作品番号 2025-361
偶成
一輪明月上東原 一輪の明月 東原に上る
西落夕陽千里昏 西に落つる夕陽 千里昏し
海畔無人塵外境 海畔人無く 塵外の境
潮風切切滿乾坤 潮風 切切 乾坤に満つ
「塵外境」… 俗世間を離れたところ
<感想>
承句は「千里」がちょっと広いですね。辺り一面から遥か彼方まで真っ暗、となると「落」より「没」の方が良いでしょう。
転句は「塵外境」は「海辺に人が居ない」という条件だけで繋げるのはちょっと苦しい。
しっとりとした趣ですね。
前半は「月は東に陽は西に」という蕪村の句が浮かびますが、俳句よりも情報が加わり、景色が鮮明に目に見えますね。
「千里」を替えるなら「山邑昏」ですかね。
「風切切」を先に持ってくれば、結句に置けるかもしれませんね。
「幽然塵外別乾坤」ならどうでしょう。
by 桐山人(2025. 2月教室作品)
作品番号 2025-362
梅未發
春曉輕寒試勝遊 春暁 軽寒 勝遊を試む
蕭然山寺忘千憂 蕭然たる山寺 千憂を忘ず
梅花未發迷黃鳥 梅花未だ発かず 黄鳥迷ふ
玉蕾玲瓏映野溝 玉蕾 玲瓏 野溝に映ず
承句の「千憂」は「千」もの憂いがどこから出て来たのか、読者は突然で驚きます。
転句は読み下しですが、「黄鳥迷ふ」は「黄鳥を迷はす」と訓じた方が自然です。
<感想>
早春の趣がよく出ていますね。
「暫忘憂」「自忘憂」などが穏やかでしょうね。
ただ、ここで「黃鳥」が必要かどうか、花が開いていないということは鴬も来ていないわけですので、「枝下」などでも十分かなと思います。
by 桐山人(2025. 2月教室作品)
作品番号 2025-363
梅信到
春光淺澹野僧家 春光 浅澹たり 野僧の家
馥郁早梅疎影斜 馥郁たる早梅 疎影斜めなり
下午堂前人去後 下午 堂前 人去りし後
香風吹拂上袈裟 香風吹拂し 袈裟に上る
「下午」… 午後
「吹拂」… (そよ風が)そよそよと吹く、なでる
<感想>
もう一つは、これも「馥郁」との絡みになりますが、結句で「香風」が吹いて来ますので、それまで香りは出さない方が落ち着くように思います。
承句を「破蕾早梅」という形にすれば、流れは落ち着きますね。
この詩は、「馥郁」と「早梅」が合うかどうかですね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-364
立春看梅 其一
餘寒料峭立春時 余寒 料峭 立春の時
綴玉孤梅満舊枝 玉を綴る孤梅 旧枝に満つ
冷蕊玲瓏淡粧好 冷蕊 玲瓏 淡粧好く
C香苾勃更相宜 清香 苾勃(ひつぼつ) 更に相好し
「苾勃」… 香りが良い
<感想>
更に難を言えば、梅花の姿は転句でしっかり出て来ますので、先走って承句で「玉」と比喩を出しておく必要があるか、何か別の、転句と重ならないような言葉が欲しいですね。
後半は問題無いと思います。
承句は語順が気になりますね。
「綴玉」は「孤梅」の修飾語、となると、この句の主語は「孤梅」、述語が「滿」です。
「梅が旧枝に満つ」というのはおかしいですね。
もう梅の花は開いているわけですので、「孤梅」を「梅花」とすると落ち着きます。
「一樹」とか「古樹」で始めて、下は「素梅花滿枝」とか。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-365
立春看梅 其二
槎牙老樹禿株梅 槎牙たる老樹 禿株の梅
數朶綴瓊凌旦開 数朶 瓊を綴り 旦を凌ぎて開く
風帶餘寒立春節 風余寒を帯ぶ 立春の節
素葩璀璨送馨來 素葩 璀璨 馨を送って来たる
「槎牙」… 枝がごつごつかどだって入りくむ
「璀璨」… 玉などが清く輝くさま
<感想>
単純に入れ替えますと
風帶餘寒立春節 風余寒を帯ぶ 立春の節
これで平仄と押韻を合わせれば、全体はまとまると思います。
こちらは内容的に、転句以外は梅の話、ただ、どの句もあまり変化が無く、入れ替えても通じてしまうような内容です。
転句だけが梅から離れていますが、他の句が変化の無いため、転句が孤立しています。
前作と同じような展開になってしまいますが、転句を第一句に持ってきて、順にずらしていくと展開がすっきりします。
転句を最後に置き、残りの三句でまとめて梅のこと、と持って行くのも考えられますが、完全に分離した感じになりますので、やはり第一句にした方が良いですね。
