作品番号 2024-361
偶成
涼秋空氣爽膚肌 涼秋の 空気で 爽(さわや)かな膚肌
紅日紅霞紅葉怡 紅日 紅霞 紅葉を怡(たのし)む
日課逍遙覓佳句 日課の逍遥で 佳句を覓め
明窗淨几作成詩 明窓 浄几で 詩を作成する
<感想>
承句は「紅」で揃えて工夫しましたね。
転句は挟み平ですね、これは分かりやすい句です。
結句は四字熟語で落ち着かせよう、といういつものパターンですね。
問題は、転句の「覓佳句」と「作成詩」が同じことを表している点です。
起句の「涼秋」と「爽膚肌」は重複感があります。
また、「空氣」は、現代的な「エアー」の意味は江戸時代にオランダの言葉を訳したもの、つまり和語と言うか、明治になってヨーロッパの文物などを移入するために沢山生まれた翻訳漢語と同類です。
「天空に広がる気」ならば使えますが、この詩では「エアー」の方のようですね。「中秋風爽洒膚肌」「秋風C冷撫膚肌」など。
「紅霞」「紅葉」は良いですが、「紅日」は真っ赤な太陽、夕日でしょうが、朝日に使うことも多いですし、今いちですね。
「日」の字も重複しています。
少し季節が戻りますが、色を使って「白露」ならば、元の狙いに少し近いかも。
「明窗淨几」の清潔感と起句で描いた秋の爽やかさとを関わらせたのは、ややしつこい気もします。「明窗」か「淨几」のどちらかでも良いですが、ひとまずは良しとしましょう。
散歩中は句を考え、家に戻って詩にまとめる、という意図でしょうが、「覓佳句」だけで作詩する意味として使いますから、読者としては同じ行為を繰り返す印象。散歩中に別のことをするとか、帰宅して一日の終わりのこととか、両面で考えてはどうでしょう。
「明窗獨待月華時」、「明窗」にこだわりが無ければ「閑窗獨待月明時」が良いでしょうね。
作品番号 2024-362
秋色
迎秋小苑覺微涼 秋を迎へ 小苑で 微涼を覚る
柿子深紅菊厚黃 柿子は 深紅 菊は厚黄
稻穂豐登眈大地 稲穂 豊登 大地を眈(みおろ)す
十風五雨意安康 十風 五雨で 意は安康なり
転句の「豐登」は「豊稔」と同じ意味、「稲穂」が主語で合いますかね。「香稲」「嘉稲」とした方が良いです。
結句は、天候不順のここ数年ですと、あまり実感を伴わない言葉ですが、伝統的な季節感としては問題無いです。
<感想>
起句は情景が分かりやすい句ですが、「小苑」と場所を狭くすると、転句からの広がりに対応出来なくなります。
「村巷」「閭里」とか、「郊村秋午」などですかね。
この詩のように、本来の穏やかな風景が戻って来て欲しいものです。
作品番号 2024-363
菊花展會
秋寺遊觀萬菊花 秋寺 遊観 万菊の花
培翁得賞頗矜誇 培翁 得賞 頗る矜誇
C姸異品人皆讃 清妍 異品 人皆讃ふ
流憩悠悠日已斜 流憩 悠悠 日已に斜なり
転句の「異品」は「(他と)異なる珍しい品」、これが悪いわけではありません。
結句の「流憩」は菊花展をゆったりと見て回って、という趣で良いですが、そうなると、起句の「遊觀」が同意の語ですので、重複感が残ります。
<感想>
承句に難しい言葉が出て来ますが、「培翁」は「(菊を)育てた老人」、「矜誇」は「矜恃」と同じで「才能を誇る」ということですね。
「得賞」は「賞を得た」で分かりますが、普通の「受賞」ではいけませんか。
ただ日本人には「異」が「変」の意味で捉えることが多いので、「異品」と言われてすぐに「すばらしい」と伝わるかどうか。
「逸品」「絶品」などではどうでしょうね。
結句の方を生かす形で、起句を「ク寺秋天」「秋寺香風」とか、景を膨らませるようにすると落ち着くと思います。
作品番号 2024-364
九日雜感
西風過襖報秋來 西風 襖を過って秋を報じ来たる
臥對庭柯百感催 臥して庭柯に対すれば百感催す
今歳病餘猶止酒 今歳 病餘 猶ほ酒を止めたれば
泛茶閑喫菊花杯 茶に泛べ 閑かに喫む 菊花の杯
<解説>
重陽の日に庭の樹を眺めながら災厄など諸々のことを想い、菊酒を飲みたかったが病み上がりのため茶に泛べて飲んだ。
<感想>
