作品番号 2024-421
金粟
家山幽暮夕陽斜 家山の幽暮 夕陽斜め
何處西風冷氣加 何処より西風に冷気加はる
待得白黃色香爭 待ち得たり 白黄の色香を争ふを
菊華皎潔野人家 菊華 皎潔 野人の家
<解説>
大輪の白菊、黄菊、小さな菊が並んだ庭。一年中でもっとも華やかです。
<感想>
起句は「家」が韻字ですので、直します。
承句は「何處」と言いながら「西風」は妙ですね。「風渡霜林冷氣加」ですかね。
転句の「爭」は「下平声八庚」の平声ですので「競」でしょうね。
最後の句も「華」が韻字なので冒韻です。「皎」も白い色ですので転句と重なります。「滿庭C菊」でどうでしょうね。
場面はご自宅の庭ですので、前半の景も庭から見える範囲にしておいた方がよいですね。
また、中二字の「暮」は下の「夕陽斜」と重なりますので、ここは季節を伝える形で「晩秋山影」ですかね。
ここの「待得」は待ち望んだということですが、解説の内容から行くと「大小白黄香色競」と大きさも述べた方が良いでしょう。
菊の花を「金粟」とするのは、白居易の「詠菊」という詩からと考えるのが良いですね。
一夜新霜著瓦輕 一夜 新霜 瓦に著(つ)きて輕く
芭蕉新折敗荷傾 芭蕉は新たに折れて 敗荷は傾く
耐寒唯有東籬菊 寒に耐ふるは 唯だ 東籬の菊のみに有りて
金粟初開曉更C 金粟 初めて開きて 曉更に清し
(七言絶句 「輕」「傾」「C」… 下平声「八庚」の押韻)
[現代語訳]
一夜明けると、今年初めての霜がうっすらと降りて、瓦を白くしている。
この寒さに、芭蕉は新たに折れ、破れた蓮の葉も傾いてしまった。
そうした寒さに耐え、毅然(きぜん)としているのは、ただ東籬の菊だけで、
美しく咲いたその菊の花は、暁の風景を一層清らかにしている。
作品番号 2024-422
鳳來寺千古
磴道參天雨後新 磴道(とうどう) 参天(さんてん) 雨後新たなり
深幽靜裏淨無塵 深幽 静裏 浄くして塵無し
傳聞仙客住祠屋 伝へ聞く 仙客(せんかく) 祠屋(しおく)に住み
乘翳鳳凰醫聖人 鳳凰に乗翳(じょうえい)し 聖人を医(いや)すと
「磴道」… 石段の道
「参天」… 樹木が天に届くほど高く成長する
「深幽」… 奥深く人気がない
「仙客」… 仙人
「聖人」… 天子
<解説>
十月に初めて愛知県新城市の鳳来寺を訪れました。
本当に利修仙人が住んでいたのでは、と思えるような荘厳な森に感動しました。
<感想>
後半は鳳来寺の由来をまとめようという意図。
鳳来寺は今からおよそ千三百年前(西暦七〇三年)に利修という仙人によって開山されました。
利修仙人は 赤鬼、青鬼、黒鬼の三匹の鬼を従え、鳳凰に乗って空を飛び、三〇九才まで生きたと伝えられています。
文武天皇が御病気になられた時、利修仙人に勅使を遣わされました。
仙人は鳳凰に乗って都にのぼり、七日間の加持祈祷によって天皇のご病気を治したといいます。
この時のお礼として伽藍を建立し、鳳凰に乗って来たからということで鳳来寺の名を賜ったのが七〇三年、これが鳳来寺の始まりとされています。
「鳳来寺山ガイドブック」より
起句の「磴」は「石を登る」で出来ている形成字ですね。
その次の「参天」は「天に参ずる」ということで、杜甫の詩にも出て来ますが、この詩の場合には「磴道が天まで届くように繋がっている」となります。
それでも話は通じますが、注に書かれたような「樹木が高い」ということを表そうとすると、ちょっと言葉が足りない。
王維が同じ「参天」の語を使った詩を書いていますが、そちらでは「樹参天(樹は天に参ず)」と「樹」の字を上に入れてます。
それに倣って「磴樹」とすると、石坂に「樹」では不釣り合い。
従って案としては、@起句を「蒼樹参天」、承句を「深幽磴道」、A起句を「磴道深幽」、承句は「參天蒼樹」で検討を。
ここは結句が物足りないところ、作者が何に感動しているのかがぼやけています。
名前のことならば転句を「鳳凰仙客」とすれば伝わりますので、作者の思いが結句に出ると良いですね。
この詩で使われた「參天」の用例として参照したのは、次の二首です。
萬壑樹參天 万壑 樹 天に参(まじ)はり
千山響杜鵑 千山 杜鵑響く
山中一夜雨 山中 一夜の雨
樹杪百重泉 樹杪 百重(ひゃくちょう)の泉
漢女輸橦布 漢女 橦布(とうふ)を輸(いた)し
巴人訟芋田 巴人 芋田(うでん)を訟(うったえ)ん
文翁翻教授 文翁 翻して教授し
不敢倚先賢 敢へて先賢に倚らず
