2025年の投稿詩 第301作は桐山堂半田の 快寔 さんの作品です。
 4月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-301

  春日偶成        

 曇天春日向離寒   曇天の春日 離寒に向かうも

 花粉黃砂大氣乾   花粉 黄砂 大氣乾く

 鬱鬱心機何以棄   鬱鬱たる心機 何を以てか棄せん

 世情混亂正難安   世情の混乱 正に安んじ難し

          (上平声「十四寒」の押韻)


<解説>

   寒さも和らぎ穏やかな春を迎えるのですが
   花粉が飛び交い黄砂も来て大氣は乾燥しています
   華やかな気分には程遠く鬱々とした日々です
   世情の混乱もあり全くもって安んじる事が出来ません

<感想>

 起句の「曇天」は、次の「花粉黄砂大氣乾」との関わりから行くと、必要な情報とは思えません。
 承句で天候は描けていますので、ここは「春陽二月向離寒」と別の情報を入れたいですね。

 転句の「鬱鬱心機」は、この流れから行くと承句の内容のせいとなりますね。
 そうなると、ここで詩としては完結するわけですが、結句に更に「世情混乱」が加わるのはちょっと欲張り過ぎ。
 具体的に何を指すのかもはっきりしませんので、何が起きたのかと思います。
 ここは作者が登場し「老來多病」くらいで収めておくのが落ち着くでしょう。


 by 桐山人(2025. 4月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第302作は桐山堂半田の 快寔 さんの作品です。
 4月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-302

  期新社會人        

 爽快�C明萬朶櫻   爽快 清明 万朶の桜

 愈來門出鳥聲輕   愈々来る門出 鳥声軽し

 樂天盛時誰没却   楽天 盛時 没却するは誰ぞ

 共生調和絆固榮   共生 調和 絆固くして栄えん

          (下平声「八庚」の押韻)


<解説>

 本日(四月六日)清明に桜が満開です。
 新入社員たちが期待に胸弾ませ出社する姿を目にしました。
 時同じくしたトランプの独りよがりの政策に胸が痛みます。
 共に生き調和の中で人との絆を固くして人生を謳歌してほしい思いが生じて、詩にしてみました

<感想>

 起句は「爽快」が何を表すのか、「清明」か「櫻」か迷わせる表現です。
「爽氣」「好日」とすれば「清明」を修飾する形になります。

 承句は「愈」では弱いので「正」と強調する形が良いでしょう。

 転句は四字目を仄声にし、逆に六字目は平声にしましょう。
「樂天滅却誰爲此」で意図は変わらずに行けますね。

 結句も平仄が合わないですが、二字目「生」は平声、四字目「和」は「まとまる」の意味では仄声なので、ここはひっくり返して「調和共生」、四字目の孤平を避けて「共生」を「相生」としておきましょう。

 by 桐山人(2025. 4月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第303作は桐山堂半田の 酔竹 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-303

  初夏偶作        

 遷喬十歳樂郊居   遷喬 十歳 郊居を楽しむ

 野闊天開五月初   野闊く 天開ける 五月の初

 看盡好花饜筍蕨   好花を看尽くし 筍蕨に饜(あ)き

 饞人属意育香魚   饞人(さんじん) 属意す 香魚の育つを

          (上平声「六魚」の押韻)


<感想>

 起句の「遷喬」は「鶯が谷を出て喬(たか)い木に遷る」ということで、人間の場合には「高位に上る・出世する」の意味になります。
 ここは作者が転居したということでしょうから、「離�ク」「辭�ク」辺りが良いかと思います。

 転句の「饜」は「食べ過ぎて満足」「食べ飽きる」、上の「看盡」を更に発展させた形で、面白く構成されていますね。

 結句の「饞」は「むさぼる」ですので、「饞人」となると「欲張り」、作者自身のことを面白く描いてます。
「属意」は「期待する」「望む」、更に「香魚」まで欲しがるのが面白いですね。
 最後の下三字は語順が逆ですので読み辛いところ、分かりやすいのは「食香魚(香魚を食さん)」ですが、「食」があまり詩的ではないですね。
 代わりに考えられるのは「迓」「待」「候」などですかね。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第304作は桐山堂半田の 酔竹 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-304

  雙燕求巢        

 小庭草樹�黒}疏   小庭の草樹 緑扶疏たり

 暇日開窗靜讀書   暇日 開窓 静かに読書

 雙燕欲巢探陋室   双燕 巣くはんと欲して 陋室を探る

 當知汝爾是吾居   当に知るべし 汝爾よ 是吾居なりと

          (上平声「六魚」の押韻)


<解説>

 毎年この時期に燕が窓前の電線に停まって喃喃、窓を開けていると人がいても入室し巣を作ろうとして本棚や、壁掛け時計の上に停まったりして巣作りの場所を物色に来ます。

<感想>

 部屋の中に巣を作ろうとするとは、大胆な燕ですね。

 前半の穏やかな景がしっかりと描かれている分、転句からの動きのある燕の姿が対照的に生き生きと感じられますね。
 特に「探」の字が効果的で、まるで部屋の中を物色しているような趣が良いですね。
 それに対する作者の態度も、「汝爾」は仲間や親しい間柄に使う言葉ですので、燕に対しての思いやりが感じられます。

 ちょっと狙い過ぎたかと思われるのは、承句の「開窗」、窓を開けることで燕が部屋に入ってくると暗示したわけで、配慮された表現ではありますが、ここは「閑窗愉讀書」が落ち着きます。
 燕が室内に入ることを示したいという点で言えば、先ほど書きましたように「探」の字の効果で伝わると思いますよ。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第305作は桐山堂半田の 聲希 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-305

  初夏�拷A        

 雨晴寒暖幾波餘   雨晴寒暖 幾波の餘

 漸次季移邑里居   漸次 季は移る 邑里の居

 園裏藤花途躑躅   園裏には藤花 途には躑躅

 野燃嫩葉自身舒   野には燃える嫩葉 自から 身 舒ぶ

          (上平声「六魚」の押韻)


