平仄は本当に必要?
私の意見 大特集 3ページ






2001.6.2

私の意見30[兵庫県・謝斧さん(50代・男性)]

 今回は平仄とは関係ないのですが、少し気になることがあるので、投稿させていただきます。
 私の場合多くは古人の詩話からの引用で受け入りです。あつかましく、さも、私の思いついたような言い方していますが、笑はないでください。自分としては自分なりに咀嚼しているつもりです。

 詩を推敲する場合には、「句法」「錬字」「詩眼」を第一に考えます。
 今迄、私も請われるままに、批佞を加えてきましたが、詩の内容自体を変えるような、批佞を加えることはしていません。変えれば、相手の詩ではなくなるからです。措辞の変更はつまりは、錬字の推敲だけに他なりません。
 今、(このホームページに)掲載されている詩を読みますと、詩の内容はよいのですが、詩的表現に欠けるものや、措辞に稚拙なのが多く見受けられます。これは、和習や冒韻以前の問題です。推敲不足、概ね、作詩経験の不足からきているものとおもわれます。

 楊誠斎も『楊誠斎詩話』の中で、「詩は詞を尚ぶ。初めて詩を学ぶものは須らく古人の好語を学ぶべし、詩家常用で詩句をなせば生硬に至らず(固陋にして人の情に通ぜず 詩文の文字に鍛練を欠く)」と云っております。『夜航余話』では、「詩は韻響を尚ぶ物なれば、文字の俗なるは入れ難し」とも云っております。
 勝手に詩句を作った場合、多くは生硬な句になります。折角の佳詩も、稚拙な1字のために台なしになる場合が殆どです、たとえば、頑強な体も、一度歯痛にあえば、一日中憂鬱になります。詩も同じで、この所ばかりが気になります。
 私の経験では、作詩歴が丁度10年を越えると、齟齬のきたさない詩が作れるみたいです。自分で詩句を作る場合には、必ずこういった人に批正を承けるか、感想を聞くべきです。独善な詩句で詩を作ると、自分では好いと思っても大概は読むに耐えない詩になっています。
 自分では好ましいとおもう詩句を並べるのだから、習作時期の人は殆ど、自分の詩は誰よりも上手いと錯覚におちいります。これが上達の妨げになります。作詩を重ねてゆき、自分の詩を客観することが出来れば、習作時期のひとつの関門は、すぎたとおもわれます。太刀掛呂山先生は此のところを重んじて、必要以上に辛辣な評を加えていたようです。

 詩句は、散文に向くものと、詩に向くものがあります。こういった句で作られると、詩的表現に欠けて、読者は、詩でなく、ただの文章を読んでいるのとかわりありません。だからなんの感興もおこりません。
 それ以外にも「欺く」という字は詩のばあいと散文の場合では意味が異なります。詩のばあいは“付け込む“とか”善いことにして”とかの意味になります。また「慚愧する」“ありがたいことです“となります。

 『夜航余話』に説明されているように、むさくるしい詩句と雅やかな詩句があります。
例えば、
 「瘢」はむさくるしく 「地平有時野焼瘢(塞上 譚用之 )」は「地平有時野焼痕」に改めよ といっています。(葛原詩話も同じ事を言っています)恐らくは、瘢は病からの連想かとおもいます。
 吟きょう(竹かむりのつえ)は雅なるも、吟杖はいやらしい(鞭を連想するからか?) とも言っています。杜甫の詩に杖を使った詩が沢山ありますが、なるべく避けた方がよいとおもいます。
 さらに、「暖風 暖烟もむさくるしい」と説明されています。私には理由がよく分かりませんが、発音の問題ではないことは理解できます。感覚的には「暖風」よりも「暄」を用います。さらに「風暄く」と表現し推敲をさらに重ねると、個人の好みかもしれませんが、「風軟」ということになります。

 私の師北村白節は接続詞はなるべく使わないようにしているとも言っていました。これもひとつの見識かとおもいます。

   西林石堡入雲端 亭樹含風夏尚寒
   西林石堡入雲端 亭樹含風夏亦寒

ではどうでしょうか。折角意表のでた「夏が寒い」「尚」では生かしきれないのではないでしょうか。
 詩眼は七字句では、五字目、五字句では三字目の動詞が多いと聞き及んでいますが、此の場合は六字めの虚詞副詞になります。(東人詩話)

 プロの将棋の棋士は常に最善手をもとめます。我々漢詩人は、よりよい完成度の高い詩を作るために推敲をかさねなければならないとおもいます。太刀掛呂山先生はつねに何千首よりも、力を込めた一首といわれていました。






















2001.6.10

私の意見31[東京都・鮟鱇さん(50代・男性)]

 漢詩を作り始めて4年と1か月、2年ほど前に目標とした作詩填詞3000首をクリアしました。
 2年前、鈴木先生が企画なさった「平仄討論会」、平仄を十分に自分のものとしていないのに論ばかり先行している自分自身にもどかしさを覚えながら、3000作ったらどの程度平仄から自由になるかと思いました。そこで、「平仄を覚えるために」詩を作ろうと思いました。詩ばかりでは飽きると思い、宋詞・元曲にも手を出しました。詞と曲は、まず平声から覚えることにし、100ほどの平韻の詞牌を詞韻第1部から14部までひととおり作りました。詞と曲は、詩よりも押韻個所が多いので、韻・平仄を覚えるのに向いています。そこで、詩よりも詞・曲を多く書きました。そうやってこの2年間でほぼ2000、通算3000を超えました。2000のうち、絶句・律詞は200ぐらい、残りは詞・曲です。
 こういう数ばかりの話、不快に思われる方が多いことは承知しています。しかし、詩詞は、作ってみなければわからないことがあります。とくに凡才は、作ってみなければわからない。この2年間で凡才の小生にわかったこと、紹介させていただきます。

1.3000程度の作詩では平仄を自由に使いこなすまでには至らない。(3000程度の作詩経験では詩語辞典,漢和辞典なしに詩を書くことはできない。)ただし、絶句1首に最初は2週間かかったものが、30分程度でできるようになる。

2.詩は志であるという。この観点から平仄は、自分が伝えたい思いの前に立ちふさがる壁に思えます。
 しかし、実際に書いてみると、平仄や押韻をしない漢語の句を作ることは、もっとむずかしい。凡才には溢れる叙情とか霊感とか、いわゆる詩情を、自分ひとりの力では生み出すことができないからです。しかし、平仄や韻の制約があれば、その範囲のなかで詩情をいだくことができる。
 自由に絵を描きなさいといわれる小学生は何を描いたらよいかわからないが、花を描きなさいといわれれば花を書くことができる。平仄と韻は、その「花」のようなものです。われわれ凡才が天才と対等に(また、われわれ外国人が中国人と対等に)詩詞を書けるのは韻・平仄のおかげである。
 凡才にとって詩は、ただ「志」を述べることではなく、韻と平仄が求めるものに耳を傾けるなかで、自分のささやかな感想を短文にまとめることに似ています。

3.よい詩を書こうと思うなら、詩は作り放しではなく、推敲をした方がよい。
 しかし、凡才は何をどう推敲したらよいかがわからない。そこで、無闇に見当違いの推敲をするということも起こる。自分の浅はかな考えという主観のなかで推敲するのではなく、平仄という客観的な制約のなかで言葉を吟味する方がよい。そういう推敲なら凡才にもできる。

4.絶句・律詩だけではよくわからないが、詞・曲を含めて中国古典詩を通覧すれば、韻よりも平仄にこそ中国古典詩の醍醐味があることがよくわかる。長短句を織りまぜながら一見自由詩のように見えもする詞・曲の数多くの詩形が、定型詩として定着するのは「平仄」があればこそのことです。
























2001.7.10

私の意見32[兵庫県・謝斧さん(50代・男性)]

[古詩の平仄について]

 古詩の平仄で、嘯嘯会で度々議論します。
 古詩は七律や五排等と違って、対句に苦しむ必要がありませんので、作りやすい詩形です。平仄もあまりやかましく云いませんので、古詩を作るようお勧めします。ただ長編を作るには根気がいります。
 七言古詩は複偶韻の逐解換韻格が正格です(複偶韻とは、起句を踏み落としをしないで、偶数句に押韻する押韻法です)
 律句(七言絶句とおなじような平仄)を続けた場合、流暢な句ばかりになり、長編に成ると、かえって単調となり、面白くありません。それを打ち破る為、対句等を用いて、措辞に工夫します。然し七言では、八句迄です。それ以上長くすれば、気力尽きて、体が散になると解説されています(七言律詩)それ以外には韻を換る方、平仄を工夫する方かです。

 七言古詩では四句一解 逐解換韻格が作詩例が多いようです。
@四句毎に韻を換えます。前韻が平韻であれば、仄韻を使います。換韻毎に複偶韻を行います。
 それ以外の工夫としては、
A韻を換るところは、感情や内容の明白な転換点にします。
 其のために、
B一解毎の粘綴を行いません。
C平仄は律句を用います。然し、元来古詩の換韻格は内容を優先する自由広汎な詩形であるので平仄は、あまりやかましくいわないと考えています。杜甫等は、あえて律句をさけて4仄3平(4字目を仄にして3平連にする)にしているようです。古詩の平仄自体が確立されていない時だからしかたないのですがD句数は自由ですが4の整数倍です。  私の七言の長編古詩は、殆ど此の詩形です。平仄も粘綴も気にせず作っています。一解の中では転句に当たるところは平仄をかえますが、同じ平仄にすることも儘あります。

 その他の七言古詩換韻格には、八句形式では四四格(上述と理屈では同じです)・四二二格・二二四格等があり、六句であれば起二句一転格(二四格)等があります。私は、作ったことのない詩形なので説明をはぶきます。

