2019年の投稿詩 第121作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-121



  武漢大學賞櫻 十三        

佳人漢服薄如紗,   

三兩成游過珞珈。   

花似顏紅紅若粉,   

徘徊樹下不歸家。   

          (下平声「六麻」の押韻)





















 2019年の投稿詩 第122作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-122



  武漢大學賞櫻 十四        

當年花下好傾杯,   

今日黄昏寂寞回。   

代代學生來復去,   

早櫻開後晩櫻開。   

          (上平声「十灰」の押韻)





















 2019年の投稿詩 第123作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-123



  武漢大學賞櫻 十五        

煩君持證薦遊園,   

春色惱人花欲言。   

未及相詢今大幾,   

已從花徑渺無痕。   

          (上平声「十三元」の押韻)

























 2019年の投稿詩 第124作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-124

  武漢大學賞櫻 十六        

東瀛昔日苦思家,   

今見長江一線斜。   

三月徘徊櫻木道,   

靜聽朴樹那些花。   

          (下平声「六麻」の押韻)

























 2019年の投稿詩 第125作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-125

  武漢大學賞櫻 十七        

珞珈山下賞花人,   

海内曾經嘆比鄰。   

風捲櫻花吹滿地,   

萬林藝術館邊春。   

          (上平声「十一真」の押韻)

























 2019年の投稿詩 第126作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-126

  武漢大學賞櫻 十八        

武漢久聞多種櫻,   

其中一半自東瀛。   

白鴿飛處無爭戰,   

毎思南京心不平。   

          (下平声「八庚」の押韻)
























 2019年の投稿詩 第127作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-127

  武漢大學賞櫻 十九        

狂走櫻園五公里,   

花飛池上待青蛙。   

圖書館上刻年月,   

七十年來依珞珈。   

          (下平声「六麻」の押韻)

























 2019年の投稿詩 第128作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-128

  武漢大學賞櫻 二十        

春來何處復紛繁,   

遊客如蜂擁入園。   

揮手辭花花不解,   

但為雲彩掛黌門。   

          (上平声「十三元」の押韻)

























 2019年の投稿詩 第129作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-129

  寒霞渓觀楓        

空中索道斷塵縁   空中索道 塵縁を断つ

奇岩群猿亂石巓   奇岩 群猿 亂石の巓

眼下觀楓紅似錦   眼下の観楓 紅 錦に似たり

寒霞渓谷競秋妍   寒霞渓谷 秋妍を競ふ

          (下平声「一先」の押韻)

<感想>

 寒霞渓は香川県の小豆島にある国立公園、日本三大渓谷美の一つ(ちなみに他の二つは大分県中津市の耶馬渓、群馬県の妙義山だそうです)で、ロープウェイからの絶景は素晴らしいとのことです。
 起句でそのロープウェイを描いていますが、「斷塵縁」が地上からどんどん離れて行き、作者の心も美しい景色の中に入り、俗世から浄化されて行く気持がよく表れていますね。
 承句からは渓谷の美しい景色ですね。「群猿」「亂石」に比べるとやや弱い感じもします。ただ、「啼猿」「叫猿」と音を出すのも微妙なところではありますね。
 目で見た景色ということで統一する現行が良いかもしれませんね。





2019. 4.29                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第130作は 蒼山游 さん、広島県の二十代の女性の方からの初めての投稿作品です。
 

作品番号 2019-130

  京城元夕        

千尺春灯月色中   千尺の春灯 月色の中

小童嬉笑勝花紅   小童嬉笑し 花に勝りて紅なり

夜鐘殷殷年云尽   夜鐘殷々として 年云(ここ)に尽くも

交酌金尊興未窮   金尊酌み交わし 興未だ窮まらず

          (上平声「一東」の押韻)

<解説>

 春節に、故宮を訪れた際に作りました。
 新月や、道沿いに飾られた提灯の灯の下、子供達が嬉しそうにはしゃいでいる姿、新年を告げる鐘の音に、又一年、年は尽きたけれど、大人達は、かまわずお酒を酌み交わし、興はまだまだ尽きないといった情景を描きました。

