2006年の投稿詩 第61作は 金先生 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-61

  呉空襲六十年忌所感        

海鎮威容不守民   海鎮威容 民を守らず、

空爆猛火幾酸辛   空爆 猛火 幾酸辛。

青燐飛処無人識   青燐飛ぶ処 人の識る無く、

添得壕痕花一輪   添え得る壕痕に花一輪。

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

     呉空襲六十年に思う
   海軍鎮守府の威容も 市民の守りにはならず、
   空襲の猛火のため 多くの人が命を落とした。
   無縁の魂は長い間 人知れず飛んでいることだろう
   防空壕の跡に 誰が添えたのか花が飾ってあるよ。

 1945年7月1日深夜から2日未明にかけての呉市街地空襲により、多くの人々が亡くなられました。
 逃げ込んだ防空壕が煙突のように炎と煙の通り道になり、「人間薫製」のようになって壕内の多くの人が亡くなったところが一つだけではなくたくさんあります。
「人魂が出た」というような話がいつしか伝わり、1950年ごろからこれらの犠牲者の多かった防空壕何カ所かの前に慰霊碑や慰霊地蔵などが建てられ、今に至るまで毎年7月1日には慰霊行事が細々ながら続いています。

・追記 私の曾祖母もこの日の空襲で亡くなったそうです。
 家の焼け跡に残った井戸の中に、着物や油紙に包まれた財布と現金が投げ込んであったとのこと。
曾祖母の姿が見えなかったため、井戸に飛び込んでいたのではとのぞき込んで見つけたと叔母が語っていました。。

<感想>

 終戦の年には空爆が激しくなり、軍関係の施設を持っている都市では、施設のみならず市街地への爆撃を受け、多くの犠牲者、大きな被害を被ったと聞いています。愛知県でも、軍需関係の工場が集中していたため、名古屋や豊橋、そして私の住む半田市なども、やはり45年に大規模な空襲を受けました。
 六十年の歳月の中で被害を受けた土地も姿を変え、今では思い出すよすがもない所が多いのですが、心の中にはいつまでも悲惨な出来事は焼き付けられるもの、そして、その心を更に形として残すのが文学の役割でしょう。

 起句の「海鎮」「海軍鎮守府」を略された呼称でしょう。多くの人には伝わらない言葉かもしれませんが、「呉空襲六十年忌」という題名に示された地域性で、呉の方々(特に戦前を知っておられる方)にはシンボルとして強烈なイメージがあるのかもしれませんね。「威容」の浮いた言葉も、「鎮」と相まって皮肉な響きを強く感じさせます。
 承句の二字目は平字でなくてはならないところですね。

2006. 5.18                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第62作は 嗣朗 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-62

  想弘法大師東寺     弘法大師の東寺を想ふ   

思想共存東寺濠   思想共存 東寺の濠

密厳浄土法輪労   密厳浄土 法輪に労す

大師古塔訴民族   大師の古塔 民族に訴ふ

春色人心万里翺   春色人心 万里に翺ける

          (下平声「四豪」の押韻)

<解説>

 東寺五重塔の初層公開を聞き見学した。高野山を密教の修験場とし、東寺を実践の道場として神仏を問わず極楽浄土を説いた弘法大師を想いつつ

<感想>

 起句の「共存」は、何と何が「共存」なのか、筆者の思いが十分には伝わっていないでしょうね。
 同じことは、転句にも感じられるのですが、何を訴えているのか。結句でそれが出てくるかと思うのですが、春景色になってしまうのが、肩すかしのように感じます。起句と結句をそっくり入れ替えると、展開は整うのではないでしょうか。

 結句の「翺」は、「はばたいて、飛び回る」意味です。

2006. 5.18                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第63作は 緑風 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-63

  如月会旅行        

二月清遊想古亭   二月 想古亭に清遊す

伊吹山麓霰冥冥   伊吹山麓 霰 冥冥

浴光明石歓娯暖   光明石に浴し 歓娯の暖

淡雪稜稜舞裏庭   淡雪 稜々 裏庭に舞ふ

          (下平声「九青」の押韻)

