2002年の投稿漢詩 第121作は ニャース さんからの作品です。
 台湾に行かれた折に作られた二首を送っていただきました。

作品番号 2002-121

  台湾雑感 二首(其一)        

曾経日帝久留兵   曾経(かつて) 日帝 久しく兵を留め、

国共野心覇業争   国共 野心 覇業を争う。

麗島百年常夜裡   麗島の百年 常夜の裡、

万民不屈接天明   万民 屈せず 天明に接する。

          (下平声「八庚」の押韻)


 感想は、次の122作の方に書かせていただきました。





 2002年の投稿漢詩 第122作も ニャース さんからの作品です。
 

作品番号 2002-122

  台湾雑感 二首(其二)        

笑迎老板倒茶頻   笑迎す老板 倒茶頻り、

客気皆無地話温   客気 皆無にて地話温かし。

麗島風情依旧好   麗島の風情 旧に依りて好し、

不令吾作異郷人   吾をして異郷の人になさせしめず。

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

 先月 台湾に出張に行って来ました。

 麗しの島は本当に人情が細やかで、昔の良き日本のようでした。
 取引先のお店に行くと社長自ら、お茶で歓待してくれました。そのお店に、周りのいろいろな人が、勝手にお茶を飲みに集まって来て、台湾語でみんなで世間話をするという、フーテンの寅さんの世界がありました。

 歴史的にはかなり数奇な運命を辿っている台湾ですが、勤勉な人たちですから、どんな困難も乗り切っていけると感じました。
 却って、日本の方が心配ですが.....

<感想>

 二首まとめての感想を書かせていただきます。

 どちらの詩も、台湾の街や人々へのニャースさんの温かな思いがあふれていて、それは作者自身の感受性でもあるのでしょうが、心に潤いを与えてくれるような作品になっていると思います。詩に必要なのは、まず作者の感動、改めてそのことを感じました。

 ということで、以下のことは付け足しのようなことではありますが、形を整えるという点での参考にして下さい。

 一首目は、承句の「国共野心覇業争」が、四字目が孤平になっています。孤平の内でも句の真ん中、四字目の孤平だけは厳しく言われますので、ここは再検討して下さい。

 また、二首目の押韻についてですが、一句目の「頻」と四句目の「人」は、上平声「十一真」に属する字ですが、二句目の「温」上平声「十三元」に属します。
 通韻と見ることもできないわけではありませんが、その場合には二句目、四句目は同韻という規則があります。つまり、最低限、偶数句末は同じ韻で揃えること、一句目は通韻で似た発音を持ってくることも許されるし、踏み落とすこともあり得るということだと考えるとよいでしょう。

 内容としては、一首目については、転句の「常夜裡」が少し気になりました。このままでは、「夜」であることが必ずしもマイナスと読みとれませんから、「裡」の字をもう少し明確に、重苦しい意味の字に変えてみてはどうでしょうか。
 二首目は、結句の使役形がテンポを乱していると思います。「街の雰囲気が、異邦人であると自分に感じさせない和やかなものだ」と言いたいのは分かりますが、それは婉曲表現であり、事実としては「自分が客気を感じないと言った方がすっきりと伝わります。
 「不令吾作」は、改めて見てみると、もたもたしているように感じませんか。

2002. 8.15                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第123作は 藤原鷲山 さんからの作品です。
 

作品番号 2002-123

  梅雨        

檐溜寂寥山郭家   檐溜寂寥たり 山郭の家

帷簾揺動篆烟斜   帷簾揺動して 篆烟斜なり

柴門懶出梅霖節   柴門 出るに懶し 梅霖の節

漸倦苦吟閑煮茶   漸く苦吟に倦きて 閑に茶を煮らん

          (下平声「六麻」の押韻)

<感想>

 題名のとおり、梅雨の季節のもの憂い気持ちがよく伝わる作品かと思います。
 特に承句は、「帷簾揺動」「篆烟斜」の二つの形容から、微かな風が部屋の中を動くところまで目に浮かぶ、秀逸の一句ではないでしょうか。

