2014年の投稿詩 第271作は 芳原 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-271

  感懐寄八旬 其二       

赫赫斜陽没   赫赫として斜陽没し

青霄彩已窮   青霄 彩(いろ)已に窮む

八旬吁急老   八旬にして老いの急かるるを吁(うれ)ひ

朝露亦思儚   朝露の亦儚きを思ふ

          (上平声「一東」の押韻)



<解説>

 鈴木先生、いつもお世話になります。
 日々に繰り返される大自然の営みにも、遥かに小さく儚い有情の営みにも、共通する摂理が時には哀しく、時には淋しく、時には抑えられぬほどの歓喜を以って胸に迫ります。
 大方年のせいだろうとは思っています。

 承句と転句との繋がりに唐突感があって、作者の思いがはたして伝わるのかと気がかりです。

<感想>

 転句は発展する句ですので、ここでの変化は多少の唐突感があっても良く、更にこの詩の場合で言えば、夕暮れの空を眺めながら、老いの深まることを感じているわけですので、無理は感じません。
 語順だけ「八旬吁老急」と直した方が良いですね。

 結句で、「朝露」を使って人生のはかなさを語るのは、実際に朝に露を眺めているという設定ならばまだ良いですが、前半に夕暮れを出してますし、例えとして持ってくるだけですと、常套の手段という印象で、これはまずいですね。
 「儚」も「はかない」の意味では日本語用法ですので、使い難いところです。
 結句を再考されて、お気持ちをより深く表現できるようにすると良いと思います。



2014.10. 4                  by 桐山人



芳原さんからお返事をいただきました。

 鈴木先生、先回のご指導ありがとうございました。
 ご指摘下さった箇所を含め下記の通り改めました。

    感懐寄八旬
  赫赫斜陽没   赫赫たる斜陽没し
  青霄彩已空   青霄(せいしょう)彩(いろ)已に空し
  八旬吁老急   八旬 老いの急(せか)るるを吁(うれ)ふるも
  江水類無窮   江水の無窮に類(に)たる

2014.10. 8              by 芳原
 推敲作を拝見しました。
 結句の「八旬」と「江水」の比喩は雄大で、人生を振り返ると江水のようにとめどなく流れているという気持ちでしょう。
 色々な解釈が可能かもしれませんが、それはそれで味わいがあると思います。

 私でしたら、「江水尚無窮」と置き、「老急」に対比させる形を考えますが、ただ、重くなりすぎて、芳原さんのような一本突き抜けたような感じがなくなりますね。

2014.10.28             by 桐山人






















 2014年の投稿詩 第272作は 春空 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-272

  於河口湖放河燈        

富獄山腰夕日傾   富嶽山腰 夕日傾き

平湖縹緲暮霞横   平湖 縹緲として 暮霞横たはる

數多燈籠煙霏耀   数多の灯籠 煙霏に耀き

冥土神魂惜別情   冥土の神魂 惜別の情

          (下平声「八庚」の押韻)



<解説>

 何年か前の灯籠流しです。

 夏が来ると、その時の情景感覚が鮮明に蘇ります。
 今年は「富士河口湖灯籠流し」でずいぶんと賑やかになりました。

<感想>

 闇に浮かぶ灯籠のあかりは、結句で述べられているように、冥界の魂が語りかけているような趣がありますね。

 題は「河口湖にて河灯を放つ」と読むのでしょうか。場所を表す「於河口湖」は散文的になりますので、「河口湖上」で良いですが、「河灯」はこのままで良いでしょうか。

 全体に色調が統一されていて、まとまっている詩だと思います。

 細かい所で言えば、起句の「富嶽」は後に「山」がありますので、「富士山腰」として重複を避けた方が良いですね。

 承句の「暮霞」は、起句でもう夕暮れということは出ていますし、転句に「煙霏」があるので、何か他のもの、船とか人とか鳥とかを持ってきてはいかがでしょう。




2014.10. 4                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第273作は 深渓 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-273

  憶予科練        

昔時雛鷲在屯営   昔時 雛鷲として屯営に在りて

即戦孤忠作練兵   即戦 孤忠の練兵を作す

物換星移桑海感   物換り星移り 桑海の感

未還憶友奈鐘情   未だ還らず友を憶ふ鐘情を奈せんや

          (下平声「八庚」の押韻)


「雛鷲」: 荒鷲に育つ前即ち予科練。
「在屯営」: 海軍航空隊。
「孤忠」: 独り忠義をつくす。
「奈鐘情」: 悲しみ集まる。奈はどうすることもできない。何とかどこかで生きていてほしい。


<感想>

 転句の「物換星移」は、初唐の王勃の「滕王閣」に出ていた語でしたね。
 世の中の変化と時の流れを表す言葉です。

 結句の読み下しは「未だ還らざる友を憶ひ」とするのが良いでしょう。
 「鐘情」は「鍾情」、現代では恋愛に使われますが、「胸に募る思い」という意味ですね。





2014.10. 4                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第274作も 深渓 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-274

  懐古霞浦     霞浦を懐古す   

飛升望眼下   飛升 眼下を望む

霞浦水洋洋   霞浦の 水洋洋たり

曾見赤蜻翅   曾て見た 赤蜻の翅

星移七十霜   星移りて 七十の霜

          (下平声「七陽」の押韻)


「飛升」: 飛翔。
「赤蜻翅」: 赤トンボの羽、旧海軍航空隊の練習機の翼をいう。
「七十霜」: 七十年になろうとしている。



<解説>

 毎々ご指導有難うございます。
 また諸賢の玉作拝見拝誦を楽しみにしています。

 毎年の事、八月十五日は愚老の忘れえぬ日です。
 残り少ない戦争の語り部の一人となりました。

 今思い出す、かすかに聞こえる若鷲の歌。
   若い血潮の予科練の 七つボタンは桜に錨
   今日も飛ぶ飛ぶ霞ヶ浦にゃ でかい希望の雲が湧く。

<感想>

 私の高校時代の恩師で、教員として、また人生の先輩として尊敬していた先生が、先日九十歳になられて、ご自身の戦争体験を地元の新聞で語っておられました。
 しばらくお会いしていなかったのですが、お元気なお姿の写真が嬉しく、先輩のお言葉をいただいたつもりで読みました。

