作品番号 2025-391
初夏拷A
雙燕歸來井落閭 双燕 帰来 井落の閭
鵠茶茗拷A初 緑肥え 茶茗 緑陰初
老鶯不語春將盡 老鶯 語らず 春将に尽きんとす
新樹C風立夏餘 新樹 清風 立夏の余
<解説>
「燕」と「鶯」と鳥を重ねるのはどうかと迷いましたが、来る鳥と帰る鳥という組み合わせと考えることにしました。
<感想>
転句の鶯ですが、こちらは「不語」が気になります。
結句の「新樹」は承句に「緑陰」があると重複感がありますが、承句を直すならば良いでしょうね。
燕と鶯を来去の対応で置くのは面白いと思います。
季節的には「燕歸來」となると春の姿になります。「旋飛」とかが良いですね。
声が無いのにどうして鶯が居ると分かるのか、「殘鶯聲老」「老鶯聲少(まれ)」など、姿を見ているか、声を聞くか、どちらかが良いですね。
承句は「鵠」と「拷A」で、「香vを繰り返す効果はあまり感じられません。下を「一望」としてはどうでしょう。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-392
身延山久遠寺
嶽氣櫻雲山潺湲 岳気 桜雲 山潺湲
參道歩沮石磴關 参道 歩沮 石磴関
招提淨刹忘塵累 招提 淨刹 塵累忘る
久遠梵宮物外閑 久遠の梵宮 物外閑たり
<解説>
一度は参拝をと前前より思っていたので出かけました。
丁度、全山垂れ桜(別名 糸桜)が満開で、心を打たれました。
<感想>
起句の「潺湲」は「氵(サンズイ)」が付くことからも分かりますが、「水がサラサラと流れる様」を表す言葉ですので、「山」に使うのは問題ありです。
承句は中二字が語順逆で「沮歩」と目的語を下にします。
転句から「招提」「淨刹」「梵宮」は皆お寺を表す言葉ですので、三つも要りませんね。
この詩も平仄が合っていないですね。
起句の六字目「潺」は平声、承句の二字目「道」は仄声、結句は「四字目の孤平」ですね。
この句では「山」が韻字ですので、これを句末に置くようにしましょう。
「櫻雲」に合わせて季節を入れ「春色山」など。
六字目の「磴」は「石段」、「關」はこの場合はどういう意味で使われているのでしょうか。
「閉ざす」という感じですか?
せっかくの「全山垂れ桜」という光景の中ですので、もう少し春めいたものが欲しいですね。
感動したことを書かずに終っては、詩が残念がりますよ。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-393
訪赤坂迎賓館
吹渡香風花綻時 香風吹き渡り 花綻ぶ時
離宮甍棟碧城姿 甍棟 離宮 碧城の姿
豪華絢爛迎賓館 豪華絢爛 迎賓館
親和外交萬世基 親和 外交 万世の基
<解説>
迎賓館は圧巻で、息を呑むのみでした。
<感想>
結句の二字目の「和」は微妙なところで、「なごむ」なら平声、「調和する」なら仄声です。
起句の「香風」は「花綻時」としては急ぎ過ぎですね。「春風」で収まると思いますよ。
こちらの詩は、結句が「四字目の孤平」なのと、各句の頭が平字になった「平頭」の二点が直す点ですね。
古典の用例を『捜韻』で調べてみますと、使い方としては仄声のようですね。「友好外交人世基」でしょうか。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-394
初夏拷A
消閑最好是吾居 消閑 最も好し 是れ吾が居
C昼無人獨讀書 清昼 人無く 独り書を読む
克成陰如水處 緑樹 陰を成す 水の如き処
薫風一枕入華胥 薫風 一枕 華胥に入る
「消閑」… ひまつぶし 退屈しのぎ
「華胥」… 天国のような所、転じて昼寝
<感想>
承句は「無人」と「獨」が同じ意味で、強調効果はありますが、面白くないので「獨」か「無人」を別の字にしてはどうでしょう。
転句は「成」を「新」ともう一つ「初夏」を感じさせてはどうでしょう。
結句の「華胥」は理想郷を表す言葉、中国の伝説上の黄帝が昼寝の夢で訪ねた国で、人民は欲望も持たず穏やかに暮らしていたそうです。
「消閑」は文字通り「閑を消す」ということです。
でも、「読書」はまだ良いですが、「昼寝」をひまつぶしとするのはどうですかね。
承句以降をまとめるような言葉があると良いと思います。
「C遊」もありますが、「何ものにもとらわれずにゆうゆうと愉しむ」という意味の「傲遊」も良いです。
起句の「閑」を持ってきても良いですね。
となると、単に昼寝というだけでなく、俗世を離れた清らかな心境で見た夢という意味合いも入ってきますね。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-395
茶園檱事
田婦摘茶初夏天 田婦 茶を摘む 初夏の天
陽光燦燦翠娟娟 陽光燦燦 翠娟娟
吟行一路薫風渡 吟行一路 薫風渡り
嫩葉如潮四望鮮 嫩葉 潮の如く 四望鮮やかなり
転句の「薫風渡」も効果的で、「一路」と少し小さくなった画面を広げる役割を果たして、結句の「四望」に自然に流れて行くような働きをしているでしょう。
