作品番号 2021-181
追憶少年之夏 二
探蟹追魚砂磧川 蟹を探り 魚を追ふ 砂磧の川
恣遊山野樂炎天 山野恣(ほしいまま)に遊び 炎天楽しむ
夏期休暇多追憶 夏期休暇 追憶多し
飛去時光七十年 時光飛び去りて 七十年
恒例のように毎年母の千葉の実家へ夏休みに行った。
本堂の仏前に毎晩ふとんをして寝た。鮒釣りや堰での魚取りに毎日過ごした。
作品番号 2021-182
『初夏』(柏梁体聯句)
駿城四月雅朋筵 桐山人
今朝赤帝朱明天 甫 途
衆山霞帶薫風全 H・S
草樹離離翠滴鮮 桐山人
蜻蛉微風水村邊 Y・H
青襟二十比群賢 K・K
煙雨川流竹林眠 子 方
院落慈雨暗香傳 H・S
魚回蝶戯白花蓮 常 春
颯颯南椦c腰A F・U
鳥聲C音一爐煙 Y・H
南風新葉池亭前 柳 村
石壁溝濠遊覧船 常 春
院落鳴禽泉水漣 甫 途
老床八十對淺眠 K・K
雨窗鳴蛙水村煙 子 方
閣閣蛙聲雨後田 F・U
作品番号 2021-183
『梅雨』(柏梁体聯句)
何長鬱鬱續梅霖 常 春
竹窗霖雨午寒侵 柳 村
霏霏煙雨晩雲陰 宇佐美
白黴紙魚書籍侵 常 春
南風野火煙竹林 H・S
鳥追雀逃弱小禽 子 方
江流終日鳥聲心 甫 途
石群濕濕孤愁深 K・K
漉t梅霖野水吟 甫 途
樹林無風雨落音 K・K
蕭蕭暗雨塞詩心 桐山人
風爽鳥語暮色深 Y・H
湖上晴風滿客襟 桐山人
樹影點點夕陽沈 Y・H
作品番号 2022-184
麥秋田園
夏初郊外淡煙村 夏初 郊外 淡煙の村
黄穗離離輕燕翻 黄穂 離離 軽燕翻る
遠影畦丁収穫始 遠影の畦丁 収穫始む
野風鳥語滿田園 野風 鳥語 田園に満つ
<解説>
市の郊外で黄色に色づいた麦畑の風景を見ることができ、詩にしました。
<感想>
分かりやすく景色が描かれていますね。
ただ、全体が叙景で、作者の感動がどこにあるのか、今一絞りにくい点はあります。
麦の実った穂に重点を置くならば、結句の「野風」「鳥語」などの自然物は前半(承句)に持って行き、後半からは農業の様子に行くように考えてはどうでしょうね。
「鳥語」を使うか、「燕」を使うかですが、下三字は出来上がっているので、「○●野風輕燕翻」とし、結句に麦を持って行くと「滿田園」にもぴったり来ますね。
そのまま置けば「離離黄穗」ですが、麦だと分かるようにしたいので「黄金麥穗」ではどうでしょう。
by 桐山人
作品番号 2022-185
觀螢
梅天日暮立橋頭 梅天 日暮 橋頭に立つ
過雨川風夜色幽 過雨 川風 夜色幽かなり
點點草螢明又滅 点点 草蛍 明又滅
高飛熠熠映涓流 高飛 熠熠(しゅうしゅう) 涓流に映ず
<解説>
梅雨の季節に蛍を観に行ったことを詩にしました。
<感想>
起句は「梅天」は「梅雨の空」ですので、雨が降り続いた空を想定します。
そこに承句の「過雨」となると、これは通り雨、つまり夕立を表しますので、夏の暑い日の夕方を今度は思います。つまり、「梅天」に「過雨」は今一マッチングしづらいところです。
梅雨の頃、というだけでしたら「林鐘」ですが、ここは「雨過」とこちらに雨を持ってきて、承句の方は「川風」の形容を表す形も考えられます。「C爽」などで、「颯颯」のような畳語は後半にありますので避けた方が良いです。
転句の「又」は「復」ですかね
。 結句は「草螢」が「高飛」は飛び過ぎ、「映涓流」も視点は下向きですので、「高」を別の語にした方が良いですね。
by 桐山人
作品番号 2022-186
立秋丈山苑
閑行竹徑晩風柔 閑行す 竹径 晩風柔らかなり
池面漣漪桂影流 池面 漣漪 桂影流る
奏曲二胡増爽氣 奏曲 二胡 爽気増す
樹間月出一園幽 樹間 月出で 一園幽なり
<解説>
立秋の頃、安城の丈山苑で二胡の演奏を聞いたことを詩にしました。