 先生は太平洋戦争末期の昭和二十年七月、土浦海軍航空隊の所属で、敵の本土上陸に備え、福井県の海岸でグライダーを使った特攻訓練を受けていたそうです。
 本番では二百五十キロ爆弾を積んだ体当たり攻撃、敵の艦砲射撃を水際で防ぐ訓練だったそうですが、出撃することのないまま敗戦を迎えたそうです。
 実際に戦地に赴かなかったことから、戦後も体験を語ることはなかったそうですが、当時の仲間も次々と居なくなり、生き残った身として当時のことを考えることが多くなられたそうです。

 先生の言葉が最後に書かれていました。

 何の疑問も持たず特攻訓練をしていた時代。
 今の日本もリーダーが危ない方向へ引っぱって行く雰囲気を感じる。
 再び恐ろしい時代が来ないことを願いたい。

      以上、中日新聞 9月14日朝刊より抜粋




2014.10. 4                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第275作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-275

 今回の作品は「関西四十題」として、今年の春に陳興さんが関西を旅行された折に作詩されたものを集めたものです。
これまでにも何首かは紹介させていただきましたが、今回はまとめて四十首をいただきましたので、そのまま掲載させていただきます。

 本文は下の題名をクリックしてください。

    「関西四十題



2014.10. 5                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第276作は 茜峰 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-276

  祈碧空        

山行少壮汗顔輝   山行の少壮 汗顔輝く

球技幼童惜落暉   球技の幼童 落暉を惜しむ

莫為戦亡来世力   為す莫れ 戦亡 来世の力

鳥歌花気碧空祈   鳥歌 花気 碧空の祈り

          (上平声「五微」の押韻)




<解説>

 昨今 山へ行くと 山ガール・山ボーイで満ちている。汗いっぱいの顔は輝いている。
 公園で球技をしながら遊ぶ子供たちは 日の暮れるのを惜しむように遊び戯れている。
 未来に生きる彼らのエネルギーを 絶対に戦争で費やすことがあってはならない。
 青空に鳥が舞い、花を愛でる心のゆとりのある そんな平和な世の中が続くことを祈る。

<感想>

 茜峰さんが以前にご紹介くださったパキスタンのマララさんがノーベル平和賞を受賞されましたね。
 今年の投稿詩117作の「不屈少女」でしたが、発表を聞いた時に「この人を知ってるよ」とちょっと自慢げに話すことができました。
 民間施設への攻撃や民間人への戦闘行為があったと聞くだけでも恐ろしいことだと思うのに、無差別に人を殺すテロが今でも起きていることは本当に悲しいことです。
 戦争の悲しみや痛みを体験した世代が居なくなる頃に、戦争をしたいという愚か者が台頭してくると言われますが、平和な世の中が全ての国で続くことを祈りたいと思います。

 承句は四字目の孤平になっていますので、「児童」あるいは「忘落暉」というところでしょうか。

 転句も「為」は「なす」の意味の時は平声ですので、直さなくてはいけませんね。「戦亡」もわかりにくい言葉ですので、四字を修正する形が良いと思います。

 結句は「鳥の歌や花の気を碧空に祈る」ということになりますが、これで「平和な世の中」を象徴するのは難しいですね。
 こうした詩は気持ちがきちんと伝わることが大切ですので、鳥か花か、どちらかに絞って気持ちを籠めるのが良いでしょう。



2014.10.11                  by 桐山人



茜峰さんからお返事をいただきました。

いつもご指導ありがとうございます。
拙作「祈碧空」をご指導に従って下記のように補正しました。

    祈碧空
  山行少壮汗顔輝   山行の少壮 汗顔輝く
  球技童児惜落暉   球技の童児 落暉を惜しむ
  莫役戦塵来世力   戦塵に役す莫かれ 来世の力
  高翔世界碧空祈   高翔し 世界へ 碧空の祈り


2014.10.13            by 茜峰


 結句は落ち着きが出ましたね。
 読み下しを「世界に高く翔べと 碧空に祈らん」とすると、勢いが出るかと思います。

2014.11.5         by 桐山人






















 2014年の投稿詩 第277作は 芳原 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-277

  挽歌        

地在十旬生   地に在りては十旬の生

悲夫蒿里情   悲しきかな 蒿里(こうり)の情

天存蓮座命   天に存りては蓮座の命

愉也慧心清   愉しきかな 慧心(けいしん)の清

          (下平声「八庚」の押韻)



<解説>

 鈴木先生 ご指導ありがたく頂戴致しております

 百一歳の老母が他界しました。

<感想>

 人生百年と昔の中国では言われました。しかし、現代のような高齢化社会でも、百歳は長寿ですね。
 寂しいことは勿論でしょうが、まさしく「天寿を全うした」というお気持ちでもあるようで、後半からは祈りの心が表れていると思います。

 「蒿里」は死者の魂が行く所、お母様がお亡くなりになったことを表しています。

 この詩は、お母様が亡くなられた直後にいただいたもの、芳原さんの、悲しみを昇華するお姿が強く感じられます。



2014.10.11                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第278作は 謝斧 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-278

  被招佳人被見内藤湖南之書 其之一        

主人迎我淡交深   主人我を迎えて 淡交を深め

美酒佳肴朋盍簪   美酒佳肴 朋盍簪す

偕擬清談竹林客   偕に擬す 清談す竹林の客

不如此夜浄塵襟   如かず此夜塵襟浄しを

          (下平声「十二侵」の押韻)

「淡交」: 〔出典〕 『荘子』山木

君子の付き合いは水のように淡泊なので、その友情は永続きする。
朋盍簪 由予。大有得。勿疑。朋盍簪。
よりてよす。おおいにうるあり。うたがうなかれ。ともあいあつまる


