2025年の投稿詩 第181作は静岡芙蓉漢詩会の 子方 さんからの作品です。
 令和6年5月27日に静岡市の鎌倉文庫にて合評会を開きました。
 完成作を『芙蓉漢詩集 第34集』としてまとめました。

作品番号 2025-181

  駄駄茶豆之詠        

鮮明青菽夕陽淪   鮮明なる青菽(あおまめ) 夕陽淪(しず)む

舊友歸農奥羽垠   旧友 帰農す 奥羽の垠(きし)

精勵力行今故世   精励力行 今 世を故(あと)にす

君殘碧豆慰予人   君残せし碧豆 予人を慰む

          (上平声「十一真」の押韻)


























 2025年の投稿詩 第182作は静岡芙蓉漢詩会の 子方 さんからの作品です。
 令和6年5月27日に静岡市の鎌倉文庫にて合評会を開きました。
 完成作を『芙蓉漢詩集 第34集』としてまとめました。

作品番号 2025-182

  往茶園        

登坡一望廣茶園   坡に登りて 一望 茶園広し

嫩葉柔條碧鵠ノ   嫩葉 柔条 碧緑繁り

扶翼半天形旨茗   扶翼 半天 旨茗を形にす

悠揚富嶽洗心魂   悠揚たり 富岳 心魂を洗ふ

          (上平声「十三元」の押韻)


<解説>

 新しい芽のでた茶園を走った。柔らかい芽がきれいだ。茶園の向こうに富士が美しく見えた。

























 2025年の投稿詩 第183作は静岡芙蓉漢詩会の 一菊 さんからの作品です。
 令和6年5月27日に静岡市の鎌倉文庫にて合評会を開きました。
 完成作を『芙蓉漢詩集 第34集』としてまとめました。

作品番号 2025-183

  甲斐國        

春染連山躑躅紅   春は連山を染め 躑躅 紅たり

三竿花気遂東風   三竿の花気 東風を逐(お)ふ

天涯孤客惜芳意   天涯の孤客 芳意を惜しみ

歳序踟躕古駅中   歳序に踟躕(ちちゅう)す 古駅の中

          (上平声「一東」の押韻)


「躑躅」: つつじ
「三竿」: 日や月が空高く昇る
「踟躕」: 進むのをためらう
「歳序」: 季節の変わり目

























 2025年の投稿詩 第184作は静岡芙蓉漢詩会の 一菊 さんからの作品です。
 令和6年5月27日に静岡市の鎌倉文庫にて合評会を開きました。
 完成作を『芙蓉漢詩集 第34集』としてまとめました。

作品番号 2025-184

  母親節        

雨歇閑庭夏気清   雨歇(や)みて 閑庭 夏気清く

贈香石竹有歡聲   香石竹を贈りて 歓声有り

團欒愉色母親節   団欒 愉色 母親の節

人世不如慈孝情   人世 慈孝の情に如かず

          (下平声「八庚」の押韻)


<解説>

 母の日にカーネーションを贈った時の詩
「香石竹」: カーネーション

























 2025年の投稿詩 第185作は静岡芙蓉漢詩会の 一菊 さんからの作品です。
 令和6年5月27日に静岡市の鎌倉文庫にて合評会を開きました。
 完成作を『芙蓉漢詩集 第34集』としてまとめました。

作品番号 2025-185

  春分遭雨        

獨聽泠泠風雨聲   独り聴く 泠泠(れいれい)たる風雨の声

僅看翳翳府中城   僅(わず)かに看る 翳翳たる府中の城

喫茶一椀待新霽   一椀の茶を喫し 新霽を待つ

小雀花陰春草生   小雀 花陰 春草生ず

          (下平声「八庚」の押韻)


<解説>

 カフェで春の雨が止むのを待っているときの心情を詠みました。

























 2025年の投稿詩 第186作は静岡芙蓉漢詩会の 一菊 さんからの作品です。
 令和6年5月27日に静岡市の鎌倉文庫にて合評会を開きました。
 完成作を『芙蓉漢詩集 第34集』としてまとめました。

作品番号 2025-186

  小港        

灯火微微波上舟   灯火 搖搖たる 波上の舟

漁翁戴笠水悠悠   漁翁 笠を戴して 水悠悠

去帆一葉向何處   去帆 一葉 何処へと向かふ

春月朧朧入海流   春月 朧朧 海に入りて流る

          (下平声「十一尤」の押韻)


