新年漢詩、第16作は 蒼風 さんから2作目です。
 

作品番号 2001-16

  (新年漢詩) 迎春     春を迎う  

開暦春生酔顔紅   開暦春を生ず酔顔紅なり

佳辰令月五雲中   佳辰令月五雲の中

東風解凍祥光紫   東風は凍れるを解き祥光紫なり

萬寿無疆笑語同   満寿疆(かぎり)無く笑語同じくす

          (上平声「一東」の押韻)

<解説>

 [訳]
 年が改まって春が生じ、屠蘇に酔って顔を紅(あか)らめ
 めでたい月日は五色の雲のようである
 春風は凍れるものを解かして光り輝いている
 全てのものはかぎりなく続きともに談笑す

 世知辛い世の中で趣味(水墨画)のままに悠々自適に暮らしている私です。世の中がこうあってほしいと思う願いかもしれません。

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 新年漢詩、第17作は 偸生 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-17

  (新年漢詩) 新 春        

時時懶惰障尋求   時時の懶惰 尋求に障り

日短天寒無所投   日短く天寒うして 投(い)く所無し

愧不耕耘垂七十   耕耘(たがや)さざるを愧ぢつつ 七十に垂(なんな)んとす

悛捐鄙逸汲新流   悛(あらた)めて鄙逸を捐てて 新流を汲まん

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

 「鄙逸」は「田舎暮らしに逃げること」、「新流」には「二十一世紀」の意味を込めました。

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 新年漢詩、第18作は 郤山 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-18

  (新年漢詩) 辛巳年元旦        

條光貫雲開暁天   條光 雲を貫いて 暁天を開き

無聲揺地脅吾耳   声無く 地を揺るがして わが耳を脅かす

時代改変如此遷   時代の改変 かくの如くして 遷らむか

今晨将始新世紀   今晨 将に始まらんとす 新世紀

          (上声「四紙」の押韻)

<解説>

 毎年のことですが、元日の朝、必ず何処かでご来光を迎えます。
 今年は無精して、近所の高台にある公園でした。周囲は雑木林で、あまり見晴らしが良くなく、しかも地平線には雲がかかり、条件は良くありませんでした。
 それでもその時が近づくにつれ、やがて雲は薄れ空は白み、日出の瞬間、金色の閃光に体を打たれ、大音響を聞いたような気がしました。
 昨年はいやなことが多く、振り返って二十世紀を見ると、輝かしい発展の裏にいろいろな矛盾が生じ絡み合って、どうにもならない袋小路に追い込まれた感があります。
 初日を拝みながら、今年が文字どおり新しい世紀の始まりであることを祈らずにはおられませんでした。

新年漢詩は続けてスクロールして下さい。

 





















 第19作は ニャース さんからの作品です。
 

作品番号 2000-19

  故郷風景      故郷の風景 

独在他郷憶旧間   独り他郷に在りて旧を憶う間

学窓能映筑波山   学窓よく映す筑波山

夕陽落処航空隊   夕陽 落ちる処は航空隊

若鷲飛翔復不還   若鷲 飛翔し また還らず

          (上平声「十五刪」の押韻)

<解説>

茨城県の阿見町というところで育ちました。
筑波山と霞ヶ浦と旧予科練の町です。
次世紀になっても、否、それだからこそ尊い犠牲は忘れてはならないと思います。
それにしても、本当に最近 旧友に会ってないにゃー。


<感想>

 霞ヶ浦の美しい景色を詠った、三島中洲(二松学舎の創設者)の『霞浦雑興』という詩があります。

    桜樹如雲映水涯  桜樹は雲の如く 水涯に映ず
    紅波瀲漲汀沙  紅波瀲 汀沙に漲る
    霞湖第一好春色  霞湖第一の好春色
    西子岡頭雨後花  西子岡頭 雨後の花

 現代の私たちには、ニャースさんの仰るように、予科練の名前と共に記憶される土地ですね。
 歌垣(かがい)すなわち恋の象徴である筑波山との取り合わせが、尚更「若鷲」の還らなかった悲しみを表していますね。

