2025年の投稿詩 第421作は桐山堂刈谷の 清井 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-421

  大阪萬國博覧會        

 連日炎蒸含笑迎   連日 炎蒸 笑含み迎ふ

 廻廊巨大鼓吹聲   廻廊 巨大 鼓吹の声

 交盟少長遊觀客   交盟 少長 遊観客

 茅海萬生歩歩輕   茅海 万生 歩歩軽し

          (下平声「八庚」の押韻)


<解説>

 大阪万博の様子を詠んでみました。暑いが楽しく歩き回る人々が印象的でした。

<感想>

 万博も酷暑の中、盛況だったようで良かったですね。

 起句は上四字と下三字の繋がりが無く、何が「迎」えてくれたのかがわかりません。
 ひょっとしたらミャクミャクかな?「酷暑縈(めぐる)」の方が分かりやすいですね。

 承句は「巨大」が良いか「高架」が良いか。
 六字目の「吹」は名詞(音楽の意味)の時は仄声になります。「樂音盈」が良いでしょう。

 転句は「交盟」が「少長」に掛かるようで意味がわかりにくいのと、「盟」は韻字ですので「冒韻」。
「茅海」は「茅渟海」とも書いて「和泉」を表す言葉、残したいのですね。
 転句は「古來茅海聚人地(古来茅海人を聚めし地)」、結句は「少長遊觀歩歩輕」などでしょうかね。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第422作は桐山堂刈谷の 鉃山 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-422

  月夜吟        

 木犀花發送幽香   木犀の花発いて 幽香を送る

 瑟瑟西風涼味長   瑟瑟たる西風 涼味長し

 C影描天今夕月   清影 天を描く 今夕の月

 秋人獨把菊英觴   秋人 独り把る 菊英觴

          (下平声「七陽」の押韻)


 「木犀」… キンモクセイ、ウスギ、ギンモクセイの総称 
 「C影」… 清らかな月光   
 「菊英觴」… 菊の花が浮かぶ酒杯

<解説>

「月」「風」「雲」というような題で作詩することは難しく、詩題から離れないようにと意識しましたが、難関でした。

<感想>

 まずはお詫びですが、韻脚例として先月お示しした「涼味長」は、「涼」の字が下平声七陽韻ですので、冒韻になります。日ごろ「冒韻」を言っておいて間違えて入れてしまい、済みません。「冒韻」を避けるなら、ここは「爽氣長」、あるいは「晩氣涼」のような形ですね。  構成として、起句で「木犀」の「香」、これは庭を意識させます。次に承句の「西風」で視野を広げるという流れは、転句の「月」へ自然に目が移行する効果が出ています。  起句の「送」は次の「西風」を先取りしてしまいますので、「泛(うかベ)」「散」などが良いでしょう。  転句はスケールの大きな句ですね。本当は結句まで月のことが続くと、詩題に対して対応が良くなります。  結句の「秋人」がよく分からないので、ここを「滿庭皎皎」。「騒人」としても少しは「月」と繋がるでしょうね。

 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第423作は桐山堂刈谷の 芳親 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-423

  湖畔秋月        

 壽筵客散夜偏長   寿筵 客散じ 夜偏へに長し

 窗外天遙湖面洋   窓外 天遥かに 湖面洋たり

 風定泠泠水如鏡   風定まり 泠泠 水鏡の如し

 半輪秋月放清光   半輪の秋月 清光を放つ

          (上平声「一東」の押韻)


<解説>

 九月半ば、傘寿と喜寿の祝宴で浜名湖に行きました。宴が終わり、夜更けに見た下弦の湖月が印象的でした。

<感想>

 お二人の年齢が丁度うまく組み合わさったわけですね、おめでとうございます。

 起句ですが「壽」は詩の中で何か年齢を表す言葉が出て来るなら良いですが、無いとなると「壽」の役割が感じられないですね。
 「高筵」「芳筵」が無難ですが、お二人の記録として詩に残したいということならば、題名に「湖畔(雙)壽宴」と入れる形でしょうか。

 承句で「天遙」と空を描いてしまうと、結句が生きて来ません。
 作者を登場させて、何かさせるのが良いでしょうが、うーん、「久坐窗前」「窗外暫望」などですかね。

 後半はまとまっていますので良いですね。
 ただ、「半輪の月」に対して「放清光」だとちょっと強過ぎる気がします。
 「放」を別の言葉にできませんか。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第424作は桐山堂刈谷の 聖陽 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-424

  秋月偶成        

 院落秋叢虫語長   院落 秋叢 虫語長し

 四更冷氣露爲霜   四更 冷気 露霜と為る

 幽窗纖翳一痕月   幽窓 繊翳 一痕の月

 枕上桂花風送香   枕上 桂花 風香を送る

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 秋の眠れぬ夜、になり静かな中で感じる様子を詠みました。
 「三更」か「四更」か迷いました。

<感想>

 最初に「院落」と場所を示し、更に「秋叢」と焦点を絞るのは良いですね。  「三更」なら真夜中、「四更」ですと二時頃、明け方まで鳴く虫も居ますので、「虫語長」は分かりますね。  転句は「幽窗殘夜一痕月」とリズム良くしたいですが、そうすると「四更」がぶつかりますので、承句を「蕭蕭冷氣」「C空」でも良いかな。  結句は「ベッドで眠れなくて」という画面ですが、「枕上」は要るかな?「何處」 

 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第425作は桐山堂刈谷の 聖陽 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-425

  秋宵月痕        

 四更冷氣露爲霜   四更 冷気 露霜と為る

 院落秋叢虫語長   院落 秋叢 虫語長し

 隔霧半彎C夜興   霧を隔つ 半彎 清夜の興

 窗帷颯颯月痕蒼   窓帷 颯颯 月痕蒼し

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 「秋月偶成」の起句と承句を入れ替えて、後半を考え直し、月をメインにした方が良いかと。
 結句は「窗帷」か「籬邊」かで悩んでいます。