<解説>

 小舟が漁り火を点しながら港を出る様子を詩にしました

























 2025年の投稿詩 第187作は韓国の 槿叡 さんからの作品です。

作品番号 2025-187

  寒食        

寒食儒山氣候明   

韶光太蕩好天晴   

解氷春谷染花色   

立岸柳枝鳴鳥聲   

祖墓獻杯良俗繼   

民家禁火美風行   

子推此際燒身死   

追思忠魂感未平   

          (下平声「八庚」の押韻)






2025年投稿作
























 2025年の投稿詩 第188作は中国の 陳興 さんからの作品です。

作品番号 2025-188

  悼今田菟庵        

忽覺菟庵久無信,   

故人電話已關機。   

春歸花落空惆悵,   

不及柴門鏽鎖扉。   

          (上平声「五微」の押韻)






2025年投稿作
























 2025年の投稿詩 第189作も中国の 陳興 さんからの作品です。

作品番号 2025-189

  悼小畑旭翠        

旭翠菟庵化星去,   

吟魂春夜想隨風。   

電車來往只如昨,   

卻擾旅人回憶中。   

          (上平声「一東」の押韻)






2025年投稿作
























 2025年の投稿詩 第190作は 国士 さんからの作品です。

作品番号 2025-190

  夏日海村        

雨霽一灣砂亦C   雨霽れて一湾 砂また清し

憑欄只聽水禽鳴   欄に憑りて只聴く 水禽の鳴くを

津頭魚在波中戲   津頭 魚 波中に在って戯れる

岸畔人從畫裏行   岸畔 人 画裏に従って行く

山界萬重嶂近   山は万重を界して 青嶂近し

海當三面白鷗輕   海は三面に当たって 白鴎軽し

南風吹送午炎絶   南風吹き送って 午炎絶え

新月松林涼意盈   新月 松林 涼意盈つ

          (下平声「八庚」の押韻)


<解説>

 雨が上がり、入り江には清らかな砂が広がっている
 欄干にもたれて耳を澄ませば、水鳥の鳴き声が聞こえる
 港では魚たちが波の中で戯れ
 岸辺を歩く人々はまるで絵の中の風景のよう
 幾重にも重なる山の青い峰が近くに迫り
 三方を囲む海には白鷗が軽やかに舞っている
 南からの風が昼の暑さを吹き払ってくれ
 松林には新月が輝き、涼しさが満ちている




2025年投稿作
























 2025年の投稿詩 第191作は 国士 さんからの作品です。

作品番号 2025-191

  日本舞蹈        

華扇輕搖氣滿襟   華扇軽く揺れ 気襟に満つ

艶姿擧袖迫天心   艶姿袖を挙げて 天心に迫らんかと

戯臺演劇一場夢   戯台の演劇 一場の夢

妙舞傳承成古今   妙舞伝承し 古今を成す

          (下平声「十二侵」の押韻)


<解説>

 この前日本舞踊を見に行って作った七言絶句です。
 どこかまだ雅でない所や綺麗に締めくくっていない点がありそうです。
 所見よろしくお願いします。






2025年投稿作
























 2025年の投稿詩 第192作は静岡県袋井市にお住まいの 鹻鼠之丞 さん、三十代の男性の方からの初めての投稿作品です。
 9月から漢詩を創り始めたそうですので、皆さん、感想をお寄せください。

作品番号 2025-192

  告知國恥        

民如累累屍   民は累累たる屍の如し。

業卑將忘之   業は将をして之を忘れしむ。

憲法虚言否   憲法は虚言や否や。

人無上下差   人に上下の差無し。

          (上平声「四支」の押韻)


<解説>

 二十一世紀になっても未だに社会の格差を放置するのは文明国としての恥ですよとお知らせしたくなります。
 差別の放置は憲法の条文に反する事でもあります。


 お初にお目にかかります。
 以前から貴ページを拝読していましたが、今年の九月から遂に作詩を始めました。
 先ずは一首宜しくお願いします。ゆくゆくは填詞にも挑戦したいです。
 このページは、豊富な資料を集められ、教育普及活動をなさっている事に感服致しております。

<感想>

 初めての作詩とのことでしたので、今回は私から感想を差し上げました。

 題名は「告知」ですか、お役所言葉のような堅さがありますが、それが狙いかも、という気もしますので、まあ良いかとも思います。
 通常で言えば、「國恥」だけで十分です。

