2019年の投稿詩 第181作は 緑風 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-181

  惜春        

清溪風暖落花稠   清溪 風暖かく 落花稠し

邊邊紅泛何處流   辺辺 紅泛べて 何処にか流る

静寂停身間冥想   静寂たり 身を停めて 間 冥想

鐘聲隠隠夕陽幽   鐘声 隠隠として 夕陽幽なり

          (下平声「十一尤」の押韻)

<感想>

 全体に春を惜しむ気持が表れていて、特に結句は印象深い句ですね。

 起句で「落花稠」とあり、その花びらが流れて行く様子が承句に描かれていますが、これは承句だけで描いた方が良いですね。
 承句は平仄も合いませんので、「泛水紅英何處流(水に泛かぶ紅英何処にか流る)」とすれば、起句の下三字にもう少し別の情報が入るのではないでしょうか。

 転句の「間」は「しばらく」と読めば平声、「ひそかに」と読めば仄声ですので、ここは「ひそかに」と読んで下三字は挟み平というお積もりでしょうか。
 「ひそか」ではしっくり来ませんので、「暫」と仄声で書いてはどうでしょう。




2019. 8. 7                  by 桐山人



緑風さんから推敲作をいただきました。

    惜春(推敲作)
  清溪風暖落花稠   清蹊 風暖かく 落花 稠し
  泛水紅英何處流   水に泛かぶ紅英 何処かへ流る
  静寂停身暫冥想   静寂たり 身を停めて 暫く 冥想
  鐘聲隠隠夕陽幽   鐘声 隠々 夕陽 幽なり

2019. 8. 9                 by 緑風























 2019年の投稿詩 第182作は 衡石 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-182

  初夏即事        

薫風習習夏初村   薫風 習々 夏初の村

雙燕歸來舊故軒   雙燕 帰り来る 旧故の軒

花落午庭人不到   花落つる 午庭 人到らず

幽栖晏晏滌塵煩   幽栖 晏晏 塵煩を滌ぐ

          (上平声「十三元」の押韻)

<解説>

 青葉を吹いてくる風がそよそよと吹いている初夏の村、
 つがいの燕が昔からの軒に帰って来ている。
 已に花は落ちている昼時の庭には、誰も人は訪ねて来ず、
 ただ、静かな住まいに穏やかに佇む様子が、世の煩わしさを洗い流している。

<感想>

 お病気で入院なさっていたとご友人の遥峰さんから伺いましたが、ご退院とのこと、安心しました。遥峰さんも寂しかったようですよ。

 詩は初夏の庭の様子を丁寧に描いていらっしゃり、ふむふむ、これは入院中に時間があって構想を練られたのでしょうね。

 結句も問題があるわけでは無いですが、同じような心情を表す言葉が重なっていると感じます。
 つまり、「幽」「晏晏」「滌塵煩」と六文字使っていますが、どれか一つだけでも良く、二つでも使えば十分かと思います。
 もちろん、繰り返しは強調する表現として考えることもできますが、「晏晏」を「伸脚」「倚几」「拈句」など動作を表す言葉でのんびりした生活を描いてはどうでしょう。



2019. 8. 7                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第183作は 俄文人 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-183

  北岳懸空寺        

絶壁登高祓俗塵   絶壁を高く登り 俗塵を祓ひ

敢臨深谷胆虚身   敢へて深谷を臨む 胆虚の身

中天楼閣懸空寺   中天の楼閣 懸空寺

三教同帰鼓勇巡   三教同帰 勇を鼓して巡る

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

 建築学の奇跡と呼ばれた懸空寺。
 最高所の三教殿には釈迦、老子、孔子の塑像が一緒に安置されている。三武一宗の廃仏などがあっても現場は純粋だったのでしょう。
 それにしても昆明の龍門や武当山の南岩のように断崖絶壁に建物を築く気力に圧倒されます。

<感想>

 二作目を拝見しました。
 解説に書かれた「三武一宗」は、古代中国の仏教弾圧を表す言葉で、「北魏の太武帝、北周の武帝、唐の武宗、後周の世宗によって断行されたものですね。
 題名の「北岳」は山西省にある「恒山」で、その麓に五世紀頃に建てられたのが「懸空寺」ということです。

 起句の「登高」は「高きに登る」、承句の「臨深谷」は「深谷に臨む」と読まなくてはいけませんね。

 起句は「絶壁を高いところまで登ると 世俗の汚れが払われる」ということで、この「祓」は「掃」が良いですね。

 承句の「胆虚身」は「心が空っぽの身」でしょうか。「俗塵」を祓ったからのことだとすると、素直な心で谷に臨んだことになります。
 話としては分かりますが、心理はよく分からないですね。

