作品番号 2023-31
歳晩書懷
茅茨有婦有兒孫 茅茨 婦有り 児孫有り
今夜待春傾酒樽 今夜 春を待ちて 酒樽を傾く
老境清廉佛心影 老境 清廉 仏心の影
鐘聲百八爽~魂 鐘声 百八 神魂を爽やかにす
作品番号 2023-32
新年作
瑞氣蓬蓬春色嘉 瑞気 蓬蓬 春色嘉し
團欒亦酌肇年家 団欒 亦た酌む 年を肇むる家
瓶梅一朶幽香散 瓶梅 一朶 幽香散ず
日暖南窗醉後茶 日暖かき南窓 酔後の茶
作品番号 2023-33
歳晩偶成
光陰荏苒枉磨甎 光陰荏苒 枉らに甎を磨く
日日無爲還一年 日日 無為にして 還た一年
映臉鏡中皺紋滿 臉を鏡中に映せば 皺紋劇しく
老殘贏得拙愚禪 老残 贏ち得たり 拙愚の禅
作品番号 2023-34
新年偶成
淑氣氛氳草舎春 淑気 氛氳 草舎の春
瓶梅數點綻香唇 瓶梅 数点 香唇を綻ばす
今朝癸卯三元日 今朝 癸卯 三元の日
書寫詩抄筆硯親 詩抄を書写し 筆硯に親しむ
作品番号 2023-35
歳夜
歳寒凜凜市門華 歳寒 凜凜 市門華やぐ
芳酒蟹魚紅白花 魚蟹 芳醇 紅白の花
欲盡囊錢年暮夜 尽きんと欲す 囊銭 年暮るる夜
開顏笑語滿貧家 開顔 笑語 貧家に満つ
作品番号 2023-36
新年書懷
改歳令辰風意暄 改歳 令辰 風意暄かなり
鶯聲出谷啓柴門 鴬声 谷を出でて 柴門啓く
人生八秩眞C福 人生 八秩 真に清福
滿目春光澹蕩存 満目の春光 澹蕩に存す
作品番号 2023-37
年頭偶成
四海洋洋天地暄 四海洋洋 天地暄たり
春風淑氣倚柴門 春風 淑気 柴門に倚る
蔓延疫病戰雲重 蔓延する疫病 戦雲は重く
偏願和平新歳村 偏へに和平を願ふ 新歳の村
作品番号 2023-38
新年三日
新年三日賀書來 新年三日 来函を見る
親戚知朋總息災 親戚 知朋 総じて災を免がるも
只我潜聽迎大難 只だ我のみ潜かに聴く 大難を迎ふるを
雖衰老骨正爲魁 衰ふと雖も 老骨 正に魁為らん
作品番号 2023-39
新年登高
新年寒日獨高巓 新年 寒日 独り高巓
直下岸頭車影聯 直下 岸頭 車影聯なる
瀲灔陽光波上燦 瀲灔たる陽光 波上に燦たり
青山遙望淡霞煙 青山 遥かに望めば 淡霞煙る
作品番号 2023-40
新正
除夜蕭然鐘韻遐 除夜 蕭然 鐘韻遐か
寒窗雪意坐煎茶 寒窓 雪意 坐して茶を煎る
曉霜村社平安禱 暁霜 村社 平安の祷り
東嶺初陽萬物嘉 東嶺 初陽 万物嘉なり
<解説>
日本人として、幼い頃の大晦日から元旦への行動、気持ちを思い出し、平和への思いを書きました。
作品番号 2023-41
傘壽迎春
歳寒三友帶銀花 歳寒の三友 銀花を帯ぶ
娟秀盆栽詩興加 娟秀の盆栽 詩興加ふ
癸卯新春八旬壽 癸卯 新春 八旬の寿
繙書字指倣詞華 繙書 字指 詞華を倣ふ
<解説>
庭の松竹梅に雪がうっすらと積もり、緑と白が色鮮やかである。
又、盆に栽した美しい姿の大小の樹木にもおもむきが加わり詩を作りたくなる。
八十歳になる今年はもっと良い詩が出来るように、本を読み習作したい。
作品番号 2023-42
癸卯年頭作
朝暾輝上照吾家 朝暾輝き上がって 吾家を照らす
身老心寧新歳嘉 身老ゆるも心寧く 新歳嘉こぶ
元日天晴促遊屐 元日の天晴れ 遊屐を促す
伴朋攜酒訪梅花 朋を伴ひ 酒を携へ 梅花を訪はん
<解説>
元日の朝の清々しい気持ち。見るもの新鮮に見える。老いたりと雖も気持ちを若く持ち、今年も元気に過ごしたい。
作品番号 2023-43
年頭所感(危惧二氣化炭)
人爲百歳地維傾 人為 百歳 地維は傾き
圓蓋朦朧氛氣生 円蓋 朦朧 雰気生ず
政治莫侵天コ貴 政治は侵す莫かれ 天徳の貴きを
三元徹歩避車行 三元 歩に徹して 車を避けて行く
※わずか百年、人間の欲望で大地は傾き始めた。天にはCO2が充満し不吉な雰囲気をかもす。
政治は天徳を侵してはならない。正月は車をやめて歩くに徹しよう。
<解説>
「地維」… 大地の四隅を繋ぎ支える想像上の綱
「圓蓋」… 天
