2022年の投稿詩 第121作は 石華 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-121

  榎清水(えのきしょうず)        

夏日逐涼筇向前   夏日 涼を逐ふ 筇の向かふ前(さき)

白菖花発古池辺   白菖の花発く 古池の辺(ほとり)

泠泠甘水四時溢   泠泠たる甘水 四時溢(み)ち

聞説藩侯遺愛泉   聞く説らく 藩侯遺愛の泉と

          (下平声「一先」の押韻)


<解説>

いつもの散歩コースの終点の場所です。

 夏の暑い日、涼しさを求める杖の進む先。
 菖蒲の花が咲き誇る古い池のほとり。
 良い水がさらさらと、季節を問わず溢れている。
 聞くところでは、お殿様が大切にしていた泉らしい。

「榎清水」: 鯖江市米岡町
「白菖」: 白い菖蒲。
「藩侯」: 吉江藩主。

<感想>

 起句で「筇向前」、承句で「古池辺」とどちらも場所を表す形で面白くないですね。
 「池」の様子を表す言葉にできませんか。

 結句は「藩侯」に対しての思いが地元の方にはあるのでしょうね。
 ただ、「聞説」「藩侯」とあればもう分かりますので、ちょっと大げさに感じます。
 「往古」として、承句の「古池」を検討した方が働きが良いでしょう。



2022. 7.24                  by 桐山人


石華さんから早速推敲作をいただきました。

    榎清水(再敲作)
  翁媼乘涼明月前   翁媼涼に乗じ明月の前
  白菖猶發古池邊   白菖猶発く 古池の辺
  泠泠甘水四時溢   泠泠たる甘水 四時溢れ
  互掬藩侯遺愛泉   互いに掬ふ 藩侯遺愛の泉


2022. 7.26                  by 石華


 奥様の登場で「藩侯」への思いもすっきりとした感じになりましたね。(桐山)






















 2022年の投稿詩 第122作は 遊雲 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-122

  児時回想        

一生至福在齠年   一生の至福は 齠年にあり

機巧無知性命全   機巧 知るなく 性命まったし

掌裏猶留鳩毳暖   掌裏 猶留む 鳩毳の暖

孕風鯉幟眼中鮮   風を孕む鯉幟 眼中に鮮なり

          (下平声「一先」の押韻)


<解説>

 75歳を過ぎて、過去を回想して、一番の幸せな時期は、幼少時にあると悟りました。

<感想>

 書き出しに、大上段で「一生至福在齠年」と言われると、「そうかな?」と疑問を感じる人も結構居ると思います。
「子供の頃は良かったよね」とはよく口にはしますが、大抵はノスタルジックな感覚的な話で、それをそのまま詩にしても共感が得られるわけではありません。
「機巧無知」が良いことだと言うのも、一面的で、まあ感覚論の一つと言えます。
 子供の頃のどういう点が「一生至福」なのか、遊雲さん独自のお気持ちですので、もう少し説明が必要でしょう。

 後半は思い出としてよく描いていますが、これも独自性は弱いので、前半の補足には足りません。
「老來頻憶幼童年」のような形で書き出せば、遊雲という一人の詩人の気持ちとして、共感を持つ読者も出るかと思います。



2022. 7.24                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第123作は 観水 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-123

  壬寅初夏即事        

青天盡處白雲長   青天 尽る処 白雲長く

向日花開萬里黄   日に向って 花開けば 万里黄ならん

更記遠雷聲殷殷   更に記す 遠雷の声殷殷として

東風未改漫猖狂   東風 未だ改まらず 漫に猖狂なるを

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

   どこまで続く青い空 遠くたなびく白い雲
   見渡すかぎりヒマワリの 花はかがやく黄金色
   今年はさらに書いておく かみなりゴロゴロ鳴り渡り
   季節は変わったはずなのに 東の風が吹き荒れる



 漢詩文で「葵」といえば、蔬菜としての「アオイ」で、日に向って葉を傾け、その根を守ること(「葵傾」)が故事として引かれますが、本作で「日に向う」のは普通にヒマワリの花。
 北米原産のヒマワリが伝わったのは清代でしょうか。

 起承句、縦書きでも、横書きでも、どちらにしても空の「青」が上、地面の「黄」が下になるのがお気に入りのポイントです。

<感想>

 向日葵が「萬里」というのは現実的には広すぎるかな、という気もしますが、起句の「青天盡處白雲長」という描写の広大無辺を受けると地平線の彼方まで広がるヒマワリ畑が目に浮かんできますね。
 そうやって見てみると、日本の景色ではないようなイメージが湧いてきます。

 お書きになった「青が上、黄が下」という言葉も意味深ですので、「青と黄」となるとこの景色はウクライナへの思いを象徴したものなのでしょう。
 ウクライナの国旗の「下」の黄色は「実った小麦」と言われていますが、ヒマワリは国花でもありますので、充分可能でしょう。

 そうなると、後半の「遠雷」「東風」などの明らかな季節外れの代物も、ロシアの非道な侵略行為が続くことへの暗喩と考えると納得できますね。

 前半の色彩の鮮やかさが、不安な世相への思いをより強く感じさせる効果を出していると思います。

 尚、起句の「盡」の読み下しは「尽くる」で。



2022. 7.27                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第124作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-124

  田園風景        

花開花落暦經除   花は開き花は落ち 暦 経(すで)に除

入水耕田市井徒   水を入れ田を耕す 市井の徒(なかま)

露國蛮行由不止   露国の蛮行 由(なお) 止まず

近邊無訟太平圖   近辺 訟(あらそ)ひ無く太平の図

          (上平声「六魚」・「七虞」の通韻)

「除」: 旧暦の四月
「市井」: まち ちまた

<感想>

 起句は「花開花落」の対で一気に春を表していますね。
 春三ヶ月を受けて、「經」となると長いので、「花開」のところを晩春を表す素材で何か入れるとよいかと思います。

 承句は「市井」が疑問、語源は「井戸の周りに人が集まり、市ができ、町となる」と言われます。
 農作業を何故ちまたの仲間と始めるのか、そこの狙いがよく分かりません。

 転句は素直な表現ですが、結句ですが、どこもかもあまり「太平圖」とは言いにくい世相になってきましたので、作者の身の回りだけに限定する方向で「近邊」「一身」とする形でしょうね。



2022. 7.27                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第125作は 禿羊 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-125

  楊梅(ヤマモモ)  
   過年与亡友魁猿遊淡州沼島 山上食野生楊梅 今独尋旧遊跡既樹枯   
   (過年亡友魁猿と淡州沼島に遊び、山上に野生の楊梅を食す。今独り旧遊の跡を尋ぬるも既に樹枯れたり)

