作品番号 2005-46
歳暮雪
歳将尽日雪堆堆 歳将に尽きんとする日 雪堆堆たり
衢巷晩稀人往来 衢巷(くこう)晩れて 人の往来稀なり
独暫低頭祈里社 独り暫く頭を低れて 里社に祈る
六花当是吉年魁 六花(りっか)当に是れ 吉年の魁なるべしと
<解説>
「六花」は「雪」のこと。六角形の結晶を六弁花に見立て、六出花(六花)といわれるらしい。
埼玉の生家に帰っていた昨年大晦日、午後から降り始めた雪が夕刻4時頃には20センチ(雪国の人から見ればこの程度の積雪は「堆堆」の語に値しないかも知れないが)も積もった。
近所の八幡神社に古いお札を納め、心中に祈った。この雪が吉年の魁であって欲しいと。
<感想>
この詩では、不要と思われる語がいくつか見られます。
起句の「日」、転句の「独」はわざわざ言う必要の無い言葉ですね。
また、承句の「晩」は、「人の往来が稀」である理由として、雪だけでなく日が暮れたことも加えてしまいますので、効果としては雪にとってはマイナスでしょう。
同じく、転句の「低頭」も、次の「祈」で十分伝わること、その前の「独暫」の冗長な言葉と重なっていることから考えても、無意味な言葉でしょう。
結句の「当」は、「当然〜だろう」という意味が強い言葉です。「祈」と対応できるかどうか、検討が必要でしょう。
今回の詩は、こうした点が気になりました。必要な言葉を絞り込んでいくと、逆に表現できることが増えてくるはずですから、内容的にも深まる表現ができると思いますよ。
2005. 4. 6 by 桐山人
作品番号 2005-47
白鳥飛来下総本埜村 白鳥下総本埜村に飛来す
涸田貯水作池庸 涸田に水を貯め 池と作(な)して庸(もち)う
千鵠飛来越毎冬 千鵠飛来して 毎冬を越す
聞道鳥増村購餌 聞くならく 鳥増えれば村は餌を購うと
勿令珍客競神農 珍客をして神農と競(あらそ)わしむる勿かれ
<解説>
「鵠」は「白鳥」、「神農」は「土地の神」のこと。
千葉県の本埜村に、数年前から白鳥が飛来して越冬すると聞いて見に行った。昨年は千羽を超え、今年も八百羽近く飛来しているという。
昼間は近くの田や印旛沼に遊びに行っている由で、目にできたのは百五十羽程だった。
鳥数が増えて来たため、村費で餌を買っていると聞いた。
<感想>
この詩では、結句の意味が不明確ですね。白鳥が何故土地の神様と競うことになるのか。
「珍」は漢文では「めったにない(すばらしい)」ということですが、村の人がそのありがたいお客にお金を使いすぎて神様に不義理をするということを作者は心配しているのでしょうか?
村の人の白鳥への愛情を描くことで一首を締めくくった方がまとまりは良いでしょうね。
2005. 4. 6 by 桐山人
謝斧です。これは私の漢詩に対しての持論です。少し頑なだと、眉を顰める方が大方だとおもいますがご容赦願います。
桐山人さんは、「村の人の白鳥への愛情を描くことで一首を締めくくった方がまとまりは良いでしょうね」と書かれていますが、私はそうではなく「白鳥への愛情を描くこと」が大切だと思います。
本来、漢詩というものは、温柔敦厚でなければなりません。このへんが他の詩とは、根本的な違いであると考えています。
いくら面白いからとか、社会を風諭したものでも、揶揄して卑しめたり、機知に富んだ内容であっても、詩意に温柔敦厚に背いた内容であれば、嫌味な感じが残り、俗にすぎるのではないでしょうか。
2005. 5. 4 by 謝斧
作品番号 2005-
同窓会
如矢光陰五十年 矢の如し 光陰 五十年
同窓朋友此開筵 同窓の朋友 此に 筵を開く
余生幾許無人識 余生 幾許ぞ 人の識るなし
再会何時万感牽 再会 何れの時ぞ 万感を牽く
<解説>
小学校卒業して五十年、当時は村だったが、今は市となっている。学校の場所は昔と同じ所にあって、参加者一同その校庭に佇み、しばし、感無量といったところ。
お互いに昔の呼び名で呼び合い、あっという間に別れの時、再会を誓うものの叶うかどうか?