 次は七言古詩の一韻到底格ですが、此の詩形は変格です、押韻は複偶韻です。もし一韻到底格を作るのであれば五言で作るべきです。もし一韻到底格で作る場合は、前述の理由により、平仄に工夫が必要です。
 平韻の一韻到底格は、落句に平仄の制限があります。多くは平三連にします。
×××●○○◎(4仄3平) 1・2・3字目は平仄はやかましくいいませんが、平三連なので、なるべく仄韻の字をもってくるほうがよいみたいです。4字目を仄にして3平連にすることにより独特な調子にします。
 ただ呂山先生は、4仄5平を提唱されていました。
×××●○×◎  これなら、6字目は平仄どちらでもよいことになります。なるほど6字目が平であれば平三連、仄であれば4・6不同が破られ律句になる気遣いはありません。
 私は出来るだけ4仄3平で作る方が善いと思って居ます。高青邱の詩は殆ど4仄3平だったと記憶しています。

 江馬細香の父親の著である「古詩声譜」にある詩では
 出句は×××○●●●であり、落句は×××●○○◎がおおいようです。

 仄韻の一韻到底格は作ったことがありません。森槐南先生の古詩平仄論を受け要りすればこのようになります。
出句は×○×××※××であり落句は×●×××※×●。仄韻です。
 ※は関捩といい、もし出句で※を平を使えば
×○×××○××   出句
×●×××●×●仄韻 落句となります。

 ※を仄を使えば、
×○×××●×× ×●×××○×●仄韻 落句となります。

 以上が七言古詩の平仄です。
























2002.5.21

私の意見33[岐阜県・五流先生さん(50代・男性)]

[平仄の利点]

 五流先生です。この特集を楽しく読ませて戴きましたが、平仄支持派の方が圧倒的に少ないように思いました。
 私なりに平仄について思っている事を申し述べます。

 私は、そう遠くない定年後に、漢詩・漢文を思う存分楽しんでやろうと考えております。今は、その準備段階として、詩・文を広く深く読む事に全力を置いております。
 これまでの作詩の数は、わずか約20首程度しかありませんので、浅学の者の言葉としてではありますが、平仄についてのこれまでの経験を書きます。

 これまで先賢の詩を夢中で読んでいたとき、平仄を考えた事は一度もありません。
 平仄について考えるようになったのは、第1作目の作詩(未だ完成してませんが)を作ろうとしたときです。辞書だけでやりました。詩形をした四行の文章を作るのに、丸々一日を要してしまいました。こんな事では、とてもおぼつかないと思い、早速二冊の韻書を購入しました。
 2作目を作るに当たり、韻書の詩語を使用しようとしたのですが、使用したい熟語がない事が判りました。また韻書にこだわると、詩がギクシャクして、漢文として読めなくなりそうな気がしました。以後、一度も韻書を使用した事はありません。

 我々の世代、つまり戦中派、戦後派は、漢字を知りません。戦前の中学生の漢文の教科書を購入して読んだとき、痛切に感じました。
 それでとても困り、詩語は字引で探す事にして、とりあえず辞書の平声韻の親字、その意味、それと辞書のページ数をノートに取る事にしました。
 私は、毎早朝詩を読んでおりますが、誠に都合が良い事に、漢字を知らない。更に、頭が悪く、何回辞書を引いても一向に漢字を覚えられないので、一日に何回も何回も辞書を引くはめになっております。
 辞書を引いたとき、見開きの両ページの中にある平声韻を韻別にノートしました。約三〜四ヶ月やった頃から役に立ち始め、約九ヶ月を要して、ほぼ収録(自信はないが)しました。
 その後の作詩は、1〜2作目とうって変わり、まるで嘘のように楽になりました。今では、二〜三時間で七文字四行の漢文を、詩形に出来るようになりました。
 それに味をしめて、今は仄声韻に挑戦しております。

 私のやり方では、家の外で作詩する訳には行きませんが、それでも実に役にたっております。
 また、漢字そのものに対する興味も変わって来ました。
 例えば、先賢の詩人達はどのような漢字を使用しているかにも、気になるようになって来ました。その結果として、これまでどうせ覚えられないと諦めていた漢字が、真に少しずつではありますが、以前に比べれば覚えられるようになって来ました。

 私にとって、平仄は作詩への一つの壁ではなかったかな?と思っております。詩は本質的には平仄より内容であると思ってはおりますが、平仄のデメリットを強調する投稿が圧倒的であったように思いますので、それなりのメリットもあると申し上げて、筆を置きます。























2003.7.29

私の意見33[名古屋市・Y.Tさん(60代・男性)]

[平仄について再考しました]

 三年前、当サイト平仄討論会へT.Y名で投稿したY.Tです。
 投稿当時、私は漢詩を作った事が無く、全くの門外漢として、盲、蛇に怖じず、自分の勝手な思いを投稿しました。ここで再度、投稿させて頂くのは、実際に漢詩を書いてみて、自分の考えが変わったからです。

 あの当時、私は漢詩を芸術的な創作と考えていました。勿論、ハッキリ芸術である。と、意識していた訳ではなく全く心の隅にですが、芸術という思い込みが有った事は事実です。
 高村光太郎が芸術家の絶対自由を唱え、世間や人の思惑に囚われることなく、己の感性の命ずるままに表現すべきだと云う主張が、私の頭にあった事は否定出来ません。
 しかし、自分で漢詩を書いてみる様になって、漢詩に対する私の考えは変わりました。

 今、漢詩は私にとっては”典雅な遊び”に過ぎません。遊びであるから、遊びのルールに従わなければ、遊びになりません。
 漢詩における平仄のルールは、歴史的に作られたものです。唐代以前は平仄の規則は無かったと思います。六朝時代、音韻学の発達から、響きの良い詩には平声と仄声の配列に規則のある事が見いだされ、其れに基づいて書く方が調子の良い詩となる事が理解されました。この頃、平仄は単に響きの良い詩を作る為の技巧に過ぎませんでした。
 それが、規則になっていったのは、隋以後に始まった科挙の制度に関係があると思います。広大な中国では、同じ字でも地方によって発音が異なるので、優劣を付ける際の目安の一つに平仄が使われた爲、自然に平仄が重視され、やがてルールとしてのコンセンサスを獲得していったと思います。
 それ故、唐代の詩人、特に李白や杜甫のような盛唐の詩人にとって、平仄は作詩上、或いは試験上での技巧的なものに過ぎず、詩のルールとは考えていなかったと思います。それが、彼らが平仄に特に拘らなかった理由だと私は考えます。実際、平仄が意識されだしたのは中唐以後と云われています。
 それ故、平仄がルール化したのは、科挙の制度の完成した宋代以後ではないでしょうか。

 中国人は一度、完成されたものは何時までたっても、それを規範として変更を厭います。孔子が儒教を確立すると、弟子が孔子を乗り超える事は許されません。司馬遷が史記を著すと、以後の歴史家は正史を別の形で書く事は出来ません。
 宋代に入って、唐詩が詩の規範となって行った時点から、科挙制度の完成と相まって、平仄がルール化していったと私は考えます。

 現在では発音自体も唐代とは変わってしまい、更に入声は現代中国音から消え去ってしまいました。又、科挙の制度も廃止され、それに代わる入学試験はありますが、そこには作詩の項目はありません。従って平仄は本来の意味を今では失ないました。
 本来の意味がなくなったからこれを変えようと云うのなら、新しいルールが必要です(勿論、遊びとしての漢詩)。その際、皆(中国人も含めて)のコンセンサスが必要な事は言うまでもありません。
 また、このまヽで改めないのなら、従来のコンセンサスに従って、平仄を守るべきだという風に、私の考えは変わりました。

 勿論、囲碁やスポーツと違い、別に相手のある遊びではないので、他人に見せず、自分個人で勝手に作って楽しむ漢詩なら、これは何をしても自由です。
 また一方、漢詩を芸術的創作としてもう一度、復活させたいと云うのなら、これまた、何をしても自由です。芸術は妥協のない、血みどろの道です。天才にして初めて可能な道です。
 ゴーギャンは銀行家としての安定した生活を棄て、不惑を過ぎてから己の芸術を完成させるべく、妻子を棄ててタヒチへ向かいました。日曜画家のまヽでは己の芸術を全う出来ないと考えたからです。
 彼は当時の描き方では絶対に満足出来なかった。自分自身の新しい描き方を創造したかったのです。
 しかし、これは凡人のよく為し得る所ではありません。
 私は自身は”遊び”に安住していく心算です。

















2004.3.30

私の意見35[東京都・鮟鱇さん(50代・男性)]

[作詩詞一万所懐]

 漢詩を書き始めてまもなく7年、ひたすら韻・平仄の習得に努め、そのために書き、これまでの作、1万を超えました。
 1997年は4月以降8か月で約50首、98年は450、99年は1400、2000年1300、2001年1600、2002年2700、2003年2000、そして、今年は2月現在、900。
 そして、詩詞1万の内訳は、おおよそですが、詩(絶句・律詩・古詩)が2000、詞曲が5000、漢俳・漢歌が1500、中山新短詩(?歌・坤歌・瀛歌・偲歌)が1500です。

 詩はもとより数ではありません。しかし、人の心を揺り動かすような深い感動や詩情に乏しいわたしのごとき凡才には、数多く書いて韻・平仄に習熟するよりほかに、詩を自由に書けるようになれる道はありません。もとより人は、詩を書くために生まれてきたわけではありません。しかし、それでも詩を書いてみたいと思うなら、韻・平仄に習熟するよりほかはない、そういう一念で書き続けたのがわたしの詩詞です。つまりは、すべて習作。
 凡才、習作。しかし、詩詞一万ともなれば、おのずからわかることがあります。
 たとえば2か月で1000首の漢俳。西鶴一昼夜2万の俳句にはとても及ばず、李白一斗詩百篇はいくらか垣間見えたような気がしても未だ及ばずではありますが、韻・平仄を踏まえた詩作りの生産性、韻・平仄に習熟することが、いかに言葉の前頭葉を、湧き出る泉に変えるかということは、立証できたかと思えます。
 西鶴は湧き出る言葉の泉の前頭葉を持った天才であり、おそらく李白もまた、そうであったのでしょう。
 しかし、凡庸な感性と平凡な暮らしのなかで、中国古典詩詞を書くわたしに、会社勤めをしながら、月に600を超える詩詞が書けるということは、韻・平仄に即した詩作りがいかに生産性の高いものであるかを示す証左になることでしょう。いかなる凡才であっても、韻・平仄を踏まえて「定型詩」を書くという詩作りの方法論を知りさえすれば、きっと詩を書く喜びのひとつに違いない「狂吟」、つまり、言葉が自然に湧き出るかのごとき酒の泉を飲み、馨しいドーパミンの横溢に酔い痴れることができるようになる、七年の習作詩詞1万に達し、そのことがわたしにはわかりました。