<解説>

  雨が降ったり晴れたり、寒かったり暖かかったりを幾度繰り返しただろうか。
  しかし村里には段々と夏に向かって季節が移って来ている。
  公園には藤の花が 路傍には躑躅が咲いているし、野には若葉が燃えたぎっている。
  こんな情景を見るにつけ 自然に心身が伸び伸びとしてくる。  

<感想>

 転句の「躑躅(てきちょく)」は、五月七日の朝日新聞「天声人語」にも書かれていましたが、「躑躅」のどちらの字も意味は「行ったり来たりして行きなやむ」というもの、ツツジの美しさに魅了されて名前の通り、思わず足を留めてしまったとのこと。
 初夏を彩る艶やかさですね。

 起句は特に今年の春、寒さがいつまでも残っていたことを表した句。最近は「寒暖」より「寒暑」という印象ですが。

 承句は「四字目の孤平」です。「邑」を「村」とか「�ク」にしておくと良いですね。
 ここで「居」を使うと作者は自宅に居ることになります。
 公園に出かけた内容にするなら、下三字を「迎夏初」のように自宅から離れるようにしたいですね。

 転句は句中対、場所を対比させる形で「園」「途」「野」と結句まで続きますので分かりやすく対応させたいですね。
「南苑藤花垣躑躅」。場所で無ければ「艶紫架藤紅躑躅」と色で対比させる手もあります。

 結句は「野燃」が気になります。「燃」は「勢いが盛ん」という意味ですが、「赤い」というのが基本です。
「野盈嫩葉(野には嫩草盈ち)」か「�C芬嫩草」、草の勢いを出すなら「萋萋(せいせい)」「綿綿」も使えます。
 下三字は「自身」という熟語が先に頭に浮かびます。本来は「自舒」と修飾語が近づくと良いのですが、平仄が邪魔しますね。
 誤解の無いように「自」を別の言葉、「正」「一」「忽」にしてはどうでしょう。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第306作は桐山堂半田の 福江 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-306

  麥秋        

 光風嫩竹滿村閭   光風 嫩竹 村閭に満つ

 黃熟四方心地舒   黄熟 四方 心地舒ぶ

 新�穀r塘詩景好   新緑の池塘 詩景好し

 行吟快意俗塵疏   行吟 快意 俗塵疏たり

          (上平声「六魚」の押韻)


<解説>

 草木の成長に伴う色の変化を楽しんでいます。

<感想>

 起句は「嫩竹」が「滿村閭」となるとおかしいですね。
 また、「滿村閭」と「四方」も同じです。
 また、承句では何が「黃熟」したのか、分かりません。
 その分からない状態で転句に行くと、今度は「新�香vと別の色が出て来て混乱します。
 ここは承句の主体をはっきりさせておくのが良いですね。
 うーん、「黃熟」ですと麦ですかね、起句を「麥花黃色滿村閭」として、承句は「清冷光風心地舒」とこちらに「風」を持ってきましょうか。
 これで「平頭(四句とも頭が平声)」なのも解消できましたね。

 転句は「�香vを言わずに「新樹」で色を伝える方が良いですね。

 結句は気持ちの良さが出ていますが、「快意」は言わずもがな、承句の「心地舒」や転句の「詩景好」などで十分に表れていますので、例えば「行吟半日」「朗吟閑歩」などでどうでしょう。

 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第307作は桐山堂半田の 福江 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-307

  初夏�拷A        

 夏來�克�好風閭   夏来る 緑樹 好風の閭

 燕子殘鶯歩自徐   燕子 残鶯 歩み自ら徐なり

 契闊佳朋安穩否   契闊の佳朋 安穏なりや否や 

 老懷不識碧雲舒   老懐 識らず 碧雲舒ぶ

          (上平声「六魚」の押韻)


<解説>

 四季の移ろいの中に朋友を想います。

<感想>

 前半に季節感を出して、後半は友人を想うという構成ですね。
 初夏を強調するならば、起句の「�克�」は「新樹」「新�香vとした方が良いです。

 承句は「燕子」だけですと、季節感としてはやや弱いですね。
 「殘鶯」と対応させて「雛燕」「乳燕」などでしょう。

 転句の「契闊」は「久闊」と同じで、「しばらく会っていない」の意味。
 となると「佳」で良いかどうか、「�ク朋」「古朋」ですかね。

 結句は何が「不識」なのか、分かりにくいですね。
 前の句で離れた友のことを想っていますので、遠くを眺める形で「碧雲」を上に持ってきて
 「碧雲遙望舊懷舒(碧雲遥かに望み 旧懐舒ぶ)」でどうでしょう。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第308作は桐山堂半田の 健洲 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-308

  初夏�拷A        

 池上黃梅落地初   池上の黄梅地に落つる初め

 紫陽花發雨過餘   紫陽花發く雨過の余

 遙聞燕語薫風裏   遙に聞く燕語薫風の裏

 佇立�拷A情自舒   緑陰に佇立すれば情自から舒ぶ

          (上平声「六魚」の押韻)


<解説>

 梅の実が落ち、紫陽花が発く初夏の時節。
 燕の声が聞こえる緑樹の下に佇んでいると穏やかな気持ちになった。

<感想>

 起句の「池上」は「池のほとり」ですが、「落地」ということですと何のために「池」を出したのか悩みます。
 佐布里池を意識してのものでしょうから、「池畔」とする形ですね。
 ただ、「黃梅」も梅の実だとはっきり分かりませんので、整理して「梅子池頭黄熟初」とすると、作者の意図と合致すると思います。

 転句の「薫風裏」は身近で聞いているわけですので、「遙聞」は合わないです。「時聞」が穏当でしょう。

 結句は問題無いですね。

 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第309作は桐山堂半田の 向岳 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-309

  梅雨        

 玄鳥勿勿運餌諸   玄鳥 勿勿 餌を運び諸(おお)し

 蜒蚰少少動厨舒   蜒蚰 少少 厨を動き舒(しずか)なり

 綿綿欝欝梅霖宇   綿綿 欝欝 梅霖の宇(そら)

 赤日明光期待余   赤日 明光を 期待する余(われ)

          (上平声「六魚」の押韻)