2001. 1.12                 by junji





















 第20作は 真瑞庵 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-20

  小寒書懐        

小寒雪意葆儂家   小寒ノ雪意 儂家ヲ葆ム

閑喫炉頭一椀茶   閑カニ喫ス 炉頭 一椀ノ茶

檐下藪椿紅蕾冷   檐下ノ藪椿 紅蕾 冷ク

籬辺篠竹翠枝斜   籬辺ノ篠竹 翠枝 斜メナリ

暄風繞野促鶯語   暄風 野ヲ繞ラバ 鶯語ヲ促ガシ

細雨潅洲催柳芽   細雨 洲ニ潅ガバ 柳眼ヲ催ス

物候無窮人有限   物候ハ窮リ無ク 人ハ限リ有リ

椀中両鬢幾霜華   椀中ノ両鬢 幾霜華ゾ

          (下平声「六麻」の押韻)

<解説>

 鈴木先生、明けましておめでとうございます。旧年中は、適切なご指導、ご教示を賜り厚く御礼申し上げます。本年も御指導、ご批評のほど、よろしくお願い申し上げます。
 又、謝斧先生には示唆に富んだご批評をいただき深く感謝いたしております。このHPをお借りして御礼申し上げます。

 さて、『小寒書懐』ですが、寒の入りの日に合わせるようにここ津島地方にも雪が降りました。
 閑に任せて真山民の詩『新春』を読み、その中の句
    人心新歳月
    春意旧乾坤

 に触発されて作ってみました。
 意図するところは、自然は巡り巡って常に再生を繰り返すが、人は常に老いに向かって生き、そして死を迎える。そんな事を表現したつもりです。ご批評をお願いします。
 ただ、新年を迎える詩としては、相応しくないかもしれません。本来なら、真山民のように老いに向かい残されたその時その時を如何に有意義に生きるかを、高らかに謳いあげる事の方が望ましいのかもしれませんが。

<感想>

 明けましておめでとうございます。
 今年もすばらしい詩を年頭に見せていただきました。奥行きのある、良い詩ですね。
 対句が今回はとても美しく、自然な広がりを生み出していると思います。そして、対句以上に七句目の「物候無窮人有限」の句中対が、印象深く、余韻を深いものにしているのではないでしょうか。
 「椀中両鬢幾霜華」は無難な展開で、無理のない収束になっていると思います。真瑞庵さんが仰るような主題でみるならば、巧みな仕上がりと言えるのではないでしょうか。
 新年の主題として適するかどうかは、人それぞれではないかと思います。前半の流れからはどちらに行こうと構わないでしょうから、まさに作者の主題如何によるもの、「小寒」に思うことを決める必要はないと思います。この詩自体では、完成度の高い作品だと思います。

2000. 1.12                 by junji




 三耕さんからも感想をいただきました。

 真瑞庵さんの「小寒書懐」拝見いたしました。
 じっくり読ませていただきますと、つくづく良い詩だと感服いたしました。古人のそれと見紛うばかりです。
「物候無窮人有限」は決め台詞とも言うべき一句だと思います。

 ただ、以下は私の「詩観」ですので聞くも聞かざるもご自由にお願いします。ここまで叙景が優れていらっしゃると、「もっと良く」というのは”欲”でしょうか(笑)。

「意図するところは、自然は巡り巡って常に再生を繰り返すが、人は常に老いに向かって生き、そして死を迎える。」ということでございますならば、そして、これだけの叙景の技をお持ちならば、「物候無窮人有限」を言わずに其れを画き切るという事に、私でしたら挑みたいと思います。
 誠に贅沢な話ができますのも原作がすばらしいからでございます。
 名作をありがとうございました。

2001. 1.24                 by 三耕




 謝斧さんからも感想をいただきました。

 真瑞庵先生の作を拝見いたしました。
 相変わらず対句は技巧的には、見事なものと感心させられます。
 然し、各聯は流れがなく、方向の定まらない、各聯を寄せ集めて作ったような詩のような感じがします。「椀(椀は同字重出ですが問題はないとおもいますが)中両鬢」でつじつまをあわせたのでしょうか。
 気になるところが多くありますので、率直に感想を述べさせていただきます。