<感想>

 句を入れ替えて発展させた形ですね。  転句は「霧」だと起句の「露」「霜」と重なるので、「天上」「雲裏」。ここは「C夜興」が生きています。  結句は「籬邊」だと庭の場所が多過ぎなので、「窗帷」が良いです。「颯颯」は月を表す言葉を探しましょう。

 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第426作は桐山堂刈谷の 孜堂 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-426

  夏雨田家        

 電掣靁轟急雨霏   電掣 雷轟 急雨霏(ひるがえ)る

 蒼蠅幽有耳根飛   蒼蠅 幽(かす)かに耳根飛ぶ有り

 渠溝一夜水三尺   渠溝 一夜 水三尺

 隣曲蛙聲喧聒圍   隣曲 蛙声 喧聒を囲む

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

 夏を集めました。電、雷、蠅、蛙…田家の風景です。

<感想>

 「電掣」は「いなずまがひらめく」、「掣電」は「いなびかり」、話としては「掣電」の方ですね。
 平仄は問題無いので逆にしておきましょう。
 「靁轟」は落雷の響き、「急雨」と合わせて、今年は夕立もほとんど無く、懐かしい言葉ですね。

 承句は現行のまま訳すと、「蒼蠅がわずかに居て耳元を飛んでいる」です。
 「幽」は「飛」を修飾している筈ですので、正しくは「有蒼蠅幽飛耳根」の語順でしょう。
 平仄などを合わせて行くと、「蒼蠅耳裏羽音微」かな。

 転句は一夜で一メートル近くも水かさが増えたとなると、これは集中豪雨、線状降水帯が発生したという場面でしょうか。
 緊迫感があります。

 大丈夫かな、と思うと、結句では蛙が大騒ぎしているわけで、穏やかな画面になります。
 集中豪雨はどうしたのか、大雨と轟音の中、蛙は呑気に鳴いているのでしょうか。
 つまり、句の展開が、起句と転句の緊張感と、承句と結句の穏やかさが重ならないですね。
 整理しておかないと、夏の素材の句が四つ並んだだけで、一つの詩としてのまとまりが出て来ませんので、その辺りを考慮して再敲してください。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第427作は桐山堂刈谷の 汀華 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-427

  皆既月食        

 白露深宵野水傍   白露 深宵 野水の傍

 愔愔獨坐度微涼   愔愔(いんいん) 独坐 微涼度る

 赤銅曖曖一輪月   赤銅 曖曖 一輪の月

 変幻儼然幽興長   変幻 儼然 幽興長し

          (下平声「七陽」の押韻)


 「愔愔」… ひっそりと奥深い静けさ
 「曖曖」… ほのぐらい
 「儼然」… 厳かなさま

<解説>

 九月八日の神秘的な皆既月食、先月難しくてあきらめた詩に再挑戦してみました。
 詩の形になんとかまとまっただけで、胸が苦しくなるようなあやしく神秘的な月を表すには至らずです。

<感想>

 前半で悩むのですが、「野水傍」で「獨坐」、月食を見に出かけたということですかね。
 今回の月食は真夜中、ピークは午前三時頃ということでしたが、見晴らしの良い所に行ったのかな。
 ただ、その割にこの場所はその後出て来ないので、まず「獨坐」をやめて、「風渡送微涼」のように、「野水傍」の景を語るのが良いと思いますよ。

 転句は目線を上に持っていきたいので「高天忽看赤銅月」かな。

 結句は下三字、「幽興長」では迫力がありませんので、まずは下三字から検討しましょう。
 下が決まると、上に置く言葉も決まってくると思います。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第428作は桐山堂刈谷の 一兔 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-428

  梅雨感慨        

 鳥聲英辯語人稀   鳥声 英弁にして 語る人稀なり

 風起行雲斷續飛   風起こり 行雲 断続して飛ぶ

 急雨紫陽花亂落   急雨に紫陽花 乱れ落つ

 雷鳴一刻去來機   雷鳴一刻 去来の機

          (上平声「五微」の押韻)


<感想>

 この詩は題名を「雷雨來襲」とし、雷を主に置くと、起句からの流れが自然になってきます。
 後は、表現として無理の無いように持って行けば良いですね。

 起句は、鳥はいつもと変わらずに上手に鳴いているが、話している人はあまり居ない、つまり雷が近いことを人は分かっている、ということを鳥と人の対比で言いたいのでしょう。
 ただ、そこまではなかなか分からず、「人はどうして話をしない」のか悩む読者も多いでしょう。
 対比にはなりませんが、鳥も不安げな様子で「鳥聲鬱鬱樹陰歸」の方が分かりやすいですね。

 転句は「二二三」のリズムが壊れていますが、読み下しを「急雨 紫陽の花乱れ落つ」とすると良いですね。

 結句は「一刻」、三十分程の短い時間を表します。
 「去來機」が何を言っているのか、「行ったり来たり」とバタバタするということでしょうか。
 形としては、ここに「閃光」「電光」を持って来たいので「電光W(輝)」、「閃光飛」でも良いですが、そうすると承句は「斷續歸」、起句は「樹林圍(幃)」などですかね。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第429作は桐山堂刈谷の 一兔 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-429

  秋月        

 庭際夕陰聞暗香   庭際 夕陰 暗香を聞く

 小亭窗下淡燈光   小亭の窓下 灯光淡し

 天涯老友長相憶   天涯の老友 長く相憶ふ

 絶景銀盤雁一行   絶景 銀盤 雁一行

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 月と雁をイメージして詩にしてみました。

<感想>

 遠く離れた人を憶うという象徴として「月」は古来からの素材、この詩では「天涯老友」が相手になりますね。

 起句は「暗香」が何の香りなのか、以降に答が出て来れば良いのですが、はっきりしません。
 季節的には「金桂花」でしょうが、「暗香」を生かすならば承句に答合わせとして「窗下桂花芳」とか「桂花粧」と書くと良いでしょうね。

