2020年の投稿詩 第241作は芙蓉漢詩会の 柳村 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-241

  春夜聽雨        

小酌微吟醉草亭   小酌 微吟 草亭に酔ふ

瀟瀟春雨洒窗櫺   瀟瀟たる春雨 窓櫺に洒ぐ

餘寒徹骨淋鈴夜   余寒 骨に徹す 淋鈴の夜

奈此閑愁欹枕聽   此の閑愁を奈せん 枕を欹てて聴く

          (下平声「九青」の押韻)

<感想>

 前半で気持ち良く酔っている場面から、結句で「閑愁」へと向かう、この「閑愁」「何もすることがない状態での物憂さ」ですので、これは十分に酔っ払ってしまっては出てこない心情。それを導くために起句で「小酌微吟」と控えめに出しておいたのが生きてきますね。

 「淋鈴」「雨の降る音」で、これも結句を導くのに効果的です。

 起句の「草亭」は自分の家の謙称、「酌」「醉」が重なっている点だけが残念ですね。



2020. 7.26                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第242作は芙蓉漢詩会の 柳村 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-242

  偶成        

節入黄梅草木肥   節は黄梅に入りて 草木肥ゆ

雨餘庭際拷A圍   雨余の庭際 緑陰囲む

山梔花發幽香放   山梔の花発いて 幽香放ち

C晝無人燕子飛   清昼 人無く 燕子飛ぶ

          (上平声「五微」の押韻)

<感想>

 起句は、「黄梅の季節」とは言いますが、「季節は黄梅」とは言いにくいと思います。自然に「初夏梅天」のように表した方が良いでしょうね。

 承句も「緑陰」自体が場所を表す言葉で、「緑陰が囲む」というのは有りでしょうか。「緑樹囲む」なら良いですが。
 韻字を合わせて「緑陰幃」が良いかと思います。

 結句は「燕子飛」と結んでいますが、だから何を言いたいのか、上四字は結びらしいのですが、下三字で肩透かしのような印象。結びとしてはまとまりが無いですね。
 まだクチナシの花で終った方が良い感じがします。
 逆に「C晝」「無人」「燕子飛」という景色は転句に置いて、心情の句でなく叙景の句として流した方が良いと思います。
 起句と承句、転句と結句を入れ替えるようなことを考えてはどうでしょう。



2020. 7.26                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第243作も芙蓉漢詩会の 柳村 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-243

  冬夜歩月        

趁約詩朋設宴邀   約を趁ふ詩朋 宴を設けて邀ふ

C談不盡百憂消   清談尽きず 百憂消す

歸程風罷微吟滑   帰程 風罷み 微吟滑らかなり

一醉悠悠歩月宵   一酔 悠悠 月に歩む宵

          (下平声「二蕭」の押韻)

<感想>

 全体の構成も自然で、詩友との楽しい宴があって帰り道も心地よいという心情もよく伝わります。
 ただ、肝心の「冬夜」を表す表現が詩中のどこにも無いというのが気になります。
 詩だけを見ていると、春夏秋冬、オールシーズン通用する形で、そこが狙いかもしれませんが、詩としては臨場感が薄れます。

 例えば「歩月」「冷月」「凍月」「寒月」などとするだけでも季節は出るわけで、そうした配慮が欲しいですね。



2020. 7.26                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第244作も芙蓉漢詩会の 柳村 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-244

  春郊偶成        

啓蟄好時節   啓蟄の好時節

風暄芳草滋   風暄かく 芳草滋し

四方人不見   四方 人見えず

一路訪朋之   一路 朋を訪ね之く

花笑晴空下   花笑ふ 晴空の下

禽歌野水涯   禽歌ふ 野水の涯

仰看靈嶽雪   仰ぎ看る 霊嶽の雪

高唱我心夷   高唱すれば 我が心夷(たいらか)なり

          (上平声「四支」の押韻)

