まず画面が目一杯に拡がる思いですね。

 第三句の「桐飄」は、李賀の「秋来」を思い起こすように、秋の予感を伝えてくれます。
 第六句の「避世」は、次の「横琴」との対応も不十分ですし、尾聯の趣旨をわざわざここで説明するのも惜しい気がします。「携酒」のような具体的な行為を示す言葉の方が釣り合いが良いのではないでしょうか。

2003.11.19                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第216作は 揚田苔菴 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-216

  碧海舟游        

碧海清遊他國天   碧海に清遊す 他国の天

釣竿不動坐篷船   釣竿 動かず 篷船に坐す

波間收得一椰子   波間 収め得たり 一椰子

借問望郷已幾年   借問す 望郷 已に幾年ぞ

          (下平声「一先」の押韻)

<感想>

 島崎藤村の名歌をすぐに思い浮かべますが、まさしく「名も知らぬ遠き島より流れ」てきた椰子の実に、「ちょっとお尋ねしますがね」と声を掛けるという面白さが十分に生きている作品だと思います。
 「篷船」は、「碧海」に浮かぶにはちょっと頼りない気もしますが、釣り竿の動かない無聊を椰子の実によって慰める姿がよく目に浮かびます。

 結句は、「望郷」「幾年」と言うのが対応が合わないのですが、(「郷を出でて」とか「郷を去りて」だと分かりやすい)、擬人的に「椰子の実が望郷の思いを持っている」と見立てるところに諧謔が出ているのでしょう。
 納得できました。うーん、となると、承句の「篷船」も同じ狙いかな、という気もしてきましたね。

2003.11.19                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第217作は 鯉舟 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-217

  憐国産朱鷺絶滅     国産朱鷺の絶滅を憐れむ   

君不見曾蒼碧天   君見ずや 曾て蒼碧の天

悠然朱鷺舞池辺   悠然として朱鷺ときの池辺に舞うを

冠毛雪白姿殊麗   冠毛 雪のごとく白く 姿殊に麗わしく

翼羽微紅眸又妍   翼羽 かすかに紅く 眸又妍なり

旦出栖巣漁沼畔   あしたに栖巣を出でて 沼畔にすなど

夕帰丘阜睡松巓   ゆうべに丘阜に帰りて 松巓にねむ

希禽可惜今咸絶   希禽惜むべし 今ことごとく絶えたり

佐渡斜陽偏寂然   佐渡 斜陽 偏に寂然

          (下平声「一先」の押韻)

<解説>

 10月10日佐渡で国の特別天然記念物で最後の日本産トキ「キン」が死んだと伝えられました。そのニュースを聞いて哀しみに耐えず作詩しました。生き物は小さなもの、弱いものほど美しく可愛いものですが、乱獲、開発、環境破壊の犠牲になっているのは彼等です。このままではその内ゴキブリとカラスだけの醜い自然になってしまいます。

<感想>

 日本産のトキは、学名も「Nipponia nippon」といううらやましいような名前を持っていましたが、野生のトキは絶滅ということでした。
 これまでにも地球の歴史の中では数え切れない種が消えていったのでしょうが、自分自身が生きているこの時代に消えていくものがあるということは、寂しい思いになります。とりわけ、鯉舟さんがおっしゃるように、「乱獲、開発、環境破壊」という私たちの生活そのものがこの絶滅の要因になっていることを考えると、罪深い気持ちが深くなります。
 そうした哀しみを伝えるのに、末句の「佐渡斜陽偏寂然」は適切な表現だと思います。「佐渡」という地名が直接入ることにはやや引っかかりがありますが、トキに関しては単なる土地の名前ではなく、終焉の地というイメージが加わりますから、逆に「偏寂然」を導く効果が大きいと言えるでしょう。

 用語としては、第一句の「曾」はあまりにも位置が不自然に感じます。この「曾」の掛かっていくのは「不見」ですが、本詩の位置では「かつての蒼碧の天」と読むことになります。
 鯉舟さんのお気持ちとしては、次の句の「舞池辺」につなげているのでしょうが、それはかなり好意的に読んだ場合だと思います。