 結句は「天上銀盤」と目を上に向けたいですが、転句で「天」を使った関係で「絶景」でしょうか。
 結句を優先すべきですので、転句の方を「舊朋千里」「久離老友」としてはどうでしょう。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第430作は桐山堂刈谷の 一兔 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-430

  立秋        

 因風搖綴鳥聲喧   風に因り 揺綴(ようてい) 鳥声喧し

 一寄涼意夕景昏   一たび寄せる涼意 夕景昏し

 傾仄細簾茅舎外   傾仄す 細簾 茅舎の外

 淡雲此去月臨軒   淡雲 此を去り 月は軒に臨む

          (上平声「十三元」の押韻)


<解説>

 「立秋は涼しい」という前提の詩になってしまいました。

<感想>

 「搖綴」は「蔓が一面に絡み合っている」様子を表す言葉ですが、この上四字と下の「鳥聲喧」の繋がりが無いですね。
 ここが夕暮れか秋を意識させる言葉になると良いですね。「暮鴉喧」「雁行繁」

 承句は「意」の平仄が違います。
 「涼風」が良いですが起句で使ってますので、「涼意忽來山景昏」かな。

 転句は「細簾」が「傾仄」となると、かなりのあばら屋ですが、「茅舎」は自宅のことではないのですかね。
 そうなると、作者が散歩でもしていて、荒れた家の近くを通りかかり、月を見たという設定になります。
 自宅を謙遜して言う「茅舎」はやめて、「傾仄細簾荒屋上」ですかね。

 結句は「此去」は口語的ですので、「已散」で。

 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第431作は桐山堂刈谷の 聖陽 さんの作品です。
 11月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-431

  晩秋僧院        

 桂花嫋嫋妙香C   桂花 嫋嫋 妙香清し

 幽賞丹楓落葉聲   幽賞 丹楓 落葉の声

 行脚尋僧秋艷老   行脚 僧を尋ね 秋艶老ゆ

 晩霞靈寺木魚鳴   晩霞 霊寺 木魚鳴る

          (下平声「八庚」の押韻)


 「桂花」… キンモクセイ
 「嫋嫋」… 秋風 
 「幽賞」… しずかに愛でる 
 「秋艷」… 秋の優美な風情  
 「晩霞」… 夕がすみ



<解説>

 先日、大学の同窓会に徳島へ。
 靈山寺(一番札所)での夏合宿練成会が話題に。
 徳島の秋を美化して作りました。

<感想>

 古寺の趣が感じられますね。

 「桂花」と「丹楓」の対比が晩秋を表していますが、せっかくだから二つが印象に残るように、対句の形にしてはどうでしょうね。
 「桂花嫋嫋香來處  楓樹蕭蕭葉落聲」

 転句の「行」は韻字なので冒韻になりますね。

 結句から先に見ると、結びが「木魚鳴」、承句が「落葉聲」ですので、また音が来るのは感心しません。
 別の言葉を使いたいですので、例えば「晩秋寶塔古風C」。
 転句は「秋艶老」としてしまうと、せっかくの前半の秋の景がしぼんでしまいますね。
 「靈山寺」は入れておきたいので「靈寺尋僧夕霞裏」でどうでしょうかね。


 by 桐山人(2025.11月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第432作は桐山堂刈谷の 汀華 さんの作品です。
 11月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-432

  四國八十八所第一番札所靈山寺        

 院裏素風紅葉鮮   院裏 素風 紅葉鮮たり

 讀經兀兀燒香煙   読経 兀兀 焼香の煙

 白衣菅傘清如雪   白衣 菅傘 雪の如く清し

 新杖鈴音響好天   新杖の鈴の音 好天に響く

          (下平声「一先」の押韻)


<解説>

 発願の寺はすがすがしい緊張感に包まれていました。
 帰りがけにどこからともなく聞こえた鈴の音が、心に響きました。

 「兀兀」は「一つのことに集中するさま」です。

<感想>

 四国八十八ケ所巡礼のスタートになる霊山寺について、「ウィキペディア」では次のように説明がありました。

[竺和山・靈山寺]

 寺伝によれば奈良時代、天平年間(七二九年〜七四九年)に、聖武天皇の勅願により、行基によって開創された。
 弘仁六年(八一五年)に空海(弘法大師)がここを訪れ、二十一日間(三七日)留まって修行したという。
 その際、天竺(インド)の霊鷲山で釈迦が仏法を説いている姿に似た様子を感得し、天竺の霊山である霊鷲山を日本、すなわち和の国に移すとの意味から「竺和山・霊山寺」と名付け、持仏の釈迦如来を納め、霊場開創祈願をしたという。

 さて、それぞれの句は無理なくまとまっていて、よく景を写していますが、全体にスナップ写真が続くような感じで、作者の感動がどこにあるのか、それがピンと来ません。
 実際に巡礼をするわけではありませんが、同じ気持ちになって書かないと、傍観者と言うか、観光客の目線を抜け出せません。
 先ずは、自分の感動をどの句やどの素材を使って表すか、を決めましょう。

 部分的な点では、「素風」は「秋風」ですが、「秋」は五行では「白」、「白」は色が無いから「素」ということで「素風」が秋風として使えるわけです。
 つまり、「白風」と同じ。転句にも「白」がありますし、下は「紅」がありますので、ここは色を使わない方が良いですね。