<感想>
秋の趣がよく出ていると思います。
直すとすれば、起句の「閑行」、広々とした郊外を歩くなら良いのですが、竹徑ですので、「清閑竹徑」「微涼竹徑」など庭や径の説明をするのが良いかと思います。
また、承句の「桂影」が月の光、更に結句で「月出」ですと二回月が昇ることになります。
月を大きく扱うならば結句に残します。この詩では、最後に月の光を見て終ると余韻が残りますので、承句の方に月影以外のものを置く形が良いでしょうね。
やや残念なのは、「二胡」についての記述が少ない点で、転句は「爽気」を出さず、全部使っても良いですね。
by 桐山人
作品番号 2022-187
訪斎宮跡
皇女懷都湖上風 皇女 都を懐ふ 湖上の風
群行壮麗夕陽中 群行 壮麗 夕陽の中
険峻雨雪困難極 険峻 雨雪 困難極む
奉祀巍然天祖宮 奉祀す 巍然たる天祖の宮
<解説>
斎宮跡を訪れ、斎王の群行の大変さを知り、創りました。琵琶湖・鈴鹿峠・伊勢神宮を入れました。
<感想>
斎宮は平安時代の天皇にとっては国を守るための大切な存在で、皇女を賀茂神社と伊勢神宮に差し出すという形でした。
「群行」は禊ぎを終えた斎宮が、九月に天皇に別れを告げて伊勢に下る道中のこと、盛大で「壮麗」だったと言われますね。
起句で「湖上風」とありますが、行程は近江から鈴鹿を経て伊勢へと向かったようです。
斎宮は父親である天皇のために人生をかけて奉仕するわけですので、出発に際しては決して振り返ってはならないとされていました。
そう考えると、「懷都」が良いかどうか、「翻襟」で暗喩的に表した方が良いでしょう。
転句は「雨雪」とありますが、そういう資料がありましたか。九月に出発ですので冬まではかからない筈ですので(六日くらいで着いた筈)、ここは「風雨」としましょう。
結句の「奉祀」は「神仏をまつる」、「巍然」は「盛り上がった高い山」です。
by 桐山人
作品番号 2022-188
麥秋田園回顧
水澤群蛙相喚喧 水沢の群蛙 相喚喧し
薫風C爽雨餘村 薫風 清爽 雨余の村
摘茶桑葉禾苗長 摘茶 桑葉 禾苗長ず
歸月出星農事繁 星に出て 月に帰す 農事繁し
<解説>
戦前の農事を回顧する。当時は手作業が主体で(牛馬は使役していた)、所謂”戴星出家、仰月帰家”と言われ、重労働且つ多忙であった。
<感想>
かつての農村の風景ということで、どこかで「往昔」「昔時」などの言葉を入れないと、事情が分からないですね。
どこに入るか、を考えると、承句でしょう。下三字を「往時村」とするとか、「清爽」を「往昔」としても良いでしょう。
全体が過去を思い出していることが分かります。
結句は読み下しが合いません。話としては朝を先にしたいのと、平仄を合わせたいの二つの気持ちが働いたのでしょう。
時間は前後しても良いですので、「仰月戴星」とそのまま使うか、「農事戴星歸月繁」なども考えられますね。
by 桐山人
作品番号 2022-189
客中初夏付知峽
南信客中煙雨村 南信 客中 煙雨の村
野亭松籟拷A繁 野亭 松籟 緑陰繁し
碧潭飛瀑溪谿麗 碧潭 飛瀑 溪谿麗し
遙望阿丘端午幡 遙望す 阿丘 端午の幡
<解説>
二〇〇四年、詩吟同好の友数名で南信(中津川・苗木(一休庵)・付知峡・舞台峠・下呂)を旅した。
<感想>
起句はせっかくの詩吟仲間との旅ですので、「客中」は「吟行」「客吟」など「吟」の字を入れると良いと思います。
ここは「煙雨」である必要は無く、この後の画面からも晴れていた方が良いと思いますので、「煙雨村」は「初夏村」のような形が良いでしょうね。
転句の「溪」と「谿」はどちらも同じ字なので、「溪」に揃えた方が良いですね。
転句は結句と繋がるよりも承句と対のような感じです。いっそ起句と転句を入れ替えてみてはどうでしょうか。