 漢詩に限らず現代人は、気楽に詩を楽しみ、詩を書いているようにはわたしには思えません。現代人をそのような境地に追い込んでいるところのモノはいったい何であるのか。
 もしそれが、漢詩に限らずの話です、詩についていろいろむずかしいことをいい、自らの詩的教養をひけらかしたいある種の評論家的・芸術至上主義的教養主義にあるのだとすれば、そういう知的疲弊に対し、わたしは、詩の数で勝負をしています。

















2004.10.9

私の意見36[和歌山県・坂本定洋さん(40代・男性)]

[平仄討論会に寄せて]

 結論から申し上げて、平仄が表現の妨げになると言う説に対しては、私は「否」とさせていただきます。
 そもそも私たちが書こうとする様々な「事象」と「言葉」は、どこまで行っても「別物」です。そのものずばりの言葉などありません。とりあえず、そのように言っておく。言葉とは「方便」ないし「代用品」に過ぎないのです。
 どのように言葉を重ねたところで、「思う事の全て」を「全ての人」にわかってもらうなどという事は理論上不可能です。平仄など取るに足る問題ではありません。問題は言語そのものの限界なのです。
 「自分の思うことの三割」を「自分の思う範囲の三割の人達」に伝えることができれば、伝達効率として9パーセント取れれば、私は詩に限らず書き物として十分成功なのだと思います。

 一方そのようなもので良いと割り切るならば、言葉は俄然融通無碍なものになります。昔の人が信じた「ことだま」の働きとはそのようなものかと思います。ことだまは、欲張りを嫌いなのです。
 ここに投稿するみなさんならば、おわかりの通り、平仄は「何とかなる」ものです。韻を踏んで平仄を合わせてという作業の中で、書けないことは現実に生じます。そんな時は何かで代用すれば良いのです。ここで伝えきれないものは、必要ならば別の機会にということで良いのたと思います。
 平仄の合った詩を書くという事は、ある意味では柔軟性のゲームです。自分に出来ているとは言いませんが、これしきの柔軟性がないようでは、たとえ平仄の制約がなくとも、人にわかってもらえるようなものを書けるとは思いません。

 私の場合は、せっかく覚えた楽しみを、いまさら捨てろと言われても困ります。

















2006.1.8

私の意見37[愛知県・参川古稀さん(70代・男性)]

[平仄討論会に寄せて]

首題に関して、以下のように私は考えます。

1.私は20年来NHKの「漢詩を読む」という時間で漢詩を楽しんで来ました。今度、中国人教授が「作詩をするように」と勧めてくれたので、できるかどうか半信半疑で開始しました。
2.辞書も買ったり、鈴木淳次氏の「漢詩はじめの一歩」を読んだりしました。漱石全集で漢詩は読んでいましたから、面倒だという気持ちがありました。
3.実際作詩に着手してみると、脚韻あり、平仄ありで、「えらいこと始めた」という実感でした。
4.今は、一語一語漢和辞典で引きながら、平仄辞典を参照しながら、作詩することが愉しくなりました。もし、こういう規則がなく、自由に漢字を並べれば、漢詩となるというのであったら、苦労は無いかも分からないが、愉しくないです。
5.「必要かどうか」という議論がどうして起きるのか、まだ私には分かりませんが、漢詩はこういう規則があるから、私はその中に楽しさを見つけました。
6.唐の時代から1000年も経過しているのだから、現代中国語で漢詩をやろうと言うのは無謀だと思います。私は北京語は多少しゃべりますが、日本の漢字の使用状態のほうが漢詩にはむしろ適しているのだと思います。
7.漢語が日本語の中に定着しているのだから、その有利さを利用して、漢詩を楽しめばいいのではないでしょうか。

以上です。



















2006.9.12

私の意見38[東京都・鮟鱇さん(50代・男性)]

[漢詩2万首を書いてみて]

 わたしは1997年4月から漢詩を作り始めましたが、今年の7月、9年と4か月で拙作の数、2万首を超えました。古典詩詞(絶句・律詩、古詩、詞・曲)が1万強、残りが漢俳や曄歌などの新短詩です。漢俳や曄歌は、平仄にこだわることもないかと思いますが、わたしはそれらを、古典詩詞同様に平仄を踏まえた作り方をしています。
 詩はもとより数ではありませんが、わたしは平仄と押韻にある程度慣れてきた頃から、数多く書くことを目標にしてきました。多作を目標とした理由は、

1 漢詩は何はともあれ、平仄と押韻である。だから、平仄と押韻に慣れ、それを自家薬籠中のものとしないことには、自由な作詩、心の赴くままの詩作を楽しむことができない。そこで平仄と押韻に慣れることが肝要、そして、平仄と押韻に慣れるには、習作に勤めるほかに有効な方法は見当たらない。

2 漢詩は平仄と押韻に縛られ、詩想の自由を阻害すると思えるかも知れない。しかし、その詩想の自由は、詩的感性や才能に恵まれている者には意味があるが、わたしのごとき凡庸な感性の者には役に立たない。一方、そういう凡庸な感性の者でも、平仄と押韻に随うことにより一応は詩らしきものが書けるということがある。平仄と押韻に随うことにより、詩が書けたという喜びや自信を、とにもかくにも持つことができる。そこで、漢詩には、詩的感性に乏しい者を励まし、詩に近づくことを許す力がある。漢詩は、凡人が詩を作るうえでの形式としてとりわけ優れており、詩としての芸術性のみならず、詩的生産性に富んでいると言える。そして、作品の芸術性は、作者の詩的力量に依らざるを得ないとしても、生産性は、平仄と押韻の学習に努めれば誰でも手に入れることができる。わたしが詩的才能に恵まれているのならわざわざ漢語で詩作りをすることもなく、日本語で書けばよい。わたしが漢詩を選んだ理由は、漢詩には凡人を詩人にしてくれる高い生産性があるからだ。

 という次第で、時期としてはこの「平仄討論会」が始まったころとほぼ期を一にしていますが、何はともあれできるだけ多く書くことを心がけてきました。1997年は4月以降8か月で約50首、98年は450首、99年は1400首、2000年1300首、2001年1600首、2002年2700首、2003年2000首、2004年2400首、2005年6100首、そして、今年は7月末現在、2000首。ちなみに、昨年の6100のうちの約5000首は、日本の俳句に関連があり、日本語五七五に対し漢語五七五で作る漢俳が1000首弱、漢語三四三で作る曄歌が4000首超でした。このうち曄歌は明らかに垂れ流し。3分で1首、一日200首。1ケ月で2000首。垂れ流しといってしまっては自嘲が過ぎるとすれば、千篇一律です。
 わたしの千篇一律は、何も曄歌に限ったものではないと思います。しかし、その千篇一律は、それをみなさんに逐一読んでいただくには値しないものであっても、作者のわたしには平仄に慣れる、押韻に慣れるという点では大いに効果がありました。そして、あえていうなら、平仄に慣れる、押韻に慣れるにつれて、わたし自身の詩想も豊かになってきたように感じています。平仄・韻に慣れるにつれ、他作の読者として、詩がきちんと読めるようになってきたと思います。
 しかし、わたし自身の詩想が豊かになってきたという思いは、わたしがそう感じているだけのことで、みなさんにお話できることではないと思えます。そこで、ここでは、わたしの経験を踏まえ、平仄に慣れる、押韻に慣れるということを、どうすれば効率的に進めることができるか、そのための習作を倦むことなく弛むことなく進めることができるかという「方法」を紹介させていただきます。

1 習作は読み下しではなく、ピンイン準拠で進めたほうがよい。
 そうすることで、平仄・韻が身につきます。

2 詩語辞典は、大いに使ったほうがよい。
 とりわけ、何を書こうかという詩想がないときは、詩語辞典が詩想の泉になります。詩語辞典をともかく開き、そこで見つけた言葉をもとに、とにかく詩を書く。

3 詩語辞典にある言葉をピンインで読み、詩に取り入れ、平仄・押韻にある程度慣れてきたら、新韻の作詩を心がけた方がよい。
 旧韻での作詩は、ピンインで読むと不自然だということもあります。また、旧韻では許されないが新韻では極めて自然な押韻の組み合わせが、新しい詩想を生んだり、詩としての完成度を高くなるということがあります。中国の詩壇、新旧両韻両軌、両用の時代に入っています。

4 絶句や律詩ばかりでなく、詞曲や漢俳などの詩型も試みた方がよい。
 絶句や律詩ばかりでは、七言・五言だけのリズムに飽きるからです。詞曲は、律絶では使われることのない三言、四言、六言を多用しますが、それらのリズムを味わう機会になるだけではなく、律絶の七言・五言のリズムがより鮮明にわかるようになるという効果があります。漢俳は、律絶同様に七言・五言だけですが、起承転結をその三句にどう配分するかなど、いろいろ工夫してみる機会になります。漢俳における起承転結の工夫は、律絶における起承転結にもよい影響を与えてくれると思えます。

 いずれにしても、平仄・押韻あっての漢詩であり、その平仄・韻に慣れるには多作はいちばんです。そして、多作であるためには、いろいろ試みてみることが、いちばん効果があります。わたしの九年二万首の99%は、そうやって書いた習作ですが、これにより単に平仄・韻に慣れるという当初の目的だけでなく、わたしの詩想の乏しきを、わたしなりに補う手立てを獲得できたと思います。これから先は、その詩想をどう豊かにしていくか、そういうことをゆっくりやっていけばよいのかと思いますが、どうすれば詩想を豊かにすることができるかという問題は、天に任せるしかないかとも思えます。

















2006.11.1

私の意見39[群馬県・歩遅子さん(60代・女性)]

[新しい和漢詩の提案を]

 現在、漢詩は一部の方々の趣味に留まっているかに思えます。
私も書道塾を主宰しておりますが、なかなか鑑賞はしても自詠は困難!が実情です。
やはり<がんじがらめは規則>がネックになっていることは否めません。
 せめて、日本人でありますので(音の高低を考える意味は希薄と考えます!)この辺で、平仄を外した新しい<和漢詩?>ということを提案して、メジャーな舞台へ・・と考える一人ではあります。

 私は規則に則ってつくりますが、生徒にそれを強いることは書の修行に加えることを考えると、やはり、人を選ばずにはおれません!
 ここが最大の問題点です!

