<解説>

 恒例の如月旅行に今年は湖北の木の本地蔵をお参りし、賤ヶ岳麓の想古亭源内に宿泊しました。
 大寒波の到来で吹雪の中のバス旅行での不安と到着後の温泉での安堵感を纏めてみました。

<感想>

 私は最初「光明石」が分からなくて、インターネットで調べました。天然鉱石ということで、これが浴槽に入れてあるお風呂だということですね。納得しました。
 「想古亭」も趣のある名ですが、徳富蘇峰が命名したということですね。
 それぞれの実際の姿を知りませんので申し訳ないのですが、この詩では、承句までの所で具体的な名前は抑えておいて、転句の「光明石」は省いた方が良いと思います。詩としての必要性から見た時に、限定された「伊吹山 想古亭」から一旦離れることが、詩の後半に生き生きとした広がりを与えるように思います。

2006. 5.18                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第64作は 菊太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-64

  遊西湖     西湖に遊ぶ   

西遥渡海訪杭州   西の方遥かに 海を渡り 杭州を訪ふ

徐歩蘇堤紅樹秋   徐ろに歩す 蘇堤 紅樹の秋

遠問古人湖不語   遠く古人を問へども 湖は語らず

清漣溶漾四囲幽   清漣 溶漾として 四囲幽なり

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

 昨秋、中国の江南地方を一回りして来ました。
 杭州西湖では蘇軾の詩を口ずさみながら蘇堤を散策しました。その日の西湖は「淡粧」でした。

<感想>

 中国旅行のお話を聞くと、ついうらやましい気持ちでいっぱいになります。うーん、正確には「うらめしい」でしょうか。
 私も、実はこの春に行けたらいいな?という気持ちもあり、職場の先輩を誘ってもいたのですが、何だかんだとドタバタしている間に計画が流れてしまいました。結果的には、旅行に行く予定の日に私は緊急入院をしてしまいましたので、どのみち旅行には行けなかったのでしょうが、残念でした。
 ま、ここは気を取り直して、菊太郎さんが三作も送って下さったので、それを味わって、旅行に行った気分になろうと思います。

 「西湖」と言えば、真っ先に思い出されるのが、北宋の蘇軾の「飲湖上初晴後雨」の詩ですね。菊太郎さんの解説もこの詩の後半を引かれたものですね。
 承句の「蘇堤」は、その蘇軾がこの地に流された時に築いたとされ、白居易が築いた「白堤」と並ぶ名所ですね。そのつながりがありますから、次の転句の「古人」も、蘇軾を始めとする「かつての文人」が自然に呼び起こされます。単なる地名を述べた以上の効果を持っていますね。
 ただ、「遠問」は、ここに作者の心情が凝縮されるところですので、もう一工夫、「問」よりもインパクトの強い言葉が欲しいと思います。

2006. 5.22                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第65作は 菊太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-65

  蘇州寒山寺        

江南史蹟半紅楓   江南 史蹟 半ば紅楓

初訪寒山古梵宮   初めて訪ふ 寒山 古梵宮

院落寺楼幽寂境   院落 寺楼 幽寂の境

仰看塔影夕陽中   仰ぎ看る塔影 夕陽の中

          (上平声「一東」の押韻)

<解説>

 もう少し荘厳な雰囲気を期待しましたが、正直少しがっかり。
 大晦日には境内が満員になるとか、この日は閑散としていて、ゆっくり鐘を撞いてきました。五重塔が新装なっていました。

<感想>

 こちらは、もう言うまでもないくらい有名な張継の「楓橋夜泊」でおなじみの寒山寺ですね。
 季節的には丁度同じくらいでしょうか、期待していた姿と違って「がっかり」という気持ちが出たのでしょうか、こちらの詩は「初訪」という割にはあまり感激が伝わって来ません。
 「梵宮」「院落」「寺楼」と同じものを表す言葉が並んでいるだけで、その描写が無いことも関係しているでしょう。
 「紅楓」「夕陽」の色彩感などももう少し生かしてほしい気がします。

2006. 5.22                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第66作は 菊太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-66

