作品番号 2024-211
春來
冬去春來季節移 冬去り 春来り 季節が移り
木蘭躑躅牡丹期 木蘭 躑躅 牡丹の期(とき)
胡蜂求蜜飛庭内 胡蜂は 蜜を求め 庭内を飛ぶ
問柳尋花野老嬉 問柳 尋花 野老は嬉(よろ)こぶ
転句の「胡蜂」は「スズメバチ」ですが、これではのんびりと春を愉しむわけにはいかないと思います。別の生き物に換えてはいかがでしょうか。
<感想>
作詩の狙いとしては、描かれている素材を見ると、春全体の楽しさを描きたいということでしょうね。
でも、題名もそうですが、「春来」と書いた場合には「初春」を表しますし、起句も「冬が去り春が来て、季節が移った」と季節の変化、春という季節が来たことを表しています。
そう思って読むと、「木蘭」はまだ良いですが、「躑躅」が来て「牡丹」が来るともう晩春になってしまうので、慌ただしくなります。
起句は表現もそのままズバリ、面白みが無いので、「今は春真っ盛り」という内容になるように推敲しましょう。
作品番号 2024-212
書寫千字文
不休不怠不艱勤 休まず 怠けず 艱(なや)まず勤め
書寫四言千字文 四言の千字文を 書写する
自覺菲才偏淺識 菲才で 偏に浅識を自覚して
扣嚢中智創詩殷 嚢中智を扣き 創詩殷(さかん)なり
承句は工夫されて、良いまとまりになりましたね。
転句は「自覚」は要らない言葉ですね、
結句は「嚢中の智」ではなく、「嚢中扣智」、あるいは「嚢中探智」などが良いですね。
<感想>
起句はご自身への評価の言葉ですので、このままで良いですが、「不休」と「不怠」は似ていますので「不倦」が古語っぽいかなと思います。
書写やここの嘆きから結句の「創詩殷」へと話を進めるには飛躍がありますので、ここに何か逆接の言葉を入れて繋がるようにしたいですね。
作品番号 2024-213
花下送歸北友
花天月地堰堤邊 花天 月地 堰堤の辺(ほと)り
柳絮風條送別筵 柳絮 風条 送別の筵
北遠未寒安得再 北は遠く 未だ寒し 安くんぞ再びを得ん
傾杯趺坐涙潜然 傾杯 趺坐 涙潜然たり
起句の「花天月地」は花の開く春の月夜、季節を表す言葉でまず画面を落ち着かせる狙いでしょう。
承句の「風條」は風に揺れる枝、柳の綿毛と重ねて、春らしい別れの宴の背景が出来たと思います。
転句は「未寒」ですと「未だ寒からず」と否定で読みます。
結句は六字目、「潜」ではなく「潸」の字でしょうね、涙がハラハラとこぼれる様を表します。
<感想>
詩題は、李白の「送孟浩然之広陵」に倣えば、「花下送友北歸」ですね。
「猶寒」でも良いですが、「安得再」と「寒」は関係ありませんので、「猶遠北天難再會」。
作品番号 2024-214
惻麥秋
雨餘三徑倚南軒 雨余の三径 南軒に倚る
新漉チ風輕燕翻 新緑 涼風 軽燕翻る
瑠魯紛爭既三歳 瑠魯の紛争 既に三歳
麥秋哀哭滿田園 麦秋 哀哭 田園に満つ
<解説>
麦秋になっても人々は荒廃した耕地に立ち、哀哭することであろう。
<感想>
こちらの詩は「三」が起句と転句で重なっています。
転句の「瑠魯」はウクライナとロシアですか。
麦はウクライナの象徴でもありますので、実った麦穂と人民の「哀哭」が重なる結句は印象に残る佳句ですね。
題名の「惻」は「いたム」、「惻隠」「惻惻」などの熟語で使われますね。
転句の「三歳」の方が具体的な表現として意味がありますので、起句の方で直す形で「細徑」に。
「魯」は嘗て(大正末まで)は用いていたようですが、現代はあまり使われません。
「烏露」が分かりやすいとは思いますが、どうでしょうか。
作品番号 2024-215
彼岸會
恵風黃菜弄春華 恵風 黄菜 春華を弄す
僧院鳥語晴色嘉 僧院 鳥語 晴色嘉し
靜坐誦經C浄地 靜かに坐し 誦経 清浄の地
墓前拝跪薦香花 墓前に拝跪し 香花を薦む
<解説>
旦那寺で行われる彼岸会に参加し、墓前に香花を供え、先祖の霊を悼みました。
<感想>
承句は「鳥語」が仄仄ですので、「鳥聲」で。ただ、転句で「誦經」と音が出てきますので、鳥の「声」と重なるのはどうか。
転句は画面としてはお寺の中の様子でしょうが、前半の春晴の景色から行くと、ここだけ室内に行くのはどうでしょう。
結句は「拈香一炷」くらいが落ち着くでしょう。
起句の「黃菜」は菜の花の様子ですね。
下三字の「弄」の主語は「恵風」とも「黃菜」とも取れる、つまり両方の可能性を含ませた良い表現になっていると思います。
どちらかにするか、と考えると、「鳥聲」の方が叙景の情報としては良いかもしれませんね。
「誦經」を「墓前」として室外の画面とした方が収まりは良いと思います。
墓前ですと「坐」では足が痛いでしょうから「拝」ですかね。
下三字は「花」ですと起句の「黃菜」が浮かんで来ますので、何か別の素材を入れる方向が良いと思います。
作品番号 2024-216
漁港朝
帆檣林立白鷗港 帆檣 林立 白鴎の港
島嶼遠横滄海涯 島嶼 遠横 滄海の涯
默默漁翁修破網 黙黙 漁翁 破網を修い
聲聲老媼賣魚蝦 声声 老媼 魚蝦を賣る
<解説>
昔仕事で尾道に出かけた折、早朝の海岸で小さな車を押しながら元気な声で魚を売るおばあさん達が印象に残っており、それを題材に作りました。