閑談共歩草叢途   閑談して共に歩む 草叢の途

縦啖満枝紅紫珠   縦に啖らふ 枝に満つ紅紫の珠

両杖衰翁尋往事   両杖の衰翁 往事を尋ぬれば

風乾十歳旧懐枯   風乾 十歳 旧懐枯る

          (上平声「七虞」の押韻)


<解説>

 桐山人先生
 無沙汰をしております。暑い日が続いておりますが、お変わりございませんか。

 久しぶりに一詩投稿いたします。よろしくお願いします。
 結句、どう付けるか悩んだのですが、ちょっと漠然としすぎましたか。

<感想>

 ご友人との思い出が前半に描かれて、後半から現在へと画面が移ります。
 特にお二人での思い出が、「縦啖」の言葉に生き生きと出ていて、お気持ちがよく伝わります。
 「共歩草叢途」は平坦な草地を歩くイメージですが、丘とか山という語を入れた方が合うかと思います。

 転句の「両杖」は「杖が二本必要な老人」ということでしょうか、起句の「共歩」が響いていますので「二人の老人」とも取れてしまうのが気になります。
 「孤杖」とか、どうしても二本杖とするならば「孤翁」として、前半の過去とは違って今回は「一人」での旅だということをしっかり伝えておくと、結句の「風乾」という「漠然とした」言葉も象徴的なものと感じることができますね。



2022. 8. 8                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第126作は 国士 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-126

  称名観瀑        

飛瀑轟轟白霧繁   飛瀑 轟轟 白霧繁し

晴空渓壑玉虹淵   晴空 渓壑 玉虹の淵

法然聞是若名号   法然 是れを聞くこと名号の若し

塵外安心忘暑天   塵外 安心 暑天を忘る

          (上平声「十三元」・下平声「一先」の通韻)


<解説>

 高所から落ちる瀑布は水音がはげしくなりひびき、白い霧が盛んである。
 晴れた空、谷合いの淵には美しい虹がかかっている。
 その昔、法然上人はこの水の音を聞いて、南無阿弥陀仏のようだと言った。
 俗世間を離れた所で、信心して心が安定し、暑さが忘れるほどである。


<感想>

 推敲を重ねておられるようで、最初にいただいた作からもう三敲目になりますか。
 実際に見てきた景色でしょうから、それを漢字で定着させるのにシックリくるまで時間がかかるものです。

 起句の「繁」は上平声「十三元」の韻字で、「淵」「天」は下平声「一先」ですので、「通韻」という形で考えて問題はありません。
 ただ、流れとしては、上から下へと落ちる滝、「白霧繁」も視点としては下に行きます。
 そこから目を上に向けると「晴空溪壑」も目に入るでしょうが、また「淵」と来ると煩わしくなります。
 「白霧」と「玉虹」も入れたいということでしたら、「晴空」を諦めるか、その辺りの見切りも必要です。

 転句は「称名滝」の名前の由来に関わる伝説ですね。
 その由来は滝の音を称名に聞いたということですので、転句に繋げる形で行くと、前半は、滝の音の「轟轟」を承句に持ってきた方が良いです。
 「轟轟飛瀑」と入れ替えて置けば良いですが、その時に「虹」「霧」か、どちらを下に持ってくるか、また、起句の方には何を置くか、意図を持った叙景が必要ですね。

 また、転句では「法然」と呼び捨てにするのは失礼でしょうから、「祖師」が良いと思います。
 作者ご自身が滝の音を「称名」に聞いたならば、わざわざ法然上人を出さなくても良いので、また工夫できるでしょうね。

 結句の「安心」は仏教語として使われたのでしょうが、結びの「忘暑天」から行くと、作者の信仰心は書く必要の無いこと、眼前の景に戻って「深溪」「C幽」などが自然でしょう。



2022. 8.11                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第127作は 久与 さん、大阪にお住まいの二十代の男性の方からの初めての投稿作品です。
 

作品番号 2022-127

  望大阪湾        

雨過風覚爽,   

天晴曇更輝。   

海波催艔遠,   

日暮盼夫帰。   

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

 雨が止んだ後は風が爽やかになり、
 晴れて太陽光に照らされた曇りはさらに輝く。
 船が波打ちに押されて遠く行ってしまった。
 日暮れになって、家にいる妻は漁夫の夫のお帰りを待ち望んでいた。


 この詩は景色を描くものです。
 創作背景としては、二回入管管理局に行ってましたが、二回も受付終了になって、うんざりしました。しかし隣にある大阪湾の景色を見たら、今回来る価値があったような気がしました。

 まず、第一行目は身体の感じから書きました「爽」、次に目で見た景色をも書きました「輝」。

 この詩は一、二行目を対偶します。名詞の対偶は「雨」対「天」、「風」対「曇」で、動詞の対偶は「過」対「晴」「覚」対「更」、ちなみに「過」はやむ、「晴」は晴れるという意味で、覚は感じる、「更」は更なるという意味です。形容詞の対偶は「爽」対「輝」です。

 第三、四行目は「遠かざる」と「帰る」この二つの動詞を使って遠近法で景色を描写しました。
 三、四行目も対偶です。名詞の対偶は「海波」対「日暮」、「艔」対「夫」で、動詞の対偶は「催」対「盼」、「遠」対「帰」です。

<感想>

 掲載が遅くなり済みません。

 お書きくださった解説を読むと、久与さんは中国のご出身でしょうか。
 丁寧に解説してくださったので作詩の意図はよく分かりました。

 前半、後半それぞれ対偶(対句)に持って行ったとのこと、工夫されていますが、第一句は平仄が合わないのが残念。
 二字目の「過」は平仄両用字ですので、この場合は仄字として使ってますね。そうなると、四字目は平字にならなくてはいけないところ、「覚」は仄字ですので合いません。

 第二句は「曇」「雲」として、どちらも下三字が口語的ですので、第一句は「風清爽」、第二句は「雲映輝」と二字の形容詞とした方が趣が伝わりやすくなるでしょう。

 後半は、第三句の四字目、入力するのに苦労しました。『大漢和』にも載っていないですね。「船尾」という意味のようです。
 第四句の「盼」は「じっと見る」。
 直訳すれば「海の波は船が遠くにいくようにして、日暮れは夫が帰るのをじっと見つめている」ということで、もやもやとした不安感を最後の句で出したということでしょうね。



2022. 8.31                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第128作は 豺祭 さん、東京都三鷹市にお住まいの十代の男性、初めての作品を送ってくださいました。
 

作品番号 2022-128

  河水        

接長天地水流來   長天に接する地より水は流れ来る

千里只行何處迴   千里只だ行き 何れの処へ迴るか

雨浥山河猶不歇   雨は山河を浥し猶ほ歇まず

共颯颯風聞遠雷   颯颯たる風と共に遠雷を聞く

          (上平声「十灰」の押韻)