 そういう見方から行くと、起句の「寂寥」も、初めは作者の感懐かと思いましたが、「檐溜」を主語としての擬人法的な比喩表現として見ることができ、納得が行きます。

 ただ、結句は、作者の心情を表す言葉が多く(「倦」「苦」「閑」)、かつそれらの関連がわかりにくいと思います。
 「詩を作ることに倦きた」というのなら良いのですが、そもそも「苦吟」ならば、倦きるまでやることはないわけですし、逆に「苦吟」が楽しみだったというのなら「苦」の字がおかしいでしょう。「苦吟」が慣用的な用法であるとは言え、この場面では不用意な使い方ではないでしょうか。
 また、「漸倦」で、「次第に倦きてきた」という心境でどうして「閑」なのでしょうか、流れが不自然な気がします。

 前半の流麗な句の構成から行くと、後半がそれを受けるにやや物足りなさを感じます。

2002. 8.15                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第124作は 佐竹丹鳳 さんからの作品です。
 

作品番号 2002-124

  梅雨閑詠        

梅天晴又雨   梅雨 晴れては 又雨ふる

解睡一杯茶   睡を解く 一杯の茶

排悶移書榻   悶を排して 書榻を移せば

雲披落照斜   雲披いて 落照斜なり

          (下平声「六麻」の押韻)

<解説>

 梅雨晴れたかとおもえば 又雨ふる鬱陶しい天気に、なにもすることはなく、うたた寝から覚めました。
 眠気を除こうとして、一杯の茶を飲む
 鬱陶しい天気に、気もふさぎがちになり、本でも読もうとしましたが、部屋の中は暗く、明るい窓側へ書榻を移しました。
 雨は止んだのかと空をながめれば、すっかり雨は止み、雲は披いて夕陽が差しこんできました。

<感想>

 佐竹丹鳳さんの五言詩は珍しいですね。

 起句と承句の関連ですが、「晴又雨」という天気の変化から連想されるのは、人がその日その時の天候にあわただしく動かされる姿ではないでしょうか。
 解説にお書きになったような、「晴れたかと思えば 又雨ふる鬱陶しい天気に、なにもすることはなく」という姿はなかなか想像しにくいと思います。五言絶句ですから、こうした予想を裏切る展開も面白いかもしれませんが、そこは転句にまかせた方が良いでしょう。
 承句から結句までの流れは、逆に五絶とは思えないような自然な進行で、部屋に差し込む夕日が見えるようです。

 いただいた原稿では、転句の読み下しが「悶を排して 書榻を移し」となっていたのですが、結句とのつながりから考えて、掲載のように直させていただきました。
 「書榻を移」したことが「雲披落照斜」の原因では勿論ありませんので、意味としては、私が書榻を移した時に、雲披いて落照が斜めになっていることに気づいた、という形で、転句と結句の主語を統一する役割になります。
 ただ、これは読み下しの上でのことだけですから、漢詩そのものには何も関係はないと言えます。しかし、詩の行間のニュアンスを伝えるのには読み下しが役割を果たすことも多く、こうしたちょっとした言い回しが有効になるでしょう。

2002. 8.15                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第125作は サラリーマン金太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2002-125

  安芸宮島管絃祭書感        

海神欲慰舞童児   海神慰めんと欲して 童児舞ひ

篝火挑舟発古祠   篝火 舟に挑(かか)げて 古祠を発つ

平氏遺音猶脈脈   平氏の遺音 猶脈脈

躍然儀式極新奇   躍然たる儀式 新奇を極む

          (上平声「四支」の押韻)

<解説>

 さて今回の日本三景宮島の夏祭を詠んだ漢詩ですが、毎年旧暦6月17日の夕方から夜にかけて広島県宮島町で繰り広げられる海上平安時代絵巻きです。
 童児により神楽が供されると、舟首のかがり火が瀬戸の水面を焦がす中、神輿が御座船へと移され厳島神社を厳かに出発します。これに氏子が操る何十隻の御供船が、ぼんぼりや御神燈を掲げて海上を渡御し、琴や琵琶、太鼓や鐘、竜笛や笙を用いて雅やかな調べが響き渡ります。

 元々平安時代に平清盛が、都で貴族たちと庭の池に竜頭鷁首(げきしゅ)の船を浮かべて管絃(弦)の遊びをしたのが始まりで、これを平家の崇敬厚かった宮島に移し、神々を慰め奉ったのが始まりとされています。
 平家の盛衰を思いつつも、この生き生きと目の前で繰り広げられている儀式は、時代を超えて珍しくも今に受け継がれています。