<感想>
その他の対としては、「林」は名詞を避けて「搖」。「白鴎」でしたら、動きのある「滄浪」が良いと思います。
全対格で組み立てた詩ですね。
特に後半は「翁」と「嫗」の対比が面白いところですね。
「破網」が修飾語+名詞に対して「魚蝦」は名詞+名詞なので、これでも悪くはありませんが合わせられたらその方が良いとは思います。
作品番号 2024-217
梨花送春
落盡櫻英過一旬 落尽 桜英 一旬過ぎ
風光流轉興更新 風光 流転 興 更新
昏昏淡月歸家路 昏昏 淡月 帰家の路
白白梨花共送春 白白の梨花 共に春を送らん
<解説>
以前住んで居た所から路一本隔ててた通りは谷状になった一キロ程の桜並木があり、そこを過ぎ、開けたところに出ると両側は梨畑が続いていました。(梨畑は年々減って行きましたが)
<感想>
承句の六字目「更」は「さらに」という場合には仄声でしたので、ここは平仄が合いません。「逾」「將」などですかね。
こちらは結句の余韻が深くて良いですね。
ここは対句というわけではありませんので、逆に「白白」と来るとせっかくの「梨花」のイメージがパターン化されたように感じます。
「鮮白」「雪白」「皓白」など別の情報が入ると、花の白さに深みが出ると思います。
作品番号 2024-218
詠亀崎祭
桾痢゙滿水雲晴 薫風 満満 水運晴る
華彩祭旛干潮聲 華彩な祭旛 干潮の声
衆庶綿綿承繼有 衆庶 綿綿 承継有り
盡歡觴酌念安庚 歓を尽くして觴酌 安庚を念ず
<解説>
時代に合わせて手直しされつつも続く伝統は、平和なればこその思いを強く感じる今日この頃です。
<感想>
承句の「干潮」は潮干祭を示すキーワードですが、詩の中では役割が弱いし、「潮」は平字で平仄が違います。
転句は「綿綿」に繋がるように、上は「幾代」「世世」が良いでしょうね。
結句の「安庚」は辞書にも載っていませんが、「安康」でしょうか。
今年の亀崎祭は二日間とも天候に恵まれて、大勢の人が集まり、賑わった祭の雰囲気が前半によく描かれています。
題名を「詠亀崎潮干祭」とし、承句はここに「衆庶」を置くと、祭の賑わいの様子が出るかと思います。
孤平を避けるために「祭旛」は「翻旛」「流旛」「旗旛」など。
これだと韻が合わない(「康」は下平声七陽韻)ので、「念康平」が良いでしょうね。
作品番号 2024-219
菜花
菜種多年食油成 菜種は多年 食油と成るも
若株現下煮春羹 若株は現下 春羹に煮る
水田四月東風暖 水田の四月は 東風暖かく
十里悠然芳草萌 十里 悠然 芳草の萌ゆ
<解説>
綺麗な花が咲き誇る四月に先立って、菜花は三月には満開となります。黄色のじゅうたんは見事です。
転句の下三字は当初「黃重疊」としましたが、「重」は平声扱いで良いですか。
<感想>
さて、起句ですが「油」は平声、なのでここは「菜種古來油材成」と入れ替えましょう。
承句は「煮」を「食」とできますね。
転句は菜花の話ですと「園田三月」でないと結句と合わないと思いますが、どうですか。
ご質問の「重」は「かさなる」ならば平声、「重い」なら仄声、「重疊」は「重なる」の意味ですので平声。
結句の「悠然」、景色に用いるなら「悠悠」が良いでしょう。
先日渥美半島の伊良湖に行きましたら、街道一面に丁度菜の花が植えられていて、「菜の花ロード」と看板に書かれていました。
本当に美しい「黄色のじゅうたん」という景色でした。
長島温泉の「なばなの里」も正にそのままですね。
こちらの方が句としても、詩としても、良い景だと思いますよ。
作品番号 2024-220
閘門櫻
藍川蘇水古今流 藍川 蘇水 古今に流れ
來日蘭人亂堤修 来日の蘭人 乱堤を修む
花木香塵林下路 花木 香塵 林下の路
大河交接樂千櫻 大河 交接し 千桜を楽しむ
<解説>
あまり派手な桜の名所ではありませんが、落ち着いた雰囲気です。
<感想>
起句はスケールの大きな句ですね。
承句はオランダ人のヨハネス・デ・レーケが治水工事を行ったことですね。
この句は「堤」の平仄が違いましたので、仄声にしないといけません。「堰」「塢」とすれば良いでしょう。
結句の韻字「櫻」は韻目が合いませんので、これを転句に使わないといけませんね。
「千樹櫻雲花影路」でどうですか。
結句は「大河交接」が広がりのある表現ですので、下三字もそれを受けて「泛春遊」「閘門遊」などが良いですね。
作品番号 2024-221
晩春喜事 其一
早朝漫歩竹林春 早朝 漫歩す 竹林の春
頃刻傍觀掘筍人 頃刻 傍觀 掘筍の人
不覺賛嘆く鍬鍤技 覚えず 賛嘆 鍬鍤(しゅうそう)の技
老農投我一時珍 老農 我に投(おく)る 一 時珍
<解説>
京都西郊は竹林が大変多く、良質の筍の産地としても有名である。
この辺り(長岡)に住んでいた頃(60年近くの昔)、晩春に竹林の側をぶらついていた時、何処にも筍の姿が見当たらない地面にすごく長く細い鍬を突き刺したかと思うと一瞬にして掘り出す老農のスゴ技に感心し、暫し眺めていると、黙って一つ投げてよこしてくれました。
大変印象に残っている思い出です。
【質問】
承句の読み下しは 「頃刻 掘筍の人を傍觀す」とすべきでしょうか?