余韻を残して故郷を後にしました。
<感想>
私も最近は、小学校や中学、高校の同窓会がしきりに行われる年齢になってきましたので、菊太郎さんのお気持ちはよく分かります。
何十年の歳月を一気に飛び越えて、当時の気持ちにそのまま戻ることができる、不思議な思いです。
起句は転句結句の感情を集約してしまった感があり、この句だけで一首が終わっているように思います。残りの三句はその補足のようになります。それは、「如矢光陰」に、単に時間が過ぎることの速さを比喩しただけではなく、作者のある種痛切な思いも感じてしまうからでしょう。
常套句的な使い方であるのも気になりますが、何よりも比喩表現は作者の気持ちを間接的に表現してしまう点を考慮しなくてはいけません。
承句の「此」は不要な字です。強調では変ですし、「この(懐かしい小学校の)場所」というのでしたら、その場所の説明が必要でしょう。
起句で同窓会の場所の情景をまず描いて、その上で「此」とすれば、流れは自然になり、後半の心情も生きてくるでしょうね。
2005. 4. 6 by 桐山人
作品番号 2005-49
自米州孫來 米州より孫來る
遙遙超萬里 遙遙 萬里を超えて、
歳暮至孫児 歳暮 孫児至る。
二六一男子 二六の一男子、
縦横年少時 縦横 年少の時。
<解説>
米国在住小六の末孫が、単身で年末に爺婆を訪ねて来ました。
<感想>
遠くにいらっしゃるお孫さんがはるばると訪ねてきたのは、とてもうれしかったことしょうね。
その喜びを前面には出さずに、わずか十二才の子供が世界を「縦横」に飛び回ることに感慨を持っていったのは、詩としての理知的な処理が出来ていると思います。
そう思ってみると、最初に読んだ時には、起句の「超」が「越」でない点での違和感も解消されるでしょうね。
転句の「二六」は数を表す常套手段、「十二」を意味していますね。
「三五夜中新月色」(白居易『八月十五夜禁中独直、対月憶元九』)は「十五夜」ですし、陶潜の『責子』でも「阿舒已二八 懶惰故無匹」(阿舒はすでに十六歳にもなるのに、比べようもない怠け者だ)と長男を描写し、印象深いものでしたね。
転句結句の平仄は偏りがある(「●●●○● ○○○●○)のですが、二つの句でバランスを取っているというお積りでしょうね。
ただ、結句は「年少時」が転句の「二六」と意味の上で重複していますから、この三文字を工夫されると面白いでしょう。
2005. 4.15 by 桐山人
作品番号 2005-50
磐城専称寺梅 いわき専称寺の梅
残雪未融斜径堆 残雪 未だ融けず 斜径にうずたかし、
遅遅待暖裏庭隈 遅々として 暖を待つ 裏庭の隈。
白梅咲始専称寺 白梅 咲き始む 専称寺、
境内漂香春色開 境内に 香を漂わせ 春色開く。
<解説>
いわき市の専称寺は梅の名所、今年は雪が多く、まだ道路にも家の庭にも残雪がある。
そんなとき、ここ専称寺は梅が咲き始め、境内には香を漂わせ、春が来たんだなあ。
<感想>
初めまして。よろしくお願いします。
春を待つ季節を、「残雪」「白梅」などで十分に表していると思います。そういうことから見れば、承句の「遅遅待暖」はややくどいかもしれません。
用語としては、承句の「裏庭」は「後庭」の方が良いでしょう。
転句の「咲」は「口に出して笑う」意味です。「花がサク」の意味で使うのは日本語用法ですので、ここはので、「漸発」(次第に開く)に直すと良いでしょう。
同じく、結句の「境内」も、「お寺の庭(ケイダイ)」という意味では日本語の用法ですので、気をつけましょう。漢文では「仕切られた内側、国内」という意味になります。また、ここでは承句に既に「庭」が提示されていますから、改めて「境内」という必要はないでしょう。
2005. 4.15 by 桐山人
作品番号 2005-51
偶感
劫中劫後滅風雅 劫中 劫後 風雅を滅し、
取次昨今吟興加 取次 昨今 吟興加ふ。
才拙迷津依古典 才拙 津に迷ひ 古典に依り、
偏思心事擬陶家 偏に心事に思ふは 陶家に擬さん。
<解説>