<感想>

 新しい漢詩仲間を迎えて、とても嬉しく思います。

 押韻、平仄、漢詩の規則に則り、作詩経験は三年ほどとのことですが、きちんとお作りになっておられますね。
どこかで習っていらっしゃるのでしょうか、お若い方が漢詩に取り組んでいらっしゃることは大変嬉しいことです。
今後のご参考に、感想を差し上げます。

 起句の「千尺春灯」は長い町並みに提灯が飾られている場面、華やかさが簡潔に表わされていると思います。
 「月色中」も画面の背景としては良いと思いますが、旧正月ですと月は無いのでは?と悩みます。細い月が架かっていたということでしたら、「新月中」として、題も「元夕」を「春節」とした方がリアリティがあるでしょうか。
 それでも月の時刻が気になりますので、「映故宮」のような形で、月から離れてはどうでしょう。

 承句は「勝花紅」の比喩もこの句だけで見れば悪くはありませんが、「千尺春灯」と色が重なっていることで、「小童」「春灯」もどちらも印象が薄くなります。
 特に「小童」ですので、ここは美しさを形容するよりも「はしゃいでいる姿」という動作を表した方が良いでしょう。

 転句は良いですね。

 結句は最後の「興未窮」が常套句で、一首の締めとしては物足りません。解説を拝見するとその場に居た大人達を描いたというお積もりでしょうが、普通に詩だけを読めば作者の感懐だと解釈します。
 そうなると、これは「感情形容語」による結びとなってしまいます。
 周りの人々だと言うなら、それを分からせる言葉が欲しいですし、作者も含めてということでしたら、具体的な事物でなくても「芳節中」とか、「充」「融」「風」など使えそうな韻字は他にもあると思いますので、推敲を楽しんで下さい。
 (春節でなければ、先ほどの「月色中」なども効果的な結びになりますね)



2019. 4.29                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第131作は 遙峰 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-131

  麗日        

光淡春畦雲雀聲   光淡き春畦 雲雀の声

摘蔬少婦暖風輕   蔬を摘む少婦に暖風輕し

對花黄蝶相追去   花に対す黄蝶 相ひ追ひて去り

孫女呼爺招耀睛   孫女 爺と呼び 睛を耀かせて招く

          (下平声「八庚」の押韻)

<解説>

 近くに住む娘が、孫娘二人を連れて、老妻の家庭菜園へ来たときの様子です。
 嫁いでしまった娘は、もう可愛くないですが、孫娘は「爺ちゃん」と呼んで、おいでおいでをするのです。

<感想>

 仰る通りで、孫は本当に可愛いもので、私も同感です。
 しかしながら、「嫁いでしまった娘はもう可愛くない」というのはちょっとひどいですよ(笑)。

 起句承句ともに、穏やかな春の日を感じさせる素材が丁寧に配置されていると思います。

 転句は「對」が堅いですね。「戯」「旋」など、動きが感じられる言葉が良いです。

 結句は二点、まず下三字の「招耀睛」ですが、読み下しは「招きて睛を耀かす」となります。
 もう一点は登場人物ですが、承句で「少婦」(これが娘さんですね)、結句で「孫女」とそして「爺」、三代の勢揃いですので作者としては嬉しい場面です。
 しかし、この詩だけを読んだ人が果たしてそう理解してくれるか、というと疑問です。
 菜園に居る「少婦」に対して孫が「爺」と呼んだというややこしい話になりそうな気がします。
 詩の主題はお孫さんの可愛さですので、「少婦」を「農老」「閑老」として、作者自身を早く登場させておくと詩としてまとまると思いました。
 娘さんも詩のためなら、画面から隠れても許してくださると思いますよ。



2019. 4.29                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第132作は 地球人 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-132

