作品番号 2017-91
迎春
陽生大地立春邀
消雪東皐發草苗
梅綻前庭香氣動
月斜後院吉祥饒
韶光九十年中最
異客三更夜半蕭
布コ東君山野潤
南村花信遠人招
作品番号 2017-92
迎春
コ禽膊膊唱元朝,
天下迎春瑞旭燒.
臘破ク儺誇伎樂,
雪乾山野發芽嬌.
飮冰孤士尚欽孔,
逐鹿羣雄願倣堯.
舊計功遷新計竝,
童心皺貌醉紅潮.
作品番号 2017-93
迎春
東風一起自霄
陽氣温和寒暖調
屋外梅英紅萬朶
川邊柳眼告迸
知時歌燕歌情樂
感物詩人詩興饒
花草發花香發散
家家開戸遇花朝
作品番号 2017-94
迎春
新年試筆靜心調 新年の試筆に 静心調ひ
字勢C奇詩味饒 字勢は清奇にして 詩味饒(おお)し
妙墨磨來初日上 妙墨磨り来れば 初日上り
鳴禽哈哈一天遙 鳴禽哈々として 一天遥かなり
1月29日、北陸には珍しい好天の日に、石川漢字友の会で「書き初め大会」を催行した折の感懐です。
(註)
「試筆」: 書き初め
「妙墨磨來」: 墨を磨るは病夫の如くし、筆を把るは壮士の如くす(漢和辞典より引用)
作品番号 2017-95
迎新年
新春祥瑞度青霄 新春の祥瑞 青霄に度り
歳旦風光梅影搖 歳旦の風光に 梅影揺らぐ
天候温和初日出 天候は温和にして 初日の出
皇居參賀祝旗遙 皇居の参賀に 祝旗遥かなり
正月二日のテレビ放映は、先ず8時頃に富士山の山頂から上る初日の出を映し、次には皇居参賀の列が延々と続く平和な姿で、今年の新年は穏やかに明けた感懐です。
作品番号 2017-96
新年作
歳夕祠堂社鼓譁 歳夕の祠堂 社鼓譁し
神垣礼拝惜年華 神垣礼拝 年華を惜しむ
新禧婉孌春粧好 新禧 婉孌 春粧好し
晨賀飄颻雪絡紗 晨賀 飄颻として 雪紗を絡ふ
作品番号 2017-97
與昔友迎歳朝
喚春淑氣曉雲開 春を喚ぶ淑気 暁雲を開く
千里朋儔献壽來 千里の朋儔 寿を献じて来る
一朶瓶梅花漸發 一朶の瓶梅 花漸く発き
芳香美酒共傾杯 芳香の美酒 共に杯を傾く
作品番号 2017-98
新年作
早春風暖滿晴空 早春 風暖かにして 晴空に満つ
梅發南窗笑語中 梅発き 南窓 笑語の中
雀影啼聲傾柏葉 雀影 啼声 柏葉傾き
太平佳節思無窮 太平 佳節 思ひ窮まり無し
作品番号 2017-99
歳晩新年
郷邨盡歳野情饒 郷邨 尽歳 野情饒か
殷軫市場迎半宵 殷軫 市場 半宵を迎ふ
淑氣滿庭初日上 淑気庭に満ち 初日上す
和風穆穆曉雲遙 和風 穆穆 暁雲遥かなり
作品番号 2017-100
新年詩
普来瑞氣野人家 普く来たる瑞気 野人の家
春色東風樹樹花 春色 東風 樹樹の花
雞犬相聞身已老 鶏犬相聞こゆ 身已に老ゆ
歳朝安穩煮清茶 歳朝 安穏 清茶を煮る
作品番号 2017-101
丁酉新春所懷
鷄鳴一叫引初㬢 鷄鳴一叫 初㬢を引く
滿地新正物色宜 四面 和風 物色宜し
七十四齡存宿志 七十四齢 宿志存す
温柔敦厚更敲詩 温柔敦厚 更に詩を敲く
作品番号 2017-102
新年
首廻八十有餘歳 首を廻らせば八十有余歳
白髪軒昂意氣誇 白髪 軒昂 意気誇る
詩友草堂吟句宴 詩友 草堂に吟句の宴
窗前香發白梅花 窓前 香は発く 白梅の花
作品番号 2017-103
新年作
紅楓散盡發新芽 紅楓 散じ尽くして新芽を発く
初釜春装閑煮茶 初釜 春装 閑かに茶を煮る
只樂息災迎半壽 楽は只息災にして半寿を迎ふ
道遙加學惜年華 道遥かなれど学び加へ 年華を惜しまん
作品番号 2017-104
新年作
春陽賀客到田家 春陽 賀客 田家に到る
風暖庭前梅一花 風暖かにして 庭前 梅一花
美酒佳肴歡笑宴 美酒 佳肴 歓笑の宴
鶯聲依舊覺年華 鶯声 旧に依り 年華を覚ゆ
作品番号 2017-105
新年作