 全体的には文法の間違いもありませんので、よく調べて作詩されていると思います。
 表現として過剰な点があるので、その分、内容が伝わりにくくなっているのが残念ですね。
 例えば、起句と承句ですが、「社会の格差」や「差別」のある社会状況に対して「民如累累屍」と言うのは過剰な比喩です。
 軍政による圧迫された社会ということに喩える意図と思いますが、ここであまり強く「民は屍」と表すと、後半の「上下差」が、逆に軽く感じてしまいます。
 後半で仰っていることはよく分かりますし、そちらを主眼に置くならば、前半は比喩ではなく、具体的なものが出ると主張がよく伝わるでしょう。
 現行ですと、「上下差」自体もどのような内容を指しているのかが出ていません。

 細かいことで言えば、承句の「卑」についてですが、これが使役で使われる時は仄声、というのはよくお調べになっていると思います。
 ただ、どうして「使」「遣」という一般的な使役の文字(仄声)では駄目なのでしょうか。
 かなり漢詩に詳しい人でも、「業は卑しくして将に之を忘れんとす」とまずは読むでしょう。
 「卑」は使役だと言われて、ようやく句意が分かる形。

 漢詩は漢文で書く以上、どうしても日本人が通常使う言葉の範囲では収まらず、辞書で確認しなくては分からない言葉も出て来ますし、作詩でも使わざるを得ない時もあります。
 だからこそ、わざわざ難解な言葉を使うのではなく、伝わりやすいようにすべきだと私は思っています。
 平仄的にどうしようも無いならば仕方ありませんが、今回は問題無いわけですので、他人に見せる時には「使」に換えておくのが良いでしょう。

 提案ですが、五言絶句の形式は、簡潔でスパッと言いたいことを出せる反面、悪く言えば「言いっぱなし」で解釈を読者に任せる部分もあります。
 今回のように、ご自身の主張がはっきりしている詩の場合、より丁寧に伝えるためには、同じ絶句でも七言の方が適します。
 合計で八文字分、情報量を増やせますので、同じ主題で書き換えてみるのも練習になると思いますよ。

                    by 桐山人




2025年投稿作
























 2025年の投稿詩 第193作は 凱拉 さんからの作品です。

作品番号 2025-193



  行役        

一路庚辛赴戰場   一路 庚辛(こうしん) 戦場へ赴く

安寧草地變風光   安寧なる草地 風光を変ず

時懷陟岵纏綿想   時に懐(いだ)く 陟岵(ちよくこ) 纏綿(てんめん)する想ひ

皓月同瞻縱遠方   皓月(かうぐゑつ)同じく瞻(み)る 縦(たと)ひ遠方なりとも

          (下平声「七陽」の押韻)


「行役」: 旅行すること。別な意味としては、土木作業や国境の守りなどの労役
「庚辛」: 西の方角。「かのえ」も「かのと」も五行では金に配当され、方位では西に配当される。
「陟岵」: 故郷の父母を思う情。『詩経』魏風(ぎふう)の編名より。
「皓月」: 明るく輝く月。明月。
「瞻(み)る」: 見上げる。上を見る。

<解説>

 10月20日の人間将棋前夜における心境をうたった詩です。

  ひたすら西へ進み、「戦場」(注:人間将棋の会場)へと向かう。
  普段は平穏な芝生でも、人間将棋の当日には景色が変わる。
  時折、故郷の両親を思い慕うと、その気持ちが心にまとわりついて離れなくなることがある。
  見上げている輝く月が同じであることに変わりはない、たとえ遠く離れていても。





2025年投稿作
























 2025年の投稿詩 第194作は 凱拉 さんからの作品です。

作品番号 2025-194   庚子再來        

白幔青松彩至純   白幔(はくまん) 青松 彩(いろ)至純

扶桑勇士鎧全身   扶桑の勇士 全身を鎧(よろ)ふ

紅師布卒鳥開翼   紅師 卒を布(し)けば 鳥 翼を開き

黒旅羅兵魚比鱗   黒旅 兵を羅(し)けば 魚 鱗を比(なら)ぶ

自北溶岩焦萬里   北よりは溶岩 万里を焦がし

從南駭浪撼千鈞   南よりは駭浪 千鈞を撼(うご)かす

地殷臭滿年庚子   地 殷(あか)く 臭ひ 満つるは 年 庚子(かのえね)