 首聯の「葆儂家」はどうでしょうか、「葆」の字を見れば、直ぐに荘子を連想させてしまいますが、それとは関係なく、「葆儂家」(葆の字が詩的に熟さない)は生硬なのではないでしょうか。「雪意葆儂家」の句は、雪意が雪の降る気配と理解すれば、なかなかおもしろい表現になりますが、少し和臭を含んだ感じをうけます。
 対句は相変わらず見事ですが、「藪椿紅蕾冷」はどうでしょうか(藪椿は杜撰)、これは、逆に、真瑞庵先生のあまり考えずに措辞をする悪癖だと思います。(先の葆も)
 「物候無窮人有限」は、諸先生とは意見を異にします。表現方法は違っても言い古された。陳套な句に陥っているように思われます。

2001.2.10                  by 謝斧





















 第21作は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-21

  游澳州“師都尼回度公園”        

夜發東京朝澳州,   夜に東京を発てば朝には澳州、

驕陽冬至照霜頭。   驕陽、冬至に霜頭を照らす。

繁華街巷聽英語,   繁華な街巷に英語を聴き、

閑靜公園樂憩休。   閑靜な公園に憩休を楽しむ。

噴水懸虹促涼味,   噴水、虹を懸けて涼味を促し、

行人連袂喜遨遊。   行人、袂(たもと)を連ねて遨遊を喜ぶ。

露肩花貌搖臍笑,   肩露わな花貌、臍を揺らして笑い、

不見寒鴉歩白鴎。   寒鴉は見えず白鴎歩む。

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

「澳州」はオーストラリア、「師都尼回度公園」はシドニーハイド公園、中国語表記がわかりませんので小生が適当に音訳したものです。
「憩休」=休憩。「遨遊」は「気ままに遊ぶこと」。「露肩花貌搖臍」は臍出しタンクルックの若い女性の形容のつもりです。

 昨年末にオーストラリアに旅行しました。
 冬夏が日本と反対であるのは当然として、驚いたのは「カラス」がいないことです。オーストラリアはカンガルーやコアラなど独特の生態系にあることは承知していましたが、何が棲んでいないかということについて小生、予備知識がありませんでした。
 シドニー、メルボルンにカラスはいない、かわりにカモメがカラスの役割を果たしている、というのが小生のオーストラリア旅行を通じての最大の驚きでした。

<感想>

 オリンピックで随分オーストラリアについての知識が増えたように思っていましたが、「カモメがカラスの役割を果たしている」ことは知りませんでした。
 第七句と第八句のつながりの意図が直接には見えませんが、情景描写と流して読めば良いのでしょうかね?

2001. 1.21                 by junji





















 第22作は ニャース さんからの作品です。
 

作品番号 2001-22

  車 窓        

汽車之処雪飛頻   汽車の之(ゆく)処 雪飛ぶこと頻り

北地今知酷冷辛   北地 今知る 酷冷の辛さ

怪見銀白随道裡   怪しみ見る 銀白 随道の裡(うち)

窓中映得客愁人   窓中 映し得たり 客愁の人

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

 出張で仙台にいきました。すごい雪でした。
 トンネルに入り、自分が車窓に映った時、しみじみおじさんを自覚してしまいました。
 本当に雪にも負けぬ白さに頭がなってきました。でもあるだけましか。
 とほほ。

<感想>

 冬の仙台は十年ほども前でしょうか、私も行きましたが、雪がすごいと言うよりも、自動車にはねられた雪の汚れが気になってしまいました。スパイクタイヤの使用が問題になっていた頃ですが、町の中は銀世界とは思えませんでしたね。
 そのまま、卒業生と飲み屋に入ってしまいましたから、その他の記憶は実はあまりないのですが・・・・
 今ならばお酒も飲まなくなりましたので、もう少し落ち着いて雪の町を眺められるかもしれませんね。
 さて、ニャースさんの今回の詩、鬢の白さを鏡の中に見るというのは、古来からのパターンですが、それを汽車の窓としたところが、近代の香りですね。
 ただ、現代中国語では「汽車」「自動車」の意味ですので、どうしましょうか、汽車を意味する「火車」に替えておいても良いでしょうね。
 転句については平仄が合っていませんので(●●○●○●●)、「銀白」を入れ替えて「白銀」としておけば、二四不同の規則には合うようになります。