<感想>
承句の句中対が良い効果を出していますね。
初夏の輝く日射しと茶葉の色が調和して、大きな画面の作っていると思います。
「薫風上」とか「薫風裏」と場所を表す形もありますが、それだと画面が狭くなることが分かります。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-396
初夏緑陰
攀山初夏樹扶疎 山に攀る初夏 樹は扶疎たり
萬鵠@潮心自舒 万緑潮の如し 心自から舒ぶ
杜宇啼過還起我 杜宇啼いて過ぎ 還た 我を起しむ
醉巓眺望向風梳 巓に酔うて眺望 風に向て梳る
<解説>
退職後間もなく、山梨南アルプス市の西にある夜叉人峠を仲間とハイキングした。
その時の思い出を詩にしてみた。
<感想>
承句に行くと「萬香vは初夏らしくて良いのですが、「樹扶疎」の直後というのは効果が半減してしまいます。
転句は下三字、「起我」が良く分からないですが、横になっていたのでしょうかね。
結句の「醉巓」は「うっとりした」ということかと思いますが、「醉」ではお酒を飲んだみたいな感じがしますので、「陶然」と気持ちを出しておいてはどうでしょうね。
起句は情景の伝わる良い句ですね。
転句の「杜宇啼過」と入れ替えて、間を置くと良いですね。
なお、三字目の「如」は韻字ですので「冒韻」、「若」にしておきましょう。
持ってきた「萬克癇ェ」に合わせる形で考えるなら「嵐氣起」かな。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-397
麥秋
C晝無人滿架書 清昼 無人 満架の書
百花飛盡是吾居 百花飛び尽く 是れ吾が居
午風茶榻可憐夢 午風 茶榻 可憐の夢
麥有庭流興不疎 麦 庭にありて流るるは 興疎ならず
<解説>
「流麦」… 後漢の高鳳が読書に耽っていて庭に干していた麦が豪雨で流されるのを知らないでいた故事。
<感想>
起句は上四字と下三字が繋がらない、と言うよりも、承句以降は庭の場面になってますので、書架が屋外にあるようです。
承句の「百花飛盡」は季節的には晩春まで、初夏では苦しいと思いますが、どうですか。
転句は「午風」ですと、起句の「C晝」の繰り返しになります。
結句の上四字は故事の引用ということが分かるようにしないと、実景との区別がつきませんね。
「高鳳流麦」という四字熟語にもなっている故事ですね。
日本の平安時代に書かれた『今昔物語集』にも「高鳳」の話が載っています。
ただ、古い話なので色々と混ざり合ったりして、「麦が豪雨で流された」というのが「ニワトリに食べられた」となっています。
読書に集中した人物は沢山居たということでしょうね。
「C晝無人繙史書」くらいで。
「薫風」とか「爽風」で風を説明する形が良いでしょう。
「流麥眞知興不疎(流麦 真に知る 興疎ならざるを)」という感じですね。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-398
懷古麥秋
童入圃深戲 童 圃に入り 戯に深まる
振鈴驚友予 振鈴 友と予を驚かす
爲愉甘露玉 愉しむを為すは 甘露の玉
返照紫宮如 返照 紫宮の如し
<解説>
およそ八十年前、五、六歳のころ、完熟した麦や稈が風でそよぐとサラサラ、カンカンと静かに鳴る。
照り返しで友の顔はくっきり 赤く見えて、まるで宮殿(本物の宮殿は知らないけど)にいるようであった。
なかなか貰えないおやつの味も格別であった。
<感想>
承句は「鈴」が何を表すのか、「穗鳴」でどうでしょうね。
後半は五言詩の勢いが出て、トントンと話が進む感じが良いですね。
起句は「二三」のリズムが崩れていますので、「入圃童深戲」「童子入田戲」。
by 桐山人(2025. 5月教室作品)
作品番号 2025-399
薔薇
一枝紅粉爲誰粧 一枝の紅粉 誰が為に粧ふ
空鎖荊扉倚院牆 空しく荊扉を鎖して 院牆に倚る
殘夜醒來凝玉涙 殘夜 醒め來れば玉涙を凝らし
低頭嘆息散幽香 低頭 嘆息 幽香散ず
<解説>
庭で朝露に濡れる一輪の薔薇を題材にしました。
<感想>
起句は薔薇がひそやかに花開いている姿、薔薇は本来なら艶やかな姿で注目を集めるところでしょうが、閉ざされた庭の奥でひっそりと花を開いているという設定ですね。
転句は、「目を覚まして見てみると、露が降りて花を濡らしている」という場面ですね。
最初は「閨怨詩」かと思いましたが、薔薇にそうしたイメージを重ねたのでしょうね。
幻想的な場面ですね。
どういう事情で作者がこの庭に居るのか分かりませんが、まだ暗い「殘夜」でしたら、星の光、月の光などが欲しいところですね。
何か光源があった方が露の燦めきが分かるかと思います。
中二字の「醒來」がやや説明的な印象ですので、ここに光が入ると良いでしょうね。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-400
洗衣店
深宵衣旋洗機中 深宵 衣は旋る 洗機の中
