46・47作目は 三耕 さんからの作品です。

作品番号 1999-46

   同宿一杯            三耕

同宿天涯如露間   同宿 天涯 如露の間

一杯破顔一杯笑   一杯 破顔 一杯 笑う

薫風不当北面壁   薫風 当らず 北面の壁

名月遍照任地空   名月 遍照 任地の空

          

<解説>

 合宿の研修を終えての作です。ちょうど満月でした。
以下失礼ながら説明です。

 [注釈]
如露間:暫時。

<感想>

 承句は句中対が使われていますが、「破顔一笑」と言われるように、「破顔」も「笑」も同じ意味ですから、この対句は「笑った」という事を強調する表現になっていますね。
 お仕事での合宿研修でしょうか。終えられた後の開放感と、詩中の「薫風」と空の「明月」がよく合っていて、爽やかな仕上がりになっていると思います。
1999. 6.20                 by junji




















作品番号 1999-47

    水柳            三耕

水流且穿石   水は流れ 且つ 石を穿つ

柳緑堪磐松   柳の緑は 磐松に堪えむ

万法一灯断   万法 一灯にして断ち

任風不逐蹤   風に任せて 蹤を逐はず

          (上平声 二冬)

<解説>

 道元の言う「柔軟心」とはこんなもかなぁと、書いてみました。

 以下失礼ながら説明です。
 [語釈]
「穿」 :うがつ。
「堪」 :たえる。まさるの意を含む。
「磐松」:年中青い葉のある常磐なる松。
「蹤」 :あと。蹤跡。

<感想>
 「行雲流水の如し」と自らを語ったのは北宋の蘇軾(蘇東坡)でしたが、変化するものと変化せざるものとの狭間に立って、流れるように生きるのは難しいものですね。
 我欲を捨てることはできても、自我を捨てることはできず、年齢を重ねると共にいつの間にか「頑迷固陋」と言われる側に心理的に入ってしまっていたりして、ふと、いじけたりするこの頃です。
1999. 6.20                 by junji





















 48作目は 鮟鱇 さんの作品です。
 松島に行かれた時に作られたそうです。

作品番号 1999-48

  松島偶感           鮟鱇

海昇明月鎮波瀾   海に昇るの明月、波瀾を鎮め

島嶼晩粧松影閑   島嶼、晩粧して松影閑たり

遙聴鐘声瑞巖寺   遙かに聴く鐘声、瑞巖寺

相伝今昔響銀湾   今昔に相伝して銀湾に響く

          (上平声十四寒・十五刪通韻)

<解説>

 先月、中学の修学旅行以来三十数年ぶりに、松島へいく機会を得ました。
 国立公園として保全されている光景は、三十数年前と同じであり、絶景であることに変わりはないはずですが、不思議なもので、今しも目の前にある島々は、どこか色あせてしまったと感じたものです。
 この詩は三十数年まえの印象を歌っています。詩を作るうえでは現実の見聞はあまり役に立たず、記憶や想像力のほうが雄弁ではないのかなどと考えています。

<感想>

 松島を初めて見たのは、私は大人になってからで、20代の後半くらいだったと思います。
 その時の第一印象はあまり良いものではなく、箱庭のようなこじんまりとした感じで、ちょっとがっかりしたものです。というのも、「松島やああ松島や松島や」ではありませんが、何となく自分の中に「松島は雄大で、ものすごく美しい景色だろう」という思いこみが、きっとあったのでしょう。
 雄大な景観ということで言えば、鬱蒼と茂る瑞巌寺の杉の林の方が心に鮮明に残りました。
 その後に二度ほど行く機会がありましたので、幸いにも松島の美しさも理解できるようになりました。
 私が最初に見たのが20年前、鮟鱇さんの記憶は30年前、でもその間の時の流れよりも、お互いの印象の違いの理由は、私の俗物性かもしれませんね。

 今回の詩では、起句がやや流れが悪いように思います。承句以降からは夕暮れの松島湾の景色が思い浮かぶのですが、そこに配するのに「明月」では時刻が遅すぎるようです。出たばかりの月ということで、「新月」ではどうでしょうか。
 あるいは夜の景として「銀湾」と対応させるのなら、「晩粧」を変えてみるのも良いと思います。