<感想>
承句の「頃刻傍觀」はちょっと急ぎ過ぎたのか、説明的な感じです。
転句は「不覺」と否定形ですが、「忽覺」「瞬息」と時間の短さをここで使うのも面白いと思います。
結句の「時珍」は「季節の珍しい(おいしい)食べ物」、「一時の」と読まれてしまいそうなのでスペースを入れてますが、「正に時珍」とするか、「一の時珍」でしょうね。
先ずはご質問に対してですが、「傍観」しているのが「筍を掘っている人」だとはほぼ思わないですから、そうなるとここは述語(「観」)と目的語(「掘筍人」)の関係。
「傍観す 掘筍の人」と倒置で読むのも可能ですし、「掘筍の人を傍観す」と正叙でも、これはお好みで良いと思いますよ。
京都という場所も竹林には似つかわしいので、その情報を入れる形で「京師早曉竹林春 漫歩傍觀掘筍人」など。
作品番号 2024-222
晩春喜事 其二
難看鮮筍内都城 看難し 鮮筍 都城の内
遭遇竹林農父情 遭遇 竹林 農父の情
仮寓獨居無用具 仮寓 独居 用具無く
炮煨不覺旨甘聲 炮煨(ほうわい) 覚えず 旨甘の声
※
<解説>
「晩春喜事 其一」のその後の顛末
<感想>
結句は、ろくな調理もできず、ただ焼いただけ、というニュアンスでしょうね。
全体の内容としては、「其一」の続編というよりも、こちらだけでもまとまりのある詩になってますね。
題名の大げさなニュアンスと合わさって、愉快な結びになっていると思います。
作品番号 2024-223
詠三溪園
晴光雲彩賞芳辰 晴光 雲彩 芳辰を賞す
月白風C虫韻頻 月白く 風清し 虫韻頻り
松柏適心幽趣足 松柏 心に適ふ 幽趣足る
賢英円座淨無塵 賢英 円座す 浄無塵
<解説>
三渓の生涯と以前行った園を思い出しながら作ってみました。
<感想>
原三溪は岐阜市の出身、明治から大正、昭和の三代に活躍した実業家で、富岡製糸工場を経営したことでも知られます。
詩題の「三溪園」は三溪が生前から横浜に設けた庭園で、全国から遺構などを移し、一般公開をしたというものです。
若い芸術家たちを支援し、本人も茶人として知られています。
起句は庭園の広々とした景色をよく出していると思いますが、承句で急に「月白」となるとびっくりします。
結句は、多くの英才がこの園に集ったということでしょうが、「円座」では分かりにくいですね。「賢英攅聚」。
「芳辰」は春ですので起句は春の昼間で、承句は秋の夜、という並べ方でしょうね。
読者は基本的には同じ日時かと思って読み進めますので、季節を表す言葉を入れた方が良いと思います。
「春光晴日賞芳辰 秋暮C風虫韻頻」のようにして、言葉を選択すれば対句にもなるでしょう。
下三字は「浄く塵無し」と読むのでしょうが、同じことを言っている印象ですので「愛無塵」くらいが良いでしょうね。
作品番号 2024-224
題卒後六十年級會
雲低天悪日程周 雲低れて天悪しけれど 日程を周る
繁皺同朋三島遊 繁皺(はんしゅう)同朋 三島に遊ぶ
富嶽水行巡地下 富嶽水行 地下を巡り
柿田滾滾湧泉流 柿田に滾滾 湧泉として流る
江川建議攘夷備 江川建議す 攘夷の備え
才溢韮山炉砲丘 才溢れし 韮山 炉砲の丘
湯沐晩餐文士宿 湯沐晩餐 文士の宿
笑談交酒不知休 笑談交酒し 休むを知らず
※
[現代語訳]
<解説>
八十三歳の大学クラス会参加の時の詩だが、初めて七言律詩を紀行文的に作った。
頷聯、頸聯が対句になっているか不安。
当日は不運にも悪天候になってしまったが、計画通りの日程で予定地を周遊した。
皺だらけの老人ばかりが三島に集った。
(先ず柿田川)
富士山に降った雨水は地下を巡って
柿田に滾滾と湧出し川となって流れている(澄んだ綺麗な水だった)
(次に韮山反射炉)
(幕末の日本を守るために)江川太郎左衛門は外国を打ち払うための国防の建議をした。
それを見事に達成した才溢れた韮山反射炉を見学し感嘆した。
今日の宿は武者小路実篤が常宿としていた由緒ある宿で、
温泉につかり疲れを取った後に楽しく晩餐、時を忘れて酒を酌み交わし笑談した。
<感想>
首聯は対句とは関係ありませんが、「日程周」は「旅程修」とした方が「紀行」に合うでしょう。
さて、対句に行きましょう。
頷聯は「富嶽」と「柿田」の固有名詞の対応は良いですね。
頸聯は、対として成り立つのは下三字の「攘夷備」と「炉砲丘」で、上は対応していませんので、この聯は対句とは言い難いです。
尾聯はこのままで十分、宴の様子がしっかり出ていて、良い趣を出しています。