2001. 1.24                 by junji





















 第23作は 三耕 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-23

  一 笑        

今夕元宵祝   今夕(こんせき) 元宵の祝

亦只無事過   亦只(またただ) 無事に過ぎる

雪中梅小鉢   雪中の 梅小鉢

一笑訶訶訶   一笑 訶訶訶

          (下平声「五歌」の押韻)

<解説>

本年もよろしくお願いします。

 [語釈]
 「元宵」:正月十五日の晩。
 「 亦 」:また。
 「 笑 」:”焼”に音を通ず。
 「 訶 」:「吽字義」(真言密教 言葉の神秘を説いたものを読みまして)の
       偈とも言うべきものを全体に盛り込んでみました。

       ”吽”字は四字から成る。
       訶(カ):因縁、『是れ歓喜の義なり』『ハ、ハ、ハ』大笑。
       阿(ア):本源。
       汗(ウ):損減、空海は仏教のもっている存在否定論に対して
        猛烈な痛棒をくらわす『一心の虚空は本よりまた常住にし
        て、不損不減なり』世界を寂滅の相に見ても、まだ肯定的
        なものが残る『常楽我浄、汗字の実義なり』三密なる存在
        そのものは、苦、空、無常、無我の四相をこえて、因縁を
        こえて、自在に、自性のままに活動する。
       麼(マ):我、増益『大日如来のみ有りまして無我の中におい
        て、大我を得たまへるなり。是れ則ち表徳の実義なり』。
        密教は、何よりも、強烈な生命力を説く。人間に生命の歓
        喜の歌を歌わせる。自ら生きることは楽しい(自利)。他人
        を利することもまた楽しい(利他)。
            −梅原猛「空海の思想について」講談社学術文庫−

<追伸> 今、 Yahoo!掲示板>芸術と人文>文学>ジャンル>古典文学>好きな漢詩?(自他作) で遊んでおります。お暇なときにでも覗いてみてください。

<感想>

 三耕さんのお薦めの掲示板を私も見させていただきました。
 多くの方が漢詩を媒介に意見交換をしていらっしゃり、楽しく読ませていただきました。ただ、しょっちゅう見ないとどんどんたまりそうで、大変ですよね。三耕さんのエネルギーもすごいと思いました。
 いろいろな形で漢詩が世の中で確認されていくことは、本当にすばらしいと思います。
 私も体力を蓄えながら、漢詩を楽しむことを最優先させていくつもりです。

2001. 1.24                 by junji





















 第24作は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-24

  初 恋        

好看富嶽聳冬天,   好看(コウカン)なり、富嶽、冬天に聳え,

空待花容上学園。   空しく待つ、花容の学園に上るを。

車站行人吐霜息,   車站の行人、霜の息を吐き,

不知消息佇無言。   消息を知らず、佇んで無言なり。

     (上平声「十三元」の押韻・起句は下平声「一先」韻通押)

<解説>

 わたしは中学生のときからあしかけ40年、小田急線を通学・通勤に利用してきました。中抜きはありますが。。。
 小田急線は東京新宿から小田原・箱根へほぼ一直線、線路の行く手には富士山があります。特に冬は空気が澄み切り、屏風絵のようでもあります。
 さて、拙作ですが、駅で電車を待ちながら、また、富士山を眺めながら、ふと昔を思い出したものです。
 素敵な少女で、声をかけたいが声をかけられない、つまり、ただ毎朝の電車を同じにするだけのご縁の人がかつていました。そして、いつの日か、どこかへ引っ越されたのでしょう、二度と駅に現れることはありませんでした。今ではその人の顔は思い出せませんが、昔、そんなことがあったという思い出の詩です。


 [語釈]
 「好看」:よい眺め。
 「花容」:花のように美しい顔。
 「車站」:駅。
 「霜息」:白い冷たい息のつもりです。

 転句と結句で「息」が同字重出になっています。
「不知消息」「消息を知らず」と読みますが、同字重出で「息」にこだわれば、「息を消すすべを知らず」とも読めることになって、その白い息に消えていった人への残る思いが托せないか、などと考えました。