by 桐山人
作品番号 2022-190
半夜
回頭九拾有餘年 頭を回らせば 九拾有余年
人界是非炊粟眠 人界の是非は炊粟の眠りのうち
半夜蕭蕭梅夏雨 半夜 蕭蕭 梅夏の雨
竹窗雨滴聽恬然 竹窓 雨滴 恬然(てんぜん)と聴く
<解説>
回顧すれば、昭和期は米騒動、軍のクーデター、日中・太平洋戦争、戦後の混乱期等波乱の多い時代であったが、正に一炊の夢のうちであった。
今は静かに過ごしている。
<感想>
この詩は、良寛さんの「半夜」の詩に倣ってのものですね。
良寛さんは「五十有余年」でしたので、更に四十年を追加したという感じですね。
良寛さんの詩の押韻や平仄を整えたという点で、面白いと思います。
一点、「雨」の字が重出していますので、結句の「雨滴」を「獨坐」でしょうかね。
by 桐山人
作品番号 2022-191
先導師展墓
雨餘塋域息孤亭 雨余の塋(えい)域 孤亭に息む
閑寂僧堂此゙庭 閑寂の僧堂 緑庭に満つ
輪塔蒼苔松籟爽 輪塔 蒼苔 松籟爽やかなり
墨痕鮮麗遺餘馨 墨痕 鮮麗 余馨(よけい)を遺す
<解説>
慈雲寺(知多市岡田・臨済宗)十三世照運善大和尚(一九九〇年六月入寂)に師事し、生前戒名を受けた。酒を好み能筆家であった。
<感想>
こちらの詩も、「餘」の字が重出していますね。
また、結句の「遺」は「のこす」の意味では平声ですので、まずこちらを「有餘馨」として、起句の方は「雨晴」のようにしてはどうでしょうね。
内容は閑寂なお寺の様子がよく出ていると思いますが、承句の「緑」は草ですか、苔ですか。
どちらにしても、転句の「蒼苔」との重複感がありますので、「輪塔僧堂」のようなお寺の建物を出してはどうでしょうか。
逆に承句の中二字に「古苔」を持ってくれば、収まりが良いかと思います。
by 桐山人
作品番号 2022-192
回顧龍潭寺吟行
北湖溪谷路勞煩 北湖の渓谷 路労煩
搖袖薫風拷門 揺袖 薫風 緑門を掩ふ
枯瀑中庭蘚苔碧 枯瀑の中庭 蘚苔碧く
沙羅花影特忘言 沙羅の花影 特だ言を忘る
<解説>
平成九年(一九九七年)六月、浜名湖北岸引佐町井伊谷の龍潭寺(臨済宗妙心寺派)へ有志で吟行旅行した。
遠州の枯山水、鉄舟の本堂扁額など貴重なものを見学したが、本堂西南隅で沙羅双樹が開花していて、盛者必衰の理に唯だ言葉を失するのみであった。
<感想>
起句は「勞煩」で「わずらわしく疲れる」で作者の気持ちが出ていますが、路の描写でもありますので、よくわかりますね。
路そのものを言うなら「険途煩」「樹陰昏」などでしょうか。
結句の沙羅の木は初夏に花開く花、「忘言」では印象が弱いですね。
転句まで具体的な描写が続いてきましたので、最後も花の様子を具体的に描くなり、盛者必衰をどこから感じたか、を語って欲しいですね。
by 桐山人
作品番号 2022-193
夏宵感懷
松籟涼風隔市喧 松籟 涼風 市喧を隔ち
北窗竹簟坐幽軒 北窓 竹簟 幽軒に坐す
陽沈未暮雲林靜 陽沈みて 未だ暮れず 雲林静む
杷酒臨風月入門 酒を杷り 風に臨む 月門に入る
<解説>
暮れなずむ夏宵は価千金、盃を手にして宵景を楽しむ。
<感想>
起句の「市喧」は熟語としては無い言葉なので、「市を隔てて喧なり」と読んでしまいがち、意味は逆になりますね。
「隔俗喧」でしょうか。
承句の「北窗」と「幽軒」で場所を表す言葉が重なるのも気になりますので、ここは起句と承句の語句を入れ替えて、
「竹簟北窗松籟軒」「涼風清爽隔塵喧」という感じでどうでしょう。
結句の「杷」は「把」ですね。
ここは「風」の字が重複していますので、ここには何か心情を表すような言葉が面白いと思います。
「陶然」「悠揚」などが合うと思います。
by 桐山人