戦後の風習で洋ものの流行で、古くさい漢詩などと埋没していたが
最近また見直されて来たように感じられる。
才拙にして幾たびか戸惑いながら古典に従い
ひたすら賢人を真似ようとしている。
[語釈]
「劫中劫後」 | :戦中戦後。 |
「風雅」 | :詩文のこと。 |
「吟興加」 | :詩がだんだん面白くなる、盛んになる。 |
「迷津」 | :この場合は、詩の学問で悩むこと。 |
「心事」 | :心に思う事柄。 |
「陶家」 | :陶淵明、陶潜。 |
<感想>
承句の「取次」は、どういう意味で使われているのでしょうか。私の理解では、「自由気ままに、次々に」という意味かと思うのですが、ここでは前後のつながりとしてしっくり来ないのですが。
展開としては、前半で「漢詩も最近はブームになってきたような気がする」としたことと、転句からの自分のことを述べた内容への移行が、少し説明不足でしょうね。最後の「陶家」も唐突な印象が残りました。
2005. 4.15 by 桐山人
偏思心事擬陶家 偏に心事に思ふは 陶家に擬さん。 桐山人さんの感想「最後の『陶家』も唐突な印象が残りました。」とありました。
前三句を工夫しなければ唐突さを解消できませんが、とりあえずは「心事」を「心遠」にすれば読者も納得するものとおもいます。
偏思心遠擬陶家 偏に思ふは心遠くして 陶家に擬さん。
ではどうでしょうか、
もう少し説明を加えますと、
「心遠」とくれば「地自偏」と合言葉のように思い浮かんできます。
有名な陶淵明の「飲酒」の詩です。読者には「心遠」とくれば陶淵明の「飲酒」の詩を連想します。
「人里に住んでいても、心を名利から遠く離れては、住んでいる所も人里から離れているのと同じだ」と、前句を受けて、「偏に名利にも頓着しない陶淵明のような余生を願っています」と理解できるでしょう。
2005. 5. 5 by 謝斧
作品番号 2005-52
寒夜
乾坤四海暮寒宏 乾坤四海 暮寒宏く、
碧落凊 雲月鋭蟷 碧落 凊 雲 月 蟷より鋭し。
布机温温之懶出 布机 温温たり 之(これ) 出づるに懶し、
誰云囁囁槖駝行 誰か云ひ 囁囁たる槖駝行く。
<解説>
天地や海の果てまで暮れの寒さ広く、
空には冷たい雲、月は鎌より鋭い。
コタツは温かく出るのが嫌になってしまう。
誰かに何かいわれ、ぶつぶつ言うラクダ[自分]が出て行く。
<感想>
後半の内容と前半とのアンバランスが大きいように思います。
作者が今、どこに居るのか、を考えてみると、前半はやはり周りが広々と見渡せる場所が想像されます。ところが、転句に来ると、何と作者は部屋の中、コタツにぬくぬくと入っているのだとなると、読者は拍子抜け、がっかりとしてしまいます。
もちろん、詩には誇張表現もあるし、作者の現実を超えたイメージの描写もありますから、現実だけを表現しなくてはならないものでは決してありません。逆に、実際に見ている以上のものを描くことにこそ詩の本質があるとも言えます。
王之渙の「登鸛鵲楼」の詩を見ましょう。
白日依山盡
黄河入海流
欲窮千里目
更上一層楼
承句の「黄河入海流」の句がよく話題になります。
この句は「黄河が海に流れ込んでいる」という意味ですが、詩が書かれた「鸛鵲楼」の場所から黄河が海に流れ込む所(河口)ははるかに遠く、見えるはずもないのです。だから訳す時にはわざわざ「黄河が海に向かって流れていく」としている本もあります。
しかし、実際には見えていないとしても、作者には黄河が海に流れ込んでいる様が目に見えていたのではないでしょうか。西の空の果てに沈む太陽と、東の地の果てで海と交わる黄河の河口、空間を超越したイメージの雄大さが感じられるからこそ、この詩は永遠の名句とされていると私は思います。
「鸛鵲楼」は河口から数百キロ、まさに千里離れた地に存在したという説明は、リアリズムや考証だけのことではなく、読者に位置を示すことで作者の想像の広がりを感じ取って欲しいという気持ちからだと思います。