槎牙老樹禿株梅 槎牙たる老樹 禿株の梅
數朶綴瓊凌旦開 数朶 瓊を綴り 旦を凌ぎて開く
素葩璀璨送馨來 素葩 璀璨 馨を送って来たる
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-366
庭梅
有報幽庭梅館開 報有り 幽庭 梅既に開くと
東風誘我到香臺 東風 我を誘ひ 香台に到る
紅葩C影映池水 紅葩の清影 池水に映ず
勝境忘歸詩興催 勝境 帰るを忘れ 詩興催す
「香臺」… 寺のこと
<感想>
「庭梅」という詩題は、通常は自宅の庭の梅を想定しますので、具体的なお寺の名前があるなら「○○寺觀梅」とするのが良いでしょうね。
起句は面白い表現ですね。
承句は、花の香りが風に乗ってとしたい所ですが、「香臺」の関係でちょっと説明臭くなりましたね。「香臺」を印象付けるならば、「到」をやめて、「古香臺」「一香臺」と三文字を名詞化する形ですね。
後半は問題無いと思います。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-367
春雨
靜聽淋鈴夢覺時 静聴 淋鈴 夢覚むる時
餘寒料峭粟生肌 余寒 料峭 粟肌に生ず
殘花落地書窗下 残花 地に落つ 書窓の下
白屋閑居春恨滋 白屋 閑居 春恨滋し
「料峭」… 風の寒いさま
「春恨」… 春のわびしさ、物思い
<感想>
承句の「粟生肌」は「粟膚(ぞくふ)」という言葉がありますが、粟粒のようなものが肌に表れる状態を表します。
承句の「餘寒」と転句の「殘花」がややズレる感じがします。
起句の「淋鈴」は「雨の降る音」、これは『唐詩選』に載っている中唐の張祜の詩「雨淋鈴」からの言葉です。
「雨淋鈴」は実は玄宗皇帝が作った曲の名前です。
安史の乱で長安から成都へと逃げた時、途中で長雨に閉じ込められ、馬の鈴の音を聞きながら楊貴妃を思い出して作曲したそうです。
「鳥肌が立つ」が現在は使われますね。
「殘花」を「桃花」としてはどうでしょうね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-368
送友
六月黄梅落盡晴 六月 黄梅 落ち尽くして晴れ
路傍鳥散夏衣輕 路傍の鳥散じて夏衣軽し
登樓千里送君發 楼に登りて千里君が発するを送り
遙看青年光彩生 遥か看る青年光彩を生ずるを
<解説>
梅雨も明けた頃、晴れて道端の鳥も飛び立ち夏の衣も軽い。
楼に登って千里、あなたが出発するのを見送る
遥かに青年の背に光彩が生ずるのが見えた
<感想>
転句からはガラリと内容が変わるのですが、この二語のおかげで案外素直に入れます。
結句は最後の「光彩生」が友へのエールという感じで良いですが、実際に光彩を発しているわけではありませんので、ここは感情的な表現だと分かるようにする必要があります。
起句は沢山の情報を入れましたね。
細かく見れば、「梅が落ちる」ことと「晴」は関係無いし、道端の鳥が飛び立つことと「夏衣」が軽いことにも繋がりはありませんね。
そういう意味では、ここに描かれた情報は、目に入ったもの、感じたことを羅列した形ではありますが、それが臨場感を生んでいるのも確かです。
「鳥散」とか「衣軽」も旅立ちを連想させる効果があり、計算された句作りという印象ですね。
ただ、「千里」という長い距離と「君發」というスタート時点とがずれますので、違和感が残ります。
下三字を「送君影」とすると解消すると思います。
「遙看」を「真看」とすると、自分の強い気持ちが表れてきますので、そんな形が良いでしょうね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-369
涅槃會
毎歳茲辰古梵城 毎歳 茲の辰 古梵城
涅槃妙相説無常 涅槃 妙相 無常を説く
沙羅樹底安眠入 沙羅樹底 安眠に入る
一炷香烟籠道場 一炷 香烟 道場に籠む
転句は「樹下」の方が分かりやすいかと思いますが、仏教語ならばこのままで。
結句は「一炷」が「籠道場」はやや大げさに感じられる場合は、「籠」を「流」にするか、「一炷」を「蘭炷」とするのも考えられますね。
<感想>