<感想>

 古式豊か、雅やかな行事のようですね。
 厳島神社には、私は高校時代に修学旅行で出かけたきりですが、何年か前の台風(?)の折に被害が大きかったというのを記憶しています。もう修復は終ったのでしょうか。

 起句の語順がやや無理があるように思います。ここはこのままでは、「海神慰めようとして 童児舞わせた」となりますので、作者の意図した内容から見ると、二ヶ所の倒置です。文法通りではなく倒置したりすることは漢詩ではよくありますが、異なる解釈が可能になってしまうのはやはり配慮が必要でしょう。

 結句の「新奇」も、この伝統的な行事を表す言葉としては、違和感がありますね。解説に書かれた「時代を超えて珍しく」という意図だろうと理解はしましたが、ご説明によれば何百年も続いてきた行事なわけですから、「新」の字は使いづらいのではないでしょうか。

2002. 8.18                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第126作は東京都杉並区の 聴石 さん、七十代の男性の方からの初めての投稿作品です。
 昭和六十一年に作られた作品だそうです。

作品番号 2002-126

  我有膽石      我ニ胆石有リ  

腹中存異物   腹中 異物 存ス

醫診宿痾因   医ハ診ル 宿痾ノ因ト。

養體平生黙   体ヲ養エバ 平生 黙スルモ

過餐突忽嗔   餐ヲ過セバ 突忽ニシテ 嗔(イカ)ル。

動雖呈醉態   動(ヤヤモス)レバ 酔態ヲ呈スト雖モ

當勿悖彝倫   当ニ 彝倫ニ悖(モト)ルコト 勿ルベシ。

儻太乖常道   儻(モシ)モ太(ハナハ)ダ 常道ニ 乖(ソム)ケバ

天令石語人   天 石ヲシテ 人ニ語ラシム。

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

 腹中に胆石があるとは気がつかなかった。そういえば時に痛むことがあったが、人間ドックで発見された。医者には手術を薦められたが辞退した。
 世にサイレントストーンと称するそうで、お墓まで大事に連れて行くつもりである。
 暴飲暴食には注意します。

 [語釈]
 「宿痾」:ずっと前からの病気。
 「突忽」:にわかに。
 「彝倫」:人として守るべき不変の法。
 「 悖 」 :そむく。

<感想>

 初めまして。新しく仲間に入られた聴石さん、歓迎いたします。

 「胆石」を詩題とされたのにも驚きましたが、内容も洒落ていて、達者な作品と楽しませていただきました。
 特に尾聯は、胆石を肯定的にとらえようという意識が表れていて、どことなく生涯の伴侶(?)への愛着すら感じられる表現ですね。

 昭和六十一年の作とのことですので、もう十五年以上、「一病息災」で胆石と仲良く過ごしておられるのですね。

2002. 8.18                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第127作も 聴石 さんからの作品です。
 こちらは平成十四年、今年の作品ですね。

作品番号 2002-127

  當世風俗        

蝟集芝原男女兒   芝原ニ蝟集(イシュウ)スル 男女ノ児

蹴兵士氣挺身支   蹴兵ノ士気ヲ 身ヲ挺シテ 支ウ。

容模金髪口號覇   容ハ 金髪ヲ模シテ 口ニハ覇ヲ号(サケ)

體著碧衣顔描旗   体ハ 碧衣ヲ著ケテ 顔ニ旗ヲ描ク。

一夕獲符通夜列   一夕ノ符ヲ獲スルニ 夜ヲ通シテ列(ナラ)

二回制勝没河怡   二回 勝ヲ制スレバ 河ニ没シテ怡(ヨロコ)ブ。

青春盡性豈球技   青春 性ヲ尽クスハ 豈ニ 球技ノミナランヤ

歡後慮圍宜用知   歓後 囲ヲ慮(オモンバカ)ッテ 宜シク知ヲ用ウ

          (上平声「四支」の押韻)