<感想>

 まずは対句から見ましょう。

 頷聯の上二字は対になっていますが、下は「芳草滋」で「主語(連体修飾語+名詞)+述語(形容詞)」、一方「人不見」は「主語(名詞)+述語(助動詞+動詞)」、文の構造が異なりますので対としては苦しいですね。
 律詩では頷聯・頸聯を対句にするのが基本ですが、対句にならない場合もあります。ただ、今回のように上二字が対に成っていると、「あ、これは対句だな」と読み始めて下に行くと異なるわけで、これですと「対句にし損ない」のように感じます。
 せっかくですので整えるか、上二字の対をやめるかした方が良いですね。

 例えば、三句目からを

    風暄春日煕
    四方芳草毯
    一路絳花帷
 (五句目の「花笑」は更に変更になりますが)

 頸聯は問題ないですが、「晴空」の対には「碧水」とした方が合いそうですね。

 尾聯は対句狙いですか。
 上二字は対になりますが、最後が「名詞」「形容詞」で合いませんので、末字を替える必要があります。
 ただ、ここは結びとして「我心夷」という心情を述べるのが良いかどうか、ここまでで十分に穏やかな気持ちになっていることはわかりますから、屋上屋の感はあります。
 また、「夷」も元々は「平らげる」という意味の字ですので、「平」とはニュアンスが異なります。
 「上平声四支」は韻字も多いことですので、景をまとめるような形で他の表現で検討してはいかがでしょうか。先ほどの例に出した「煕」などは終わりに適した字かなと思います。



2020. 7.26                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第245作も芙蓉漢詩会の 柳村 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-245

  初夏偶成        

薫風心氣爽   薫風 心気爽やかに

求句出人寰   句を求め 人寰を出づ

田野清涼裏   田野 清涼の裏

茶園淡靄   茶園 淡靄の間

白雲飛杳杳   白雲 飛ぶこと杳杳

溪水迸潺潺   渓水 迸ること潺潺

寂寂孤村路   寂寂たり 孤村の路

鶯啼萬境閑   鶯鳴いて 万境閑たり

          (上平声「十五刪」の押韻)

<感想>

 こちらも平仄、文法とも整っていますので、やはり対句の検討でしょうね。

 頷聯は「清涼」「形容詞+形容詞」の組み合わせ、対して「淡靄」「形容詞+名詞」ですので、やや不釣り合い。
 本来は上句の方は「清風」とすればぴったりですが、起句の「風」が取れれば良いですね。
 「裏」「閨vは合い過ぎのように感じますので、何か他の語があれば考えても良いでしょう。

 頸聯は五言で畳語が句末に並ぶと重く感じます。
 例えば、語を入れ替えて

    淙淙溪水落
    杳杳白雲還

 としますと、句の流れがすっきりしますね。

 尾聯が「寂寂」で始まりますが、三句続けて畳語使用は、位置が異なってもくどいですので、別の言葉にしたいですね。



2020. 7.26                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第246作も芙蓉漢詩会の 柳村 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-246

  梅天偶吟        

日午破窓下   日午 破窓の下

荒庭帶淡霞   荒庭 淡霞を帯ぶ

呢喃雙燕子   呢喃の双燕子

萬朶紫陽花   万朶の紫陽花

爽氣傷心減   爽気 傷心減じ

涼風詩興加   涼風 詩興加はる

梅天無客到   梅天 客の到る無し

寂寞獨煎茶   寂寞 独り茶を煎る

          (下平声「六麻」の押韻)

<感想>

 頷聯の対はしっかり対応させる形で「喃喃雙燕子」「朶朶紫陽花」と畳語を使ってはどうでしょうね。

 頸聯からの展開ですが、まず「傷心減」ですので、作者は元々は心を傷つけていたわけです。
 しかし、爽やかな風によって「詩興加」となって、心が救われた感じですね。
 ところが、「無客到」「寂寞」「獨」とまた落ち込むわけです。
「詩興が湧いた」けれど、「誰も来ないから寂しく茶を飲む」と読むこともできますが、そうなると、結局この詩としては楽しんでいるのか沈んでいるのか、主情がすっきりしないところが残念です。
 頸聯と尾聯の繋がりをどうするか、ですが、心情を出すのは尾聯にしておいて、頸聯は叙景で流しても良いと思います。
 ただし、前半と同じようなことを言っても変化が出ません。
 三句目に燕の鳴き声が出ていますが、これを頸聯に持ってきて、聴覚による描写、あるいは動物を使った叙景という形で転換させていく、逆に三句目には視覚的な叙景を入れるようにしてはどうでしょう。