平仄の点ではどの句もしっかり出来ていますので、言葉の対応を確認していきましょう。
「同朋」はもう少し対象を限定できるように、一番良いのは「同學」ですが、ここは「同窗」で行きましょう。
「三島」は固有名詞ではありますが、「三つの島」と一般名詞のイメージにもなりますので、「伊豆」とするか、題名に入れるかするとはっきりします。
中二字については、「水行」と「滾滾」は熟語の構成が違いますので、対にはなりません。
下三字ですが、「巡地下」は「動詞と場所を示す名詞(補語)」で切れ目は「巡 地下」です。対して「湧泉流」は「名詞と動詞」で切れ目は「湧泉 流」ですので、これも対としては苦しいですね。
中二字については、下句に合わせるなら「水行」の代わりに畳字の言葉を入れるのですが、山が険しいことを示す「崢エ(そうこう)」「峨峨」あたり、どちらも難しい言葉ですね。「柿田川」に流れていくことを考えると、下三字は「水」を使う必要がありますので「雪水潜」など。
「江川」という名前を出すよりも「昔聞」とし、下句は「今殘」として対応させ、中二字は「建議」に合わせるなら「韮山」と地名ではいけませんので、「山炉製砲丘」で対ができたかと思います。
作品番号 2024-225
螢光懷古
靜宵風爽坐幽軒 静宵 風爽 幽軒に坐す
點點輝珠亂入門 点点す 輝珠 乱れて門に入る
懷古青春螢雪涙 懐古す 青春 螢雪の涙
桂林一朶想渾渾 桂林 一朶 想ひ渾渾
<解説>
「桂林一枝(朶)」… 晋の郤詵(げきしん)の故事。
晋の時代、郤詵(という人が試験に合格し、雍州知事に任命された時のこと、武帝から就任の感想を聞かれて「桂林一枝、崑山片玉」と答えたと言われる。
自分の地位を謙遜、あるいはもっと上を目指す意味で使われる。
<感想>
結句は「桂林一枝」、平仄の関係で「一朶」にしたものですが、意味はよく伝わります。
静かな夜に庭を眺めていたら螢が飛んできた、という前半は良いですが、その螢から「螢雪」、そして青春時代へ思いが飛ぶ、というのは、ちょっと強引な気もします。
少し穏やかに「懷古螢窗精励日」として、「雪」は止めておくと良いですね。
「涙」もこれも句意が強く、何があったのかと心配してしまいます。
「人生まだまだだなぁ」という思いとして、後進への叱咤を噛みしめました。
作品番号 2024-226
七夕感懷
粗簾扇子倚窗櫺 粗簾 扇子 窓櫺に倚る
七夕佳辰望二星 七夕 佳辰 二星を望む
悠久不搖運行健 悠久 不揺 運行健なり
天旋地轉甕中霆 天旋 地転 甕中の霆(あらし)
<感想>
起句は「粗簾」に対応させる形で、「扇子」も形容語を付けて「〜扇」としたいですね。
承句は「佳辰」でも意味は通じますが、下の「望二星」に合わせて「佳宵」ではどうでしょう。
結句は互文で「天地旋轉」を対語にした形で、世の中が大きく変化すること、時が流れることを表しますが、『長恨歌』にも出ていましたね。
転句は「四字目の孤平」になっていますが、全体の平仄が「○●●○●○●」のところを下三字の挟平格で「○●●○○●●」と見なして救拯されます。
ただし、全日本漢詩連盟は、挟平格であっても孤平は孤平だとしています。
色々ありますが、あまり豪華な扇では「粗簾」に合わないので「素扇」「破扇」「竹扇」「軽扇」などが良いでしょう。
下の「甕中霆」を考えると、この句は、人間界の様々な変化も天地の永遠なる動きから見れば「甕の中の出来事」くらいの小さなものだ、という大きな視点からの感慨になります。
毎年の行事は沢山ありますが、七夕は空を見上げる分だけ、心が遠くまで拡がる感じがしますね。
作品番号 2024-227
竹筍掘
好日初春陋巷中 好日 初春 陋巷の中
風涼草木滿幽叢 風涼しく 草木 幽叢に満つ
探訪地域急斜面 探訪す 地域 急斜面
辛苦漸漸竹筍看 辛苦 漸漸 竹筍看る
<解説>
毎年、親戚の放置林に筍を採りに行きます。竹や桜、杉の倒木などで荒れていますが、私の楽しみの一つです。
<感想>
その筍ですが、「初春」ではちょっと早いように思います。「晩春」とすれば承句の「風涼草木満幽叢」とも合うと思いますが、「陽春」でも良いとは思います。
転句は二字目の「訪」が仄字ですので、ここは「竹林探訪急斜面」とした方が話も分かりやすいですね。
結句は、まずは末字の韻字が違いますので、これは困りますね。
筍の季節には、私も毎年教員の頃の友人が掘りたての筍を持ってきてくれます。