<感想>

 起句の「勿勿」は「慌ただしい」様子、ただ、この字は仄声ですので、「怱怱」としたかったのではないですか。

 承句の「蜒蚰(えんゆう)」はナメクジ、逆にして「蚰蜒」となるとゲジゲジです。

 前半の二句は分かりやすく対句になっていますが、転句でまた「綿綿」「鬱鬱」と畳語が続くのは、これは多過ぎです。
 畳語を用いるのは基本的に強調のためです。
 畳語が何度も繰り返されると、強調箇所がいっぱい出来るわけで、多過ぎは逆効果になります。

 結句は、太陽の明るい光を待ち望む心境ですが、転句で「鬱鬱」ともう心情を言ってますので、「晴れを待ち望む」では当たり前過ぎて、感動が出て来ません。
 前半の梅雨の描写とも繋がりませんので、この結句は再検討でしょうね。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第310作は桐山堂半田の 向岳 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-310

  偶成        

 小黽求虫石上居   小黽 虫を求め 石上に居(とどま)る

 多蚊好影樹間閭   多蚊 影を好み 樹間に閭(あつま)る

 綿綿高濕汚身體   綿綿と 高湿 身体を汚し

 梅雨肌膚病毒諸   梅雨 肌膚 病毒諸(おお)し

          (上平声「六魚」の押韻)


<感想>

 起句の「黽」は辞書によれば「水に棲むアオガエルの大きいもの」「食用ガエル。大きなカエル」となっています。
 それに「小」を付けるのは何かバランスが悪いように思います。「群黽」「��黽」かな。

 承句は「閭」の韻字が難しかったですね。
 名詞用法で「村里」の意味として使うことがほとんどですが、動詞の用法としては、お書きになったように「あつまる」の意味があります。
 頭の「多蚊」はせっかくの「閭」の用法が薄れてしまいます。「暮蚊」「夏蚊」などかね。
 中二字の「好影」は「好(よ)き影(すがた)」と読んでしまいます。
 「影」は「陰」の方が明瞭でしょうし、「樹間」と意味が重複します。
 下を「樹陰」にして、ここは「饑血」などでどうでしょう。

 転句は「綿綿」と言う前に、「梅雨」の季節だと分かるようにしておかないと、話が分かりません。
 前半に入れにくいならば詩題を前作と同様、「梅雨(偶成)」とするべきですね。
 「汚身體」は何のことを言っているのか、「汚」を「冒」とすれば通じますね。

 結句は直訳すれば、「梅雨時には肌に病毒が沢山発生する」となりますが、そんな病原菌がありましたか。
 全体の流れを見ても、後半でこれだけ梅雨を否定的に語るとなると、前半の風物も「憎らしい蛙や蚊どもめ」という憎しみの対象として見ているのですかね。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第311作は桐山堂半田の 今江 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-311

  初夏�拷A        

 若葉水水頭上覆   若葉 水水しく 頭上を覆(おお)う

 旅友目指那智山   旅友と目指す 那智の山

 滔滔落霧身心洗   滔滔 落つる霧 身心洗ふ

 最美大瀧三重塔   最も美しい大滝 三重の塔


<感想>

 今回は、課題の韻脚例を示しませんでしたので、押韻も難しかったですかね。

 全体の流れは分かりやすい構成です。

 起句の「みずみずしい」は漢字では「瑞瑞しい」と書きますが、ここは「若葉」の説明ですので、「若葉����」「若葉�C鮮」が良いです。

 承句は那智に行ったということですと「古道」を歩いたでしょうから、それを入れた方が良いですね。
「鬱蒼古道夏初行」

 転句に「滝」と「三重塔」を持ってきますが、「滝」は漢文では「早い瀬」の意味ですので「瀑布」とします。
 滝と塔が一緒に見られるのが特徴ですので、「一望長瀑三重塔」とすると収まりますね。

 結句は「身も心も洗われた」という感動と、友達と一緒ということも忘れずに入れて、「旅友笑顏塵外心」としましょうか。

 最後に押韻を合わせますが、今回は承句の「行」に合わせるのが良さそうです。
 起句の「覆」は「盈」で、結句の「心」は「情」にと類義字に置き換える形で収めましょう。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第312作は桐山堂半田の 快寔 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-312

  慶關西萬博開催        

 春盡叙論老輩盧   春尽き 論を叙す 老輩の盧

 世情分斷生存虛   世情 分断 生存虚し

 融和連係環繞柵   融和 連係 環繞の柵

 命耀人間萬博初   命耀く人間 万博初まる

          (上平声「六魚」の押韻)


<解説>

 桜も散り、世界の騒がしさについて我が家で仲間が話した
 世界状況は分断が進み、人類の生存すら危ぶまれる
 融和し連携することの意義を万博会場の大屋根リングが示している
 命輝く未来社会をテーマの万博が始まった

<感想>

 色々と議論のあった関西万博でしたが、ようやく開幕しましたね。
 ゴールデンウィークでもあり、多くの来場があったようで何よりです。

 起句の末字の「盧」は「廬」の書き間違いですね、韻目が違い、意味も「壺」のことになります。
 この句は「叙」が仄声ですので「四字目の孤平」になっています。
 「交論(論を交はす)」でしょう。

 承句は下三字の「生存虛」が皆平字なので「下三平」、これは許されません。
 何が「虚しい」のかを考えると、人類が歴史の中で積み上げたものが崩れていくことですので、ここは「叡知虛」「理知虛」などでしょうか。

 転句の下三字は万博の象徴である「大屋根リング」、中国語では「大屋頂環」と直訳しているようですね。
 お書きになった「環繞柵」は「リングを繞る柵」としましたが、「融和」を示すのに「柵」の字を使うのは不釣り合いです。
 できれば「環」の字を最後に置けると良いですが平仄が合いませんので、「環大蓋」でしょう。

 結句は、「命耀」という言葉自体が比喩表現ですので、そのまま漢詩に入れても「命が耀く人間(世界)」とそのままの解釈しかできません。
 「衆望」という言葉で「多くの人が期待する」という意味があります。
 これなどは万博には適した言葉かと思います。
 最後の「初」は動詞としては読みにくいので、ここは「衆望將開萬博譽」と収めるのが良いでしょうね。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第313作は桐山堂半田の 快寔 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-313