2020. 7.26                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第247作は芙蓉漢詩会の K ・ K さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-247

  待万花        

高峰雪景當天晴   高峰の雪景 當に天晴

樹影蕭条待草萌   樹影蕭条 草の萌えるを待つ

漫歩悠悠登坂路   漫歩悠々 坂路を登れば

砲聲殷殷亂鳥聲   砲声殷々として 鳥声を乱す

          (下平声「八庚」の押韻)

<解説>

 富士演習場に近い高原の森、ヒノキ林は黒黒としているが、雑木はみな葉を落として明るく陽と風を入れている。
 春を待ちかねていろんな鳥が鳴きだしているが、時折野砲の轟音が渡ってきて、一瞬鳴き止み、終わるとまた
 何事もなかったようにあちこちから聞こえてくる。


<感想>

 起句の「当」は平声ですので、「正」にしておきましょう。

 また、結句は六字目の「鳥」が仄声で、二六対の平仄が合いません。
 この句は二字目にも「声」があり、意図的に重ねたかもしれませんが、「砲声殷殷鳥声軽」というように文の構造が相似させるか、変更するかですね。
 「砲声」「鳥声」の関わりはポイントですので、そこを残して平仄を合わせるならば「突如野砲乱禽声」でしょうか。



2020. 7.27                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第248作は芙蓉漢詩会の 子方 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品で、「ヒナゲシ」三部作です。

作品番号 2020-248

  虞美人草        

黄花舞踊玩芳辰   黄花 舞踊 芳辰を玩び

午節柔昭八十春   午節 柔らかに昭す 八十の春

可愛少年追悔涙   愛すべき少年 追悔の涙

僝文漱石對佳人   文を僝す 漱石 佳人に対す

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

 我が家の庭の一隅。花菱草(ヒナゲシ)が毎年生えて、黄色い花がきれいに咲く。
 調べてみると、ケシの一首でカリホルニアポピーというらしい。
 虞美人草や麻薬のケシも仲間のようだ。それなら一緒にと同じものにして三首作ってみました。


<感想>

 前半は、虞美人草の開いている様子を描いていて、良い表現ですね。

 承句の「八十春」に次いで「可愛少年」と流れるところが面白いですが、すっと読むと、庭にお孫さんでも遊びに入ってきたのかと思ってしまいます。
 下の「追悔涙」を見ると、これは作者自身を回想した姿のことでしょうから、そういう点では、「追悔少年多感季」くらいで結句に流してはどうでしょうね。

 結句は漱石の「虞美人草」、職業作家としてのデビュー作ですが、題名の虞美人草が表れるのは主人公の藤尾が自殺した後、遺骸の脇に置かれた屏風に描かれていたのが虞美人草という話でした。
 虞美人草は元々、項羽の奥さんだった「虞」が死んだ後、そのお墓に咲いた花と言われます。
 「虞」も自決でしたので、漱石は「主人公の女性が自殺し、そこに虞美人草が咲いている」という設定(実際には屏風の絵でしたが)を最初から考えていたのですね。
 そういう点で行くと、結句の「對」は「配」が合うかと思います。  問題は、転句での「悔」が何を指しているのか、それが結句で分かると良いのですが。



2020. 7.27                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第249作も芙蓉漢詩会の 子方 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた「ヒナゲシ」三部作です。

作品番号 2020-249

  雛罌粟之花        

薫風窃吹雛罌粟   薫風 窃かに吹く 雛罌粟

燦燦陽光盡日嬉   燦燦 陽光 日を尽くして嬉しむ

可愛幺兒聲敝唱   愛すべき幼児 声敝(よわ)く唱ふ

之花弔戰有誰知   之の花の弔戦を誰か知る有りや

          (上平声「四支」の押韻)