起句は「襖」ですが、建具として使うと和習になります。どこか別の場所にするか、「鬢」くらいが風を受けるには良いですね。
承句は「臥」では寝た切りのようですので、「坐」の方が自然かと思います。
転句は陸游の詩ですね、一句丸ごとを避けて、「猶」を「當」としておくと良いでしょう。
結句はこのままで良いですね。検討するとすれば、「閑」を「獨」などの言葉にするか、また「閑喫」自体を「今日」(転句の修正が必要になりますが)と、重陽であることを強調するか、というところでしょうね。
病気で「菊酒」ならぬ「菊茶」を飲むという最後の場面は、重陽らしさがよく出ていると思います。
作品番号 2024-365
重陽村巷
一脈秋香籬畔花 一脈の秋香 籬畔の花
千枝萬態一叢譁 千枝 万態 一叢譁(かまびす)し
初開玉蕊黄金色 初めて開く玉蕊 黄金色
盡日C姸貧士家 尽日 清妍 貧士の家
起句の「一」が承句でも出て来て、同字重出が残念です。
後半は、「黄金」と「貧士」の対比が面白く、良い構成になっていると思います。
<感想>
画面がよく見える詩になりましたね。
内容からは、「村巷」らしき景色は出て来ませんので、題名は「重陽観菊」が良いですね。
承句は「千」「萬」と対していますので残して、起句の方は「脈脈」とか、香りを表す言葉が良いですね。
作品番号 2024-366
晩秋偶成
金風漾漾試黃花 金風 漾漾 黄花を試む
處處村堂秋色嘉 処処 村堂 秋色嘉(よ)し
一簇千莖籬落下 一簇 千茎 籬落の下
幽香晩節野人家 幽香 晩節 野人の家
<解説>
田舎の晩秋のゆったりした風景を思い描いて作詩しました。
<感想>
結句の「幽香」は転句の描写と不釣り合いです。「清香」「冷香」が良いです。
後半は菊の話でまとまっていますが、そうなると、起句の「黄花」がポツンと離れていて浮いている感じがしますね。
起句は「試」は表現が分かりにくいので、「促」「誘」が落ち着くかな、と思います。
ただ、後述するように、ここで菊を出すと先走り感が強く、何か別の言葉が良く後半をまとめてから見直しましょう。
「晩節」は菊に象徴される名ですが、ここははっきりと「黄菊」とした方が良いでしょうね。
我慢をして、ここは別の景にした方が良いですね。「金風漾漾碧天遐」などが落ち着きそうですね。
作品番号 2024-367
迎八十三歳
暑窮今夏候 暑を窮めたり 今夏の候
天地亂多災 天地が乱れ 災 多し
我八十三歳 我 八十三歳
幾年能酒杯 幾年なりや 酒杯能ふは
<解説>
今年の夏は非常に暑かった
天地が乱れて、災害も多発した
私は八十三歳になった
あと何年だろう 好きな酒を飲めるのは
<感想>
起句は「暑は窮まる」と読んだ方が良いですね。
承句は語順を「天亂地多災」と「二・三」のリズムにしましょう。
転句は「我」が要らないですから、「八十三齢叟(老)」
結句は「幾年」だけですと、「(八十三年のうち)どのくらいの年」と前句と繋げて読み、意図である「今後どれくらい」とは読んでもらえない可能性が高いですね。
五言絶句は字数が少ない分だけ、表現に工夫が必要ですが、必要な言葉を選びぬく楽しさや、表現の自由さなどが楽しいですね。
「殘年幾酒杯」と書き換えれば、未来の話になると思います。
作品番号 2024-368
患日射痾
球技元來我好中 球技元来 我 好む中
打投人贊氣炎充 打ち投ぐれば人が賛(ほ)め 気炎充つ
初知恐怖射陽病 初めて知る恐怖 射陽の病
是己無防反省窮 是れ己の無防なりと 反省窮めたり
<解説>
私はもともと球技(野球)が好き
打ち、投げれば人がほめ、気炎が充つ
初めて日射業を患い、その恐怖を知った
これは自分の無防備によるものであり、大いに反省した。
<感想>
起句は「野球」と書きたかったところでしょう。
転句は、ご自身が日射病になってしまった体験を表して、「恐怖」の言葉が衝撃的ですね。
結句、「無防備」は事前に防御の備えが無かった、「無防」では防御の方法が無い、ということで、意味が違ってきます。