  上海夕景        

外灘大廈暮雲囲   外灘の大廈 暮雲囲む

転首浦東斜照輝   首を転ずれば 浦東 斜照に輝く

新旧高楼相競美   新旧の高楼 相い美を競う

通宵点燭月明微   通宵 燭を点じて 月明微かなり

          (上平声「五微」の押韻)

<解説>

 上海では外灘地区で対岸の浦東の夕景を堪能しました。
 目覚しい中国の経済発展を驚異の目で見つめました。


<感想>

 上海の名所中の名所、外灘ですね。昼間に餘園、夕方に外灘というコースのツアーがほとんどですね。
 この詩では、視点の変化が気になります。起句は近景、承句は遠景、そしてまた転句で近景という動きは、読者にはその度にイメージを切り替えなくてはいけませんから、やや辛いでしょう。起句と承句を入れ替えるくらいの感じで流れが良くなると思います。

2006. 5.22                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第67作は台湾の 蝶依 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-67

  賞花        

東風一路送春來,   

爛熳櫻花夾道開。   

人在異郷溪畔處,   

也曾留影剪詩回。   

          (上平声「十灰」の押韻)

<感想>

 満開の桜並木の映像が目に浮かんでくるような前半ですね。

 転句の「人」を私は作者自身と思って読みましたが、別の解釈も考えられますね。それによって、詩の味わいもまた違ってくるでしょう。
 承句で示された「道」がここでは「溪」と来ましたので、「谷川の道」だと分かりますね。

 結句の「也曾」は、以前にもこの地に来られたことがあるということでしょうか、ちょっとわかりませんね。どなたか、お教えください。

2006. 5.25                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第68作は 庵仙 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-68

  雨水告春     雨水 春を告ぐ   

残雪未消籬落隈   残雪 未だ消えず 籬落の隈、

恵風弱起一枝開   恵風 弱く起りて 一枝開く。

忽来降雨霑庭樹   忽ち降雨来りて 庭樹を霑す、

水温方知淑気回   水ぬるみ まさに知る 淑気 回るを。

          (上平声「十灰」の押韻)

<解説>

 残雪がまだ消えずに垣根の隅に残っている。
 春風が弱弱しく起って、梅の花が一枝だけ開いた。
 突然、雨が降りだして、庭の樹木を霑した。
 雨水にしても、水はぬるみ もう春が来たことを知ることができる。

  服部嵐雪の俳句
     梅一輪一輪ほどの暖かさ
を参考に作ったものです。

<感想>

 季節が変わり始める時の、その微かな変化を見つけて言葉にするのが詩人の楽しみ、庵仙さんの今回の詩はそうした味わいがよく出ていますね。
 実景かもしれませんが、転句からの「雨」「水」の使用には、「雨水」の節を文字として表そうという意図も感じられます。特に、結句の「水温」は、雨滴とは考えにくい所ですので、どこを流れる水に触れての実感なのかが分かりにくいように思いました。

2006. 6. 4                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第69作は 蝶依 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-69

  尋春        

昔日尋春今又來,   

塵心未盡幾徘徊。   

羊腸曲折煙垂草,   

石磴參差水弄苔。   

笑我心ェ隨意適,   

吟詩酒足趁時催。   

花藏秘地無迎送,   

自許孤高不亂開。   

          (上平声「十灰」の押韻)

<感想>

 かつて訪れた地にもう一度来てみると、時の流れを一層感じさせられるもの。ゆったりとした気持ちで春を眺めていると、心も次第に世俗から離れて行くのでしょう。
 ひっそりと咲く春の花に、自らの心を重ねている尾聯が、まだ少し早い季節の訪れを表していますね。

2006. 6. 4                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第70作は 一人土也 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-70

  岳将軍        

黄昏北宋乱風雲,   黄昏の北宋 乱風雲、

鴻鵠将飛率百軍。   鴻鵠将に飛ばんとし百軍を率いる。

其翼中原名与実,   其の翼に中原の名と実と、

乾坤一擲曳斜曛。   乾坤一擲 斜曛を曳く。

          (上平声「十二文」の押韻)

