1行を半角80字の設定で表示して読んでいただけると、読みやすくなります。 大修館書店発行『漢文教室 第185号(1999年5月発行)』 「漢詩創作授業の取り組み」   −漢字への興味付けからインターネットを利用した生涯学習へ−                        愛知県立半田東高等学校 鈴木淳次 一 高校生が漢詩を作るということ  長年、高等学校で国語の教育に携わってきたが、韻文・散文を問わず、生徒の創作活動に対する指導の不足を痛感している。現代文の授業では、短歌や俳句の鑑賞を終えた時に、「さぁ、今度は君達も作ってみよう」という課題を与えたりもするのだが、正直な所は作らせっ放しで、せいぜいプリントにまとめるくらいのものである。勿論、体裁そのものの誤り(例えば、短歌を五七五七五で作る者が必ずクラスに数名はいる)程度なら指導も出来るが、それ以上の、内容や表現面に対する指導となると適切なマニュアルも無いためお手上げで、「時間不足と力量不足」という弁解に逃げているのが実状である。  ましてや、漢詩の場合は、創作に行く前段階として要求される基礎知識が多い。漢文の構造、返読・再読文字、基本的な句形、著名な作品の理解、特に漢字一字一字の意味を知っていないと、なかなか自分で漢詩を作ることはできない。今、私は「基礎知識」と述べたが、高校三年間でその基礎が身につかない生徒が圧倒的に多いわけで、さらにその上に平仄や押韻を求めることは、どう考えても無理な話、「生徒の漢詩創作」などは私も以前は考えもしなかった。  だが、この十年程、生徒達の漢字力の急速な低下を感じることが多くなった。漢字の意味を全く考慮しない宛字や誤字、平仮名の多用、テストの答案や日直日誌の生徒所感を読みながら、彼等にとって漢字は既に「表音文字」と化しているのではないか、そんな絶望的な思いに沈むこともしばしばある。しかし、現場の”国語科”教員としては、嘆いてばかりいるわけにもいかないだろう。漢字一字一字の意味や用法に対する知識の必要性を自覚できるような、少しでも漢字への興味や関心を育て得るような、そんな方策はないだろうか、というもがきの中での一つの試行がこの「漢詩創作の授業」である。  漢字だけを用いて(漢文で)風景や自分の心を表現する「漢作文」でも効果はあるだろうが、一句の字数や句数、可能ならば押韻や平仄といった規則や制限が多くなれば、それだけ一字一字の意味を意識しなくてはならなくなる。大切なのは、漢詩創作を通して何を身につけさせるか、である。私の当面の目標は「漢字の意味に対する興味付け」であったが、勿論、「漢詩により興味を持ち、自己を表現する手段として漢詩を選択できる生徒を育てる」という最終目標だって心の中にはある。だが、大げさに考えずに、差し当たっての目標でまずは始めてみれば良いのだ。 二 創作漢詩への第一歩  漢詩創作の授業計画を立てるに当たって一番に不安だったのは、果たして現代の高校生が漢詩を作ることに興味を持つのかどうか、また、漢詩にするような体験(感動)を個々の生徒が持っているのだろうか、ということだった。ただでさえ普段から文章を書くことを嫌がる彼等だから、「えー、やだー!」とか、「面倒くせー」という教室のざわめきの場面は十分に予測できた。  となると、制約はできるだけ少なくした方がよいだろう。しかし、逆に何でもありの自由詩では意欲が湧かないかもしれない。どのようなレベルまで「漢詩」に近づけて創作させるか、という目標設定で随分悩んだが、結局、初めは、押韻、平仄、欲張っても無理なことはあっさりと切り捨てた方がよい、ということを方針とした。従って、   1形式については、五言・七言の絶句・律詩とする。    (結果的にはほとんどの生徒が五言絶句で創作した。)   2押韻については、原則として踏むこととする。但し、全ての韻目を生徒が調べるこ   とは不可能だろうから、韻字表から生徒が使いそうな字を選んでグループ分けをし   たものを示して、それぞれのグループ内から韻字を選ぶように指定した。   3平仄については、全く問わない。   4漢文法については、可能な限り合わせるが、それによって生徒の自由な表現が制約   されることは避けたい。「漢字だけで詩を書き表す」という目標で、適宜指導する   こととする。  以上の私自身の確認の下、平成九年度の三年生に対し、資料@のプリントを配布し、私の漢詩創作授業の第一歩が始まった。  