作品番号 2022-194
立秋偶成
天澄廣闊白雲悠 天澄みて 広闊 白雲悠たり
地沃豐穰野水頭 地沃し 豊穣 野水の頭
駒隙壬寅立秋到 駒隙 壬寅 立秋到る
戰災疾疫使人愁 戦災 疾疫 人をして愁へしむ
<解説>
暮れなずむ夏宵は価千金、盃を手にして宵景を楽しむ。
<感想>
前半の二句は秋の天地の景を雄大に描いていると思います。
この雄大さに対して「野水頭」は小さくなり過ぎている印象ですね。青青とした稲の原などが出るとスケール的に釣り合いが良いでしょう。
転句は「駒隙」で時の流れの速さを言うのは良いですが、「壬寅」は必要でしょうか。
逆に言えば、「壬寅」で今年の秋を出すならば、「駒隙」が要らないと思えます。
特に「戰災」や「疾疫」で苦しんだ歳月ですので、あまり速く過ぎない方が良いかも、と思います。
「今歳還迎立秋節」として、今年もまた良い季節を迎えたと単純に言っておくと、結句の嘆きが印象強くなります。
by 桐山人
作品番号 2022-195
鳳來寺尋佛法僧鳥
深夜靈峰畏客魂 深夜の霊峰 客魂を畏れしむ
孤燈搖動坐憑軒 孤灯 揺動す 坐して軒に憑る
未鳴幽鳥迎殘月 未だ鳴かず 幽鳥 残月を迎ふ
去不復來空夢渾 去りて 復た来たらず 空しく夢渾る
<解説>
昭和初期ラジオの深夜放送で、仏法僧鳥の鳴き声を聞く。
後にこの鳥はコノハズクと称し別種である事も判った。
また、この鳥が鳳来寺山に飛来する事も知られていた。
その声を聞くべく有志で二〇〇六年六月に登山したが、山頂までドライブウェイが通じており、鳥は棲んでいなかった。
<感想>
結句の「不復來」は「二度とは来なかった」という部分否定、「以前は居たが、もう居ない」ことを表します。
そうなると、転句の「未鳴」という時間を表す表現が気になります。
ここは「未」ではなく「不」であるところ、ただ「不」では重複しますので別の表現を探して、「欲聞」「惟須」(ただまつ)でしょうか。
by 桐山人
作品番号 2022-196
初夏即事
窗外小庭輕燕翻 窓外の小庭 輕燕翻り
紫藤花落拷A繁 紫藤 花落ち 緑陰繁し
午風靜坐生涯計 午風 静坐す 生涯の計
閑話悠悠笑語温 閑話 悠悠 笑語温かなり
<解説>
初夏のさわやかな空気の中、残りの人生の推移に思いをめぐらしていました。
<感想>
午後の穏やかな時間の流れが感じられますね。
承句の「藤」は「花落」ですと「初夏」と季節がややズレませんか。「花影」として、新緑の中に花があるという組み合わせではどうでしょう。
転句は良いですが、結句は誰と話して笑っているのか、急に話題が変わって驚きます。
「生涯計」を「悠悠」と「笑語」して話せるのは素晴らしいこと、心残りではありますが、結句に繋げるためにはこの転句の下三字に、誰かと会っていることを述べないといけないでしょうね。
逆に、転句はそのままにして、ゆったりとした心境で夕暮れを迎えたような結句に持って行くのも考えられます。
例えば、「世事悠悠夕景門」とか、心情的なことは言わずに叙景だけでも良いですね。その場合には、転句の「午風」を「C風」「爽風」などとしておくと良いですね。
by 桐山人
作品番号 2022-197
秋山清渓
巴水風聲爽氣流 巴水の風声 爽氣流る
飯盛山腹試C遊 飯盛山腹 清遊を試む
平生學得吟朋集 平生 学び得る 吟朋集ひ
勝跡堪能楓寺秋 勝跡 堪能す 楓寺の秋
<解説>
何年か前に香嵐渓へ吟行したときを思い出し読んでみました。
<感想>
「巴川」、「飯盛山」と香嵐渓を表す言葉が効果的ですね。言いたいことも良く伝わってきて、まとまっています。
ただ、題名の「秋山C溪」に対して、川や山が名前だけで終っている点が勿体ないところです。
その点を考えながら、検討しましょう。