<解説>

  八月旬日 遊洛陽之地 被招佳人訪朱邸而歓談之餘
  向我被見内藤湖南之書 字字銀鉤銕画如紙落雲烟
  使我回腸蕩気 感慨不少 因賦七絶二首欲報此


<感想>

 二首いただきましたが、こちらの詩は、同好の朋との楽しい宴の様子、詩題にある内藤湖南の書については次作になりますね。
 ということで行くと、次作への導入のような役割という見方になりますが、ところがどっこい、句が進むにつれ宴が深まり、心がより深くつながるという流れで、朋との交遊の喜びが強く伝わって来る詩になっていると思います。

 「清談竹林客」の表現は、そう擬すのにふさわしいご友人のお人柄を思い浮かばせますし、結句の「不如此夜浄塵襟」は謝斧さんの楽しそうなお姿が、余韻とともに目に浮かびます。



2014.10.23                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第279作は 謝斧 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-279

  被招佳人被見内藤湖南之書 其之二        

今宵置酒酔呼中   今宵酒を置く酔呼の中

時見湖南字勢雄   時に見る湖南 字勢雄なり

能走龍蛇使三歎   能く龍蛇を走らせて 三歎せしめ

回腸蕩気叶~工   回腸蕩気して~工に叶ふ

          (上平声「一東」の押韻)



<感想>

 こちらの詩も、展開が滑らかで、結句に作者の思いが凝縮されていますね。
 其之一の方は友情と宴の楽しさがいつまでも残るという形で余韻が深く感じられましたが、こちらはすぱっと言い切った形で、「三歎」「回腸蕩気」「神工」の表現が、感銘の深さを表していますね。
 友人への感謝の気持ちも暗示しているのでしょうね。



2014.10.22                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第280作は 東山 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-280

  偶感        

華奢歪不僥   華奢 歪げて僥めず

貧賤反悠悠   貧賤 反って悠悠

石火光中命   石火光中の命

吟詩酒興游   吟詩酒興に遊ばん

          (下平声「十一尤」の押韻)



<感想>

 起句は「歪」は、「信念を曲げる、不正をする」という意味ですが、ここでは「無理をしてでも」という感じでしょうか。
 ただ、この位置ですと、「我慢をして欲しがらない」ということで、「不僥」の「もとめないこと」自体を無理しているとなります。
 「不歪僥」と並べた方が意図に近いと思います。平仄は挟平格で乗り切る形です。
 対句にして「華奢は〇〇、貧賤は△△」というのも面白いと思います。

 転句の「石火光中」は白居易の「對酒」からの言葉ですね。
 効果的に使われていると思います。
 「偶感」という題にふさわしい、気持ちの表れた詩ですね。




2014.10.28                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第281作も 東山 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-281

  大垣三題(一) 一夜城        

中原追鹿会濃州   中原 鹿を追ひ 濃州に会し

相接群雄恩慍矛   相接す群雄 温慍の矛

一夜砦城盧生夢   一夜の砦城 盧生の夢

長良漫漫半千秋   長良漫漫 半千の秋

          (下平声「十一尤」の押韻)



<感想>

 秀吉が築いたとされる墨俣の一夜城は、大垣と岐阜の境、長良川西岸に設けられたものですね。現在の建物は、当時の砦の形ではなく、大垣城の天守閣を真似て造ったものですが、史跡の目印として、歴史資料館になっています。

 起句の「会濃州」については、織田の軍勢が美濃に攻め入ったわけで、双方が出てきて「会」したわけではないので、気になります。「競」あるいは「戦」の方がしっくりきます。

 転句は二六対が破れていますが、固有名詞だということで処理したのでしょうか。
 起句にも「中原追鹿」があって、二つも故事が入るのもうるさく感じます。また、秀吉は一応天下人になって生涯を終えたわけですし、「墨俣城」自体も「盧生夢」と言われるような運命をたどったのかというと疑問が残ります。
 転句の下三字は検討されるのが良いと思います。





2014.10.29                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第282作は 東山 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-282

  大垣三題(二) 與星巌先生妻紅蘭        

先生大業日東周   先生の大業 日東に周く

賢婦天才詩畫優   賢婦の天才 詩画優なり

萬里同行倶繮獄   万里同行して 倶に獄に繋がれ

鴛鴦何語故園秋   鴛鴦何をか語る 故園の秋

          (下平声「十一尤」の押韻)



<感想>

 題名は「星巌先生與妻紅蘭」として、「與」の位置を変えた方が良いですね。

 柳川星巌は岐阜県安八郡の出身、三十二歳で十五歳年下の紅蘭と結婚をします。
 妻を伴って各地を歩き回ったことで知られる鴛鴦夫婦だったようです。

 転句の「倶繋獄」、星巌は安政の大獄で投獄される直前に死亡し、その後に身代わりのように紅蘭が投獄されたと思いますが、誇張表現でしょうか。
 歴史に関する部分は案外細かい所で吟味されますので、念のため。事実なら良い表現なのですが。



2014.10.29                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第283作は 東山 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-283

  大垣三題(三) 題奥細道        

千住鳥啼調客衣   千住鳥啼いて 客衣を調へ

病支二見晩風微   病んで二見に支(わか)るれば 晩風微かなり

蕉翁殘夢詩仙似   蕉翁の残夢 詩仙に似たり

流水窅然呼不歸   流水窅然として 呼べども帰らず

          (上平声「四支」の押韻)



<感想>

 大垣は『奥の細道』の結びの地、ここで芭蕉が詠んだ句が「蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」です。
 「はまぐりの蓋(ふた)と身が双身(ふたみ)に別れるように、私も親しい友と別れて、伊勢の二見に行くことだ、季節は折しも行く秋だ」という、訳をつければ字数が何倍にもなってしまうほど何重にも言葉が構成されて、一度読めば忘れられない句ですね。
 この句は、旅立ちで千住を起つ折の句「行春や鳥啼き魚の目は泪」と照合して、「行春」と「(行く)秋」、「鳥・魚」と「蛤」と対応し、『奥の細道』の首尾を整えた構成を感じさせる句でもあります。