 [語釈]
 「蝟集」:蝟はハリネズミ。ハリネズミの毛のように多くのものが一時に集まる。
 「芝原」:芝を植えた競技場。芝は和語。
 「蹴兵」:サッカーの選手のこと。
 「碧衣」:日本チームのユニフォームは青色。
 「旗」:国旗。
 「獲符」:チケットを入手する。
 「制勝」:ロシアとチュニジアに勝った。
 「没河」:大阪では勝利に興奮して道頓堀に飛び込んだ。
 「歓後」:うたげが終わったあと。
 「囲」:まわり。サッカー以外の諸々のこと。

<感想>

 いささか失礼とは思いますが、七十一歳という年齢の方がサッカーのワールドカップにこのように詩をお書きになったことに対して、感動しました。
 お体のことは存じませんが、お気持ちの面での矍鑠(かくしゃく)としたお姿が目に浮かぶようで、敬服します。

 ワールドカップ症候群という言葉が一時よく言われました。しかしながら、どうもこれはマスコミが煽り立てただけの言葉のようで、熱しやすく冷めやすい我が国の人々は、心配されたほどのことはなく、すぐにもとの日常(?)に戻ったようで、Jリーグの試合結果などもどことなく間の抜けたような印象で見ている人が多いようです。

 日常ということで見れば、国会や長野知事選と同様に、ベッカムを追いかけてのワールドカップも全て、ワイドショーでは同列のテーマであり、そういう点では、そもそも日常が宴に埋没しているのかもしれません。
 聴石さんの最後の句である「歡後慮圍宜用知」は、私自身がわが身につまされる警句です。

 それはそれとして、うーん、やはり日本サッカー協会に紹介したいような作品ですね。

2002. 8.18                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第128作は 真瑞庵 さんからの作品です。
 

作品番号 2002-128

  驟雨        

黒雲忽覆水郷辺   黒雲忽チ覆ウ 水郷ノ辺

殷殷雷鳴愕午眠   殷殷タル雷鳴 午眠ヲ愕ロカス

音拡九霄霆炯Y   音ハ九霄ニ拡ガリ 霆 炯Yタリ

雨籠四野景茫然   雨ハ四野ヲ籠メ 景 茫然タリ

鐘楼茅屋沈濃墨   鐘楼茅屋 濃墨ニ沈ミ

畔柳荷花浮淡煙   畔柳荷花 淡煙ニ浮カブ

一陣涼風齎気   一陣ノ涼風 気ヲ齎シ

彩橋一架跨青田   彩橋一架 青田ヲ跨グ

          (下平声「一先」の押韻)

<解説>

 梅雨明けまじかの昼下がり、突然の夕立の風景を賦してみました。

 ありふれた景色のためか、平凡な詩に為ってしまいました。措辞杜撰とのお言葉が謝斧先生から聞こえてきそうです。
 また第五句第六句に就きましても合掌対とのご批判を受けそうですが、夕立の時の靄のまだらな様子、景色の濃淡を表すにはこの表現がぴったりだと思っていますがいかがでしょうか。

<感想>

 にわかにかき曇れば先も見えない激しい雨、そして雨が上がった後の涼しい風と空に架かる虹、真瑞庵さんが描かれたように、夕立は詩心に誘いかけるものを持っていますね。
 そして同時に、梅雨明けも告げてくれれば、新たなる季節への高揚感も併せられる。

 今回の作品は、叙景の句の中に、人も自然も夏の予感に心がときめくような、そんな感情がうかがわれる詩になっていると思います。
 「ありふれた景色」と真瑞庵さんはおっしゃっておられますが、確かに後半は素材が盛りだくさんの感じで目移りしてしまいそうですから、そんな印象になるのかもしれませんね。
 でも、尾聯で一気に明るく華やかな動きが出てくる構成は、それはそれとして面白いと思います。

2002. 8.23                 by junji



ニャースさんから感想をいただきました。

 ニャースです。
 真瑞庵さんの「驟雨」についての感想です。

 非常に丹念に書かれていると感心いたしました。
 私事ですが、娘の自由研究の宿題につきあわされてこの前、相模湖に行きました。そこでにわか雨に遭い、詩情が沸いているのですが、2週間苦しんでおります。驟雨というのはどうしても、前に展開する光景に圧倒され、”わー”という感じで、なかなか詩的に展開できないと思います。
 真瑞庵さんも、失礼ながらそこらへんは苦心されていると邪推はするのですが、しっかり最後まで書き上げられており、本当の意味での力量がないと難しいテーマなんだなと感じました。

