2017年の投稿詩 第301作は桐山堂刈谷の 小園 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-301

  晩秋書懷        

柳垂湖畔一茎蒿   柳は湖畔に垂れ 一茎蒿し

棋樹西風覆濕皐   棋樹の西風 湿皐を覆ふ

伝聞舟行簫鼓鳴   伝へ聞く 舟は簫鼓鳴らして行く

瑤池秋醉玉壺醪   瑤池 秋に酔ひ 玉壺の醪

          (下平声「四豪」の押韻)


<感想>

 起句の「蒿」はよもぎですので、「一茎の蒿」と読みます。

 承句の「棋樹」は何かの字の間違いでしょうか。起句に「柳」「蒿」がありますので、植物はもう要らないかなと思いますので、ここは再検討でしょうか。

 転句は、上二字は平仄が合いませんので、「聞道(聞くならく)」としましょうか。「舟行」も意味としては「行舟」としておかないといけません。
 転句から話がどう動いたのか、古代の長安の宮中でしょうか、それにしても前半の風景は何だったのか、前半と後半が切れているというか、何を言おうとしているのかが分かりません。
 それぞれ二句ずつ見ればまあまあ通じるんですけれどね。

 前半後半をつなげる方向で検討して下さい。

 結句の「秋醉」はおかしく、「秋の醉い」とするか「秋宴」「夜宴」でしょうね。



2017.12.29                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第302作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-302

  夏日掃墓        

姉姪相來擧手招   姉姪 相来るを手を挙げて招く

血緣掃墓夏時朝   血縁 掃墓 夏時の朝

亂蟬鳥語伴喧鬧   乱蝉 鳥語 伴に喧鬧

先祖安眠數數撩   先祖の安眠 數數 撩る

          (下平声「二蕭」の押韻)



<解説>

「掃墓」: お墓参り
「喧鬧(ケンドウ)」: 騒がしくて賑やか
「數數(サクサク)」: 度々

 お盆のお墓参り 騒がしい程鳴く蝉と小鳥
 これではご先祖様もゆっくり休んではいられないかも? 

<感想>

 起句の「姉姪」は岳城さんの記録としては意味があるでしょうが、読者は次の「血縁」でひとまとめになるように感じます。
 起句は「親族相來」、承句は「粛然掃墓」のようにすると、内容が普遍的になるように思います。

 後半のふと笑ってしまうような結びは、恐らく誰もが共感することでしょうから、そういう意味でも前半をあまり個人的な話に終らない方が良いでしょうね。



2017.12.31                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第303作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-303

  聞杜鵑        

村北村南曉色青   村北 村南 暁色 青く

羊腸山徑草花馨   羊腸の山径 草花 馨し

天邊片鷙得当妙   天邊片鷙 当を得て妙なり

蜀鳥連鳴側耳聴   蜀鳥 連鳴 耳を側てて聴く

          (下平声「九青」の押韻)



<解説>

 例年になく今年の初夏はホトトギスの声を聴きます。
 しかし、姿を見つけられず探しに行きました。

 「テッペンカケタカ」、当を得て妙を実感しました。

<感想>

 ホトトギスの鳴き声を「テッペンカケタカ」と聞くのはもう江戸時代からのようで、「天辺駆けたか」「天辺欠けたか」の議論もあるようですが、どちらにしろ擬音語ですので、結論の出る話ではないでしょうね。

 ホトトギスの名前もお書きになった「蜀鳥」や「杜鵑」「杜宇」「不如帰」などは蜀の望帝の故事から生まれた言葉のようですね。
 作者自身には望郷のイメージは無いでしょうが、「蜀鳥」と使うことで「故郷を恋しがって鳴く(泣く)のだろう」とホトトギスの気持ちになっての表現になります。

 この詩の場合ですと「時鳥」、「季節に鳴く鳥」という意味で使いますが、日本語用法で「ホトトギス」を表すことを意識して用いるのも面白いのではないでしょうか。



2017.12.31                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第304作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-304

  新秋即事        

白雨過郊暑濕消   白雨 郊を過ぎて 暑湿消し

清秋雲散斗星遙   清秋 雲散じて 斗星遙かなり

家人行旅何妨醉   家人 行旅 何ぞ酔を妨げん

好興庭蛩吟共宵   好し 庭蛩と吟じて宵を共にせん

          (下平声「二蕭」の押韻)


<感想>

 岳城さんの投稿詩掲載もようやく秋まで来ました。
 全部載せられるのは新年になりそうですが、頑張って書きますので、よろしくお待ち下さい。

 さて、確認ですが、結句の「興」は「與」ですね。

 ご家族が旅行に出られて、一人で留守番ということ、のんびりとしていらっしゃるお気持ちが後半によく出ていますね。
 ただ、結句の下三字、「吟共宵」はいかにも語を入れ込んだ感じがしますね。
 頭の「好」が動きますのでお気持ちに合うかどうかはわかりませんが、例えば「吟唱庭蛩共好宵」などが考えられます。