 転句の「C如雪」は比喩としてはこの場面(秋の紅葉)では合いません。
 ここに作者の気持ちを入れられるかな、と思いますよ。


 by 桐山人(2025.11月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第433作は桐山堂刈谷の 芳親 さんの作品です。
 11月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-433

  一番札所靈山寺        

 菅笠白衣秋影堂   菅笠 白衣 秋影の堂

 梵聲妙響溢天香   梵声 妙響 天香に溢つ

 燈籠臨照漱塵境   灯籠 臨照し 塵境を漱ぐ

 伴杖鈴鈴一路長   杖を伴ひ 鈴鈴 一路長し

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 観光バスでわずかの滞在でしたが、遍路姿は心洗われるひとときでした。

<感想>

 結句の「鈴鈴」は擬音ですが、明るいリズムが出ていて、楽しくなりますね。
 この結句と起句の「菅笠白衣」が対応して、お遍路さんの姿をくっきりと出しています。
 これは結句に置くよりも、起句に使った方がインパクトが強いですね。結句をそっくり起句に入れてはどうでしょうね。
 「一路」は「遍路」にしたいですね。

 「杖」と「鈴」が来ると「菅笠白衣」が次でしょうから、承句の方を「白衣菅笠」として、結句の方を「妙響梵聲」という感じですかね。
 後は「天香」の役割が分からないので、ここは要検討、「靈山寺」のどれかの字を何とか入れたいところです。


 by 桐山人(2025.11月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第434作は桐山堂刈谷の 梗艸 さんの作品です。
 11月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-434

  行熊野古道        

 山遠天高聞鳥聲   山遠く 天は高く 鳥声を聞く

 杉林古道隱靈情   杉林 古道 隠霊の情

 蒼苔石疊扶杖歩   蒼苔の石畳 杖を扶し歩す

 心洗千年聖地C   心を洗ふ 千年の聖地清し

          (下平声「八庚」の押韻)


<解説>

 大門坂から熊野大社、那智神社、神倉神社と歩いた時の詩です。
 古の祈り、荘厳さを出したかったのですが、気持ちが先に走ってしまいました。

<感想>

 どの句も平字で始まっています(「平頭」)ので、どれかを仄字にしますが、例えば承句なら「鬱杉」、転句なら「碧苔」というところでしょうね。

 起句は「天遠山高」の方が合うでしょうね。

 承句の「隱靈」は「木々の間に隠れている霊」でしょうか、ここは「鬱蒼杉道古靈情」かな。

 転句の「石疊」は和語で、漢語では「疊」は「重ねる」という意味だけです。
「石砌(せきさい)」という言葉が使えます。

 結句は「心洗」は雰囲気に合わないので、「塵外千年聖地C」でしょうね。

 by 桐山人(2025.11月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第435作は桐山堂刈谷の 孜堂 さんの作品です。
 11月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-435

  山林杭打        

 山樹不行三十年   山樹 行かず 三十年

 荒途覓境憶從前   荒途 境を覓め 従前を憶ふ

 昔時聞有森林木   昔時 森林木に有るを聞く

 今日衛星測位牽   今日 衛星 測位を牽く

          (下平声「一先」の押韻)


<解説>

 豊田市と合同で森づくりが発足しました。
 その一環として境界の杭打ちを実施した時の感想です。

<感想>

 自然を守るために森を造る、そうですね、そもそもが放置され続けたことが元凶なわけで、それが起句の表現に出ていますね。
 ただ、「三十年」という正確な年数ですので、これは作者自身が所有する山ということですかね。
 そうでないなら誤解されないように「人跡絶無」として、「山樹」は消えますが十分分かります。

 承句は記憶で境界を決めているように読めますが、凄いですね。

 転句は「森林木に有る」がよく分かりません。専門用語でしょうか。「有」は「在」かな。

 結句の「衛」は仄声ですので「四字目の孤平」です。
 「方位」として韻字は「牽」では意味が分かりませんので、「全(まったし)」とか「専(もっぱらにす)」でどうですか。


 by 桐山人(2025.11月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第436作は桐山堂刈谷の 孜堂 さんの作品です。
 11月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-436

  雖立秋酷暑        

 夏長省秋新三季   夏長く 秋省かれ 三季新た

 午熱停停洪爐中   午熱 停停 洪爐の中

 酷暑報書生造語   酷暑の報書 造語生じ

 何當一夜欲金風   何当(いつか) 一夜 金風を欲さんと

          (上平声「一東」の押韻)


 「三季」… 春・夏・冬の表現(造語です) 
 「洪爐」… 大きなかまど

<感想>

 題名は「酷暑立秋」が良いですね。

 起句の四字目の「秋」は平声ですので、語順を逆にして「秋省」。「省かれ」ですので秋が短くなるではなく、秋そのものが無くなってしまう、そこから「三季」と表したのでしょうね。
 ただ、詩題は「立秋」ですので、あまり「秋省」を強調したくはないです。「夏長歳歳向三季」くらいが穏やかでしょう。

 承句の「洪爐」は「大きな炉」ですが、この「洪」は上平声一東韻ですので、冒韻になります。
 また、六字目の「爐」は平声ですので、ここは「爐火中」としておくところでしょう。

 転句は「報書」の役割がはっきりしませんが、新聞にでもこの「三季」が載ったのですか。
 ここは上四字と下三字の繋がりがよく分からないのと、「報書生造語」が必要な情報かどうか。この句は検討してください。

 結句の「何當」は現代中国語で「いつ」と尋ねる言葉ですね。古典的には「何ぞ当(まさ)に」と訓じます。
 起句の「三季」の造語から承句の「洪爐」の比喩、表現が回りくどいので、結句はあっさりと気持ちを出すのが良く、「渇望一夜浴涼風」(渇望す 一夜 涼風に浴さんと)


 by 桐山人(2025.11月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第437作は桐山堂刈谷の 孜堂 さんの作品です。
 11月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-437