閑店無人燈影空 閑店 人無くして 燈影空し
古籠誰知遺襪主 古籠 誰か知らん 遺襪(いばつ)の主
窗前夏雨尚濛濛 窗前の夏雨 尚濛濛
<解説>
深夜のコインランドリーの情景。備え付けの洗濯籠の中に、誰かが忘れた靴下がありました。
<感想>
転句の「籠」は平仄を辞書で調べると、平声しか載ってないものもあれば、両韻でも仄字の方の意味に違いがあったりで、案外ややこしい字です。
この詩は、最初に洗濯機の内、そして店内へと目が移り、転句で籠の中の靴下、最後に外の雨の様子。
人通りの少ない雨の深夜、煌煌と灯りを点けているのはコンビニかコインランドリーですね。
そういうことで考えると、承句の「燈影空」などは画面をよく表していると思います。
無難に行くなら「籠裏」「筐下」としておく形もあります。六字目の「襪」は現代中国語でも使う、「くつした」の意味の字ですね。
一見視線の動きがチグハグな印象がありますが、コインランドリーでスイッチを入れたら、その後は特にすることが無いから周りを眺めるわけで、実際に作者の視線の動きが感じられる形になっていると思います。
あまり整然としていないのが、遺された靴下とも調和して、小景詩の趣がして良いですね。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-401
夏夜飲酒
獨坐檐前樽酒開 獨り檐前に坐して 樽酒を開く
風搖簾影月徘徊 風は簾影を揺らして 月徘徊
田蛙不許醉中寐 田蛙 許さず 醉中に寐ぬるを
閣閣高歌更勸杯 閣閣たる高歌 更に杯を勧む
<解説>
夜になると蛙が鳴く季節になりました。一人で飲んでいても大宴会の気分です。
ちなみに、「月徘徊」はよく使われるフレーズだと思うのですが、徘と徊は同じ韻です。
この場合、冒韻には当たらないという理解でよいでしょうか。
<感想>
後半の「蛙の鳴き声が酔って寝るのを許さない」という表現も面白く、蛙と作者が会話をしているような穏やかな趣になっていると思います。
起句の「樽酒開」、転句の「醉中」、結句の「勧杯」とお酒の言葉が続くのがやや気になるかな。「檐風涼氣來」くらいでも収まるように思います。
まず冒韻の質問ですが、仰る通りの理解で構いません。
通常に熟語として使われる単語ならば韻字を重ねても大丈夫です。
逆に、熟語と捉えにくいような(あまり普段見ないような)二字の言葉になると、それぞれが個別の役割を持ちますので、その場合には冒韻になります。
ここで使われた「徊」は「徘徊」か「彽徊」くらいしか用例がありませんので、韻字が重なるのは仕方無いですね。
承句は「自揺」が面白いですかね。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-402
梅雨田家
曲折幽溪遠雨微 曲折 幽渓 遠雨微かなり
昏鐘妙響白鷺飛 昏鐘 妙響 白鷺飛ぶ
依然佳景詩情湧 依然たる佳景 詩情湧く
竹氣吹香風拂衣 竹気香を吹き 風は衣を払ふ
承句は「鷺」が仄声ですので困りますね。
転句はこの句自体は問題無いのですが、「佳景」というにはちょっと素材が足りないかな、と思います。
<感想>
こちらの詩は、題名と起句が今一不釣り合いですね。
奥深い渓流、遠くの雨となると「田家」ではちょっとイメージが違います。
また、「遠雨微」となるとボヤーと靄っている風景になりますが、承句の「白鷺飛」や結句の「風拂衣」は雨の趣が感じられません。
後半に繋げる形で、雨をやませる方向で考えましょうか。
「幽溪」が場面をややこしくしてますので、「閑歩園田」とか「郊圃行吟」と「田家」に近づけましょう。
この下三字をそのまま起句に入れてはどうでしょうね。
承句の方は「雨」ということは出しておかないとけませんので、「雨過妙響暮鐘微」などで。
先ほどの「妙響」を「樹香vとかで増やしておく方法を考えましょう。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-403
雨窗感懷
首夏輕風燕子飛 首夏 軽風 燕子飛ぶ
連陰煙景遠山微 連陰 煙景 遠山微かなり
池中水暖萍蘋動 池中の水暖かく 萍蘋(へいひん)動く
村落秧田新忽。 村落の秧田 新緑囲む
「首夏」… 夏のはじまり
「連陰」… 曇り空
「萍蘋」… 浮き草
「秧田」… 苗代の田
<解説>
心地良い風の中、燕が飛来し、曇り空の中、遠くの山は霞んで水温み、浮き草が繁茂、里の田甫では苗代が始まり、新緑に囲まれるという情景
<感想>
前半は天候がややちぐはぐな印象で、起句は爽やかな初夏の晴天を思い浮かべます。
転句は「池中」ですと手を池に入れた形になりますので、「翠池」か「池邊」で。
結句の「落」は「人の集まるところ」という意味ですので水田にはどうか、「新忽。」も広い視野が出ていますので、「一望」「回望」などが良いでしょうね。
初夏らしい素材が配置されていますね。
承句になると、突然「連陰」ということで雨で霞んだ景色となり、びっくりします。