  愛底上花        

 春盡賑來院落譽   春尽きて賑わい来る 院落の誉

 牡丹芍藥宴催如   牡丹 芍薬 宴催すが如し

 我偏愛惜自然恵   我偏に愛惜す 自然の恵み

 枝作多英短命虛   枝になす多英 短命を虚しくす

          (上平声「六魚」の押韻)


<解説>

 桜の時期は済んだが我が家の庭には牡丹、芍薬、シャクナゲの花が咲きだした。
 自然の恵みに愛しい気持ちになる。
 特に牡丹は花王で、花が大きく華々しく、咲いている期間は長くない。
 虚しさも感じる次第である。

<感想>

 題名の「底上花」はどんな花なのか、分かりませんが、「庭上花」でしょうかね。

 起句の「賑」は仄声ですので、この句も「四字目の孤平」になっています。
 下を「庭院」として解消しましょう。
 上の「春盡」は下とは逆接ですので読み下しは「春尽くるも」としておくと良いですね。

 承句は「如」を韻字に使うために最後に置きましたが、本来は「如」は上に来る語順、「如宴催」か「宴如催」です。
 平仄や押韻のために文法破りも許されますが、「如」が下に来る熟語があると良いですがね。

 転句の表現と結句の「短命虛」が合いません。
 「自然恵」がどうも邪魔で、「短命虛」であることを愛すると持って行くべきですね。
 「野翁偏愛自然景 尚惜芳英短命虛」というところでしょうか。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第314作は桐山堂半田の 香裕 さんの作品です。
 5月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-314

  端午節句        

 薫風五月鯉旗翻   薫風 五月 鯉旗翻る

 日上三竿野逕村   日は上る三竿に 野逕の村

 燕子飛過相喜節   燕子 飛び過ぎ 相喜びの節

 學童志氣願乾坤   学童の志気 乾坤に願ふ

          (上平声「十三元」の押韻)


<解説>

 近年、鯉のぼりを見上げる事もなくなり、さびしさを感じますが、児童の成長を祝う節句ですので作詩しました。

<感想>

 鯉のぼりは「鯉旗」「鯉旌」「鯉幟」などで表されます。

 承句の「三竿」は蘇軾の『溪陰堂』の詩でよく知られている言葉ですね。
 「竿を三本繋いだ高さまで日が上った」となります。
 ここは「陽日三竿逕草繁」のように対句にしても面白いでしょうね。

 転句は下三字の「相喜節」は、誰がどうして喜ぶのかが分かりません。
 「端午節」でも良いですが、題名にも出てますので少し変化させて「燕子飛過重五節」として、結句で子どもの日をどーんと出すのが分かりやすいですね。  結句は「學童」でなく「兒童」の方が対象が広がります。「志氣」は「成長」とすると句意が明瞭になりますね。「長」は通常は平声ですが、「育つ」の意味では仄声です。


 by 桐山人(2025. 5月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第315作は桐山堂半田の 向岳 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-315

  昔時梅雨田家        

 麥終迎水力耕肥   麦が終り 水を迎へ 力耕肥(さか)んなり

 家族稻苗移植歸   家族で 稲苗 移植が帰(おわ)る

 収穫秋期夢豐作   収穫 秋期 豊作を夢て

 十風五雨佛神祈   十風 五雨を 仏神に祈る

          (上平声「五微」の押韻)


<感想>

 起句は「迎水」という表現が、田に水を入れるのを待ちわびていた感が出て、良いですね。

 承句は田植えの場面ですが、読み下しは無理矢理という感じで、もっと素直に「家族 稻苗移植して帰る」と訓じた方がよく伝わります。
 田植えを「移植」と呼ぶのは、そうなのかもしれませんが散文的ですね。
 「挿苗(秧)」「種稲」などの言葉がありますので、そちらで表した方が違和感がありません。
 末字の「歸」を「おわる」と読むのは、死者が黄泉に帰るということから、命がおわるという意味だと理解していますので、先のように「家族・・・・帰(かえ)る」と直截的な表現にした方が良いでしょう。

 転句は「夢」で「期待する」という意味で使うと和習になりますので、「豊作の夢を見る」とします。
 ここの「豐作」も和語ですかね、「豐歳」ならば問題ないでしょう。

 結句は「五風十雨」は分かりますが、入れ替えたのは「雨を少なめに」ということですかね。
 「風」が多いのも困るような気もします。
 四字熟語にこだわらなければ、「穰穰金粒(穰穰たる金粒)」などが意味を伝えるのに良いかと思います。


 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第316作は桐山堂半田の 向岳 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-316

  梅酒        

 梅子圓圓變色微   梅子 円円 変色微(かすか)なり

 好天摘實汗濡衣   好天 実を摘み 汗が衣を濡(ぬら)す

 老衰牛歩多忘失   老衰 牛歩 忘失多し

 藥酒留痾康健圍   薬酒 痾を留め 康健を囲(まも)る

          (上平声「五微」の押韻)


<感想>

 意味としては分かりやすいですが、用語として気になるところが部分的にありますね。

 起句の「梅子圓圓」は、そもそも梅の実は丸いわけで、それを更に「圓圓」というのは間違いではないにせよ畳字で強調するほど意味があるでしょうか。
 梅が熟してきたということなら「紅黃」など。
 下の「變色」はイメージが悪いですね、腐っているような感じ。
 「移色」「轉色」とか「彩色」。

 転句は「老衰」の表現が強過ぎで、承句の「青空の下 汗を流して梅を摘む」人物と同じとは思えません。
 「老夫」「衰翁」くらいが手頃でしょう。
 下三字は私も同様、まったく共感です。

 結句は「藥酒」、作者は梅酒を健康のための酒だと認識している表現ですが、誰もが梅酒を薬だと思ってるわけではありませんね。
 ですので、前半の話と繋がらない形でビックリします。
 「果酒」が果実酒を表しますので、ひとまずはそちらを出しておくのが良いですね。
 中二字は「留」が伝わりにくい、「表に出さないように内に留める」ということでしょうが、「痾のまま」ということで「康健」とは逆になってしまいます。
 「養痾」の方でしょうね。