   2002. 8.24                by ニャース





謝斧さんからも感想をいただきました。

 措辞は個人の好みに負う所が多いのですが、内容は読み応えがあり、スケールの大きい作品です。
 詩中画在りで、田園風景の水墨画でもみ見るような感が有ります。佳作だとおもいます。
 以前の作は平板な作品が多かった様に感じていましたが、なにかふっきれたのでしょうか。此の作品を期にして、習作から脱せられたのでしょうか、次回の作品が楽しみです。
 「音拡九霄」「雨籠四野」も善く、特に、「鐘楼茅屋沈濃墨 畔柳荷花浮淡煙」の対句には感心させられました。「沈」「浮」が詩眼で、句も工夫されています。

 遠く見れば、雨で、鐘楼と茅屋が暗く、近くには畔柳荷花が雨に煙っている、そのような風景が目に浮かんできます。
 「彩橋一架跨青田」も平凡ではありません。
ただ、気になるところは「霆炯Y」「景茫然」は対句にならないようにおもえますが。

   2002. 8.25                by 謝斧






















 2002年の投稿漢詩 第129作は ニャース さんからの作品です。
 

作品番号 2002-129

  伊豆夜景        

残雲天際去   残雲は天際に去り、

照月静波浮   照月は静波に浮かぶ。

旅酒催人臥   旅酒は人の臥するを催し、

潮音到枕頭   潮音は枕頭に到る。

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

 鈴木先生、皆様、暑中お見舞い申し上げます。
 夏本番とは言うものの、あまりに暑い日が続きます。先に休暇を取り、伊豆白浜に行って参りました。
向かいは大島で雄大な景色を楽しめました。

 詩中「潮音」「潮騒」を使いたかったのですが、中国語になさそうなので、断念しました。

 河津温泉もよく、川端康成の世界を堪能してまいりました。ついでに俳句も詠んでしまいました。

      涼しげに 波はうつすや 夜半の月
      踊り子も 涼を取ったか 七ヶ滝(ダル)



<感想>

 ニャースさんから投稿いただいたのは7月の終わりでしたが、掲載が遅れてしまいました。せっかくの暑中見舞いがぼけてしまいましたね。ごめんなさい。

 伊豆の旅とくれば、海と山、月と酒が加われば文句なし、というところでしょう。楽しい旅だっただろうな、と解説を読みながら推察しました。
 詩の方は、意図されたのかどうか分かりませんが、四句とも「○○が(は)○○を○○した」という構成で、これが単調なリズムを作ってしまいました。もし意図的であるならば、申し訳ないですが私は納得しかねます。
 五言絶句は字数も少なく、「二字+三字」で句を作っていくと、ただでさえリズムが固定されやすく、そこにある種変化を持たすことが必要になります。直接的には句の中の文構造を変えるのが手っ取り早いのですが、内容的に変化を持たすことも可能です。
 例えば、景から情へ移るとか、静から動へと移るなど、工夫のしがいのあるところですね。

 俳句も詠まれたそうで、後の句は文学青年の面影を感じさせて、良い句だと思いましたよ。

2002. 8.23                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第130作は 舜隱 さんからの作品です。
 

作品番号 2002-130

  夏夜望海        

夜路空山絶   夜路 空山絶え

眼前忽渺茫   眼前 忽ち渺茫

水冥混天際   水は冥く天際に混じ

波白映月光   波は白く月光に映ず

征客盡沈夢   征客 尽く夢に沈み

腐儒獨衒狂   腐儒 独り狂を衒う

邯鄲曷須惜   邯鄲 曷ぞ惜しむを須いん

眠在故園牀   眠りは故園の牀に在らん

          (下平声「七陽」の押韻)

<解説>

 夏休みで故郷に帰って来ました。その時に乗った夜行バスの車窓からの眺めです。
 乗客達の寝静まった夜行バスの中で独り手帳に詩を書付けている光景は、我ながら異様だったと思いますが。