まず「C溪」については「巴水」だけでは弱いですね。
「爽氣流」がありますが、これは上の「風」が主体になってしまい、肝心の川の描写になっていないわけです。
「風」の代わりに「波聲」とするとか、風は抑えて、ここは水の形容で行きたいです。
「巴水淙淙爽氣流」とすれば「C」の意味合いも加わってしっくりきます。
次は「秋山」ですが、これも「試清遊」だけで、山自体はどうなのか、が欲しいところ。
「清遊」は良い言葉ですが、内容的には転句の「吟朋集」と重なります。
ここは「樹陰幽」「素風幽」とするか、「清遊」を使うならば山の様子を後半のどこかに入れることを考えましょう。
転句は最後の「集」が句を説明文のような感じにしています。
下三字を「詠(詩)吟友」とし、中二字とか上四字を考えてはどうでしょう。
結句は「勝跡」ですと遺跡に行くことになりますので、山全体を楽しむということで「勝景」が良いですね。
検討するのは「楓」が必要かどうか、この字があると紅葉の季節だと考えてしまいますが、詩はまだそこまでは季節が進んでいませんよね。
また、紅葉の香嵐渓に行って「楓」一文字で済ませるわけにもいきませんから、ここは秋が深まっていない季節としたいところ。
そうなると「山寺」として(承句の「山腹」は「丘下」ですかね)行くか、別の言葉を考えるかですね。
「溪逕秋」とか、冒韻にはなりますが「勝景清遊満目秋」とするのも良いですね。
by 桐山人
作品番号 2022-198
麥秋田園
蛙聲閣閣夕陽村 蛙声 閣閣 夕陽の村
遠近田疇農事繁 遠近の田疇 農事繁し
終日勤勞自家道 終日 勤労 自家への道
桾隷m氣忘塵煩 薫風 麦気 塵煩を忘る
<解説>
学生時代アルバイトを終え、疲れて下宿先に帰る時の情景を思い出して作ってみました。
転句、結句はそのまま農夫にも言えるのではないだろうか。
<感想>
ノンビリと蛙の声が響く中を歩く、辺りは農作業にいそしむ人々、前半はこの季節の風景が聴覚、視覚で表れていますね。
夕方まで働いているということで、忙しい時期だということも分かります。
その前半を受けての後半ですので、当然、読者は農夫が家に帰るのだと思いますが、そうなると、「終日」が繰り返しで煩わしくなります。
お書きになったように、ご自身を主語にするならば分かりますが、農夫の解釈も含ませて行くとなると、手直しが必要になります。
起句の「夕陽」を「夏初」とすればここは落ち着くでしょう。
ただ、結句の「忘塵煩」については、転句の主体に関わらず、「農事繁」が「塵煩」になってしまいます。
「麥氣」の形容を上に置いて「好風翻」と持って行くのが穏やかかと思います。
by 桐山人
作品番号 2022-199
疾疫凋衰親朋集盡醉
投宿團欒久闊兄 投宿 団欒 久闊の兄
共斟長舌至深更 共斟 長舌 深更に至る
日高醒寤為湯沐 日高くして 醒寤 湯沐を為せば
流汗薫風散酒酲 流汗 薫風 酒酲を散ず
<解説>
コロナのためしばらく会えなかった友人達と、泊りがけで飲み会を開き
若干宿酔気味だが、温泉に浸かり心身ともスッキリ
<感想>
全体に無理なく、分かりやすい詩になっていると思います。
今度の講座で孟浩然の詩にも出て来ますが、「酲」の韻字が効果的ですよね。
私も以前にこの字を見つけた時には、なんと便利な字があるのか、と思いました。
起句は「兄」で友人への敬意を表したのでしょうか、「情」の方がすっきりすると思います。
by 桐山人
作品番号 2022-200
白叟與野猫情
爽風霽色海濱朝 爽風 霽色 海濱の朝
列座釣人留野猫 列座す釣人 留(うかが)ふ野猫
白叟頒投些少獲 白叟 頒け投ず 些少の獲
銜疾驅子須寮 銜 疾驅 子の須(ま)つ 寮(うち)へ
<解説>