題名の「日射痾」は、中国語では「中暑」、「暑に中(あた)る」ということで、暑さによって引き起こされる症状全般を表します。
つまり「日射病」「熱射病」「熱中症」「暑気あたり」などですので、題名は「中暑」だけで十分ですね。
「球技」だと幅が広がって、サッカーもラグビーも、室内のバレーボールやバスケットも入ってしまいます。
起句と承句を逆にして、野球の説明を先に行えば、「球技」だけでも野球だと分かるようになりますね。
起句を「投打喚聲當熱中」、承句は「元來球技氣魂充」あるいは「棒球日日我心充」。
その「恐怖」を生かして、「射陽病」は「炎陽病」の方が伝わるでしょうね。
「防備無忘」としておけば、下三字へ繋がりますね。
作品番号 2024-369
仲秋偶成
夏期既遠仲秋迎 夏期は既に遠のき 仲秋を迎ふ
朝漸涼漂午暑盈 朝は漸く涼漂へども 午は 暑 盈つ
雜草茫茫庭上景 雑草茫茫たり 庭上の景
刈除腰膝忽悲鳴 刈除けば腰膝 忽ち悲鳴
<解説>
夏はとっくに過ぎ、仲秋を迎えている
朝はようやく涼しくなってきたが、日中はまだ暑い
(暑さにかまけて放置していた)庭は雑草で茫茫
雑草の刈込をし出したら、すぐに腰・膝が痛み(止めてしまった)
<感想>
承句の「漸」は「だんだんと」という意味で使います。
転句は、「雑草という草は無い」と牧野富太郎が言いましたが、草がいっぱいに繁っていることを「雑草茫茫」ではそのまんまです。
結句は話の「落ち」になりますので、「忽悲鳴」という大げさな表現でも許されます。上四字がやや分かりにくいので、
起句の「夏期」は「夏の期間」ということで「遠のき」と動詞で使いましたね。
動詞ということなら「去」「往」も可能です。この句は時候の説明文という感じです。
叙景を入れる形で考えると、「仲秋迎」を「素風迎」でしょうね。
ここまでの前半は秋の始まりを描いているわけですが、後半の草取りへの流れが悪いですね。
作者の気持ちは「暑さにかまけて放置したから)草が茫茫だ」ということですね。
読者にはその事情が分かりませんから、突然に雑草の話に変わったという印象です。
説明文ではないように工夫が必要。「草露煌煌滿庭際」で、露を言いながら草が繁ることを表す手法もあります。
「欲剪老骨忽悲鳴」くらいが原因理由もよく伝わります。
作品番号 2024-370
菊紋
玉露漙漙碧葉遮 玉露 漙漙(たんたん) 碧葉遮る
秋光帷幕菊更紗 秋光 帷幕 菊更紗
群芳貴種供行事 群芳の貴種 行事に供ふ
瑞典尊前逐風華 瑞典 尊ぶ前 風華を逐ふ
<解説>
行事に花はつきもの。家紋等について改めて調べました
<感想>
承句は「更紗」が和語で、ポルトガル語を日本語で音訳したもの、中国語では「花布」と言うようです。
転句は、沢山ある花(「群芳」)の中でも、菊が最も尊重されているというのが自然です。
結句は上四字は良いですが、六字目は仄声でないといけません。
起句の「漙」は「露の多く降りたさま」という意味です。
ここを「菊花紗」でも良いですが、韻字でもありますので題名の「菊紋紗」でどうでしょう。
合わせて、題名の方を「菊花布」としても良いでしょう。
注を見ると、「沢山の素晴らしい花々」ということかもしれませんね。
下三字ですが、「行事」として使う時には「行」は仄声になってしまいます。
ここの「行事」は次の「瑞典」でも同じ内容が出て来ますので不要と言えば不要ですので「彩時節(時節を彩る)」。
香りを出し「馥郁華」とか「風逐華」「香逐花」などでどうでしょう。
作品番号 2024-371
C流
淺PC流仇浪収 浅瀬に清流 仇浪収まる
白鷺飛來更何求 白鷺は飛来 更に何をか求めん
沿江百草野人家 江に沿ひ 百草 野人の家
想望懷ク水華浮 想ひ望む 懐郷 水華浮かぶ
<解説>
江に近き家が故郷です。今も川沿いの散歩が好きです。
<感想>
承句は「飛來白鷺」の語順で平仄は合いますが、それですと「白鷺」が下三字「更何求」の主語になってしまいますね。