転句以降も晴れた景色と考えた方がすっきりしますので、うーん、題名を「初夏即事」とした方ががしっくりします。
そうなると、承句を「郊村午下遠山微」くらいが良いですかね。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-404
田家窗外
罷雨窗中月露微 雨罷みて 窓中月露微なり
荒居寂寥往還稀 荒居 寂寥 往還稀なり
白箋小筆詩難就 白箋 小筆 詩就(な)り難し
思舊深宵待曙輝 旧を思ひて深宵 曙輝を待つ
<解説>
雨がやんで窗の向こうでは月の光が当たった露が微か
田舎の寂しい家に人の往来もない
紙や筆を前にしても詩を作るのが難しく
旧交を思っては深夜に暁を待つ
<感想>
承句は四字目が仄字にならなくてはいけませんので、「寂寥」はやめて「寂寞」「寂寂」などにしましょう。
転句は良いですが、結句は「深宵」「待曙」となるともう日付が変わった感じですかね。
起句は語順を替えて「雨罷」が良いです。
承句では「往還稀」として外を眺める時刻だったわけで、そうなると時の流れが大きく、ちょっと急ぎすぎですね。
「久憶舊交弧月輝」など。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-405
梅天排悶
蔥蔥克掩門扉 葱葱と緑樹 門扉を掩ひ
霖雨空濛排遣稀 霖雨空濛として 遣を排すること稀なり
閑寂午齋無一事 閑寂たる午斎 一事無く
唯看燕子掠簷飛 唯だ燕子の簷(ひさし)を掠めて飛ぶを看る
「蔥蔥」… 草木が青青と生い茂っているさま
「排遣」… 気を紛らわす、気晴らしをする
「無一事」… することがなくひま。
<感想>
この詩は「平頭」で、どの句も頭が平字になっていますので、リズムが単調になりがちですのでどこかの句の頭を仄字にしましょう。
起句の「蔥」は「ネギ」、この字が重なるとどうして「青青と生い茂る様」になるのか、考えちゃいますね。
もともと「蔥」は「草」に「總」の旁が付いた形で、これは「総合」、つまり、まとめ上げるという字義、ネギの茎(葉)が束ねたようにまとまっていることを表すようです。
「まとまる」「集まる」から「青青と茂る」に流れたのかもしれません。
これと原因がはっきりしているわけではない、モヤモヤとした心情が在って、梅雨の鬱陶しい空ではそれを晴らすこともできないし、暇はあっても没頭する何かがあるわけでもない、そんな心情でしょうね。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-406
梅雨偶晴
積雨聊晴出舊扉 積雨 聊か晴れて 旧扉を出れば
樹梢告演f生衣 樹梢の緑翠 生衣に映ず
頡頏輕燕掠頭去 頡頏(きっこう)せる軽燕 頭(こうべ)を掠めて去り
顧眄榴花如焰緋 顧眄(こめん)すれば榴花 焔の如く緋なり
「積雨」… ながあめ
「生衣」… 夏に着る衣服 ひとえもの
「頡頏」… 鳥が上へ飛んだり下へ飛んだりする様子
「顧眄」… 振り返って見ること
<感想>
承句はもう少し表現を拈っても良いでしょう。
転句は「掠頭飛燕頡頏去」という語順も可能ですが、次の「顧眄」で目線の動きが出ますので、その前に燕を目で追ったという描写を入れたかったのでしょうね。
こちらの詩は、雨があがったせいでしょう、すっきりと艶やかな粧いになってますね。
対語にして「翠梢克」とか、中二字を「新翠」としても色が引き立つでしょう。
転句の「眄」は陶潜の『帰去来辞』にも、田園の居に帰った時に「引壺觴以自酌 眄庭柯以怡顏」と使われていますが、「振り返って眺める」の意味で使われています。
「顧眄」と二字の熟語でも同じ意味ですが、現代では「右顧左眄(他人の顔色を気にして決断できないさま)」として使われるのが普段目にする用例ですね。
その場合には、漢音の「ベン」、「メン」と呉音で読んでいるのは、仏教語に有るのでしょうか。
ついでに、「左顧右眄」という言葉もあり、「堂堂とした、得意げな」という意味が故事とともに辞書には載っています。
「右顧左眄」を日本語用法とする辞書もありますので、「左顧右眄」の方が典拠もある言葉と言えます。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-407
梅天偶成
扶疎新條藹已深 扶疎たる新条 藹(あい)として已に深く
庭前佇眄拷A陰 庭前 佇眄すれば 緑陰陰たり
雨餘午下無人訪 雨余の午下 人の訪ふこと無く
時有熟梅摽地音 時に熟梅の地に摽(お)つる音有り
「扶疎」… 木の枝が左右に広がる
「新條」… 新しい枝
「藹」… 草木が茂るさま
「竚眄」… 佇んで見る
「陰陰」… あまねく覆う 木が茂って暗い
「摽梅」… 梅の実が熟して落ちる
<感想>
起句の「疎」は古典の用例を見ても平字として使われているようです。
最後の句は、中唐の韋応物の「山空松子落」(『秋夜寄丘二十二員外』)や盛唐の王維の「山空不見人 但聞人語響」(『鹿柴』)と同じ用法ですが、梅の摽ちる微かな音を出すことで周囲の静かさを表していますね。