(五言律詩 「天」「鵑」「泉」「田」「賢」… 下平声「一先」の押韻)
[現代語訳]
(蜀への山の)多くの谷々には、樹木が天空に(突き入らんばかりに)高くそびえて立ち
杜甫の詩の方は「古柏行」という詩で、七言古詩、全二十四句。長いので、該当する最初の一解だけ読んでおきます。
多くの山々には(蜀の地に生息する)ホトトギスの声が響き渡る
山の中では一晩中降り続いた雨
木々の梢からは百の泉が重なり落ちる
(蜀の地では)漢中の女たちが蜀特産の「橦布」を上納し
巴蜀の男達は名産の芋の畑についての訴訟をしてくるかもしれない
(漢の時代にこの地を教化した)文翁は旧習をひっくり返して人民を教え導き
決して先人の跡を追うようなことはしなかったそうだよ
古柏行 杜甫
孔明廟前有老柏 孔明の廟前 老柏有り
柯如青銅根如石 柯は青銅の如く 根は石の如し
霜皮溜雨四十圍 霜皮 雨を溜(したた)らす 四十囲
黛色參天二千尺 黛色 天に参(まじ)はる 二千尺
君臣已與時際會 君臣 已に時の与(ため)に際会し
樹木猶為人愛惜 樹木 猶ほ人の為(ため)に愛惜せらる
雲來氣接巫峽長 雲来たりて 気は巫峡に接して長く
月出寒通雪山白 月出でて 寒は雪山に通じて白し
(七言古詩第一解 「柏」「石」「尺」「惜」「白」… 入声「十一陌」の押韻)
[現代語訳]
諸葛孔明のみたまやの前に、柏の老木があり
枝は青銅のようであり、根は岩石のようである
長年の霜を経た樹皮は雨のしずくに潤って四十抱えもあり
まゆずみ色(の葉)は天空まで入り込むように二千尺もある
(劉備や孔明の)君臣はすでに時世を救うために出会い
樹木はそのおかげで人々に愛惜されている
雲がこの古木に流れてくると巫峡まで届くほど
月が出てこの木を照らす寒気は雪山まで続いて白くなっている
作品番号 2024-423
屋久島紀元杉
雨餘深樹拷A濃 雨余の深樹 緑陰濃(こまや)かなり
大木堂堂爽氣從 大木 堂々 爽気従ふ
倚幹靜聽杉鼓動 幹に倚りて静聴す 杉の鼓動
悠然生意滿心胸 悠然とした生意 心胸(しんきょう)に満つ
「深樹」… 奥深い森林
「生意」… 生気
<解説>
紀元杉をゆっくりと見て触れて聴いて、三千年の生命力を感じてきました。
転句は「抱擁古杉聽鼓動(古杉を抱擁し 鼓動を聴く)」も考えました。
<感想>
また、「爽氣」ですが、これは作者の感懐で、あまり上の「堂堂」とは重ならないようです。
転句は「靜」で良いかどうか、「虔(つつしむ)」のような、作者の杉への気持ちが感じられる言葉はどうでしょう。
古代杉が主題ですので樹木のことが多くなるのは当然ですが、「深樹」と「大木」はあまり変化が無く、もやもやします。
承句の方で「大木」を「古木」とすれば、長い歳月を越えてきたことが伝わりますかね。
「壯氣」とすると、杉の生命力が感じられるような気がしませんか。
結句の「悠然」は「ゆったり、のどか」、時の長さを表す言葉が良いので、「悠長」「悠悠」とか、「悠久」として中二字に入れるか、しばらく楽しめそうですね。
作品番号 2024-424
書家系圖 家系図を書す
欲創家系弟昆中 家系を創(はじ)めんと欲す 弟昆の中
求道深知戸不窮 道を求め深く知る 戸窮まらず
室町累累千古暦 室町累累 千古の暦
方焉仁愛硯田雄 方に焉(こ)れ 仁愛 硯田雄なり
<解説>
妹に依頼されて、我が先祖の家系図を揮毫、その感想です。
<感想>
承句は、家系図と「求道」がどう繋がるか、「深く知った」のに「窮まらず」は表現がおかしいです。
転句は室町時代まで遡れたということですか、凄いですね。
結句は、「仁愛」が誰のことを指すのか、また、どういう点で「硯田」が「雄」だと感じたのか。
起句ですが、「創」は「つくる」の場合は仄字、平字は「きず」の意味になります。「書」「爲」でしょうね。
また、「家系」で「家系図」とするのは、次の「戸」と同様で、無理がありますね。
「家譜」としておけば、「家系図」の意味になります。
下の「昆」は「あに」の意味で、通常は「昆弟」の順番で使います。
ただ、「弟昆」の用例もありますので通じますが、最後の「中」がどういう意味ですかね。
兄弟で気持ちを合わせて、ということならば「同(ともにす)」が合うと思います。
それでもやはり「不窮」ですか?。
「暦」は同じ意味ですが「歴」の方が良いですね。
ここは言葉足らずで、言葉が結びつかないので、言うべきことをもう少し絞る必要があるでしょうね。