「天コ」… 天が万物を造り育てる広大な働き
「雰氣」… 災禍の気 悪い気
作品番号 2023-44
賀癸卯
梅蕾C香瑞氣籠 梅蕾 清香 瑞気籠む
新年把酒笑聲中 新年 酒を把りて 笑声の中
不焦不急傾耳目 焦らず 急がず 耳目傾け
兀兀如龜成就雄 兀兀 亀の如く 成就雄なり
作品番号 2023-45
新年試筆
新春晴雪映窗紗 新春 晴雪 窓紗に映ゆ
重疊花牋筆翰家 重畳 花牋 筆翰の家
硯水瑩晶磨古墨 硯水 瑩晶 古墨を磨す
兔毫随意興無涯 兎毫 随意 興涯り無し
<解説>
今年も書や漢詩を学べる幸せに感謝し、できることを精一杯楽しくやる一年にしたいです。
漢文の授業で漢詩に触れたのがちょうど1年前。わずか数首でしたが、私は漢詩の美しさに魅了されました。
自分でも創ってみよう、と思ったのは、それからしばらく後です。
平仄という制限の中にある美、これを満たすためには、平仄を整えねばなりません。
したがって怠情な私はGoogleで「平仄 チェック」と検索、ヒットしたのが貴サイトでありました。私の生まれる前からあるサイトは多々ありますが、四半世紀も続いているサイトはなかなか見ません。
継続して運営をなさっていること、心より尊敬いたします。簡美、これが私が貴サイトに抱いている感想です。
昨今のサイトに見られる、落ち着きのない挙動、そんなものは存在しません。
それでいて、必要な機能は全て備えられているようにお見受けします。漢詩みたいに簡美、これが私の一貫した感想であります。他の方が多く漢詩を投稿なさっているのを拝読しているだけであった私も、拙いながら、さきほどの継続の原点である、詩の投稿をしたく思って、
ようやくここに詩の投稿を決心いたしました。
今後も漢詩を投稿できたら幸いです。
作品番号 2023-46
麗煌韶春
麗天彌宙悠而静 麗天 宙に弥(わた)り 悠(はる)かにして静かなり
煌若陽光染白嶺 煌若(こうじゃく)陽光 白嶺を染める
韶景無常恒啻君 韶景常には無く 恒(つね)なるは啻君のみなれば
春秋過瞬交朋永 春秋過ぐること瞬なれど 交朋永からん
<解説>
初めて投稿します。
私が今春、友人に送った年賀状に書いた詩です。新年のおめでたい四字熟語「麗煌韶春」から、文字を一文字ずつとって、句頭に挿入しました。
まず、新年の麗しい空の雄大さ、静けさを第一句で表しました。
次に第二句では、煌びやかな太陽の光が、そんな新年の空にわたって、白い雪を被った山を優しく照らすさまを表現しました。
この二句で、美しい新年の朝の一瞬を、切り取ったつもりです。
続いて第三句では、そんな美しい新年の景色の無常さと、それに対比して、友人は永くある、ということへの気づきを表しています。
であればこそ、第四句では、新年の景色も一瞬で無くなってしまうし、その先も年月が同様に、あっという間に過ぎてしまうけれど、友人関係は末長くありたい、と結びました。
第二句の二字目「若」は、「然」としたかったのですが、平仄の都合上、取り替えました。
また、平仄を合わせる中で特に口惜しかった変更が、第三句の上二字「韶景」です。
本当は、「韶華」とすることで、新年のおめでたい景色と、青春時代、というダブルミーニングにしたかったのですが、「華」だと平仄が一致しませんから、やむなく断念しました。
心残りです。
<感想>
学校の授業で興味を持ち、漢詩作に取り組まれたとのこと、ご指導された先生のお力も有ってのもの、素晴らしいことですね。
平仄、押韻ともに規則に合い、しっかり勉強されていますね。
押韻は唐以後の近体詩では平声で踏むのが基本ですが、古詩の雰囲気を出す形で仄韻詩も作られています。
転句末もきちんと平仄を替えていて、良いです。
四字熟語に限らず、何らかの言葉を分解して各句の頭に置くというのは、言葉遊びの詩作として古来から楽しまれてきています。
栗饅頭さんが選ばれた「麗煌韶春」は一つ一つの文字も明るく、新年らしいもの、この四字熟語を知ってるだけでも凄い!!