<解説>

      岳将軍

  たそがれの北宋に乱れる風雲、
  おおとり まさに飛ばんとして大軍を率いる。
  その翼に中原の名と実とが握られ、
  乾坤一擲 傾いた太陽を引っ張っていった。

  この詩は今見ると完結していないような気がしてきます。






















 2006年の投稿詩 第71作は 一人土也 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-71

  岳将軍        

干戈蹂躪汴京紛,   干戈蹂躪 汴京紛とし、

鴻鵠奔天守国君。   鴻鵠天を奔りて国君を守る。

漫衍鼓吹惟宋者,   漫衍 鼓吹するは惟れ宋者、

昏迷突撃是金軍。   昏迷 突撃するは是れ金軍。

将戡忘死名人剣,   将に戡たんとし 死を忘るる名人の剣、

豈料偸生俗吏文。   豈料らんや 生を偸みし俗吏の文。

碧血乱光天夕暮,   碧血 乱光し 天夕暮、

精忠之志似蘭薫。   精忠之志 蘭薫るに似たる。

          (上平声「十二文」の押韻)

<解説>

 戦いが世界を踏みにじり、北宋の汴都は乱れ、
 岳飛は天を走って国の君を守る。
 ひろびろと鼓吹するのは宋の者たち、
 迷って突撃するのは金軍。
 将に勝とうとして死を忘れる名臣の太刀、
 とても考えもできぬ生を偸んだ俗吏の文。
 碧血ピカピカして天は老い、
 精忠の志 蘭が薫るのに似る。


「汴京」は北宋の都
「鴻鵠奔天」は岳飛の活躍のさま
「偸生俗吏」とは秦檜のこと。金に捕らわれたのに生きて戻ってきた。
      裏切りの密約をしたからといわれる。
「碧血」は忠誠の極まり。萇弘が主君をいさめて自殺したら、
    その血が碧玉になったという伝説から。

  この前送った岳飛の詩が完結していないので今度は律詩で作ってみましたが、 ちゃんと対になっていないような気がするような・・・・。

<感想>

 岳飛は、南宋の武人、金に抵抗して勝ちを収めながらも、謀略によって死ぬことになった悲劇の将軍ですね。

 第70作の七言絶句の方は、一人土也さんも仰っているように、やや物足りない感が殘ります。起句承句は問題ないと思いますが、転句に述語が無いため、名詞が並んでいる形になり、句意が甘くなりました。
また、 各句の頭が皆平字なのも、検討をしてください。

 律詩になると、字数の関係からでしょうが、伝えたいことがよく分かります。
 頸聯の「忘死」「偸生」の対が、悲劇の姿をよく表していますね。香しく、すっと立つ蘭の花に「精忠之志」を例えたのも、象徴性がよく表れていると思います。

2006. 6. 8                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第72作は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-72

 今回の作品については、先に解説を読んでいただいた方が良いでしょう。鮟鱇さんがお書きになったものを載せましょう。

<解説>

 七律を轆轤体で書いたものです。
 轆轤体は、七律の頭初を押韻体で作り、その句を次は第2句において七律を作り、次は第4句、次は第6句、そして最後に第8句に置いて律詩を書きつないでいくもので、計5首、轆轤が回るように作ります。
 ここでは、「少誑天帝尚偸生」が、回っています。
 轆轤体、労多くしての感なきにしもあらずですが、冬の夜長の手遊びには向いているかも知れません。