二学期末の定期考査後から冬休みまでの短い期間での展開であり、生徒が準備に費やした時間はほとんどないと思う。テストの答案を返した授業の最後に、次時の予告として、「次の授業では漢詩を作ってもらうので、漢文法のテキストと漢和辞典を持ってくるように。最近感動したことを何か思い出しておくこと」と指示した程度であり、生徒はこの授業で初めて書き始めた状態である。  プリントの@からCまでを十分程説明しておいて、すぐに「さぁ、始めよう」という乱暴な展開であるが、個別に質問に対応するということで、机間巡視を続けた。大半の生徒は興味を持って取り組んでおり、私が近くに行けば気軽に質問をした。  質問の中で主なものを分類すると、 <形式に関する質問> ・二句目の最後の字をこの字にした時に、四句目の韻字にどんな字が使えるか。 ・対句にしたいのだが、うまくいかないのでどう並べるか。 <用語に関する質問> ・これこれのことを言いたいのだが、どういう漢字や熟語を使えばいいのだろうか。 ・同音異義語の区別がつかないので、どっちの字を書いたらいいのか。 <漢文法に関する質問> ・反語形や再読文字を使ったのだが、これで通じるだろうか。 ・韻の関係で述語と目的語の順序があわないのだが、どうすればよいか。 <表現に関する問題> ・これで起承転結になっているか。 ・こういう気持ちを言いたいのだが、どうもニュアンスが違う。 ・この二重否定はどっちの意味になるのか。  など、こちらが予測した以上の内容の質問が続いた。  具体的な言葉や漢字を前にしながら、私も生徒も辞書を引き、「こういう字もあるから、使ってみたらどうか」「こことここを入れ替えた方が、もっと意味がはっきりする」「この再読文字よりもこっちの方が内容と合うだろう」と、日頃の授業では思いもよらない(私としてはハイレベルと思える)やりとりをした。勿論、中には「せんせー、分からん」「こんなん、作れん」と叫ぶ子もいるのだが、そういう生徒も副教材を開いて句法を調べたり、辞書を当てもなく読んだりと、それなりの取り組みはしていた。最終的に、一時間から二時間の授業内では完成せずに白紙で提出した者も居たが、その白紙には何度も消しゴムで消した跡が残っていた。  この時に生徒が作った詩は、私の感想も添えてまとめて印刷し、生徒に配布した。同級生の作品ということで興味を抱いて熱心に読んでいた。(資料A)  この創作授業を実施したクラスは、漢詩のきまりにしろ句法にしろ、そうした基礎知識の定着率が決して高い方ではない。むしろ、「せめて再読文字の十個くらいは覚えろ」と何度も口を酸っぱくして言っても、水が洩れるように知識が消えていく印象が強かった。それは恐らくは、漢文をあまりに自分の日常や感性と関わりのないものとして生徒が捉えていたからではないだろうか。目の前で、何とか自分の心情を表現する言葉を探す姿を見ていて、私はこれまでの自分の授業を反省した。「興味を持たせ、関心を引き出す授業」の欲求を生徒は喪失しているのではなく、ただ単に機会が少なかったにすぎないのではないだろうか。漢文が日常的に遠いものとなりつつある現代だからこそ、実は数少ないチャンスを大事にするという発想で、もっと創意工夫を授業ですべきであったと自戒している。 三 コンピュータによる四声・平仄検索  平仄は考えないという前提で始めたのだが、生徒がこれだけ興味を持って取り組み、内容的にも満足できる詩を作ってくれると、やはり欲が出てくる。「平仄合わせ」まで実際に進められるかどうかは別にしても、平仄の規則が分かるまでにはしたい。しかし、どうやって平仄を調べさせるか。漢和辞典で一字一字四声を確認させる方法は、生徒の辞書を引く遅さを考えると、それに伴う意欲の減退の方が私には心配だった。  漢和辞典を引くことの学習効果、知識や興味の広がりなどを否定するのではない。しかし、漢和辞典は同義語、類義語を調べるなど詩の内容の深化のために使うべきで、平仄や韻目などの(高校生にとっては)形式的な項目を調べるだけのためなら他にもっと効率の良い手段があってもよいと私は思う。「詩語表」や「平仄辞典」があれば便利ではあろうが、生徒が使いこなせるかどうかを考えると、効果は疑問だ。  「楽して出来る平仄調べ」、専門家が聞かれたら叱られそうなこの課題を解くために私が考えたのは、コンピュータを使うことだった。