 東山さんのこの詩はその点を踏まえて、起句で「千住鳥啼」、承句で「二見」と組み合わせて、『奥の細道』全体を表しています。

 転句の「蕉翁殘夢」は「夏草や兵どもが夢の跡」を指すのか、「旅に病んで夢は枯野を駆け廻る」を指すのか、ただ「詩仙」が出てくると前者の方を意識しますね。
 ただ、その場合には、芭蕉は直前に杜甫の詩を口ずさんでいますから、「似」はおかしく、「詩仙涙」のような対応が良いでしょう。
 一方、「旅に病んで」の句を指すつもりならば、その場合にはつながるのは「漂泊の人生」というあたりですので、「詩仙旅」としておくところでしょうね。

 結句の「流水」は、揖斐川か長良川か、大きな川を感じさせて「不歸」との照合が良いですね。



2014.10.29                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第284作は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-284

  漁家傲・悲願成就處見李白        

悲願難成人易老,   悲願成り難く 人老いやすく,

醉生夢死遊蓬島。   醉ふごとく生き夢みるごとくに死んで蓬島に遊ぶ。

海靜水光如鏡耀,   海は静かに水の光は鏡のごとくに耀き,

堪垂釣,          垂釣(つり)をするに堪へ,

偶逢漁父高吟巧。   たまたま逢ふ 漁父の高吟して巧みなるに。

       〇             〇

風漢眼前誇氣貌,   風漢 眼前に気貌を誇り,

自稱姓李名白笑。   姓は李なり名は白なりと自称して笑ふ。

跪拜詩仙穿古道,   詩仙に跪拜して古道を穿ってゆき,

求飲料,          飲料を求め,

藝林酒店迎清曉。   芸林の酒店にて清暁を迎ふ。

          (中華新韵六豪仄声の押韻)



<解説>

(語釈)
 蓬島:蓬莱山。
 水光:水の光、光景。
 漁父:老いたる漁夫。
 氣貌:気量と風貌。
 跪拜:ひざまづいて拝む。
 藝林:文芸の森

 私には死んだらあの世で詩の大先輩、李白に教えを請いたい、という悲願があります。
 この願いを詞一首に詠んでみました。
 なお、「自稱姓李名白笑」は「姓は李 名は白笑」の意味と読まれるかも知れません。
 その場合は李白ではなく李白笑という名の漁父に逢った、ということになりますが、それはそれでよいか、ということにしています。

 漁家傲 詞譜・雙調62字,前後段各五句,五仄韻 晏殊ほか

  ▲▲△△○▲仄,△○▲●△○仄。△●▲○○●仄,○▲仄,△△▲▲○○仄。
  ▲●△○○●仄,△○▲▲○○仄。▲●▲○○▲仄,△▲仄,△○▲●○○仄。

   ○:平声。●:仄声。
   △:平声が望ましいが仄声でもよい。▲:仄声が望ましいが平声でもよい。
   仄:仄声の押韻。


























 2014年の投稿詩 第285作は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-285

  七言律詩・我姓李名白日        

夢鳥飛來入口鳴,   夢に鳥の飛び來たり口より入りて鳴けば,

老殘酒醒作詩翁。   老殘 酒醒めて詩翁となる。

饒舌流麗押新韻,   饒舌 流麗にして新韻を押し,

好句連綿排舊風。   好句 連綿として舊風を排す。

春晝花間染箋紙,   春の晝には花間に箋紙を染め,

秋宵月下點心燈。   秋の宵には月下に心燈を點ず。

自稱姓李名白日,   姓は李にして名は白日と自称して,

明照藝林無去程。   明るく照らす 芸林に去程のなきを。

          (中華新韵十一庚平声の押韻)



<解説>

(語釈)
 夢鳥:詩文才思の富を喩える成語。
 心燈:灯のように明瞭である心。
 去程:進路。

 とにかく平仄に通じなければ話にならない、という思いで作詩に励み、中華新韵で詠む限りは、筆を遅滞なく進めることができるようになりました。
 そうなると自然に自信も生まれ、大口をたたいてみたいと思うようになるのかどうか、 ありきたりの謙遜よりも夜郎自大の筆の方が、詩として楽しい作品を生む、という考えで、この七言律詩を詠んでみました。
 お笑いください。


<感想>

 二作併せて拝読しました。
 鮟鱇さんが楽しそうに詩仙と話している姿や、「我が名は白日、この世を照らす」と威張る顔などが目に浮かんで、クスクスと笑いながら一気に読んでしまいました。

 「筆が遅滞なく進む」という境地が「一斗詩百篇」に通じるのでしょうね。
一字に苦労している私にははるかに遠い世界ですが、白笑さんと白日さんの宴会にいつか陪席させていただけるように、お酒だけでも強くなっておこうか、とカミさんに叱られそうなことをまた考えています。



2014.10.29                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第286作は 芳原 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-286

  秋信        

秋氣清清白草原   秋気清清たり 白草原

千山窮目已黄昏   千山 目を窮むれば已に黄昏

吟聲何處誰能詠   吟声何処ぞ 誰か能く詠ぜん

月影半輪幽入軒   月影 半輪 軒に入って幽かなり

          (上平声「十三元」の押韻)



<感想>

 秋の気配が強くなった頃の詩で、すがすがしさが感じられますね。

 起句の「白草原」は、王昌齢の「出塞行」の中にも出てきますね。
 一般には、西域に生える草とされますが、芳原さんのこの詩では、ススキの原を想定されているのかもしれませんね。

 結句は「幽入軒」の語順ですと、「幽かに軒に入る」と読み下します。
 この読み下しでも意味としては通じますが、「幽」の重みが違ってきますね。かと言って、「幽」を句末に置いて韻字にするわけにもいきませんので、「幽静の軒」「幽寂の軒」「幽独の軒」とか、「懸里門」などでどうでしょう。



2014.11. 5                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第287作は姫路市の 楽宙 さん、四十代の男性の方からの初めての投稿作品です。
 ホームページの感想をいただきました。