 最後の「圍」を「まもる」と読むのも、周囲を取り囲むことが原義、「健康を取り囲む」で「健康を維持する」の意味に取ってはもらえないでしょうね。
 韻字を「希(のぞみ)」とか「幾(きざし)」の方が理解しやすいと思います。


 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第317作は桐山堂半田の 酔竹 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-317

  梅雨田家        

 梅風秧稻�鵠g微   梅風 秧稻 �鵠g微なり

 慈雨成霖塘水肥   慈雨 霖と成り 塘水肥ゆ

 盡日農人繕耕具   尽日 農人 耕具を繕ひ

 簷聲滴滴靜心機   簷声 滴滴 心機を静める

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

 梅雨は一般にマイナスイメージが強いが、プラス部分を詠んでみました。
 プラス効果:稲作の促進、水資源の保全、農人田植え後のリラックス

<感想>

 確かに梅雨が無ければ、日本の国土はもっと厳しい環境になっていたでしょうね。

 承句以降はプラス効果を並べたもので、読書に適した条件を示す「三余」でも、「冬・夜・雨」として「雨」を含ませていますね。

 起句は「�鵠g」を語るために「風」を持ってきたのだと思いますが、無理矢理「風」が吹いている感じがします。
 「波」だけでも十分に風は感じますので「甫田(広々とした田)秧稻�鵠g微」、前対格を考えるなら踏み落として「�鵠g動」として承句の「成霖」も「沃霖」としておくとバランスが良くなります。


 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第318作は桐山堂半田の 聲希 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-318

  小滿所感        

 春過小滿�拷A圍   春過ぎて小滿 緑陰囲む

 鳥北渡來山野飛   鳥北より渡り来たり 山野に飛ぶ

 稻圃水盈風色變   稲圃には水盈ちて 風色変る

 異常天候此無希   異常の天候 此 無きを希ふ

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

  春が過ぎ小滿の候となり 植物は盛んに茂り若葉に囲まれている感じだ。
  鳥が北より渡り来たって山野を飛ぶ。
  圃場には水を満たし稲が植えられ、景色が一変した。
  異常な天候に遭わず無事に成長するを願う。

<感想>

 起句は良いですね。

 承句は「北より」とするには「從北」と助字を入れるわけですが、詩では助字を省き、「北鳥渡來山野飛」とする形、あるいは「天北兩三禽影飛」などでしょうか。

 転句は「圃」ですと「はたけ」になりますので「田」が良いですね。「田水盈盈」

 結句は下三字の語順が悪く、これでは「此れ希み無し」となってしまいます。
 せっかくの「希」の字が消えてしまいますが、「願回歸(回帰を願ふ)」と韻字を替える形とか、逆に「尋常天候此唯希」とした方が分かりやすいかもしれません。


 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第319作は桐山堂半田の 健洲 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-319

  雨窗感懐        

 窗前庭樹雨霏霏   窓前の庭樹 雨霏霏たり

 春盡花落草又肥   春尽き花落ちて 草又肥ゆ

 連日梅天人亦懶   連日の梅天 人亦懶し

 讀書飲酒望晴暉   書を読み酒を飲みて 晴暉を望む

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

 梅雨の時期は雨で外出が少ない上、庭には雑草が伸びてきて、何となく気だるくなる。
 早い梅雨明けが望まれる。

<感想>

 起句は「庭樹」がどうなったのか、中途半端な感じ。
 「窗前冥暗雨霏霏」が良いでしょう。

 承句は四字目の平仄が違います。
 意味を考えると「無花」、上に「庭樹」を持ってきて「庭樹無花」。

 転句は「梅霖」の方が「長雨」の感じがでますね。

 結句は「望」と直球で表すよりも「俟(あてにして待つ)」「候(待ち迎える)」「待(立ち止まり待つ)」など、期待を籠める形でどうでしょう。

 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第320作は桐山堂半田の 香裕 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-320

  雨窗感懐        

 香消疎雨夕陽微   疎雨 香を消す 夕陽微なり

 池上蛙聲白鷺飛   池上 蛙声 白鷺飛ぶ

 倚几軒窗涼氣足   几に倚れば 軒窓 涼気足る

 詩成吟獨思依依   詩成って 独り吟ずれば 思ひ依依たり

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

 ぼんやりと窓の外を眺め、池のほとりの生き物と何となく出来上がった詩を思っての作

<感想>

 起句はこの語順ですと「香は消え 疎雨」となり、上二字と中二字が別々のもの、バラバラに感じます。
 「消香疎雨」として「香を消す疎雨」なら繋がりができます。
 ただ、「香」が何の香なのか、外の景色としては不明瞭ではあります。
 また、「疎」とは言え「雨」は降っていますので、「夕陽微」はどうでしょうね。
 「樹陰疎雨夕風微」という形でしょうか。

 承句は「蛙聲」と「白鷺飛」を対比させるなら「蛙鳴白鷺飛(蛙は鳴き白鷺は飛ぶ)」としたいですね。

 転句は問題無いですが、結句は中二字の語順が逆、「獨吟」とするところを平仄を合わせるために変更したのでしょうが、「吟獨」では意味が通じません。
 「獨吟」と上に持ってきて、中二字は「一句」「詩句」など。
 下の「依依」は色々な意味がある言葉ですが、ここは何となく落ち着かないモヤモヤとした気持ちを表したものでしょう。
 この詩の結びとして良い言葉だと思います。


 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第321作は桐山堂半田の 香裕 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-321

  蓮華寺公園有感        

 白花寂發動�ク愁   白花 寂しく発き 郷愁を動かす

 房紫埀棚百樹稠   房紫は棚に垂れ 百樹稠し

 人厭兩美色無故   人両つながら美を厭ふは色無き故か

 年回藤愛共誰遊   年は回りて 藤を愛でに 誰と共に遊ばん

          (下平声「十一尤」の押韻)


<解説>

 靜岡の蓮華寺公園に藤の咲くのを見物した折、白い藤の花はひっそりと人目に触れる事もありませんでした。
 皆、紫の大房の花を写真撮りして賑わっていて、同じ藤なのに白花が可愛そうになっての作。