<感想>

 「好看」は、日本風に言えば「好景」・「絶景」という感じでしょうか。
 起承転結の展開から言えば、前半は過去の景、転句の「車站行人吐霜息」は現在の景と見るべきでしょうか。鮟鱇さんは、起句を現在のことと描かれておられるようですが、どちらとも取れるところが味わいを深めているように思いますね。
 こんな淡い初恋の姿というのは、現代の若者達にもあるのでしょうか。尋ねてみたい気もしますが、答とはっきりさせるのが恐いところもあります。「ワカルヨナー!」と大声で肩をたたき合うくらいで終わらせるのが、幸せのコツかも・・・・。

2001. 1.28                 by junji




 中山逍雀さんから、詞を寄せていただきました。

石倉鮟鱇先生の「初恋」に追稿します。  軒端之雀

     追憶 寄調憶秦娥
 吾思切,不知君意。相逢別,相逢別。嬌羞抉胸,将若年魂絶。
 紛紜追憶枯楊畔。懐君執筆,我亦算,我亦算。已知路遠,賦詞散憂。

2001. 1.30                 by 逍雀野叟





















 第25作は秋田県の 紫山 さん、四十代の男の方からの作品です。
 「はじめてこのHP拝見しました。平仄が調べられるのが、とてもありがたいと思います」とのお手紙をいただきました。

作品番号 2001-25

  寒 行     寒行 (かんぎょう)   

十字街頭雪満天   十字街頭 雪 天に満ち

黄昏行乞学童連   黄昏(こうこん)(こつ)を行ずれば 学童連(つらな)

素心激励忘寒苦   素心(そしん)の激励 寒苦を忘れ

無垢紅顔値万銭   無垢の紅顔 万銭に値(あたい)

          (下平声「一先」の押韻)

<解説>

 暖冬という長期予報が見事に外れ、東北は冬将軍が荒れ狂っています。
 20年目の寒修行ですが、足腰の衰えを感じます。丁度学校帰りの子供達が後に続いて、なにやら囃し立ててくれるのがありがたく、心までが暖かくなるようです。

<感想>

 私の都合で掲載が遅れている間に、いつの間にか春を迎え、暖かさも感じるようなってしまいましたが、「寒修行」という言葉を見ると、まだまだ寒さから抜けきれないことを思い出します。
 紫山さんは、秋田市の近くのお寺で副住職をなさっておられるそうです。
 「師匠が主宰する『知足集』という漢詩集の編集をしています。年に4回、投稿詩は毎回六〜九句です。この冬号でようやく8号となりました」とのお手紙もいただきました。

 私などは最近めっきり怠け者になり、寒い日には外に出ずにすぐに布団に潜り込むという、まるで猫のような性分になってしまってますので、紫山さんのこの詩を読むと、恥ずかしい気持ちになります。
 転句の「素心」の言葉が、結句の「無垢紅顔」と向かい合い、詩を引き立てていますね。暖かい詩になっていると思います。

2001. 2.11                 by junji





















 第26作は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-26

  噪鴉論美人        

樹頂双鴉論美人,   樹頂の双鴉、美人を論じ、

喧争諤諤挙声頻;   喧争諤諤(ケンソウガクガク)と声を挙ぐること頻なり。

聞道銀座金烏艶,   聞くならく、銀座の金烏(キンウ)艶にして、

凌駕青山赤羽新。   青山の赤羽(セキウ)の新なるを凌駕すと。

更愈紅脣粧薄粉,   さらに愈(まさ)るは紅脣、薄粉を粧い、

巧梳緑髪対芳春。   巧みに緑髪を梳(くしけず)りて芳春に対す。

堅持長嘴蹣跚歩,   長き嘴(くちばし)を堅持して蹣跚と歩み、

好看搖腰花底嬪。   看てよし、腰を揺らす花底の嬪。

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

 わたしが住んでいる東京は、人も多いがカラスも多い町です。人が捨てた生ゴミを食い散らかすカラスが目にとまります。ゴミが散らかっていようがいまいが、カラスにとってはどちらでもよいことが、人間にとっては乱暴狼藉。そこで、カラスは、たとえば家内などからは、目のカタキにされています。
 しかし、カラスには、カラスの言い分があると思います。ふと、そんなことを思いながら、さて群れになって、カアカアと喧しいカラスは、なにを語っているのか、、、
 そこで生まれたのがこの空想の作です。
 私見ですが、人間の世界では腰や胸の豊かな女性が男性に好かれることがありますが、カラスの世界では、クチバシがとても長くて大きくて重い、ということが美人の尺度になっているのではないかとひそかに思っています。