漢字の持っている様々な情報をデータベース化すれば、キーボードから漢字を入力・検索することで、その情報を即座に閲覧できるはずだ。幸い、本校にはノートパソコンが前年度に二十台導入され、授業等で生徒が利用できるようになっていた。更に、現在の高校生は小・中学校でコンピュータの操作を学習しており、漢字入力に抵抗感は無い、逆に興味の方が強いとも思える。これらの条件から考えて、コンピュータを使用することが最善とし、ひとまずの方向性は決まった。  ところが、市販の教育ソフトやデータベースを調べても、四声・平仄・韻字表という私の希望条件に合うようなものはやはり見つからない。ならばいっそ自分で作った方が融通の利くものになるだろうと、プログラム作成に向かうことにしたわけである。  データ入力は時間さえ使えば出来上がることは予測できたので、問題は検索に使うコンピュータ言語(もしくはアプリケーション)を何にするかだった。色々と検討し、今回はインターネットのホームページに使われているHTML言語を用いることにした。ホームページ閲覧用のブラウザソフト(主流のマイクロソフト社やネットスケープ社からは現在無料で配布されている)さえあれば、他には特別なソフトは不要、つまり費用がかからないことと、将来的にホームページを公開して卒業生や一般の人も閲覧・利用できるようにしたいという希望を私が持っていたことが、選択の理由であった。(尚、HTML言語は漢字検索などのデータ処理機能を持っていないので、今回はJavaScript言語による付加命令も使って処理させることにした)  データ化した漢字数は約三千(「常用漢字」約二千に、使用頻度が高いと思われる漢字約千字を追加した)、十分な数とは言えないが、インターネットでのファイルの読み込み時間を考えると、実用上、妥協できる範囲と思われる。  それぞれの漢字には次の六項目の情報を与えた。 「平仄」 :平声は○、仄声は●で示した。 「四声」 :平声・上声・去声・入声の区別を示した。 「韻目」 :「一東」「三〇寒」などの『平水韻』の分類に従った。 「韻番」 :百六の『平水韻』による分類を、「上平声一東」から順に番号をつけて、       「韻目表」の表示に使えるようにした。 「読み」 :音と訓。 「用法」 :意味の違いによって四声が変わる場合などに表示。     *  ホームページの構成は、高校生以上を対象にして、漢詩(創作)に関する知識が総合的に理解できるようにと、以下のような項目を立ててページ(画面)を組み立てた。 「漢詩の歴史」:漢詩の発生から唐の時代までの漢詩の歴史を整理し、著名な作品については   閲覧できるようにした。 「漢詩の形式」:古詩と近体詩(絶句・律詩)について、基本的な形式を説明。 「漢詩の音韻」:四声の区別、押韻の決まり、平仄の一般的な規則とそのパターン例をま  とめ、初めての人でも平仄の規則が分かるように整理した。 「漢詩の実作」:この画面で平仄と韻目の検索機能を使う。調べたい漢字を入力すれば、  その漢字の平仄と四声が表示される。また、「韻字表」もここに添えたので、その漢  字と同じ韻目に属する漢字の一覧の表示もできる。    したがって、この両機能を使えば、押韻と平仄合わせが可能となる。 四 平仄検索の実践  このプログラムを用いて古典作品の平仄を調べさせることを、三年生文系の漢文の授業で実施した。教科書に載っている作品が生徒にも馴染みがあって一番良いのだが、平仄の規則に必ずしも一致していない場合も多く、「へー、ちゃんと規則通りに作られているんだなぁ」と生徒に感動を与えるためには、正格の作品の方が良い。今回は、五言絶句として王之渙の『登鸛鵲楼』、七言絶句として李白の『早発白帝城』、五言律詩として杜甫の『旅夜書懐』の三首について、それぞれの詩の平仄調べを課題とした。  コンピュータの使い方をまず説明し、漢字の入力と変換の操作、この平仄検索ソフトの使い方を指導した上で、資料BCDを用意し、時間を与えて調べる作業を始めた。  先述したように、生徒用にはノート型パソコンが二十台なので、クラス全員が使うわけにはいかず、二人で一台、交代して使うこととし、コンピュータを使っていない者は漢和辞典を引いて調べるように指示をした。生徒の方は慣れて来るとコンビネーションも良くなり、「この字はコンピュータに入ってないみたいだから、辞書で調べておいてよ。