転句は「沿江」は「江邊」、句末の「家」は平声ですので「野人歩(野人歩す)」かな。
結句は「想」「望」「懷」は大体同じ意味の字ですので「回望」とし、中二字は「家ク」の方が「ふるさと」というイメージが強くなるでしょうね。
起句の「P」はこれだけで「浅瀬」「急流」の意味を持っています。
「石P」としましょう。
ここの「仇波」は和語ですね。
「風浪」「淵浪」などを考えてはどうでしょう。
作者を主語にするか、「白鷺」について言葉を増やすか、どちらかでしょう。「時看白鷺更何求」、後者なら「飛來白鷺圃田頭」など。
下三字は「水華」を換えて「秋葉流」で寂しげな趣は出るかと思います。
作品番号 2024-372
紫藤花
池苑腰L仰碧空 池苑 緑廊 碧空を仰ぐ
流英胡蝶戲兒童 流英 胡蝶 児童と戯る
古來傳承英雄誼 古来 伝承 英雄への誼(よし)み
薄紫韶華樂未終 薄紫 韶華 楽未だ終らず
<解説>
アニメ『鬼滅の刃』、藤の花から特殊な毒を精製、毒針で鬼と渡り合う剣士をイメージしました。
庭園の池 日陰棚 碧空を仰ぐ
風に舞う花びら 蝶と子供が戯れる
昔から伝え承る英雄への誼み
薄紫 春の光 未だ楽しみは終わらない
<感想>
それに合わせて、承句を「紫花垂朶」とし、まず前半で藤の花の様子を出しておきたいです。
転句は「承」の平仄が違いました。アニメを詳しく知らないのですが、「傳承」を「傳説」で合いますかね。
結句は画面を「池苑」に戻します。
起句は「仰」は仄声なので「四字目の孤平」、「仰」を「望」にするか、「腰L」を「藤廊」としておきましょう。
「藤」の方が良いでしょうね。
そうなると、承句の下三字も花か苑の景色が良いですね。例えば、「戲輕風」などどうでしょう。
承句で削った言葉を使いたいところですが、「英」だけは「英雄」と重複しますので止めて「胡蝶悠然興未終」とか「小童喜喜遊未終」ですかね。
作品番号 2024-373
平和
學親學友學師良 親に学び 友に学び 師に学ぶ良なり
考究庶民眞福祥 庶民 真の福祥 考究する
流血成川看世界 流血 川を成す 世界を看る
銘肌鏤骨泰平央 肌に銘(きざ)み 骨に鏤(ほ)るは 泰平に央(つき)る
転句は「看」の位置が悪く、本来ですと句の頭に置くべきです。というよりも、この言葉は必要かどうか。
結句は下三字、これですと「泰平がつきる」となります。
<感想>
起句は対語で楽しんでいますね。
この「学び」と承句を繋げるために、承句まで主語をしっかり継続させる必要があります。
「考究」を「欲究」とすると、起句から続いている形で承句に入れます。
また、上四字がずるずると末二字に掛かっていくのは読みにくいので、「世界現今流血態」で同じことが言えると思います。
これでも句の意味は「泰平が無くなったことを記憶に刻む」として成り立ちますが、意図としては「泰平が一番大切だ」ということ。
そうですね、韻字としては「望」「昌」「章」あたりの方が適するでしょうね。
作品番号 2024-374
老翁
有限命根無限知 有限の命根 無限の知
康心健體議論爲 康な心 健な体 議論を為し
快眠快食連連快 快眠 快食 連連と快なり
意氣軒昂八十怡 意気 軒昂な 八十を怡(たの)しむ
承句は何を「議論」するのか、この語が必要なのかも悩みます。
転句の内容は「無限知」と全く繋がらないので、全体に起句が浮いてしまってます。
<感想>
起句の「命根」は仏教語ですね。「人生」の方が分かりやすいと思います。
「快眠快食」を「知」に関わることに持って行くと、まとまってくるかなと思います。
作品番号 2024-375
懷母
秋分秋冷爽秋花 秋分 秋冷 爽(さわやか)秋花
院内讀經于大哇 院内 読経 于(と)大哇(たいあい … 子供の騒ぐ声)
北位故ク親永逝 北位の故郷で 親は永逝
墓前白菊憶生涯 墓前の白菊で 生涯を憶(おもい)だす
承句の「于」は「と」と訓じていますが、並列の用法はありましたか。「與」の代わりに平字を入れたのかな?
転句の「北位」は「北にある」ということですか、「北地」と同じかな?