前半は新緑が深まっていることを丁寧に描いていますが、「扶疎」「已深」「拷A陰」など、類義の描写が重なっているとも言えます。
どう見るかは作者の意図とも関わることですが、自分を取り囲む新緑を幾度も味わいながら、ゆったりとした時間を過ごしている姿と考えると納得できるように思います。
一言で「万緑」と済ませたのては味わえない趣ですね。(あ、勿論、王安石の悪口を言ってるのではありませんよ)
「新樹扶疎」と中二字に持ってくる形が良いと思います。
こちらにも「眄」が出て来ましたね。
五字目の「摽」は両韻字で、平声は「撃つ」、「落ちる」の時は仄字(『詩韻含英』では上声十七篠)となっています。
「四字目の孤平」になりますので、上を「梅黃」とするか、「但聴熟梅時墜音」でしょうかね。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-408
薔薇
萬朶成叢錦繡葩 万朶 叢を成す 錦繍の葩(はな)
庭垣紛紛映窗紗 庭垣 紛紛 窓紗に映ず
薫風滿地好時節 薫風 地に満つ 好時節
吹繞芳香故友家 吹き繞る芳香 故友の家
全体の流れは整っていますので、部分的なところになりますが、起句の「叢」は「くさむら」の意味もあれば「低い木のしげみ」の意味にも使います。
この「庭垣」は「映窗紗」ですので、ご自宅の窓から眺めているのでしょう。
作者の思いとして、友人の家のバラを示したいということでしたら、承句の方を「加」「誇」「涯」などの韻字で作っていくと良いかと思います。
<感想>
前半は花の美しさを述べ、後半から風に吹かれて漂う香りへと移るという構成ですね。
「朶」は枝ですので、ここは「しげみ」の方でしょうね。
沢山の木の枝が群がり集まって、きれいな花(「錦繍葩」)を開いているという光景ですね。
薔薇は桜のような高木ではないため、枝の数もそんなに多くはなく、「萬朶」となると「庭垣」レベルでは難しい、イメージしにくいのですが、どうでしょうか。
「朶朶」と数を出すのを止めておくと、読者もついていけるかと思います。
最後に「故友家」となりますので、転句のところで作者は外出したということですかね。
無理に出かけなくても、最後までご自宅にした方が流れはすっきりします。
後半を「薫風吹繞好時節 芳馥滿腔詩老家」とすればまとまります。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-409
雨窗感懷
寂寞幽庭克l圍 寂寞の幽庭 緑四(よも)に囲む
梅天連日雨霏霏 梅天 連日 雨霏霏たり
推敲漸倦煎茶處 推敲 漸く倦みて 茶を煎る処
數點白梔花影微 数点の白梔 花影微かなり
「白梔」… 白い花のくちなし
<感想>
さて、詩の方ですが、転句の「推敲」に行く前に、作者が部屋に居ることがわかるような表記が必要ですね。
転句の「漸」は「次第に」「だんだんと」ということで、意味は通じますね。
結句は結びとしては良いのですが、「クチナシ」ですので、できれば「香り」に繋げたいところ、ただ、そうすると転句の「煎茶」の印象が弱くなりますかね。
我が家の狭い庭にもクチナシの木が一本あり、丁度今、庭に一歩出ると芳香に酔いしれるような感覚になります。
きれいな白い花ですが、毎年小さな虫がどうしてもついてしまい、香りを楽しもうと一枝切って部屋に持ち込むと虫にうんざりしますので、庭で楽しむことにしています。
また、花が終るとすぐに茶色く枯れたような色になるため、毎朝終った花を摘み取るのが大変で、結局諦めています。
例えば、起句の「幽庭」を「窗前」、あるいは承句を「梅霖窗外」とするか、でしょうかね。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-410
梅雨田家歌
一邑梅霖山四圍 一邑 梅霖 山四囲む
茫茫秧沒不如歸 茫茫 秧は没み 帰るに如かず
媼翁慵堕野歌唄 媼翁 慵堕(ようだ) 野歌の唄
多少漏聲繊月微 多少の漏聲 繊月微か
<解説>
カラオケの部屋まで作ってしまった田舎の歌手、米をたくさん作っています。
<感想>
承句の最後は定型句ですが、「帰るのが良い」という意味です。
転句は「慵堕」がよく分かりませんが、これですと「爺さん、婆さんはやる気がなく、田舎の歌を唱っている」となります。
結句の「多少」は漢語では「たくさん」となりますので、カラオケがうるさい中、細い月が微かに見える。
前半は、山に囲まれた村の田畑が荒れてしまったから、帰農すべきだと言っているのでしょうね。
それは分かりますが、「梅林」は状況説明には不要です。
現在の状況は色々な素材が使えますが、承句の内容に繋げる形で「古村」、かつ季節感を出すために上に「初夏」と入れると、同じ場面説明でもまとまりが生まれます。
この「媼翁」が注の「田舎の歌手」ですか。怠け者なのに「米をたくさん作っている」というのもおかしいですね。
どうも、話が一つ足りないように感じますね。
言いたいことが多過ぎて整理できていないかな?