いつも立派な筍で、妻が色々調理してくれますので、数日、野の香り一杯の食事を楽しめます。
また、「漸」は「ようやく」の意味の時は仄字ですので「重重」くらい。ただ、先に下三字を決めたいので「看筍功(筍を看るの功)」とすると、上はどうでしょうね、「辛苦方知看筍功」でどうでしょうね。
作品番号 2024-228
妻之薔薇四十年
剪定消毒帶春回 剪定 消毒 春を帯びて回る
綿密育成避病災 綿密な育成 病災を避く
晴昊夏初雄破蕾 晴昊の夏初 破蕾雄(さか)んなり
薔薇香氣賦詩來 薔薇の香気 詩を賦して来たる
<解説>
妻の薔薇栽培は四十年以上になります。我が家の庭は薔薇で埋め尽くされています。
<感想>
平仄の違っているのが、起句の二字目「定」、承句の三字目「育」はどちらも仄字です。
承句はこのままですと「四字目の孤平」ですので、「防病災」としましょう。
転句は逆に「四字目の孤平」を避けるために平字の「雄」にしたのだと思いますが、ちょっと分かりにくいですね。
結句は下三字、「好詩媒(好詩の媒(なかだち)」として、奥さまへの感謝の気持ちを入れてはどうでしょうか。
四十年間、丹精を籠めた薔薇のお庭は、初夏には素晴らしい香りに盈ちることでしょうね。
せっかくの詩ですので、しっかり整えましょう。
起句の方は「剪定」が大切ですので、残すとすると中二字、そうすると上は「養苗」「分株」など、薔薇の手入れのことを入れると良いでしょうね。
「頻破蕾」でも同じ意味になると思います。
作品番号 2024-229
探虎溪山詩碑
尋幽探勝足供詩 幽を尋ねて勝を探れば 詩に供するに足る
丘壑風光無盡時 丘壑の風光 尽くる時無し
靜寂陌頭聞杼落 静寂の陌頭 杼(どんぐり)の落つるを聞き
回看朱子偶成碑 回看すれば 朱子 偶成の碑
<解説>
寒い中、詩材を探して游歩しています。この詩は多治見市の行った時の詩です。
愛吟家の建碑であろうか、読み下しの詩碑に何故か熱情を感じました。
詩碑を尋ねて、九十九に折れる晩秋の虎渓山に登る。
自然林の景勝地は詩材に冨み、世俗間を離れたこの素晴らしい眺めに尽きる時が無い。
碑を探して、幾度も行ったり来たりしていると道ばたに突然ドングリの落ちる音を聞いて
振り返ると、そこに「偶成」の碑があった。
<感想>
そうすると、承句がこの虎渓山で見ている景色という具体性が生まれます。
転句の「陌」は田圃のあぜ道になりますが、碑は虎渓山と離れた場所にあったということでしょうか、それですと画面がよく分かりません。
問題は結句の「偶成碑」。歩いていたら石碑があった、というだけでは、転句までの記述と関係の無い只の解説になっています。
起句で「詩興を求めてあちらこちら」とご自身の日頃の行動を語ると、承句の「無盡時」についても日頃のことになり、「虎渓山に来た」という話になかなか入れません。
起句でまずこの地が分かるようにしないといけません。
題名に「虎渓山」が入っていますので、実際の名称を入れなくても良いでしょう。
韻字から考えると「(夢窓禅)師」、土岐の「岐」も四支韻ですし、手っ取り早く「此爲詩(此に詩を為す)」でも行けると思います。
「山徑」が自然かと思いますがどうでしょう。
この場所で何故「偶成」詩なのか、「熱情」という言葉が解説にありますが、その熱情と虎渓山の繋がりとか、そうした自分の心情に向き合って答を出す必要がありますね。
そうなると、方向としては、この石碑を転句に置いて、結句で心情を語る展開でしょうかね。
思い切って起句から情景を語る形で、「杼落」の音などを持って来る形も考えられると思います。
作品番号 2024-230
晩秋漫歩
渾碧行雲興徧幽 渾碧 行雲 興徧(あまね)く幽なり
榮回景物爲詩留 景物を榮回して 詩の為(ため)に留まる
波斯菊戰村閭路 波斯菊戦(そよ)ぐ 村閭の路
我與蜂腰愛季秋 我と蜂腰(ほうよう)と季秋を愛(お)しむ
<解説>
「波斯菊」… コスモス
「蜂腰」… 蜂
見渡す限り青青とした天、自由に流れ行く白い雲、この景は大変に面白く奥深くもの静かである。
秋の趣を眺め巡れば、詩情が歩みを留める
村里のみちづれにはコスモスが風にそよぎ
私も蜂も秋の終わりが心残りである
<感想>
起句は「渾碧行雲」という景と「徧幽」という言葉が合いますか。また、「縈回」とも不調和な印象です。
承句も実は韻字が気になるところで、「縈回」と「留」も結局歩いてるのか停まっているのか、モヤモヤします。
転句は良いです。