結句は、気持ちの入った句だと思いますが、「白菊」と「生涯」を繋げる描写が無いと、詩題の「懷母」が生きてきません。
<感想>
一句に三文字使いは、本当に重ねることが必要なのか、ちょっとマンネリ感が出て来てしまいましたね。
「秋分天冷献香華」「秋天展墓冷秋花」とか、お墓参りが分かるような形が良いかと思います。
「哇」を使うなら「讀經童子哇」、ただお経の最中に大声で騒いでいる子どもが居るのは不似合いで、「哇」を使う意図がやや不明。
この句から推定されるのは、作者は現在、東北(北海道?北陸?)の故郷に帰っていて、お彼岸に母親の墓参りをしたという場面設定。
それで良いなら句としては成り立ちます。
そうなると、要らないのは転句の内容ですので、ここにお母様の「生涯」につながることを入れるのが良いでしょうね。
作品番号 2024-376
秋日感懷
秋氣庭園露葉鮮 秋気の庭園 露葉鮮やかなり
今朝喜壽思悠然 今朝 喜寿 思ひ悠然たり
老愁如霧拂難盡 老いの愁ひ 霧の如く 払へども尽き難く
飲膳撤來徐喫煙 飲膳撤し来れば 徐ろに喫煙す
※
<解説>
今週喜寿を迎えたことで、近頃の体力や知力の衰えを痛感している。
これからの更なる衰えを危惧し、控えていた煙草を吸ってしまった。
<感想>
起句は「秋氣」がどうなのか、が欲しいので「秋冷」としたいですね。
承句の「喜壽」は和語、「七七誕日」「今朝生日」とするか、「喜寿」の件は題名に入れるのが良いと思います。
転句の「如霧」は実感の籠もった表現なのでしょうね。これで意味は通じます。
結句は「徹來」ですが、「來」は向こうからこちらに来る場合に使う助字なので、通常は逆の「撤去」としますね。
喜寿はおめでたいお祝いですが、当事者となると、老いを感じるものでしょうかね。
でも、長生きを喜ぶことも大切ですので、一層、健康にご留意ください。
平仄が合わないので変えましたか。
「難収(収め難く)」「已収」、転句の下三字は「不能拂」でいけると思います。
作品番号 2024-377
秋思 一
佳夕涼風情感嘉 佳夕 涼風 情感嘉し
軒墀秀草虫吟加 軒墀(けんち)の秀草 虫吟加はる
春蘭秋菊孤松 春蘭 秋菊 孤松の緑
益友淡交殘月斜 益友 淡交 残月斜なり
<解説>
菊を調べて、「キク」は「きく」と知りました。
<感想>
承句の「軒墀」は「軒端」の意味ですね。
転句は「春蘭秋菊倶不可廃(倶に廃すべからず)」の言葉で、春の蘭と秋の菊はどちらも甲乙付けがたいという意味です。
結句は「淡交」がどの繋がりから出て来たのか、悩みます。
起句は「佳」とここで言ってしまうと、下の「情感嘉」がぼやけてしまいます。
「一夕」「夕暮」と場面設定だけにしておくのが良いでしょう。
ここは「虫吟加」が三文字とも平字、つまり「下三平」になっています。
「細吟加」ならば行けますが、そうなると「虫」を上で出しておく必要があります。
分かりやすいのは「秀草」のところに虫の名前、「蟋蟀」「絡緯」などを入れる形でしょう。
そうなると、せっかくの「秀草」を起句に持って行くのでしょうね。
そこに更に松の緑を加えて、まさに三友ですね。
作品番号 2024-378
秋思 二
菊花帶露冷涼加 菊花 露を帯び 冷涼加はる
虫韻聞微野老家 虫韻 微かに聞こゆ 野老の家
長夜詩情貧士樂 長夜の詩情 貧士の楽しみ
知音尺素一杯茶 知音の尺素(せきそ) 一杯の茶
転句の「貧士」は本来は「志のあるしっかりした人」を表す言葉ですが、ここでは「野老」と同じく謙遜の言葉ですね。
<感想>
承句は語順としては修飾語を上にして「微聞」ですね。
句の意味としては、「秋の夜の詩情は私の楽しみ」ということですが、結句に行くと、更に「知音からの尺素(手紙)」と「一杯の茶」が加わって来ますので、楽しみが沢山有って、最初の「詩情」が薄れてしまいます。
例えば、転句を「長夜燈前知友信」とし、結句は「詩情□□一杯茶」で中二字に良い言葉を考えるという方向ではどうでしょうね。
作品番号 2024-379
白川ク五箇山
岐阜北部一路斜 岐阜の北部 一路斜め
合掌集落秋氣加 合掌の集落 秋気加ふ
茅葺勾配切首造 茅葺き 勾配 切首造(せったつくり)
田園眞白蕎麦花 田園 真白 蕎麦の花
<解説>
先月中頃、テレビで五箇山の景色を観て、十年程前に老人会の仲間と五箇山に行った時のことを思い出して作りました。
車で連れて行っていただきましたが、遠いと思いました。集落は屋根の向きが皆同じで、空気が心地良く感じました。
合掌造りの構造は雪が滑りやすくする工夫で、一面の蕎麦の白い花に手を合わせ祈る思いでした。