<感想>

 夜行バスと言えば、つい先日私の娘と妻が東京からの帰りに乗ってきました。妻の方はやはりなかなか眠れなかったようでしたが、よく利用する娘の言によれば、眠りやすいバスと眠りにくいバスがあるそうですね。
 どこに違いがあるのかと聞いてみると、一番大きいのが座席の形、ゆったりと足も身体も伸ばせる方が良い、これは当然ですね。次の条件は、何と隣に座った人だそうで、そう言われてみれば、確かに隣の人がガサゴソとしていれば気になります。でも、眠れない人もいるだろうし、その人の影響で眠りそびれた人もいるかもしれないし、またその影響で・・・・と行けばきりがありませんね。やはり、どこでも誰よりも早く眠る能力は大切かもしれません。

 おっと、だからと言って、舜隱さんがガサゴソの人だ!と言うのではありません。寸暇を惜しんで詩作に励む、というのは立派ですよ。
 今回は私事ばかりで恐縮ですが、私などは先日せっかく長江に行きながら、夜になると(昼もかな)中国ビールに酔いしれて、ちっとも作詩に身が入りませんでした。いまだに断片のまま・・・・困ったものです。

 さて、詩の感想に行きましょう。
 まず、平仄の点ですが、第三句第四句と第七句が「二四不同」になっていませんね。これはどうしたのかな?
 内容としては、最後まで旅情豊かで楽しく読みました。特に尾聯は、故郷への思いがよく出ていて、先へ先へと心が向かっていくという舜隱さんの姿が見えるようですね。
 細かいことで言えば、五句目の「盡」ですが、「沈夢」を修飾する、つまり眠り方が「盡」という意味にもとれますので、舜隱さんの意図した「獨」に対応する形を強調するならば、「都」くらいの方が良いかもしれません。

2002. 8.23                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第131作は 禿羊 さんからの作品です。
 

作品番号 2002-131

  抱嬰児     嬰児を抱く   

華陀割腹出珠丸   華陀 腹を割いて 珠丸を出し

聴得呱啼心甫安   呱啼を聴得て 心甫(はじ)めて安らかなり

只畏懐中傷絳萼   只畏る 懐中 絳萼を傷わんことを

愛看造化細微完   愛しんで看る 造化の細微に完なるを

          (上平声「十四寒」の押韻)

<解説>

 正月、突然結婚したいと言ってびっくりさせられ、三月出来ちゃった婚をした息子夫婦に女児が誕生し、小生もとうとう爺さんになり果てました。

 起句、帝王切開での出産でした。当今どんな産科医でも帝王切開ぐらいやりますが、手術室の外で待っている身にとっては、華陀のような名医であることを願い、泣き声をきいてやっと安心です。
 おそるおそる抱いてしげしげと見ると、指の先にちゃんと爪まで付いているのに何となく感動しました。

<感想>

 重ね重ね、おめでとうございます。
 子供が生まれる時には、おそらく誰もがそうなんだと思いますが、まずは母子共に無事に生まれることを祈り、次に健康であることを祈り、何よりもそのことを望みます。特に今回は、息子さんご夫婦のことですから、外で見るしかなく、気がかりだったことだと思います。
 本当に良かったですね。孫のかわいさはひとしおだそうですから、禿羊さんの自転車旅行も今年からはちょっと距離が短くなるかもしれませんね。旅行の詩は少なくなるかもしれませんが、お孫さんの詩が増えることでしょう。

 起句は、「華陀」のレベルまで出さなくても良いようには思いますが、仰るように、待つ身としては史上最高の名医に委託したい気持ちだったでしょうね。
 転句はやや内容が気になります。結句で十分気持ちは伝えられていますから、ここまで言う必要はないでしょう。私の抱き方とか、息子さんの様子とか、ちょっと視点を変えておいて、最後にお孫さんに戻るような展開はどうでしょうか。

 結句の「看」は、上平声「十四寒」の字ですので、冒韻になっています。

2002. 8.24                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第132作は横浜市の 幸風 さん、六十代の男性の方からの、初めての投稿作品です。
 

作品番号 2002-132

  雷雨        

群蛙喧唱暗雲生   群蛙(ぐんあ) 喧唱(けんしょう)して 暗雲生ず

雷雨沛然涼意盈   雷雨 沛然(はいぜん)として 涼意 盈(み)