歳旦瑞光千里遐 歳旦の瑞光 千里遐(はる)かなり
早春微暖發梅花 早春の微暖 梅花発く
朋來懇話平和事 朋来たりて懇ろに話す 平和の事
萬戸笑聲郷國嘉 万戸 笑声 郷国嘉し
作品番号 2017-106
歳丁酉元旦
正拝初陽茅屋邊 正に拝せん 初陽 茅屋の辺
雛親啐啄頌聲傳 雛と親 啐と啄 頌声を伝ふ
詩文欲作新翰墨 詩文作さんと欲し 翰墨を新たにす
書畫怡情又一年 書画 怡情 又一年
作品番号 2017-107
新年作
寒雲歳晩渇呼茶 寒雲 歳晩 渇して茶を呼ぶ
慶賀盛花千兩加 慶賀 盛花 千両加ふ
初詣清清籤緊結 初詣で 清清 籤を緊く結び
猶思夢夢興何涯 猶ほ思ふ 夢夢 興何ぞ涯あらん
作品番号 2017-108
新年作
迎春佳氣野人家 春を迎ふ 佳気 野人の家
梅朶初陽自發花 梅朶 初陽に自ら花を発く
濁酒一樽元旦宴 濁酒一樽 元旦の宴
和風千里語榮華 和風千里 栄華を語らん
作品番号 2017-109
新年雜詩(賀次子結婚)
村鷄一叫報三朝 村鷄 一叫 三朝を報ず
麗日風和春色調 麗日 風は和らぎて 春色調ふ
故歳児郎結婚宴 故歳 児郎 結婚の宴
昇平彌願吉遙 昇平 彌よ願ふ 吉祥遥かなり
作品番号 2017-110
新年作
雲晴朝日四望華 雲晴れて朝日 四望華やぎ
小徑風和梅柳芽 小径 風は和らぎて 梅柳の芽
舊友訪來催雅宴 旧友 訪ね来て 雅宴を催す
新年美酒興無涯 新年 美酒 興涯無し
作品番号 2017-111
新年詩
電腦年年映像驕 電脳 年年 映像は驕る
小人盡玩徹晨宵 小人玩び尽くし 晨宵を徹(とお)す
文明利器有雙刄 文明の利器に 双刃有り
騒客推詩旭日邀 騒客詩を推し 旭日邀ふ
昨年はスマホでモンスター探しが流行し、小学生が車にはねられて死亡しました。
スマホは軽率に取り扱ってはなりません。
作品番号 2017-112
新年作
鶏聲告刻紫雲朝 鶏声 刻を告げ 紫雲の朝
萬物清清天地遙 万物洋洋として 天地遥かなり
賀客訪來晴暖日 賀客訪ね来たる 晴暖の日
新春雪解早梅條 新春雪解け 早梅の条
作品番号 2017-113
迎春(一)
陽光千里慶元朝 陽光千里 元朝を慶す
正氣浩然天地暸 正気浩然 天地暸(あき)らか
行客往來交祝賀 行客の往來 祝賀を交はし
一旋白鷺碧空遙 一旋の白鷺 碧空遥かなり
作品番号 2017-114
正旦與孫散策
紫雲披地立春朝 紫雲 地に披く 立春の朝
天地澄明渡水橋 天地澄明 水橋を渡る
携手児孫影相戯 手を携へし児孫 影相戯る
紅顔晴目正夭夭 紅顔 晴目 正に夭夭
孫と散歩がてら初日の出を、近所の高台に見に行きました。
作品番号 2017-115
立春
風雪縦横人影消 風雪縦横 人影消ゆ
野原滿目氣蕭寥 野原満目 気は蕭寥
尚尋古徑枯苔路 尚尋ぬ 古径枯苔の路
纔得幽林梅蕾條 纔かに得たり 幽林 梅蕾の条(えだ)
作品番号 2017-116
野翁吟興
木落曳船気勢揚 木落とし 曳き船 気勢を揚げる
神林映水浴春光 神林の映水は春光を浴ぶ
盛開共賞旗亭晩 盛を開きて共に賞(たた)ふ 旗亭の晩
佳句野翁吟興長 野翁の佳句 吟興長し
「木落・曳船」: 御柱祭の重要な行事
<解説>
七年に一度(寅・申歳)長野諏訪大社の御柱祭を見学したときの一こまを漢詩にしてみました。
木落し・木を曳く壮観な姿と、旗亭で高らかに詠う野翁の木遣歌が印象的でした。
<感想>
蒼岑さんからお久しぶりの投稿ですね。
まず、題名ですが、いただいた原稿では「吟(ぎん)に興(きょう)ずる野(の)翁(おう)」と書かれていましたが、二点おかしいところがあります。
「野翁」に対しての修飾語を置く場合は、日本語と同じように「修飾語+名詞」の語順になりますから、「興吟野翁」となってないといけません。