 二句目の「悠然」は、「然」が冒韻ですし、末句に「寂然」とありますから、同字重複でもあります。「悠悠」と畳語にした方が良いでしょう。



2003.11.21                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第218作は 揚田苔菴 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-218

  戰跡懷古        

星移騅逝莫軍營   星移り 騅逝き 軍営なし

垓下茫茫一望平   垓下 茫茫 一望平らかなり

只見虞姫原上草   只見るは 虞姫 原上の草のみ

似聞風送楚歌聲   聞くに似たり 風送る 楚歌の声

          (下平声「八庚」の押韻)

<感想>

 「四面楚歌」の故事を下に、「騅」「垓下」「虞姫」「楚歌」と固有名を並べたのは、読者を過去の世界にいざなう効果が出ていますね。

 ただ、「星移」ことと「騅逝」を対にしたのはどうでしょうか。「騅」項羽を重ねて描いていると思いますが、時間的な流れを示す「星移」と一過的な「騅逝」では違和感があります。
 「莫軍営」ももう一工夫できそうに思いますし、転句の「原上草」も趣に欠けるように感じます。

 結句はやや回りくどい気がします。「秋風如(纔)送楚歌聲」くらいが合うように思いますが、花の季節に「秋風」では季節がずれるかもしれませんね。

2003.11.21                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第219作は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-219

  凭闌人・巫山異梦        

天雨人醒香梦殘,   天 雨ふり 人醒めて 香夢 そこなうも,

猶問君名無答酸。   なお君の名を問えば答なくして酸たり。

雲影已歸山,       雲影すでに山に帰り,

秋曉曙光閑。       秋暁 曙光 閑なり。

<解説>

 「凭闌人」は宋詞としても元曲としても書かれます。ここでは、詞韻で書いていますので、曲ではなく詞ということになります。(「答」は詞韻では仄、曲韻・現代韻では平。)
 10月22日、東京は雨でした。職場の分煙スペースでタバコを一服しながら、「天雨」の語を得ました。「天」とくれば「人」かなということで、人醉、人作、人游、人傾、人望...人醒と言葉を探りました。「人醒」まで来て、「醒酒」、「醒梦」「梦」なら「春梦、好梦...香梦」「香梦が醒めるのなら、梦破れて殘う...」という次第で、初句を得ました。

 初句「天雨人醒香梦殘」のなかでわかりにくく、さらに補足・説明が必要なのは、「香梦」がどのような夢であるかをめぐってです。安直ですが、見知らぬ美人に会ったことにしました。
 これをどう表現するかで、もうすでに夢から醒めていることも考慮し、次の「猶問君名無答酸」を得ました。
 しかし、この句は、かりにわたしが吟じようとしているのが、絶句であるなら、起句・承句の平仄は反法でなければなりませんから、作り直さなければなりません。しかし、「凭闌人」なら、そのままで先に進めます。そこで、当初は絶句を作ろうとしていたのだと思いますが、方針を変更して、「凭闌人」を吟じることにしました。

 第三句は、初句が耳に聞こえる表現で始まっていますので、何か視覚に訴えるものを書くことでバランスをとることにしました。そこで、頭に浮かんだのが、「月」でした。
 しかし、初句で「雨」でいきなり「月」では少々時間が飛びます。そこで思いついたのが「雲」です。「雨」→「雲」なら「帰」が頭に浮かびます。そして、「雲」が帰るなら、ああこれは「巫山之夢」だということで、わたしの無意識が書きたかったのは実はこれかと思うに至りました。つまり、詞の題を得たわけです。

 第四句(絶句での結句)はいくつか候補を作りました。わたしとしては「秋暁気清閑」と書きたかったのですが、「秋暁」「清閑」はよくても「気」が落ち着きません。
 わたしの友人の若い中国人に相談したところ、「気」一語で秋の大気を示すのは、わからなくはないけどチョットしっくりしないとのこと。だから、「気清閑」よりも「曙光閑」のほうが自然だとのことでした。これで決まりでした。