<解説>

 初めて作った漢詩です。「川」というお題で作りました。

<感想>

 十代の方の作品、若い漢詩仲間が増えることは本当に嬉しいですね。
 平仄も押韻も整っていますので、よく勉強されていると思います。

 内容の方を見ましょうか。
 「川」をテーマにした作詩ということで、前半は題に沿った描写になっていますね。
 起句は上四字がすっきりしませんので、「長天接地」として、「二・二・三」のリズムを生かしましょう。

 承句は「只行」が単調で、川の流れをもう少し描写して欲しいですね。「千里滔滔」とすれば水の勢いも出ます。

 転句はここで何を言おうとしているのか、先に「川の水は遥か天に接する辺りから流れ来る」と言いましたので、ここで「雨」も川を作るとなると面倒ですね。
 雨を出す必要があるか、疑問です。

 結句は、雨が降り止まないという転句を受けると、「颯颯風」「遠雷」も同一画面には入りがたいですね。
 同時に、川はどうなったのか、という気持ちになります。
 結句は詩の結びですので、前半の川の話との繋がりが大切です。この場合ですと、「風を感じ雷を聞く」という作者の行為を直接「川」に結びつけるのは無理でしょうから、転句のところで、作者が川沿いを歩いている、とか、川の見える場所に居るという形にすると、雄大な川の流れを眺めながら風や雷という自然の中に居るという一体感が出ると思います。
 「一日孤行河畔路」などでしょうか。

 結句自体は「共」はこの場合無駄な言葉ですので、「颯颯輕風」とした方が情報量が増えます。

 前半と後半が分断されると、別々の詩が並んでいるような感じになりますので、全体の構成を考えるようにして行くと良いと思います。

 次作も楽しみにしています。



2022. 8.31                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第129作は 真瑞庵 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-129

  代順徳院賦佐渡流配     順徳院ニ代リテ佐渡流配ヲ賦ス   

仲秋一夜坐縄牀   仲秋一夜 縄牀二坐セバ

吝季莎鶏鳴破牆   季ヲ吝(を)シンデ 莎鶏 破牆二鳴ク

薄酒半酣心益渇   薄酒 半バ酣(よ)ウテ 心 益々 渇キ 

旧詩長嘯涕徒泱   旧詩 長嘯スレバ 涕 徒ズラニ 泱ル 

三間白屋佐州月   三間ノ白屋 佐州ノ月

九闕碧楼京洛觴   九闕ノ碧楼 京洛ノ觴

事敗重齢此孤島   事敗ブレ 齢ヲ重ネル 此ノ孤島

帰期誰是得能量   帰期 誰カ是レ 能ク量ルヲ得ン

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 数年前、佐渡を旅した折、尋ねた黒木御所とその展示されていた配所の様子を回想しながらの詩です。
 以前、後鳥羽上皇隠岐配所を『隠岐島懐古』として詩にしましたが、今回は順徳院の懐いを院に代わって賦してみました。

<感想>

 こちらの真瑞庵さんの詩は五月に戴いたもので、掲載が遅くなって、本当にすみません。大河ドラマの展開よりも先に載せたかったですね。

 順徳院は父親である後鳥羽上皇が起こした承久の乱で敗北し、佐渡島に流されました。後鳥羽上皇は隠岐島に流され、共に都に還ることなく、配流の地で亡くなりました。
 同時代の藤原定家は、『小倉百人一首』の最後の百首目に順徳院の「ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり」を、そして九十九番目に後鳥羽上皇の「人もをし人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は」を置き、親子で並べました。
 どちらの歌も承久の乱以前順徳院は後鳥羽上皇以上に鎌倉方を嫌悪していたと言われていますね。

 その順徳院の気持ちになっての作詩、秋の夜に「莎鶏」(コオロギ)の鳴き声を聞き、昔を思い出して涙を流す姿がしっかりと見えてきます。

 頸聯の上句が現在の姿、下句でかつての都の景色を出した対句は面白いですね。
 「觴」については、第三句に酒が出ているのが少し気になりますし、「月」と対応させるならば「霜」くらいの方が合うかもしれません。
 しかし、杯を交わした華やかな都での日々を「觴」で象徴していると考えれば、上句の「三間」「白屋」の寂れた侘しい住まいの描写が際立って来る効果があります。
 願わくば、第七句で「今昔が異なる」というような言葉が入ると、この頸聯の構成が明瞭になるかと思いました。

 読み下しでは送り仮名で若干直す所があります。
 第四句の「徒ズラニ」は「徒ラニ」、第七句の「敗」は「敗レ」、「重ネル」は「重ヌ」としましょう。



2022. 9. 5                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第130作は 真瑞庵 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-130

  八十翁書懐        

八十人生疎世機   八十ノ人生 世機ニ疎ク

残年日日意多違   残年ノ日日 意違ウコト多シ

窮耕三畝無余事   窮耕三畝 余事無クバ

重老田廬又不非   老イヲ田廬ニ重ネルモ 又非ナラズ

          (上平声「五微」の押韻)


<感想>

 こちらは七絶ということもありますが、すっきりと心境が語られていますね。

 起句はこれまでの人生を振り返って、ということ、「世機」は「世の中の機微」ですかね。
 この句は分かりやすいですね。

 承句は「これからの(残った)日日」について、余生を送るに当たっても「意にそぐわないことが多い」というのは人生の先輩の言葉として伺っておきます。
 私は七十歳ですので、まだ暫くは孔子の「七十而従心所欲不踰規」を目指すべきでしょうね。
 できれば「意無違」となりたいと思うのは、すでに「欲」にとらわれているということか、難しいですね。

 転句の「窮」「(農作業に)精一杯で」ということ、あるいは単に「田舎で」ということでしょうね。

 結句は文語文法で行くなら読み下しは「重ヌルモ」となります。



2022. 9. 6                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第131作は 凌雲 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-131

  立春        

冬街歩歩識寒梅   冬街 歩歩すれば寒梅を識る、

淑気黄花不遠来   淑気 黄花 遠からず来る。

何詠以嘆春彩乏   何ぞ詠ずるに春彩の乏しきを嘆くを以(もち)ひん、

将描胸裏燕翔回   将に胸裏に燕の翔び回るを描くべし。

          (上平声「十灰」の押韻)


<感想>

 こちらの詩は掲載が遅くなり、本当にすみません。

 起句は通常でしたら「見寒梅」でしょうが、「識」とやや理性的な感覚で眺めたというところでしょうか。

 承句は「黄花」が何をイメージしているのか、起句の「寒梅」では色が合いませんので別の花だと考えますが、ただ、春を告げるものは他にも「陽光」「東風」など色々出せそうですので、ここはまた「花」かと拍子抜けが正直なところですね。
 下三字はどう見ても「遠くからは来ない」としか読めませんので、別の表現にした方が良いでしょう。