1999. 6.20                 by junji



 作者の鮟鱇さんから、次のようなお返事をいただきました。

 「 起句の流れが悪いとのご指摘でしたが、月が昇るという「動き」と、波が静まるのではなく、鎮めるという擬人表現の「動き」が、少々乱暴であるのかもしれません。
 わたしはどちらかといえば静かな「観照」の詩ではなくて、どんなに静かな光景を描くのであっても、時間の流れだけは忘れないよう「動き」をいれておきたいと思っていますので、なかなか直すのが難しいです。
 また、「新月」の表現ですが、出たばかりの「月」の意味ではよいと思いますが、天文学でいう「新月」と混同されないかと恐れます。

 承句は「晩粧」が色彩的に派手であるのかもしれないと反省しています。「夜粧」とするか、あるいはここも擬人表現であるのがいけないのかもしれません。
 一般的には、擬人表現は漢詩の世界では気をつけなければいけないこととされているように 思いますが、ドガが踊り子の動きを止めて絵にしたようなことを漢詩でもやってみたいという思いがありまして、動かない絵を動かすために擬人表現を使ってしまいます。
 以上、ボヤキとしてお聞きいただければ幸いです。


 ということで、後日、第二稿を送って下さいました。


  松島偶感(改)           鮟鱇

海新円月鎮波瀾   海に新しき円月、波瀾を鎮め

島嶼夜粧松影閑   島嶼の夜粧、松影閑たり

遙聴鐘声瑞巖寺   遙かに聴く鐘声、瑞巖寺

相伝今昔響銀湾   今昔に相伝して銀湾に響く






















 49作目は 桐山人 の作品です。

作品番号 1999-49

    夏隠士        夏の隠士  

緑天深処竹山蒼   緑天深き処 竹山蒼く

孤鳥帰林已夕陽   孤鳥林に帰り 已に夕陽

啜茗談詩遺俗事   茗を啜り詩を談じて俗事を遺(わす)るれば

清風一陣払苔床   清風一陣 苔床を払ふ

          (下平声 七陽)

<解説>

 夏の陽射しを浴びていると、つい無闇に木陰が恋しくなりますね。
 冷たい麦茶などを飲みながら、濃い緑の葉を眺め、大地は一面ただ白くて、ふと気が付くと別の世界に入り込んだような気がします。
 春の桃花源も別天地でしょうが、夏にもありそうな気がして、そんな思いで作った詩です。






















 50作目は大阪の 音 心 さんからの作品です。
 初めて作られたそうですが、言葉の感性がとても豊かな印象を受けました。

作品番号 1999-50

  鮮夏        

蒼穹薫風度   蒼穹にて薫風は度る

翠陰求透涼   翠陰に求むは透ける涼しさ

空覆晴嵐視   空を覆う晴嵐を視、

来夏日想望   来たりし夏の日を想望す

          (下平声 七陽)

<解説>

 夏は鮮やかという印象があるので、そんな気持ちで作りました。
 まだ夏というには早いですが、木陰に入ると涼しくて夏はもうすぐだなと想います。
 透ける涼しさって何だか自分でもよくわからないのですが、そういう印象がありましたので。

 自分の語彙の少なさにひたすら脱力。
 皆さんがどうやって漢詩を作ってらっしゃるのか、コツを教えていただきたいです。
 (レクチャーを受けて推敲をし、)漢詩を作るのが楽しくなってきたのはいいのですが、力が到底及びませんので、こんなものを載せてお目汚しになるかと思いますが、頑張ってみました。

<感想>

 音心さんから初めに詩をいただいたのは2週間程前だったと思います。
「漢詩を作らなければならなくなって、初めて作ったもの。おかしな所を指摘して下さい」という旨が書かれていました。
 そのままでも十分だと私は思いましたが、文法上で気になる所くらいを連絡しました。推敲して送って下さったのが上の詩です。
 詩としての体裁を整えて行くことを優先するならば、まだ直さなければならない所もあるでしょうが、音心さんの感受性がよく表れていて、これはこれで良いと思います。
 「詩を作るのが楽しくなってきた」とのお言葉ですので、心の中を言葉に変換することを続けてみて下さい。いくつか作った時に、この第1作をもう一度見直すのも良いでしょうし、記念としてこのまま残すのも良いでしょう。
 今は、次に進むことが大切だと思いますよ。
 がんばって下さい。