 [語釈]
 「喧争諤諤」  :「喧争」はやかましくいい争うこと。「諤諤」は遠慮せずにいうこと
 「銀座/青山」:東京の地名。
 「金烏/赤羽」:ともに太陽の異名。
      中国の神話では太陽のなかにはカラスが棲み、また、カラスが太陽を運ぶ。
 「銀座金烏艶/青山赤羽新」
      「艶」と「新」で夕日と朝日を対応させたつもりです。
      また、カラスは美人を論じているので、ここでは、太陽のなかに棲むカラス、
      また、朝日・夕陽にまつわるようにして太陽を運んでいくカラスの群れ
      をイメージしています。
       銀座・夕暮れ・夕陽に浮かぶカラスの群れ、クラブ勤めの艶やかな女性たち。
      青山・朝・朝日に群れるカラス、出勤途上(?)の最「新」流行服の女性たち。
      ここまでは読み取っていただけないでしょうが、あっちの美人ガラス、こっちの
      美人ガラスぐらいに読んでいただければと思います。
       いずれにしても、金烏、赤羽はカラスです。
 「紅脣」:赤い唇の美人。
 「芳春」:花咲く春。
 「堅持」:「持ちこたえる」の意。
 「蹣跚」:ふらふらしている様子。
 「好看」:現代中国語では女性が「きれい」だの意味にも使う。
 「花底」:花の下。
 「嬪」  :姫。

<感想>

 第一句の「論美人」の部分で私は悩みました。「美人」と直接に理解して、「カラスが人間の美醜を論じ合っている」のかと思ったのですが、それでは寓意が生きてきませんね。カラス同士が自分たちの美しさ(美人カラス)を噂し合っている、という方が、画としては面白くなるでしょう。
 カラスは人間にとって身近な鳥である分、色々なイメージが付与されて、擬人化されて描かれることも多いですね。最も有名なのが、白居易の「慈烏夜啼」にイメージされる親孝行の鳥でしょうが、現代の私達にはピンと来ない感じはしますね。

2001. 2.11                 by junji





















 第27作は 蒼風 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-27

  立 春        

韶景蒼蒼開曙暉   韶景蒼蒼 曙暉を開く

春光駘蕩日輝輝   春光駘蕩 日輝輝たり

鶯聲静聴歓無極   鶯声静かに聴く 歓び極まり無し

談笑春醪一酔歸   談笑して 春醪を一酔して帰る

          (上平声「五微」の押韻)

<解説>

 明日が立春ですのでそれををテーマにして作詩しました。
 まだ詩語集めゲームの状態です。まず作詩を続けることが課題です。

<感想>

 明るい言葉が並んだ、立春らしい詩になりましたね。詩は何よりも言葉の選択が大切ですし、統一された色合いの言葉が織りなす趣というのが良いですね。
 平仄関連で言えば、各句の頭の字が全て平声になっている点が気になります。どの句も平声で始まるというのは、音調上では避けるべきですので、一工夫欲しいところです。
 内容としては、明るい言葉が多いのは良いのですが、「曙暉」「春光」「日輝輝」などが同じ内容を繰り返しているようです。転句で聴覚に変化していますが、前半の重複が勿体ないのではないでしょうか。
 結句は上手に収束していて、良くできた句だと思いました。