お釈迦様がお亡くなりになった二月十五日、仏教の三大行事(潅仏会、成道会、涅槃会)の一つである涅槃会ですね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-370
賀誕生會
和氣春筵淑景粧 和気 春筵 淑景粧ひ
鶯遷聲裏野梅香 鴬遷 声裏 野梅の香
生辰耋壽眞C福 正辰 耋寿(てつじゅ) 真に清福
老健康寧歡笑長 老健 康寧 歓笑長し
<解説>
妻の八十歳の誕生会を催しての感想
<感想>
一点だけ、承句ですが、「鴬の声の聞こえる中」ということで、時間の流れを表しているのだと思いますが、「鴬の声」と「梅の香」を並立させて画面を広げる形が華やかさを増すように思います。
ご家族での誕生会、「耋壽」の記念でもありますので、一層の喜びですね。
全体に穏やかな言葉が用いられ、奥さまへの優しいお気持ちが伝わって来ます。
「遷鶯巧囀」「鶯聲遷哢」などで句中対になります。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-371
雨水
越州重積雪 越洲 積雪重なり
東海續乾寒 東海 乾寒続く
四季愈迷妄 四季 愈々 迷妄
非常雨水跚 常に非ず 雨水の跚(よろ)めき
<感想>
今年の春は、季節が行きつ戻りつという感じで、節気も実感が薄い感じでしたね。
前半の対も分かりやすく出来ていると思います。
結句の「跚」は面白い選択ですね。、私ですと「歎」くらいで逃げてしまいます。「跚」で気候の乱れが感じられますね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-372
山林火災
森林放置度長期 森林放置 長期に度り
到處枯乾古木枝 到る処 枯れ乾く古木と枝
一火瞬燃焔蔓延 一火 瞬く燃え 焔蔓延す
消防微力待天爲 消防微力 天為を待つ
<解説>
昭和の頃は、薪採りによく山林に入ったものだが、現代は入る人も無く荒れ放題
<感想>
前半で火事の前の乾いた山林、転句で一気に燃え上がっていく様子がよく表されていますね。
結句は、「消防」の努力も空しく感じる場面で、「微」という言葉が切実で、「天爲」という天からの雨に頼りにするしかない思いが表されています。
つい先日、カリフォルニアの山火事をテレビニュースで見ながら、どことなく「対岸の火事」のような感覚がありましたが、大船渡の火事は本当にびっくりでした。
火事の原因は分からないようですが、仰るように森林の放置は火災の拡大に関して大きな要因だったようですね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-373
無題
中世帝王風 中世帝王の風
叱聲號令窮 叱声 法令窮まる
何時搖反動 何時 反動に揺れん
冷靜節操豐 冷静 節操豊かにして
最後の「冷靜」「節操」は全く同感です。
<感想>
今回もアメリカの大統領の話ですね。
承句は読み下しは「法令」になっていますが、本文のように「號令」でないと「二字目の孤平」になってしまいますね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-374
思AI文章
電子機先競爭姦 電子機先 競争の姦
思惟雖域用言攀 思惟の域と雖も 用言 攀む
語材虛僞方阿政 語材の虚偽は 方に政に阿(おも)ねる
一國C平不貫關 一国 清平 不貫の関
<解説>
結句は、一国だけ清く澄ましていられないという気持ちです
<感想>
承句はどうでしょうね、読み下しのように書くなら「雖」が先に来なくてはいけませんが、このままなら「(人間の)思考には限界があるけれど」ということで、下は「攀」を「たのム」と読んで「言葉を頼りにする」ですかね。
転句はSNSのフェイクニュースなどが結果的に政治に重要な関わりを持つようになったという嘆き、それでしたら「語材」は「放言」として「やりたい放題」という感じを出しましょう。
結句の「一國」は日本のことですか、「一国だけが関わりなく平和でいる」というのが上四字の意味でしょうね。
起句は「電子 機先」か「電子機 先」か切れ目が不明ですが、コンピュータの未来についての競争がひどい状況だということですかね。
六字目の「爭」は平声ですので、「奔競(利益を競って求める)」ですかね。
下の三字は意味としては「貫不關」の語順で「関わらないことを貫く」ですね。