さて、一人土也さんの詩に戻りましょう。前半の描写が鮮明で、読者が十分に冬の寒気を感じ取るのですが、その分、後半の狭小さにギャップが大きく感じられます。内容的にもあまりに日常的で、お母さんに叱られて「ぶつぶつ」言いながら動き出す、というのは、うーん、新鮮さはないですし、つまり作者は何が言いたいのかも分からないですね。
前半も後半もと頑張りすぎたのでしょうかね。句がお互いにそっぽを向き合っているような印象です。
2005. 4.30 by 桐山人
作品番号 2005-53
正月過古寺 正月古寺に過ぎる
万里晴空一片雲 万里晴空 一片の雲
堂前風起揺長裙 堂前に風起こり長裙を揺らす
敲鐘祈念無災害 鐘を敲き無災害を祈念す
余韻高低響古墳 余韻は高く低く古墳に響く
<解説>
正月の間、山之辺道を天理(石上神宮)から桜井(大神神社)まで散策しました。途中古刹(長岳寺)に立ち寄り、鐘をついて無災害を祈念したしだいです。この寺は鐘をつくことが許されています。そして、古墳
群のあるところでもあります。
今年は災害の少ない年であってほしいものです。
<感想>
承句の「揺」は「下平声二蕭」ですので、このままでは「下三平」になっています。これは禁忌ですので、調整が必要でしょうね。
結句の「余」は、漢詩ではできるだけ「餘」を用いるようにした方がいいですね。「余」ですと、「自分・我」という意味で用います。現代の私たちはほとんど「余」を用いていますが、誤解を避けるようにしたいところです。
同じ様な字に、「芸」(園芸で用い、くさぎる意味。ウンと発音)と「藝」(芸術方面)などもそうです。旧字を使わなくてはいけない、とは思いませんが、意味が異なるような場合には使い分けたいところですね。
句の展開などはバランスの取れたもので、転句から人事へ移るのも理解しやすいでしょう。
2005. 5. 2 by 桐山人
作品番号 2005-54
歳暮雪晨
花開枯木歩公園 枯木に花開く 公園を歩む
尚有霜楓六葉翻 尚ほ霜楓有りて 六葉翻る
四顧皚皚銀世界 四顧 皚皚として 銀世界
雪埋岐路寂無喧 雪は岐路を埋め 寂として喧無し
<解説>
[語意]
花開枯木=落葉樹に雪が降り積もって花が咲いたような。
公園=神代植物公園。
霜楓=霜で紅葉して散り残った木の葉。
六葉=雪の異名。
四顧=四方を振り返って見る。
皚皚=雪の白いさま。
岐路=分かれ道。
東京は暮れの迫った二十九日と大晦日に大雪(7〜8センチ)でした。暖冬で散り残った色あせた楓に雪が被った景色もまた一興。
<感想>
起句の「花開枯木」は、「枯れ枝に(雪が積もって)花が開いたようだ」という比喩でしょうか。その比喩の説明として、承句に「六葉」を持ってきたのだと思いますが、雪の描写がその後も、転句で「銀世界」、結句で「雪埋」と続きますので、四句全体に変化が乏しくなっているでしょう。
本来ならば年末で人のざわめきが絶えない時期だということを前半で示しておくと、後半の一面の銀世界という驚きが生きるでしょうし、結句の「寂無喧」がより鮮明になると思いますが、どうでしょうか。
2005. 5. 2 by 桐山人
作品番号 2005-55
立春偶占
老身田里似誰家 身は田里に老いるも 誰が家に似ん
晏起東軒坐喫茶 晏起して東軒 坐して茶を喫せん
暦入立春寒未減 暦は立春に入るも 寒未だ減ぜず
人追愛日懶逾加 人は愛日を追って 懶逾々加へん
仰頭側耳渋鴬舌 頭を仰ぎ耳を側てては 鴬舌渋り
遊目怡顔萠草芽 目を遊ばせて顔を怡ばせしは 草芽萠る
茅屋三弓唯四壁 茅屋三弓にして 唯四壁なるも
隣籬梅蕾一枝斜 隣籬の梅蕾 一枝斜なり
<解説>
この詩は二月の菅廟吟社宿題です。自由韻です。
健康のため、人に分からないように、歌を口ずさみながら武庫川を歩き詩作しています。
この時期は、多くは慌て床屋や早春賦です。この詩は早春賦が下地にあります。
「春は名のみの風の寒さや。谷の鶯 歌は思えど 時にあらずと 声も立てず」
私はこの歌には、深い隠喩メタフォがあるようにおもえてなりません。
田舎暮らしをしているのは彼の陶潜に習って隠逸の為ではありません。