時勢をとらえた沢山の方の投稿やその感想を拝見できることが、独習者には大変参考になり、感謝しています。

作品番号 2014-287

  観月夜        

良夜金風颯颯清   良夜 金風 颯颯として清し

歌鐘一曲共虫声   歌鐘一曲 虫声を共にす

層層天守中秋現   層々たる天守、中秋に現れ

明鏡粧成白鷺城   明鏡に粧ひ成る白鷺城

          (下平声「八庚」の押韻)



<解説>

 今年の中秋の名月は、ひときわ良い天気に恵まれ、恒例の姫路城三の丸広場での観月会も盛況でした。
 姫路城は平成の大修理のため、五年間にわたり大天守が素屋根に覆われ、姿を見ることができませんでしたが、春より素屋根の解体がはじまり、五年ぶりに現れた姫路城は、瓦、白漆喰をあらため、その白さが白鷺城の通称どおり満月の下に美しく感じられました。
 盛況な観月会の宴と清らかな月の光に、美しい白鷺城の姿を詩にしてみました。

<感想>

 新しい仲間を迎え、とても嬉しく思っています。
 楽宙さんは一年ほどの詩作経験だそうですが、「独習」で作っておられるようですね。
このサイトは漢詩仲間の交流の場ですので、どんどん、作品を送ってください。楽しみにしています。

 姫路城が大修理を終えて、正式な公開が来年の三月だそうですが、もう天守閣の姿は見られるようになったのですね。月明かりに輝く姿は、きっと美しかったことと思います。

 さて、作品の方ですが、型式をきちんと整えられて、よく習熟されていると思います。

 表現面で言えば、結句が疑問があり、読み下しは「明鏡に」と送り仮名を入れていますが、これは作者の思い込みで、普通に読めば「明鏡が粧ひ成る」となります。
 また、転句の「層層天守」と結句の「白鷺城」がほぼ同じものを表し、その間に「中秋」「明鏡」が入るわけで、どうもすっきりしません。

 結句に「天守新粧白鷺城」とまとめると、転句に余裕ができますので、そこに「仲秋の明月」についての描写を入れると、詩のまとまりが良くなるでしょう。
 特に、詩題が「観月夜」ですので、読者の視線を空に向けることをしないと、題と内容が一致しない結果になってしまいますね。

 その他では、承句の「歌鐘一曲」ですが、「盛況な観月会の宴」とするならば、「舞歌数曲」でしょうか。
 また、全ての句の頭が平字になっていますが、これもできればどこかを仄字にすると良いでしょう。



2014.11. 6                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第288作は 岳峰 さんからの作品です。
 お手紙には、
 昨年の9月23日に、比叡山で千日回峰行を成し遂げられた酒井雄哉大阿闍梨が八十七歳でなくなられました。
 私は過去二回酒井師の講話を聞く機会に恵まれました。
 そのときの思いと、訃報を聞いた後の気持ちを詩にいたしましたので、投稿します。
 と書かれていました。

作品番号 2014-288

  大阿闍梨        

踏破回峰千古伝   踏破す回峰 千古に伝ふ

多年苦行断人煙   多年の苦行 人煙を断つ

老師淡淡無塵俗   老師淡淡として 塵俗無し

一日一生閑坐縁   一日一生 閑坐の縁

          (下平声「一先」の押韻)


「大阿闍梨」: 満行者の称号

<解説>

 比叡山千日回峰行は満行まで七年かかり、昔から命を賭した難行とされていますが、酒井師は世間から隔絶した山中で大変な修行をされました。
 しかし、老師はまるで大業を成した人とは思えないほど穏やかで、汚れた心を持たない方でした。
 座右の銘とされていた「一日一生」という言葉に感銘を受けました。  その瞬間瞬間を真面目に生きるということの大切さを、お話の中で学ぶことができました。

<感想>

 こちらの詩には、「平成23年5月作」と添えられていましたので、酒井大阿闍梨の講演を聴かれた折の感想ですね。

 承句の「断人煙」は「人里離れた場所で」ということでしょうが、このこと自体はあまり意味が無く、起句の「回峰」で十分な気がします。また、転句の「無塵俗」とあまり変化が無く、気になりました。
 苦行に非常に努力した、ということでしたら、「養心専」とか、「道心」「洒心」など色々考えられると思います。





2014.11. 9                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第289作は 岳峰 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-289

  偲禅師        

回峰再挙行傾身   回峰の再挙 行身を傾けんや

峡谷崢エ是至人   峡谷崢エ 是れ至人

祈請入堂灯火静   祈請堂に入る 灯火静かなり

追懐寂寞独哀呻   追懐寂寞として 独り哀呻す

          (上平声「十一真」の押韻)



<解説>

 千日回峰行に2度まで挑まれた仏道修行は、奥深い谷や険しい山を駆け巡る過酷なものです。
 正に最高の境地に達した者のみが成し遂げることができるものです。
 特に衆生の幸せを仏に祈る9日間の不眠不臥のお籠りは、護摩焚きの火が静かに燃えるのみの孤独な修行です。
 このたび師の訃報に接して、以前に2度お会いしたときを偲んでいますが、ただ、寂しく哀しい気持ちで一杯です。

<感想>

 こちらの詩は訃報を聞かれた時に作られたものですね。

 題名に使われた「偲」ですが、「思い起こす」という意味は日本語用法ですので、「憶禅師」が良いでしょう。

 承句は省略がきついのではないでしょうか。これでは「峡谷が至人」となります。
 他の表現もあるでしょうが、取りあえず起句と語句を交換して、

    崢エ峡谷行傾身
    再挙回峰是至人

 とする方が流れが良くなると思います。

 転句まで禅師の行為が続きますが、そこから突然作者の嘆きに移るのは、時制の関係で唐突感があり、何を歎いているのかも伝わりません。
 作者の思いを記録する、という目的ならば良いですが、他の人が読むということを考えると、転句に禅師が亡くなられたことを書くなり暗示するなりをしないといけないでしょうね。




2014.11. 9                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第290作は 岳峰 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-290