それを反語で言うとなると「一國何爲貫不關」となります。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-375
懷古兵馬俑發見翁
吾聽事績老翁圍 吾は事績を聴き 老翁囲む
投擲粗鍬衝撃飛 投擲 粗鍬 衝撃飛ぶ
埋没二千年忘却 埋没二千年 忘却
非情政變舊懷扉 非情の政変 旧懐の扉
さて、題名ですが「懷…発見翁」となっていますが、途中から兵馬俑の話に変わりますね。
起句は「吾」が主語ですと、「老翁圍」では何か問題が起きて詰め寄ったように感じます。
承句は「衝撃飛」なのは考古学者の方ですので、ここは老翁の立場で「發見機」でしょう。
転句は「二千年間埋没して忘却された」と言いたいのでしょうが、片言外国語みたいですね。
結句はそのまま一句を読むと、何か大きな政変が起きたため、昔の事を思い出す(旧懐)きっかけ(扉)になったとなります。
<感想>
私も兵馬俑に行った時に、遺跡を発見した老人に会いました。
穏やかに笑って居られて、一緒に写真に写って貰ったら千円取られました。
「老翁」あるいは「客」を主語として書き始める形が良いと思います。
「俑前游客老翁圍」ならば通じますかね。
せめて「忘却二千年滅没」の方が分かるでしょう。
作者が兵馬俑に行ったことを思い出させるような出来事が最近ありましたかね?
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-376
懐古精緻兵馬俑
地中兵俑整然連 地中 兵俑 整然として連なるは
詔令発興生意前 詔令 発興 生意の前
帝業事前凝祭祀 帝業 事前 祭祀に凝れば
唯唯死活美顔憐 死活に唯唯 美顔憐れなり
起句はよく分かる表現です。
承句は「生意前」がはっきりしませんが、「始皇帝が生きている間に」ということですかね。
転句は「前」を使ってはいけません(「同字重出」「冒韻」)。
結句の「唯唯死活」は始皇帝が「不老不死」を求めたということでしょう。
<感想>
こちらも兵馬俑の詩題ですが、始皇帝を中心にした形で分かりやすくなっています。
「一統前」とか、期間を示すのではなく「英氣鮮」なども考えられますね。
「事成(事成りて)」でどうでしょう。
「美顔」というのはどんな意味で使われたのでしょうね。
ここを「帝顏」にして、転句の方は「覇業」としてはどうでしょうね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-377
陽春
休耕田圃草叢生 休耕の田圃 草叢生
小鳥群飛渡海輕 小鳥群飛 渡海して軽し
柳陌和風知氣轉 柳陌 和風 気転を知れば
白峰融雪自胸晴 白峰 融雪 自から胸晴る
承句の「小鳥」は「渡って来た」のでしょうか、それともこれから「渡って行く」のか、ここは「海」までは出さずに「群鳥喜春飛影輕」でどうでしょうね。
結句は「胸晴」ですと、これまで胸の中が暗かったようになります。
<感想>
春らしい句が並び、まとまりのある詩です。
せっかくの好景ですので、「正天晴」と大きな景色で終りたいですね。
by 桐山人(2025. 3月教室作品)
作品番号 2025-378
姉川古戰場
野岸荒碑戰伐傳 野岸の荒碑 戦伐を伝ふ
萬兵猩血染C川 万兵の猩血 清川を染むと
卽今只見一雙鷺 即今 只だ見る 一双の鷺
細柳營頭水愴然 細柳営頭 水愴然
<解説>
滋賀県の姉川古戦場を歩きました。織田信長が陣を置いたと伝わる場所には柳の木が立っていました。
戦いの後、川は兵たちの血で赤く染まったという逸話も残っています
<感想>
起句で古戦場だとまず示し、合戦の模様を承句でまとめた前半は、読者を一気に戦国の時代へと誘い、良い内容だと思います。
転句は、李白の『蘇台覽古』を思わせる表現ですね。
姉川の戦は、織田信長と朝倉、浅井軍が激突した戦ですね。
「野村」「三田村」の合戦とも言われるそうです。
この戦での死者や負傷者の血で川が赤く染まったというのは有名な話ですね。
過去と現在を繋ぐ存在として李白は「西江月」を使いましたが、この詩では「一雙鷺」が役割を担う形。
さて、鷺が良いのか、次の「柳營」が良いか、それを考えるのも楽しいですね。
「即今只見柳營跡 雙鷺悠悠水愴然」