電影奔天轟一瞬   電影 天を奔り 轟一瞬

噪蝉隠樹寂無声   噪蝉(そうぜん) 樹に隠れ 寂(せき)として 声無し

          (下平声「八庚」の押韻)

<解説>

 稀に見る激しい雷雨に遭遇して、ついある種の感懐を覚え、詩作してみたものです。

 先日初めてこのページにアクセスしてみたのですが、なかなか興味を引く内容なので、これからも頻繁に読ませていただきたいと思っております。
 今回、先日の大雷雨に触発されて、愚作を物してみたので、図々しくも投稿してみた次第.今後ともよろしくお願いいたします。

<感想>

 新しい仲間を迎え、とてもうれしく思います。

 詩作経験五年以内とのことでしたが、ある面では、一番詩を作るのが面白い時期でもありますよね。どんどんお作りになって、読ませていただけると楽しみにしています。

 この詩は、言葉も無理がなく、素材も巧みに使っていらっしゃると思いました。特に、結句の表現は、蝉のうるさい鳴き声をイメージさせながら、それが今は無い、ということで、この一句で非常にダイナミックレンジの広い音の世界が現出しています。
 勿論、雷の轟音は続いているのでしょうから、大きな音はしているはずですが、それでもこの句の静寂さは生きています。
 蝉のつながりから言えば、芭蕉の、
   閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声
 と同じ様な、音を聞きつつ静寂を感じるという伝統的な心の動きですね。

 起句の「群蛙」「噪蝉」の対比も良く、構成の面でも吟味された作品だと感じました。

2002. 8.24                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第133作も新しい仲間、東京は江戸川区の 鴻洞楼 さん、二十代の男性の方からの作品です。
 いただいたお手紙をご紹介しましょう。
 
 このサイトにて、今まで好きで、読むだけだった漢詩を、実際に作ってみようという気持ちに強くさせられました。今までは眺めているだけで実際に作ろうとしてもためらっていました。
 丁寧で、実直なHPでとても好きです。
やはり平仄検索は本当に便利です。漢詩作製の理解についての一助にもなりました。
 これからも運営のほうを頑張ってください。
 初めての漢詩作りで、本当にお恥ずかしいかぎりですが、添削を宜しくお願い致します。



作品番号 2002-133

  訪上田城      上田城を訪ぬ  

任歩巡城内一遍   歩くに任せて 城内を巡り 一遍す

古兵馬勇猛頻戦   いにしえの兵馬 勇猛にして 戦い頻り

真田妙技垂天下   真田の妙技 天下に垂る

遮莫千川流不変   さもあらばあれ 千川(千曲川)の流れは変らず

          (去声「十七霰」の押韻)

<解説>

 盛夏のさなか長野県上田市に出かけた際に、激戦の歴史を持つ上田城に行きました。
真田幸村などで有名な真田氏の居城・ルーツの城として様々な思いが湧きました。
 なかでも徳川の軍勢を二度も打ち払ったいくさのことが中心となり、詩にしました。
また、そのような歴史を持ちながら悠々と流れる千曲川に心惹かれました。


<感想>

 関ヶ原の合戦から、大阪の陣まで、真田幸村の活躍は胸をワクワクさせるものですね。
 かつては講談や立川文庫などで、幸村の天才的な頭脳(日本版の諸葛亮孔明でしょうか)だとか、家来である真田十勇士猿飛佐助だの霧隠才蔵、三好清海入道、何となく名前がずるずると出てくるところが年齢を表しているかもしれませんね。

 さて、詩についてですが、内容としては、古跡である上田城を歩き、歴史や過去に心を移し、最後は永遠の象徴である千曲川を出してしめくくる、という展開は素直で分かりやすいと思います。「起承転結」「転」がやや弱く、承句をそのまま引き受けているところが難点とも言えますが、一般から具体へと進めたと見れば、そんなに大きな問題ではなく、全体としてまとまりが出来ている作品だと思います。
 いくつかの注意点を挙げますと、

@押韻はできるだけ「平声」で行いましょう。近体詩の場合には、ほとんど「平声」の韻となっていますし、初心の頃は、平仄を覚えるためにも、まず「平声」に多く接しておくことが良いでしょう。
 二作目(作品番号 2000-135)は「平声」の韻ですね。