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-411
雨窓感懐
永晝梅霖客至稀 梅霖 客の至れるに稀なり
詩書閑却入簾幃 詩書 閑却して 簾幃に入る
月廋雨降童謡唄 月廋(かく)れ 雨降るは 童謡の唄
夢境姑婚雲自歸 夢境 姑の婚 雲自ら帰る
<解説>
童謡の「雨降りお月さん 雲の陰・・・」姑の婚礼が夜行われた、という幼い時の記憶。
<感想>
承句の「閑却」は「ほったらかしにする」という意味で、本を放り出して昼寝をしに部屋に入るということですね。
転句の「廋」は「かくれる」という意味ですので、まさに「雲の陰」を表したもの。
結句の「姑」は「父方の叔母」を表す言葉、幼い頃の記憶がどこから来たのか、そこを読者が納得できるようにしないと伝わりませんが難しいですね。
前半は梅雨の光景として無理のない描写ですね。
ただ、これが夜の夢ならまだ良いのですが、昼寝の夢となると、どうして「お月さん」の歌が頭に浮かんだのか、繋がりが読者には分かりません。
七言絶句は短いですので、後半を考え直す方向が良いと思います。
by 桐山人(2025. 6月教室作品)
作品番号 2025-412
中元偶感
節屆中元荷氣馨 節中元に届(いた)り 荷気馨(かお)り
涼颸颯颯響風鈴 涼颸(りょうし) 颯颯 風鈴響く
供來飮食蘭盆日 飮食(おんじき)供へ来たる 蘭盆の日
念祖思親祀聖靈 祖を念(おも)ひ 親を思ひ 聖霊を祀る
「荷氣」… 荷香 はすの花の香り
「涼颸」… 涼しい風
「聖靈」… 精霊 死者の魂
<感想>
承句の「颸」はこの字だけで「すずかぜ」と読む字です。
前半は、蓮の花の香の嗅覚から始まり、風の涼しさと体感、風鈴の聴覚と重ねて、しっかり季節感を表していますね。
転句からは一転して人事、お盆の様子が描かれますが、特に結句の句中対が、お盆の時の気持ちの有り様がすっきりと出されていて、ついお墓参りに行かなくちゃという気持ちになりました。
陰暦の一月十五日を「上元」、十月十五日が「下元」、丁度お盆にあたる七月十五日が「中元」ですね。
ついでに「鈴」を「リン」と読むのは唐音で、現代語でも「ling2」と発音しますね。
by 桐山人(2025. 7月教室作品)
作品番号 2025-413
七夕偶成
吹度西風涼滿庭 吹き度る西風 涼庭に満ち
彩箋飾篠颭泠泠 彩箋 篠を飾り 颭(そよ)いで泠泠
幽深C夜鵲橋會 幽深たる清夜 鵲橋(じゃっきょう)の会
遙看天河牛女星 遥かに看る 天河 牛女の星
「泠泠」… 清く涼しいさま
「C夜」… よく晴れた静かな夜
<感想>
承句の最後に「泠泠」がありますので、更に転句で「C」はどうでしょうね。
「鵲橋會」は、天の川によって隔てられた牽牛と織女が年に一度の逢瀬の時、天の川に鵲が連なって橋を架けてくれるという七夕伝説で、大伴家持の有名な「鵲の渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける」(『新古今和歌集』冬)も浮かんできます。
結句の「牛女星」は織り姫星、夏の夜空で一等星が並んで作る大三角形の一つ、琴座のベガです。
承句は七夕の日の庭、短冊や笹が風に揺れる様子は懐かしく、「笹の葉サラサラ軒端に揺れて」という一節が頭に浮かんで来ます。
懐かしい気持ちですっきりと表していますね。
上に「幽深」と更に意味的に近い修飾語が使われていますので、「C夜」は単純に「今夜」くらいが収まるでしょうね。
三角形の他の星、鷲座のアルタイル、白鳥座のデネブよりもベガは輝きが強く、一際目立ちますので、この結句の描写は自然な行為とも言えますね。
by 桐山人(2025. 7月教室作品)
作品番号 2025-414
夏夜
煩熱胡床夢不成 煩熱(はんしょう)の胡床(こしょう)夢成らず