1999. 6.30                 by junji





















 51作目は 真瑞庵 さんからの作品です。
 

作品番号 1999-51

  三岳村春暮夕景      三岳村春暮の夕景  

嫋嫋晩風漓翠光   嫋嫋たる晩風 翠光を漓し

漏鐘繞郭告昏黄   漏鐘 郭を繞って昏黄を告ぐ

峰頭落日雪濃抹   峰頭落日 雪は濃く抹い

山脚残暉花淡粧   山脚残暉 花は淡く粧ふ

野水一筋堤柳暗   野水一筋 堤柳暗く

茅檐数戸短灯煌   茅檐数戸 短灯煌く

旅亭獨酌村醪盞   旅亭独り酌む 村醪盞

暮色沈沈曾北荘   暮色沈沈 曾北荘

          (下平声 七陽)

<解説>

 御岳山麓の三岳村を訪ねた時の作品です。
 夕日に映える御嶽山の残雪の美しさ、夕闇迫る山間の村の長閑さが表現できたらと思っています

<感想>

 真瑞庵さんのいつもながらの美しい対句と、慎重に選ばれた言葉が木曽の山並みを目に浮かばせてくれますね。
 五句目の「一筋」がやや気になりますね。「一条」が一般的な表現だと思いますがいかがですか。

1999. 6.30                 by junji





















 52作目は 鮟鱇 さんからの作品です。
 

作品番号 1999-52

  行 吟          鮟鱇

穿松明月照何人   松を穿つの明月、何人を照らさん

曲磴微輝似龍鱗   曲磴、微かに輝いて龍鱗に似る

軽酔逍遙近仙境   軽酔して逍遙すれば仙境に近く

幽吟登陟到星辰   幽吟して登陟すれば星辰に到る

          (上平声 十一真)

<解説>

 最近、漢詩を少し声に出して歌えるようになりました。
 先日、湯河原の暗い坂道を登ることがありました。
その印象を詩にしてみました。

<感想>

 後半の対句が印象的ですね。
 月の光を頼りにしながらの山道、いつの間にか空にまでさすらうような感覚、よく分かる分だけ詩にするのが難しいところだと思いますが、「軽酔・幽吟」という控えめな言葉が雰囲気を作っていると思います。
 印象的な詩になったと思います。

1999. 7. 4                 by junji





















 53作目は 河東 さんからの作品です。
 常連の鮟鱇さんと近々、横浜で会うそうです。きっと、漢詩談義に花が咲くことでしょうね。

作品番号 1999-53

  誤入東京之猿          河東

平川雖到未興災,   叫捉之声已似雷。   

警察網羅方撤去,   名人圏套又投来。   

他心有詐施蒙汗,   爾命無由化芥埃。   

連日周旋非久計,   帰山宜早莫徘徊。   

          (上平声 十灰)

<解説>

 [語釈]
※ 圏套:わな
※ 蒙汗:蒙汗薬。意識を失わせる薬。『水滸伝』によく登場している。ここでは睡眠薬の意味で使った。

 [訳]
町に来て、災いを起こしてもいないのに、
捕まえようと叫ぶ声が既に雷ほど大きい。
警察の網は漸く撤去したのも束の間、
名人の罠は又投げてきた。
その人の心は(汝を)騙して睡眠薬を施した。
汝の命はここで埃やゴミになる理由がない。
連日周旋するのは長期的な方法ではない。
迷わずに早く山に帰った方が宜しい。

<感想>

 何日前の新聞でしたでしょうか。民家のベランダにちょこんと座った猿の写真が載っていましたね。
 人間と小動物の共存が今話題になっています。以前は動物達の世界に人間が侵入していくことが問題とされていましたが、最近は人間の世界にかろうじて残っている動物達を根こそぎ追い払うような仕打ちが批判されています。
 ここまで壊してきた人間の罪深さと、電気や石油びたりの生活からいまだに抜けきろうとしない自分への弾劾の意味もあって、「何でもかんでも環境保護を!」という姿勢から私自身は少し離れていたのですが、昨今の状況を見ると、どんなに小さなことでも、気が付いた人が気が付いた所から守るようにしないといけないと思うようになりました。
 バブルの夢が覚めた反動が日本を覆い、政治への不信と経済への不安が高まる中で、モラルとか良識という言葉が死語化しつつあるような状況に、ひょっとしたら猿もあきれてからかいに来たのかもしれませんね。