A一句の中の意味の上でのリズムは、七言ならば「二字・二字・三字」となるようにしましょう。具体的には、起句と承句が外れています。
 句を漢字の音だけで読んだ時に、「タントン、タントン、タントンタン」と肩たたきのようなリズムになればグッドです。

B結句の「遮莫」は、おそらく上杉謙信「九月十三夜」を参考にされたのではと思います。この「遮莫」は訳としては「それはそれとして」とするのですが、内容として後の部分を受けるとされています。
 つまり、この句で言うと、「千曲川の流れが不変なのは、それはそれとして、どうでもいいことだ」となります。ちょっとニュアンスが違いますよね。
 全体の中でも、この「遮莫」は浮いているように思いますので、再考なさった方が良いと思います。

 以上、気づくままに書きましたが、今後の参考に下さい。

2002. 8.24                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第134作は 舜隱 さんからの作品です。
 

作品番号 2002-134

  香魚        

盤上雙魚臥   盤上 双魚臥す

溯流痩且長   流れを溯りて痩せ且つ長し

生江於水碧   江に生じて水よりも碧にして

食藻若   藻を食らいての若く芳し

一死爲人嗜   一死もて人の嗜と為る

片鱗須我糧   片鱗も須く我が糧とすべし

猶温欲操箸   猶温かきに箸を操らんと欲すれば

風磬立秋ク   風磬 立秋の郷

          (下平声「七陽」の押韻)

<解説>

  夕食に鮎が上りました。
 第五句について、平仄は変りますが、「一死は人の嗜の為なり」と読んでも良いように思います。いかがでしょうか?

<感想>

 4句目の「」は、活字には無いのですが、クサカンムリが離れている字で、「ウン」と読む字ですね。虫除けになる香草のことを言います。

 5句目は「爲」の字ですが、「する、なす」の意味ならば平字、「ため」と読めば仄字になります。
 どちらで読んだ方が良いだろうか、ということですが、うーん、難しいですね。「ため」と読んだ方が後句へのつながりは強くなりますが、その場合には「須」ではやや物足りない、「當」「應」の方が適当かな、という気もします。そういう点では、「なる」と読むのが納得しやすいでしょうか。
 ただ、どちらにしてもこの聯は、前句も後句も理屈っぽいところがありますね。

 尾聯は展開も楽しく、ほっと余韻の残る句ですね。

2002. 9. 2                 by junji





















 2002年の投稿漢詩 第135作は 鴻洞楼 さんからの作品です。
 

作品番号 2002-135

  夏日求涼      夏日涼を求む  

陽鋭雲如鯤   陽鋭くして 雲 鯤の如し

泳風天上花   風に泳ぐ天上の花

乾坤光夏染   乾坤 光夏に染まり

汲坐一杯茶   坐して汲む 一杯の茶

          (下平声「六麻」の押韻)

<解説>

 この酷暑にぐるりと状景をみわたしながら、ゆったり座り一杯の茶を慈しむように飲み、涼をとることを詩にしてみました。

 [語釈]
 「鯤」『荘子』逍遥遊篇に出てくる「北冥に魚あり、其の名を鯤と為す。鯤の大なること、其の幾千里なるかを知らざるなり」より。

<感想>

 二作目は五言絶句ですね。五言は字数が少ない分、語句を絞り込んで簡潔、かつ余韻の深い表現を探さなくてはいけません。そういう点では、感覚的には俳句に近いと言われることも多い形式です。
 今回の作品を拝見すると、言葉にも無理が無く、素直に読むことができました。五言の良さがうまく表れているのではないでしょうか。
 転句から結句へはかなり急展開で、慌ただしさを感じますが、これも五言絶句ということで考えると、却って面白さともなります。

 気になる点としては、以下のあたりでしょう。

 @起句の平仄が「下三平」となっていること、
 A起句の末字の「鯤」が平字となっていること(韻を踏まないのなら仄字にすべきです)、
 B結句の「汲坐」「汲みて坐す」と読むべきで、「坐汲」とは意味が異なること、

 推敲の過程で修正できることでしょうから、お考え下さい。

 

2002. 9. 2                 by junji