 転句は語順がおかしく、「何以」(何ぞ以ひん)とまず確定させてから、下五字を考えると良いです。
 この形ですと、「何ぞ詠ぜん」となってしまいます。

 結句は心の中の話ですので「燕」でも通用するかもしれませんが、「立春」の詩で、起句で「冬街」と語っている中、この季節感でどうして燕なのかなぁと疑問です。
 燕が飛来するのは確かに春からですが、凌雲さんも次の詩で書かれているように、中春から晩春に見かけるというイメージです。鶯にすると「ありきたり」の印象で避けたのでしょうかね。



2022. 9.26                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第132作も 凌雲 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-132

  三月早春符♪        

蝶舞蜂飛集蜜回   蝶舞ひ 蜂は飛び 蜜を集め回り、

遅朝軒下燕姿来   遅い朝の軒下 燕の姿来る。

風調律呂寛三月   風は律呂を調へ 三月に寛み、

彩極陰陽憩一杯   彩は陰陽に極まり 一杯に憩ふ。

想昔青春撫薄髪   昔の青春を想ひ 薄髪を撫で、

恭身式典涙修哀   身を式典に恭しくして 修哀に涙する。

温便北上桜前線   温便に北上する 桜前線、

就学希望共満開   就学の希望 共に満開たらん。

          (上平声「十灰」の押韻)


<解説>

 思いっきり春爛漫のウキウキした気分を詩にしてみました。
こう読んでほしいと言う意味もあり訳も載せたいかと思います。

   三月の早春符
 蝶は舞い 蜂は忙しく飛び蜜を集めて回る。
 遅く起きた朝の軒下に燕の姿が来る。
 風は音楽のアンサンブルの調和を調えるかのような三月の様子に寛やかな気分になり。
 彩は陰陽に極まり一杯の  お茶に憩うのである。
 昔の青春を想いながら 薄くなった頭髪をなでて、
 卒業式の式典に身を恭しくする学生は巣立つ悲しみの涙するのを想像する。
 温かな便りに北上する桜前線。
 まもなく新入学の新入生が桜とともに満開に咲き誇るであろう。


<感想>

 こちらの詩も遅くなりすみません。

 第二句の「遅朝」は「遅く起きた朝」を省略しましたか、「遅日」という言葉もありますので、「朝の来るのが遅く感じる」というところまでは読めますが、これは必要な言葉でしょうか。
 作者が朝寝坊したということでしたら起句の景色はいつ見ていたのか、寝ぼけた割には頷聯以降、しっかり頭も目も働いているように感じます。単純に「春朝」、後の「青春」と重なるということでしたら「今朝」でも済むと思います。
 下三字は、燕がやはりお気に入りのようですね。ここも、私としては第一句で「蝶」だの「蜂」だのと飛ぶ生き物が「舞・飛・回」ですので、更に燕が飛んでもあまり感動が出てこないですね。
 写実として、実際の光景だということでしたら許容範囲かもしれませんが、ちょっと視点が小さく感じますね。

 頷聯は「彩」が何を言っているのか不明です、もう少し情報が必要でしょう。

 頸聯の上句は作者の姿、下句は訳を拝見すると「卒業式の式典に身を恭しくする学生は巣立つ悲しみの涙するのを想像する。」ということですが、最後の「想像する」に当たる言葉が本文には存在しません。
 ですから、下句も作者を主語と考えると、何と「懐昔し、髪を撫でながら、作者が式典に参列して涙を流している」という画面になってしまいます。
 下三字の「涙修哀」で「卒業式の場面」を狙ったのかもしれませんが、「修哀」自体が造語だと思いますので、そこから卒業式へと連想を願うのは無理でしょうね。
 ひとまず、上句が老いを迎えた老人のこと、下句が卒業式の若者の姿として解した上で、その対比による対句とがこの詩の流れの中でどんな役割を果たしているのか、これも疑問です。
 作者自身の早春の様子と言うことで頸聯の二句をまとめるならば流れは出来上がると思います。

 最後の尾聯の「温便」も造語ですかね、「穏便」のことかと思いましたが、訳では「温かな便り」ということ、その場合には「便」は仄声になりますので、ここは別の言葉にしないといけませんね。
 下句の「就学希望」はそのまま読めば「進学希望」とか「就職希望」と同じで、「勉強したいという希望」となります。「新入生」とは限定できないし、「新入生の希望」というのとは少し違いますので、はっきりと示すなら「入学児童心満開」という形で、詩の結びに置くのでしょうね。



2022. 9.26                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第133作は 凌雲 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-133

  田園夢        

尚夢桃源索土肥   尚桃源を夢見て土の肥たるを索め、

営農買圃自開扉   農を営み圃を買い自ら扉を開く。

田園古屋温縁広   田園の古屋 温かな縁広きに、

拝地蔵堂日暮帰   地蔵堂を配し 日暮帰る。

          (上平声「五微」の押韻)


<解説>

 習作を整理していたら出てきたので、迷惑かもしれませんが他に発表するところもないので送ることにしました。
急いで書いたのだなぁと思うところが私にもあり、出来はあまりよくないかもしれませんが、下手な鉄砲も数打てばいいものに当たるかもしれませんから。

<感想>

 憧れる田園生活を描いたものですね。
 もし田園に帰れたら、ということで、陶潜のイメージがよく出ていますが、七絶ですとなかなか言いたいことが全て収まらない感じですね。

 書き出しの「夢桃源」はイメージが広がり過ぎる言葉で、全体がぼやける原因です。この中二字に「営農」を持ってくると、話の流れがまとまるでしょうね。

 承句は田園生活を始めるという場面ですので、「古家荒圃自開扉」としてはどうでしょう。

 後半はもう具体的な話に進めばよいですから、「田園」と拡がるのは考えもの、上四字は具体的な農作業が出ると良いですね。

 結句は読み下しが違っていますが、「拝」の方が正しいですね。
 この句は懐かしい画面で、良い構図になっていると思います。



2022.12.27                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第134作は 凌雲 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-134

  少年夏 其一        

御渡神輿五穀饒   御渡の神輿 五穀饒なり、

煙花遠響納涼宵   煙花 遠きに響く 納涼の宵。

綿飴仮面金魚掬   綿飴 仮面 金魚すくい、

夏祭店灯参道光   夏祭 店灯 参道に光る。

          (下平声「二蕭」・下平声「七陽」の押韻)


<感想>

 夏祭りのこうした風景も、コロナの影響でこの数年は消えてしまいましたね。

 まず、押韻ですが、起句と承句は「下平声二蕭」韻、結句の「光」は「下平声七陽」、これはいけません。
 下平声七陽韻は単独でしか使いませんので、通韻とも言えませんので、間違いということです。
 楽しい雰囲気は出ていますので、残念ですね。