 転句は良いですね。

 結句の「鼓勇巡」は使うならば起句の下三字に置いた方が良いですね。
この位置ですと、「三教同帰」に対して「勇気を出して」ということになります。
 逆に、「三教同帰」に対して「祓俗塵」はそれなりに通じるように思います。



2019. 8. 7                  by 桐山人



 俄文人さんはお一人で漢詩を作っていらっしゃるとのことでしたので、八王子にお住まいであり、深渓さんがお力を入れていらっしゃる「調布漢詩を楽しむ会」の七月例会にお誘いをしました。
 快くおいでくださり、例会後の恒例の食事会も2次会のカラオケにもご参加いただきました。
 遅くまで引き留めてご迷惑を掛けたかと反省しています。

 今回の感想は掲載より先に私が調布に持参したもので、早速、再敲作を送って下さいました。

    北岳懸空寺(再敲作)
  絶壁登高祓俗塵   絶壁を高く登り 俗塵を祓ひ
  敢臨深谷胆虚身   敢へて深谷を臨む 胆虚の身
  中天楼閣懸空寺   中天の楼閣 懸空寺
  三教同帰鼓勇巡   三教同帰 勇を鼓して巡る

「胆虚身」は「心が空っぽの身」ではなく「おじけづく身」のつもりでした。
だから最高所の三教殿には勇気を持って登ったと結びました。

ご指摘のように俗界を離れて「三教同帰」している方が、格調が高いと納得しています。

2019. 8. 7             by 俄文人























 2019年の投稿詩 第184作も 俄文人 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-184

  黄龍        

岷山悠久寂   岷山 悠久にして寂なり

泉洌尽妖輝   泉 洌(きよ)く 尽く 妖と輝く

天女孤梳髪   天女 孤 髪を梳き

何枝掛羽衣   何れの枝に 羽衣を掛けん

          (上平声「五微」の押韻)

<解説>

 岷山主峰雪宝頂山腰、標高3600米、五彩池のコバルトブルーやエメラルドグリーンの美しい泉水をじっと見ていると、つい幻想の世界に入ってしまいます。

<感想>

 起句の「寂」はこの後の感情と乖離が大きく、どういう感情が浮かんだのか、悩みますが、これで良いですか。
 褒め称える言葉が来るように思いますが。

 後半が天女の話になりましたが、これは黄龍「五彩池」で天女が沐浴するという伝説からのことですね。
 ただ転句は「孤」は何故ひとりなのか、それを言う必要性があるのか疑問です。
「嘗」と伝説だと示しておくと、結句も「(昔)仙女が羽衣を引っ掛けたのはどの枝かしら」という少しユーモラスな結びになります。  それが良いかどうかは作者の判断になりますが。



2019. 8. 7                  by 桐山人



同じく、推敲作をいただきました。

    黄龍(再敲作)
  岷山悠久寂   岷山 悠久にして寂なり
  泉洌尽妖輝   泉 洌(きよ)く 尽く妖と輝く
  天女孤梳髪   天女 孤 髪を梳き
  何枝掛羽衣   何れの枝に 羽衣を掛けん

 転句の「孤」は「嘗」が良いとのご指摘は「目から鱗」です。
“一字の師”とか“推敲”の故事に少しでも近づけれらるように、直すところは一か所だけというレベルになりたいものです。
私が「孤」としたのは幻想の中の希望というか、邪念でした。

2019. 8. 7             by 俄文人























 2019年の投稿詩 第185作は 恕水 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-185

  五月一日於伊勢神宮慶賀改元        

寒雨内宮佳気帷   寒雨の内宮 佳気の帷

賑如元日傘花嬉   賑ふこと元日の如く 傘の花嬉る

太平皇室令和始   太平の皇室 令和始む

民鞠対神宣幸虧   民鞠し 神に対し 幸虧(こうき)を宣ぶ

          (上平声「四支」の押韻)

<解説>

 冷たい雨の降る内宮は、祝賀ムードに包まれている。
 人出の多さと賑わいは、元日のようで、たくさんの傘の花が咲いている。
 平安な世を期待されつつ、新天皇が即位され、令和が始まる。
 人々は礼拝し、「おかげさまで」と神に感謝を述べる。