  桂秋        

叡山涓滴別天中   叡山の涓滴 別天の中

敬尚人師講席同   敬尚人師 講席を同じうす

談笑高懐揮一夢   談笑高懐 揮て一つの夢

桂香独往落花風   桂香独り往く 落花の風

          (上平声「一東」の押韻)



<解説>

 自分が死んだ際は、比叡山の水のしずくになってでも琵琶湖に注ぎ、人々の役にたちたいとの思いは、俗世間から離れた尊い考えでしょう。
 日頃から尊敬していた師のお話を聞く場所に同席できたことは本当にありがたいことでした。
 にこやかな笑顔で人の道を語っておられた姿を想うと、はかない夢であったかのような錯覚さえ憶えます。
 きんもくせいが香るこの秋に独り旅立たれました。まるで一陣の風に花びらが散るがごとくに……。

<感想>

 こちらの詩は、気持ちが先走ったのでしょうか、言葉がついて来ていないように感じます。

 起句は、解説に書かれた禅師の言葉については読者は知りませんので、「別天中」と作者の感想を書くのは我慢して欲しいですね。
 「献身衷」のような形にすると、一応「叡山涓滴」が比喩だとわかりますので、承句への流れが生まれると思います。

 承句の「講席同」は表現がおかしく、尊敬する禅師と一緒に講筵に参加したとなり、二人が同じ位置に立ってしまいます。
 ここも「講話豊」というところでしょうか。

 転句の「談笑」は「にこやか」ではなく「なごやか」ですので、禅師と作者が楽しく語り合ったということになります。「笑貌」とすれば禅師の笑い顔になり、「高懐」との対応も良くなりますね。

 転句から結句の流れは良いですが、最後の「落花風」はいただけません。これは春の言葉で、金木犀の秋には合いません。
 「桂香」「独往」「落花風」がバラバラで、一つの句の中に沢山入れすぎではないでしょうか。
 例えば「桂香澄爽杪秋風」として「杪」で去りゆく感じを残してみましたが、素材を絞って句としてのまとまりを出す方向で考えて行くと良いと思います。



2014.11. 9                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第291作は 越粒庵 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-291

  晩夏参禅        

来尋塵外寺   来たり尋ぬ 塵外の寺

暑退竹渓旋   暑退き 竹渓旋る

警策低頭処   警策 頭を低るるの処

蝉声沁耳辺   蝉声 耳辺に沁む

          (下平声「一先」の押韻)



<解説>

 初体験の座禅、驚策の音、僧の足音、谷川の音、蝉の声、時に寺犬の声、とりとめもなく音だけ感じていた一炷でした。

<感想>

 遠近法が働いて、画面が次第にズームアップするような効果があり、作者と一緒に参禅しているような気持ちになります。
 特に後半は、目を閉じて耳からの音だけに集中していく感じで、「沁」がいかにも、という効果を出していますね。

 承句の「暑退」は「晩夏」という季節を意識させる言葉ですが、「塵外寺」「竹渓旋」という場面ですので、この場所だから(まだ残る)暑さも散じたという意味も含ませているのでしょう。

 後半は、末字に「処」「辺」で、どちらも場所を表す字が使われています。
 対句として読むならば良いですが、ここはどうでしょうか。
 例えば、「低頭処」から場所を引き継ぐ形で「瞑瞑聴晩蝉」のような句も考えられると思いました。



2014.11.10                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第292作は 亥燧 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-292

  蠡湖遊覧        

呉越興亡千里情   呉越の興亡 千里の情

蘇州七月水辺程   蘇州の七月 水辺の程

蓮花西子不知怨   蓮花は西子の怨みを知らず

埋盡清池發太平   清池を埋め尽くして太平に発く

          (下平声「八庚」の押韻)



<解説>

 この夏27年ぶりに蘇州、上海へ行ってきました。
 杭州へも行きたかったのですが、次回に。
 中国四大美人のひとり西施が高級官僚の范蠡と過ごした西施荘で。

<感想>

 越王勾践に仕えた范蠡が、呉王闔閭を籠絡するために美女西施を送りこみ、勝利の後にその西施と共に逃げたことが伝説として残っていますね。

 幾つか気になるところがある詩ですね。

 起句は「千里」は呉越の地方一帯を表すのでしょうが、それを「情」と結ぶのはどうなのでしょう。
 誰の情なのか、どういう情なのか、ヒントが少なすぎますね。
 「千歳」ならば作者の気持ちだと分かりやすいのですが。

 承句は場面説明としてすっきりしていて、この句だけで前半は良いくらい、逆に、起句の必要性が疑わしくなってきます。

 転句は読み下しも無理矢理、という感じで、「西子の怨み」と読者に読ませるのは酷です。「蓮花の(ような)西子は怨みを知らず」として逃げる形でしょうが、主語が変わりますので話も違ってしまいます。
 それよりも、そもそも范蠡と過ごしたとされる蠡湖を舞台にしたからには、前提として、范蠡と西施が共に晩年を送ったという伝説に則るわけで、その場合に、西施にはどんな「怨」があると言うのか、私には悩ましいところです。
 ただ、西施にどんな怨みがあったのか、という歴史に関する問題提起の意図は無いでしょうから、下三字を「似西子」のような蓮の花と西施を重ねるような表現に抑えておくのが良いでしょうね。



2014.11.15                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第293作は 亥燧 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-293

  讃ねずみ男        

妖怪誕生邊邑村   妖怪誕生 辺邑の村

四時寛楽往来繁   四時寛楽 往来繁し

方知人好鼠男擧   方に知る 人ねずみ男の擧を好むを

風致遥凌薬石言   風致 遥に凌ぐ薬石の言

          (上平声「十三元」の押韻)



<解説>

 水木しげるロードへ行ってきました。
 山陰のちっぽけな村が大賑わい。大好きなねずみ男に会えました。
 彼は妖怪大学出のインテリなのに挙動不審、というよりはっきり言って卑怯(人間世界では)です。でも何かしら憎めないところがあって、その発する言葉にハッとして、こんな風に生きてみたいと衝動に駆られる時もあります。

 鈴木先生、マンガはお読みになりませんか?