辺りに散歩に出ると、多くの釣り人の側で野良猫が釣果のおこぼれを期待してじっと座って待っている。
投げ与えられると、その場で食べると思いきや、銜えて一目散に岩陰に、ああ、子育て中なのだと合点、老翁も野良猫も他を思いやっているのだと感心
<感想>
映画のシーンを観ているような展開で、しかも最後はホッコリするような形で良いですね。
一字一字を丁寧に選択していることも感じられます。
承句の「留」は「窺」「偵」でも平仄的には良いですが、「留」は「すきを狙って見守る」という意味が辞書に載っていましたね。
転句の「頒投」も「(おこぼれを)分けて与える」という微妙な感じ、結句の「疾駆」も素早い感じがします。
by 桐山人
作品番号 2022-201
壬寅梅雨短猛暑急撃
破雲赤日排梅雨 雲を破り 赤日 梅雨を排け
匍地炎威襲巷間 地を匍ひ 炎威 巷間を襲ふ
殘篆蝸牛何處隱 篆を残して 蝸牛 何処かに隱れ
一蟬無語小庭閑 一蝉 語無く 小庭閑かなり
<解説>
今年の梅雨明けは記録的な早さとか、明けた途端に猛暑の毎日ですが、
梅雨明けを待ちかねたように騒がしく鳴きだす蝉も、今年は出遅れてまだ土の中
<感想>
詩は転句まで見ていくと、例年の夏の盛りの風景として描かれていて問題ないのですが、その分、結句になって突如一匹の蝉の声もしない、ということで、読みようによってはホラーな不気味な描写になります。
題名には書かれていますが、まず、今年の気候の異常さを感じさせる言葉を前半で出しておくと、結句も自然に読み取れるかと思います。
「火雲倏忽排梅雨」「怱忙赤日」とか、結句の下三字で「尚庭閑」のように、時間の変化を表す言葉を入れると今年の特徴が多少出るかと思います。
by 桐山人
作品番号 2022-202
立秋偶成
晝間閑坐汗珠流 昼間 閑坐 汗珠流るるも
日暮輕風凉氣周 日暮 輕風 凉気周る
蟲響潛催小庭角 虫響 潜かに催す 小庭の角
今宵又値一心秋 今宵 又値ふ 一心の秋
<解説>
昼間の暑さも日が落ちると急に涼しくなり、密かな虫の声が聞こえると、ああ、又やる気の出る秋がやってきたと思う。
<感想>
秋の訪れを風と虫の音で知る、という伝統的な「立秋」の詩で、よく整っていると思います。
起句の「閑坐」はこの場合には「何もせずにじっと坐っているだけでも」というくらいの気持ちですね。「閑」の字が「ひま」というニュアンスを出してしまうかもしれませんので、その場合には「兀坐」でも同意になります。
承句の「凉」は俗字で「涼」が本字です。
転句の虫の音は「潜」ですのであまり響かない方が良いかと思います。「虫韻」でどうでしょう。
結句の「一心」は「一心不乱」の用法ですね。
確かに秋はひとりで集中するのに良い季節、暑さで疲弊した心身を蘇らせてくれる気がします。
句としては問題無いですが、全体を見ると「晝間」「日暮」「今宵」と時を表す言葉が並んでいます。
時間の変化を表すために狙ったのかもしれませんが、三句とも同じ位置にあるとちょっとしつこく感じます。
直すとしたら承句でしょうから、例えば「屋宇夕風涼氣周」と控え目に出すのが良いかと思います。
by 桐山人
作品番号 2022-203
離京華移民鄙
狭隘肩摩都邑中 狭隘 肩摩 都邑の中
人間多事競雌雄 人間 多事 雌雄を競ふ
景情寛闊比鄰地 景 情 寛闊 比隣地
老得安居無寸功 老ひて安居を得たり 寸功無きも
<解説>
今住む此の知多の地の自適生活に大満足
<感想>
知多半島で育った者としては、この地に満足していただけて嬉しいですね。
起句の「肩摩」は「肩摩轂撃(けんまこくげき)」の四字熟語ですね。
「肩が触れ合い車がぶつかり合う往来の混雑」を表しますので、確かに都会(「都邑」)は「人波」という言葉がありますが、ぴったりします。