<感想>

 起句は「寂」とここで入れてしまうと、主題を語ってしまいます。
 感情を入れない言葉で、白い花の様子を表す言葉を考えてみましょう。
 「閑發(閑かに発く)」。
 そうすると、冒頭も「白藤」とはっきり分かるようにした方が良いでしょう。
 下三字の「郷愁」は唐突で、作者の事情を考えてしまいます。
 「春愁」で季節も合うでしょう。

 承句は「房紫」が平仄を合わせるための入れ替えですが、意味が分かりにくいですので「紫蕊」で。
 下三字は沢山の木々が新芽を出したということですので、まあ分かりますが、「新樹」が合うと思います。

 転句は四字目と六字目の平仄が合いません。
 「何爲雙色美」(なんすれぞ そうしょくのび)。

 結句は「藤」を使わないようにして、結びに持って行きたいところ、「年回季到」(としめぐり きいたらば)で。

 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第322作は桐山堂半田の 快寔 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-322

  雨窗感懷        

 驟雨瀟瀟夾竹緋   驟雨瀟瀟たり 夾竹緋なり

 叩窗風起碍眠威   窓を叩く風起こりて 眠威を碍す

 搖搖花朶我觀著   揺揺たる花朶 我観著す

 黙考沈深追憶歸   黙考沈深 追憶に帰す

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

 突然の雨に夾竹桃が揺れている。風も出てきて窓を揺るがす音に昼寝を妨げられました。
 揺れる赤い花を眺めながら人生を顧みて様々な事を思い起こしました

<感想>

 起句ですが、「驟雨」はにわか雨、「白雨」とも書くように雨足が白く見えるほどに強く降る夕立です。
 逆に「瀟瀟」は「寂しくシトシトと降る」ことを表しますので、これは不釣り合いです。

 また、承句に行くと「叩窗」となりますので、どうやら強い雨の方をイメージされているようですね。
 「瀟瀟」は「紛紛」「滂然」などが適します。
 あるいは、雨の方ではなく「夾竹桃」の場所を考えて「門前」でも。

 承句の「眠威」というのは何でしょう。
 起句では雨の降り始めた外の景色を眺めていますし、あまり午睡にこだわらなくても良いと思います。
 「烈風窗外叩柴扉」

 転句は、一人称の「我」は、強調の時以外は通常の詩では使う必要はありません。
 ここは「暫」「久」など時間を表す言葉で良いと思います。

 結句は実体験をそのまま描いたのでしょうが、内容は転句までと全く繋がりがありません。
 「追憶」を引き起こしたものは何なのか、夾竹桃の花でしょうか、驟雨の景色からでしょうか、激しい風でしょうか。
 作者が「人生を顧みる」誘引となったものが何なのか、詩は実はそのことを書くべきものです。
 そういう意味では上の四字は役に立ちませんので、ここに入れられるように考えてください。


 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第323作は桐山堂半田の 快寔 さんの作品です。
 6月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-323

  偶感        

 梅霖湯浴思惟幾   梅霖に湯浴 思惟幾ぞ

 雲切青空一燕飛   雲切れて青空 一燕飛ぶ

 鬱快微和呆然刻   鬱快微かに和む 呆然の刻

 次回吟競錬成揮   次回の吟競 錬成を揮はん

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

 梅雨の中、近くの都市温泉の露天風呂で何気なく次の競吟大会の事を思っていました。
 すると、天空の雲が切れて青空が見え、燕が一羽飛びぬけていきました。
 鬱陶しい思いも少し和らぎ、競吟に成果を発揮しようとの思いが募りました。

<感想>

 露天風呂に雨の中入ったというのが起句の意味ですね。
 「浴池霖裏」が分かりやすいでしょう。

 承句は画面転換で、分かりやすい句になっています。

 転句は四字目、「和む」ということですと、「鬱」と「快」の対立するものを並べるのはおかしいですね。
 「鬱」の方だけにして、それが「和む」とすると論が繋がります。
 三字目の「微」は韻字ですので「冒韻」です。
 「転句の冒韻は許される」という見解もありますが、避けられるなら避けた方が良い点はあります。
 下三字の「呆然」は和語とする辞書もあり、古典での用例もありませんので、似たような意味で別の語にした方が良いですね。
 以上の形で、文意を整理するなら「稍解鬱情和氣沸」

 結句は「競吟」は吟大会のことを指すのでしょうか。
 「次回」は必要無いですので、「將參吟競錬成揮(将に吟競に参ぜんと錬成揮ふ)」


 by 桐山人(2025. 6月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第324作は桐山堂半田の 酔竹 さんの作品です。
 7月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-324

  參禪黃檗山萬福寺        

 檗涼蟬語入禪宮   檗涼 蝉語 禅宮に入る

 擊磬焚香滿院中   撃磬(げきけい) 焚香 院中に満つ

 端坐跏趺堪棒喝   端坐 跏趺(かふ) 飛ぶ棒喝

 誰知般若倘溟濛   誰知 般若 倘ふ溟濛

 晨朝作務鍛心骨   晨朝の作務 心骨を鍛へ

 暮夜法談聞色空   暮夜の法談 色空を聞く

 期到高僧揮老筆   期到りて 高僧 老筆を揮ひ

 貽吾竹葉起�C風   吾に貽る 「竹葉起清風」

          (上平声「一東」の押韻)


<解説>

 二十五・六歳の頃、宇治の黄檗山萬福寺(潮音精舎)で一週間の坐禅会に参加しました。
 その時の記憶は強く残っており、詩にしてみました。
 最終日に住職から各人の名の文字を入れた詩偈の色紙を贈られました。
 私のは「竹葉葉起清風」でした。
 今回、出所を調べてみたら、南宋の禅僧、釋智愚の詩
 「衍鞏珙三禪�コ之國清(えん・きょう・きょうのさんぜんとくこくせいにゆく)」
  誰知三隠寂寥中 因話尋盟別鷲峯 相送當門有脩竹 爲君葉葉起清風 からでした。

<感想>

 初めて万福寺に行った時、日本のお寺の地味な色合いに慣れていた私は、一面の朱色の寺内にビックリした記憶があります。
 まだ、中国を旅行したことも無かった若い頃でしたので、今ならば、そんなに驚かないでしょう。