 彼の評価では、彼が読んでくれたわたしの作のなかではけっこういい出来だそうで、タバコを吸いながらの作だということで、「仙人の境地に近付いて」いるそうです。喫煙には餐霞(カスミを食らう)のひびきがあるということでしょうか。

 少々クダクダ書きましたが、何が言いたいかというと、(「詩言志」という言葉がありますが)、詩というものは必ずしも「志」が最初にあって書かれるものではないということです。
 ここでの志は、作者が詩に書きたいと思った「思い・感動・テーマ」です。そういうものが、最初に作者の頭にあり、それをなぞることで書かれるものばかりが詩ではないとわたしは思います。
 「志」は、「心」と「之(いく)」が合成されて生まれた字です。とすれば、詩を書いていくことによって心が動いて行けばよいのであり、これを書きたい、これを訴えたいといったたぐいのことが、はじめからある必要はないのです。過去に動いた作者の心の軌跡(あるいは耳や眼の記憶)をたどることばかりが詩ではないともいえます。
 この詩は、そういう作り方をしました。少々カッコよく言えば、わたしは、「言葉」を、「志(こころの動き)」という名の「わたしが訴えたいこと」に隷属させたのではなく、わたしの心を動かしていく「言葉」に耳を傾け、「言葉」が欲するままにわたしの心を動かしたのです。
 わかりやすく言えば、「即興」で書きました。この場合、「詩言志」という言葉は、「(詩人は)詩に志を言う」ではなく、「詩(そのもの)が志を言う」と読まれなければなりません。

<感想>

 「巫山夢」は、『文選』に収められた「高唐賦」からの故事になります。
 概略だけをここでは紹介しましょう。

  昔、楚の襄王の父である懐王は、巫山に遊び、疲れて昼寝をした。
 すると、その夢の中に一人の女性が現れて言うには、
  「私は巫山の神の娘です。楚の王が遊びにお見えと聞き、参りました。
   私も枕をあなたの隣に置かせて下さい」
 ということで、王はその娘を寵愛された。その後で娘が帰る時にこう言った。
  「私は巫山の南、高く険しい所に住んでいます。朝には雲となり、夕べには
   雨となり、朝晩その地におります」

 そこで、懐王は朝雲廟を建てた。
 以上の話を受けて鮟鱇さんの解説を読むと、流れが掴みやすいでしょう。

 今回は、特に詩の生まれていく過程を丁寧に書いて下さったので、「なるほど、鮟鱇さんはこうして詩を作っていくのか」と納得する所が沢山ありました。
 言葉が言葉を触発し、イメージが連鎖的に拡がっていく体験は、詩を作る人ならば誰もが一度ならず味わうものです。眠りに入る直前のような、脳が制御を失って全解放されて自由に動き回っているような、そんな陶酔感があります。まさしく「言霊」というものを実感します。
 しかし、そうした神の啓示か天の声か、予想も出来ぬ流れの中で句をつかみ、一編の詩を為す幸運な時もあれば、せっかくの名句も詩としては実を結ばず、淡雪の如く消えていった句もあります。
 「志」鮟鱇さんの仰るように「心の動き」と解するならば、「志」はまさに「志」を導くわけで、詩となるものもあれば消えていくものもある。

 以前にも書きましたが、かつて紀貫之『古今和歌集仮名序』でこう力強く述べました。
      (やまと)うたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、
   ことわざしげきものなれば、心に思ふことを、見るもの、聞くものにつけて、言ひ出だせるなり。

 これは我が国初の歌論として考えられるわけですが、千年の時を経ても基本は変わっていないのではないでしょうか。思惑や意図が加わらなければ、詩歌は純粋な心の発現としていつでも在るのだと思っています。

 第一句の「天雨」とその次の「人醒」のつながりは、やや希薄に感じました。「天」から「人」への連想と言うことですが、ここまで来たら再度戻って、「巫山」の関わりから「暮雨」とした方が意図が明確になるかもしれませんね。

2003.11.24                by junji





















 2003年の投稿漢詩 第220作は 柳田 周 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-220

  寄高校同級会        

自卆松高五十年   松高を卆えてより 五十年

有猶持職有遊田   猶職を持する有り 田に遊ぶ有り

身寧心泰之求処   身寧く心泰らかなるは 之 求むる処

以得親交倍向前   以て親交の向前に倍するを得ん

          (下平声「一先」の押韻)