<感想>
語句の修正をしておきますと、「一路斜」は道の勾配がきついことを表します。
承句は「合掌」は是非入れるようにすると、「忽看合掌古村家」。
転句の「切首」ですが、調べても分かりませんでした。
結句は語順を換えて「眞白田園蕎麦花」で平仄も整います。
押韻を下平声六麻で揃えることができましたので、これは十分な漢詩です。よく頑張りましたね。
全体に言いたいことも明瞭です。
起句はバスの中、承句は到着した時の様子、転句は合掌造りの説明、結句は周辺の景、遠景で近景を挟むという構成も整っています。
ここは同じ韻目の中から「遐(はるか)」に変えておくと良いですね。
ついでに「北部」は「山間」、「北」を残したければ「岐阜」を「岐北」。
合掌造りならば「切妻」ですかね。ただ、どれも和語ですので本来は使い辛いところです。
しかし、日本の家屋を表す言葉ですので、固有名詞ということで良いと考えましょう。
平仄を考えて、語句を入れ替えると「切妻茅葺急勾配」で合いますね。
作品番号 2024-380
詠觀月
旻秋庭宇輕禽聲 旻秋 庭宇 軽禽の声
素月玲玲促織鳴 素月 玲玲 促織鳴く
鼎鼎不知雙鬢白 鼎鼎す 不知 双鬢白し
能詩能酒樂餘生 詩を能くして酒を能くして 余生を楽しむ
起承の下三字でどちらも音、つまり聴覚を使っていますが、どちらかで良いと思います。
転句で時の流れが表されますが、これを秋のどこから感じたのか、前半のどこにも関わる内容が見られないので、あまり嘆き過ぎない方が良いですね。
<感想>
転句の「鼎鼎」は「年月が速く過ぎる」という意味ですね。
言葉のことで言うと、「素」は無色、つまり「白」を表しますので、転句の「雙鬢白」と同じものになります。
これはどちらかにしないと色が重なってしまいます。
そうなると、「庭宇」の関わりで言えば「促織」が良いのですね。
承句を「庭宇○○促織鳴」とし、起句に「月」を持ってきて視覚を使う形が良いですね。
「輕禽聲」は平字が並ぶ「下三平」ですので、これは直しましょう。「仲秋玲月夜風輕」など。
軽い感じで、そうですね、私ならば「野叟復知」「衰老忽知」など、自分をからかうような表現をするでしょうね。
作品番号 2024-381
港濱
南風習習夏衣輕 南風 習習 夏衣軽し
異國情緒問海城 異国情緒 海城を問ふ
索道駸駸旅思驚 索道 駸駸 旅思驚く
開花的礫送潮聲 開花 的礫たり 潮声を送る
<解説>
コロナ明けにみなと未来に行きました。
ロープウェイに驚き、庭園に花が咲き乱れて、美しい様子を詠みたいと思いました。
<感想>
転句の「駸駸」は「(馬が)速く走る」が原義、「時の流れの速さ」にも使います。
結句の「的礫」は「的皪(てきれき)」で、「くっきり鮮やか」。「的歴」とも書きます。
承句は「情緒」ですと平仄が合いませんね。「風情」で合わせておきましょう。
ただ、この場合には厳密には「ロープウェイが速い」のではなく、乗っている「ゴンドラ(箱)が速い」わけです。
まあ、分からないでもないですが、ここは「驚」が下平声八庚韻で平声ですので、ついでに直すということで、「旅思驚」を「天上駕」としましょうか。
「駕」は「乗り物」、「輿」も良いですが、これは上平声六魚韻で平声。
ここの句意は「花が鮮やかで潮声を送る」となりますが、上四字と下三字の繋がりがピンと来ませんね。
「送」を何か別の字にしてはどうでしょうか。
作品番号 2024-382
家室南圖
夏初C影雨初収 夏初 清影 雨初めて収まる
家室南圖近江樓 家室 南図 江に近きの楼
談笑陶然歡不極 談笑 陶然 歓極まらず
此時何幸忘千憂 此の時 何ぞ幸ひなる 千憂を忘る
<解説>
家族で東南アジアに旅行し、夜遅くまで入り江近くでおいしいお酒を飲んだことが楽し過ぎたので、それを詩にしたいと思いました。
<感想>
題名の「家室」は「家族」ですが、皆揃ってということなら「挙家」という言葉もあります。
転句(第二句)から結句までは、旅行の様子。起句はどうも梅雨の様子を描いたように見えます。
承句は六字目「江」を仄字と間違えたようですが、「海」としておけば大丈夫ですね。
転句の「歡不極」と結句の「忘千憂」は内容として似ていますので、転句の方を「芳克」としてはどうですかね。
結句はこれで良いですね。
初めての漢詩創作だそうですが、旅の楽しそうなお気持ちが漢語でうまく表されていると思います。
次の「南図」は「南国」でしょうか。
つまり、起句とそれ以外が離れている印象です。
せっかくの旅行ですので、起句はもっと「東南アジアに居るぞー」と感じられるような物が欲しいですね。