なんの役にも立たない私は、朝も遅く起きて、唯だ、お茶を飲むのが日課です。
世の中は漸く、冬の寒さのような、悪い景気を脱したようですが、私の身はまだまだです。
私等はぬるま湯に浸かって、懶惰にまかせ、今の状態に甘んじています。
しかし、世の中をみれば、景気も回復しっつあるようで、何のとりえも無い私でも少しうれしくなります。
私の住んでいる家は狭くてなにもありません。
隣のじいさんのところには、梅が正に開かんとしています。あの梅を見ながら酒でも飲めば大変楽しいことなのでしょうか、羨ましいかぎりです。
<感想>
「早春賦」は私の好きな歌ですが、最近は若い方でこの曲を知っていらっしゃる方が少なくなったとか聞きます。
この歌に籠められた隠喩はどんなものなのか、改めて謝斧さんのお考えをお聞きしたいものですね。
ただ、確かに、早春の歌としてはあまりに切なげな曲であり、詞であることは間違いないですね。
謝斧さんの今回の詩も、直接的には作者の心情を描いているわけではなく、事実を丁寧に描かれたように感じますが、それでも「春まだき」の気持ちはよく伝わります。
それにしても、「春愁」の言葉があるように、春が来ても愁いは深いし、当然春を送る時にも悲しみ、そして、春が来る前も憂うるのだとしたら、人と春の関わりはなかなか悲しいものですね。
以前のお手紙では、第八句は「羨魚情」の気持ちだとありましたね。孟浩然の「洞庭に臨みて張丞相に
2005. 5. 3 by 桐山人
作品番号 2005-56
祝訪鈴木先生詩壇者至二十萬 鈴木先生の詩壇を訪う者二十万に至るを祝す
詩盟既數七星霜 詩盟 既に数ふ 七星霜
日日邀朋兪運昌 日日 朋を邀(むか)えて 兪(いよいよ) 運昌なり
天下東西南北客 天下 東西南北の客
何人不喜祝歌長 何人か 喜ばざらん 祝歌の長きを
<感想>
本当にありがとうございます。
観水さんからのこの詩をいただいてから、もう既に随分の日が過ぎてしまい、せっかくのお祝いの詩なのに申し訳なく思っています。三月に掲載をしばらく休ませていただいたために、投稿なさった皆さんにご心配をかけてしまいました。
投稿を遠慮なさっておられた方もいるのではないでしょうか。すみません。
本来なら、「二十万人突破! 大感謝祭」と行くはずだったのですが、とてもとてもということでした。
観水さんのこの詩は、投稿以来、ずっと感謝の気持ちで読ませていただき、励みにしていました。
ありがとうございました。
早く完全復帰をして、皆さんの投稿を全て掲載できるように、がんばりますので、これからもよろしくお願いします。
2005. 5. 3 by 桐山人
作品番号 2005-57
好日訪梅林園 好日梅林園を訪ぬ
軽暖梅信碧雲天 軽暖梅信 碧雲の天
小院孤亭鶯語伝 小院孤亭 鶯語伝ふ
曲径幽尋三四輩 曲径幽尋 三四の輩
花埋馥郁石橋辺 花は埋む馥郁 石橋の辺
<解説>
天気のよい日に 花便り
梅林園にうぐいす鳴いて
そぞろ歩きの 三・四人
橋の辺りに 梅咲き香る
<感想>
起句は、平仄が崩れていますね。どうされたのでしょうか、「暖」は仄声ですので、ここは平声にすべきです。「軽寒」でいいのでしょうが、ぽかぽかと暖かい春の日、というのを意識したところで、「暖」の字を入れたいと思われたのでしょうか。「暖風」としてもよいですね。
転句の「三四輩」は、作者自身も含んでの「そぞろ歩き」ということにしなくてはいけません。他人事のように書いてしまうと、この転句も含めて、全部の句が客観描写、叙景となり、変化が少なくなりますからね。
そういうことでは、「輩」をより明確に「友」や「侶」とした方がすっきりするかもしれません。
2005. 5.4 by 桐山人
作品番号 2005-58
觀梅絶句
早春一徑暖風輕 早春一徑 暖風輕し
乗興尋梅歩午晴 興に乗じ梅を尋ね 午晴に歩す
欹耳新鶯絶佳態 耳を欹つ 新鶯 絶佳の態
花魁恍惚促詩情 花は魁 恍惚 詩情を促す
<解説>
春浅き日に一筋の細道は風が軽やかに吹き
興味に引かれて梅を探しに昼下がりに散歩する
初鴬の声に耳を欹て優れた美しい姿