2007.1.23

私の意見40[静岡県・常春さん(70代・男性)]

[新韻について]

 このホームページ創設の当初より、「新韻」扱うべきかについて、論を重ねておられます。今更の事かなと危惧しながら、多少意見述べたいと思います。

 手許に「詩韻新編」上海古跡出版社編集、1989年10月新二版 と 『中華韻典』上海古跡出版社、蓋国梁主編、とがあります。
「詩韻新編」では18韻目とし、
一麻、二波、三歌、四皆、五支、六児、七斉、八微、九開、十姑、十一魚、十二侯、十三豪、十四寒、十五痕、十六唐、十七庚、十八東。
「中華韻典」に収載する「今韻」では20韻目、
一東ong iong、二庚eng、三江ang iang uang、四支(c,ch;s,sh;z,zh;r)i、五微ri ui、六魚ue、七無u、八斉i、九佳a ia ua、十開ai uai、十一先an ian uan、十二蕭ao iao、十三皆ie uee、十四歌e、十五波o uo、十六尤ou iu、十七侵in uen、十八真en un、十九青ing、二十児er。
(uウムラウトをueと記しました)

 「今韻」は「詩韻新編」の「痕」部を「侵in uen」と「真en un」に分け、また「庚」部から「青ing」を分けたとあります。また、各字には旧属(平水韻)を明示してあります。「中華新韻」から「詩韻新編」を経て、「今韻」と改編を重ねてきております。
「中華韻典」には今韻のほか、古韻として、佩文詩韻(詩韻)、詞林正韻(詞韻)、中原音韻(曲韻)を収載してあります。

 現在中国では、幼児の識字教育としての「拾字学古詩」心人篇、草木篇、日鳥篇(新蕾出版社(天津))、小神童智力開発シリーズ「娃娃読古詩七言」(遼寧民族出版社(瀋陽))、「児童版唐詩三百首」「児童版宋詞三百首」(浙江少年児童出版社)と青少年の古詩教育が盛んです。(これらの本はいずれも2000年購入のもの)
 私は、80年代から90年代仕事でよく中国に行きましたが、90年代後半から、宴席で、私が唐代の詩の起句を漢音で口ずさむと、承句から中国語で和してくださる30歳代が増えておりました。彼らが絶、律を作れば、当然佩文詩韻を用いることでしょう。詩を勉強しなかった文革世代は、まもなく第一線から退いていきます。

 私の希望は:
1. 絶、律などの近体詩は、平水韻とする。
2. 和歌、俳句などの形式による漢詩は、今韻でよい。
3. 自由詩はかえって今韻とすべきだが、「中国語の詩」として区分する。
4. 七言四句であっても、今韻の詩は、「中国語詩」として扱い、絶句とは言わない。

 以上です。

















2007.2.20

私の意見41[東京都・鮟鱇さん(50代・男性)]

[常春さんのご意見について]

「新韻をめぐって」

 鮟鱇です。「新韻」をめぐる常春さんのご意見に反駁します。

 その前に、新韻について常春さんから「詩韻新編」と「今韻」の紹介がありましたが、今日中国の詩壇でもっとも重要な「新韻」は、中華詩詞学会が2004年に編んだ「中華新韻」です。その紹介をしておきます。「今韻」は「詩韻新編」の韻目の一部を細分化したものであるのに対し、中華詩詞学会が編んだ「中華新韻」は「詩韻新編」の韻目をさらに大括りにしています。「中華新韻」の韻目を以下に示します。なお、( )内は、詩韻新編の韻目です。

一麻(一麻)二波(二波、三歌)三皆(四皆)四開(九開)五微(八微)六豪(十三豪)七尤(十二侯)八寒(十四寒)九文(十五痕)十唐(十六唐)十一庚(十七庚、十八東)十二斉(七斉、十一魚、六児)十三支(五支)十四姑(十姑)
 ここで注目すべきは、
  @二波(二波、三歌)の統合
  A(十七庚、十八東)の統合
  B十二斉(七斉、十一魚、六児)であるでしょう。「詩韻新編」では別韻とされていたものがなぜ同じ韻目になったのか。

 これについて中華詩詞学会は、
  @e(三歌)とo(二波)は、声母がbpmfの時はoであり、その他の声母の時はeとなるが、同韻である。
 Aピンインではengとing、ong、iongと表記されるものは別韻のようにも見えるが、その実ingはieng、ongはueng、iongは■eng(■uウムラウト)であるので、いずれも同韻である。(これにより、たとえば情(qing)と東(dong)は同韻)
 Bについての統合は詳しくはわかりませんが、たとえば期(qi)と去(qu)。このふたつは、ピンイン表記上はっきり区別でき、中国人にはそれを聞き分けることができます。しかし、われわれ日本人には、なかなか聞き分けることがむずかしいもので、日本語で発音すればチュよりもチに近く、期(qi)と去(qu)の区別は、中国語の学習の当初の日本人にはなかなか聞き分けられないものです。そこで、中国人にとっても、聞き分けることができるにしても音として近接しており、同韻としても差し支えのない範囲にあるのかと思えます。

 さて、中華詩詞学会においてこの「新韻」がどういう位置付けであるかですが、中華詩詞学会は、普通話韻に基づく作詩を奨励し21世紀における中華詩詞の発展に資するためにこの「新韻」を編んだ、としています。そして、「平水韻」との関係では、新韻の提唱は現代韻にマッチした絶句・律詩を推奨しその便宜に資するもので、「平水韻」の使用に反対するものではない、「今不妨古」が原則である、としています。旧韻による「単軌」ではなく、「新韻」による「単軌」でもない、旧韻による作詩と新韻による作詩をともに、「双軌」で推進していく、という方針です。
 これを見る限り、中華詩詞学会は、旧韻で作詩するか新韻で作詩するかは個々の詩人が決めることとしているようです。ただ、学会として「新韻」を編纂したということは、「新韻」と一口にいってもいくつもの韻書が提唱されているので、それを統一する指針として「中華新韻」を提唱したものと思えます。  たとえば、中国東北部では、-nと-ngの区別があまり明確でないということがあるようです。そこでは、「風feng」と「分fen」は同韻となりますので、それを同韻として提唱する韻書もあります。(ちなみに日本人の耳にも、よほど注意しないと、-ngは「ん」に聞こえ、-nも「ん」に聞こえます。そして、私たちが「-n」を正しく発音するには、注意が必要。)
 また、新韻の韻書として広く流布されている「詩韻新篇」にしても、上記に見るように、見直すべき点があったのです。そういうことで、中華詩詞学会は、学会の専門家の総力をあげて吟味し、「中華新韻」として整理したのです。

 中華詩詞学会が学会として整理した「新韻」は、とても科学的で私には説得力があります。しかし、ポイントは、新旧両韻の「双軌」で詩作りの興隆を図っていくという方針であり、そのどちらを選ぶかは、詩の作者が決めることだとしている点です。これに対し、常春さんのご意見は、絶句や律詩は、すべからく平水韻で書かれるべきで、「詩韻新編」にしろ「今韻」にしろ「中華新韻」にしろ、新韻で書かれたものは、たとえそれが絶句・律詩の詩譜を踏まえ、平仄・押韻など絶句・律詩の規律を十分に踏まえていたとしても、新韻で作られた絶句や律詩は、絶句・律詩とは認めがたいとされているように思えます。中華詩詞学会は、「今不妨古」。私はこれに賛同しています。しかし、常春さんのご意見は、「古妨今」です。
 「今不妨古」と「古妨今」とどちらをとるべきか。しかし、この問題提起は、同じ土俵のうえでの議論たりえないと思えます。中国でもわが国でも、旧韻を守るべきだという方々は、絶句・律詩は平水韻とともに命脈を保ってきたものだから、それを保つべきだと考えるのだと思えます。そのためには、韻律の合理性は、多少犠牲にしてもよい。一方、「新韻」により詩を作る詩人たちは、平水韻が今日の音韻とは異なる体系であることが無視できず、現代韻では同韻とすべきものが平水韻では別韻であり、現代韻では別韻とすべきものが平水韻では同韻とされていることに、詩人として違和感を覚えるのです。絶句・律詩は、平仄と押韻によって詩の音の美を追求する詩です。それを思えば、平水韻による近体詩の格律には合致していても、現代韻で読めば平仄が狂い押韻をしているとはいえない絶句や律詩は、味読に堪えないことになります。平水韻で読めれば問題はないのですが、平水韻で読める読者はまずいません。読者だけではありません、いくら平水韻で作詩しても、作者自身が、平水韻で声を出して読むことはできない、現代韻で読むしかないのです。だから、そういう詩人たちは、もし「古妨今」が詩壇としての合意事項であれば、平水韻のなかで作詩しつつも、現代韻で読んでも近体詩の格律に合致する、そういう作詩をすることになります。これは、結構窮屈です。「新韻」でよいではないか、平仄・押韻の美を追求すればするほど、その思いが募ることでしょう。
 そこで、平水韻を守れということは、伝統文化を守れに等しく、これをギリギリやれば、伝統文化を守れという政治が、声律に忠実でありたいという詩人の誠実を裁くことに等しいと思えます。「今不妨古」「古妨今」。ここでの「古」はいずれの場合も「文化」です。それに対し「新」は、詩における声調であり音韻、「声としての言葉」の美です。絶句・律詩は、なるほど伝統文化であり、しかし一方で、中国語における「声としての言葉」の美を高度に完成させた定型詩型です。とすれば、「今不妨古」が持つ意味は、詩の美の追求は伝統文化の保存とは別次元のものであり、だから伝統文化の保存を破壊することはない、一方、「古妨今」は、伝統文化の保存のためには、それを破壊するものを排除しなければならない、現代における音韻の美よりも伝統文化の保存を優先させなければならない、と読まなければならないでしょう。

