2018年の投稿詩 第331作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-331

  称高校球児西日本豪雨被災地奉仕活動        

甚大天災人知摧   甚大なる天災 人知を摧く

平成最悪不堪悲   平成 最悪 悲みに堪へず

庶民連帯球児意   庶民と連帯 球児の意(こころ)

奉仕精神仁徳随   奉仕の精神 仁徳に随ふ

          (上平声「十灰」・上平声「四支」の通韻)

「仁徳」: 人を慈しむ徳


<解説>

 私の地元 愛媛も南予を中心に未曽有の被害が報告されています。
 災害の後 全国高校野球選手権地方予選の真っ最中に試合を終えた球児が地元に帰り、ボランティア活動に参加。
 次の試合までの間 野球の練習はお預けにして奉仕しておりました。
 脱帽です。

<感想>

 高校球児が試合の合間にボランティア活動をしていたということは、岳城さんのこのお手紙で知りました。
 甲子園予選は高校生にとっては通常、最後の大きな大会になります。その試合の合間にボランティア活動をしていることは、決して気楽な活動ではないと思います。
 自分たちの試合も一生に一度の大切なことですが、未曾有の災害に遭った方々の苦しみも、それまでの人生を一変させるもの、同じ重みで受け取って活動している高校生は素晴らしいと思います。
 詩としてこうして記録されることで、記憶に残る出来事になると思います。

 起句の「人知」は平仄を合わせて「人智」としておきましょう。



2018.11.28                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第332作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-332

  熱闘甲子園        

勝敗分岐神不知   勝敗の分岐 神をも知らず

一投一打入魂時   一投一打 入魂の時

百回歴史栄光証   百回の歴史 栄光の証

奮闘球児郷土貲   奮闘す球児 郷土の貲(たから)

          (上平声「四支」の押韻)



<感想>

 こちらの詩は、口から出た言葉がそのまま詩になっているような印象で、すっきりと読めますね。

   起句承句は、目の前で繰り広げられる勝負を見ているような面白さがあるのですが、転句で「百回歴史」と入ると、その前半のことが甲子園の歴史をまとめて象徴した形になり、息を呑むような緊迫感が一気にしぼんでしまうように感じます。
 今年、百回の「歴史」も、いつも「熱闘」という描き方になると、臨場感を全体に通すことができると思います。



2018.11.28                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第333作は 遙峰 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-333

  帰路        

重雲雪意促帰程   重雲 雪意 帰程を促し

蔌蔌水陰寒更生   蔌蔌たる水陰 寒更に生ず

客鳥無聲何処泊   客鳥 声無く 何処にか泊す

隔川屋比一灯明   川を隔つ屋比 一灯明らか

          (下平声「八庚」の押韻)



<感想>

 前半は眼前に北陸の冬雲が見えてくるような趣ですね。
 「蔌蔌」(そくそく)は色々な意味があり、「水の流れる音」という意味もありますが、ここは「風が激しく吹く様子」でしょうか。
 
 転句の「客鳥無声」というのは、空を鳴くこともなく飛んでいる雁の群れを眺めている景で、寂寥感を増していますが、「何処泊」が単調で、「客鳥」ですからどこに泊まるかはあまり問題にすることではないでしょう。
 ここは鳥の姿を描いた方が良く、「飛影盡」のような形が良いですね。

 結句は「屋比」、並んだ家屋というなら「比屋」と辞書に載っている形の方が自然でしょう。
 ただ、この「比」「一灯」、並んだ家の中の一軒だけ灯りがともっていたから明るさが際立ったという設定かもしれませんが、画面としてはやや気になるところ。
 風景の綺麗な場所なら「画灯」、窓からの灯りなら「牖灯」など、夕方(転句から推定すると)の場面で「明」が際立つような表現を考えてみると良いでしょう。



2018.12. 8                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第334作は 地球人 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-334

  初冬        

朝行陣陣踏霜行   朝行 陣陣として 霜を踏んで行く

日出自開残月傾   日出り 自から開き 残月傾く

的的紅楓冬尚浅   的的たる 紅楓 冬尚浅し

氷軽風細似春晴   氷軽く 風細かにして 春晴に似たり

          (下平声「八庚」の押韻)



<感想>

 起句の「陣陣」という言葉から、冬の朝、通勤で人々が行き交う様子を描いたことが分かります。

 承句の読み下しはいただいたままですが、「日出り」はわからないですね。取りあえず「日が昇って」と解釈しておきますが、何か特別な意味を籠めたのでしたら、またご返事下さい。
 で、日が昇って、「自開」は主語が不明、起句を受けるなら「人々が分散した」「霜が融けた」か、雲が開けたならば「残月」につながるかもしれませんが、この句は上四字に苦しみます。

 転句の「的的」は「物事が明らか」ということで、「紅楓」がくっきりと見えたということで、次の「冬尚浅」の根拠を示しています。
 そう考えると、この「的的」はやや理屈っぽく感じます。「紅楓」そのものを形容しておいた方が詩情が増すかと思います。

 結句の「似春晴」はせっかくの転句の描写を無駄にしてしまいます。「冬尚浅」のどちらかにして、季節を表す語(「冬」「春」)は一つにしないと、発想が拡がらず単調さを感じてしまいます。



2018.12. 8                  by 桐山人
























 2018年の投稿詩 第335作は 莫亢 さんからの作品です。
 

作品番号 2018-335

  郊外停車口占        

開牖倒椅成午夢   牖(まど)を開けて椅を倒し 午夢を成す

覺看蜻蜒雑丹楓   覚めて看る 蜻蜒 丹楓に雑るを

飛機驀地去天外   飛機 驀地(ばくち)として天外に去り

一髮白雲斜蒼穹   一髮 白雲 蒼穹に斜めなり

          (上平声「一東」の押韻)



<解説>

「牖」: 車のウインドウ
「椅」: 車のシート。シートを倒すは現代漢語で「放倒椅背」
「飛機」: 飛行機
「驀地」: 不意に、たちまち
「車中」は自家用車の中のことです。飛行機雲は当初、「縷々白雲」を考えましたが、頼山陽への敬意をこめて「一髪」としてみました。

<感想>

 莫亢さんからの作品、久しぶりですね。
 お手紙には、江戸漢詩の日常性に刺激されたと書かれていましたが、日日の営みの中から風雅を見いだして行くのは現実世界をしっかりと見つめていくことでもあります。
 唐の時代から千数百年を経て、しかも異国での眼前の風物を、中国唐代の言葉を用いてどう描くか、これは江戸文人の思いも同じだった筈で、江戸漢詩が独自の発展を遂げたというのも納得できます。

 莫亢さんの今回の作は、自動車の窓から飛行機を眺めて、という現代の素材を用いて素直に詠んだという印象ですね。
 もちろん、「牖」は車でなく家の窓と考えても良いですし、「飛機」を「鳥聲」とかに替えれば、古典的な詩になります。
 しかし、「驀地去天外」という臨場感のある情景は、ビデオを回しているような感覚で視線が空を横切っていくわけで、これは現代ならではのスピード感だと思います。
 平成の句と言えるでしょうね。

 結句の「一髪」は「一本の髪の毛のようにまっすぐで細い様子」ですので、作者としてはジェット雲というか、飛行機雲が流れていることを表したと思います。

 ただ、「雲」はどうしても線幅がありますので、「一髪」という形容が読者に伝わるか、というと疑問です。
 頼山陽も、きっと雲の上で蘇軾と肩を組みながら、時を越えて伝わる表現に喜びながらも、「髪の毛一本の雲か」と苦笑しているかもしれません。



2018.12.10                  by 桐山人