天碧馨盈歳甲辰   天 碧く 馨り 盈つるは 歳 甲辰(きのえたつ)

孤駛龍騏猶閃電   孤(ひと)り竜騏を駛(は)すれば 猶ほ閃電のごとし

畢排劍難已軍神   畢(ことごと)く剣難を排すれば 已に軍神

無常戰況誰期此   無常の戦況 誰か此を期せん

篤實藩屏變逆臣   篤実なる藩屏 逆臣に変ず

          (上平声「十一真」の押韻)


「扶桑」: 日本国の別名。
「師旅」: どちらも軍隊のこと。二字熟語「師旅」も意味は同じ。
      なお、どちらも原義は古代中国における軍の編制で、2,500人からなる一団を「師」、500人からなる一団を「旅」という。
「卒」: 「兵」と同じく、(下級の)兵士。
「駭浪」: 激しい荒波。盛んに沸き立つ大波。
「殷」: (時間がたった血のような)暗い赤色である。
「庚子」: 文中では西暦1600年。関ヶ原の戦いが起こった年。
「甲辰」:文中では西暦2024年。
「竜騏」: 「竜」は身長が八尺以上の馬。「騏」は優れた馬。「竜騏」はその両方に該当する馬。
「剣難」: 刀などの刃物で殺されたり、傷つけられたりする災難。
「藩屏」: (王室や皇室などの)守りとなるもの。

<解説>

 2024年10月20日、岐阜県関ケ原町にある陣場野公園にて「天下分け目の関ケ原 東西人間将棋」が開催されました。
 それについて漢詩を一編作りましたので、この場で紹介します。

 その前に、本作品の背景を紹介します。大変長くなってしまいましたが、本文の理解の手助けになれば幸いと存じますので、ここで説明します。

 今回の人間将棋には、東軍大将として高見 泰地(たかみ・たいち)七段、西軍大将として徳田 拳士(とくだ・けんし)四段が登場しました。駒の役となる人間(駒武者)は一般から公募され、その中で当選した40名が対局の場に登場します(その中の一人が私です)。東軍は赤色、西軍は黒色の甲冑を着用します。

 会場には大型の「将棋盤」や、対局者である両軍の大将が登るやぐらのほか、観客席の反対側には白色の幕が張られていました。対局の開始直前や終了後には、この幕の裏側に駒武者一同が待機します。また、陣場野公園にはもともと松やキンモクセイの木が生えています。特にキンモクセイは東軍のやぐら付近に位置していたため、その香りに引かれた虫が高見七段の周りをうろつくことで、高見七段が「これは奇襲ではないか」と発言する珍事も対局中に発生しました。

 対局のさなか、東軍の王将が徐々に前進し、最終的には西軍の駒に捕まったり押し戻されたりすることなく、盤の一番奥の段に到達しました。この様子は対局後に、島津義弘の軍勢が敵陣の真っただ中を突破して逃げおおせた「島津の退(の)き口」と関連付けて評されました。

 ここからは私個人の話になりますが、人間将棋の前夜、自分が「金将右」の役を割り振られたことを思い起こし、「命に代えてでも王将をお守りする」と固く誓ってから就寝しました。

 そして当日の朝、リハーサルの折に、王将役の方に挨拶をするとともに、金将左の役の方とともに「王将をお守りする」決意を固めました。(余談ですが、王将役の方は私と同様、今回が人間将棋の初参加とのことでした。また、金将左の役の方は、過去に一回参加した経験があるとのことでした。)

 ところが、いざ対局が始まると、私は王将から離れた位置に配置されることとなりました(それが徳田四段の采配で、自分はただ服従するほかになかったので、致し方ないといえばそれまでです。)。中盤では自分の近辺で激戦が繰り広げられましたが、私は最前線にはいなかったこともあり、いきなり取られるようなことはありませんでした。その後、前日に徳田四段のXアカウントに「討ち取り」予告をしていた東軍銀将左の方が攻めてきましたが、私がこれを「討ち取り」、一応の忠義を示しました。

 その後、終盤まで特に大きな動きがなければと思っていたところ、東軍の角行が成ってできた馬に「討ち取ら」れる羽目になりました。実はこの角行も、もともとは西軍で、東軍に「討ち取ら」れてから寝返った駒です。