 起句の「五穀饒」は「秋祭」のように思いますが、良かったですか。

 転句は和習の連続ですが、まあ、ご承知の上で、懐かしい光景を並べたものですね。



2022.12.27                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第135作は 凌雲 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-135

  少年夏 其二        

高雲残暑削氷旗   高雲 残暑 削氷の旗、

鬢痛応勝急食机   鬢痛 急いで机に食すに当に勝る。

休日午眠追憶夢   休日の午眠 追憶のゆめ、

猶懐飲酒少年期   猶飲酒に懐かしむ少年期。

          (上平声「四支」の押韻)


<感想>

 承句の「鬢痛」というのは、氷を食べた時に来る、あのキーンとした痛みでしょうね。
 問題はその後、「急食机」はよく分かりません。

 転句の「午眠」は、かき氷のことは昼寝の夢の出来事だとなりますね。
 それが結句に行くと、「飲酒」になって来ますので、読者としては、どちらなのか悩みます。
 多分作者は、昼寝で見た夢を、夕方酒を飲みながら思い出したという積もりでしょうが、そこまで理解を求めるのは無理でしょうね。
 「午眠」「飲酒」か、どちらか(どちらも要らないと私は思いますが)に絞る形で、読者への配慮も忘れないようにしましょう。



2022.12.27                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第136作は 地球人 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-136

  消夏雑詩        

炎威焦土汗如漿   炎威 土を焦し 汗漿の如し

揺扇解衣欲夕陽   扇を揺し 衣を解き 夕陽を欲す

簾動丁東風籟爽   簾動き 丁東 風籟爽なり

嚼氷独座簟紋涼   氷を嚼み 独座する 簟紋涼し

          (下平声「七陽」の押韻)


<感想>

 掲載が遅れ、季節外れになってしまって済みませんでした。

 起句はよく分かりますが、承句は「夕陽」が欲しいというのは疑問ですね。
 欲しいのは本来ならば「夕涼」でしょうが、結句に使いたいということでしょうね。
 下平声七陽韻ですので韻字は沢山ありますから、場所を表すなら「堂」「廂」「牆」とか、「傲不妨」などもありますかね。

 結句は動詞として「すわる」ならば「坐」の方が良いです。



2022.12.28                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第137作は 石華 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-137

  七夕        

双星銀漢戴簷外   双星銀漢 簷外に戴き

索餅願糸フ彩盤   索餅願糸 彩盤にフぐ

細葛孫娘粧粉淡   細葛の孫娘 粧粉淡く

白髯浅酌酔顔丹   白髯浅く酌み 酔顔丹し

          (上平声「十四寒」の押韻)


<解説>

「索餅」:七夕の日に供える、中国のかりんとうのようなお菓子。
「願糸」:裁縫が上手になるよう、七夕に供える針に通した五色の糸。

「簷外」「彩盤」で対句になっているでしょうか。

 毎週一回は食事に来ていた孫たちともしばらく会っていません。
 七夕のお呼ばれもありませんし、夏まつりに呼ぶこともできません。
 この詩は、数年前のことです。コロナは多くの楽しみを奪っていきます。
 漢詩に関わっているからこそ、いろいろと救われています。

<感想>

 掲載が遅れてご迷惑をお掛けしました。

 「簷外」「彩盤」は大丈夫でしょう。
 「索」は「綱」の意味ですので、「双星」「索餅」は問題無いですが、「願糸」の方がちょっと気になります。
 「絢糸」のようにすれば「銀漢」との対応は良くなりますが、そうなると下の「彩」が生きて来ませんので、まあ、妥協点というところでしょうか。

 転句の「細葛」は杜甫の端午の詩にありましたね。「葛衣」ということでしょう。

 後半も中二字の対応が前半と同様で気になりますが、全対格の狙いはよく出ていると思います。



2022.12.28                  by 桐山人



石華さんから推敲作をいただきました。

    七夕(再敲作)
  双星銀漢戴簷外   双星 銀漢 簷外に戴き
  索餅絢絲フ瓊盤   索餅 絢糸 瓊盤にフぐ
  孫女葛衣粧粉淡   孫女葛衣 粧粉淡く
  阿爺散髪酔顔丹   阿爺散髪 酔顔丹し
    (上平声「十四寒」の押韻)


2022.12.30                  by 石華

 後半も対が良くなりましたので、面白い詩になったと思います。(桐山人)





















 2022年の投稿詩 第138作は 山麓人 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-138

  秋来        

朝来菜圃摘蔬収   朝来 菜圃 蔬を摘みて収む

颯颯清風坐少休   颯颯 清風 坐して少休

傍媼蜻蜓飛款款   媼に傍うて 蜻蜓飛びて款款

晴空一点白雲悠   晴空 一点 白雲遙か

          (下平声「十一尤」の押韻)


<感想>

 掲載が遅れてご迷惑をかけました。

 季節がズレてしまいましたが、拝見しますと、秋の雰囲気が弱いですね。
 作者が「秋の来た」ことをどこから感じているのか、と探しますが、「清風」「蜻蜓」「晴空」「白雲」、出されている素材はどれも決定打にはなりませんね。
 ここは思い切って、承句の「清風」「西風」として、秋が来たとはっきり示した方が、それぞれの素材が生きて来るでしょうね。

 承句の下三字は「坐して少(しばら)く休む」と読みますが、次の「媼に傍う」ということですと歩いている感じですので、ここは韻字を「周」「頭」「疇」など探してみてはどうでしょう。

 結句は読み下しが「遙」になっていますので、意味は同じですが韻目が違いますので、本文通り「悠」としておきましょう。



2022.12.28                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第139作は 山麓人 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-139

  仲秋        

仲秋朗月照山荘   仲秋の朗月 山荘を照らし

瓶裏菊花清艶香   瓶裏の菊花 清艶香る

窓下坐聞虫嘖嘖   窓下に坐して聞く 虫嘖嘖

佳肴緑酒独重觴   佳肴 緑酒 独り觴を重ねる

          (下平声「七陽」の押韻)


<感想>

 落ち着いた趣がよく感じられる詩になっていますね。

 一カ所だけですが、起句の「照山荘」から直ぐに「瓶裏菊花」は大から小への変化がきつく感じます。
 部屋の外ならば月光に映える形でまだ良いのですが、「瓶裏」ですので作者に近く、距離で言えば結句と同じくらいの配置になります。
 承句に、庭で鳴く虫の声を持ってきて、転句に菊が来ると、画面の流れが落ち着き、詩のまとまりが良くなるでしょうね。



2022.12.29                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第140作は 山麓人 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-140

  秋日散歩        

西郊任歩追詩興   西郊歩に任せ 詩興を追ふ

薄暮田園対景勝   薄暮 田園 景勝に対す。

金色登場秋索索   金色の登場 秋索索

雁行山際半輪昇   雁行の山際 半輪昇る

          (下平声「十蒸」の押韻)