七律轆轤體 五首

  其の一        

少誑天帝尚偸生,   少しく天帝を誑いて 尚 偸生し,

坐啜三元椒酒清。   坐ろに啜る三元の椒酒清し。

院落蝋梅堪嘆賞,   院落の蝋梅 嘆賞するに堪え

檐頭凍雀欲嚶鳴。   檐頭の凍雀 嚶鳴せんと欲す。

風含淑氣催詩思,   風は淑氣を含んで詩思を催し,

人有禿毫引墨行。   人に禿毫ありて墨行を引く。

忽得擬唐吟志健,   忽として得たり 唐に擬す吟志の健,

聳肩游目雪峰明。   肩を聳やかして目を遊ばさば 雪峰 明なり。




  其の二        

野叟多閑無世榮,   野叟 閑多くして世榮なく,

少誑天帝尚偸生。   少しく天帝を誑きて 尚 偸生す。

負暄曳杖探春處,   暄を負ひ杖を曳いて春を探る處,

滿目乘風飛雪櫻。   目を満たし風に乗って雪を飛ばす桜。

花底傾杯樂酣興,   花底に杯を傾けて酣興を楽しみ,

酒郷依旧鼓吟情。   酒郷に旧に依りて吟情を鼓す。

笑調平仄押清韵,   笑って平仄を調へ清韻を押し,

高聳双肩和老鶯。   高く双肩を聳やかして老鶯に和す。




  其の三        

涼風拂面水声清,   涼風 面を払って水声清く,

溪谷緑陰塵外情。   溪谷の緑陰 塵外の情。

多看詩書試揮筆,   多いに詩書を看みて試みに筆を揮ひ,

少誑天帝尚偸生。   少しく天帝を誑きて 尚 生を偸む。

搖唇冩景弄清韵,   唇を揺らし景を写して清韻を弄び,

覓句謳心吟好声。   句を覓め心を謳って好声を吟ず。

我有鴻才歩閑徑,   我に鴻才あって閑径を歩むも,

無人酬和晩蝉鳴。   人の酬和する無く 晩蝉鳴く。




  其の四        

昼賞菊花香氣呈,   昼に賞す菊花 香気を呈し,

夜玩秋月坐三更。   夜に玩ぶ秋月 三更に坐す。

試新凝思句難就,   新しきを試み思ひを凝らすも句 就りがたく,

依旧擬唐詩未成。   旧に依り唐に擬すも 詩 未だ成らず。

多買酒功將振翅,   多いに酒功を買って將に翅を振はんとし,

少誑天帝尚偸生。   少しく天帝を誑きて 尚 生を偸む。

醉魂游處嫦娥誘,   酔魂遊ぶ處 嫦娥誘ひ,

媚笑侑觴轉有情。   媚笑 侑觴 轉た有情。




  其の五        

老殘吟似晩蛩鳴,   老残吟じて晩蛩の鳴くに似て,

歳暮尚揮禿筆行。   歳暮に尚 禿筆の行くを揮ふ。

愁看年詩無可祭,   愁ひ看るに年詩 祭るべき無く,

笑依玉盞正堪傾。   笑って依るに玉盞 正に傾くに堪ゆ。

洗塵温肚千鍾酒,   塵を洗ひ肚を温むる千鍾の酒,

振翅游魂萬里程。   翅を振るひ魂を遊ばす万里の程。

蝶夢醒餘垂死苦,   蝶夢 醒めたる余に死に垂とするの苦,

少誑天帝尚偸生。   少しく天帝を誑きて 尚 生を偸まん。



<感想>

 鮟鱇さんもお書きになっておられますが、これだけのものを作るのは、労力というか、精神力も大変だろうと思います。

 「其の一」から「其の五」まで、「少誑天帝尚偸生」をキーワードにしながら、季分けで言えば、新年・春・夏・秋・冬と季節が移る様は、まるで屏風絵を見ているような味わいです。
 作る側では大変でしょうが、読む側としては、とても楽しませていただきました。一詩の中での同字重出は良いのでしょうか?

2006. 6. 8                 by 桐山人


鮟鱇さんからお返事をいただきました。
桐山人先生

 鮟鱇です。拙作「七律轆轤體」につき同字重複をご指摘いただきありがとうございました。
 同字重複は、特に意図するところがなければ避けるべきです。拙作「其の五」の第二句「歳暮尚揮禿筆行」の「尚」は、轆轤体の軸であります「少誑天帝尚偸生」の「尚」と同字同義で重複しています。これは、わたしの不注意、杜撰です。第二句の「尚」は、「更(さらに)」あるいは「重(かさねて)」あたりとするべきでした。

 また、同字重複を避けるという意味では、「尚」ではなく「猶」であればよいのかも知れません。ただ、「尚」と「猶」は同義。同字重複の本来の趣旨は、「同義重複を避ける」であり、同字であっても義(意味)が異なれば使っても考えられます。これを踏まえれば、異字同義も避けるべきで、ここでは「猶」は避けるべきと思えます。