東南アジアのどこなのか分かりませんが、「鬱蒼森樹」「潮風C冽」など叙景を増やしたいですね。
作品番号 2024-383
靈峰C流
吟杖尋幽白鷺洲 吟杖 尋幽 白鷺の洲
石鎚涵養面河流 石鎚 涵養 面河に流る
江搖月湧天如水 江揺らぎ 月湧いて 天水の如し
兩岸秋風詩酒舟 両岸の秋風 詩酒の舟
<解説>
愛媛の霊峰石鎚山から流れる水をテーマに作りました。
面河(おもご)渓と仁淀(によど)川に流れ名水となってます。
結句は「花下秋風掌上浮(花下の秋風 掌上に浮かぶ)」と迷い、決めかねています。
<感想>
全体に見ると、「白鷺洲」「面河流」「兩岸」「舟」などで、水に関わる語が多く出ています。
さて、そうなると「詩酒舟」はどこにあるか、川では平凡ですので、いっそ空に浮かばせたくなりませんか。
この「詩酒舟」に乗っているのは当然作者ですので、そうすると起句の「吟杖」が邪魔になります。
詩全体の広がりのあるスケールを考えると、代案の「花下秋風掌上浮」は急に小さくなってしまう感は否めません。
「天如水」の句を使いたかったとのこと、転句はスケールの大きな句になっていると思いますし、課題の「水」も使うことができましたね。
天も水に溶け込むように一体となっている、というイメージでしょうね。
結句を「粛粛乘風詩酒舟」とするのも面白いでしょう。
季節を出す形で冒頭を「凄日」とすると収まりますね。
「花下」と「秋風」もバランスが悪いですね。
作品番号 2024-384
喜雨
旱雲揮汗近邨頭 旱雲 汗を揮ふ 近村の頭
水涸秧田奈比秋 水涸れ 秧田 比秋を奈せん
電影遠雷慈雨到 電影 遠雷 慈雨到り
天公一滴忘千憂 天公 一滴 千憂を忘る
<解説>
七月上旬の田園のようす
<感想>
起句の「旱雲」は「揮汗」を考えると「旱天」の方が良さそうですが、最後に「天公」を使いたかったのですかね。
転句は、「慈」と感情を伴う表現をここで使うのが良いか、「慈」の意味合いは結句に任せた方が効果的かと思います。
結句は、中二字に本当は「慈雨」が入ると良いのですが、「一」と「千」を対比させる目的でしょう。
電影遠雷風已動 電影 遠雷 風已に動き
「喜雨」は杜甫の詩では春でしたが、酷暑の続く中ですと、雨がありがたく感じますね。
そうなると「將雨到」とか「知雨到」でしょうか。
「千憂」もちょっと数が多いかな、という気がしますので、この対比を削って良いならば、
天公恩澤忘深憂 天公の恩沢 深憂を忘る
この形が無難ではありますが、面白みが無いですかね。
作品番号 2024-385
遊水邊
猿投山趾遶家流 猿投山趾 家を遶りて流る
螢火亂飛何處由 螢火 乱飛 何れの処にか由(よ)らん
鶯雉共啼傳響震 鴬雉 共に啼き 響震伝ふ
晩風穐近水邊游 晩風 秋近し 水辺に游ぶ
<解説>
螢、鶯、雉、風で「見」「聴」「感」を体験し、詠じました。
<感想>
承句は話は分かりますが、「火が飛ぶ」というのがちょっと気になりますね。
転句は「響震」まで来ると、大げさ過ぎませんか、「響韻」くらいが良いかな。
結句は、起句で川が分かれば問題無いと思います。
起句は、何が「家を遶る」のかが分かりません。
地名を入れるのは良いですが、川と分かるようにしましょう。
「亂舞螢光」の方が良いかな。
作品番号 2024-386
樂草津温泉
草津客舎爽風廻 草津の客舎 爽風廻(めぐ)る
濃腰A山旅思催 濃緑の連山 旅思催す
滿滿湯椏V上浴 満満の湯薫 天上の浴
温泉水滑欲重來 温泉 水滑らか 重来を欲す
<解説>
草津温泉に行った時の詩です。結句は「長恨歌」を参考にしました。
<感想>
承句の「旅思催」ということが「欲重來」でもありますので、承句の方はもう少し草津の景色を重ねましょう。
最後の引用が生きていますね。まるで楊貴妃が入浴しているような趣です。
表現で悪いという所はありませんが、結びが単調ですかね。
心情を出すのは最後に取っておくのが良いですね。
その上で、「欲重來」が良いか、「旅情催」が良いか、を考えると良いかと思います。
作品番号 2024-387
初夏故居
淺翠庭柯茉莉香 浅翠 庭柯 茉莉(まつり)の香
風葩飛蝶世塵忘 風葩 蝶飛び 世塵忘る
開軒故宅情親共 故宅の軒を開く 情親と共に
懷古悠悠手澤傍 懐古 悠悠 手沢の傍(かたわら)
<解説>
空き家の親の家を片付けようと手がけたのですが
<感想>
承句の「風葩」は「風に揺れる花」かな、「飛蝶」は「飛ぶ蝶」で「蝶飛ぶ」は主述なので語順が逆です。
転句の「情親」は通常「情親しむ」と読みますが、ここは「親への思い」というところでしょうか。