  弘法大師意密        

 鯉旗翩影聽山蟬   鯉旗 影を翩(ひるがえ)し 山蝉を聞く

 柏葉繼承新舊邊   柏葉 継承 新旧の辺

 傳統傳心如有意   伝統 伝心 意有るが如し

 C風槲木暗香前   清風 槲木(こくぼく) 暗香の前

          (下平声「一先」の押韻)


<感想>

 弘法大師の「三密」起句は「鯉旗」と「蟬」で季節が合いますかね。


 承句の「柏」は常緑樹ですので、新しい葉が芽吹いて来ると古い葉が墜ちる、「常緑」が「継承」の象徴ですね。
 これは分かりますが、下の「邊」はどうなのでしょう。
 「古い葉と新しい葉の辺り」は枝でしたかありませんが、改めて指摘する必要は無いです。
 もっとはっきり「新舊遷」とするか、「新咲イ」ではどうでしょうか。

 「柏葉継承」から転句の「傳統」への流れは理解できますが、「傳心」は何のことでしょうね。
 その下の「意」は題名にある「三密」の意でしょうか。
 「傳心」がもう少し適切な言葉にならないでしょうか。

 承句は「柏」は必要ですが、この結句は「槲」の名前も、「暗香」も何のために出ているのか、役割が不明です。
 「暗香」も何の香りか不明です。
 転句で弘法大師の関連に持って行きましたので、結句でもう一言でも大師に関係することが出て来ると良いでしょうね。


 by 桐山人(2025.11月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第438作は桐山堂刈谷の 美豊 さんの作品です。
 12月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-438

  寸又峡        

 丘壑林風克舒   丘壑 林風 緑樹舒(の)ぶ

 女孫緩歩過村墟   女孫 緩歩 村墟を過ぐ

 懸橋藍碧澄澄水   懸橋 藍碧 澄澄の水

 浴樓嘗茶談笑餘   浴楼 茶を嘗む 談笑の余

          (上平声「六魚」の押韻)


<解説>

 娘がドライブ旅行に連れて行ってくれました。
 大井川の秘境「夢のつり橋」の絶景を詩にしたいと思いました。

<感想>

 起句は緑に囲まれた山道で、車窓から見える景色や風、雰囲気がよく出ています。
 少し直したいのは「香vで、この後に湖の水を表す「藍碧」が出てきますので、似たような色を出してしまうと主体がボケてしまいます。
 我慢して使わないようにして、「深樹」くらいが良いでしょう。

 出かけた季節が分かりませんので、「林風」を「C風」「秋風」などで季節を表すのも良いですね。
 韻字の「舒」は結句に持って行った方が効果的ですので、ここは「閭(むら)」としておきましょう。

 承句は急に「女孫」が登場して「緩歩」とするよりも、寸又峡の景色をもう少し続けたいところ。
 転句の方から貰って来て「堰湖藍碧」、下は「暫停車」としてドライブだと分からせましょう。
 転句は「夢のつり橋」を表したいところ、「澄澄山氣」と周りを描いて、下に「吊橋」を置きましょう。
「吊」は本来は「弔」が本字ですが、日本では意味を区別して「つる」の時には俗字の「吊」を使います。
 従って、中国の古典詩などでは「弔橋」と書かれています。字が違うわけではありませんので、この詩を海外に披露する時以外は「吊」で良いです。
 ひとまず「吊橋畔」と考えましたが、「畔」は「上」「下」などもあるかも。

 結句はお孫さんに戻って来てもらって「緩歩女孫談笑舒」かな。温泉やお茶も良いですので、その辺りは選択をどうするか、ですね。

 by 桐山人(2025.12月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第439作は桐山堂刈谷の 孜堂 さんの作品です。
 12月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-439

  蛙聲        

 翠竹雨餘蛙倍鬧   翠竹 雨余 蛙倍(ますます)鬧(さわが)しく

 同聲同類和同齊   同声 同類 和同斉し

 飛廻螢火好C謐   飛び廻る螢火 清謐(せいひつ)好し

 蝌蚪不喧流水西   蝌蚪(かと)喧(やかま)しからず 流水の西

          (上平声「八斉」の押韻)


<解説>

 今年も家で螢の光を楽しんでいたところ、蛙の声で一変した感想を詠みました。

<感想>

 注に書かれたように解釈するためには、まず転句の螢の場面から読み始めないといけません。
 逆に、起句や承句の蛙の騒がしさを読んだ後ですと、どこが「C謐(清らかで静か)」なのか分からなくなります。

 結句はどういう意図なのか、オタマジャクシならうるさくない、蛙もみんなオタマジャクシのままで居れば良いのに、ということですかね。
 これはちょっと難しい要求ですね。
 結句は要らないでしょうし、螢の話は蛙よりも前に置くべきですが、ただ、その場合には主題は蛙声になります。
 その方向で並べ替えてみてはいかがでしょうか。
 螢のことを主題にするならば、結句(後ろの句)には家族の様子でしょうね。

 それぞれの句で行くと、起句は蛙の居る場所ですが、「翠竹」では蛙をイメージできません。
 水に繋がるような場所を書かないと、「竹」は背景としてのみの役割で終わります。

 承句は面白い句を考えましたね。この句は生かしたいですね。

 転句はこの形で良いですので、どうやって前半に置くかですね。

 by 桐山人(2025.12月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第440作は桐山堂刈谷の 孜堂 さんの作品です。
 12月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-440

  淋秋        

 蟲聲不響問無由   虫声響かず 問ふに由無し

 禽鳥不騒陰涙眸   禽鳥 騒がず 涙眸陰(くも)る

 熟柿梢垂朱滿地   熟柿 梢垂れ 朱地に満つ

 黃柑燿燿一天秋   黄柑 燿燿 一天の秋

          (下平声「十一尤」の押韻)