1999. 7. 4                 by junji





















 54作目は 真瑞庵 さんからの作品です。
 真瑞庵さんからの投稿では、初めての絶句ですね。

作品番号 1999-54

    晩春            真瑞庵

遅日津頭煙靄生   遅日の津頭 煙靄生じ

風来才揺柳枝軽   風来りて才かに揺れて 柳枝軽し

已謝桜花望堤上   已に謝す 桜花堤上に望み

西山欲雨近清明   西山雨ならんと欲して 清明に近し

          (下平声 八庚)

<解説>

 清明節の詩を投稿するには時機を失していますが、やっと纏りましたので投稿しました。
 晩春の治水神社あたりの風景です。時の移ろいの物悲しさを表現したつもりです。

<感想>

 近景から遠景への展開がきれいに流れていて、立体感のある詩ですね。
 特に、結句の「西山」の語が切れ味を良くしていると思います。「南山」では隠者めいてきますしね。日が沈んでいく西の山が、物静かな結末を象徴しています。
 絶句は言葉が少ない分だけ表現が凝縮されていますが、描かれているのはいつもの真瑞庵さんの世界ですね。

1999. 7. 8                 by junji





















 55作目は 河 東 さんから。
 前作「誤入東京之猿」の時に紹介しましたが、鮟鱇さんに会われたとのこと。
お二人からその折の詩を送っていただきました。
 まずは河東さんの、詩に寄せられた言葉から。

 鈴木先生 こんにちは。
 鮟鱇さんにお会いしてきました。
 横浜の中華街で老酒を飲みながら、漢詩について語り合い、楽しい一時を過ごしました。
 今度鈴木先生が東京に来られるときは、是非、3人で会おうと思っています。

作品番号 1999-55

  再会鮟鱇先生      河東

年前渋谷曽相見,   

梅熟横浜又会君。   

鴻雁雖然伝網上,   

高談最好是親聞。   

          (上平声 十二文)

<解説>

 [訳]
去年(旧暦)の暮れに渋谷でお会いし、
梅が熟した今、又君にお会いした。
インターネット上で電子メールをやりとりしてはいるが、
ご高説は直にお聞きするのが最高である。


<感想>

 「鴻雁」は古くから使われている言葉で、渡り鳥であるカリ(大きいのが「鴻」・小さいのが「雁」)のことですが、転用されて「旅人」とか「手紙」の意味でも使われます。そんな古い言葉が「電子メール」にもなってしまうところが面白いですね。

1999. 7. 8                 by junji





















 56作目は 鮟鱇 さんからの作品です。
 55作目の河東さんの詩と同じく、お二人が会った時の作です。

作品番号 1999-56

  再会河東先生于関帝廟      関帝廟に河東先生と再会す

関帝廟瞻何処天   関帝廟の瞻るは何処の天ぞ

華風絢爛思依然   華風絢爛として思いは依然たり

唐朝已遠詩魂近   唐朝、已に遠くも詩魂は近く

同願雲飛中日連   同に願ふ、雲飛んで中日に連なるを

          (下平声 一先)

<解説>

 河東さんとは鈴木先生のこのページがご縁で知り合ったのですが、久しぶりに横浜の関帝廟前の広東料理店でお会いし、詩について、また、詞について、楽しいときを過ごしました。
 鈴木先生、ありがとうございます。先生も東京・横浜にお立ちよりの際はぜひ、と河東さんと意気投合しておりますので、その節はぜひ。

 河東さんの詩には、私はいつも驚かされます。
 私などは、詩を作ろうと思うといつも気張ってしまい、今の時代の普段の息使いで書くことができません。河東さんは今の時代の普段の言葉で「話す」ように詩が作れ、だからいつも詩中には、人間、類としての人間ではなく、個人としての人間の響きがあります。
 「詩中有画」とか、「景中有情」とかの世界は、われわれ日本人も描けるのですが、「詩中有個人」はなかなかむずかしく、いつも羨ましく思っています。