結句の「手澤」は「手垢のついた(物)」、家での思い出を象徴するような言葉で、これは良い結びになっていると思います。
「茉莉」はジャスミン、初夏の頃に散歩していると、垣根越しに一杯に咲き誇っている白い花、澄んだ香りに心が惹かれますね。
ここは分かりにくいですね。上四字は良い表現なので、「午陽入(午陽入る)」として、作者の思いは結句にまとめると良いでしょう。
作品番号 2024-388
初夏
園地菖蒲嫩紫鮮 園地の菖蒲 嫩紫鮮やかなり
稚孫笑語小池邊 稚孫 笑語 小池の辺
鯉魚潛躍南風裏 鯉魚 潜躍 南風の裏
家室融融C朗天 家室 融融 清朗の天
<解説>
家族をテーマにして、菖蒲を観に行った時の和やかな風景を詩にしました。
<感想>
結句はテーマに合わせて無理矢理入れたという印象ですね。
そうしておいて、結句では「家室融融」とストレートに言うか、ですね。
まず疑問なのは転句で、「鯉魚」が「南風裏」とありますが、魚はどこに居るのでしょうか。
最初は「鯉幟」のことを言ってるのかとも思ってしまいました。
ここは上四字と下三字が並列で二つの情景を述べているということでしょう。
そうなると下三字を「黒欄n」「樹風颯」とか、「鵠g起」なども良いと思います。
と言うのは、承句に出て来た「稚孫」の描写が「笑語」しか無く、景色を眺めている頃に「家室」が来てもピンと来ないからです。
せめて「小池邊」を「走池邊」とするくらいの配慮は必要です。
テーマが初夏の景色ならばこれでも良いですが、「家族」ということでしたら、前半は叙景、後半に「稚孫」の姿を描いた方がすっきりします。
「鯉魚」の句を前に(承句に)出す形で構成を変えてみると良いです。
転句を「稚孫笑語」で始めると、下三字が色々と表現できそうな気がしませんか。
「融融」の二字があるだけで、もう和らいで溶け合っている雰囲気は出ると私は思います。
わざわざ「家室」と言う必要も無いでしょう。
「南風融融」となれば良いのですが平仄が合いませんので、「風緩融融」「風渡融融」という感じですかね。
作品番号 2024-389
養老觀瀑
涼涼飛沫白龍游 涼涼 飛沫 白竜游ぐ
老木巨岩風景幽 老木 巨岩 風景幽なり
傳説延齡酒香水 伝説に延齢 酒香の水と
瀑聲仰見忘千憂 瀑声 仰ぎ見 千憂を忘る
<解説>
水がテーマで、以前訪れた養老の滝の詩を作りました。
<感想>
部分的な表現で言えば、承句の「風景幽」は感心しません。
転句は「傳説」ではなく「聞道(きくならく)」くらいが、信じる気持ちが少し出るかな。
結句の「千憂」は常套句ではありますが、そんなに沢山の憂いを抱えるよりも「塵憂」とすれば「世俗の憂い」と限定されて、風雅な趣が出ますよ。
まず気になるのは、結句で、「瀑声」に対して「仰見」では聴覚と視覚が合いませんね。
滝が見えない位置にあるならともかく、起句でしっかりと「飛沫」を見ているわけですからね。
「轟轟瀑水」とすれば一応食い違いは解消します。
その上で、「忘憂」に適するのは「滝の音」が良いか「水しぶき」が良いか、つまり起句と結句の上四字を比較してみるのが良いでしょう。
「風景」と大きくまとめてしまうと、滝全体が「幽」だと言うことで全て完了、これは心情語を入れちゃうのと同じで、詩を平板にします。
「潭影」「潭水」とすると良いです。
もっと強くするなら「湧出(湧き出づる)」とか「此在(此に在り)」とか。
作品番号 2024-38
游宮古島
宮古南風禽語柔 宮古の南風 禽語柔たり
曳筇徐歩水榭幽 筇を曳き 徐歩すれば 水榭幽たり
盡日童子磯邊謔 尽日 童子 磯辺に謔れる
碧海玲瓏無所求 碧海 玲瓏 求むる所無し
<解説>
足を怪我しましたが、予定どおり宮古島へ家族旅行しました。
見晴らし台からみるエメラルドグリーンの海は、これさえあれば何も望むものは無いほど美しかったです。
<感想>
承句の「曳筇」はリアルな描写になってしまいましたが、自分を表す形で多用されますので違和感はありません。
転句は「日」の平仄が違いましたので、「童兒盡日」と語順を換えれば整います。
結句は、自身の心の中で使うと「これ以上求めるものは無い」となります。
旅行に行けて良かったですね。
「水榭」は「水亭」と同じで、水辺にある建物を表します。
ただ、「榭」は仄声ですので、残念ですが「水亭」にしないといけませんね。
ここでは「碧海」に対してですので、話としては「海に対して求める」となり、分かりにくいですね。
「下平声十一尤」韻は他にも使えそうな韻字がありますので、ここは再敲するのが良いでしょう。