<解説>

 禽鳥が遊びに来なくなり、柿が熟して地面を赤く染めた目前を詠みました。(全対格挑戦)

<感想>

 対句にするためには、句の文構造が一致しないといけません。
 例えば「鳥聲」は修飾語と被修飾語の関係、「禽鳥」は並列なので合いません。
 次の「不響」と「不騒」は構造は同じですが「不」を二度使ってはいけません。
 文構造が同じの場合には、読み下すための返り点などが一致することが多いですが、下三字の「問無由」と「陰涙眸」では合いません。

 後半の「熟柿」と「黃柑」は修飾語と名詞で合いますが、「梢垂」と「燿燿」は合いませんし、「朱色が地に満ちる」という文と「一天の秋」も合いませんね。
 前半も後半も、対句と言うには苦しいです。

 内容的には、まず題名ですが、「淋」の字は漢文では「水や雨が滴り落ちる」という意味しかなく、「寂しい」という意味は和習になりますので使えません。
 「孤秋」「秋日愁情」など。

 起句の「問無由」は「尋ねる理由が無い」ということですと、虫の声が聞こえなくなった事との繋がりがどうでしょう。

 承句の下三字は「涙眸を陰らす」と読みますが、これも上四字とどう関係するか、疑問ですね。

 転句からは景色が見えるようになってきますが、枝に垂れた柿が地面を赤くするのは早過ぎますね。落ちた柿ならば分かります。

 結句は黄色い蜜柑が秋空にキラキラと輝いているということで、この句は良いですね。
 この結句に合わせて対句にするなら、転句は「熟柿搖搖朱錦地」のようにします。
 同様の方法で前半も合わせて行けば良いですが、先ずは言いたいことをどう表現するか、ですね。


 by 桐山人(2025.12月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第441作は桐山堂刈谷の 孜堂 さんの作品です。
 12月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-441

  初夏雨中        

 梅霖靜讀偶眠成   梅霖 静読 偶眠を成す

 耳許微存蚊蚋鳴   耳許 微かに蚊蚋(ぶんぜい)鳴く存り

 苔氣覺醒風生腋   苔気 覚醒 風腋に生ずるを

 雨多纔入夏天平   雨多くして 纔(ようや)く夏天に入りて平らかなり

          (下平声「八庚」の押韻)


<解説>

 梅雨の時の感想です。耳根の蚊、湿気を題材としました。

<感想>

 起句は「読書しながら居眠りをした」ということですね。
 「靜讀」と「偶眠」が矛盾しますので、「梅林の静読」と続けるように読み下すと良いでしょう。
 下三字は語順が本来は逆(「成偶眠」)ですが、押韻の関係で行けば許容範囲でしょう。

 承句の「耳許」は日本語ですかね、漢詩では「耳邊(○)」「耳下(●)」「耳朶(●)」ですが、ここは「微聽耳邊蚊蚋鳴」と語順を換えた方が伝わりやすいですね。

 転句の「苔氣」が「湿気」のことのようですが、これは詩語集にありましたか。
 「苔が伸びそうな様子」という意味かなと思います。「覺醒」は大げさ。「醒」を「腥」にすれば下にも繋がるでしょう。

 結句は「入夏天」ですと梅雨は明けたと理解しますが、上の「雨多」がありますので、ただ初夏というだけでしょうか。
 それで、どうして「平」なのかが悩ましいですね。
 転句まで積み上げたものが結句で崩れてしまう感じです。
 漢詩は結句から作る、という太刀掛呂山先生の教えのように、結句は詩の中心になりますので、これを一番大切にしてください。


 by 桐山人(2025.12月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第442作は桐山堂半田の 香裕 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-442

  願干戈終止        

 干戈日夜不希和   干戈 日夜にして 和を希はず

 能忘方知歳月過   能忘るること 方に知る 歳月の過ぐるを

 泣來民哀無住食   泣き来たりて民を哀れむ 住食の無きを

 四海兄弟願遊歌   四海兄弟と 遊び歌ふを願ふ

          (下平声「五歌」の押韻)


<解説>

 「香裕さんからの詩に添えてくださったお手紙です」

 今夏は全国的な猛暑、あちこちでの風水害など、報道が絶えませんでした。

 八月十五日、終戦八十周年、テレビや新聞の記事に触れるたび、小学六年生だった昔を思い出し、空襲で焼け出され、防空壕の中での機銃掃射や艦砲射撃の音など、経験したことが昨日のようによみがえりました。
 昔と違い、今日の戦はもっともっとひどい状態です。
 何とか、戦争をやめ、平和な世界になってほしいと願い、一題作詩しました。

 戦後のことも思い出しますが、小学校はもちろん焼け落ち、運動場のプラタナスの木に小さい黒板をかけ、すぐには防空壕として掘った穴があり、ムシロでおおって何日か勉強しました。
 無事だった机を焼けなかった別の小学校まで運び、そのまま卒業まで遠い学校でお世話になりました。

 小学校の六年間、『教育勅語』や『五箇条のご誓文』を文を、意味も分からず暗記させられました。
 今でも「朕惟フニ我ガ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニシテ・・・」、「一ツ 広ク会議ヲ興シ萬機公論ニ決スベシ」などを覚えていますが、終戦の後、九月二学期に入ると、「全部忘れてしまえ」と言われ、民主主義、婦人参政権、互恵主義、デモクラシーなどの言葉を覚えさせられるようになりました。

<感想>

 起句は戦争の現状を描き出した言葉で、重みがありますね。

 承句は、ここで作者自身の過去と重ねるように、「懷昔方知(懐昔し 方に知る)」とすると、転句以降も実体験からの思いとして現実感が深まります。

 転句は二字目の平仄が合いませんので「戰火」「避難」、下は「窮民無食住」とすれば整いますが、「泣」「哀」が消えたので作者の感情がちょっと薄れましたので、結句を強くしましょう。