  春寒        

蕭蕭銀竹驟寒生   蕭々たる銀竹 驟寒を生ず

村落逍遙踏雪行   村落 逍遙 雪を踏み行く

日照陽風梅数点   日照り 陽風 梅数点

韶光燦燦一鶯鳴   韶光 燦燦として 一鶯鳴く

          (下平声「八庚」の押韻)



<感想>

 以前に見せていただいた作品から、随分構成を変えましたね。

 食い違いが感じられるのは、起句の「銀竹」は白く見えるような激しく降る雨ですので、上の「蕭蕭」と合いますか。「沛然」「滂然」「紛紛」などの言葉で考えてはどうでしょう。

 同様に、承句の「踏雪行」「銀竹」とは齧み合わない印象です。

 転句からの穏やかな春の日射しの下、梅や鶯が登場しますので、前半と後半が別の画面に思えますので、「銀竹」については今回は控えて、全体の流れを重視しましょう。

 例えば起句を「早曉驟寒生」として時刻を示すと、朝早く、雪の残る村を散歩したことになり、そこで日が昇り、辺りが一気に明るい景色になったという展開に持って行けます。

 転句の「日照」と結句の「韶光」が重なりますので、その辺りも調整するとこんな感じでしょうか。

  謐謐早曉驟寒生
  一月郊村踏雪行
  野水東風梅数点
  韶光燦燦一鶯鳴




2019. 5. 2                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第133作も 地球人 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-133

  看桜        

竃Z百事使人愁   竃Zな百事 人をして愁い使む

信歩東郊登小丘   歩に信せ 東郊 小丘に登る

塵外寺庭人不見   塵外の寺庭 人を見ず

桜雲明媚忘千憂   桜雲 明媚にて 千憂を忘る

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

 年度の変わり目の最中、気晴らしに散歩して、一息ついている様子を表現してみました。

<感想>

 「看桜」という題ですがなかなか桜が出てこず、はらはらしました。
 一般的に「看桜」は「桜を見に出かける」わけですが、今回の地球人さんの詩では桜は目的ではなく結果としての存在ですね。
 それならば、「忙日遇桜」とか「○○寺見桜」でも良いでしょうね。

 起句の読み下しは「竃Zたる百事 人をして愁へしむ」とします。
 「○○な」という形容は現代語ですので、古典では「○○なる」か「○○たる」となります。「○○」が和語や一字の漢語の場合には「なり」(「静かなり」「穏やかなり」など)、「○○」が漢語の場合には「たり」をつけるのが原則です。
 また、「使」(「令」「教」も)は日本語では助動詞で、これは助詞と同様に平仮名表記が原則ということです。「愁ふ」の活用も気をつけましょう。

 結びの「忘千憂」は、桜によってほっと一息ということで、お気持ちはわかりますが、冒頭に「竃Z百事」とありますので、収まり過ぎてインパクトが弱い感じです。
 「千憂」は起句に持っていって、「竃Z百事積千憂」と数字を近くに置いた方が生きます。

 転句の「人不見」、最近はどこもかも桜の下には人が一杯な場所が多いですが、静かな場面に桜を出すために「塵外寺庭」としたのは良いですね。
 そうなると、結句もあまり派手な桜ではなく、「桜花一朶忘千憂」とすると、これも数字が近くて良いですね。



2019. 5. 2                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第134作は 衡石 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-134

  看花        

歸舟兩岸一堤霞   帰舟の両岸 一堤の霞

詩景西東鳥語譁   詩景 西東 鳥語譁し

今古江頭如夢裏   今古の江頭 夢の如き裏

故山遲日獨看花   故山の遅日 独り看る花

          (下平声「六麻」の押韻)

<解説>

 花見帰りの舟が通る両岸、堤には桜が咲き誇り、
 あちこち良き景色の中で、小鳥の鳴き声が騒がしい。
 今と昔の川のほとりを懐かしめば、思い出は正に夢のようで、
 故郷の春の長き日に、独り花見をする私だ。

