作品番号 2025-241
春花爛漫
春情山際靆白煙 春情の山際 白煙靆(たなび)く
風爽散香滿野邊 風爽やかに 香散じ 野辺に満つ
朋友遊行櫻木道 朋友 遊行 桜木の道
約期歡適又來年 約期 歓適 又来年
<解説>
結句は、友人との「また、来年ね」という約束がうれしい、という感じにしたいのですが
<感想>
承句は「四字目の孤平」になっていますが、意味的にも何の「香」なのか分からない状態ですので、ここは「花香」とすればすっきりします。
転句の「遊行」は「ゆぎょう」とも読みますが、「ぶらぶらと歩き回ること」、二人で歩いたという感じにするには「誘友遊行」「朋友倶行」。
結句は意図は分かりますが、「歡適」が伝わらないですね。
起句の「春情」は「春ののどかな気持ち」ということで、上四字は良いのですが、六字目の「白」は仄字ですので、ここは平仄が合いませんね。
「雲煙」「霞煙」というところでしょう。
話としては「約期怡悦」「約期正喜」が穏当でしょうね。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-242
千紫萬紅
駘蕩春和霞彩天 駘蕩たる春和 霞彩の天
桃紅柳国趨F鮮 桃紅 柳緑 草芳鮮やかなり
百花齊放公園路 百花 斉放 公園の路
鶯弄遊蜂到處旋 鶯弄 遊蜂 到る処旋る
「桃紅柳香v… 美しい春の景色
「百花齊放」… 沢山の花が一斉に開く様子
<感想>
結句の二字目、「弄」は「哢」ではないですかね。上四字は対応させて「鶯哢蜂遊」が良いですね。
四字熟語としては、「千紫万紅」が「色々な花が咲き乱れる」ですので、「百花齊放」が近いですね。
「桃紅柳香vは、桃と柳に春の艶やかさを象徴させた形ですので、ここに「百花」が来ると「桃」も「柳」も立場が弱くなります。
逆に言うと、花が一杯咲き乱れる中で、敢えて「桃」「柳」だけを先出しする意味があるかどうか。
どちらかに絞るということで言えば、「百花斉放」の方が実景っぽいので「桃紅柳香vを削った方が良いでしょうね。
「恵風襟裏」と早めに作者を登場させておくのも、転句の「公園路」がリアルになりますね。
下三字は「芳」と嗅覚を出すのはどうでしょうか。視覚で「草色鮮」が本来は良いですが、平仄が合いませんので「草C鮮」などですかね。
韻字が「旋」ですと主語は「蜂」だけになりますので「到處姸」あたりが良いですかね。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-243
春日郊行
白李紅桃相映鮮 白李 紅桃 相映じて鮮たり
春光十里暗香傳 春光 十里 暗香伝ふ
遊觀塵外清風下 遊観す 塵外 清風の下
一境聲無古寺邊 一境 声無く 古寺の辺り
<解説>
春になり花が咲き誇り、気持ちの良い陽気の中、年老いた親のことを思う
<感想>
承句は「暗香」が上の「春光十里」とまざると、香が十里も飛んできたように感じます。
転句は凜とした良い句ですね。
結句は中二字「聲無」は逆で「無聲」、「一境」が「塵外」と似た感じですので、別の種類の言葉が何か無いですかね。
起句は書き出しの対語も印象的で、「相映鮮」の言葉が生き生きとしています。
風なら合いそうですが転句で出て来ますし、「十里」を「春光」を形容する言葉に替えてみてはどうでしょう。
時を表す形で「日午」「頃刻」などですか。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-244
春華爛漫
雨晴風偃故郷天 雨晴れ 風偃 故郷の天
開蕾枝條醉馥筵 蕾開き 枝条 馥筵に酔ふ
白酒觴杯談笑響 白酒 觴杯 談笑の響き
立停一息好機前 立ち停まりて一息 好機の前