内容として、起句は「麗しい天(そら)が宙(そら)を弥る」というのは重複で、「そら」がどうなったのか悩みます。
お正月らしいめでたい言葉を入れて「麗天淑氣遍寧靜」など。
下三字も単語がバラバラとなるよりも、二字の単語を用いると読みが落ち着きます。
「悠」の字を使うならば、「淑氣」を「悠遠」としても良いですね。
承句では、平仄の関係で字を入れ替えることはよくありますので、仕方が無いと思いましょう。
ただ、この場合には「然」も「若」も状態を表す助字ですので、字数に限りのある詩では使わない方が良いとも言えます。
どうせなら強調する形で「煌燿」と「ひかりかがやく」とした方が効果があるでしょう。
同様のことが起句の「而」でも言えます。
転句の「韶景」は、ここに「韶」を置かなくてはいけないし、二字目は仄字でないといけないし、ということで残念ではありますが、仕方ないところですね。
平仄の規則の中で、「拗体」というのがあり、通常は「反法 粘法 粘法」となるところを「反法 反法 反法」と並べる形もありますので、どうしても「韶華」で行きたければそういう手もありますが、最初はやはり規則通りが良いですよね。
後半については、過ぎ行く季節に対して友情の固いことを示して、対比としては分かりやすいです。
難点は、二つの句が同じことを言っていることで、原因は「韶景」と「春秋」に同じ役割、つまり「移り行くもの」という役割を負わせたからです。
転句で自然のはかなさ、結句で友情の固さと配置すると、詩としてのまとまりも生まれると思います。
例えば、「韶景物華無定心」とか青春時代を含めるなら「韶景華年無定期」として、結句では「春遊不忘交情永」「春風只願交情永」などの展開が考えられますね。
初めて詩を拝見して、基礎の部分がしっかりしていらっしゃることが分かります。
機会があれば是非、次の作品にも取り組んでくださると嬉しく思います。
2023. 3.20 by 桐山人
紹介された栗饅頭さんの「ホームページへの感想」を読み、コメントしたくなりました。「決心」して投稿された作品からは、(作者の人となりとして)難しい趣向に挑戦する意思と、その上で現実に作品を完成させるだけの努力とが見てとれます。
本作も起承転結の構成の良く練られたもの、これからの作品が楽しみです。十代、二十代だからこそ書ける詩、人生経験を積み、また技術が向上してしまうと書けなくなる類の詩というものもあります。
「今」の作品も大切にしながらも、さらなる高みを目指して、積極的に詩を作っていってほしいと思います。私の最初の投稿も学生時代でした。
それから二十年以上、主にこのサイトのおかげで、(特にはじめのころは一年、二年と間隔があくことがあっても)詩作を継続できています。
もう四十代も半ばで、青春時代の華やぎなんてはるか昔の話、苦楽交々の現実のなかで日々を生きているわけですが、最初に投稿したときの「決心」があってこそ、「趣味は漢詩です」、「漢詩人です」と胸を張れる今の充実があるのだろうと思っています。「麗煌韶春」の四字、栗饅頭さんのおかげで知ることができました。
何事も勉強になります。有感
麗句來尋幸得知 麗句 来り尋ぬれば 幸いに知ることを得たり
煌煌灼灼少年詩 煌煌たり 灼灼たり 少年の詩
韶華總是心中事 韶華 総て是れ心中の事
春草夢回何所悲 春草の夢より回るも 何の悲しむ所ぞ
佳い句はないかと来てみたら 嬉しいことに見つかった
若者らしい意気込みの かがやくような詠いぶり
青春時代というものは だいたい心の持ちようで
夢から覚めてしまっても 何の悲しむことがある
後半は自分自身への語りかけ。
サミュエル・ウルマンの「青春」を意識しています。
ウルマン七十代での作品といいますから、四十代程度の心身では、まだまだ池塘春草の夢の真っ只中と考えてもよいのかもしれませんが。
2023. 4. 1 by 観水
作品番号 2023-47
立冬有感
一朝寒氣到村墟 一朝 寒気 村墟に到り
無ョ北風侵草廬 無頼の北風 草廬を侵す
須識冬來春不遠 須く識るべし 冬来れば 春遠からざるを
霜枝落葉出花初 霜枝 葉を落とすは 花を出だすの初めならん
<解説>
今朝の寒さは格別で 村里おおいつくすよう
北風小僧め抜け抜けと 貧乏長屋に入り込む
ところで冬が来たのなら 春になるのも遠くない
葉っぱの落ちたその場所は 花を咲かせる準備中
「冬来りなば春遠からじ」というわけですが、七絶二十八字で説明すると、ちょっと理屈っぽい感じもします。
<感想>
昨年にいただいた作品ですが、遅くなりすみません。季節が一つ廻ってしまいました。