<感想>

 改元の記念となる詩ですね。

 五月一日が改元の日ですが、ここで「寒雨」となると季節が合いますかね。
 また、書き出しに「寒雨」を置くと、あまり好まないことが起きるような印象になります。
 現実として如水さんが「寒雨だ」と感じたとしても、せっかくの慶賀の詩にそれを書く必要があるかどうか。
 ここは、せっかくの改元の日が雨だった、というくらいの気持だと思いますので、「朝雨」として心情面ではフラットな状態にしておくのが良いでしょう。

 結句の「幸虧」は相手に感謝する表現で、「幸運」と同じですね。ここは伊勢神宮が舞台ですので、「おかげ」の言葉がぴったりですね。


2019. 8. 8                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第186作も 恕水 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-186

  六四大連柳絮     六四 大連の柳絮   

天安有事戒厳鉦   天安 有事 戒厳の鉦

火拡焼原百姓聲   火拡がり 原を焼く 百姓の聲

避難回東花寂寂   難を避け 東に回る 花寂寂

春風柳絮転軽軽   春風 柳絮 転がること軽軽

          (下平声「八庚」の押韻)

<解説>

 6月4日 大連の柳絮
 天安門では民主化を求めるデモが起き、戒厳令まで出されて事態は緊迫している。
 民主化要求の高まりは、首都の北京のみならず、燎原の火のごとく、勢いを増して地方にも広がっていく。
 私たちがいた瀋陽の状況も険しくなり、多くの留学生たちは日本に一時帰国することにした。
 帰国の途中、大連に立ち寄ったが、そこではデモ行進も見られず、町は落ち着いていた。
 春風に柳絮が舞い転がり、穏やかな時間が流れていた。

 天安門事件のあった1989年6月、留学先の瀋陽から一時帰国のために立ち寄った大連で見た柳絮ののどかな感じが印象的でした。
「寂寂」は、ひっそりとして静かなさま。

<感想>

 天安門事件からもう三十年経ったのですね。
 香港のデモをテレビで観ていますと、蘇ってきます。
 歴史的な事件に如水さんは遭遇したわけですね。

 その不安な情勢の前半と、結句ののどかな風景、そこを転句で巧みに繋いでいると思います。
 若干説明的な印象はありますが、「花寂寂」がよく働いていて、臨場感が出ています。

 承句は「燎原」としたいところですが、「四字目の孤平」を避けたのでしょう。



2019. 8.11                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第187作も 如水 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-187

  寒江釣雪        

寒江碧水一扁舟   寒江 碧水 一扁の舟

旅雁烟波竹樹幽   旅雁 煙波 竹樹幽かなり

玉液無縁垂釣趣   玉液 縁無く 垂釣の趣

松蘿不絡望悠悠   松蘿 絡まず 望むこと悠悠

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

 寒々とした緑の川に一艘の舟が浮かんでいる。
 北へ帰る雁が空を行く。川面には靄が垂れ込め、向こう岸の竹林もぼんやりとしか見えない。
 もはやうまい茶やうまい酒とも縁がなく、
 まして男女の契りにも縁はなく、一人遠くを望みながら、釣り糸を垂れるのだ。


 正岡子規の随筆『松蘿玉液』の意味を調べたところからヒントを得て、作ってみました。
 「松蘿玉液」というのは、元は中国の墨の名前らしいです。
 「松蘿」は、松に絡まるつたや、松の枝に生ずるコケ類で、男女の固い契りを表す。
 「玉液」は、茶や酒の美称、道家で不老長生の液体。

<感想>

 『松蘿玉液』は正岡子規の四大随筆の一つですね。
 子規の愛した墨の名前で、中国徽州の古墨とのこと、「古い松に絡むつたから絞り出したような美しい墨」という命名でしょうか。
 

 今回も平仄など丁寧に作っていらっしゃると思います。

 承句の「竹樹」は絵としては問題無いでしょうが、詩としては後半に「松蘿」が出て来ますので、植物を出す必要があるかどうか。

 その「松蘿」にせよ、「玉液」にしろ、「寒江で釣りをしている」人物はそもそも無縁な代物ですので、設定にやや無理があるように感じます。
 後半の主題に適する舞台設定として、「寒江釣雪」という水墨画のスタンダードを置いたのは、ここは「墨」からの連想でしょうが、どうでしょうね。

 気持の入った部分でしょうが、転句で「玉液松蘿」とひとまとめにして、軽く収めておく方が収まりが良いと思います。

 結句は「望悠悠」が結びとしては弱いですね。



2019. 8.11                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第188作は 常春 さんから「令和元年五月十三〜二十日入院時即興詩」と題した連作をいただきました。
 