結句はコスモスにすがりつく蜂を見て、去る秋を私と同じく惜しんでいると感じたという発想は面白いですね。
承句の「榮」は発音は同じ「エイ」ですが、「縈」の方ですね。
「下平声十一尤」韻は韻字も多いので、別の字に替えた方がすっきりすると思います。
「蜂子怱怱」などと蜂に焦点を当てるのも良いと思います。
作品番号 2024-231
觀宇宙船
寒夜瓊輝向北鮮 寒夜 瓊輝 北に向かって鮮やかなり
飛來一刻去遙天 飛び来たって一刻 遥天に去る
尖端技術繞他國 尖端技術 他国を繞る
蓬島希望宇宙船 蓬島の希望 宇宙船
<解説>
「瓊輝」… たまの光
「蓬島」… 日本
「希望」… 宇宙船の名称
寒い日の日没の後、鮮やかな青白い光の珠が南から北に向かって飛来して、二分程で遥か遠い空の果てへ去って行った。
尖端技術の粋を集積した「星」は、世界の天空を巡る、日本の宇宙船「希望」であった。
<感想>
承句の「一刻」は蘇軾の「春宵一刻」でも分かりますが、短い時間、という意味ではあります。
転句は「尖端技術は他国を繞る」ですので、技術が他国に盗まれているとなりませんか。
結句は「蓬島」で日本を表し、「希望」が宇宙船の名前と掛けていて良い結びだと思います。
起句は「輝く光が北朝鮮に向かっていった」と思ってしまいました(笑)
下平声一先韻で何か別の韻字が有ると良いのですが。
ただ、現代の中国でもそうですが、「一刻」は約十五分ほど、「二分ほど」には長いかもしれませんが、気持ちも入れると理解出来る表現です。
「尖端技術攅英智」
作品番号 2024-232
春分遇雨
幽香牆角早梅花 幽香 牆角 早梅の花
千囀鶯聲春意嘉 千囀の鶯声 春意嘉し
里落蕭條楊柳岸 里落 蕭条として楊柳の岸
雨過林藪国Q加 雨は林藪を過ぎ 緑漸く加はる
<解説>
梅と鶯は早春のイメージ。一雨ごとに緑が増え、ようやく春を確信します。
<感想>
転句は、急に「蕭條」となるのはどうでしょうか。「春雨蕭條」と持ってきて、結句を考える方向が良いですね。
結句は六字目の「漸」ですが、「ようやく」の意味では仄字が一般的です。
前半は季節の推移を出そうという狙いですが、同じ時期の話かと思いそうですね。
例えば、承句を「今日鶯聲千囀嘉」と一言入れると、起句が過去の話だと分かります。
更に、起句を「幽香過日」、承句を「今曉鶯聲」とすると対比が強まりますね。
「逾」「彌」(どちらも「いよいよ」)が代案にはなりますが、「新」「方」「將」など、別の言葉を考えるのも愉しいですよ。
作品番号 2024-233
春分遇雨
深穏溪村細雨瀕 深穏(しんおん)たる溪村 細雨瀕(ひん)たり
桃林余靄淡紅新 桃林余靄(よあい) 淡紅新なり
露華菜圃芳香散 露華菜圃 芳香散ず
吟歩和風無限春 吟歩和風 無限の春
<解説>
愛知県豊田市の「猿投地区」にある桃林をイメージして作りました。
「露華」… きらめく露
「菜圃」… 菜の花畑
「和風」… 暖かく穏やかな風
「無限春」… どこまでも続く春景色
<感想>
起句で雨が止んだことを出せたら、承句の「余靄」は要りませんから、ここに「桃林」のことをもう少し書けますね。
転句では菜の花が出て来ますが、さっきまで桃の花の話でしたので、唐突な印象。
結句は広がりが感じられて、良い句になってますね。
題名の「遇雨」は雨の用意もせずに出かけたら降られてしまった、ということですので、起句の「細雨瀕」はちょっと降り過ぎかな。
「過雨裏」「殘雨裏」と踏み落としが良いですかね。
「花潤」などが綺麗ですかね。
春の二つの花を楽しんだことが主題でしょうが、少し変化を出さないとゴチャゴチャします。
場所が変わったことを先に示した方が良いでしょうね。
作品番号 2024-234
阿漕平治
月照白沙松影横 月は照らす 白沙 松影横たはる
寒漪蕭殺小舟行 寒漪 蕭殺 小舟行く
密漁孝子忘菅笠 密漁の孝子 菅笠を忘る
千鳥啼過暗涙生 千鳥啼いて過ぎ 暗涙生ず
<解説>
「安濃津」に住んでいた頃の故郷の伝説「阿漕平治」を詩にしました。
<感想>
お書きになった「阿漕平治」の伝説は、次のような話だそうです。
密漁を続けていた平治でしたが、名前を書いた笠を置き忘れたために発覚、簀巻きにされ海に捨てられ、母親も死んでしまいました。
この詩では、そうしたストーリーが本文からつかめるか、また、この伝承に対しての作者の気持ちが伝わってくるかどうか。
結句も「千鳥」の悲しげな鳴き声が効果的で、まとまりのある良い詩になっています。