日本語の「冬来たりなば春遠からじ」はなかなか難しいもので、文法的な点で言えば、「な」は完了の助動詞、「ば」は仮定条件の接続助詞、「じ」は打ち消し推量、細かく訳せば「冬がもし来たならば、春は遠くないはずだろう」ということですが、文法的な意味以上に豊富な情報が含まれています。
冬が来たばかりですから春なんてどこにも感じられない。しかし、心の中だけは春を思いたい。そう思うことで、これからの冬の厳しさを乗り越えよう。
書いてみればそんなところでしょうね。
このあたりは日本語の芳醇な部分で、だからこそ現代まで残る言葉になったのでしょう。
理屈っぽく感じるというのは、結句ですかね。葉の落ちた枝を眺めて「出花」を思い浮かべる、というのが急ぎ過ぎかもしれません。「出」を「備」とすると、少し緩くなりますか。
2023. 3.21 by 桐山人
作品番号 2023-48
梅丈嶽登臨
索道村遙到絶巓 索道 村遥かに 絶巓に到れば
五湖一一老筇前 五湖は一一(いついつ) 老筇の前
晶晶波影錦秋裡 晶晶たる波影 錦秋の裡
歸鳥和鳴雲淡邊 帰鳥の和鳴 雲淡き辺り
<解説>
「梅丈岳」: 若狭湾および三方五湖の眺望が素敵です。
「索道」: ケーブルカー。
ケーブルカーを降りると、足元に五湖がことごとく見えます。
しばらく長時間の外出が出来ませんでしたので、何度も行った記憶とインターネットの画像を参考に作りました。
<感想>
石華さんのこちらの詩も、いただいてから季節が二回り近く遷ってしまいましたね。すみません。
雄大な三方五湖の眺望、スケールの大きな画面ですので、それを最後まで維持したいところです。
まず、起句の「索道」ですが、これは要りますかね。
登山じゃない、ということと、梅丈嶽の説明、素直なお気持ちは分かりますが、承句で「筇」が出て来ますので、歩いて登ったような印象もあります。
ただ、この「筇」は、筇が示す視線が大事で、つまり眼下に「五湖」が広がるということを表す工夫した言葉ですね。
直すとすると、「索道」の方でしょうね。
転句ですが、「錦秋」は漢詩での用例が無いですね。季語として使っていますが、大漢和にも載っていませんし、日本での用法かと思います。
ということで、例えば「錦楓」としてみると、「波影」と「錦楓裡」はどういう位置関係なのか、悩みます。
目の前に紅葉した枝が在ってその隙間から見る、これは眺望を遮るから違います。それなら、湖の周りの山々が紅葉しているのか、これも「波影」という小さな物と山々ではバランスが悪い。
「晶晶波影」に合わせる形で行くなら「青青水」のような言葉が良いでしょう。
ここで「秋」を使わなくて行けましたので、起句に戻って冒頭は「秋午」「秋日」、「歸鳥」ですと「秋暮」ですか、季節を先に示しても良いですね。
転句までが視覚描写でしたので、結句で聴覚、音を出すのは良いです。しかし、転句までの雄大な景色からの結びが「鳥の声」では一気に視野がしぼんでしまう感は拭えません。
「百里」「千里」の「風」の音、人の話し声とか、あるいは転句で消えた「錦楓」で色彩豊かに締めくくるとか、考えてみてはどうでしょう。
2023. 3.21 by 桐山人
梅丈岳晩秋(再敲作)
秋日村遥到絶巓 秋日 村遥かに 絶巓に到らば
水雲千里老筇前 水雲千里 老筇の前
五湖一一衆山裡 五湖は一一 衆山の裡
紅葉更深殘照邊 紅葉更に深し 残照の辺り
(下平声「一先」の押韻)
〈解説〉
秋のある日、麓の村を遥か下に眺めて山頂に着くと、
大自然の眺めが、杖を指す前に広がる。
三方五湖はことごとく山々に囲まれていて、
紅葉が夕日に照らされ、さらに赤かった。
ご指導いただいたことを念頭に、特に「スケールの維持」に努めてみました。
2023. 3.24 by 石華
そうですね、「五湖一一」を転句に持ってきたので、広がりが後まで伸びて、雄大な景色が目に浮かびます。
2023. 3.30 by 桐山人
作品番号 2023-49
江堤晩歩
江風稍冷夕陽傾 江風稍(やや)冷やかにして 夕陽傾くに
廣磧窺魚一鷺明 広磧 魚を窺ふ一鷺明らかなり
蟲韻已無尋句徑 虫韻已に無し 句を尋ぬる径
鏗鏗唯有拄筇聲 鏗鏗(こうこう) 唯有り 筇を拄くの声
<解説>
「廣磧」 広く石の多い河原。
「鏗鏗」 杖をつく音。金属や石のカツーンと鳴る音。
愛犬と散歩していた晩秋の川です。詩に登場してもらう前にはかなくなりましたが。
<感想>
こちらの詩は、最後の「杖をつく音」をどう表すかで苦労された詩でしたね。
前半は実体験で、風景を素直に切り取った感がよく出ています。
後半は対句仕立てになっていますが、最後に「拄筇聲」を持ってくるとなると、ちょっと音が多いかな?