「登場」: 穀物の実った畑

<感想>

 平仄の確認になりますが、起句の「興」は「おこる、おこす」の意味では「下平声十蒸韻」ですが、「よろこび、たのしみ」は仄声になります。
 この場合には仄声になり、踏み落としとなりますが、紛らわしいので「氣C澄」と押韻しちゃった方が良いかと思います。

 承句末字の「勝」も両韻字で、「たえる」で「下平声十蒸韻」、「かつ、すぐれる」は仄声、ここは後者になります。
 承句を踏み落としというわけには行きませんので、五六字を「詩趣」として韻字は「凝」「増」「層(かさなる)」などでしょう。

 内容的には、素材の配置は良いですが、「西郊」「田園」「登場」はどれも同じような画面を言ってますので、どんな場所を歩いているのか、情報があまり深まらないですね。
 また、「追詩興」「対景勝」もどちらも抽象的な言葉で、「西郊を歩いて」どんな「詩興」が湧くのか、「薄暮の田園」にどんな「景勝」があるのか、景色が見えて来ないのが寂しいですね。

 転句でようやく「金色」と景色が出てきますが、下三字はまた「秋」と漠然とした言葉になってしまいます。ここが「風颯颯」のようになるだけで、具体性が違ってきますよ。
 画面をくっきりさせるなら「稲」の字を入れて「稲穂金波」とかも考えられますね。

 結句は上四字は良いのですが、「半輪昇」について、夕方に昇るのは満月で、半輪の月が昇るのは真夜中だと思いますので、時間帯が気になります。
 この下三字は「白雲凝」でしょうか。



2023.12.31                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第141作は SR さん、大阪府吹田市の二十代の男性の方から初めての作品とのことです。
 

作品番号 2022-141

  秋日山行        

憂瘁尋仙険路長   憂瘁として仙を尋ぬれば 険路長し

望天孤雁向残陽   天を望めば孤雁 残陽に向かふ

葉紅零落渓猶錦   葉は紅になり零落すれば 渓なほ錦のごとし

麗雅秋山俗慮忘   麗雅たる秋山 俗慮を忘る

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

悩みごとに疲れはて仙境を尋ねてみると 険しい道が長く続く
空を見ると 一羽の雁が夕日に向かって飛んでいく
葉が赤く染まり 谷川に落ちるさまはまるで錦のようだ
美しく華やかな秋の山を見ると 俗世間の悩みなど忘れてしまう


<感想>

 私の『漢詩 はじめの一歩』を読んで漢詩を作ってみた、とのことで、嬉しいことです。
 若い漢詩仲間を迎えることができ、これまた嬉しい限りです。

 独学での初めての漢詩とは思えない仕上がりで、平仄の点でも問題ありませんね。

 内容としては、最終的には「秋の紅葉の美しさに心が安らいだ」ということで、後半でそれもよく表されていると思います。
 前半、特に起句の「憂瘁尋仙」という「世を捨てるほどの辛い思いで山に入った」ということはやや大げさな印象はありますが、山行の動機を語ったということで首尾一貫、話も成り立っていますので、このままで処女作として十分です。

 以下は初めての方に言う内容ではないのですが、作品が上手に仕上がっていますので、つい欲が出てしまいます。
 この詩はこれで完成として、今後の詩作の参考に、というお気持ちで読んで下さい。

 起句の「尋仙」と結句の「俗慮忘」は内容が似通っています。
 承句の「望天」ですが、「天」「孤雁」「殘陽」と来れば「望」は分かり切ったこと、どんな「空」なのか、など別の情報を加えた方が良いですね。
 結句の「麗雅」という形容語ですが、対象(ここでは「秋山」)の美しさを「美しい」と言葉で言ってしまうと、内容が軽くなってしまいます。
 特に、詩の主題に関わる部分ですので、具体的なものを使って表すことが詩の大切な点です。

 主題を「秋の山景」ということで、起句を事情説明ではなく風景描写にしていくと、素材が増え、情景がより具体的な叙景の詩にすることもできます。



2023. 1. 2                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第142作は 恕水 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-142

  蟻群備冬        

晴日地干繊黒筋   晴日 地干る 繊く黒き筋

蠱屍枯葉蠢番番   蠱屍 枯葉 蠢くこと番番

蟻群為列備冬到   蟻の群れ列を為し 冬の到るに備ふ

亭下懶猫寛負暄   亭下 懶猫 寛く暄を負ふ

          (上平声「十二文」・上平声「十三元」の通韻)


<解説>

 蟻の群れが冬に備える
 晴れた日、地は乾き、細く黒い一本の線が見える。
 虫の死骸や枯れ葉がもぞもぞと次々とうごめいていく。
 蟻の群れが列をなして冬の到来に備えているのだった。
 あずまやの下では、もの憂げな猫がのんびりとひなたぼっこをしている。

<感想>

 起句からやや謎めいた展開ですね。

 承句の「蠱」「蠱毒」「巫蠱」などで使われますが、「人に何らかの害を与える虫」という意味で使われますね。
 「屍」「枯葉」「蠢」などの言葉も暗いイメージを出してます。
 「番番」「次々に順を追って動く」ということで、行列で動いている様子を表しています。

 転句で正体が分かりますが、そこまで作者と同じ目で観察をしていく感覚になるのは、前半の言葉の選択によるのでしょうね。小気味よい展開が功を奏しているのでしょう。

 最後の結句が、冬支度を急ぐ「蟻」に対比された「猫」の姿ですが、「懶」「寛負暄」がややしつこくて、転句までの展開にうまうまと引き込まれてしまった読者としては、「この野郎、鼻高々だな」とひがんでしまいます。(笑)
 「懶」「老」「家」とすると、画面が落ち着くと思います。



2023. 1. 3                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第143作は 恕水 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-143

  嘆未止戈     未だ戈を止めざるを嘆く   

火箭飛騰大廈頽   火箭 飛騰し 大廈頽る

沙虫累累別離哀   沙虫 累累 別離の哀しみ

烝民但願端居食   烝民 但だ端居を願ふのみなるに

一将空堂挙賀杯   一将 空堂に 賀杯を挙ぐ

          (上平声「十灰」の押韻)


<解説>

  戦争が終わらないのを嘆く
 ロケットが飛び交い、ビルが崩れる。
 戦渦に巻き込まれて死んだ民衆は数え切れず、家族離散の悲しみである。
 多くの民は平凡な生活と食べ物を望んでいるだけだというのに。
 一人の将軍は、人けのない大広間で祝杯を挙げる。

<感想>

 承句が難しいですが、「猿鶴沙虫」という言葉があり、「戦死者」を表します。
「周の穆王が南征した時、全軍戦死し、君子は猿鶴に、小人は沙虫になった」という故事によるものですね。