お書きになった「野翁吟興」ならばそのまま音読するのが良いでしょう。
また、「野翁」を「のおう」と読んでいますが、「野」は音読みで「や」、訓読みで「の」、つまり「の」と読むのは日本語読みになります。
「野の翁」と読むなら「ののおきな」で良いですが、「翁」を「おう」と音読みするなら「やおう」と読まなくてはいけませんね。
場面がよく分かる詩句が選ばれて、情景をうまくまとめていると思いますので、小さなミスを無くしたいところです。
平仄の件では、起句が「四字目の孤平」になっていますので、「気勢」は例えば「豪気」のような言葉に換えると良いですね。
結句は「野翁の佳(か)句」の読みは無理で、「佳句 野翁」の順で読みます。そうなると、「佳句」が浮いてきますので、他の言葉が欲しいところ。
また、「野翁」はへりくだって自分を呼ぶことが多く、他人を呼ぶ時は「田舎者で粗野」というニュアンスになります。
蒼岑さんのお気持ちは「地元の老人」くらいの感じでしょうが、「舊(旧)老」「父老」と敬意を含ませ、「高吟聲調長」と続けてはどうでしょう。
2017. 2.22 by 桐山人
作品番号 2017-117
雲集伝習息女
十里桑原甘楽泉 十里の桑原 甘楽の泉
絹糸繊手一燈前 絹糸の繊手 一燈の前
及門息女青雲志 及門の息女 青雲の志
衣錦還郷技巧傳 衣錦還郷 技巧を伝ふ
「雲集」: 多くの者が一箇所に集まる。
「甘楽」: この地域の地名。
<解説>
世界遺産に登録された群馬県の富岡製糸場を見学しました。
小生五度目の見学です。一度目は約五十年前学生の頃でした。
技術伝習工女として士族の娘を中心に募集して技術を習得した工女は、地域に帰ってその技術を伝習しました。
『女工哀史』や『あゝ野麦峠』に見られるような過酷な労働条件でなく、1日8時間・週休制など勤務体系は現代的でした。
<感想>
こちらの詩も、題名を「伝習に息女雲集す」とされていましたが、「伝習に雲集する息女」となります。
平仄は問題ありませんし、句の流れも無理が無いですね。
富岡市はかつては「甘楽(かんら)郡」に属していたそうですが、この地名自体は古い歴史があるようですね。奈良時代に渡来人が多く住んでいたために「から」と呼ばれ、それが「かんら」になったという説明もありました。
漢字で「甘」「楽」と並ぶと、快適な土地という印象で、蒼岑さんもそのあたりを意識されたのでしょう。
「富岡」も良い名前ですよね。
まさに青雲の時代の象徴としてとらえたもので、詩全体の調子や主題と良く合っていると思いました。
結句の「衣錦」は「錦衣」ともしますが、秦末の項羽が語った「富貴にして郷に帰らざるは、錦衣して夜行くが如し」の言葉が知られています。
日本では「故郷に錦を飾る」とされますね。
2017. 2.23 by 桐山人
作品番号 2017-118
賽四国靈場雲邊寺
讃州札所在阿波 讃州の札所 在は阿波
靈域高山雨雪多 霊域 高山 雨雪 多し
羅漢温顔淳合掌 羅漢の温顔 淳に合掌
雲邊寺院道心磋 雲辺寺院 道心 磋(みが)く
「道心」: 道理・道徳に基づいた意識、良心
<解説>
四国霊場八十八カ所六十五番札所 雲辺寺
香川最初の札所 とは言え住所は徳島県。
本堂までの幽径は五百羅漢のお出迎え。
邪念払拭。下山するまでの間だけ。まだまだです。
<感想>
香川の札所が徳島に在るということが起句の内容ですね。
承句の「高山」は地理的な説明だけですので、「深山」あたりが良いかと思います。
転句は「淳合掌」が間延びしていて、特に「淳」が結句の「道心磋」の印象を薄くしています。
叙景にして「五百温顔羅漢像」ではどうでしょう。
2017. 2.23 by 桐山人