<感想>

 起句は「窃」の字が働いていて良い字ですね。

 「吹」は動詞用法の時は平声になりますので、ここは「搖」で行きましょう。

 承句の「盡日」「一日中」ということですが、それで良かったですか。

 転句は、こちらの詩も回想の場面ですね。
 ヒナゲシは荒れ地にも良く育ち、ナポレオン戦争や第一次世界大戦で荒廃した戦場に、戦死者を弔うように真っ赤なヒナゲシが咲いたと言われます。そこから、戦死者を悼む、平和を願う象徴の花とされているわけです。
 そうなると、転句の「敝唱」も作者の終戦の頃の思い出ということでしょうか。
 どんな歌を歌ったのか、ご教示いただけると嬉しいです。



2020. 7.27                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第250作も芙蓉漢詩会の 子方 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた「ヒナゲシ」三部作です。

作品番号 2020-250

  花菱草        

朝風穏往入芳園   朝風 穏やかに往き 芳園に入る

暖暖陽光隔世喧   暖暖 陽光 世喧を隔つ

急襲狂風花辨散   急襲 狂風 花弁散り

蕪原靜笑故郷村   蕪原 静かに笑く 故郷の村

          (上平声「十三元」の押韻)

<感想>

 こちらも前半の叙景は穏やかで良いですね。

 転句で突如、ということですが、「忽到」「忽起」でしょうね。
 ここで「風」が出てきますので、起句の方は「蝶」とか「鳥」を出しておくところでしょう。
「翩翩雙蝶入朝園」として対句に持って行くのも良いですね。

 結句は最初に出ていた「園」から転句までの画面から、急転して視界が拡がっています。
 「村」という広がりを出しても良いですが、そこを繋ぐ言葉を上に入れたいし、「静笑」も花が「狂風」で散った後ですので、何が「笑」なのか、もう一言欲しいところです。



2020. 7.27                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第251作は芙蓉漢詩会の 甫途 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-251

  落基山脈     ロッキー山脈   

隆隆岳岳大連峰   隆隆 岳岳 大連峰

廻次晨光如恐龍   晨光 次に廻り恐竜の如し

遠近寒光輝集眼   遠近の寒光 輝いて眼に集まり

蕭蕭黒白仰灰峰   蕭蕭として黒白の灰峰を仰ぐ

          (上平声「二冬」の押韻)

<解説>

   隆隆とした男性的な山岳が目の前にある。
   順番に指していく朝日は恐竜が動き出さんばかり。
   遠近を問わず山からキラキラと光が反射されてくる。
   深遠な白と黒の世界、灰色の峰峰を仰ぐ。


<感想>

 カナダのロッキー山脈の雄大な景が浮かびますね。

 承句は、山の峰峰から順に朝日が昇ってくるということですが、太陽がグルグル回るという感じでわかりにくいですね。
「廻出晨光」の方が良いですかね。「如恐龍」は直接作者が眺めた感想ですので、このまま行きましょう。

 転句は「光」が重複しています。「紅輪」「金烏」「日輝」など色々ありますので、ご検討ください。
 下三字は「私の目の中に差し込んでくる」ということかと思いますが、「集眼」では通じないですね。
「凝雙眼」と挟み平にしましょう。

 結句は語順としては「蕭蕭仰黒白灰峰」となるわけで、「蕭蕭」「仰」が離れていること、「白黒」「灰」では変化が無いです。
 最後の「峰」も重出ですので、「容」などを韻字にする形で検討しましょう。 「蕭蕭白黒聚山容」などでしょうか。



2020. 7.27                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第252作も芙蓉漢詩会の 甫途 さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-252