 ここで、「今不妨古」「古妨今」の問題をわが国の漢詩作りで見れば、「今」はその実、存在していない、ということがあります。作詩にあたっての「今」は、ピンインによる作詩があって初めて浮き彫りになるのであって、平水韻の韻目をピンインで把握し、平水韻によって編まれた詩語辞典をピンインで読まない限りは、古今の韻に変動があり、矛盾が生じていることを体感できません。そして、平仄も押韻も中国語のなかでの規律であり、その美は中国語でしか体感できないのですが、押韻はともかく平仄はまったく関係がないわが日本の漢語で漢詩を書く限りは、平水韻の入声の語のかなり多くの語が、今日では平声で発音されているということに違和感を覚える、ということも起こり得ません。さらにいえば、わが国における漢詩作りのほとんどは、読み下し文という特殊な日本語で行われているのであり、読み下し文における漢語には平仄も押韻も存在しません。
 そういう状況では、平水韻準拠とはいえ、平仄も押韻も「字」のそれなのであって、声の平仄であり押韻ではありません。そこで、わが国の漢詩作りでは、そこに「古」と「今」の韻の対立・矛盾が、入り込む余地はありません。「中華新韻」を編んだ中華詩詞学会の音韻の専門家たちは、平水韻は13世紀に編まれたもので、宋の時代の音に依拠したものである、「時が過ぎれば音が遷り、代には新韻がある、これは歴史的必然である」「『平水韻』は宋代の『今韻』であり、唐韻と異なるところも多い」云々といっていますが、声はそのように変遷するものであっても、「字」は、絶句・律詩が完成した唐の時代と今と、変わっていません。「字」の平仄・押韻による絶句・律詩作り、それが日本の漢詩作りです。だから、わが国の漢詩作りには、「今」はないのです。

 ここで私はあえて「字の平仄・押韻」といいましたが、そういう「字」の平仄であり、韻である「平水韻」を用いた詩作りを、私は、否定しようとは思いません。私自身は、そういうやりかたであっても律詩や絶句を書くことができる、という点にこそ、絶句や律詩に、定型詩としての優れた特長があると思っています。なぜ、詩を定型で書かなければならないのか、そうしなければならないという理由はないと思います。しかし、それでは定型で詩を書くことには余り意味がないのかというと、決してそうではないのであって、定型詩には、自由詩との比較で、言葉を、詩の言葉として自由詩以上に磨き上げるという機能がかくされています。この点につきここでは深入りはしませんが、自由詩は、詩才がなければ詩になりません。しかし、定型詩には、特別な才能がない者の言葉を、詩の言葉にまで高めてくれる機能があります。そういう眼でみたとき、絶句・律詩の高度な定型性には、言語の壁を越える優れた普遍性があるのであり、だからこそ中国語を知らずとも詩が書ける、読み下し文という日本語によってでも漢詩が書けるという奇跡的なことが、起こっているのです。これは、漢詩にとって、また私たちの日本語にとっても、とても貴重なことです。

 しかし、私たち日本人が絶句・律詩作りにアプローチする道筋として、その「読み下し文」という日本語が唯一の道であるかというと、必ずしもそうではないのではないか、と思えます。「読み下し文」は、原詩に記された漢字を忠実に生かし、日本語でそれを理解するのに必要な「てにをは」や動詞・形容動詞の活用語尾などの仮名を付したうえで、日本語の語順に中身を組み替えて読む特殊な日本語です。この特殊な日本語をわれわれは、高校の漢文教育のなかで学ぶのです。「読み下し文」で読むには、ラフな言い方をすれば、原詩の漢字に必要最低限の仮名を付ければいいだけですが、詩的響きを保つように読むには実はとても難しい。そこで、「読み下し文」による絶句・律詩を作りながら、作者自身が詩的感興に浸れるようになるためには、「読み下し文」をしっかり学ばなければならない、ということが起こります。そして、そのためには、現代日本語だけでは足りず、日本語の古文の知識も必要となります。ここがむずかしい。
 しかし、「読み下し文」の学習は、特殊ではあっても日本語であるから、小学校・中学・高校と学んできた漢字の読みを、ゼロクリアーしてしまうピンインの習得よりは、親しみやすい、そう思われる方が多いかも知れません。けれども、そういう風に思われる方々を仔細に見れば、まず間違いなく高校で漢文教育を受け、読み下し文の「音」、そのリズムと響きに親しんできた方々なのです。
 そこで、日本の漢詩作りの今後を考えるうえで問題となるのは、今日の若い人や高校における漢文教育のなかから、「読み下し文」で漢詩作りを楽しむ、そういう方々の後進がどれだけ生まれてくるか、ということです。日本の漢詩作りの今後を考えるならば、高校で漢文教育を受けた若い人たちだけに、その多くを期待していくことはむずかしいのではないか、と私は思います。期待すべきはむしろ、大学で中国語を学ぶ人たちではないのか、私はそう思います。しかし、大学で中国語を学ぶ彼らは、もし漢詩に親しむならば、李白や杜甫の詩を、読み下し文ではなくピンインで読むでしょう。

 この点に思いを致せば、わが国における漢詩作りの今後は、中国における漢詩作りが直面する問題と必ずしも無縁ではないと思えます。中国詩詞学会が「新韻」を推進する理由は、現代音であるピンインにマッチした絶句・律詩作りの推進に他なりませんが、わが国の漢詩作りも、読み下し文による作詩になじんでいないピンイン世代の参入に対処するには、ピンインによる詩作りにマッチした環境を整えていかなければならないと思えます。高校における漢文教育が、今後充実する見込みはありません。われわれの時代の漢文教育には、過去の文化遺産の継承だけでなく、漢語に親しむことによって日本語を豊かにするという機能もあったと思えます。しかし、今日の日本語は、漢文から受容できる漢語の吸収という段階をすでに超え、欧米語からの吸収にその軸足を移しています。そういうなかで、「読み下し文」を学校で教えるということは、「読み下し文」というわが国の文化遺産の継承以上の意味を持たなくなってきています。そういうものを充実しなければならないという方向に、教育行政が動いていくはずがありません。読み下し文をしっかり学ばなければ、李白や杜甫の詩を味読できないではないか、というたぐいのことをいえば、なぜ読み下し文なのか、ピンインではいけないのか、という答えが返ってくるでしょう。そして、漢詩作りについても、読み下し文の「音」をしっかり学ぶ時間があるなら、ピンインにより平仄・韻を身につけた方がずっと近道です。これは、私の体験でもあります。

 そこで私は、日本の漢詩作りが読み下し文に頼っているばかりでは、日本の漢詩作りは先細るばかりで未来はないと考えています。ただ、ものごとは、未来を無闇に閉ざしてはいけないし、先のことばかりを論じて現在を否定してもいけません。この点で注目すべきは、繰り返しになりますが、中華詩詞学会の「新韻」推進運動のありようです。中華詩詞学会の「新韻」推進運動は、新韻によって旧韻による詩作りを否定してはいません。旧韻による詩作りしか認めないという「旧韻単軌」の考え方、新韻による詩作りしか認めないという「新韻単軌」の考え方は、ともによろしくない、「旧韻」による詩作りと「新韻」による詩作りを「双軌」として進めていく、というのが、中華詩詞学会の方針となっています。彼らは、絶句が絶句であり、律詩が律詩であるという由縁は、平仄と押韻をどう調整するか、対句をどう取り込むかなどの「格律」によるのであって、どの韻の体系に依存するのかによるものではないと考えています。宋の時代は、「平水韻」に依拠することによって、唐韻を捨てました。つまり、韻の体系は継承していません。宋が唐から継承したのは、平仄と押韻を「格律」とするという詩作りの様式です。「音」は時代とともに遷りゆきますが、きちんと定義された様式は、継承されうるのです。だからこそ、絶句や律詩作りは、宋・明・清を経て現代にまでも継承されてきたのです。そして、中華詩詞学会は、絶句や律詩の「格律」をもって絶句や律詩の要件とし、韻目については、どちらでもよいとして新旧の「双軌」を選んでいるのです。

 しかし、詩壇の全体としては「双軌」であっても、個々の詩人の個々の詩作りは、そのどちらかを選んで作詩をすることになります。そこで起こる変化とは、いずれにしても新韻の絶句・律詩が、詩壇の市民権を得て登場する、ということです。絶句・律詩は、旧韻で書けばよい詩が書け、新韻ではそれができない、また、新韻でなければよい詩が書けず、旧韻では良い詩が書けない、というものではありません。だから、旧韻でも新韻でも、よい詩が作られ、やがては旧韻の佳詩と新韻の佳詩が並存している、という状況になるでしょう。そして、そうなった場合に、旧韻と新韻のどちらが生き残っていくのか、それらのいずれもが、ピンインで読まれるとして、そのどちらが生き残っていくのか。
 この点を考えれば、現時点で新韻によい詩があるかどうかはともかく、今後の発展の方向は「新韻」にありそうだということが、透けて見えてきます。とすれば、慣れ親しんだ旧韻での作詩に愛着をいだいている詩人にしても、新韻での作詩を無視できなくなるのではないでしょうか。そして、旧韻に愛着を持つ詩人たちがどういう詩作りをするかといえば、新旧双方に通用する絶句、律詩を作るようになる、旧韻の詩でありながら新韻の詩としても通用するように言葉を選ぶ、そういうことを広く行っていくようになるでしょう。