作品番号 2019-188

  一.入院        

入院即時行動規   入院即時 行動の規あり

委身看護至誠師   身を委ぬ 看護至誠の師に

臥床斷食唯纔水   床に臥し食を断ち唯纔(わず)かの水

點滴無休廿四時   点滴休む無く 廿四時

          (上平声「四支」の押韻)

























 2019年の投稿詩 第189作も 常春 さんからの「令和元年五月十三〜二十日入院時即興詩」連作です。
 

作品番号 2019-189

  二.癌切除用内視鏡 其一        

銜口導筒容挿入   口に銜(ふく)む導筒 挿入に容(やさ)し

細圓管束達瘍巢   細円の管束 瘍巣に達す

繊刀各種適宜換   繊刀各種 適宜に換えて

癌腫微塵消若泡   癌腫微塵 泡の若く消える

          (下平声「三肴」の押韻)

























 2019年の投稿詩 第190作も 常春 さんからの「令和元年五月十三〜二十日入院時即興詩」連作です。
 

作品番号 2019-190

  三.癌切除用内視鏡 其二        

癌腫切除昏睡中   癌腫の切除 昏睡の中

覺醒直識萬端終   覚醒 直ちに識る 万端終るを

亦知胃壁胸窩斂   また知る胃壁胸窩に斂(おさ)まるを

肥厚病巢消遣工   肥厚の病巣 消し遣(はら)うこと工(たくみ)

          (上平声「一東」の押韻)

























 2019年の投稿詩 第191作も 常春 さんからの「令和元年五月十三〜二十日入院時即興詩」連作です。
 

作品番号 2019-191

  四.感謝        

裁刀内科手   刀を裁くは内科の手

預後外科任   後を預かるは外科の任

病院求心力   病院 求心の力あり

醫師相識深   医師 相識ること深し

          (下平声「十二侵」の押韻)

<解説>

 昨年暮れから、腸の具合が悪かった。一日中便意があり、数回に分けて少量の排便。
 五年前に大腸ガンの切除をしている。またかな?大腸検査をお願いしたところ、「ついでに上も視ましょう」
 そして胃癌が見つかった。

 もう十二分に高齢、ほっておいても良いのだが,医師は積極的である。
 機器をメーカーより借り、内科医が内視鏡で切除、外科病棟に入院し万一の出血に備えるとした。
 内視鏡の径一センチ程度の導管に光ファイバー、給排水(気)管、メスを通す管などが纏められている。
 一メートルほどのワイヤーの先に数ミリのナイフがあり、これを体外から操作する緻密な作業である。
 今回の切除は粘膜層にとどまり、筋肉層には達していなかったと説明を受けた。癌の完全切除である。

 切除直後から何らの痛みも無い。堅く出張っていた胃袋が鳩尾の下に落ち込んでくれた。
 ちょうど一週間の入院であった。
 そしてびっくりした。
 退院翌朝から今日まで便通が快適、大腸の不安も消失した。

<感想>

 桐山堂の長老として私たちの手本と励みになってくださっている常春さんとは、静岡市での漢詩講座で毎月お会いし、講座の後にはお昼ご飯もご一緒しているのですが、お病気でお休みということがあり、心配していました。
 翌月にはお元気なお姿を拝することができ、安心をしました。

 手術の記録とも言える連作ですが、解説の記述は「詩の解説」ではなく「手術の解説」で、しかも細かい観察がなされていて、さすがに理系のご出身だと改めて感じました。
 詩の感想が無くて済みませんが、ともあれ、今まで以上に快活になられた常春さん、それが一番の喜びですね。



2019. 8.15                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第192作は 深渓 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-192

  八月十五日        

七十四年獨断腸   七十四年 獨り腸を断つ

玉音拝聴涙千行   玉音拝聴し 涙千行たり

干戈人没興亡感   干戈 人は没し 興亡の感

物変往時事可忘   物変り 往時の事 忘る可らず

          (下平声「七陽」の押韻)

<解説>

 吾十五才5カ月で海軍に入隊、練磨練磨精錬に努めるも、空しく敗戦。
 藤枝海軍航空隊で除隊。

<感想>

 終戦の日に深渓さんの詩を拝見することは、戦争体験者である語り部からのメッセージとして受け取らせていただき、それを後代に伝えていく意義があると思います。
 承句は上四字を入れ替えましたが、起句と結句は「四字目の孤平」ですので「獨」を「惟」に、結句は打ち消しの言葉が必要ですので「物変時移不可忘(物変じ時移るも忘るべからず)」、「物変往時常不忘(物変るも往時常に忘れず)」のような形が良いでしょうね。



2019. 8.15                  by 桐山人