起句は物理的な混雑なら、承句は心情面での話、どちらも納得できます。
転句の「比隣」は「隣近所」、身近な地域の穏やかさが感じられます。
よく考えて作られていると思います。
この詩でしたら、対句を使って、ご自身の生活、周囲の様子などを描いて律詩にすると良い作品になると思います。
by 桐山人
作品番号 2022-204
京舞
祇園春色發姸花 祇園 春色 妍花発き
妓女群英技藝誇 妓女 群英 技芸を誇る
緩急三絃加茂水 緩急の三絃は 加茂の水
整齊歌舞玉京華 整齊の歌舞は 玉京の華
<解説>
「都をどり」… 毎年四月に開催される京都・祇園の芸妓・舞妓の舞台公演
「三絃」… 三味線
「加茂」… 賀茂川、加茂川とも表記されていた。
<感想>
書き出しは白居易の「慈恩寺」の詩を髣髴とさせますね。
「春色」は春景色ですので、下の「發姸花」が同じことを言っています。
つまり、「祇園の春景色は美しい花が開くことだ」ということで、それでも良いとは言えますが、ちょっと重複感と言うか、しつこさを感じます。
あっさりと「春日」、凝るなら「春艶」など。
承句はしっかり描けていますね。「群」をここで使うか、結句の「整齊」の後に使うか、考え所です。
転句からは後対格で仕上げましたね。
語の対応を見ると、「緩急」と「整齊」はぴったりですね。「三絃」を楽器というくくりで見れば「歌舞」とも良いですが、構造で見ると「三の絃」、つまり修飾関係で、「歌舞」は並列。ここを「群舞」とすると語の対応は良くなります。意味合い的には「整齊(ぴったり揃う)」が「歌と踊り」の両方としたいかもしれませんので、作者の判断になります。
下三字は「玉京」が「玉のように美しい京」という修飾関係ですので、ここを意識すると「加茂」という固有名詞でなく「漻水調(澄んだ水の調べ)」とか「鳧水韻」が浮かびます。
by 桐山人
作品番号 2022-205
夏日鴨川宵景
遠山瞑色夕陽収 遠山瞑色 夕陽収まるも
京洛城中溽暑留 京洛城中 溽暑留まる
櫛比水亭銷夏客 櫛比の水亭 銷夏の客
納涼宴樂極風流 納涼 宴楽 風流を極む
<解説>
京都夏の風物 鴨川納涼床の様子
<感想>
これは鴨川の風物詩、後半の納涼床の華やかさと対比させるためでしょうね、前半の京都の景色は色調を抑えて表現してありますね。
転句の「櫛比」は「櫛の歯のようにびっしりと並ぶ」ことで、通常は都会の屋根が連なることを表しますが、ここも対岸から眺めた感じで良い描写になっていると思います。
ここの「銷夏」と次の「納涼」が同じ言葉になりますね。
「紅燈宴樂」のような、何か言葉を考えましょう。
by 桐山人
作品番号 2022-206
初夏即事 一
挿秧村落麥秋天 挿秧の村落 麦秋の天
滿地風C草木鮮 満地 風清く 草木鮮なり
孫子成長堆角粽 孫子の成長 角粽堆し
鍾馗掛軸坐中先 鍾馗の掛け軸 坐中の先
<解説>
五月五日にあわせて厄除けの軸をかざりました。
<感想>
前半は初夏らしい趣が出ていると思います。
後半で子供の成長を喜ぶ形になりますので、前半も叙景だけでなく、「育つ」というような意味合いの言葉を入れると全体のトーンが決まってきます。
この詩でしたら承句の「草木」を「新緑」として「新」の字が入ると、後半への繋がりが出来ます。
転句ですが、「長」は「育つ」の意味では仄声です。
「端午臺盤堆角粽」とし、お孫さんは結句に回しましょう。
最後の「坐中先」の役割が今一弱いですので、ここを「稚聲纏」としてはどうでしょう。
by 桐山人
作品番号 2022-207
初夏即事 二
新秧慈雨水光青 新秧 慈雨 水光青し
十藥白花蕃戸庭 十薬の白花 戸庭に蕃る
疫病何時収束望 疫病 何時 収束望む