<感想>

 私も漫画で育った世代ですので、もちろん、今でも読みますよ。ただ、さすがに「少年」という題の週刊誌は手にしづらい年齢になりまして、街の喫茶店に入っても、あまり読まなくなりましたね。

 水木しげるは子どもの頃から読んでいましたし、ゲゲゲの鬼太郎もねずみ男も懐かしいですね。
 妖怪の人間性(?)を認知させたもので、現代の物語、例えば畠中恵さんの「しゃばけ」シリーズなど大好きですが、水木ワールドに通じる香りがあるからだと思います。

 とりわけねずみ男に関心を持って読んではいませんでしたが、仰る通り、彼は他の妖怪達とは異なるキャラクターは独特の人間くささが有って、愛されるべき存在ですね。

 結句でうまく収めるのではなく、ねずみ男についてもう少し書いてもよいかな、と思いました。



2014.11.15                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第294作は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-294

  夢 筆        

醉騎夢筆舞時空,   醉って夢の筆に騎(の)り時空に舞ひ,

白首詩魂遊縱横。   白首の詩魂 縱横に遊ぶ。

乘興金秋題赤壁,   興に乘り金秋に赤壁に題し,

對酌蘇軾擅風情。   對酌して蘇軾と風情をほしいままにす。

          (中華新韵十四枯平声の押韻)



<解説>

 中国のネットの辞書『漢典』によると、
 「夢筆」という言葉は、才思敏捷,文章華美の意味に用いられることが多いようですが、ここでは夢の筆、夢に見た筆の意味で使っています。
 拙作は、魔女には箒、詩人には筆ということで、筆に跨って空を飛ぶことを空想しました。
 転句で赤壁に題することにしましたので、合句(結句)では、蘇軾に登場してもらうことになりました。
 なお、拙作は中華新韵で詠んでいますので、合句の對酌の「酌」は、平声です。

<感想>

 これは「夢筆」という言葉に触発されて書き上げた作品でしょうね。
 筆に乗って空を飛ぶ、という空想は、李白の姿を思い浮かばせますが、詩人が空を飛び回るということで連想するのは、

浩浩乎如馮虚御風、  浩浩乎として虚に馮り風を御し、
而不知其所止、     其の止まる所を知らず、
飄飄乎如遺世独立、  飄飄乎として世を遺れ独り立ち、
羽化而登仙。       羽化して登仙するが如し。
 の句、『前赤壁賦』ですね。
 転句で「赤壁」が突然出てきた印象もありますが、鮟鱇さんの「夢」がまさに自在に「時空」を舞っていることからの措辞でしょう。

 蘇軾との對酌という夢、私も見てみたいですね。



2014.11.15                  by 桐山人






















 2014年の投稿詩 第295作は 哲山 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-295

  炎夏        

狗也孤軒下   狗や孤り軒下

吾同独介居   吾同じく独り介居

唯聞蝉噪聒   唯聞く蝉の噪聒

終日汗無為   終日無為にして汗す

          (上平声「四支」の押韻)

<感想>

 夏の暑さの中、何もする気力も浮かばずに、じっと汗を流しているという場面ですね。

 「狗也」は「おい、犬よ」と呼びかけたという形でしょう。

 承句の「介居」は「一人で居る」ということですが、この場合の「居」は「上平声六魚」の韻だと思いますが、いかがでしょう。

 犬と吾と、それぞれが「孤」「独」なのは、家族が居ないということを表しているのでしょうか。
 また、「同」「独」はどうもしっくり来ませんね。
 対比させるにしても、「狗也睡軒下」としておくと、やや解消するかと思います。

 結句は「終日汗して為すこと無し」と読んだ方が良いです。



2014.11.15                  by 桐山人



哲山さんからお返事をいただきました。

 「居」につきましては、「介居」の熟語を見つけて飛びついたために気がつきませんでした。
 「終日無為にして汗す」も「無為」にとらわれていました。ご指摘の方がはるかに納得です。

 起承は以下のように改めたのですが・・・

  狗也鼾軒下   狗や軒下に鼾す
  吾岩穴古亀   吾は岩穴の古亀
  唯聞蝉噪聒   唯聞く蝉の噪聒
  終日汗無為   終日汗して為すこと無し

<感想>

 起句は良いとして、承句は「二・三」のリズムも崩れて、やや無理をしている感じですね。

 「終日汗無為」の象徴として「岩穴古亀」ですので、これを三文字にして、「吾如岩穴亀」でしょうか。

2014.12.20          by 桐山人























 2014年の投稿詩 第296作は 岳峰 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-296

  煙霧        

前日韶光軽暖促   前日の韶光 軽暖を促し

今朝零露苦寒知   今朝の零露 苦寒を知る

濛濛遠樹添風趣   濛濛たる遠樹 風趣を添ふ

霧杳如霞也弄奇   霧杳霞の如く 也奇を弄す

          (上平声「四支」の押韻)



<解説>

 前の日の暖かな気候が一転、厳しい朝の寒さとなり、立ち込める霧で風景も変わりました。
しかし、それもまた一興かな?と感じた次第です。

<感想>

 天候の変わりやすい季節の一コマを切り取るのは、詩人の眼ですね。
 前半の対でその辺りを描いていますが、十分な情景描写になっていると思います。

 後半はやや急ぎ過ぎたでしょうか、「濛濛」「杳」、あるいは「添風趣」「弄奇」が同じような意味合いで、バタバタと終らせた感があります。
 「如霞」の比喩に気を遣いすぎたのでしょうか、少なくとも「杳」は不要でしょうね。



2014.12. 7                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第297作は 岳峰 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-297

  皎月灑灑        

秋涼一夕聴連筝   秋涼一夕 連筝を聴く

院落草虫含露鳴   院落草虫 露を含んで鳴く

皎月玲瓏想千載   皎月玲瓏として 千載を想ふ

深松颯颯到三更   深松颯颯として 三更に到る

          (下平声「八庚」の押韻)