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-379
春花爛漫
春日爛然百花鮮 春日爛然百花鮮やか
鶯聲恰恰水亭前 鶯声 恰恰(こうこう) 水亭の前
人生幾許草頭露 人生幾ばくぞ 草頭の露
一瓣浮杯詩酒莚 一弁杯に浮く詩酒の莚
<解説>
先月の教室での即興の詩を元に作ったもの。
春満開を見て、刹那の美しさを惜しんで、花弁がひとひら散る中、杯を交わす・・・・という感じで作りたかったです。
<感想>
起句は「爛然」の「然」が下平声一先の韻ですので、「冒韻」になります。
他の句は良いですね。
最後の「莚」は「草が延びる」ということで、「うたげ」という意味では「筵」の方でないといけません。
ただ、日本では「莚」も「むしろ」として使いますが、この場合には和習となります。
もう一点、「百花」の「花」は平声ですので、これは直さなくてはいけません。
両方を合わせて検討すると、「燦爛(絢爛)百花春日鮮」「春日暄暄萬朶鮮」などが考えられますね。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-380
採菜
油菜明黃茎葉青 油菜 明黄 茎葉青く
蜂蝶來去滿閑庭 蜂蝶来去し 閑庭に満つ
折花落英易爲感 折花 落英 感に為し易く
愛日春憂風自馨 愛日 春憂 風自ら馨(かんば)し
<解説>
菜の花は黄色く茎と葉は青い 蜂と蝶はいったりきたりして閑かな庭に満ちている。
花を手折れば花片が落ちて感傷しやすく 過ぎゆく時間を惜しみ、春を憂うも風は自らかんばしい。
<感想>
承句はちょっと大げさで、「蜂」や「蝶」が庭に満ちていたら恐いんじゃないですかね。
転句は「花」を使わないようにすることと、「英」は平字ですので、まとめて「掌中落蕊」と花ビラを見つめるような感じでどうでしょう。
結句の「愛日」は「一日一日を愛おしんで時間を大切にする」という意味もありますが、多くは「日の短い冬の日差し」に使います。
起句は、上が「油菜」ですと下の「茎葉」と対応が悪いです。
「油菜花黃」まで書くとすっきりします。
また、「閑庭」ですと、羽音も消える感じですので、「舞南庭」のような感じが良いでしょう。
下三字は「感を為し易し」と読みましょう。
また、前半の場面から「春憂」を持ってくるのは、違いが大きくて共感し難しいですね。
「春日」と始めて、「朗天」「好天」のような形で繋げるのが良いかと思います。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-381
春光爛漫
塵外C遊物外 塵外 清遊 物外緑
晴雲飛鳥舞衣鮮 晴雲 鳥飛んで 舞衣鮮やか
濃春烟景薫風裏 濃春 烟景 薫風の裏
芳卉開花花欲燃 芳卉の開花 花燃えんと欲す
承句の「舞衣」は「飛鳥」の姿でしょうか。
結句は「芳卉」と「開花」で組み合わせが悪いので、「芳草錦花花正姸」という形ですかね。
<感想>
起句は「塵外」で「C遊」して「物外」ですと、同じ話になりますね。
詩で描かれた風景は「塵外」である必要があるか疑問ではあります。
「外」に出かけたら「塵外」のような清らかな景色だったということなら分かりますが。
となると、「郊外C遊萬景香vくらいが良いですね。
春の生き生きとした雰囲気を出していると思いますが、「晴雲」はどうなったのか。
この形ですと「晴雲」の下を鳥が飛んでいる形で、結構遠くの鳥の姿になりますが、「舞衣鮮」は近くで見たいですね。
「林間遊鳥」「鳥來遊圃」などでどうでしょう。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-382
偶成
日暖韶華啼鳥親 日暖かく 韶華 鳥啼いて親し
芳郊C景畫難眞 芳郊 C景 画真に難し
百花零亂花飛盡 百花 零乱 花飛び尽くし
一樹老櫻四面春 一樹 老桜 四面の春
承句は「芳郊」と具体的なものと「C景」の全体を表す語では対応が悪いので、「芳」をやめて「西郊」など。
転句は「零亂」で「ゆらゆら揺れる」という幻想的な場面です。
結句の「一樹」は「四面」と合いませんので、「四面」を「滿面」くらいが良いでしょう。
<感想>
起句の「韶華」は「はなやかな春景色」、画面とよく合いますね。