<感想>

 起句は良い場面ですね。
 承句も広がりが生まれていると思いますので、起句の下三字は「滿堤花」という画面にして、「花」を初めに持って行くのが良いと思います。
 「詩景」も「好景」と素直に述べておきましょう。

 転句の「今古」は、作者が見たかつての様子も今の様子も夢のようだということですと、前半の鮮やかな景色は何なのか、疑問になります。
 下三字の読み下しは「夢裏の如し」となりますが、「夢」がどうもすっきりしませんので、「江頭」を中心に置いて、「依舊江頭」で始まるように、例えば「依舊江頭延佇老」のように持って行ってはどうでしょうね。

 結句は「故山」を「春山」として「依舊」との重複を避けましょう。



2019. 5. 4                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第135作は千葉県にお住まいの 竹里 さん、四十代の男性の方からの初めての投稿作品です。
 お手紙には
 これほど多くの方の投稿詩と、それに対する感想や斧正を読むことができるサイトは他にないと思います。
 ときおり他の方の詩を見ては意欲を新たにしています。

 また、平仄を調べるツールも便利でよく利用させていただいております。

 とホームページの感想をいただきました。

作品番号 2019-135

  海城飲酒        

海辺楼上酌芳醪   海辺の楼上に芳醪を酌む

大酔披襟意気豪   大酔し襟を披いて意気豪なり

窓外水天無限闊   窓外の水天 無限に闊し

擬将鉤月釣霊鼇   鉤月を将って霊鼇を釣らんと擬す

          (下平声「四豪」の押韻)

<解説>

 作詩歴は十年ほどありますが、コンスタントに作り続けてきたわけでもなく、また完全に独習なので、どなたかに批正を乞うのは初めての経験です。
 拙い点などあるかと思いますが、よろしくお願いします。

 酒を飲むとやたらと気が大きくなってしまう人がいます。
 それでもこんな風な羽目の外し方なら風流ではないかと思いました。

 はじめは荘子から引いて鯤を釣ろうかと考えていましたが、釣鼇客の故事を知りそちらに変更しました。


<感想>

 はじめまして、新しい漢詩仲間を迎えて、とても嬉しく思います。
 今後ともよろしくお願いします。

 作詩歴は十年、独習とのことですが、しっかりとお作りになっていると思います。
 平仄は勿論ですが、構成の面でも、前半で詩の場面設定と「大酔」して良い気持になっている状況を述べた後、海楼から眺める空と海の景色、そして「釣鼇客」の故事で締めくくる形で良いですね。
 酔って豪快な気分、目に入る雄大な景色、こうしたスケールの大きな画面を受けた場合、最後の結びがなかなか難しく、せっかくの大きな詩境がしぼんでしまうことも多いものです。
 今回は、心情や景色から一旦離れて、豪放さを表す故事を持ってきて、広がり感を残していると思います。

 その「釣鼇客」は、李白の故事ですね。
 かつて李白が宰相に謁した時に、「海上釣鼇客 李白」と自分を紹介した句を示しました。宰相がどうやって鼇を釣るのか尋ねると、李白は「虹霓を釣り糸にし、三日月を釣り鉤とし、餌は豪放雄渾な私の心だ」と答えたという内容です。

 竹里さんの詩は、よく錬られた作品で、漢詩として十分な仕上がりと思います。

 更に作詩を楽しんでみるということで言えば、結句の「擬(将)」がやや説明的、散文的な印象がありますので、「虹霓鉤月釣霊鼇」とばっさり示したり、「詩仙乗月釣霊鼇」と李白を登場させるなど、考えられます。

 また、承句の「意気豪」は、主題に近く、結句の心情でもありますので、ここでは隠して「聞夜濤」と穏やかにしておく形もありますね。



2019. 5. 4                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第136作は 哲山 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-136