この伝説から、『源平盛衰記』では「伊勢の海の 阿漕か浦に 引く網の 度かさならば あらはれにけり」という歌(作者不詳)が載せられ、世阿弥の『阿漕』にも同じ歌が登場します。
「安濃津」は三重県の津、安濃の地は港が築かれていましたので「安濃津」。
昔、津の海岸一帯(阿漕浦)は伊勢神宮に魚を奉納するための禁漁区でしたが、病気の母親には「ヤガラ」が効くと言われた「平治」という漁師が密漁をしてしまいます。
(ヤガラは高級魚で冬が旬)
その後、阿漕浦では夜になると平治の悲しげな声が聞こえるようになり、平治を供養する怩ェ住職により建てられました。
鍵になるのは、転句の「忘菅笠」、これで平治が捕まって死んだということまで暗示しようという狙い、この思い切りが良いですね。
伝承を知らないと苦しむかもしれませんが、「阿漕平治」と題名にも示していますので、十分でしょう。
繰り返し悪いことをする、ということから、「あこぎな奴」と言ったりしますが、その語源にもなってますね。
作品番号 2024-235
春分遇雨
門徑芳菲草色 門径 芳菲 草色堰iととの)ふ
催花細雨濕衣巾 花を催す細雨 衣巾を湿らす
墓前合掌香煙上 墓前 合掌 香煙上る
彼岸弔魂心緒新 彼岸 魂を弔ひ 心緒新たなり
<解説>
仲春、彼岸の日、雨の中墓参りをした情景を詩にしました。
<感想>
結句の「弔魂」は前の句の「合掌」と並べた方が良いですので、転句の「香煙」と入れ替えてはどうですか。
最後の「心緒新」は、お墓参りに行ったこととの繋がりがすっきりしません。
起句の「芳菲」は「芳しい草花」ですので、次の「催花」と重複する感があります。
「細雨」を修飾する言葉を考えて、承句は雨に重点を置くのが良いでしょう。
「朝來細雨」とか「蕭蕭朝雨」でどうでしょう。
どんな「心」なのか、を考えて検討してみるのが良いでしょうね。
作品番号 2024-236
春分遇雷
彼岸苑池春意盈 彼岸の苑池 春意盈つ
紫紅芳景遇新鶯 紫紅 芳景 新鶯に遇ふ
小亭啜茗牡丹餅 小亭 茗を啜り 牡丹餅
遙聽始雷玄鳥迎 遥かに聴く 始雷 玄鳥迎ふ
<解説>
春分の頃、南方から燕が飛来する。
<感想>
転句の「牡丹餅」は和語ですが、固有名詞ですのでこのままが良いですね。
結句は「七十二候」で春分節のもの、中国古来の形では「玄鳥至」「雷乃発声」「始雷」となっています。
春分の季節を何で描くか、というところで、素材をよく拾い集めた詩になっていますね。
その分、ちょっと盛りだくさんという感もあり、例えば「遇新鶯」と「玄鳥迎」で鳥が二つ、これをどう見るかですね。
「午風輕」「一風輕」「水光晴」など、韻字も含めて色々考えられると思います。
「始雷」は「稲光」になるようですので、ここは「時聽遠雷玄鳥迎」とすると落ち着くでしょうね。
「時」は「閑」「獨」など、他の字でも良いですね。
作品番号 2024-237
春分遇雨
韶華時節聽簷聲 韶華の時節 簷声を聴く
草本門前花欲萌 門前の草本 花萌えんと欲す
雨足難収人懶出 雨足収まり難く 人出づるに懶(ものう)し
朝來無課待新晴 朝来 課無く 新晴を待つ
起句では「簷聲」とありますので、作者の居る場所は家の中だと考えます。
転句の下三字、外出したいのに出られない、という状況にしたいところ、そうなると下三字は「不能出」とした方が良いですね。
結句は「無聊一日待新晴」と別案がありましたが、ここで初めて作者の気持ちが出て来るわけですが、効果としてはこちらの方が良いですね。
<感想>
「なかなか題名に沿えない」とご本人のコメントがありましたが、春分の陽気と雨模様をどう調和させるかという観点で言えば、十分に画面は描けていると思いますよ。
そうすると、承句で「門前」と来るのはやや疑問。「門前」を「南庭」とすると良いでしょう。
作品番号 2024-238
探款冬花
早春C曙見霜華 早春 清曙 霜華を見る
高歩三竿暖漸加 高歩すれば三竿 暖漸く加ふ
野徑土融草 野径 土は融けて 青草刀iめば)ふ
尋芳方是款冬花 芳を尋ぬれば 方に是れ 款冬花
<解説>
春先のよく晴れた朝は霜が一面に降りている。
日課の散歩が終る頃、日が高く昇って漸く暖かくなった。
野道の土は軟らかくなり若草が芽生えている、
探し求めた花、蕗の薹を丁度今、ここに見つけた。
「款冬花」… 蕗の薹
「高歩」… 意気揚々と歩く。
「三竿」… 日が高く昇った頃。
「刀v… サツ、草が萌える
<感想>