 間もなく一年を迎えるウクライナの戦禍ですが、思い通りにならない戦局に焦るプーチン大統領の姿が「空堂」という言葉でよく表されていると思います。
 この「空堂」に繋げて「挙賀杯」という言葉が虚しさをより画き出して、「裸の王様」の絵柄が浮かんで来ます。

 転句は本文と読み下しが合っていませんので、直しておいてください。 「端居」よりも「平居」の方が良いかなと思います。

 この一年、ニュースの影像を見ても21世紀の現代の出来事とは思えない、そんな状況でした。
 早く平和が戻って欲しいと願うばかりです。



2023. 1. 3                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第144作は 豺祭 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-144

  霜降        

草木悉凋豺祭獸   草木 悉く凋み 豺は獣を祭る

砧聲蕭瑟尋餘秀   砧声 蕭瑟として 余秀を尋ぬ

莫興秋思鯉魚風   秋思を興す莫かれ 鯉魚の風

女與寒衰節候   青女の寒きを与ふる 衰節の候

          (去声「二十六宥」の押韻)


<解説>

 もう過ぎてしまいましたが、「霜降」の季節を詩にしました。
 起句は『礼記』「月令」からの引用です。

「女」は漢代の『淮南子』に出てくる霜を降らす女神です。

<感想>

 『礼記』の「月令」では「季秋之月」の条に「鴻雁來賓、爵入大水爲蛤。鞠有黄華、豺乃祭獸戮禽。(鴻雁来賓し、爵大水に入りて蛤と為る。鞠に黄華有り、豺乃ち獣を祭り禽を戮す)と書かれています。
 また、同じ『礼記』の「王制」にも天子の狩猟のあり方について述べた条で、「獺祭魚、然後虞人入澤粱、豺祭獸、然後田獵、「獺魚を祭りて、然る後に虞人沢梁に入り、豺獣を祭りて、然る後に田猟し)とあります。
 「豺」(山犬)が自分の獲物を自慢げに並べる晩秋の季節になると、狩りを始めるのが良いようです。

 転句の「鯉魚風」も普段あまり見ない言葉ですが、梁の簡文帝の詩に出てくる言葉で「秋風」を意味します。

 典故のある言葉を組み入れて、それが散漫にならない形で組み合わさっているのは、一貫して「晩秋の寂しさ」を描こうというテーマがはっきりしているからですね。
 「凋」「寒」「衰」などの言葉も同様の効果を感じさせる言葉になっていて、よく勉強されていると思いました。



2023. 1.10                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第145作は 骸骨 さん、三重県紀北町にお住まいの20代、男性の方からの初めての投稿作品です。
 いただいたメールでこのサイトの感想を書いてくださいました。

 作り方がわかりやすくまとまっていて、非常に参考になりました。
 とのことでした。ありがとうございます。

作品番号 2022-145

  怪獣        

角与尾稜稜   角と尾と稜稜として

英雄斃厥勝   英雄 厥(そ)れを斃し勝つ

未央双璧戦   未だ央きぬ 双璧の戦

焉得観獣応   焉んぞ獣の応ずるを観ん

          (下平声「十蒸」の押韻)


<解説>

(怪獣は)角も尾もゴツゴツとしているが、英雄(ウルトラマン)はそれを倒して勝利する。
 両者の戦いは終わることがないが、怪獣が応じ(て勝利す)るのを見てみたいものだ。

 大好きなウルトラマンの怪獣について詠んでみました。

<感想>

 楽しい詩ですね。
 ウルトラマンは「ウルトラQ」と並んで、私の世代の人気作品かと思っていましたが、骸骨さんは怪獣が大好きとのこと、お若いけれど根強いファンなのですね。
 確かに、怪獣にも同情を誘ったり、応援したくなるような者も居るなぁと改めて納得しました。
 その愛情をうまく伝わるようにしたいですね。

 さて、まず確認が必要ですが、承句末の「勝」は両韻字で、「勝利する」の意味では「去声二十五径韻」「たえる」ですと「下平声十蒸韻」となります。
 また、結句末の「応」も両韻字で、「こたえる」ですと「去声二十五径韻」「まさに(再読文字)」ですと「下平声十蒸韻」なので、この場合には「去声二十五径」で押韻したことになります。
 ただ、そうすると転句末を平字にしたり、承句の下三仄を直す必要が出ることと、起句の「稜」「下平声十蒸韻」ですし、ここは起句に合わせて行くのが良いかと思います。

 起句は怪獣の姿ですが、どうも次の「英雄」の修飾かと間違えそうです。
 また、気持ちとしては怪獣を主役にしたいところ、いっそ前半の二句を怪獣のことにするのが良いでしょう。
 起句を「角尾正稜稜」、承句は「咆哮怪獣矜」として、「英雄」のことは転句に持っていくと良いですね。

 その転句ですが、こちらは初案の「俊髦」を入れて「俊髦双璧戦」で行けそうですね。

 最後の結句だけ「二四不同」が崩れましたね。
 句自体も読みにくいですので、すっきりさせる形で、韻字も含めてこの句は練り直すと良いと思います。



2023. 1.10                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第146作は 真瑞庵 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-146

  漫述        

愛花弄月忘窮愁   花ヲ愛デ 月ヲ弄シテ 窮愁ヲ忘レ

植句栽辞已白頭   句ヲ植シ 辞ヲ栽シテ 已ニ白頭

三畝耕田糊口足   三畝ノ耕田 口ヲ糊スルニ足レリ

老来此外更何求   老来リテ 此ノ外 更ニ何ヲカ求メン

          (下平声「十一尤」の押韻)

<感想>

 つい先日、お誘いをいただきまして、真瑞庵さんのお宅での詩友新年会にお邪魔しました。
 美味しい(豪華松阪牛)すき焼きと柏梁体、漢詩の色々な話をしているうちに、お昼前に伺ったのにいつの間にか日が傾いていました。
 同郷のありがたさ、楽しい時間を過ごさせていただき、気持ちの疲れを忘れることができました。
 昨年、このホームページの更新が三ヶ月以上止まった時、心配してお電話くださり、今回も私を元気づけようというご配慮ですね、感謝感謝です。

 今回の詩も随分前にいただいたものですね、失礼をしました。

 前半は対句で、というお気持ちですね。
 承句の「已」が対応が合わないですね。
 ここは「詩を楽しんで長い間過ぎた」という意味を持たせた「已」で、ここだけ見れば内容的には良いですが、結句に「老来」と類義の言葉があるのもひっかかります。
 私としては、「已」を時を感じさせない言葉、「廻」とか、せっかく「植」「栽」を使いましたので、そちら方面の言葉で何かないでしょうかね。



2023. 1.24                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第147作は 真瑞庵 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-147