<感想>

 鮟鱇さんの仰る通り、河東さんの詩には絶妙な軽さ、と言いますか、肩に力を入れないでいて、しかも味わい深い余韻が潤沢に籠められていますね。それは何よりも河東さんの人柄が表れたものではないか、と私は思っています。
 体調が戻りましたら、東京へ行く機会も作りますので、是非私も仲間に入れて下さい。

1999. 7. 8                 by junji





















 57作目は少し趣向を変えて、高校生の伯梁体を読んでみて下さい。

 これは、今年の6月に高校3年生の漢文の授業で実施しました。
 漢詩を作る前段階として1句創作を勧めますが、これはもっとルールを簡単にし、韻だけは決めますが平仄は無視します。
 今回は、練習の意味もあって、「上平声一東」の韻字を印刷して生徒に渡しました。「この中の一字を最後に持ってくるようにして、各自好きなように七言の句を作るように」と指示しただけですので、彼等は思いつくままに作ってきました。後で私の方で多少のつながりがつくように並び替えたものですが、どうしてもつながらないものもあります。それはそれで、高校生の言語感覚を味わってみて下さい。

作品番号 1999-57

 伯梁体の作(1)       半田東高校3年3組

今日空晴無雨風   (女)今日空晴れて雨風無く

新緑枝間見美虹   (女)新緑の枝間 美虹を見る

心中真実自我夢   (男)心中の真実 自我の夢

深夜飛交初夏虫   (男)深夜に飛び交ふ 初夏の虫


弁当食後腹内豊   (女)弁当を食し後 腹の内は豊か

午後授業睡眠中   (男)午後の授業は睡眠の中 

快晴窓辺見良夢   (男)快晴の窓辺 良夢を見る

先生説教講義終   (女)先生の説教 講義終はる


嫌事続日涙流滝   (女)嫌な事の続く日は涙流は滝なり

泣過涙枯私心空   (女)泣き過ごして涙枯れ 私心空し

秋日夕方吹涼風   (女)秋日夕方 涼風を吹かしめ

晴夜澄耳聞鳴虫   (男)晴夜耳を澄まして鳴虫を聞く


窓外焼肌暑日中   (女)窓外肌を焼く 暑き日中

実力試験中見夢   (男)実力試験中 夢を見る

初夏揺木葉南風   (女)初夏に木の葉を揺らす南風

一瞬豪雨後見虹   (男)一瞬の豪雨の後 虹を見る


夕陽美日海岸通   (男)夕陽の美しい日の海岸通り

只今道路工事中   (男)只今道路工事中

今年虎勝父見夢   (男)今年は虎が勝つので父は夢見る

世界大会金銀銅   (男)世界大会金銀銅を

          (上平声 一東)

<解説>

 結果的に聯句の形になって起承転結らしくなっているのもあれば、全くつながりのないものもあるのですが、このままあと一ひねりすれば絶句になりそうですね。
 平仄を合わせるのはまだまだ当分先でしょうが、漢字による言葉遊びの感覚が出てきてくれればいいと思っています。


1999. 7.20                 by junji





















 58作目は 鮟鱇 さんからの作品です。
 梅雨明け直前の空模様を思い浮かべながら読んで下さい。

作品番号 1999-58

 再読微如涙吶之詩有感      ヴェルレーヌの詩を再び読みて感あり  

梅雨為誰悲巷間   梅雨、誰が為に巷間に悲しまん

別君難忘涙潸潸   君と別れて忘れ難く 涙潸潸たり

不知明旦天晴否   知らず、明旦、天の晴るるや否や

臨鏡吾慵滅笑顔   鏡に臨むも吾には慵(ものう)く 笑顔を滅す

          (上平声 十五刪)

<解説>

 (訳)
梅雨は誰れのためにちまたに悲しむのでしょう
あなたと別れて忘れがたく涙はらはら
あしたには空も晴れるでしょうか?
鏡に向くのも私にはもの憂くて、笑顔を失ってしまうでしょう