承句は「蕾を開く枝条」と読みます。「醉」が来るのは転句からが良く、ここは「馥郁筵」として人物を出さない方が良いです。
転句はお花見の場面、そこを作者が通りかかって「立ち停まりて一息」
<感想>
承句の「風偃」は「風が草を偃(なび)かす」という形で使われる言葉で、この形で読めば「風偃(なび)く」と読むのでしょうが、ここは「たなびく」という形で使っているのですかね。
ここは良いですが、「好機」はどんなチャンスが来ているのかと考えてしまいます。
「好季」「好景」としたかったのでしょうか。
景色のことだと分かるように「立停錦繡好機前」としておくと、「錦繡が絶好のタイミング」という形になると思います。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-245
春花爛漫
狂蝶尋芳草木鮮 狂蝶 尋芳 草木鮮たり
春花爛漫帝城邊 春花爛漫 帝城の辺り
櫻堤鶯語微風度 桜堤 鴬語 微風度(わた)る
暖日老親思渺然 暖日 老親 思ひ渺然たり
<解説>
春になり花が咲き誇り、気持ちの良い陽気の中、年老いた親のことを思う
<感想>
転句までが春の景物を並べていますが、これを起句と承句にまとめて、転句からは親への思いに繋がるようなことを出してくると良いです。
どうして親のことを思ったのか、例えば子供のころの思い出とかを振り返って、ご自分の心を訪ねてみると良い詩になると思います。
暖かい陽射しの中、爛漫の春を感じ取りつつ、老いた親のことを思う、作者の優しい気持ちが伝わってきます。
しかし、この詩だけからそのあたりの心情が伝わるか、というとやや唐突の感はありますね。
「帝城邊」と「櫻堤」で場所が二つ、「尋芳」「春花」と「櫻」も花が重なりますので、「爛漫櫻花堤上鮮 嬌鶯狂蝶弄芳邊」という感じでしょうか。
後半をもう少し穏やかにするなら「鳴鶯舞蝶」で。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-246
春花爛漫
麗日暖雲春草燃 麗日 暖雲 春草燃ゆ
山櫻盛發百華鮮 山桜 盛発 百華鮮たり
午風習習花如雪 午風 習習 花雪の如し
童子喜聲飄蕩天 童子 喜声 飄蕩の天
「盛發」…花が満開
「花如雪」…雪のように花が散り落ちる
「飄蕩」…花びらが風にひるがえる
<感想>
承句は「山櫻」のことから「百華」と移り、転句からまた桜の話に戻る形で、「百華」が邪魔ですね。
ちょっと悩ましいのは、「櫻」は「山櫻」なのかどうか、結句の「童子喜聲」を考えるとあまり「山」を意識しない方が良いかとも思います。
起句は「燃」ですが、これだと「草が燃えるように赤い」です。「姸」で良いかなと思います。
下三字は「淡紅鮮」のように桜でまとめた方が良いです。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-247
無挑戰
突入高齡一笑春 突入 高齢 一笑の春
無駄無理茶飯巡 無駄 無理 茶飯巡る
一停一歩動於拮 一停一歩 動きより拮(はたら)きへ
流水行雲順應循 流水 行雲 順応に循(したが)ふ
転句は「一」が起句と重複していますので、起句を直した方が良いでしょうね。
結句の「流水行雲」は「周囲に合わせて固執しない生き方」を表します。
<感想>
題名の読み下しでは「無へ挑戦」となっていますが、「無挑戦」ですと「挑戦が無い」となりますので、逆になってしまいますね。
これは、「無駄」や「無理」なことに向かって取り組もう、というものですかね。
下三字の「於」は比較の時に使う「より」で「霜葉紅於二月花」のように形容詞を伴います。
ここは「更に」という積もりかと思いますが、平仄が合わず、無理しましたかね。
「逾」ならば平声で「ますます」という意味ですので、こちらの方が良いでしょう。