 結句は二字目、四字目の平仄を直しますが、「涕流」「哀憐」「嗟乎」などの言葉で書き始めて、中二字は「唯願」、下三字に希望を持たせて「響秧歌」「舊秧歌」などでしょうか。
 「秧歌」は「田植えの時の歌」で、穏やかな以前の生活が戻ることを願うものです。
 中二字を「當響(当に響くべし)」も考えてみました。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第443作は桐山堂半田の 酔竹 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-443

  武豐港中秋        

 港浦秋潮送夕陽   港浦 秋潮 夕陽を送り

 數松堤上月蒼蒼   数松 堤上 月蒼蒼

 團圓色變更昇刻   団円 色変じ 更に昇る刻

 瀲灔金波正渺茫   瀲灔 金波 正に渺茫ふ

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 中秋、武豊港では大きな蒼白い月がのぼり、その大きさは驚くほどです。
 更に上昇し小さくなっていき、空が暗くなるにつれて黄色く輝きはじめます。

<感想>

 「夕陽」「月」「金波」と輝くものを並べて、夕方から夜更けまでの月夜の様子が丁寧に描かれていますね。
 夕陽は西の空、月の上がるのは東、となると、読者の目線としては、起句と承句の間に、振り返るなり場所を移動するなりの時間が読み取らなくてはいけません。
 「潮」が要るかな、別の言葉、例えば「遊觀」「閑行」とかではどうでしょう。

 その後は、時間経過が無理なく進んでいます。
 題名に「秋」は入っているので、絶対にというわけではありませんが、最後の「正渺茫」に「秋渺茫」と入れると、季節が入ってまとまりが強まるかなと思います。




 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第444作は桐山堂半田の 酔竹 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-444

  中秋賞月        

 一庭秋色倍C涼   一庭 秋色 倍ます清凉

 蟲語喓喓奏夜長   虫語 喓喓 夜長に奏す

 翁嫗樽前三五月   翁嫗 樽前 三五の月

 自今幾得共稱觴   自今 幾たび得ん 共に觴を称(あ)げるを

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 最近になって、たまにふとしたきっかけで「先が短くなってきたなあ」 と思うときがあります。

<感想>

 承句の「喓喓」は『詩経』に出て来た言葉ですね。「ようよう」と読みますが、どんな鳴き声かなかなか想像できませんね。

 前半で秋夜の清々しさを描いて、転句から作者と奥さまが登場、最後は作者の心情へと流れる構成は、「起承転結」のお手本のような感じです。
 気持ち的には「幾得」より「尚得」と願望にしても良いかな、と思います。
「更得」まで行くとストレート過ぎるでしょうが。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第445作は桐山堂半田の 福江 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-445

  秋夜卽事        

 暮雲茜色梵聲長   暮雲 茜色 梵声長し

 歸鳥虫吟月影涼   帰鳥 虫吟 月影涼し

 萬物陰陽哀樂有   萬物 陰陽 哀楽有り

 竹齋閑坐煮茶香   竹斎 閑坐 茶を煮る香

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 夕方、西南の空に見た雲が力強かったです。その後、雨の日が続いています。

<感想>

 雨を呼ぶ雲とかあるのかもしれませんね。

 起句の「梵聲」は「お寺の声」ですので読経の声かな、あるいは「梵鐘」ですかね?
 ここで音が出て、承句でも「虫吟」で音が重なるのはどうでしょう。
 また、起句の情景から「月影涼」と一気に夜に入るのも忙しく感じます。
 「歸鳥兩三山影涼」とこちらは音を消し、夕方に揃えるのが良いですね。
 「虫吟」は後半で復活させることもできます。

 転句の「陰陽」「哀楽」は、前半の景色から何を拾い出せば良いのか、悩みます。
 「萬物」は良いので「陰陽」を「風情」として、下は「有」の位置が苦しいので、「足哀樂」と肯定的な形にすると、結句への流れが自然になります。

 あと、題名ですが、「秋夜」と来て冒頭で「暮雲」だと辛いですね。「秋暮卽事」ではいけませんか。

 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第446作は桐山堂半田の 福江 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-446

  秋月卽事        

 十三夜月滿C光   十三夜の月 清光に満つ

 風動茅庭虫語長   風動き 茅庭 虫語長し

 淨几詩書心意靜   浄几の詩書 心意静かなり

 忘情念祖獨焚香   情を忘れ 祖を念ず 独り香を焚く

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 月がきれいに見える日が続いたので、作ってみました。

<感想>

 転句までは十三夜の月に照らされた美しい景が目に浮かびますね。

 結句は、転句の「机に向かって読書、心静か」という場面から、どうして「焚香」に行くのか、無理矢理感があります。
 「忘情」は、ここでは美しい景色にうっとりして、ということでしょうかね。
「俗情を忘れて」「人間の心を亡くして」など色々な解釈もできますが。

 さて、そうなると、この詩で作者が言いたいことは、転句までの秋夜の景なのか、結句の穏やかな心境なのか、どちらも重みがありますし、悩みます。
 実は転句の「心意靜」が急ぎ過ぎで、ここに作者の心情が出ているために詩が転句まででまとまってしまっているわけです。
 ここを叙景に戻して「秋氣靜」としてみると、結句の心情が持ち上がるでしょう。

 あと、こちらも題名ですが、月がちょっと出番が少ないので、こちらを「秋夜卽事」でどうでしょうね。

 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第447作は桐山堂半田の 輪中人 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-447