  1 旧韻の絶句・律詩としてしか通用しない詩
  2 新韻の絶句・律詩としてしか通用しない詩
  3 旧韻の詩としても、新韻の詩としても通用する絶句・律詩

 この三種類の絶句・律詩が並存するという状況に、中国の詩壇は歩を踏み入れています。そして、その状況のもとでは、旧韻を愛する詩人のひとりひとりが、絶句・律詩を旧韻で作ることの意味をとても深く認識し、旧韻を尊し、と思うとしても、世の中が新韻をも受け入れ、読者は新韻でしか詩を味読しないという現実を目の当たりにしたら、だれが敢えて旧韻の絶句・律詩としてしか通用しない詩を、進んで作るでしょうか。まして、旧韻の絶句・律詩としてしか通用しない詩を、旧韻としても、新韻としても通用する絶句・律詩に作りかえることは、彼らにはさほどむずかしいことではないのです。詩にしようという最初の瞬間に、新韻での平仄と韻目を少々意識すれば、たとえ旧韻で作るとしても、新韻としても通用する絶句・律詩に仕上げることは、そうむずかしいことではない。とすれば、作者の意思としては、旧韻の文化を志向しているとしても、新韻としても通用する形に詩を作ってしまいます。
 この点は、私自身の作詩体験からも、そのように確信しています。私の作詩歴はまもなく10年で、決して長くはありませんし、絶句は3000首に満たず、律詩は400首ほどでしかありませんが、絶句で新旧両韻の双方に通用する詩は、そう苦労せずに作れます。律詩は、新韻の方がはるかに楽ですから、あえて新旧両韻の双方に通用するような作り方はせずにはじめから新韻で作ります。それはともかく、私は、わが国の漢詩人が旧韻でしか詩を作らない理由は、新韻で作ることが困難であるからではなく、旧韻を絶句・律詩の必須要件だと信じて新韻を退け、新韻を不用のものと信じているからだろうと疑っています。

 以上見てきたような次第で私は、中華詩詞学会が新旧の「双軌」の方針を打ち出したからには、中国における漢詩作りはやがて、新韻に席巻されるだろうと思います。そういう中国の漢詩作りは中国のこと、日本漢詩は日本漢詩でわが道を行けばよいとお考えの方は、決して少なくないと思いますが、「旧韻単軌」は「読み下し単軌」と無関係でなく、「読み下し単軌」の漢詩作りに、あまり多くの将来は期待できないということが、私の懸念するところです。

 乱文で長文の反駁、陳謝します。


















2007.2.28

私の意見42[静岡県・常春さん(70代・男性)]

[再び新韻について]

 1月23日の私の意見について、反駁の形であれ、意見を頂いたことに感謝します。

 鮟鱇さんのご意見では、鮟鱇さんは「今不妨古」であって『常春さんのご意見は。「古妨今」です。』とあります。誤解、大変に残念といわざるを得ません。(『』で括ったところは鮟鱇さんの文章からの引用です)

 私は、中華詩詞学会を知りませんし、また、「中華新韻」という20世紀初頭に試みられた「新韻」が、2004年に粧をあらたにして、昔の名前そのままで発行されていることも知りませんでした。

 私が紹介した「今韻」は2004年2月に編集発行された「中華韻典」(上海古籍出版社)に収載されたものです。中華詩詞学会が、『中国の詩壇でもっとも重要な「新韻」を編んだ』のと、相前後して、別のグループが「今韻」を編纂したということでしょうか。「中華韻典」はその前言に「相信、這部《中華韻典》的問世、不久即会像《新華字典》一様為国人所熟悉。《中華韻典》与(新華字典)不同、字典是査字、韻典是査韻的。」と書き出しています。「新華字典」はポケットに入る必携本ですから、これと並べたいという、並々ならぬ意気込みの本です。百家争鳴、中国詩壇が活性化している証しなのでしょう。楽しみです。

 詩韻新編〈上海古籍出版社1984〉の出版説明に「我們今天写詩、雖説一般以新体詩為主、其中有的可以不必押韻、但“新詩先要有節調、押大致相近的韻”(魯迅語)還是必要的」と「新韻」の意図を明示しています。勿論、旧体の格律詩をこの現代韻で詠むことを排除していません。このような詩人が存在することも伝えています。
 だが、「新韻」での作詩というとき、まず思い浮かべるのは、自由闊達な「新体詩」が一般ではないでしょうか。『定型詩には、自由詩との比較で、言葉を、自由詩以上に磨き上げるという機能が隠されています』という見識で進めるのであれば、新韻での定型詩とは何かを明確にして、これを包括する呼称をつけることが『今不妨古』の姿勢ではないでしょうか。

 「五古」「五絶」「五律」「七古」「七絶」「七律」の間にどれが上位、どれが下位という関係はありません。古詩、今体詩、宋詞,元曲、或いは現代詩の間にも上下関係は存在しないでしょう。今体詩(中華韻典では詩律と稱しています)は唐代より厳格な規定をもって形成された詩の分類に過ぎません。そして現在までに蓄積された今体詩が僅かの拗体を許容しながらも、平水韻によってこの厳格規定を維持していることを尊重する、この姿勢を保ちたいものです。
 鮟鱇さんの「新韻での定形格律詩」を絶、律と呼ばず、新分類としても、この詩を蔑んだことにはなりません。この新分類が、「絶」「律」を吸収するか、或いは、新分野としての地歩を確立するかは、後世の詩人に委ねてよろしいのではないでしょうか。漢俳や和歌のリズムでの漢詩詩形など、新しい試みに意欲を持たれる方々もこれらを、宋詞の詞譜に加えようとは考えますまい。

 最近、漢詩の中国語朗誦を聞く機会が増えてきました。金中さんの朗詠があります。「漢詩名句の味わい方」(中山孚著)にも中国語による朗詠CD付きでしたし、「中国語で聴く夏目漱石漢詩選」(鎌倉漱石の会)もあります。
 これらを聴いて、いずれもよいリズムと感じこそすれ、違和感はありません。『李白や杜甫の詩を、ビンインで読むでしょう』とこのよう方々のために『ビンインにマッチした絶句・律詩作りの推進』をするということは、現代中国語を学ばれる方には、李白・杜甫の詩は違和感があるということでしょうか。私には理解しがたいことです。
 朗誦して、李白・杜甫の平仄のなかにある、現代発音との差異に気づかれれば、古典詩とその平水韻にも興味を覚えるのではないでしょうか。私は、恥ずかしながら、中国語を聞き取れませんし、また漢詩に和風というか中国語にない表現が不用意に入り込みます。漢詩は書けても中国語詩ではないのです。中国語を勉強され、ビンインに慣れ親しまれた方が、「新韻」で詩を作れば、これは(絶律と言わずとも)立派な漢詩であり、また中国語詩でもありましょう。

 鮟鱇さんの精力的な詩作にかねがね敬意を持っておりましたし、また中国との方々との交流、中国語教育に取り組む姿が節々に現れる今回の反駁文を読み、あらためてそのご熱意に感銘しました。ただ、その勢いが「新妨古」とならないようにとの老婆心から、あえて再度投稿します。

















2007.3.24

私の意見43[東京都・鮟鱇さん(60代・男性)]

[詩の朗読が美しいことと詩律をめぐって]
     〜再び常春さんにお応えします〜

 常春さんから、新韻の拙作につき「新韻での定形格律詩を絶、律と呼ばず、新分類としてはどうか」とのご意見をいただきました。ご意見はご意見として拝聴いたしました。
 律・絶とは何かをめぐる議論としては、「双軌」の立場から反論すべき点がありますが、畢竟私の考えは、中国詩詞学会の「双軌」の方針に賛成するものであり、その受け売りをすることになるだけのように思います。そこで、失礼になるかも知れませんが、その反論、あえてさし控えます。
 そのうえで、自作をどのような形で世に問うかは、作者自身が決めればよいことだと承知しています。そこで、私としては、常春さんのせっかくのお勧めではありますが、新韻の律・絶を「新分類」とする考えには立てません。新韻の律・絶を律・絶として認めるかどうかは、拙作については、読者のみなさんの判断に任せればよいと思っています。

 平水韻によるべきかどうかは、私が考える詩の本質とはあまり関係がありません。そこで平水韻によるべきと決められている「世界漢詩同好會」への投稿は、喜んで平水韻で書いています。ただ、新韻の詩として見た場合に問題がある場合は、それを避けるように書いています。また、私の新韻の作の多くは、その実、旧韻の詩としても通用するように書いています。どちらも私の意識としては「新韻」です。ただ、平水韻で書きつつ新韻でも通用するように作る、新韻で書いても結果として平水韻でも通用するものになってしまう、それらは私が勝手にそうしていることです。そこで、そのように作ることを、みなさんの作にも求めようとは思いません。繰り返しになりますが、詩の本質とはあまり関係がないことがらだからです。
 ただ、拙作の新韻の律・絶を、私が律・絶と呼ぶのはケシカランというのであれば、私は、中国詩詞学会の方針に沿って律・絶と呼んでいると申し上げます。しかし、常春さんのご意見はご意見であり、そこまではおっしゃってはいませんので、これ以上の論議は、失礼します。

 さて、このたびのやりとりとは直接関係のないことで、常春さんは、中国語による詩の朗読のことに触れられています。私は、中国語の朗読が美しく響くことと、平水韻による作詩が音韻的に今日では矛盾を孕んでこととは関係がないと思いますので、ひとこと意見を述べます。
 まず、平水韻の今日的な矛盾は、@現代普通話では同韻のものが平水韻では別韻になっている。A現代普通話では別韻のものが平水韻では同韻になっている。B平水韻の入声の多くが、現代韻では平声になっている、という三点に分類できます。
 しかし、その矛盾以上に、平水韻と現代韻には共通していることが多く、平水韻で書かれた古人の作の多くは、現代韻で読んでも詩律にかなっているのです。ただし、入声の平声化による平仄の乱れの問題はけっこう深刻です。また、押韻では、元韻、支韻などの押韻による一部の作を除けば、古人の作の多くは、現代韻で読んでも詩律にかなっています。

 しかし、詩の朗読が美しいかどうかは、そういう平仄・押韻の完成度よりも、朗読者の力量に負うところ大だと思います。
 わたしは、詩人であり朗誦者である金中さんとは、詩をめぐることで少なからず話をしてきていますが、彼は、詩吟は平仄を踏まえるが、朗誦では、平仄はあまり重要ではない、と言っています。詩吟は、声をとても長く伸ばす、だから、どこに平声があるかが問題になるが、朗誦は、そこまで声を伸ばさないからです。そこで、金中さんにとって平仄とは何かといえば、詩を作るときのルールであり、朗誦とは何かといえば、詩の心をしっかり掴んで心を込めて声にするものだ、ということになるようです。
 平仄は、そのルールに従えば、語呂のよい作品になることが保証されるものです。だから、わたしは平仄を踏まえて作ります。しかし、その語呂のよさは、いわばお決まりの名調子なのであって、そのように作らなければ、調子が悪くて朗読に耐えない作になる、というものではありません。AならばB、ですが、よい詩は、AでなくともBなのです。