花が先駆けて現れた美しい姿にうっとりして詩作りの心をせきたてる
<感想>
登龍さんは勉強熱心な方で、読み下しなどの点でのご質問を沢山寄せて下さり、日本語の古典文法を私も改めて勉強し直したりしています。日頃、あまり意識しないで使っている用法などを再確認することができ、ありがたく思っています。
機会(時間)があれば、「登龍・質問コーナー」というのを作りたいくらいです。皆さんの勉強にもきっとなるでしょうから。
この詩は、よく整った詩だと思います。生硬さがなく、自然な展開で、作者の視線が感じられるようです。
難を言えば、結句の「促詩情」が決まりすぎで、言わずもがなの言葉のように感じます。梅の姿を描写した言葉にした方が、余韻も残るでしょうね。
2005. 5. 4 by 桐山人
此の詩は、起句で直樹して、弟二句以降で題目の意を言う勢で、詩の構成は理にあっていますが、そうであれば、転句はやや齟齬があるように感じます。
「欹耳」は「新鶯」までにかかり、その態は絶佳ということですが、新鶯の啼く声の叙述がないため、あれも言いこれも言い、結局は舌足らずになって、詩的表現に欠けるように感じました。ただ説明的な散文のようです。
「欹耳」は転句全てにかかるような手法のほうが良いように思います。
2005. 5.19 by 謝斧
作品番号 2005-59
与我女児 我が女児に与ふ
四季常忙没法休 四季 常に忙しく 休む法なし、
念書芭蕾又籃球 念書 芭蕾 また籃球。
我歓不為該成果 我が歓はこの成果の為ならず、
蛍雪君知有報酬 蛍雪 君は知る 報酬あることを。
<解説>
四季忙しく休むひまがなかった、
勉強、バレエ、またバスケットボールと。
私がうれしいのはその結果に対してでなく、
努力が報われるということを君が知ったこと。
娘が中学受験で、おかげさまで第2志望に合格しました。
塾にも行かず、親が勉強を教えて、バスケ、バレエと欲張り過ぎた感がなきにしもあらずでした。親としては達成感を感じてくれればよかったので、子供の笑顔を見てほっとしております。
第一志望に落ちたときも、そっと漢詩をつくりました。
考試女児十二春
無名榜上苦心身
世間挫折請甘受
抗冷花開為動人
<感想>
おめでとうございます。父親としての喜びが溢れている詩ですね。とりわけ、結句に示された愛情は、今後のお嬢さんの励みにつながると思います。
努力がいつも酬われるとは限らないのも世の常ですが、だからこそ、酬われる体験ができたことは、お嬢さんにとって貴重なことだったと思います。
転句にやや弱さを感じますが、でも気持ちがよく表れているから、いいですよね。
「そっと作った」という詩も、私は良い作だと思いました。
2005. 5.10 by 桐山人
作品番号 2005-60
遊下呂温泉
朋友春中白鷺湯 朋友 春中 白鷺の湯
花亭酒熟笑満堂 花亭 酒熟し 笑い堂に満つ
婦人華麗貴妃似 婦人は華麗 貴妃に似たり
是旅風情臥酔郷 是ぞ旅の風情 酔郷に臥す
<解説>
親友6人家族で毎月会食し、年一回親睦旅行をしています。今年は下呂の温泉で寛ぎました。
この情景を作詞しました。
<感想>
私も年に一度は大学時代の友人と一泊の旅行に出かけます。子供が小さかった頃は家族でも出かけましたが、いつの間にか、男だけで集まるようになってしまいましたね。
楽しい雰囲気が漂う詩ですから、転句の「貴妃似」の大胆な比喩も許容されるでしょう。ただ、語順としては「似貴妃」とすべきでしょうね。
その他のところとしては、起句の「白鷺湯」は固有名詞でしょうが、これは題にいれた方が良いですね。読者からは、何を言っているのかわからないし、内容としてもここで「白鷺」が出てくる必要はないですよね。
結句も、上四字と下三字が隔絶しているような印象ですので、上四字に男性陣の姿を描くなどの方向で改めると良いでしょうね。
2005. 5.10 by 桐山人
結句「是旅風情臥酔郷」
文脈から「風情(ふうじょう)」の措辞は和習のように感じますが・・・・
2005. 5.12 by 謝斧