また、下三字は、「真に」と修飾させようとすると語順は「眞難」でないと意味がとれません。
「眞」を韻字に使うとなると、「畫天眞(天真を画く)」
「百花繚乱」ですと、花が散り乱れる形になりますので、そちらの方が下と合いますね。
ただ、「飛盡」で花が無くなってしまうと困りますので、「欲飛盡」としておくと良いです。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-383
花下酒筵
吟客傾杯燈火前 吟客 杯を傾く 灯火の前
詠歌乘興共陶然 詠歌 興に乗り 共に陶然
春宵一刻朦朧月 春宵一刻 朦朧の月
如畫櫻雲風雅筵 画の如し 桜雲 風雅の筵
起句の「燈火前」は室内なのか室外なのかがやや分かりにくい感じがします。
<感想>
楽しげな趣が伝わって来る詩で、特に承句はリズム感もあり、うっとりしてきますね。
「櫻」という言葉を最後まで残しておく意図でしょうが、起句で「花下莚」として、すっきり花見と出した方が良いように思います。
また、細かいことですが「吟客」ですと次の「詠歌」と繋がりすぎるので「詩客」でどうでしょう。
起句で「花」を使いますと、結句の「櫻」がややボケるので、「瓊雲」が良いでしょう。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-384
偶成
嚴冬早起不堪寒 厳冬 早起すれば 寒に堪へず
八十四齡徹肺肝 八十四齢 肺肝に徹す
寂寞荒庭明月下 寂寞たる荒庭 明月の下
仰天合爪禱平安 天を仰ぎ 合爪して平安を祷る
転句は「明月」とまで言えるかどうか、通常は「殘月」ですが冒韻になりますし、明るかったのでしょうかね。
結句の「合爪(がっそう)」は「合掌」と同義と思えば良いですか。
<感想>
起句の「不堪寒」と「徹肺肝」に最初重複感を抱きましたが、「八十四齡」を強調する効果と考えれば納得できます。
沈みかかったという意味で「斜月」、あるいは軒から見たということで「簷月」、美しい月だったということならば、こちらでも「瓊月」が使えますね。
そうなると「仰天」「合爪」「祷」と類義の語が重なる印象。
「西天」くらいでもリアリティが出るかと思います。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-385
春花爛漫
梅花紅白仄香先 梅花 紅白 仄香先んず
順次小庭多種娟 順次小庭 多種の娟
彩色薫芳交替迅 彩色 薫芳 交替迅し
老顔眼鼻欲貪然 老顔の眼と鼻 貪に燃えんと欲す
最後に作者が登場して、目も鼻も十二分に楽しもうという欲張る姿もユーモラスに描かれていると思います。
<感想>
春の花は、先ずは梅から始まって、「順次」に庭を彩って行くという様子が転句までゆったりと書かれていますね。
結びの三字がちょっと分かりにくいので、「醉陶然」という感じでしょうか。
「貪」を生かしたいところではありますね。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-386
辛夷
開花美一齊 開花の美 一斉
六瓣素衣黎 六弁の素衣黎(ととの)ふ
想起信州季 想起す 信州の季
陽春漫歩堤 陽春 堤を漫歩せるを
かつて信州で暮らしていたということなら「信州日」となりますが、旅行などで出かけたという意味合いを出して「信州季」としたのも、意図のある表現になっていると思います。
コブシの花は、千昌夫の『北国の春』でも詠われ、北国や山国の春の到来を象徴する花となっていますね。
<感想>
信州での春景色を思い起こしたという後半は良い句ですね。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-387
清明
新葉時時告F濃 新葉時々 緑色濃やか
樹株個性競爭容 樹株の個性 競争の容
花英紅紫黃白 花英紅紫黄白
我亦蘇生落落胸 我亦蘇生落々の胸
「春花爛漫」の詩でも書かれていましたように、梅から始まって様々な花が開くのを「個性 競争の容(すがた)」と見るのも楽しいですね。
結句は「落落胸」が結末としては寂しいですね。「よし、まだまだ花を咲かせるぞ」という結びだと嬉しい気持ちになります。
<感想>
清明はすでに晩春に入る頃になりますね。