 3月9日に金中さんの朗読を聴く機会がありました。そこで、彼は、李白の『黄鶴樓送孟浩然之浩陵』を朗誦しました。その起句「故人西辭黄鶴樓」の平仄は「●○○○○●○」で平仄が整っていませんが、彼は、四字目の「辭」をうんと長く心を込めて発声しました。そこで、二字目の「人」はあたかも仄字のように短くなり、三字目の「西」も五字目の「黄」も同様に短く感じられました。そこで、結果として、「●●●○●●○」に近い形になっていました。また、別の詩ですが、仄声の上声は、平仄を遵守する詩吟のルールに随えば短く発声されるべきですが、彼はそこに心を込め、けっこう長く発声していました。低い平声を聞くような感じでした。

 平仄が発見されたのは隋の時代です。だから、それ以前の詩は、平仄を踏まえているとはいえません。そういう中の、たとえば陶淵明の詩は、平仄を踏まえていないから朗誦しにくい、ということにはなりません。
 また、現代の歌謡の歌詞は、平仄に関わりなく書かれていますが、それでも耳に快いのは、まず歌詞にこめられた「心」があり、発声の長短を、平仄ではなくメロディーによって調整する曲があり、さらには優れた歌唱者の工夫があるからです。
 また、たとえばフランス語の原詩の響きを留めているとはいえない日本語の翻訳詩も、日本のすぐれた朗読者の舌と喉に乗れば、美しく響きます。
 詩として朗読に耐えうるかどうかということは、原詩の詩想がどれだけ朗読者の心を捉えるかにかかることで、平仄がどうである、押韻がどうであるということは、二の次なのだと思います。

















2007.4.12

私の意見44[愛知県・桐山人(50代・男性)]

[当サイトの漢詩の定義]

 今回の常春さんと鮟鱇さんの議題は、「新韻」を用いた漢詩をどう考えるか、ということ。また、そこからの発展として、平仄と朗誦の関係を分析されたものでした。

 最初のテーマの「新韻」についてですが、このホームページでは多くの方の集う場所として位置づけ、新韻の詩も古典韻(平水韻)の詩も、また、形式についても多様なものを一括して「漢詩」として、投稿を受け付けています。鮟鱇さんからの新韻の詩は、「○○絶句」「○○律詩」と従来通りの分類で、「現代韻」と注を付けさせていただいています。

 このことについては、私は、古詩や宋詞と同じ気持ちで考えています。
 基本的には近体詩をベースにしながら、日本の詩人も中国の詩人も、絶律の枠だけでは表しきれない思いを様々な形式に託して詠ってきた歴史があります。形に合わせて心を表現することも、心に合わせて形を選択することも、どちらも詩を詠むということでは認められるものでなくてはいけません。
 漢詩創作では長い間、入門期にはまず七言絶句を作ることが要求され、そこから五言律詩、七言律詩と進むように指導されます。しかし、現実的には、かなり意識を持った人や指導を継続的に受けた人でないと、なかなか発展して多様な形式の詩を作ることはできない状況です。
 漢詩創作人口の多かった時代ならいざ知らず、現代では、漢詩を愛する仲間と可能な限り連帯を深めるべきであり、基本的には仲間の思いを全て受けとめ合うことが大切だと思っています。
 もちろん、漢詩である限り、押韻も含め規則を尊重することは必要ですので、このホームページでも、私は「押韻」だけは欠かせないと思っています。平仄については、「全く初めての創作」という方もいらっしゃいますから投稿・掲載は受けつけていますが、「平仄を合わせましょう」と意見を添えています。
 しかし、「押韻・平仄が守られていない」という理由で投稿を断るようなことはしていませんし、してはいけないと思います。

 「漢詩が好きだ」という一点で、古人であれ未来の人であれ、お互いに仲間になれる。そうした成熟した文化を味わえることを幸せだと私は感じています。



















2007.4.24

私の意見45[東京都・某生さん(20代・男性)]

[韻に関する愚見]

 本文は多くの言語フォントを使用しているため、普段のhtml(ホームページ言語)にうまく変換できませんでした。また、PDFへの変換は、Acrobatの6.0ならば見えるようです。
 ワープロ文書として、「WORD」と「一太郎」の形式にしたものと、画像処理したものを載せてありますので、ご自身のお持ちのソフトに応じてご覧下さい。

  「WORD形式」 「一太郎形式」 「画像形式」 「PDF形式

































2007.5.26

私の意見46[東京都・鮟鱇さん(60代・男性)]

[某生さんへのお返事〜再び新韻について〜]

 鮟鱇です。
 某生さんが「普遍性」という言葉をキーワードとして平水韻をめぐって書かれたことは、現時点ではおおむねそのとおりであるだろうと思います。
 新韻が、今後どれだけ広まるかについては、中国国内はともかく、日本や韓国などの漢字文化圏の国々だけでなく、アメリカやフランスやインドやカナダなどの華僑の子孫を含む世界の漢詩、という視野に立つとき、果たしてどれだけ成果があがるのか、疑問に思われても仕方がありません。もっといえば、新韻による詩詞作りは、漢詩作りの伝統を混乱させるだけのリスクを負うものであるかも知れません。だからこそ、中国詩詞学会にしても、新韻の詩詞作りを進めるにあたって、旧韻と新韻をそれぞれ「単軌」ではなく、「双軌」としているのだと思います。

 しかし、平水韻の「普遍性」は、絶句や律詩についてのことで、詞や曲は、平水韻では作れません。中国古典詩詞の醍醐味は、詞曲を含めてのものだと私は思っています。詞曲を作ろうと思えば、詞は詞韻、曲は中原音韻、これらの韻を日本人が習得するときに、個個の漢字を漢音で読むのがよいのか普通話で読むのがよいのか、どちらがよいのかといえば、普通話の方が頭に入りやすいのではないか、と思っています。詩は音読をしながら作るものだとわたしは思います。韻文としての調子の良さを自分なりに味わいながら、詩を作っていく、それをやらなければ、詞曲は、リズムがつかめなくて筆がきっと、なかなか進まないと思います。また、日本人にとってのことですが、平水韻に慣れるために普通話の音を学びつつ平水韻を学ぶのであれば、それと平行して詞韻、曲韻もあわせて学んだ方がより効果があると思います。つまりは、絶句ばかりを書いていては普通話の音はなかなか身につきませんが、並行して詞韻で詞を作る、中原音韻で曲を作る、ということをやれば、普通話韻を仲立ちにして、平水韻、詞韻、曲韻と自由に付き合えるようになります。
 ただしこれは、私の実作を通じての体感であって、そんなはずはないだろうと思われればそれまでです。ただ、そういうやりかたをしてきたからこそ私は、詩のほかに、三百を超える詞譜、曲譜に親しむことができましたし、漢俳や曄歌などの新しい定型も楽しめるようになりました。そして、日本の多くの漢詩人の諸先輩が、詞曲をほとんど作ることができないのは、詩を作る際の「音」を軽視し、平仄があっているか押韻があっているかということを、字面の韻律でしか実践していないからだと思います。

 そういうこともあるので、「双軌」の思想が日本で広く受け入れられることは当分はなさそうだ、わたしはそう承知しています。鈴木先生のご判断があってこうして「双軌」派の意見を述べることできる、私はそれをとてもありがたいと思っているのですが、「双軌」派の意見を述べることと「双軌」派の詩作りがどれだけ広く行われるようになるかということとは、まったく別です。私が属する葛飾吟社は「双軌」を是として作詩をしていますが、日本人会員20数名のうち、新韻でも作詩ができる者は、主宰と私と他に1名です。
 しかし、「双軌」の思想が日本では広く受け入れられることは当分なさそうだと考えるときに、私が羨ましいと思うのは、日本の伝統詩歌をしているみなさんです。つまり、歌人や俳人の皆さん。漢詩もかつては和歌とともに日本の伝統詩歌であったはずです。しかし、今日、短歌を詠む人何十万人に対し、漢詩を作る者がどれだけいるのか。そして、そういう漢詩人の作は、詩としての完成度という成果において、どれだけ短歌に劣らぬ成果をあげることができているのか。

 わたしは、日本漢詩の層の薄さを思わずにはいられません。そこで、この層の薄さは、何に起因するのかを考えます。
 この問題を仲間うちで議論すると、必ず出てくる話題が、日本の漢文教育の衰退です。漢文教育の衰退のなかで、漢詩の魅力が十分に教育されていない、という議論です。私の仲間の多くが、高校時代に漢文が好きだった、という経験があるから、そういう議論になるのだと思います。私は若い頃は、西洋の文学は好きだが国文学を面白いとは思わない生徒で、漢文も古文も好きではありませんでしたが、それでも私も、日本の古文よりは漢文の方が好きでした。だから今日、漢詩をやっているのだと思います。しかし、私は、日本の漢文教育の衰退が漢詩作りの劣化につながっているというこの議論に、素直に肯くことができません。漢文教育の衰退を漢詩作成力衰退の原因と考えるのは自然ではありません。何が漢文教育を必要としなくなったかを考える方が自然です。日本の社会と日本語が、かつてのようには漢文教育を必要としなくなっている、だから漢文教育が衰退しているのです。そのことを直視すべきです。
 また、短歌に何十万人も詠み手がいるのは、その魅力を生徒に伝えるべく十分な日本の古文の教育が行われているためだ、とも思えません。短歌に何十万人も詠み手がいるのは、短歌の伝統詩歌としての歴史は絶句・律詩に劣らず古いにしても、漢詩に比べずっと柔軟に時代の変遷に対応できており、だれでも容易に歌を詠むことを楽しめるものになっているからだ、と考えるからです。そして、定型詩としての規範をめぐって歌人がやってきたことと、日本の漢詩人がやってきたこととの違いを思います。歌人たちは、伝統詩歌としては五七五七七を維持しつつも、和歌の規範を大胆に緩めました。純粋な「やまと言葉」のみで詠むものであった和歌を、「日本語」で詠めばよいものに緩めた。「日本語」とは、やまと言葉と漢語、さらにはカタカナ言葉との混交によって成り立っている今日の日本語です。
 短歌は、万葉から明治に到るまでの間、漢詩が漢語を用い、俳句が漢語も受容するというなかで「やまと言葉」で読むという規範を守り続けてきました。使用する言語で見れば、漢詩は漢語、和歌はやまと言葉、俳句は漢語も使用するので何でもありの日本語である、というのが江戸時代です。しかし、江戸時代まではそういうものであった和歌は今日では、やまと言葉専守を改め、俳句同様に、日本語で詠めばよいものになっています。だから、多くの日本人が、万葉以来の伝統詩歌である短歌を、今日なおも詠むことができるのです。現代の日本人は、自分が使う言葉がやまと言葉であるのか漢語であるのかの区別など知らなくとも、日本語であることさえ知っていれば、短歌を詠んでいい。
 やまと言葉から日本語へ、日本の歌人たちのこの改革・前進の努力と比較するとき、日本の漢詩人・漢詩壇は、日本の伝統詩歌であった漢詩の維持発展、普及のために、何をしてきたでしょうか。平水韻による七絶・五絶作りの指導ばかりをし、その難しさばかりを説いてきただけではないでしょうか。和習をたしなめ、起承転結の難しさばかりを説いて七律や五律を作る意欲を育てず、平水韻と絶句作りを絶対化することしかしてこなかった。そして、平水韻とそれによる絶句作りを絶対とするなかで、詞や詞韻、曲や中原音韻の研究・普及を、怠ってきた。わが国において平水韻が絶対視される背景には、このことがあります。