<解説>

 彦根城「玄宮園」を訪ねたときの感慨です。

 重陽の節句での名月と虫の音の饗宴は印象に残りました。

<感想>

 前半に音を二つ並べたのは意図的でしょうね。
 前半は節句の催し、そこから場所なり時間なりの変化を音の違いで表そうということだと思いますが、その分、情景が甘くなって、詩の主題がどこにあるかがぼやけているような印象はあります。

 「皎月玲瓏」「想千載」のつながりも、前半に庭の様子が無いため、どうしてはるか昔に想いを送るのかが弱くなって、飛躍感が残ります。

 後半に対句を置くと制約が生まれて、表現が硬くなることもありますが、「到三更」に余韻が凝縮されていて、収束がうまく行っていると思います。



2014.12. 7                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第298作は 芳原 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-298

  秋郊        

十月天高秋色通   十月 天高くして秋色通る

山容改彩轉黄紅   山容 いろを改めて轉た黄紅

竿頭一碧鴃聲甲   竿頭 一碧 鴃声げきせいかんなり

禾黍長鑱落日中   禾黍 長ざん 落日の中

          (上平声「一東」の押韻)

「長鑱」: 長い柄を持つすき、鉄製の農具の意味で使用しました

<感想>

 懐かしい思いのする風景で、空の色、紅葉の山、目に浮かぶようです。

 転句はリズムがあって、竿先の向こうの青空、そこに響く百舌の声、視点の動きに聴覚が切り込むのは快感ですね。ただ、「甲」は「甲高い」の意味だと思いますが、これは和習ですので残念、別の字を検討して下さい。

 結句の「落日中」はこの句だけで見れば写真にでもなりそうなアングルですが、転句までの情景は午後の風景という印象ですので、時間経過があったとも言えますが、急に店じまいしたような感じがします。
 「〇〇の中」あるいは「〇〇の風」などの形でイメージを広げてみてはどうでしょうね。



2014.12. 7                  by 桐山人



芳原さんからお返事をいただきました。

鈴木先生、年末のお忙しい中今回もご助言下さってありがとうございました。
早速ですが次の通り改定致しましたのでよろしくお願いします。

転句  竿頭一碧鴃聲甲⇒竿頭一碧鴃聲坼
結句  禾黍長鑱落日中⇒禾黍長鑱午下風


2014.12.14         by 芳原






















 2014年の投稿詩 第299作は 兼山 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-299

  名護屋城跡及陣跡     名護屋城跡及び陣跡   

關白豐公遺廢墟   関白 豊公 遺せし廃墟

秋風吹斷野望虚   秋風 吹断 野望は虚し

四百星霜如夢幻   四百 星霜 夢幻の如く

復元陣跡一人無   復元 陣跡 一人無し

          (上平声「六魚」の押韻)



<解説>

 名護屋城は文禄・慶長の役に際し、文禄元年(1592)肥前国名護屋(唐津市)に築城された。
二十万餘の兵が朝鮮に渡り、名護屋在陣は十万餘、総計三十万餘で陣立てされたと言われている。

 関ヶ原の合戦後、徹底的な破却作業が行われたが、現在、周辺には百三十箇所の陣跡が確認され、うち六十五箇所に遺構が残っている。その内の十三箇所が復元されている。

   呉か越か韓の彼方か夕日落つ   兼山


<感想>

 初めは承句と結句が入れ替わっていましたが、推敲されてこの形になったそうです。
 転句で粘法を破る拗体にはなりましたが、後半を「四百星霜」「一人無」の数字の対応でまとめたことで余韻は深くなったと思います。

 起句の「遺廢墟」は「廃墟を残す」と訓むのが普通ですが、「遺せし廃墟」と読むにしても、「遺」と「廃」は時間としてズレがある言葉で、違和感があります。
 敢えて「廃」の字を入れることで、そもそも最初から「廃」すべき出兵だったという非難の気持ちを籠めたのでしょうか。
 次の「野望虚」へと流れていく構想でしょうか。
 この後の展開を考えると、あまり強く気持ちを出さない方が良いかと思います。

 承句の「野望」は、入れ替えて「豊公」に近くなった分「野心」の意味とも取られるかもしれませんね。
 「四望」「一望」などが良いでしょうが、どちらの字も使われていますので、ここに落ち着いたのでしょう。
 「眺望」「弥望」として叙景を強調することも考えられますね。




2014.12. 9                  by 桐山人
























 2014年の投稿詩 第300作は 兼山 さんからの作品です。
 

作品番号 2014-300

  安樂平山城跡        

荒平山頂入新涼   荒平 山頂 新涼に入る

五尺石碑斜夕陽   五尺の 石碑 夕陽斜めなり

一族敗殘何所望   一族 敗殘 何の望む所ぞ

多年志業憶家郷   多年 志業 家郷を憶ふ

          (下平声「七陽」の押韻)



<解説>

 安楽平山城(392)は豊後の大友氏に帰属する小田部鎮元の居城であったが、天正七年(1579)、肥前の龍造寺隆信に攻められて落城、鎮元は自刃した。
 現在も石垣や土塁などが残り、本丸跡には安楽平城跡の碑が建っている。

 落城後の小田部一族は「安楽平くずれ」として農工商の分野で活躍し、福岡の地に於いて名を成した財界の要人も多い。


   落人の裔集ふなり秋彼岸   兼山


<感想>

 起承の二句は場面が明瞭で、すっきりと眼に入ります。
 ただ、「荒平山」は「安楽平山」のことだなと、ワンクッションが必要でした。
「荒」と「安楽」、その人の気持ちによって使い分けているのでしょうか。補足があればありがたいですね。

 転句の「一族敗残」は解説を読まないと分からない事情ですが、題名に「城跡」があるので助かりました。
 場合によっては、作者自身が一家離散の境遇なのかと思うところです。
 落人の立場で語ることで、読者の共感が増すだけでなく、作者自身の落城後の「一族」への共感も深く表れているとも言えますね。
 結句の「多年」「志業」は説明くさく、どちらかを削って、異土で過ごしている意味合いの言葉を入れると、「憶家郷」への流れが良くなると思います。



2014.12. 9                  by 桐山人