2001. 2.14                 by junji





















 第28作は 謝斧 さんからの作品です。
 

作品番号 2001-28

  懷北村白節老師   

菅廟寒梅最好時   菅廟寒梅 最も好き時

先生閉戸負瓊枝   先生 戸を閉じて瓊枝に負く

雪裏盛開懐鶴骨   雪裏 盛に開いては 鶴骨を懷い

霜天久耐畏龍姿   霜天 久しく耐えて 龍姿を畏れる

聊動舊情把舊稿   聊(いささ)か 舊情を動かせては 舊稿を把り

都含新味出新詩   都(すべ)て 新味を含みて 新詩を出す

難忘高韻無由継   忘れ難き高韻 継ぐるに由無し

跪履従公一曷遲   履に跪き 公に従うこと 一に曷ぞ遲きや

          (上平声「四支」の押韻)

<解説>

 北村白節老師は旧の菅廟吟社の主宰です。
 菅廟吟社は鈴木豹軒先生や藤沢南岳先生等が入社していた吟社です。
 北村白節老師は藤井竹外の研究者で有名な方で、著述も多く別に漢詩集も出されています。詩風は人に分かりやすい詩を作られています。
 私の詩は坡公の体を倣って作ってみたつもりですが、うまくゆきませんでした。諺にいう。虎を画いて犬に類すです。

 [訳]
 天満宮の寒梅が 最も見ごろの時というのに
 先生は、美しい梅の花に負くように、久しく家に引きこもっています。
 雪の中に、盛に開いてる梅の花を見ていると、鶴の骨の様に痩せた先生の姿が懷いだされます。
 霜天の厳しい寒さに 久しく耐えるように、先生の威厳のある、龍姿を懷いださせては、身の引き締まる思いでいます。
 昔のことを思い出しては、たまたま舊稿を手にとって読みました。
 すべての詩は 新味を含んで 新鮮な詩情を醸し出しています。
 先生の忘れることの出来ない気高き趣致を受け継ぎたいと思っていますが、非才の私では荷が重すぎます。
 先生に従うことの遲きに失したことが 残念でなりません。

(履に跪きの故事は失念。御存じの方は教えて下さい。あるいは張良かも)

<感想>

 謝斧さんからは以下の題が付けられていたのですが、掲載の都合上、無理を言って新たに題を付けていただきました。ごめんなさい。

    白節老師為菅廟吟社舊主宰、老師詩是平易尚近人詩、頗有宋人詩風。
    僕夙欽慕、看今朝野梅、尚似老師清痩姿為賦一律而酬舊情
    (倣坡公體却為巴調俚諺曰画虎成犬 須付一笑)


 蘇東坡に倣っての作詩ということですが、蘇東坡の詩句をあれこれと思い出させる用語で、謎解きのような楽しさがありますね。私は大漢和も脇に置いて読みました。
 
2001. 2.21                 by junji





















 第29作は 中山 逍雀 さんからの作品です。
 一首で二首楽しめる、という楽しい詩です。横に読んでも、縦に読んでも五言古詩になります。

作品番号 2001-29

  看梅 (鶴頭格)・ 春日試筆        

山 深 花 融 筆   

田 廣 紅 伴 人   

和 意 雖 詩 庭   

雄 泰 老 百 春   

田和:田斉: 戦国時代斎國の家老田和が前368年に政権を奪って立てた君主に成ったのを斎と言う。

<解説>

 鶴頭格とは、中國では一般に廣く行われている形式です。
 オーダーメイドの贈答詩とでも言いましょうか、句の頭に贈る相手の名前を織り込んで作るのです。日本で言う折り込み○○と同じです。作例は小生が山田和雄氏に贈った作品です。
 ただし縦横両読みと言う作品は滅多にありません。