 律詩ですので対句も工夫しながらお書きになっているのが伝わって来ます。

 第一句の「檗涼」は季節を表す言葉でしょうか。
 次の「撃磬」はお寺の鉦を叩くことですので、「檗涼」も仏教語ですか。
 この首聯も対句にする形もありますので、第一句を踏み落としにすれば行けそうな気もしますね。

 頷聯の「跏趺」は「結跏趺坐」でよく目にしますが、「足の甲を股の上に置き組んで坐る」、まさに「坐禅」ですね。
 ここは読み下しでは「堪」が「飛」になっています。どちらも平声、「堪」なら心情が入りますが、「飛」なら叙景。
 次の「倘」は「さまよふ」と読む形ですので、「棒喝に堪へ」「冥濛に倘ふ」と対になる本文の方が良いでしょう。
 下句の「誰知」は「端坐」に対応するには疑問形よりも、「久知」「時知」とかの方が良いかな。

 頸聯は良い形の対句ですが、「鍛心骨」で達成感のある句なので、下句が「色空の話を聞いた」というだけだと弱いですね。
「伝授した」とか「理解した」までは言えないでしょうが、「少し近づいた」、「一歩入った」というような能動的な形が良いと思います。
 何か言葉が無いでしょうか。
 「傳」だと「聞」とあまり変わらないし、「親」では軽いか、「幾(ちかし)」。「聽」の字の方が熱心に聞いたという感じかな。

 尾聯は場面がよく分かりますね。

 by 桐山人(2025. 7月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第325作は桐山堂半田の 輪中人 さんの作品です。
 7月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-325

  石取祭        

 欣欣嚼嚼勢翩翩   欣欣 嚼嚼 勢翩翩

 撃打鉦鼓千古傳   撃打の鉦鼓 千古に伝ふ

 繼承文化成遺産   継承の文化 遺産と成る

 朱顏喜色殆流連   朱顏 喜色 殆ど流連

          (下平声「一先」の押韻)


<解説>

 「石取祭」は江戸初期から数度の中断を経て、現在は三十数車が八月第一土日に市内を錬り、
 春日神社に町屋川から取った小石を奉納するものです。
 数年前(2016年)にユネスコの世界文化遺産に登録されました。

<感想>

 町屋川の石を取るのは、清らかな流れの中の石を神社に敷き詰めて、祭の場を清める目的だそうですね。

 承句の「嚼嚼」は大きな辞典を調べても載っていませんが、書き間違いでしょうか。
 ここは祭の場面ですので、「欣」に対応させて「躍躍」でどうでしょう。
 下の「翩翩」は「鳥が身軽に飛ぶ」時に使いますが、そこから「行ったり来たり」「得意な様子」などの意味が生まれています。
 祭の人々の元気一杯な様子でしょうね。
 畳語を三つ重ねて、勢いを出している形で面白いですね。

 承句は四字目の「鼓」は仄声ですので、入れ替えて「鼓鉦」とすれば整います。

 転句は平仄を見ると「●○○●○○●」で二字目が平字の「平句」になっています。
 反法を破った拗体にもできますが、結句も平句ですので、ここは仄句に持って行きたいですね。
 語順を替えてみましょうか。
「文化繼承遺産地」これでひとまず平仄は合いますが、内容的には前句の「千古傳」とあまり変化が無いのが、転句としては寂しいところ。
 町の人々が守ってきた、とか、この伝統を愛し続けているとか、そう言った人々の心情などを描くと変化も出ますし、結句への流れも生まれると思いますので、再敲されると良いでしょう。

 結句は「醉顏」とか「笑顔」でも良いかと思いましたが、「朱顏」なら中二字は「町衆」「男衆」、和習を感じるなら「大衆」でも良いですね。

 題名は「桑名石取祭」と地名を入れた方が良いです。

 by 桐山人(2025. 7月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第326作は桐山堂半田の 聲希 さんの作品です。
 7月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-326

  初夏�拷A 二        

 櫻花妖艷仲春終   桜花妖艶 仲春終れば

 滿目�拷A風月流   満目緑陰が 風月の流れ

 空鯉幟翻心朗朗   空には鯉幟翻り 心 朗朗たり

 育生陽氣最高優   生を育くむ陽気なれば 最高に優れたり

          (下平声「十一尤」の押韻)


<解説>

  妖艶な桜花が咲き誇った仲春が終われば
  見渡す限り若葉が茂る季節になるのが自然の流れ
  空には鯉幟が翻り、心は弾むように朗朗としている。
  生命を育む陽気なのでこの時期が一年で最も優れている。

<感想>

 起句の末字「終」は尤韻と発音が似ていますが、上平声一東韻です。
 韻字を合わせるということならば「収」が「終」に近いですね。
 ここは発展させて「樓」とすると視界が拡がって面白いかもしれません。

 承句は良いです。

 転句は上四字の語順、読みにくいですね。
 「空」は要らないでしょうから、「鯉幟飄翻」で落ち着くと思いますよ。

 結句の「育生」は何のことか、読み下しを見て趣旨は理解出来ましたが、本文からだけでは難しいですね。
 「新生」か季節を表して「夏初」でも良いでしょう。
 下三字は「最高」という形で副詞的に使うのは口語的です。
 また、「優」という字を使えば「すぐれている」と分かりますので、更に余分な修飾は無くても良いので「覺眞優」でしょうか。


 by 桐山人(2025. 7月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第327作は桐山堂半田の 香裕 さんの作品です。
 7月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-327

  雷鳴        

 鷗鳥遊沙雨後天   鴎鳥 沙に遊ぶ 雨後の天

 山光興趣�拷A前   山光 興趣あり 緑陰の前

 頽垣窗暗涼如水   頽垣に窓は暗く 涼は水の如し

 倚几遠雷打岸邊   几に倚れば遠雷 打岸の辺か

          (下平声「一先」の押韻)