閑窗獨坐聽風鈴 閑窓 独坐 風鈴を聴く
<解説>
十薬の花の白さにひかれています。嫁して五十余年変わらず咲いてくれます。
十薬の効用で疫病退散になればと思っています。
<感想>
ドクダミ(十薬)は私の家の庭にもはびこって、抜いても抜いても切りが無いですが、薬草だと思えば有り難いことなのでしょうね。
起句の「新秧慈雨」は季節感を表す効果を出していると思いますが、この句で作者は水田にいる形になります。
ところが、承句は自宅の庭、結句は家の中となりますので、全体の景色が散漫になりますね。
起句と結句をまず入れ替えて、最後に広い視野に持って行くと、転句のコロナの話も繋がりが出てくると思います。
その上で、「風鈴」は「簷鈴」として、結句は水田から離れて、「C風衡宇午天青」と門の上の青空を眺める形で行きましょうか。
by 桐山人
作品番号 2022-208
遊鎌倉
雨過碧落古都幽 雨過 碧落 古都幽なり
水鉢睡蓮才貌優 水鉢の睡蓮 才貌優なり
故友笑言交誼厚 故友 笑言 交誼厚し
武人小徑共C遊 武人の小径 共に清遊す
<解説>
悪天の中、鎌倉に行ってきました。昼からは嘘のように晴れ上がり、歴史を訪ね歩きました。
<感想>
全体の流れが今一すっきりしませんね。
起句の大きな視界から「水鉢の睡蓮」は急で、もう一段階欲しいところ。
また、最後の「小徑」で「清遊」は古都めぐりとしては小さい終結になります。
句の流れを検討すると、「碧落・古都」〜「故友」〜「小徑」〜「水鉢・睡蓮」という視界が自然な流れになると思います。
承句は「故友笑顔倶雅遊」、転句は「小徑」を頭に置いてこの説明を加えると良いでしょう。
結句は「睡蓮」が上に来ますので、やはりその形容を入れることができます。
例えば「睡蓮花發淨香流」「睡蓮瑤麗小池優」など、「水鉢」を残したいなら中二字に入れる形になりますね。
by 桐山人
作品番号 2022-209
盆供養
流金鑠石雨聲微 流金 鑠石 雨声微なり
蟬噪早朝盈四圍 蝉噪 早朝より四囲に盈つ
涼意戸庭C打水 涼意の戸庭 清い打ち水
祖先供養佛燈輝 祖先供養の仏灯 輝なり
<解説>
異常気象と言われ、梅雨明けの早かった今年ですが、蝉は例年と変わらない日々に鳴き出しました。
<感想>
「流金鑠石」は「流金焦土」とも言いますが、金属を溶かすほどの暑さを表す言葉です。
その暑さを強調するために「雨聲微」として「雨が少ない」ことを入れたのでしょうが、「雨聲」ですと実際に雨の音を聞いていることになります。
つまり、「雨が降っているけれど小降りだ」という意味になります。
そうなると、転句の「涼意」も「打水」が要らなくなりますので、ここは「雨」は要らないです。
その「流金鑠石」は通常は昼の暑さを想定しますが、承句で「早朝」とあると、時間的に齟齬を感じますね。
「早朝」をせめて「朝來」、時間をぼかして「夏天」とするのも良いでしょう。
転句は急に涼意を出すよりも、「打水戸庭涼意立」と語順を変えた方が、前半の暑さからの展開が分かりやすくなります。
by 桐山人
作品番号 2022-210
祇園御靈會
山鉾緩緩古都中 山鉾 緩緩 古都の中
町衆遊人思念同 町衆 遊人 思念同じ
除疫茅巻佳習慣 疫を除く茅巻 佳き慣習
祇園~事長刀童 祇園の神事 長刀の童
<解説>
京は華やかな祭の宝庫ですが、元々は神事から起こったもの、平和な日常を祈る人々の願いの表れと思います。
<感想>
全体に流れも良く、特に承句は祭の賑わいも感じられます。
転句の下三字、「佳習慣」は「佳」という感情が邪魔ですので、「古來習」と淡淡と述べた方が良いと思います。
結句の「長」は普通に「ながい」の意味ですので、その場合は平声になります。「佩刀童」としましょう。
by 桐山人