実際には「蟲韻」は無いのですが、読者の耳には残響が聞こえます。
せっかくの「鏗鏗」も捨て難いでしょうし、ここは気持ちを整理することからですね。
2023. 3.21 by 桐山人
作品番号 2023-50
鶯
玄冬短景遠山晴 玄冬 短景 遠山晴れる
黄鳥庭梅樹底鳴 黄鳥 庭梅 樹底に鳴く
春來風暖蕾開日 春来 風暖かに蕾開く日
枝上高吟玉笛聲 枝上 高吟 玉笛の声
<解説>
冬の間は木々の低い位置を飛びジャジャと鳴いています。
春が来て蕾が開き花が咲くと、ホーホケキョと綺麗な声に変わる変化を詠んでみました。
<感想>
鶯の鳴き声の変化を、「玄冬」と「春來」で対照的に描いていますね。
分かりやすいとも言えますが、百科事典を読んでいるような感じで、どうも説明的ですね。
平仄の点でも、反法・反法・反法で、これは「拗体」として認められていますが、この詩の場合は特に前後の切断感が強く感じます。
声の「変化」に重点を置いたので、どうしてもこういう構成になるかもしれません。
あるいは、作者として、冬の鶯と春の鶯に差をつけたくなくて同等に扱おうという気持ちからでしょうか。
起句の冬の景は不要で、あっさりと「黄鳥玄冬樹底鳴」、すぐに「春來枝上囀吟聲」として前半で変化を示す方が良いでしょう。
後半はその鳴き声がどんな風に美しいか、春の景色を交えながら描いていくと、作者の心の置き所がはっきりして、説明文から詩へと変わると思います。
2023. 3.29 by 桐山人
作品番号 2023-51
歳暮酔吟
年光如矢歳将移 年光矢の如く 歳将に移らんとす
冬夜書斎虔祭詩 冬夜の書斎 虔しみて詩を祭る
百八鐘声敲句苦 百八の鐘の声 句を敲いて苦しむ
文章未得掌中卮 文章未だ得ず 掌中の卮
<解説>
年月の過ぎ去るのは早く、今年もまさに年が明けようとしている
冬の夜の書室で、つつしんで自分の作った詩賦を神に祭る
除夜の鐘の声が聞こえ、詩句を考え、なやむ
自分の詩文をいまだにとらえないで、手にとっていたのは酒の杯である
<感想>
年末に「詩を祭る」ということでは賈島が有名ですね。
大晦日に一年間の詩を取り上げて祭るわけですので、転句以降は更に追加で詩を考えたということになります。
除夜の鐘を聞きながら詩を作るのはよくあること、「祭詩」の後でまた作り始めたとも言えますが、何となく引っかかる気分は残りますね。
「酔吟」で「酔って詩が作れない」という点でも、神様に捧げた割に図々しい感じもしますから、承句の下三字だけ検討されると良いと思います。
細かい点では、起句の「年光」は下に「歳」の字がありますので、「光陰」とした方が重複感が消えます。
また、承句は「歳将移」の直後ですので「冬」は分かり切ったこと、「寒夜」とか「凍夜」と情報を増やしたいですね。
転句の「敲句苦」は良いですが、次の「文章未得」も同意ですので、どちらかを削った方が良いでしょうね。
例えば、転句の下三字を「破窓裡」のようにすると、世俗から離れた貧しい生活の様子、つまり隠者風な趣が加わるかなと思います。
2023. 3.29 by 桐山人
作品番号 2023-52
古道苦吟
揮毫上古道, 毫(ふで)を揮ひて古道を上(のぼ)り,
押韻擬唐風。 押韻 唐風に擬(なぞら)ふ。
雁語哀年暮, 雁語 年暮に哀しく,
苦吟詩未工。 苦吟 詩は未だ工ならず。
<解説>
拙作は、中国のAI歌人、「阿倍中太郎」の次の和歌を五言絶句に翻案したものです。
玉鉾の 古き道にも 雁ぞ鳴く 忍びわびぬる 年の暮れかな
「阿倍中太郎(略称中太郎)」は、中国の西安交通大学の金中博士のチームが研究開発したAIの愛称で、
日本の和歌二十万首ほどをビッグデータとして和歌を詠みます。
金中さんはその研究成果を日中の学会で発表する一方、中太郎が10数分で詠んだ1万首ほど和歌のなかから、
秀歌あるいはAIが詠んだものとして注目すべき作品100首を厳選して
歌集『霜の音』を編纂しました。
なお、上掲作は、和歌として難点はないと思いますが、発想がいささか凡庸かも知れずで、『霜の音』には収録されていません。
一方、私は、『霜の音』編纂のためあらかじめ選ばれた500首ほどの中太郎和歌をすべて五言絶句に翻案し、
そのなかの50首を、金中さんの選で、
詩集『青山紅葉疏』としてまとめることができました。
『霜の音』と『青山紅葉疏』、PDF版で恐縮ですが、下記ページでご覧いただければ幸いです。
http://sa44shici.huuryuu.com/sakuhin/riun179-2.html