  閑適        

風送閑窓一味涼   風ハ送ル 閑窓 一味ノ涼

寺鐘音合木犀香   寺鐘ノ音ハ合ス 木犀ノ香

今宵幸有玉盤出   今宵 幸イニ玉盤ノ出ル有リ

對坐共傾醇酒觴   對坐シテ 共ニ傾ケン 醇酒ノ觴

          (下平声「七陽」の押韻)


<感想>

 こちらの詩は仲秋の明月の頃、九月初旬ですので、「一味涼」は良いですが、「木犀香」はやや早いかな、という感じですね。

 後半は、美しい月と一緒に美味しいお酒、定番の組み合わせですが、二句を使ってゆったりとした表現が、月を主役に持ってくる効果を出しています。
 そういう点では、題名が「閑適」である理由が難しいですが、転句の「幸有」が今日の特別さを表し、逆に日頃の落ち着いた生活を暗示するというところでしょうか。



2023. 1.25                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第148作は 茜峰 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-148

  想安妮薔薇     安妮(あんね)の薔薇に想う   

清楚淡黄花弁豊   清楚にして 淡黄 花弁は豊かなり

静和成育累加紅   清和に 成育し 累加す紅

遥懐女性安妮態   遥懐す 女性安妮の態(さま)

凄惨戦塵希永終   凄惨なる戦塵 永終を希(こいねが)う

          (上平声「一東」の押韻)


<解説>

 知人からアンネの薔薇の苗をいただき 順調に育ち花は私を癒してくれる。
 今まで 公園等で見かけたが やはり私宅の庭で咲かすのとは全く想いが違う。
 待ちに待って初めて咲いたときは とても感動した。少し淡い黄色は 清純なアンネの姿と重なった。

 何日かして気がつくと 少し赤味がかって 美しさに変わりはないが 複雑な色合いになってきている。
アンネが成長したんだなあと思った。
 もし アンネが生きていたら どんな女性になっただろう。遥かに想いを馳せる。

 アンネの死のような悲しい歴史は 過去の1ページと思っていたが 残念ながらそうではない。
 TV新聞では 毎日のように報じられる戦争、早く収まり 醜い争いが永終することを切望する。

<感想>

 お待たせしてすみません。

 アンネのバラは日本から広がったものだそうですね。
 バラからアンネが成長した姿を思い浮かべるというのは、作者の優しい人柄が感じられます。
 転句まではまとまっていますね。

 ロシアによる、あるいは一人の大統領による他国武力侵略が無ければ、結句も穏やかな内容になったと思いますが、今の世界を眺めるとどうしてもそちらに心も動いていきますね。
 お書きになったように、「悲しい歴史は過去の1ページと思っていた」のは私も同じで、歴史を学ぶにしても学び方が違うのだと改めて認識しました。
 詩としては、平和への思いがバラに託されて世界中に広がるという結末が本来は良く、現行の「凄惨戦塵」はアンネの気持ちを否定するような、そんな唐突感は残ります。
 その辺りから、未来への夢を抱かせる結末も別案として考えてはどうですか。



2023. 2.11                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第149作は 石華 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-149

  秋江晩歩        

江風漸急夕陽傾   江風漸く急にして 夕陽傾くに

廣磧窺魚一鷺明   広磧 魚を窺ふ一鷺明らかなり

蟲韻已無尋句徑   虫韻已に無し 句を尋ぬる径

惟聽戛戛拄筇聲   惟だ聴く戛戛(かつかつ) 筇を拄(つ)くの声

          (下平声「八庚」の押韻)


「戛戛」: 金属や石が触れ合って鳴る音。

<感想>

 こちらも遅くなり済みませんでした。
 秋の詩ですので、随分時間が経ってしまいました。

 お手紙では、杖を突く音の描写を「戛戛」で良いか、と悩まれたようですね。
 「戛戛」は「固い物がぶつかり合う音」という説明が辞書には載っていますが、用例を見ると「風」や「蝉の声」「泉声」などにも使われてますね。「食い違う」という意味で「差差」と同意でも使われます。
 この詩の場合には、「筇」が当たるわけで問題無いとは言えますが、念のために、転句の「尋句徑」「行石徑」としておくと間違いはないですね。

 全体として、「秋江」という画面を表す物が「江」だけ、加えれば「魚」が入るかな、というところで、もう少し素材が欲しいところ。
 また、聞こえてはいないにしろ転句で「蟲韻」を出して、最後に「拄筇聲」と重ねるのはどうでしょうか。



2023. 2.11                  by 桐山人
























 2022年の投稿詩 第150作は 石華 さんからの作品です。
 

作品番号 2022-150

  向寒        

昨晩凍雲重遠嶺   昨晩 凍雲遠嶺に重なり

今朝瑤雪舞茅堂   今朝 瑶雪茅堂に舞ふ

菜菹新米備厨下   菜菹 新米 厨下に備へ

翁嫗開爐舊話長   翁嫗炉を開き 旧話長し

          (下平声「七陽」の押韻)


<解説>

 年末に移り行く季節を楽しみ、詩ではほのぼのとした感じを出したかったのですが。

 ただ、ここ五日間は、夜中から除雪車の音を聞き、雪の始末でクタクタの日々です。

<感想>

 石華さんのお住まいの福井も、年末から新年、記録的な大雪が続いていましたね。
 立春で少しは寒さも落ち着くかと思いましたが、昨日今日はまたひどいようですね。

 前対格ですっきりと外の景色が描かれていると思います。
 ただ、起句は「雪雲」を形容するのに「重」が良いかどうか、雪とあまり縁の無い地域に暮らす私が言っては申し訳ありませんが、「覆いかぶさる」という意味で「蒙」の方が合うかと思います。

 前半の対句の構成は「二字名詞 二字名詞 動詞+名詞」、同じ構成で転句も出来上がっていて、三句続くとリズムが単調になります。
 少しでも変化を付けるようにすると良いでしょう。

 転句の「菜菹」は「野菜の漬物」、雪国ならではの備えですね。
 結句の長閑さも、冬支度という言葉がピッタリする、良い風景だと思います。




2023. 2.11                  by 桐山人



 石華さんから再敲作をいただきました。


    向寒(再敲作)
  昨晩凍雲蒙遠嶺   昨晩 凍雲遠嶺を蒙ひ
  今朝瑤雪舞茅堂   今朝 瑶雪茅堂に舞ふ
  菜菹新米寒廚裡   菜菹 新米 寒厨の裡
  翁嫗開爐舊話長   翁嫗炉を開き 旧話長し
             (下平声「七陽」の押韻)

 句のリズムのご指導、ありがとうございました。「寒廚」という言葉を見つけて使いました。
 結句が少し長いように思いますので、転句は名詞だけにいたしました。
2023. 2.12                 by 石華