 そして、東軍に寝返った私が、持ち駒として盤上に打たれる時がやってきました。持ち駒のままで終わるよりはマシかと思ったのもつかの間、その直後に西軍大将の徳田四段が投了しました。つまり、固く守ると誓ったはずの王将に、自らとどめを刺すという、皮肉な展開となってしまいました。(後になって調べたら、やはり私が王手をかける形で西軍の王将を詰める結末となっていました。)

 終局後、徳田四段や王将役の方に「裏切り」の旨を告げましたが、特段責められることはありませんでした。

 ちなみに余談ですが、西軍の王将役と飛車役の方、角行役の方と金将左役の方は、それぞれ家族同士だった模様です。お二方そろって序列の上位に列したことを、私は個人的にうらやましいと思いました。また、私が朝早くに会場へ向かう途中、足早にあとをつけてくる女性の方が気になりましたが、彼女が実は東軍王将役の方だったと分かりました。

 以上、大変長く駄文を書き連ねましたが、ご高覧を賜りますと幸いです。

  真っ白な幕も、青々とした松の木も、その色には混じりけがない。
  日本中から集まってきた勇ましい兵士は、全身に甲冑をまとっている。
  赤い甲冑の軍勢が陣を敷けば、鳥が翼を広げたような形になり、
  黒い甲冑の軍勢が陣を敷けば、魚のうろこが並んだような形になっている。
 (戦いが始まると、)赤い甲冑の軍勢は、あたかも噴火した溶岩が遠くまで届いてすべてを焦がすかのように激しく、
  黒い甲冑の軍勢は、あたかも荒れ狂う大波が非常に重いものさえ押し流すかのように激しく押し寄せる。
  地面が血で赤く染まり、生臭さが漂うのは、西暦1600年のことであり、
  空が青く晴れ渡り、(キンモクセイの)香りが漂うのは、西暦2024年のことである。
 (戦場の真っただ中で)ただ一人、大きな優れた馬を、稲妻かと思うほど素早く走らせる武将がいる。
 (その武将が)刀傷を受けることなく駆け抜ければ、もはや軍神にも等しい戦いぶりである。
  常に移り変わる合戦の成り行きは、いったい誰が予期できようか(いや、誰も予期できない)。
  情け深くて誠実な守護者が、謀反人に変わり果てることさえあるのだから。





2025年投稿作
























 2025年の投稿詩 第195作は 凱拉 さんからの作品です。

作品番号 2025-195

  川崎之夜        

亮乎時已子   亮(あか)るき乎(かな) 時 已に子(ね)

街是燭光槽   街は是れ 燭光の槽(をけ)なるか

千路踔河迥   千路 河を踔(こ)えて迥(はる)かなり

萬樓凌嶺高   万楼 嶺を凌ぎて高し

無雲胡雨下   雲 無くして 胡(なん)ぞ雨 下(ふ)るか

莫颯曷波騷   颯(はやて)莫(な)くして 曷(なん)ぞ波 騒ぐか

不及懷疑念   疑念を懐(いだ)くには及ばず

鐵車交騁遭   鉄車 交(こもごも)騁(は)せて遭ふのみ

          (下平声「四豪」の押韻)


 「子」: 「子の刻」の略。午前零時ごろ。真夜中。
 「颯」: 急に激しく吹く風。

<解説>

 2024年11月9日及び同月10日、神奈川県川崎市を訪れ、同地を流れる多摩川の近くで一夜を明かすことになりました。
 そのことについての漢詩をこの場で紹介します。

 私が一夜を明かした場所の西側近くには、京浜東北線や東海道本線、京急本線が走っています。
 また、その日の夜は、雨も降っていなければ突風も吹いていませんでした。
 さすがは大都市といったところで、まるで星空がそのまま落ちてきたかと思うほど。
 街のいたるところに明かりがともり、実家近辺の夜景とは大違いでした。


  明るいなあ、もう真夜中を過ぎたのに。
  街の姿は、さながら ともしびの光をためた桶のようではないか。
  何本もの道路が川を越えて遠くまで続き、
  多くの高い建物が山脈をも超えるほど高くそびえている。
  雲がないのに、どうして雨が降っているのか。
  風が急に激しく吹いているわけでもないのに、どうして波が大きな音を立てているのか。
  不思議に思うまでもない。
  鉄の車(※鉄道車両)が、かわるがわる走ってきて出くわしているだけだから。

<感想>

 



2025年投稿作