私の方は次の字を検索するから」と分担をしたりして、要領よく作業をしていた。約三十分程の時間だったが、後で集約したところ、課題の三首の内、二首まではほとんどのペアが調べ終えていた。中には、三首とも完了して、更に追加の詩まで調べていた者も三割程いた。この程度の短時間で平仄が調べられるのなら、機能としては十分と言えよう。  自分や友人の名前の平仄を調べている生徒、韻字表の漢字を一つずつ発音して、同じ韻だということを納得したり、首をかしげたりしている生徒、「漢詩って漢字のパズルみたいだね、先生」と面白がる生徒、「せっかく押韻したのに、返り点つけたらかわいそうだね」としみじみ話す生徒、私のこれまでの漢詩の授業での反応とは全く異なるものであった。それらは確かに、漢字や漢詩への興味や知識を拡げるきっかけとなっていただろうし、生徒を主体とした生き生きとした授業を展開する可能性を示してくれていた、と思う。 五 まとめ(教育とインターネットの可能性)  ここ数年のインターネットの急速な普及・発展がもたらした情報の大衆化は、現代社会の膨大な情報と人間の関わり方を変えつつある。教育についてもそれは例外ではない。  この漢字検索のホームページに、漢詩の投稿を受け付けるページを追加して、一般向けにインターネットで公開したのは昨年の五月である。以来ほぼ一年を経過するが、これまでに投稿された漢詩は既に百首になろうとしている。在日中国人の方からの作品もあれば、十六歳の高校生から八十四歳の方まで、初心者から漢詩創作歴二十年以上という方まで、幅広い層から頂いている。投稿された作品には、出来る限り感想を添えて掲載しているので、私の意見を参考に修正して、二稿、三稿と送って下さる方もいる。他の方の投稿作品や、高校生の漢詩に温かい感想と励ましを寄せても頂いた。  この一年間、それらの漢詩を通して多くの方と触れ合いながら、教育の媒体としてのインターネットの有効性を私は強く感じた。漢詩を作って投稿し、添削を受けた後に一般に公開され、それに対して更に多くの人からの感想を得る、このような双方向型の、ホームページとメールを利用した教育手段もこれからの一つの方向ではないかと思っている。いつでも、どこからでも、誰でも、自分の欲しい情報が手に入る、というインターネットの特性は、「生涯学習」の一分野としても十分機能する筈である。  私のホームページを見た卒業生が、次のようなメールを送ってくれた。卒業して八年、彼女は現在、北海道の大学院で獣医の勉強をしている。  ホームページ見ました!!。  先生のホームページを見ても、漢詩は暗号のように見えるし。何だかあまりにわからなくて、思わず「チャート式漢文」なんぞ購入してしまいました。  今勉強を始めると、何でも面白く思えるのですよね。高校生の時は見るのもいやだったのに。私の人生の中で、はじめて漢詩の勉強をはじめたわけです。まだまだ勉強を始めたばかりなので投稿なんてとてもできませんが・・・。  先生のホームページも楽しみにしているので、どんどんパワーアップしていって下さい。  これぞ生涯学習、私は素直に教員としての喜びをかみしめさせてもらった。     *  漢詩を作ることは誰にとっても簡単なことではないし、高校生にはましてやである。だが、初めから絶句が無理なら、韻だけを指定しての「一句創作(柏梁体)」、起句承句あるいは転句結句だけの「二句創作」などから始めても良い。和習(臭)やら文法間違いがあっても、それ以上に高校生の生き生きとした感性が表現されているなら良いじゃないか、という太っ腹。これに工夫が加われば、漢詩創作の授業はスタートできる。  漢詩や漢字の表現力や魅力を身近なものと感じ、季節の変化や人生の折々での生活感情と漢詩との関わりを大切にする、それが千二百年以上もの長きに渡って日本人が愛し守ってきた「漢詩文化」の伝統であろう。  まだまだ未完成の拙い実践ではあるが、伝統を未来につなぐほんのわずかの役割でも担うことができるならば、幸いだと思っている。  尚、『漢詩創作のホームページ』のアドレス(URL)は、現在は次の通りである。      http://www.tosando.ptu.jp/index.html  ご覧いただければ幸いである。 (本稿は、98年度漢字文化振興会主催論文懸賞における優良賞受賞論文を加筆修正したものである)