 (補足)
梅雨はまだ明けません。先週の日曜日、30年ぶりにヴェルレーヌの詩を読みました。
「ちまたに雨のふるごとく」
原詩は各行6音節程度(程度というのも、音節の正確な数え方が分かっていませんので)。韻は1・3・4行目で踏んでいます。
 韻の踏み方は漢詩とはちょっと異なりますが、全体として絶句とあい通じる響きがあるように思い、上記の作を作りました。
 なお、「微如涙吶」は、ヴェルレーヌの名の漢訳を私なりに試みたもので便宜上のものです。正式な漢訳、知らず申し訳ありません。

 以下、ご参考まで原詩を紹介します。
Verlaine:Romances sans paroles:Ariettes oubliees III

Il pleut dans mon coeur      ちまたに雨が降るように
Comme il pleut sur la ville;    わたしの心にも涙ふる
Quelle est cette langueur     なんという悲しみが
Qui penetre mon coeur?      わたしの心にしみ透ることでしょう

<感想>

 この漢詩のホームページを通してヴェルレーヌに出会うとは思いもしませんでした。「やられた!」という感じですね。
 脚韻の美しさは外国の詩を見たり聴いたりした時に強く意識します。日本の詩歌では、(私見ですが)日本語の特性として文末や句末には付属語が来るために、脚韻の効果が弱く、単調になってしまうように思います。
 しかし、脚韻が少ない(頭韻も少ないと思いますが)と言っても、韻律そのものの意識は深いわけで、定型を離れて非常に柔軟に日本の詩歌は韻律を駆使しているのだと思います。
 萩原朔太郎が『月に吠える』の序文で、
「(詩の)リズムは説明ではない。リズムは以心伝心である。そのリズムを無言で感知することの出来る人とのみ、私は手をとって語り合ふことができる」
 と語っていますが、韻律による構築物を「説明できない」としたところに、まさに日本の詩歌の真髄があるように私は思います。

1999. 8. 5                 by junji





















 59・60作目は 三耕 さんからの作品です。

 「今月のお薦め漢詩」に「滅却心頭火亦涼」とありましたので、先日この言葉を思い浮かべながら書いた詩「緑雨」、その他一篇「初晴一覚」を投稿させて頂きます。

 「滅却心頭火亦涼」は徳川軍に焼かれて死んだ甲斐の恵林寺の快川和尚の辞世の言葉としてのイメージを強く持っております。

 もう一篇「初晴一覚」は、珍しく東から天気の崩れた日の実景とお大師さんの関係書物を読んでいる中での感想を組み入れております。前回は確か「道元」の柔軟性だったかと思いますが、いろいろ読んでおりますとお大師さんにも物凄い柔軟性が感じられます。

作品番号 1999-59

  「緑雨」      

石蒸一緑雨   石蒸すに 一緑雨

犂冷多凄風   犂冷え 凄風多し

鉄馬征南北   鉄馬 南北に征き

新篁突大空   新篁 大空に突く

          (上平声 一東)

<解説>

以下失礼ながら説明です。

 [語釈]
「蒸」 :むす。
「犂」 :からすき。牛に引かせて田起こしする。
「篁」 :たかむら。竹。






作品番号 1999-60

  「初晴一覚」      

黒雲出石東来雨   黒雲 石より出で 東来の雨

白日駆車返照移   白日 車を駆りて 返照 移る

湖水済風揺緑蔭   湖水 済る風 緑蔭を揺り

初晴一覚六塵宜   初めて晴れて 一覚す 六塵宜しと

          (上平声 四支)

<解説>

以下失礼ながら説明です。

 [語釈]
「済」 :わたる。
「初」 :ようやく。
「宜」 :よろし。

<感想>

 「緑雨」の詩は、題名からして夏中の涼という感がありますね。結句の「大空」が和語ですのでやや気になります。しかし、夏目漱石も使っていますから、いいでしょうかね。
 「初晴一覚」の詩は、前対格の形式で、起句と承句が対句になっています。こういう場合は、対の方を優先しますので、起句が韻を踏まない(踏み落とし)詩がほとんどだそうです。
 三耕さんのこの詩の平仄を見ますと、
黒雲 出石 東来雨  ●○ ●● ○○●
白日 駆車 返照移  ●● ○○ ●●○
 対句は、二字または三字のペアの後ろの字が、平仄を違えていることが大切です。この詩はきれいに対になっていますね。