私の翻案は、AIが人間の詩歌創作活動の役に立つかどうかを実験してみようというものでした。
金中さんが実験者、私はそのモルモットで、実験の成果は、金中さんにとっても私にとっても満足でき、
金中さんによって、和漢比較文学会第41回大会で、
『人工知能と人間詩人による共同作詩の試み―AI「中太郎」の和歌に対する石倉秀樹氏の漢詩翻案』
という題で発表されました。
AIが詩歌を詠むことに何かを期待するかどうかは、人それぞれに思いがあると思いますが、
私にとっては、AIの作品は人知を超える発想に富んでをり、私の貧弱な詩想を大きく広げてくれるものに思えます。
私は、日本人がどれほど漢詩を詠みうるかを実証したいと思い、濫作に励んでいます。
今年は2400首を詠み、年2000首以上の作詩目標を21年にわったて達成してきましたが、
推敲だと嘯いて、同じではないが同じような作品を何作も詠んでいます。
この詩想貧乏にとって、中太郎の和歌の光は、大きな希望になっています。
<感想>
AIが作詩をする、と聞いた段階で、既に拒否反応を感じる人もいるかもしれません。
一昔前の「ロボットと人間」の優位性論議と似た雰囲気がありますが、世の中の動きが変わって行くことを受け入れて、新しい可能性を見つけるという観点が良いでしょうね。
そう言えば、「スパコンとのチェスの勝負」とか、「プロ棋士とAIの対決」などという話が以前は新聞の話題になったりしましたが、将棋の世界ではもう「AIで戦法を研究」ということに違和感も抱かなくなってきましたね。
今回は、中国の大学のAIが創った「和歌」を、日本の詩人が「漢詩」にした、という組み合わせに、私などは面白さを感じていましたが、発表のテーマである「共同作詩」という言葉を見て、その意味を理解しました。
和歌に対する金中さんの深い理解と、鮟鱇さんの作詩力があってのことですが、どんな新しい詩歌の世界を見せてくれるのか、お二人の友人であることを嬉しく思う投稿でした。
2023. 4. 7 by 桐山人
作品番号 2023-53
祝孫新成人
男兒十八盛時傅 男児 十八 盛時 伝はる
活發無疲高志頻 活発 疲れ無く 高志 頻なり
未遇荒波人世酷 未だ荒波 人世の酷に遇はず
陽陽進路値新春 陽陽たる進路 新春に値す
「盛時」: 元気 盛んな時
「陽陽」: 楽しく明るい
<感想>
岳城さんのお手紙ですと、お孫さんが新成人となられ、この春に高校を卒業、大学に進まれたとのこと、おめでとうございます。
「新成人」と聞くと、どうしてもまだ「二十歳」というイメージがありますので、書き出しの起句に「十八」と入れたのは私としてはありがたいですね。
高校三年生の内に「成人」となり、卒業を経て、進学や就職という新しい世界に進む現代の若者たちに、「陽陽進路」が開かれることを私も願っています。
お祝いの詩ですが、祖父としてはつい転句のようなことを言いたくなるのもよく分かります。
でも、こう言われてもきっと本人は実感も無く聞き流すでしょうから、この句も孫自慢で通せば良いと思います。
また、起句の「傳」の通韻ですが、「盛時傳」が何を言いたいのかはっきりしませんね。
「上平声十一真」の韻字でも「人」「眞」「身」「淳」「倫」「辰」など、色々と膨らませるような字が沢山ありますので、通韻にしない方がお孫さんにも読みやすいと思います。
2023. 4.17 by 桐山人
作品番号 2023-54
田園暮景
千畦已歇挿秧唱 千畦 已に歇む 挿秧の唱
一邑漸生炊飯煙 一邑 漸く生ず 炊飯の煙
臺笠急帰鐘遠径 臺(すげ)の笠 帰るを急ぐ 鐘遠き径
垂髫跂倚晩窓前 垂髫 跂(つまだ)ちて倚る 晩窓の前
<解説>
「臺笠」: すげの笠。お母さん。
「垂髫」: おさげ髪。子供。
昨年の初夏に着手したものの、詩語を探しあぐねて越年。ボツは忍びず、なんとか完成させました。
<感想>
前半の対句は形としては成り立っていますが、内容的には「挿秧唱」に対して「炊飯煙」では季節感も無く、つまらないですね。
対句にした分、逆に尻すぼみの感が強くなります。
転句の「臺」は「薹」かと思いますが、「薹笠」という良い言葉がありますから、これを対句に使った方が良いですね。
後半は、転句を「帰るを急ぐ」と読み下さずに「急ぎ帰る」とするとよく分かりますが、実は四句とも上四字の構造が似通っていて、「主語(名詞)+連用修飾語+述語(動詞)」の形、単調な印象になりますので、リズムを変化させて欲しいですね。