作品番号 2017-119
長子滿十歳之日書懷
一自爲親閲十星 一たび親と為ってより十星を閲し
少憂多樂好家庭 憂ひ少なく楽しみ多き好家庭
兒乎須記吾心願 児や須く記すべし我が心願を
必伴曾孫祝百齡 必ず曾孫を伴って百齢を祝さん
<解説>
先日、長男が十歳の誕生日を迎えました。
妻曰く「私たちが親になって10年の記念日だから、おめでとう、って言ってもらう側なのよ」。
そんなわけで、長男には悪いですが、「おめでとう」と言うのではなく、どちらかと言うと「お祝いよろしくね」的な気分の詩です。
気が早いかもしれませんが、百歳はともかく、曾孫の顔はぜひ見たいです。
曾孫が生まれるということは、孫も一人前になったと考えて良いでしょうし、孫が一人前ということは、我が息子も子育てを成し遂げたと言って差し支えないでしょう。
で、息子が立派に子育てを成し遂げたといことであれば、私自身も、自分の子育ての結果に満足できると思うのです(もちろん、今の子どもたちの成長ぶりに不満がいっぱい――というわけではありませんが)。
我々親となってから もう十年が過ぎました
心配事は少しだけ 楽しみ多い良き家庭
わが子よ覚えておいてくれ わたしが願っていることは
曾孫と一緒に必ずや 百歳祝うことだから
<感想>
奥様の言葉に、成る程と納得しました。
確かに初めの子にとっての誕生日は「親になって」の記念日でもありますね。
百歳の願いは現代の高齢者事情から行けば、観水さん個人の努力で可能なことでしょうね。
曾孫を望むのは息子さん次第のことですが、その息子さんの成長は観水さん(親)の関わる部分、お祝いと共に決意の詩でもあるのでしょうね。
私も孫と一緒に遊んでいますが、この子の将来を妻と話し合うのが楽しい時間です。
2017. 2.23 by 桐山人
作品番号 2017-120
探梅
買醉歸途試勝遊 酔を買ひて帰途 勝遊を試む
疎枝料峭野橋頭 疎枝 料峭 野橋の頭
徘徊踏影寒威減 徘徊 影を踏めば寒威減ず
十里晶晶月一鉤 十里 晶晶 月一鉤
<感想>
三斗さんには調布漢詩を楽しむ会で先日初めてお目にかかりました。
まだお若い方が漢詩の仲間に加わってくれたことを深渓さん始め皆さん喜んでおられましたが、もちろん、私も嬉しい限りです。
調布までは年に二回くらいしか伺えませんので、なかなかお会いできません。意欲が盛んな三斗さんに、創作したら是非サイトへ投稿を、とお願いして別れました。
さっそく拝受しましたので、感想を書かせていただきます。
まずは題名が「探梅」ですが、梅に関わる語を探せば「疎枝」があるくらい、これでは題と内容が不一致で、別の題を付けた方が良いくらいです。
梅を探しに行ったけれどまだ早かったという事情かもしれませんし、敢えて梅を直接出さないという手法も無いわけではありませんが、それでも梅を心の中では中心に置くべきで、この場合には「早春宵月」という感じで主題がもう外れていると言えます。
類義語や場面の矛盾もチェックが必要です。
例えば、結句の「月一鉤」は釣り針のように細い月、新月を表しますので、「十里晶晶」は不自然です。
詩語を選ぶ際にも、具体的なイメージを作者自身が持たないと、場面として成り立たない句になってしまいます。
「十里郊村」のように場所を表すか「長水星垂」(特定の川の名が入るともっと良いでしょう)と一旦視線を大きく広げると良くなりますね。
起句の「試勝遊」は酔った勢いでふらっと歩いたというところで一応理解はできるのですが、重なり感がある転句の「徘徊踏影」から「寒威減」はどうつながるのでしょうか。
「料峭」から受けるなら「寒威更」と逆のように思います。
2017. 2.26 by 桐山人