 横書きの儘読みますと

        看梅 鶴頭格(五古)
     山深花融筆,田廣紅伴人。和意雖詩庭,雄泰老百春。


 同じく縦書きとして読みますと、

        春日試筆(五古)
     筆人庭春融,伴詩百花紅。雖老深廣意,泰山田和雄。


 となります。
  「田廣」は、田和:田斉 戦国時代斎國の家老田和が前368年に政権を奪って立てた君主に成ったのを斎と言う

 以下の場所に、今年の正月にご婦人達に贈った作品が掲示されています。また、鶴頭格の解説も掲載してあります。

<感想>

 不勉強の私は、逍雀さんからいただいた時によく分からなくて、尋ねさせていただきました。すぐに折り返し、逍雀さんから丁寧に説明をいただきましたが、それが解説に掲載しましたものです。
 言葉の楽しさ、と言いますが、詩の機知を楽しむ、という習慣は、和歌の世界でも随分昔から行われていたようで、『古今集』などを読むと、言葉の組み合わせから生まれる知的な遊びに対して、平安朝の歌人がいかに興味を抱いていたかが窺われます。
 しかし、そうした遊戯性はいつの間にか失われ、和歌は格式が重視された角張ったものになってしまいました。平安朝を支配した貴族層の権力基盤が崩壊し、伝統文化を担うという保守性のみに和歌の目的が移っていったための結果なのでしょう。勿論、言葉で遊ぶためには当然、言葉を自由に駆使するだけの理解と技量がなくてはならないわけですが、そうした力量を持ち得る人が減ってしまったことも大きいでしょう。
 肩を張らずに、もっと遊び心を詩の中に復活させることも、これからの文学の大事な一つの方向でしょうね。

2001. 2.21                 by junji





















 第30作は 桐山人 の作品です。
 

作品番号 2001-30

  園原道中        

阿智山深日易暝   阿智山深くして 日暝れ易く

峯頭鉤月影清玲   峯頭の鉤月 影は清玲

千年古道老杉下   千年の古道 老杉の下

朽葉徒堆霜気零   朽葉徒だ堆(うづたか)く 霜気零(お)

          (下平声「九青」の押韻)

<解説>

 園原は長野と岐阜の県境にある山村、阿智村の西北の(中央高速道路の恵那山トンネルの丁度真上の辺りになります)です。
 近くに昼神温泉という、中日ドラゴンズの選手がよくケガの治療のためにやって来るとかいう温泉もあります。以前落合選手が自主トレを行っていたとかで「落合ロード」などという散歩道まであります。(彼の最近の野球の解説は嫌みが強くて、私は嫌いなのですが・・・・)
 さて、園原のことですが、ここは古代から東山道として重要な街道だったようで、この園原には当時の古道の跡が残っています。樹齢二千年と言われる杉の老木が立ち誇る傍らに、落葉に埋もれた山道がひっそりと伸びていました。
 時の流れを感じさせない静かな山村は、病気の心身に優しいいたわりをくれるような気がします。
 昨年の秋に湯治に出かけた折の感懐なのですが、なかなか言葉がしっくりと来ず、まとまるのに今までかかってしまいました。  

<感想>

  鮟鱇です。「園原道中」拝読させていただきました。
すばらしい詩です。和詩、奉ろうと思いましたが、どう書いても原玉の気高さを損なうように思え、書けま せん。

 「暝」を夕暮れの暝と読むか、昼なお暗しに近いものと読むかで、2通りの読み方ができる詩だと思います。
 起句が、山深いところでは日が暮れやすいということなら、今は夕暮れ、作者はその山中に立っていて、その夕暮れの光景のなかで、眼にみえるもの、山の頂の鉤月、積もっている朽葉が、順繰りに眼に映る詩です。この場合、詩を吟じる主体としての作者が詩のなかに存在する。
 しかし、起句が、山深いところでは影が多い、日が陰りやすいということなら、今は昼、承句は夜、つまり同じ時の光景ではない、ただ、それぞれの時に、暗いものと明るいものがともに存在する、つまり、そしてそれを貫く何かがある。暗いなかに光がある。「葆光」あるいは「韜光」めいたものが、昼夜にわたって息づいています。
 そして、転句・結句。「千年の古道」「老杉の森」のなかで昼夜にわたって息づいているそのなにものかが動く。「今」という時間のなかで動くもの、まるで森の息のごとき「霜気」「零」の一字に生命の営みが凝縮する。また、読詩のあとのこととして、朽葉に吹きかけられてその「気」が、やがて春を育むことも予感される。
 この二通りの読み方、わたし自身は、後者の読み方をしてとても驚いています。

 語り部としての先生が「我」を表に出すことなく、「老杉の森」の霊性そのものに詩を吟じさせている、ということに、深い感動を覚えます。風景を前にして詩人になることはいつでもできますが、風景そのものを詩人にすることは滅多にできません。

2001. 2.28                 by 鮟鱇