1999. 8. 5                 by junji



 作者の三耕さんからは、次のようなお返事をいただきました。

 「 「初晴一覚」の対句のお話。このように図示して頂けるとよく分かってもらえます。
 ただ、起句踏落しについては「対」の感覚に加えて他に次のようにも考えております。
「平声」の字はイントネーションがなだらかで、吟詠の中で一種の終止符の役割も持っている。 それで近代詩は二句毎に「平声」の韻を踏んで切れ目としている。七絶は起句押韻が多く、五絶にそれが少ないのも、五字で終止符ではあまりに短かすぎ、七絶では起句で一息おくという調子でしょうか。
 そこで七絶起承対句の場合、起句の後で一息おかれると承句との関係が切れる為、「仄声」の字にするのではないかという私の勝手な説です。
 特に「流水対」の場合、語としては起承の対は全く無く、二句一意による対句ですから、対というよりは、切れない為の起句踏落しという意味合いが強くなるように思います。

 尚、図を拝見して、起句「黒」が「玄」なら完璧な対だと思い付きました。が、やはり「黒雲」の何か妖しいイメージが密教の世界への先導としてふさわしいと思い直してもおります。


 押韻についての三耕説ですね。でも、分かりやすいと思います。

 また、「緑雨」の詩について、次のようなメールをいただきました。

 「 ちょうど「葛飾吟社」(http://www3.justnet.ne.jp/~katushika/)さんの「漢詩講座」で、中国では「空」はそらの意ではなく、虚を指し、そらの意なら「天」を使うべし。というような記述を拝見し、あわてて詩語辞典やら調べてみたところです。
 李白の「黄鶴楼送孟浩然之広陵」に「孤帆遠影碧空尽」とあり、又、そらの詩語として、横空、凌空、空中、晴空、半空などとありまして「空」自体はそらの意に使ってもよいかなと判断しております。
 ご指摘の漱石漢詩のなかの「大空」使用例は、「日本文学 テキスト 検索」(http://www.ics.meio-u.ac.jp/namihira/)で見ますと下の二篇ありました。

065
出門多所思、春風吹吾衣。芳草生車轍、廢道入霞微。
停〓而矚目、萬象帶晴暉。聽黄鳥宛轉、覩落英紛霏。
行盡平蕪遠、題詩古寺扉。孤愁高雲際、大空斷鴻歸。
寸心何窈窕、縹緲忘是非。三十我欲老、韶光猶依依。
逍遥隨物化、悠然對芬菲。

081
仰臥人如唖、默然見大空。
大空雲不動、終日杳相同。

 「大空」も「おおぞら」と読むと和臭の極みですが、「たいくう」と読んで、「大」は仏教で言うところの絶対の意に、「空」を「くう」の意に解せば、前の転句の南北の相対的な表現と合せ読んで大極的な納まりが付く、即ち、寒暑の相対の世界を突き抜けた絶対の境地を描く、と言うのは漱石以上に枕流漱石でした。

 また、程経ての文にて、
 「漱石漢詩のなかの「大空」使用例であった「春興」(M31.3)について、飯田利行氏の解釈から、私の思いと同様に「絶対の大いなる空(くう)」というものが下敷きにありそうです。
 と申しますのは、飯田氏によりますと、この詩の典故として蘇軾「老人行」の一節「故国日辺信息なく 斷鴻空しく逐う 水の長流するを」というのを挙げており、これを下敷きにすると「大空」は「むなしい」に絶対の「大」を付したものを連想します。

 とご指摘いただきました。

 「納得いくまでは調べ続けるぞ!」という三耕さんの姿勢に、頭が下がります。
 私が覚えていたのは、「仰臥人如唖、默然見大空、大空雲不動、終日杳相同」の方の詩です。これは、確か漱石が修善寺の大患の後、病臥のままに作ったものだったと思います。漱石の詩境が大きく変わった、と言われていますね。
 この漱石の詩の「大空」が、和臭の例として指摘されることがよくありますので、ふと、感想に書いたのだと思います。こうして、調べて深めて行くと、漱石の詩境もより理解されるようですね。

1999. 9. 7                 by junji