  開蘭花        

窓内蘭盆春色魁   窓内 蘭盆 春色の魁

耐寒餞歳一花開   耐寒 餞歳 一花開く

守株棄損妻言植   棄損の株を守り 妻 植うるを言ふ

暖紙能因有一隈   暖紙 能因 一隈に有るを

          (上平声「十灰」の押韻)

  <解説>

  痛んで捨てる蘭の株を他所から妻が戴いて来る。
  ようやく楚々として咲いてくれた。
  暖房器具のない我が家では段ボールを窓において冬を凌ぐ。
  よくぞ段ボール一枚で咲いてくれたと妻は頻りに言う。

<感想>

 承句は「一」が重複ですので、蘭の色を考えてはどうでしょうね。

 転句は「株を守り棄損し」となりますので、語順が悪いです。
「妻言植」も単なる説明だけです。「やれやれ、困ったものだ」なのか「心やさしい妻だ」なのか、どちらにしても、奥様の姿が大切でしょう。
 「殘株愛育眞慈母」など。

 結句は「能因」で分かるかどうか、「能」は良いですので、具体的な動詞を考えた方が良いかと思います。





甫途さんからは再敲作もいただきました。

    開蘭花(再敲作)
  窓内蘭盆馥郁纔  窓内 蘭盆 馥郁纔か
  耐寒餞歳白花開  耐寒 餞歳 白花開く
  殘株愛育眞慈母  殘株 愛育して 眞に慈母
    効能紙囲春色魁  効能 紙囲ひ 春色の魁

 起句の「馥郁」はそもそも「香りが一杯に満ちた」という程度を表す言葉ですので、「纔」とまた程度を表す言葉を使っては妙なことになります。
 「香馥」で何とか良いでしょう。

 結句は「能」「できる」の場合は平声ですので、二字目には置けません。
 初案のようにして「暖紙能為」とするなら、下三字とも合いそうに思いますね。



2020. 8. 3                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第253作は芙蓉漢詩会の M ・ O さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-253

  祈念        

四月妖痾累卵危   四月 妖痾 累卵の危

依然蔓衍使人悲   依然 蔓衍 人をして悲しましむ

自肅街巷交遊盡   自粛の街巷 交遊尽き

疾疫滅亡祈念時   疾疫滅亡 祈念の時

          (上平声「四支」の押韻)

<解説>

 起句は「累卵危」では強すぎるでしょうか。「幾度吹」をまず考えましたが、「吹」は風のみのことと思い、止めました。
 題名をどうするかも迷いました。

<感想>

 起句の「累卵危」は十分の表現だと思います。

 転句の「肅」は仄声ですので、これを中二字に持ってくる形になりますね。
「萬ク自肅出遊盡」としましょう。

 結句は分かりやすい表現になっていると思います。
 「滅亡」ではなく、やっつけるという形にするならば、「根絶病魔祈念滋」なども考えられます。



2020. 8. 3                  by 桐山人
























 2020年の投稿詩 第254作も芙蓉漢詩会の M ・ O さんからの作品です。
 静岡市での七月の漢詩教室でいただいた作品です。

作品番号 2020-254

  夏日即事        

六月尋涼獨歩林   六月 涼を尋ね 独り林を歩く

蒼苔一路到更深   蒼苔 一路 更に深きに到る

閑花樹影C如水   閑花 樹影 清水の如し

葉戰陰濃野色侵   葉戦(そよ)ぎ 陰濃やかにして 野色の侵

          (下平声「十二侵」の押韻)

<感想>

 起句は「尋涼」と来れば「獨歩」は要るでしょうか。
「林」を形容する言葉を入れて説明を深くした方が情報が詳しくなって良いでしょう。
「穠漉ム」など。

 承句の「更」は「さらに」の意味では仄声ですので、使うならば「更求深」というところでしょうが、「碧苔深」と結んだ方が収まりますね。
 そうなると「一路」の上に「澗溪」ですかね。

 後半は、転句も結句もあまり変化が無く、繰り返しという印象です。
 爽やかな風くらいを吹かせるとか、何か音を出すとか、もう一工夫でしょうね。



2020. 8. 3                  by 桐山人