主題の「無理なことにチャレンジ」という気持ちの例として適当かどうか。
結句でこれまでの話が崩れるように感じますがどうでしょう。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-248
傘壽作
人生八十夢蝴魂 人生八十 夢蝴の魂
霜葉辭枝謐謐翻 霜葉 枝を辞し 謐謐と翻る
慙愧勲功幾忘却 慙愧 勲功 幾(いくば)くか忘却
詠花吟月謝天恩 花を詠じ 月に吟じて 天恩に謝す
<解説>
妻児孫に恵まれ、八十歳まで健康老人として生かされた天に感謝します。
「蝴夢」: 『荘子・斉物論』「胡蝶夢」より、「人の一生はもともと幻である」
「慙愧」: 過去の行為を深く悔やみ恥じ入ること
「天恩」: 天の絶大なめぐみ
<感想>
背筋のしっかり伸びたお姿をいつも拝見し、我が身を振り返って「慙愧」の至りです。
承句がやや重いので、下三字で「猶舞翻」として「まだまだ頑張る」という趣にするのが良いでしょうね。
傘寿、おめでとうございます。
「健康老人」という言葉も身につまされますが、人生の先輩に追いつけるように私も頑張りたいと思います。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-249
初夏拷A
新樹成陰九夏初 新樹 陰を成す 九夏の初め
銜泥簷燕荐巢居 泥を銜(くわ)へ 簷燕 巣居荐(しきり)なり
農夫種豆豐登願 農夫 豆を種ゑ 豊登を願ふ
委地鶴翎春老虛 地に委ぬる鶴翎 春老ゆる虚し
「九夏」: 夏
「銜泥」: 土を加える
「簷燕」: 軒に巣を作る燕
「鶴翎」: ボタン
<感想>
転句の六字目「登」は上に向かう意味ですが、「みのる」という意味もあります。
結句の「鶴翎」が牡丹というのは、北宋の欧陽脩が著した『洛陽牡丹記』に「鶴翎紅は葉の多い花で、末端の色は白くて内側は紅く、鴻鵠の羽の色に似ている」と書かれています。
承句の下三字は「居を巣(すつく)ること荐り」という下から戻る形ですね。
なかなか目にしない用例かもしれませんが、「穣」と同じく「実」「稔」を平声に変換する時に便利です。
「鶴翎紅者,多葉花,其末白而本肉紅,如鴻鵠羽色」
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-250
初夏喫茶
半開芍薬拷A疎 半ば開く芍薬 緑陰疎なり
遭友當軒風色徐 友に遭ふ 当軒 風色徐かなり
久闊閑談多笑語 久闊 閑談 笑語多し
新茶共啜惜居諸 新茶 共に啜り 居諸を惜しむ
<解説>
豊田市民藝館の茶室で、ばったり中学の同級生に逢いました。
久し振りに世間話をし、共にお茶を飲み、無事に暮らしていることを喜び合いました。
<感想>
「當軒」は「地元の館」という感じでしょうかね。
転句の「閑談」が大げさでなく世間話というところ。
結句の「居諸」は「日居月諸」からの言葉で、「年月」を表します。
全体に大仰な表現がなく、穏やかな時間が流れているように意識されていて、気持ちの良い詩になっていると思います。
起句の「半開」の芍薬、「疎」である緑陰、どちらも百パーセントでない所が良いですね。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-251
初夏海景
松鷗渚海風徐 青松 鴎渚 海風徐やか
薄暑潮香心自舒 薄暑 潮香 心自ら舒ぶ
水面瑠璃垂釣岸 水面 瑠璃 垂釣の岸
茫洋帆影白雲居 茫洋 帆影 白雲居る
承句の「薄暑」は初夏の頃の暑さ、「酷暑」の反対ですね。「潮香」と合わせて「心自舒」への流れが自然です。
転句は「垂釣岸」と来たので、作者は釣りをしていることになります。
結句の「白雲居」は「白雲居る」ではなく「白雲の居」、つまり、白雲の中に住んでいるという仙人の生活を表す言葉です。