<解説>

 雨上がりの山の美しさを見ていて、遠く波打つ海岸の辺りでの雷鳴を聞いた時の作

<感想>

 情景が豊富なので、作者がどこに居るのかが曖昧になってしまいましたね。

 起句で「鴎が遊ぶ」ですと海辺、承句は「緑陰前」で山の近く、転句になると「窗暗」で室内、結句も「倚几」で室内。
 ただ、室内から「海岸の辺りでの雷鳴」を想像するのは、なかなか大変ですね。
 その辺りを整理して行く必要がありますね。
 場所は山の近くとした方が良さそうですので、起句は「杜宇啼過雨後天」とすれば、承句への流れも良くなります。

 転句の「窗暗」は前半との変化が大きく、承句の「�拷A」を「�坂x」とした方が良いでしょう。
 転句の方は「頽垣風起」として下三字に流れるようにしましょうか。

 結句は、遠くの雷を部屋で聞いて、「海の方で鳴ってる」と考えたという場面です。
 この句は「四字目の孤平」でもありますので、「倚几遠雷何處邊」とか「時聽遙雷倚几先」としましょう。
 これで全体のまとまりはできましたね。


 by 桐山人(2025. 7月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第328作は桐山堂半田の 快寔 さんの作品です。
 7月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-328

  猛雨偶感        

 突然雷雨潰心肝   突然の雷雨心肝を潰す

 覆道奔流怒濤瀾   道を覆う奔流怒涛の瀾

 多是成災以持續   多くは是持続するを以て災いと成る

 地球温暖正遺難   地球の温暖正に遺て難し

          (上平声「七虞」の押韻)


<解説>

 当日ゴルフ場で突然の雷雨に見舞われ、避雷小屋で一時間強退避させられました。
 その時川のように流れるフェアーウエイ、流落ち溢れかえる排水溝を眺めながら、
 気候変動の結末の一端を目の当たりにして考えさせられました

<感想>

 ゴルフ場の雷は逃げる場所が無く、恐いですよね。
 驚き怯える心情が「潰心肝」でしっかり表されていますね。

 承句の「怒濤瀾」はよく分かる表現ですが、残念ながら「濤」は平声ですので、「二六対」が破れています。
 似た言葉を探して入れましょう。
 「激浪」「奔浪」などが考えられますが、「如激瀾」と比喩の形に持って行くこともできます。

 転句は読み下しに無理があります。
 本来は中二字と下三字の位置が逆になるべきですが、このままで主旨に合うようにするなら「多くは是れ災ひと成るは持続を以てす」でしょうね。
 ここの「持続」は日本での用法のようですし、意味的にも「意思を持って続ける」というニュアンスですので、同じような意味ですが現代中国語でも使われる「延續」でどうでしょうね。

 結句は「遺て難い」とすると、通常は「捨てられない」「勿体ない」となりますので、話が逆になってしまいます。
 筋としては「遺」を「停」とするところでしょうね。


 by 桐山人(2025. 7月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第329作は桐山堂半田の 快寔 さんの作品です。
 7月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-329

  高校同期会有感        

 昔年精鋭集催場   昔年の精鋭催場に集ふ

 傘壽老生無感衰   傘寿の老生衰えを感じる無し

 白髪絲絲往時輩   白髪絲絲たる往時の輩

 和顔放談醉襟昂   和顔放談し酔襟昂る

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 六月二十八日、高校の同期会がありました。 数え八十歳で傘寿を迎える仲間達です。
 往時をしのんで酒を酌み語らい、今の健康を称えあい気勢を上げました

<感想>

 傘寿の同期会ですと、頻繁に開催するのは大変でしょうから、久し振りに顏を合わせた方も多かったでしょうね。
 せっかくの貴重な会の記録になる詩ですので、平仄などは特に丁寧に確認するようにしましょう。

 承句の「衰」は何の字と間違えたのでしょうか、韻違いですのでこれは直さなくてはいけません。
 また、結句の四字目「談」は平声ですので、「笑語」あたりが適当でしょうね。

 戻りますが、転句は「白髪がいっぱいだったあの頃の人」の意味になり、おかしいですね。
 「往時(黒髪)が今は白髪絲絲だ」という流れになるでしょう。

 また、ここの「みんな白髪になっちゃった」という表現は、承句の「無感衰」での気持ち、つまり「老いを感じていない」ということと矛盾しています。
 承句の末字を直す時に、そこも考慮することになりますが、ぶつからないようにするなら「怡健康」。


 by 桐山人(2025. 7月教室作品)

























 2025年の投稿詩 第330作は桐山堂半田の 向岳 さんの作品です。
 7月の作詩教室での作品です。
 その折の私の感想も添えます。

作品番号 2025-330

  李白與杜甫        

 太白醺醺絶句雄   太白 醺醺 絶句雄なり

 少陵悒悒律詩功   少陵 悒悒 律詩功なり

 中華各地歌収集   中華は 各地の 歌を収集

 現代古人知意中   現代 古人の 意中を知る

          (上平声「一東」の押韻)


<感想>

 「醺」は「酒が香る」ということ、いかにも李白に相応しい言葉ですね。

 承句の「悒」は「うれふ」という意味で「憂」の仄字と思えば良いので、杜甫の方はいつも辛そうな顏をしているのも確かにそうですね。
 ただ、上四字と下三字は繋がりませんので、一呼吸が必要です。
 「功」は「律詩の発展に功績があった」という意味でしょう。
 折角の対ですので、起承を逆にして、「律詩聖」とすると「絶句雄」との対応が良くなりますね。
 粘法が合わせられれば良いですし、このままでも拗体として持って行けば通用します。

 後半は李白や杜甫の話から突然、二人とは繋がらない内容に展開しています。
 漢詩は二人の詩人も含めて、長い時代の蓄積がある、ということなら分かります。
 漢詩は士大夫の嗜みですので、「各地」「歌収集」ということは殆どしていません。

 結句は文の構造がおかしく、「古人の意中を知る」なら「知古人意中」の順でないといけません。
 現行では、「現代の古人が意中を知る」ということになります。
 仰りたいことは「当今尚知古人意」ということでしょうから、これを平仄に合うようにしていくという方向が良いです。
 となると、転句は「古来中国は優れた詩が多く詠まれた」という内容にすると、前半からの流れが生まれますね。


 by 桐山人(2025. 7月教室作品)