<解説>

 「松高」は故郷の母校の略称。クラス会で披露しました。

<感想>

 私も数年前に、高校卒業後三十年ということで同窓会を開きました。
 名簿の整備・確認やら、先生方への連絡などに懐かしい顔ぶれと一緒に取り組んでいると、すーっと時が遡っていくような気がして、いつの間にか高校時代に戻った話し方をしたりしていました。
 その同窓会の一ケ月ほど前から私は入院をしなくてはいけなくなり、残念ながら出席できなかったのですが、柳田 周さんのお書きになられたような「同窓の友だちとの親交」のうれしさは、十分に理解できます。

 「松高」は、このままではどこの「松高」なのか分からないのですが、「クラス会」でご披露なさったということですから、そこでのことならば誤解もないでしょう。
 逆に言えば、そのように限られた人たちの中だけで読まれるのならば、固有名を入れることは効果的、時には大切な要素でもあります。この詩をご覧になった同級生の方々も、一番共感されたのは「松高五十年」だっただろうと思います。
 詩は、どこで、誰に読まれる(た)か、も大切なことなんですよね。

2003.11.24                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第221作は 西克 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-221

  尋会津飯盛山        

旅人懐古立丘墳   旅人懐古して丘墳にたつ

鶴社微蒙浮暮曛   鶴社微蒙として暮曛に浮かぶ。

何為誠忠朝逆徒   何ぞ誠忠朝逆の徒となる、

戊辰残想夏山雲   戊辰の想いを残す夏山の雲。

          (上平声「十二文」の押韻)

<解説>

 会津に旅行しました。石川先生の放送テキストより江戸の僧五岳の詩「芳野」を下敷きに作ってみました。

<感想>

 下敷きにされたという五岳の「芳野」は、ご覧になると分かりますが、夏の芳野を詠った詩ですね。
 「芳野三絶」と呼ばれて愛唱されているのは、藤井竹外・河野鉄兜・梁川星巌(頼 杏坪とする時もあります)の作になりますが、それらは皆、春の芳野を描いた作品です。「芳野」とくれば「一目千株花尽く開く」(菅 茶山「芳野」)と言われるように、まず「春の桜」とつなげるのが昔も今も変わらないスタイルです。そこに五岳の夏の作を読むと、才人と言われたこの作者の、世人とはちょっと異なった人柄が感じられますね。
 この詩は特に場面が視覚聴覚ともに鮮やかで、印象深く、私はとても好きです。

 さて、西克さんの詩を拝見しますと、いくつかの言葉を五岳の詩から借りてきているわけですが、気を付けなくてはいけないのは、詩が描く世界をどれだけ独自のものにするか、ということです。
 具体的には、起句の「旅人懐古」になりますが、ここをそのまま使うと、元の詩と設定が同じになってしまいます。つまり、旅人が古蹟に立ち寄って当時に思いをめぐらしていると、歴史の中に消えていった人々の思いが夏山の雲に残っている気がする」ということであり、要の部分が重なるわけです。
 これですと、「鶴社」「戊辰」という固有名を入れてもそれほど効果がなく、印象も薄くなります。
 ここは「旅人」という言葉を一工夫してみたらどうでしょうか。この言葉一つで、設定は随分違ってくると思います。

 承句の「鶴社」は固有名である必要はないでしょう。また、起句の「丘墳」と似た感じですので、視線を遠くに飛ばすよりも、「丘墳」の辺りの情景を描いた方がすっきりすると思います。また、承句で現在の様子を語って「時の流れ」を読者に意識させておくと、結句の「戊辰残想」への導入が滑らかになるのではないでしょうか。

2003.11.29                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第222作は韓国ソウル在住の C溪 さん、六十代の男性の方からの作品です。
 今回の読み下しは、私の方で付けさせていただきました。