 なお、お断りせず失礼してしましたが、拙作、中華新韻で作っています。押韻は平水韻庚韻としても通用しますので、問題の第二句第四字「揮」は孤平ではないかとのご指摘があるかも知れません。平水韻入声の「禿」は中華新韻では平声ですので、孤平ではないのですが、平水韻でも通用するようにということを思えば、上述の「更(さらに)」よりは「重(かさねて)」の方がよいかと思います。

2006. 6. 9                by 鮟鱇























 2006年の投稿詩 第73作は 点水 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-73

  児童下校時巡視     児童の下校時巡視   

帰路児童受害頻   帰路の児童 害を受くること頻なり

有閑老大覚悲辛   有閑の老大 悲辛を覚ゆ

予防危険当支援   危険を予防 当に支援すべし

午後一時周近隣   午後の一時 近隣を周る

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

 児童の登下校時の安全確保のために、私どもの校区でもパトロール活動が始まりました。それに協力することとなりました。こんなことが必要なほど治安が悪くなってきているかと思うと、まことに残念です。

<感想>

 転句末の「援」の字は、「引っぱる」の意味の時は「上平声十三元」の平声ですが、「助ける」の時は仄声になります。

 近年続発する児童や幼児に対するいたましい事件は、今年になっても、留まることが無く、本当に悲しい気持ちです。治安の問題と言うよりも、人々の心の問題、ニュースを見聞きする私達の心も傷つけられます。

2006. 6. 8                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第74作は サラリーマン金太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-74

  称初代世界野球選手権優勝     初代世界野球選手権優勝を称える   

幾回決戦費精魂   幾回決戦 精魂費やし

好守好投強敵呑   好守好投 強敵呑む

榮冠齎來団結証   栄冠齎(もたら)し来たるは団結の証

凱旋祝意壓乾坤   凱旋の祝意 乾坤を壓す

          (上平声「十三元」の押韻)

<解説>

 列島が世界一の歓喜に酔いしれた。日本代表がキューバを破り優勝を決めた21日(日本時間)の「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」決勝。各地のスポーツバーなどには多くのファンが詰めかけ声援を送り、試合終了の瞬間には喜びを爆発させた。「もう最高!」「ニッポン!ニッポン!」。ファンの雄叫びはいつまでも続いた。
[ スポニチ2006年03月22日 ]

<感想>

 スポーツの世界では、サッカーのワールドカップの開幕を控え、野球の優勝の話は遠くなってしまった感があります。投稿いただいたのが1ヶ月前ですので、タイムリーな掲載ができなくて申し訳なく思っています。

 私個人としては、日頃から野球の方に意識の重点が置かれていますので、この優勝は嬉しいものでした。好運は粘り強さから生まれることを改めて実感し、世の中はそんなに捨てたものじゃない、なんて気持ちにまでなりました。
 もっとも、この優勝の直後から私は体調を崩して入院を余儀なくされたのですけど・・・・(^_^;)

 転句の「冠」はこの意味ですと、平声だと思いますので、確認をしてください。

2006. 6. 8                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第75作は 一人土也 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-75

  秋晩        

山光欲去錦雲紅,   山光去らんと欲して 錦雲紅く、

鳥語蕭蕭万里風。   鳥語りて蕭蕭 万里の風。

秋思是能千古意,   秋思 是れ能く千古の意、

不知高詠仰星空。   知らず 高詠 星空を仰ぐ。

          (上平声「一東」の押韻)

<解説>

 山を照らす光去ろうとして錦のような雲は紅く、
 鳥の鳴き声が寂しくないて 万里の風が吹き行く。
「秋思」これは千古の意なのだろうか、
(心を揺さぶられて)知らぬ間に高らかと詩を詠じ、星空を仰いでいた。

<感想>

 「秋の晩」の内容から、結句の「仰星空」への流れが、やや無理があるように思います。時間の推移を表そうという気持ちかもしれませんが、それを「不知」の二字だけで理解させようというのは、苦しいでしょうね。
 前半の二句と後半の二句が、そういう意味では切断されているという感じでしょう。

2006. 6. 8                 by 桐山人