新葉の緑から、「紅紫黃白」と色を並べたのは、作者ならではの技ですね。「してやったり」という感じが嫌味でなく、素直な感動として出ているのが良いですね。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-388
春花爛漫
雨晴山深梵樓前 雨晴れて 山深し 梵楼の前
春輝古瓦映日鮮 春輝 古瓦は日に映じて鮮たり
梅香薫風白雲巓 梅香 薫風 白雲の巓
鐘聲遺響竹林禪 鐘声の遺響は竹林の禅
起句は「雨晴」と「山」の関係が大切で、雨が晴れると山が深くなるわけではありませんので、ここは「山近」とすると繋がりがはっきりしますね。
承句は「春輝」が春の日射し、そうなると下の「映日」がややしつこい感じ。
転句は、花の香から風、そして遠くの「白雲巓」へと対象を移して行くのは、自然で良い流れです。
結句は「梵樓」「古瓦」と来たお寺の場面のまとめになりますね。「鐘聲遺響」は良い素材になります。
<感想>
三月の教室の時間中に作っていただいた作品ですので、平仄は合わせてありませんが、素材を拾い上げて重複無く仕上がっていますね。
それぞれの繋がりや役割を考えながら、平仄を合わせて行きましょう。
ただ、「春」という季節を出すのは大事ですので、「古瓦」を上にして「古瓦春輝碧碧鮮」とすれば平仄も合います。
転句については押韻しないで末字を仄声にするのが規則ですので、せっかくの韻字で残念ですが「巓」を「嶺」にしましょうか。
ここの「梅」は早春の風物ですので「爛漫」にはやや遅い、逆に「薫風」は初夏のイメージなのでやや早い、ということで「馥郁花香風渡嶺」ならば原案の景色もそのまま残りますね。
最後の「竹林禪」は、鐘の音と竹林からの読経の声が重なるようで、あるいは作者自身が竹林に坐しているような構造で、余韻の残る句になったと思いますよ。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-389
春花爛漫(一)
暖日桃溪江上船 暖日 桃渓 江上の船
一村満地百花鮮 一村 満地 百花鮮たり
酒旗柔弱獨翁坐 酒旗 柔弱 獨翁は坐す
春晩鶯聲醉欲眠 春晩 鶯聲 酔いて眠らんと欲す
承句にまた「百花」と出て来ますので、更に花が増えたということですかね。
転句の「柔弱」は面白い表現ですね。
結句は「鶯聲」が孤立しています。
<感想>
こちらの起句を読むと、「桃源郷」をイメージしていたのか、という思いになりますね。
どちらかに揃える形で、「C溪」とするか「絳花」とするか、で落ち着きます。
酒屋の旗がフニャフニャに風に揺れているというところでしょうね。
できれば、この表現の前にどこかで「風」を出しておくと分かりやすいです。
風がないと、旗の素材が「柔弱」のように感じます。
下の「獨」は副詞で、述語(この場合は「坐」)を修飾します。
従って、この場合には「翁獨坐」の語順になります。
「翁」を修飾するなら「孤翁」とします。
転句からの流れでは即下三字に直結、「鶯聲」はここでは必要ありません。
となると、どんな音が良いか、「橈聲(○○)」とか、「醉」を平声に替えるなら「楫聲(●○)」も良いでしょう。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)
作品番号 2025-390
春花爛漫(二)
裏山淡扮白雲巓 裏山 淡扮 白雲の巓
馥郁鮮花古寺邊 馥郁の鮮花 古寺の辺り
鶯語窗前禪睡老 鶯語は窓前 睡老に禅
春濃微雨晩鐘傳 春濃 微雨 晩鐘伝ふ
承句は「鮮花」ですが、「古寺」とは不釣り合いです。
転句の方は、「窗前」を「南窗」、「禪」は「古寺」の流れで面白い表現ではありますが、「驚」くらいでしょう。
結句は、いつから雨が降り出したのか、「遲遲春日」としてはどうでしょう。
<感想>
起句の「淡扮」は「淡い色に装う」ということですが、これは花が開いたということでしょうね。
下三字の「白雲巓」はどうなのでしょう、「裏山」の「巓」に「白雲」となると相当大きな「裏山」ですね。
「四山」と広げるか「遠山」とした方が収まりが良いです。
この「鮮」と次の「前」「禪」も、下平声「一先」韻の字で、つまり「冒韻」になります。
先ずは「鮮」は「紅」「黃」と色を出しておきましょう。
by 桐山人(2025. 4月教室作品)