転句の「草」について、この「草」が蕗の薹なのか他の草なのか微妙ですが、どちらにしても「」という情報は結句の「発見した」という感動を弱めると思います。
承句の「漸」は「だんだんと、次第に」という意味で使いますので、訳文も「少しずつ」くらいが良いでしょう。
「萌草裏」「融融草萌處」。
こちらに「芳忽立」と香りを持ってくることも可能ですが、転句で蕗の薹について語るのは抑えて、結句で盛り上げる方向が良いかと思います。。
作品番号 2024-239
春分遇雨
飛州下呂斡歌碑 飛州 下呂 歌碑を斡(めぐ)る
白鷺温泉歴史知 白鷺温泉 歴史知る
濕柳春分探勝興 柳を湿す 春分 探勝の興
雨情園囿雨中奇 雨情 園囿 雨中に奇なり
<解説>
昨年、傘寿の記念に遊んだ折、時節も突然の雨も詩題にマッチ。
入れたい情報を削減して、感慨をどう表現するか、「集九翁」の漢詩をじっくり読み解き、詩人らしく成りたいとつくづく思う今日この頃。
「飛州下呂」… 飛騨の下呂温泉郷
「斡歌碑」… 野口雨情、万里集九の沢山ある碑を巡る
「濕柳」… 春雨
「雨情」… 野口雨情(「七つの子」「赤い靴」「しゃぼん玉」「證城寺の狸囃子」などの作詞家)
「園囿」… 庭園
<感想>
転句は「濕柳」だけでは「探勝興」が弱いですので、柳の様子とか別の景を入れる必要があります。
万里集九は室町時代の禅僧で、下呂温泉を三名泉の一つにして評価した人物とのこと、野口雨情も「下呂小唄」の作詞で縁が深いので、二人とも像が造られています。
以下は下呂観光協会のホームページからお借りしました。
最も古い文献では、京都五山相国寺の詩僧 万里集九の詩文集『梅花無尽蔵』の中に「予在飛之温泉、温泉所在曰益田郡下櫓郷」と下呂温泉に滞在し、その中で「本邦六十余州、毎州有霊湯、其最者下野之草津、津陽之有馬、飛州之湯島三処也」と記している。
さて、詩の方ですが、起句で「斡歌碑」と来ましたので、詩や歌が次に書かれているかと思いましたら、全く関係の無い「白鷺」の伝説、肩透かしをくらったような感じ。
万里集九は応仁文明の乱(一四六六〜一四七七)を避けて全国各地を旅した後、延徳元(一四八九)年5月と同じく三(1491)年に下呂温泉に入湯している。
その後、天文十八(一五四九)年には禅昌寺を開山した明叔和尚が下呂温泉で湯治をしている。
江戸時代になると、徳川家康から4代にわたり江戸幕府に仕えた儒学者 林羅山(一五八三〜一六五七)も、詩集巻第三、紀行三、有馬山温湯の中で、「我國諸州多有温泉。其最著者摂津之有間、下野之草津、飛騨之湯嶋、是三處也」と記している。
これが、有馬、草津、下呂を三名泉とする由来である。(「下野之草津」は「上野」と思われる)
「雨情」を持ってくるか、集九を入れるか、例えば下三字を「集九詩」とするだけでも流れが出て来ますね。
「春分」は結句に持って来た方が良いですね。
作品番号 2024-240
際古稀紀念植苗
十一年前記念苗 十一年前 記念の苗
瓦盆仙種向陽翹 瓦盆の仙種 陽に向かって翹(あ)ぐ
聖誕玫瑰紅蕊發 聖誕玫瑰(ばいかい) 紅蕊発く
餘寒時節最妖嬈 余寒の時節 最も妖嬈たり
<解説>
十一年前、古稀の記念に貰った苗、仙種(珍しい品種の植物)を素焼きの鉢に植えたところ、日に向かって元気よく育った。
その植物は、クリスマスローズであり、八輪の紅い花がみごと開いた。
春の寒さが残る今日この頃、他の花にも勝ってこのうえない悩ましく艶やかである。
「紀念」… 記念、中国では「紀念」
「瓦盆」… 素焼きの植木鉢
「仙種」… 仙界由来の珍しい植物品種
「向陽翹」… 陽に向かって盛んに茂る
「聖誕玫瑰」… クリスマスローズ
<感想>
前半が過去、後半が現在という構成で、「聖誕玫瑰」を使うために拗体になったわけで、このままでも良いですが、例えば起句と承句を入れ替えて「平起式」とする手もあります。
結句の「妖嬈」は難しい言葉、「なまめかしく美しい」という意味で、クリスマスローズの花を形容したものですね。
題名については「際」は要りません。
ただ、今回「古稀記念植苗」をするなら良いですが、十一年前のことを題にしてもピンと来ません。
「クリスマスローズ」と現時点では分かっているわけですので、題名も「聖誕玫瑰」として、古稀の時の事情は詩中で説明するのが良いですね。
私の感じでは、現行はやや説明調になっていますので、最初に「瓦盆仙種」とまず画面を示して、それが何かの種明かしを承句、そして転句でという流れは効果的に感じますがどうでしょう。