作品番号 2003-222

  小春有感       

落葉蕭蕭十月天   落葉 蕭蕭 十月の天

草芽乖節凪゚邊   草芽 節にそむきて 籬邊にめば

冬臨狂蝶猶呈舞   冬に臨みて 狂蝶 猶 舞を呈し

秋盡牆花亦競娟   秋盡きて 牆花 亦 娟を競う

日暖風光何久續   日暖 風光 何ぞ久しく續かん

雨晴物色更新鮮   雨晴 物色 更に新鮮たり

老來景況如斯否   老來 景況 斯くの如きや否や

不遠驫ヲ自可憐   遠からず 驫ヲ 自ら憐れむべし

          (下平声「一先」の押韻)

<解説>

 網主貴中
冬寒漸深 僉節均寧否?
 僕以韓國國民 特愛古典漢詩。故有時探訪網路 偶到貴網、貪讀此 <讀者投稿>之詩。而不熟日本語文、故不敢參於作詩之欄。
 今乃以拙詩 載于貴欄 而不能紹介及感想、悚恨悚恨。
萬望網主 爲補紹介 若何!

 不具禮

僕之網站住所 "www.choseo.pe.kr" (韓國草書及漢詩研究)
大家 訪問 要望!

<感想>

 今回の詩は、韓国の方から投稿していただき、改めてインターネットの広さを感じました。
 今さら何を言ってるのか、と皆さんは思うかもしれませんが、私は日頃はインターネットで閲覧したりする時でも、ほとんど国内のサイトしか見ないのです。外国のサイトを見に行くと、そもそも英語で書いてあって分からないし、変にクリックして知らない内に課金されてしまったらどうしようとか、色々なことを考えちゃんですよね。
 メールもまず国内の方からのものばかりですから、モニターの向こう側のネットの世界は日本までのように何となく思ってしまってるんでしょう。

 それはさておき、嬉しいですね。日頃使う言葉は異なっていても、漢詩という形式によって、お互いに心の交歓が出来る。C溪さんの捉えた一つ一つの景物は、私にもとてもよく伝わります。

 中国語でわざわざ書いて下さったお手紙を拝見すると、日本語は詳しくないということですので、今回の読み下しは私の方で書かせていただきました。不要かとも思いましたが、せっかくの交流ですので添えました。

 「小春」「こはる」ではなく、「しょうしゅん」と読んで下さいね)の暖かな風景を丁寧に言葉にされていると思います。
 第二句の「乖節」は、前句で示した「十月天」という初冬の季節に逆らうように、ということでしょう。「草芽」「刀v「芽を出す」という意味です)ことがその象徴でしょうが、さらに季節外れの「狂蝶」の舞いや垣根の花へと視点を流して、句の流れも自然になっていますね。
 「冬臨」「冬が近づいている」ということでしょうが、「臨」に良い読みが浮かびませんでした。

 末句の「隆寒」「冬の盛り」、まもなく厳しい冬、「厳寒」が来るということですね。

 こうして読んでいますと、国を隔てているという気が全くしませんね。表現や用語だけのことではなく、描かれた詩情も翻訳しなくても直接理解し合えるというのは、本当に、漢詩の面目躍如という感じですね。

2003.11.29                 by junji


謝斧さんから感想をいただきました。

 此詩四句一截、三四句婉而有深意歟。即 云「冬臨呈舞」亦云「秋盡競娟」。以景代情、頗巧哉。
 僕輩学浅且才薄、非為大家。因少覚晦渋。
 強試精思、無乃以冬与秋両句喩詩人之老逼而未衰残情。
七八句、雖老來無憂慮、而後経年更欲向老、可知詩人情、使我感慨不少、何等傑作乎。

 此の詩四句で一截す。三四句、婉にして深意有らん歟。即ち、云に冬臨呈舞、亦云う秋盡競娟。景を以って情に代う、頗る巧哉。
 僕輩学浅く、且つ才薄し、大家為るに非ず。因りて少なからず晦渋を覚ゆ。
 強て精思を試むに、乃ち、冬と秋の両句を以って、詩人の老い逼りて、而して未だ衰残せざるの情を喩える無からんや。
 七八句、老來って憂慮無くと雖ど、而る後年を経て、更に老に向わんと欲っす、知る可し詩人の情、我をして感慨少からず、何等傑作乎。