  秋月偶成 一        

 絡緯蕭蕭虫語長   絡緯蕭蕭 虫語長し

 幽亭浴後俗情亡   幽亭 浴後 俗情亡し

 二更天鏡十三夜   二更 天鏡 十三夜

 東籬秋聲四界涼   東籬の秋声 四界涼たり

          (下平声「七陽」の押韻)


<感想>

 前半では月を出さずに抑制し、転句で一気に十三夜の月を持ってきて、ここまでは良いのですが、月の話がそこで終ってしまうのは寂しいですね。
 月そのものの描写をしないなら、月を出すのは結句まで引き延ばした方が良く、転句から出したわけですから結句でも触れて欲しかったです。

 順に見ていくと、起句は「絡緯」の下に「虫語」ですと当然過ぎます。
 どんな鳴き声かを示して「密語」「C語」など。

 承句は「幽亭」ですとそもそも「俗情」の無い所ですので、「茅亭」あたりが自然です。
 下三字は「俗塵」として、気持ちは出さないようにしたいですね。

 転句は迫力のある良い句ですね。「天鏡」は「明鏡」で。

 結句は月を出すかどうかですが、まず二字目の「籬」の平仄が違うこと、四字目の「聲」の聴覚の語は起句で出ていまること、「四界」と広がりには「籬」では小さいので、その辺りを考慮すると「天外秋風」「滿地清光」が良いですね。

 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第448作は桐山堂半田の 輪中人 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-448

  秋月偶成 二        

 C光明鏡照晩涼   清光 明鏡 晩涼を照らす

 小徑東天江水傍   小径の東天 江水の傍

 蕭瑟閑居秋氣冷   蕭瑟 閑居 秋気冷やか

 桂花閃閃一籬香   桂花 閃閃 一籬香し

          (下平声「七陽」の押韻)


<感想>

 起句の六字目「晩」の平仄が違いますね。
 「一天涼」と画面を広げることもできますが、ご自宅の庭が画面ですのであまり広げすぎないように「秋涼」としましょう。
 二字目の「光」は下平声七陽韻ですので、冒韻になります。
 この「光」を句末に置くようにすると、「東天明鏡滴清光(東天の明鏡 清光を滴らせ)」かな?

 承句は何が「江水傍」なのか、転句からは作者の居る場所は自宅になりますので、家が川の近くということですかね。
 作者が川沿いを歩いているなら分かりますが、家の説明としては必要かどうか。
 ここはあまり広げ過ぎない方が良いと思いますので、「小徑露珠新晩涼」

 転句は「秋氣冷」が「晩涼」と変わりがないので、「風冷冷」。「冷冷」は「冷たい」よりも「清く涼しげな様子」を表します。

 結句の「閃閃」は光に対して使います。「一籬香」ですので、金木犀の濃厚な香りを出したいですね。「幽艷」「郁郁」などでどうでしょうね。

 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第449作は桐山堂半田の 向岳 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-449

  雪穗高        

 穗高岩壁勇姿呻   穂高の 岩壁の 勇姿に呻(うめ)く

 涸澤山莊休偃身   涸沢 山荘で 休偃する身(からだ)

 白雪月光見窗外   白雪 月光の 窓外を見る

 登攀明日意中新   登攀 明日 意中新(あらた)なり

          (上平声「十一真」の押韻)


<解説>

 「涸沢」は地名(固有名詞)です。
 転句の下三字は「窗外見」でも同様でしょうか?

<感想>

 起句は「呻」の主語が「雄姿」のように見えますね。語順が逆なら分かるかな。
 お気持ちは「雄姿を見て圧倒された」ということでしょうが、「呻」でその心情が出ているか、というと疑問ですね。
 結句でまた心情が出されて、起句の気持ちを切り替えた形になりますが、結句の方だけで良いでしょう。
 起句は叙景として穂高の姿をそのまま描くような形が良いと思います。
 韻字を換えるのもありますが、上二字が固有名詞で並びましたので、対句を意識して「峻嚴態」などで揃えてはどうですか。
 単に踏み落として「雄姿凜」でも良いです。

 転句の下三字は「窗外見」の方が正しい形ですね。

 結句は「意中新」は「中」がしっくりきません。
 「意氣新」としたかったところでしょうか。「一心新」ならば分かりやすいですね。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第450作は桐山堂半田の 向岳 さんの作品です。
 10月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-450

  懷月        

 鈴虫喞喞仲秋過   鈴虫 喞喞 仲秋過(おとず)る

 小苑星星夜景瑳   小苑 星星 夜景瑳(あざやか)なり

 聞説銀輪住人兎   聞説 銀輪の住人は兎

 當今想像美嫦娥   当今 美しい嫦娥を想像す

          (下平声「五歌」の押韻)


<感想>

 鈴虫は日本固有の虫ということで、そのまま使っていますが、どうしても漢語でとなると「蟋蟀」とひとまとめにするしかないところです。

 起句の「過」は普通に「すぎ(すぐ)」と読んだ方が分かりやすいですね。
 「訪問」の意味もありますが、基本的には「よぎる(通過)」です。王維の「過香積寺」も「立ち寄る」という意味です。
「来た」という意味を出したいならば、この詩も対句の踏み落としにして「至」でしょうね。

 承句の「星星」は「ポツポツと白いさま」ですが、何が白いのでしょうか。
 起句が聴覚ですので尚更わかりにくいですね。
 末字の「瑳」は「玉を磨く」ということから「鮮やか」となる言葉です。

 転句は「聞説」が大げさで、月に兎が居るというのは日本でも千年以上前から伝わる話、「聞説」と改めて言われると逆に「今まで知らなかった」という意味になってしまいます。
 同様に、月に「嫦娥」という美女が居るというのも、前漢の時代から知られている話ですので、「当今」というのはどういうことになりますか。
 どちらの句も、上二字が気になりますので検討ください。


 by 桐山人(2025.10月教室作品)