  大夜        

越前晩夏愛嬪棺   越前 晩夏 愛嬪の棺

蓋柩雕肝内助丹   柩を蓋ひ 雕肝す 内助の丹

去汝離魂何杳也   汝を去って 離魂 何ぞ杳(はるか)なるや

埋玉遺媽誰与安   埋玉 媽を遺し 誰と与(とも)にか安らわん

          (上平声「十四寒」の押韻)

<解説>

 昨年八月に弟の嫁が64歳で亡くなりました。
 著名人もそうですが、身近な人が次々と世を去り、私も少々浮き足立っています。

 食後は睡魔に勝てず、そうでなくても短い一日の時間を無駄にしています。
 詩作がまだまだ思うに任せず、今は鈴木先生の本を初めから読み直しています。

<感想>

 詩を送っていただいてから随分経ってしまいましたが、お悔やみを申し上げます。
 64歳という年齢ですと、まだまだこれから、第二の人生が始まったばかりと言われる頃、お心残りは多かったかもしれませんね。

 承句の「雕肝」は「心にしみこませる」、「丹」は「丹心」でまごころのことですね。
 亡くなって改めて故人のお人柄がしのばれるという句意ですね。

 結句の「埋玉」は「すばらしいものを埋める」ということで「惜しむ、残念に思う」という意味です。
 この句は二四六字とも全て仄字ですが、ここは本来は二四字が平字の「平句」になるところ、直すとすれば「傷懐遺媽与誰安」でしょうか。



2019. 5. 4                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第137作は 哲山 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-137

  客愁        

道之云遠日西傾   道の云(ここ)に遠く 日は西傾く

奈退深溪進峻崢   いかんせん 退くも深渓 進むも峻崢

無位真人何處會   無位の真人 何れの処にか会ふ

空山百舌一殘聲   空山 百舌 一残声

          (下平声「八庚」の押韻)

<感想>

 詩の題名は「客愁」ですが、哲山さんの旅は人生という旅でしょうね。

 承句は「深い谷(深渓)と険しい高い嶺(峻崢)」の対比で、深い谷底からようやく登ってきたらまだ先には険しい峰が待っている、という状況で、起句の「日西傾」と重なって、押し詰まった感じを出していますね。

 転句の「無位真人」は禅語で、「全てのしがらみを超越した真の(自由な)自己」あるいは「真の自己を悟った人」です。ここで用いた「何処」は実際には時間を表して、「いつになったら」というお気持ちでしょう。

 結句は「舌」と「殘聲」がよく対応していると思います。



2019. 5. 4                  by 桐山人
























 2019年の投稿詩 第138作は 陳興 さんからの作品です。
 

作品番号 2019-138

  荒城望月        

春近高樓杯影愁,   

千秋松樹萬枝柔。   

陣營霜色今何在,   

雁伍鳴聲昔避矛。   

月照荒城光更冷,   

草纏敗壁蔓還抽。   

狂風吹徹枯榮換,   

人世繁華一夢收。   

          (下平声「十一尤」の押韻)



<解説>

 詩譯自日本現代詩人土井晩翠名作《荒城之月》。

<感想>

 土井晩翠の「荒城の月」は七五調の馴染み深い歌ですが、陳興さんが七言律詩にしたものです。
 「荒城の月」は四句一聯で四聯構成ですので十六句、それを律詩の八句で漢訳をしたということではなく、本歌の素材や構成、そして詩情を生かした形ですので「詩訳」と仰ったのでしょう。
 「荒城の月」の原詩を載せておきますので、陳興さんがどのように工夫されたかを味わうのも楽しいですよ。

春高樓の花の宴
めぐる盃影さして
千代の松が枝わけ出し
むかしの光いまいづこ

秋陣営の霜の色
鳴き行く雁の數見せて
植うるつるぎに照りそひし
むかしの光いまいづこ

今荒城のよはの月
変わらぬ光たがためぞ
垣に殘るはただかづら
松に歌ふはただ嵐

天上影は替わらねど
栄枯は移る世の姿
寫さんとてか今もなほ
あぁ荒城の夜半の月




2019. 5. 7                  by 桐山人