只望窗外月三更 只窓外を望み 月三更
憶家留滞路難盡 家を憶ひ 留滞(りゅうたい)し 路尽き難く
時聴蚊雷哀怨生 時に聴く蚊雷(ぶんらい) 哀怨(あいえん)を生ず
<解説>
蒸し暑い寝床で眠れず
ただ窓の外を望めば、真夜中に月が出ている
家を憶いながら逗留するが旅程は尽きず
ときどき蚊の鳴く声がして悲しみと恨みが生ずる
<感想>
起句の「煩熱」は「むしむしと暑い」ことですが、「熱」を「しょう」と読むことはありますか。
承句から転句は、月を眺めて望郷という流れで、自然な展開になっていますね。
仰る通り、梅雨とは思えない酷暑、突然の雷雨、天候の激変に身も心も疲れ果てますね。
下の「胡床」は小さな「ソファ」ですかね。ちょっと寝にくそうですので、「孤牀」ではどうでしょう。
ただ、結句が画面としては小さ過ぎで、「路難盡」という遥か遠く離れたという表現から極端過ぎる気がしますね。
狙いとしては、望郷のしんみりした気持ちを、蚊の音が一気に現実に戻すという効果で、面白みはありますが軽い結びで、結論から言えば「望郷の思いは大したことは無かった」というオチになってしまいます。
視点の変化を考えると、「蚊」の話は承句に持ってきて、逆に「月」を結句に置くと、遠くの故郷と月が対応するかと思いますが、いかがでしょう。
by 桐山人(2025. 7月教室作品)
作品番号 2025-415
北杜残春
風物空過芳草暗 風物 空しく過ぎて 芳草暗し
有人坐見尚天涯 有人 坐して見れば 尚天涯
西方残雪白稜線 西方 残雪 白稜の線
東圃萌蘖黄菜花 東圃 萌蘖(ぼうげつ) 黄菜の花
徐去晩春看夏畦 徐ろに去る 晩春 夏畦を看る
忽来雲雀分煙霞 忽として来る 雲雀 煙霞を分ける
雖憐葩尽憶人刻 葩尽を憐れむと雖も 人を憶う刻
客少幽庭残日斜 客少なく 幽庭 残日斜めなり
頷聯(第三句・第四句)は対句にしなくてはいけないところ、うまく出来上がっていると思います。
頸聯は、上句の「晩春」と「夏畦」は繋がりが強過ぎて味が無いですね。「徐詠晩鶯嘉夏畦」ですかね。
尾聯は「憐葩盡」と「憶人刻」はほぼ同じ心の動きで、「雖」という逆接で繋いではおかしいことになります。
全体で見直すと、「人」と「残」の字が重複していますね。
<感想>
初めての律詩、とのことですが、工夫して作られていると思います。
七言律詩の場合、第一句は押韻が原則で、踏み落とす場合には首聯が対句になっている場合です。
ここは対句になっていませんので押韻すべきです。「遐(はるか)」とか「加」でしょうね。
逆に上四字は対になっていますので、下三字を対応させていっそう対句にしてしまうことも考えられます。
その場合には第一句は「風物空過均草色(草色を均しうす)」、第二句は「遊人獨坐見天涯」でしょう。
「西方」を「西山」とすると「東圃」との対応が良くなります。
第四句の「蘖」は難しい字ですが、「切り株から伸びる芽」のことで、そこから「物事が始まる」という意味も持ちます。
ここは後者の方も考えられますが、対句の関係で見ると「芽」の方ですね。
ただ、この字は仄声なので、平仄が合いません。残念ですが、「萌秧」としておきましょう。
また、下句の「分」は「分かつ」の時は平声なので、ここは下三平になっています。「裂」「舞」で良いと思います。
「唯憐」とした方が良いです。
下句は、それまで雪山を眺めて田圃の方に居た筈が、急に「幽庭」に居てはビックリします。別の場所を考えましょう。
「憶人」は「懷朋」、「残日」は「残照」と直しましょう。
by 桐山人(2025. 7月教室作品)
作品番号 2025-416
夏景偶感
暑日炎焚三伏天 暑日 炎焚 三伏の天
虫虫夜夜不能眠 虫虫 夜夜 眠り能はず
胸中滅却竹風冷 胸中 滅却 竹風冷
翻然大悟又一年 翻然 大悟 又一年
<解説>
連日の酷暑で、一詩!!