 さて、日本の漢詩人・漢詩壇が、日本人の漢詩作詩能力の維持・発展、普及のために何をしてきたかという問いはそのまま、中国の詩人たちがこれまで何をしてきたかという問いになります。日本の場合は正岡子規や与謝野鉄幹が始めた俳句や短歌の改革を引き金として、伝統詩歌の現代化が行われたという幸運があり、だからこそ短歌も俳句も日本の伝統詩歌として生き生きと詠み継がれていますが、中国の古典詩詞はどうであるのでしょう。中国の古典詩詞の教育は、小学生の頃から絶句を中心に詩と短い詞を学び、中学生では律詩と長い詞を学んでおり、古典詩詞の教育でいえば、当然のことではあるでしょうが、日本の漢文教育以上に詩詞の教育に時間をかけています。しかし、日本人1億のうち何百万人もが俳句・短歌作りを楽しめているのに対し、中国人13億のうちどれほどの人が、伝統の詩詞作りを楽しめているでしょうか。伝統詩詞作りの現代化、現代化による大衆化、という点で中国は、わが国と比べて、遅れている、といえます。
 そして、その現代化、大衆化こそが伝統詩歌作りの層を厚くし、将来へ向けての命脈を保っていくものであることは、論を待たないでしょう。私は、中国における「新韻」運動の大きな目的は、そこにあると思っています。中国古典詩詞の過去の蓄積を否定するものではありません、未来へ向けての活力を生み出していくためには伝統詩詞作りを現代化し、大衆化していく必要があるのです。

 ここで思うべきは、そういう「新韻」を受け入れ、推進しようとしている中国の古典詩詞壇の指導者たちは、日本の漢詩人がおおむね平水韻で詩しか書けない詩人であるのに対し、平水韻で詩を書き、詞韻で詞を填め、中原音韻で曲を制することができる人たちだということです。旧韻の世界でそれだけのことができているのに何が不足だと考えて、彼らはいまさらに「新韻」にまで手を出そうとしているのでしょうか。中国の伝統詩詞を広く深く愛し、旧韻を極めている彼らが、なぜ今「新韻」なのか、ということです。旧韻だけのままでは先細りが見えている、そういう危機感がなければ「新韻」を受け入れるはずがないのであって、中国における「新韻」運動の背景にはそういう危機感があると思います。日本の漢詩は、七絶が作れる人間がちらほらといれば、日本漢詩の伝統の命脈を保てるでしょう。しかし、中国では、律詩も作れ、詞を填めることもでき、曲も制することができる、そうでなければ伝統詩詞の継承者として一人前とはいえないのだとすれば、やれ平水韻だ、詞韻だ、中原音韻だなどという瑣末な詮議に力をそぐよりは、それらを一網打尽に「新韻」でくくってしまう方が、よい作品作りのうえで生産的です。なぜなら、伝統詩詞の継承発展のためには、日本での短歌・俳句の成功に見るように、一部の天才や図抜けた専門家の力だけでは足りず、大衆が参加できる環境が必要だからです。七絶が作れるようになることばかりに注力している日本の漢詩界の指導者たちは、この点についての洞察に、欠けるところがあるように思えます。

 下記拙作は、1998年にこのページに投稿させていただいたものです。詩作りを楽しむためには白楽天の才は要らない、多くの人が押韻できることの方が重要だ、という意味で作ったものです。

接落塵先生的好詩写所感    落塵先生の好詩に接し所感を写す  鮟鱇

詩思何恐大家裁   詩思、何(なん)ぞ大家の裁を恐れんや
景在月光情古苔   景は月光に在り情は古苔
万衆千心励押韻   万衆の千心、押韻に励まば
数篇将敵楽天才   数篇、将(まさ)に楽天の才に敵さん



















2017.7.31

私の意見47[鹿児島県・櫻岳さん(10代・男性)]

[正格・自由詩の共存が必要]

 鈴木先生、初めまして。安原櫻岳と申します。鹿児島県在住の高校生(三年)です。
 平仄は必要か否か、という問題について一つ提言を行わせて下さい。

 私は高校一年の時、ある結社に入会して漢詩創作を始めました。
 指導して下さった先生は、「漢詩創作においては平仄は絶対揺るがしてはならない掟である」と常時仰っていたので、私はそのご教示に従って正格の漢詩創作を続けていました。
 しかしながら、ある機会があって同級生や後輩に漢詩創作の世界を紹介した際、彼らにこの様に言われました。

  「その平仄っていうのがなければ楽しく作れるのですがね…」

 この言葉を聞いた時、私は「そうか、(文芸が好きな)一般の人は別に漢詩の規則とかにこだわらないのだな」と初めて感じました。
 そして、漢詩は一般の方からはどの様に見られているのか、どの様にすれば漢詩創作文化が広まるのか、その答えを自分なりに突き止めようと思い立ちました。
 私は高校生活を通して、様々な社会層の人々と(時にはSNSで)出会い、貴重なご意見を拝聴して参りました。

 結論を申し上げますと、私は今必要なことは「自由詩の家」を作ることだと考えております。
 現在、日本で最大の漢詩創作の組織は「全日本漢詩連盟」です。
 会報を拝見させて頂く限り、この組織においてはあくまで「規則を遵守した詩」が正統であり、そこから外れたものは漢詩ではない、という立場が取られているように思われます(それを少し緩和してもよいのでは、という意見も紹介されてはいますが)。
 そして、一般的には、「日本の漢詩壇」=「全日本漢詩連盟」と解釈されていますので、世界的な評価としては「日本漢詩壇は規則にかなり厳しい」となっているように思われます。

 しかしながら、私は活動を通して必ずしもそうではない、ということに気付かされました。
 例えば平成自由詩です。一部では「あれは詩ではない」と酷評されていますが、「規則がないなら、自分でも作れるかもしれない」と思われた方々も一定数おり、実際今でもTwitterを中心に数多くの平成自由詩が排出されております。

 また、現在では滅びたと思われている狂詩も、実は創作されている方々が一定数おります。
 狂詩は「漢詩では詠むことの出来ないものを、諧謔を交えて詠む」という正格漢詩にはない魅力があり、それに魅かれる方々が今も存在しているのです。
 ちなみに、私の高校でも作る人は少なからず居ます。

 しかし、この両者は、インターネット以外のメディア(新聞、テレビなど)に登場することは滅多にありません。
 そもそも大規模には流行していないことが第一の原因であるとは思いますが、「正式な組織として形が定まっていない」ことも原因の一つであると考えられます。
 例えば全日本漢詩連盟は、文部科学省公認の組織であり、信用度も高いのでイベントを開催すると(小規模ではありますが)新聞に掲載されることがあります。
 しかし自由詩は、ネット上で少々話題になっているだけである、と見なされ(茨城空港石碑の件などは例外として)殆ど紹介されません。

 よって、繰り返しますが、私は今必要なことは「自由詩の家を作る」、すなわち「正格漢詩志向とは別の、自由詩志向の団体を形作る」ことだと思われます。
 もう少し突き詰めると、「規則が必要か不要か」ではなく、「規則を守る勢力、束縛から放たれる勢力を共存させ、互いに高め合いながら『日本における漢詩的文脈』全体を復活させていく」ということです。
 どんなに自由化を求める声が上がっても、それを受け入れる受け皿がなければその声は形になりません。

 また、これが達成されれば、自由詩だけでなく正格漢詩にも新しい風が吹き込まれると思われます。
 今まで考えが及ばなかった領域を、自由詩が切り拓き得るからです。
 これにより今の漢詩壇の問題である「同じような、春夏秋冬花鳥風月の詩しか作られない」という問題も解決され得るのではないかと思われます。
 (最も、だれでも簡単に自由詩が作れるような本が書かれ、自由詩が広まることが前提ですが)。

 現在、日本の漢詩創作人口は全日本漢詩連盟会員+隠れ漢詩人をカウントしても4000人には達さないと思われます。
 高齢化も顕著であり、このまま規則遵守の流れのみを正統としていては必ず行き詰ると考えられます。
 その様な状況下に於いては、「正格漢詩・自由詩対等・共存」の道が一番、日本の漢詩文脈の存続に有効なのではないでしょうか。

(追記)
 反論・批評は構いませんが、受験勉強で忙しいので返信は受験後になる可能性があります。お許しください。

 なお、私がSNS上で行った活動は下記のアカウントに集約されています。
 特にモーメントの「現代漢詩壇への提言」ではこの平仄討論会と一見同様の、しかし少し趣の異なる議論を行いました。
 是非ともご覧になってみて下さい(2017年7月23日をもって、受験終了まで一時活動停止中)。

     安原櫻岳@漢詩研究所