2003.11.30              by 謝斧






















 2003年の投稿漢詩 第223作は 太田竹風 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-223

  大菩薩峠望富嶽        

紅葉映陽将欲燃   紅葉 陽に映じて 将に燃えんと欲す

寒雲流去払蒼天   寒雲 流れ去って 蒼天を払う

得登百折白霜路   登り得たり 百折 白霜の路

意気揚揚富嶽前   意気 揚々たり 富嶽の前

          (下平声「一先」の押韻)

<解説>

 先日、大菩薩峠で、晴天下の雪を戴いた富士を見る事が出来ました。苦労して登った甲斐がありました。
大変未熟なものですが、御批判いただければ、幸甚です。
 「峠」は、国字ですので、一寸気にはなりましたが、どんなものでしょうか。お教え頂ければと思っております。

<感想>

 青空の下の雪冠の富士山、誰もが目にしたことがあるようで、実際はなかなかお目にかかれない。
 私も東名高速を走ったり、新幹線で横を通りながら気にするんですが、絶好の構図に恵まれることは少ないんですよね。晴れていても山頂だけ雲が懸かっていたり、富士山がどこにあるのか分からないくらい一面ガスっていたり。竹風さんが「苦労して登った甲斐がありました」とお書きになったのも、お気持ちがとてもよく分かります。

 起句から順に「紅」「蒼」「白」と色彩を並べて行く構成は、作者の目に見える景色を具体的に示して、分かりやすいと思います。
 ただ、並べる順番としては、承句と転句は逆の方が良いように思います。
竹風さんの意図としては、前半で遠景、転句で一旦近景に視点を移し、もう一度結句で遠景として富士を出したのだと思います。一般的にはそうですが、先述したように富士山「蒼天」は結びつきが強いので、転句の「得登百折白霜路」のややもたつく感のする句が在ると、間延びした印象です。
 起句の「紅葉」を富士山の中腹とかにしないで、今歩いている大菩薩峠の道辺の景色として考えれば、この転句を承句の位置に持っていっても、違和感は無いと思います。
 結句の「意気揚揚」も生きてくると思いますが、どうでしょう。

   紅葉映陽将欲燃
   寒雲流去払蒼天
   得登百折白霜路
   意気揚揚富嶽前

 題名の「峠」の国字について悩んでいらっしゃるのは、@本文ではなく題名であること、A固有名でもあること、この二点から許されるかもしれないという判断でしょうか。
 私個人としては、題名も作品の一部であると思っています。詩としては、本文が大切であるのは勿論ですが、題名は単に説明に過ぎないわけではなく、重要な役割を果たす場合もあります。李白「秋浦歌」などは、詩のイメージを作り出す効果を持っている例でしょう。
 「だいぼさつとうげ」という、日本語での発音にこだわるのならば、「国字ではあるが承知の上で使う」という姿勢で押すことになります。
 こだわらないならば、非難されないように「峠」「嶺」「路」あたりに代えておく方が良いことは言うまでもありません。

2003.11.30                 by junji


竹風さんからお返事をいただきました。

 御検討戴き有り難うございました。御返事が遅くなり申訳有りません。
 起承で、大菩薩登山への風情を、転句で登山の険しさと、結句で登頂時、眼前に迫る富士の感激を現したいと思ったのですが。
 因に、転句を「攀来百折白霜路」とすれば如何かと考えております。

2003.12. 9                 by 竹風





















 2003年の投稿漢詩 第224作は 謝斧 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-224

  偶成        

爛班華藻性霊全   爛班たる華藻 性霊全ったし

唐宋風流千古傳   唐宋の風流 千古傳う

下涕登台客安在   涕下って台に登る 客安くにか在りや

停杯問月獨空憐   杯を停め月に問えば 獨り空しく憐れむ

平生遣悶東坡罵   平生読むに厭く 東坡の罵

今日淫詩賈島肩   今日詩に淫す 賈島の肩

豈学虫魚矜爪嘴   学ぶ勿れ虫魚の爪嘴に矜り

徒嘗糟粕口流涎   徒に糟粕を嘗めては口流涎す

          (下平声「一先」の押韻)