<感想>
承句は「虫が夜にいっぱい鳴いて眠れない」ということですかね。
また、転句の「竹風冷」ですが、竹を渡る風は本来涼しいわけで、「胸中滅却」の必要性はありません。
転句は「滅却」してどうなったか、を下三字に書きたいですね。「色空裏」とか。
結句は平仄が違いますね。「然」は韻字でもあります(冒韻)ので、これは使えませんね。
「三伏」は確認すると、「極暑(ごくしょ)」と表記されていました。
通常の気候ならば「夏の一番暑い頃」と理解出来ますが、最近の異常気象の中では「極端過ぎる暑さ」という感じもします。
「夜の虫の音」というと爽やかな秋のイメージ、うるさい程鳴くとなると、初秋を過ぎて秋の深まりを表してしまいます。
「虫虫」はちょっと我慢しましょう。
まず、承句の頭に「熱風」と持って行きましょう。
更に強調するなら「熱風濕潤」でも。
これで前半は矛盾が無く、眠れない理由も明解になります。
「翻覆大知」として、「四字目の孤平」を避けるために「又」を「還」としておきましょう。
by 桐山人(2025. 7月教室作品)
作品番号 2025-417
誕日偶成
杖朝加四竹筇扶 杖朝 四を加へ 竹筇扶く
飽食惰眠皆笑愚 飽食 惰眠 皆愚を笑ふ
一點素心人不識 一点の素心 人識らず
今宵獨酌養殘軀 今宵 独り酌み 残躯を養ふ
「杖朝」… 八十歳 朝議に出て皇帝の前でも杖の使用を許される年齢
「杖家」は五十歳、「杖郷」は六十歳、「杖国」が七十歳。
<感想>
起句は「杖」と「筇」を重ねた効果はどうでしょうね。「八旬加四」なら王道ですが。
承句は謙遜でしょうか。
この転句の「一點素心」がどういうものか、もう少し欲しいところ、このままだと「酒飲みたい」が「素心」になりかねないので心配ですね。
年を重ねたことを喜びとなす、愉快な詩になりましたね。
ここは「皆笑」という表現が次の「人不識」と対応しますが、結局「皆」と「人」は同じなわけですので、表現としては転句を「自笑愚」と自嘲の言葉にした方が味が出るかと思います。
by 桐山人(2025. 9月教室作品)
作品番号 2025-418
立秋
百日紅開秋動初 百日紅は開く 秋動く初
羣飛赤卒野人居 群飛の赤卒 野人の居
殘炎未退暑風裏 残炎 未だ退かず 暑風の裏
一葉辭枝興有餘 一葉 枝を辞して 興余り有り
起句は「開」ですと秋になって花が開いたように感じます。
この起句は殘暑の方、承句は「赤卒」で初秋、転句は殘暑、結句は初秋という流れで、今年の夏の異常さを表現しているとも言えますが、流れがモタモタしています。
<感想>
サルスベリは今年も、無茶苦茶に暑い中でもきれいに発いていましたね。
「然」「誇」「姸」ですかね。
起句を秋らしい花にするか、承句と転句を入れ替えると流れがすっきりすると思います。
by 桐山人(2025. 9月教室作品)
作品番号 2025-419
初秋吟
浴後歡娯酒一樽 浴後の歓娯 酒一樽
西風颯颯洗塵煩 西風 颯颯 塵煩を洗ふ
炎威漸去秋來處 炎威 漸く去りて 秋来る処
絡緯聲中月照軒 絡緯 声中 月軒を照らす
語句としては、承句の「西風」が方角や時刻や季節まで表して、一語で多くの情報を含んでいます。
転句の「漸」は「已」とするか迷うところですが、結句で夜まで時間が飛びますので、「已」の方がすっきりして良いかと思います。
<感想>
前半は気持ちの良い句になっていますね。
早くこんな日が来て欲しいとも思いますが、晩酌のビールのうまさは残暑の「おかげ」、妻の目線も「暑かったからね」と幾分優しく見えます。
by 桐山人(2025. 9月教室作品)
作品番号 2025-420
秋日黄昏
秋日桑楡郊外村 秋日 桑楡(そうゆ) 郊外村
西風涼氣亂蛙宣 西風 涼気 乱蛙喧(かしま)し
滯留旅宿葡萄熟 旅宿に滞留して 葡萄熟す
紺紫愁雲憶故園 紺紫の愁雲に故園憶ふ
<解説>
秋の夕暮れの郊外の村
秋風が涼しさを含み蛙が騒がしい
宿にしばし留まるうちに葡萄は熟し
紺紫色に染まった愁いの雲に故郷を思う
<感想>
承句は「西風」がやや物足りない。
転句は「葡萄熟」が「今さら」という感じ、上四字の作者の状況との関連が無く、叙景に戻ってしまいますね。
結句は「愁」が気になります。
作者が実際に見た雲の印象がどうだったのかわかりませんが、感情を含まないようにして「長雲」「層雲」、下の「憶」を平字にすればもう少し「雲」の選択肢が増えるかもしれませんね。
結句の「紺紫愁雲憶故園」は迫力のある句ですね。
前半は叙景ということで、起句は問題無いです。
これは実際には「秋の風」と言っているわけですので、そうなると「涼氣」も必然だし、直前に「秋」の字がありますので、後半へ繋がる意味で「暮風」、あるいは「高風」「C風」でも行けるでしょう。
上に繋げるならいっそ「葡萄酒」としてはどうでしょう。
旅先で夕暮れ、ワインを飲みながら赤く染まる雲を眺める、という設定は風流かと思います。
張継の『楓橋夜泊』に「愁眠」がありましたね。あれは「旅の寂しさ」を表しますので、この場合も「旅で寂しく雲を見て」と解釈はできますが、心情がストレートに出過ぎな印象。
通常は旅人を象徴する「浮雲」、あるいは「孤雲」を使い「独り」を感じさせるようにします。
ただ、この場合には「紺紫」の夕焼け雲ですので、小さな雲ではないかな。
by 桐山人(2025. 9月教室作品)