結句は、子供達が家で待っている姿でしょうね、「跂倚」で待ちわびている感じを出しているのは良いところ、ただ、「晩窓前」は「晩」も「窓」も転句を読んだ時点でもう分かっている情報なので、最後の締めとしてはインパクトが弱くなります。
ここは大事なところですので、再敲してほしいですね。
2023. 4.17 by 桐山人
田園暮景(再敲作)
千畦已歇挿秧唱 千畦 已に歇む 挿秧の唱
一邑漸生炮筍煙 一邑 漸く生ず 炮筍(ほうじゅん)の煙
薹笠群鴉余景裡 薹笠(たいりゅう) 群鴉 余景の裡
垂髫再再跂門前 垂髫(すいちょう) 再再 門前に跂つ
(下平声「一先」の押韻)
「炮筍」: 竹の子を炙る。 「炮筍烹魚飽飧後(白居易)」から。
「薹笠」: お母さん。
「垂髫」: おさげ髪。子供。
2023. 5. 5 by 石華
転句の「群鴉」は夕暮れを表す定番ですので、ここに入れようとした気持ちも分かります。
ただ、詩の中のどこからも空を見上げる要素は無いので、どうしても唐突感があります。
「薹笠怱怱仰余景」と、いっそ全対格にしてはどうでしょうね。
2023. 5.31 by 桐山人
作品番号 2023-55
雨後即事
天晴陌上鬧兒童 天晴れ 陌上 児童鬧(さわ)ぐ
以傘爲刀各打空 傘を以て刀と為し 各おの空(くう)を打つ
惡鬼能來吾滅殺 悪鬼 能く来らば 吾が滅殺せん
可憐村里小英雄 憐れむべし 村里の小英雄
<解説>
学校帰り雨上がり みんな道みち大はしゃぎ
たたんだ傘は日輪刀 競って宙に振り回す
「人喰い鬼ども出てきたら やっつけてやる俺たちが」
なんと天晴れその意気や われらがちびっ子ヒーローは
昭和の時代から変わらない光景。
令和の今なら「鬼滅の刃」ごっこでしょうか。
ちょうど4月からアニメ第3期「刀鍛冶の里編」スタートですね。
作中の「柱」が持つ「日輪刀」に刻まれる「惡鬼滅殺」の四文字を転句に拝借しました。
<感想>
雨上がりの帰り道、そうそう、大きな傘を振り回して「チャンバラ」しながら帰ったなあ、というのは、誰にも共通の思い出なのでしょうかね、楽しい詩をありがとうございます。
恥ずかしながら、私は解説に書かれた四行目の「作中の「柱」が持つ「日輪刀」に刻まれる「惡鬼滅殺」の四文字」は分かりませんが、「惡鬼能來吾滅殺」の句は十分理解出来ます。
こんなセリフを言う「村里小英雄」があちらにもこちらにもいっぱい居ましたので、私でしたら「何多村里小英雄」でしょうかね。
観水さんからは、投稿詩46作目、栗饅頭さんの「麗煌韶春」への感想もいただきました。
若い世代へのエール、お気持ちがよく伝わる感想ですので、是非、そちらもお読みください。
2023. 4.17 by 桐山人
作品番号 2023-56
無耳盲僧
三更招座敷 三更 座敷に招かる、
香木想高資 香木 高資なるを想はす。
奏撥長編曲 撥を奏する 長編の曲、
揺魂咽涙悲 魂を揺さぶる咽涙の悲しみ。
盲僧頻独出 盲僧 頻りに独り出る、
先輩秘嫌追 先輩 秘かに嫌ひ追ふ。
鬼火浮遊処 鬼火 浮遊する処、
臨浜認墓碑 浜に臨んで墓碑を認む。
<感想>
今回の詩は、言わずもがな、小泉八雲の『耳なし芳一』ですね。
書き出しは「招座敷」の主語が誰なのか、はっきりしないまま話が進みます。
第一句で「真夜中の時刻」、第二句で「そこは高貴な人のお座敷」という形で場面設定。
頷聯に到って、芳一が亡霊に呼び出されて琵琶を演奏し語ると、亡霊達が感動して涙を流すという場面、物語でも最も緊張感のあるところですが、うまく二句でまとめましたね。
迫力や緊迫感が出ている聯だと思います。
「芳一」に話を絞るならば、第三句は「語平曲」、対句で下句は「咽盛衰」なども考えられます。
頸聯からは謎が解かれるわけですが、第六句の「嫌」は「うたがひ」と訓ずるのでしょうね。
芳一の後を「先輩」僧が追いかけて行くと、「鬼火」(死者の魂)がフワフワと浮かんでいて、そこには安徳天皇の墓碑銘が見られたという結び、さて、この後芳一はどうなるんだろうか、という気持ちを抱かせて詩は終りますので、題名の「無耳」の部分が書かれていないわけです。
これは続編がありそうですね。
期待しましょう。
2023. 4.19 by 桐山人
作品番号 2023-57
牡丹灯籠
相会三更庵 相会ふ三更の庵、
朝来戻墓陵 朝来って墓陵に戻る。
幽幽腰珮闇 幽幽たり 腰珮の闇、
冷冷牡丹灯 冷冷たり 牡丹の灯。
法要無成仏 法要 成仏するなく、
愁顔為愛憎 愁顔 愛憎が為なり。
我思尚恋恋 我が思ひ 猶ほ恋恋たり、
今夜亦呈憑 今夜 亦た憑したてまつらん。
<解説>
怪奇シリーズの其二です。