<感想>
起句は「白砂青松」を変化させたもの、「松鷗白」と色を対応させるのも効果的ですね。
ただ、作者が仙人だというのではなく、仙人の生活に憧れる様子を表します。
ここは釣りをしながら遠くを眺めていたら仙人の暮らしを考えたという展開が良いです。
そうなると、「帆影」と更に素材を増やすよりも「遙望」あたりで転句と結句を繋ぐ形を考えた方が良いでしょう。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-252
初夏拷A
凝碧樹林三夏初 碧を凝らす樹林 三夏の初め
清陰閑坐快風舒 清陰 閑坐 快風舒ぶ
新茶馥郁喉唇潤 新茶馥郁 喉唇を潤し
燦爛光陽堺ェ餘 燦爛光陽 緑茗の余
「三夏」: 立夏(5/6)から立秋(8/7)までの夏全体
<解説>
結句の「湯呑のお茶に木漏れ日が降り注ぎ、キラキラと輝いていた」という意が、表せているでしょうか。
起句の「凝碧」は、「嬌嬌」「払雲」も考えてみました。
<感想>
前半は画面がよく伝わる表現になっていますね。
代案の「払雲」は「樹林」に対しては高さが合わないし、「嬌嬌」は何を指しての言葉なのでしょう。
転句の「喉唇」はその通りですが、「新茶の妙香」ですので、「滿腔」として体全体で感じるように広げてはどうですか。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-253
初夏拷A
踏花小徑樹扶疎 踏花 小径 樹扶疎たり
鳥雀啼過風穆如 鳥雀 啼き過ぎ 風穆如
躑躅鮮華紅白錦 躑躅の鮮華 紅白の錦
新陰一榻繙殘書 新陰 一榻 残書を繙く
<解説>
桜の花が散り固まった小道、初夏の緑とつつじが鮮やかです。
風がそよ吹く中、書物を繙きました。
<感想>
確かに、ツツジが道に沿って鮮やかな朱色に輝くのは、じっくりと眺めたくなる初夏の光景ですね。
起句の「踏花」ですが、桜は初夏までちょっと間が空き過ぎますね。
結句は「繙」が平声ですので「下三平」、「展」で「ひろげる」とすれば良いでしょう。
先日、朝日新聞の『天声人語』にツツジの話が出ていましたが、「躑躅」の二文字はどちらも「足を留める」という意味で、ツツジの美しさについ見とれて歩みを停めることが語源かと書いてありました。
また、「小徑」だけですと作者は木の茂った小道を歩いている、それが結句では「一榻」と倚子に坐るわけで、場面が分かりづらいわけです。
冒頭を「林園細徑」としておくと、公園に来ているのかな、と想像でき、「榻」もベンチかと納得できます。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-254
祝入學
麗日和風紅紫姸 麗日 和風 紅紫妍なり
春禽睍v白雲天 春鳥 睍v 白雲の天
女孫入學歡無限 女孫入学 歓び限り無し
前路洋洋志益堅 前路 洋洋 志益ます堅ならん
<解説>
孫が今春高校に進学しました。嬉しい気持ちを詩にしました。
<感想>
起句の「紅紫」は花がいっぱい咲き誇っている様子でしょう。
承句の「白雲天」は入学に適するか、「白雲」はどちらかと言うと「仙人」や「閑適」に託されることが多いし、雲が無い、つまり晴れた空の方が良いでしょう。「艷陽天」「仲春天」ですかね。
転句は「女」とわざわざ言わなくて「兒孫」の方が私は納得できます。
結句の「前」は冒韻、下三字は「益」がぎこちないので、そのまま「大志堅」でどうでしょうね。
おめでとうございます。これからが楽しみだというお気持ち、よく伝わって来ます。
新入生の希望に満ちた姿の象徴として見ても良いですね。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)