<語釈>

「停杯問月」:「今人不見古時月/今月曽經照古人/古人今人如流水/共看明月皆如此」 『酒把問月』 李白
「虫魚」 :虫魚学考証学 正しい証拠によって古典の文章を正し、文字の意味を究める学問
「東坡罵」:東坡の文章は天下に妙なれども其の短処は罵を好むに在り 慎みて其の軌を襲うなかれ政治風刺社会風刺 「山谷洪駒父に答える書」
「嘗糟粕」:古の人は、其の伝う可からざるや、死せり。然らば則ち君の読むところの者は、古人の糟魄(糟粕と同じ)已なる夫 「荘子 天道篇」

<感想>

 第二句の「唐宋風流千古傳」を受けて、陳子昂から李白、蘇東坡、賈島と並べていく展開は、まさに「偶成」にふさわしい、自在な発想を感じさせますね。

 第五句は、本文の「遣悶」か読み下しの「読むに厭く(厭読)のどちらでしょうか、私は「遣悶」の方が合うように思いますが。

 尾聯に描かれたように、文献、考証に耽ることなく、古人の精神に触れることに喜びを見いだす姿勢は、率直、純粋、共感を得る部分だと思います。

2003.11.30                 by junji





















 2003年の投稿漢詩 第225作は 坂本 定洋 さんからの作品です。
 

作品番号 2003-225

  十六夜月        

秋氣生霜蓋四鄰   秋気霜を生じて四鄰を蓋う

嶺溶漆黒水流銀   嶺は漆黒を溶かして水は銀を流す

此宵二八幾人賞   此の宵二八幾人か賞す

千歳東西孤月巡   千歳東西孤月の巡るを

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

  詩に対する解説は必要なしと考えます。  私も言いたいことを言いますので、皆さんからも厳しい意見をどしどしお願いします。  ところで、「二八」は和習の類なのでしょうか?

<感想>

 平仄の点で言いますと、転句の「人」は冒韻です。転句は押韻せずという効果が消えてしまうわけですから、私は使わない方が良いと思います。

 ご質問の「二八」については、陶淵明の古詩「責子」の中でも、

   阿舒已二八      阿舒は已に二八
   懶惰故無匹      懶惰故より匹無し


 という用例があり、ここでは長男の阿舒の年齢を「二八」つまり「十六歳」であることを示しています。
 和臭ということではありませんので、後は「十六」と言った方が良いか、「二八」を言った方が良いかの問題ですね。
 私は、ここで「十六夜」と言う必要があるかどうかを思いました。と言うよりも、「今宵二八」と書かれていて、「そうか、十六夜か」と分かるためには随分努力が要る気がします。作者の意図からは、「既望」とした方が、読者に親切だと思います。

 結句の「千歳」は、やや遠慮しすぎでしょう、「東西」とのバランスから見ても、「万古」とすべきでしょう。
 なお、「月が東西を巡る」というのはおかしくないですか。「東西を渡る」ならば良いのですが、「巡る」だと「一晩の内に東に行ったり西に行ったり」という気がするのですが、私の語感の問題でしょうか?

2003.11.30                 by junji


定洋さんからのお返事です。

 結句「千歳」は遠慮しすぎですか?
 厳しい評をいただくとすれば、私はむしろ詩の前半かと思っていたのです。地球温暖化の影響か、近頃なくなってしまった感もあるのですが20年ぐらい前には9月ともなればブルッとくるような、寒い夜もありました。それにしても起句の「霜」はやりすぎかとも思うのです。
 釣り合いを考えれば確かに結句頭は「萬古」が良いと思います。よって改めさせていただきたいと思います。ついでに同じ考え方で転句頭は「今」としたいと思っています。
 詩の後半は確かに読み手を混乱させるものがありますが、ある意味それは私の意図です。
 「今時十五夜でもないのに、一体どれだけの人が月などをめでているのか。月などいつでもどこでも見ることができるではないか」と読むことも可能と思います。なぜ「二八」なのかという問いに対しては「三五」でないことだけは確かだとは言えます。

2003. 1.11                by 坂本 定洋