幼い頃見た映画牡丹灯籠を思い出して書きました。
<感想>
こちらの詩は、題名もそのままズバリの『牡丹灯籠』、幼い頃にご覧になったそうですが、どんな感想をその頃に持たれたのでしょうね。
この怪談の主人公は、亡霊である「お露」と浪人の「新三郎」、新三郎への恋心が募り死んでしまったお露は死霊となり、夜毎訪れては新三郎との逢瀬を過ごします。
日に日にやつれていく新三郎、悪霊よけのお札を家中に貼ることにしましたが、最後は自分でお札を破って死んでしまうという流れです。
この話は悪霊譚として描くか、恋愛譚として描くか、前者ですとお露の死霊が、朝が来たと新三郎に思わせお札を剥がさせるという恐い展開、後者ですと新三郎に会えなくて外を泣き歩くお露の思いを新三郎が受け取って、お露のために自らお札を破ったという展開の二通りがあります。
凌雲さんは、話としては二人の逢瀬の場面までとして、死んでも尚慕い続ける恋心を主題として、お露の立場で詠み上げた形ですが、新三郎についてはどんな見解をお持ちでしょうね。
ひょっとして、この詩も続編があるのかもしれませんね。
第七句は孤平になっていますので、「我思」は「遺魂」などとしておけば良いかと思います。
2023. 4.20 by 桐山人
作品番号 2023-58
謝秩後還求祿而寫經歴書
三十多年夢一場 三十多年 夢 一場
來回大陸北南方 来回す 大陸の北南方
未能閑適還求祿 未だ閑居 能はずして、還た禄を求め
欲記半生唯七行 半生を記せんと欲すれば 唯だ七行。
<解説>
とうとう三月末に、いまの職場を離れることになりました。
これから再就職活動をしようと思います。
履歴書を書いたら、七行ですんでしまいました。
<感想>
永年、中国でお仕事をされていたニャースさん、初めて投稿いただいたのが2001年、以来二十年以上のお付き合いです。
2009年には赴任されていた大連でお会いすることができ、嬉しかった記憶がよみがえります。
その折にいただいた「大連清宴」と私の「次韻 ニャース雅兄『大連清宴』」も思い出です。
新しい生活に踏み出されたとのこと、今度お会いする時はまた、中国でしょうかね。
さて、退職のお気持ちを詠んだ作品ですが、冒頭の「三十多年」と結びの「唯七行」という数詞の対応が面白いですね。
この組み合わせの妙が、作詩のきっかけでしょうね。
そこを生かすことで考えると、起句の「夢一場」は効果がどうか、「仕事に就いた三十数年は、振り返るとあっという間だった」というのは実感でしょうし、私も共感しますが、「半生唯七行」に対しては、「あっという間」よりも「長かった」という感懐の方がインパクトが強くなるように思います。
でも、それにしても、「七行」というのは、色々と拾い出して経歴を華やかにしたいのも人情だと思いますが、そうしないところがニャースさんのお人柄でしょうね。
2023. 4.20 by 桐山人
作品番号 2023-59
山礬 一
隔窗晨旦竹籬隈 隔窓 晨旦 竹籬の隈
凛冽大寒霜葉堆 凛冽 大寒 霜葉堆し
芳豔山礬香七里 芳艶 山礬 香七里
殷葩春信特爲魁 殷葩 春信 特り魁を為す
<解説>
山礬の和名は沈丁花。七里香の別名あり。大寒の頃、黒紫色(外側)の花弁をつけて開花する。芳香が強い。
<感想>
春信というと白梅を考えてしまいますが、沈丁花も忘れてはいけませんね。
「七里先まで香りが届く」ということで「香七里」、ちなみに秋の木犀は「九里香」だそうです。
ただ、それを「隔窓」「竹籬隈」からの香りと分かっていて「七里」というのは距離感がおかしくなります。
「大寒晨旦」とし、下三字は「竹林」とか「僻村隈」として広い範囲にすると落ち着きますね。
承句は「凍風」あたりで抑えれば、後半も収まりが良いですね。
結句は「特」は「ひとり」ですね。
2023. 5.22 by 桐山人
作品番号 2023-60
山礬 二
雨後南窗籬落隈 雨後の南窓 籬落の隈
素簾眺望晩霞徊 素簾 眺望す 晩霞徊す
山礬馥郁侵寒發 山礬 馥郁 寒を侵して発き
香霧濕衣春意催 香霧 衣を湿し 春意催す
<感想>
承句の「徊」は「徘徊」と熟語でしか使いませんので、「廻」でしょうか。
「南窗」「籬落隈」「素簾」となると、室内に居て窓越しに庭を眺めているわけで、「眺望」という言葉が適するかどうか、急に視野が広がった感じがします。
少し整理した方が良いでしょうね。
後半はこちらの(二)の方がすっきりとしていますね。
沈丁花の豊艶な香りがよく出ていると思います。
2023. 5.22 by 桐山人