 戻って前半ですが、承句を「清秋」で始めると、その前の一日の変化を描いた起句はあってもなくてもどうでも良くなります。
 本来ですと時間変化を出して「今宵」くらいが適当ですが、「宵」は結句の韻字ですので使えませんね。
 「秋風」「晩風」とか、風などを持ってきてはどうでしょうね。



2017.12.31                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第305作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-305

  登高        

暑退清秋風颯然   暑退き清秋 風 颯然

羊腸山徑友相聯   羊腸の山径 友 相聯なる

小丘朋輩酒詩侶   小丘の朋輩 酒詩の侶

破顔傾杯同一筵   破顔 傾杯 一筵を同じうす

          (下平声「一先」の押韻)


<感想>

 「登高」は九月九日の重陽の節句の行事ですね。

 この詩は気になるところが少々ありますね。

 承句の「羊腸山徑」は曲がりくねった山道ですから、これは意外にも険しい登山かと思いましたら「小丘」ですので、おやおやという感じですね。

 また、承句の「友」と転句の「朋輩」は同じ人なのでしょうか。同じだとすると、重なりですね。
 また、「侶」も重複ですね。

 更に言えば、転句で「酒詩侶」と言ってますので、結句は「傾杯」だけでは片手落ちで、「詩」の面についても述べるべき、あるいは酒も詩も具体的には出さないか、どちらかでしょう。

 そうすると、例えば疑問点だけを抜いてみると、

  暑退清秋風颯然
  □□□□友相聯
  小丘□□酒詩□
  破顏□□同一筵

 ということで、まだまだ沢山の情報が入りそうですね。
 是非、ご検討を。



2017.12.31                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第306作は 東山 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-306

  名古屋城吟行        

那古名城微雨秋   那古の名城 微雨の秋

金鱗溌剌護高樓   金鱗溌剌として 高楼を護る

遙臨濃尾三川沃   遥かに濃尾を臨めば 三川の沃

治亂英雄魂魄幽   治乱の英雄 魂魄幽なり

          (下平声「十一尤」の押韻)


<感想>

 10月に名古屋においでになった時の作品二首をいただきました。

 起句の「那古」は名古屋の古名である「那古野」を略されたのですが、古名はこの地を支配していた「那古野」氏に由来します。したがって、地元民にとっては「那古」だけの略記は不自然です。
 名古屋を表す言葉で、他に「蓬左」という古名がやはりありますので、そちらを使われた方が良いでしょう。

 承句の「護」はこの場合、武器を使う「戍」でしょうかね。

 後半は、「微雨」の中ですので「望」ではなく「臨」を使われたのか、その他の意図もあるのかもしれませんね。

 結句は「幽」ですと、「治亂英雄」の力強さがかすれて、弱々しくなるのですが、この韻字でしょうか。
 私の感じでは「悠」ではないかと思いますが。

 こちらの詩は題名の「吟行」は省いた方が良いでしょう。



2017.12.31                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第307作も 東山 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-307

  徳川園吟行        

幽谷深山模領土   幽谷深山 領土に模し

奇巖嘉木託興隆   奇岩嘉木に 興隆を託す

傳聞往昔龍門悦   伝へ聞く往昔 龍門の悦

和雨仙寰舊夢中   雨に和す仙寰 旧夢の中

          (上平声「一東」の押韻)


<感想>

 この徳川園の横にあったのが、「蓬左文庫」と命名された旧尾張徳川家の蔵書を収めた資料館です。

 徳川園の庭を詳しく書いてくださり、嬉しいですが、前の詩と同様で、「吟行」と題しつつ、それらしき描写が無いのが勿体ないですね。
 結句でまた「仙寰」と徳川園を形容する必要は無いでしょうから、ここに「吟行」を入れてはどうでしょうか。
 その際には「和」が邪魔かもしれませんから、「雨裡吟行舊夢中」でも句としては通じると思いますが、いかがでしょうね。



2017.12.31                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第308作は 常春 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-308

  徳川園        

龍仙湖水舞紅蜻   竜仙湖水 紅蜻舞ひ

虎尾溪流悠鷺鶄   虎の尾渓流 鷺鶄悠たり

松樹雲翳別天地   松樹の雲翳 別天地

欣求淨土苑林清   欣求浄土の苑林清し

          (下平声「八庚」の押韻)



<解説>

 漢詩大会翌日の吟行は、名古屋城表御殿と徳川園だった。

 そして柏梁体、与えられた韻字は「清」だったので、「欣求浄土苑林清」と提出した。

 これを結句として、絶句に纏めてみた。

<感想>

 常春さんからも、全国大会で名古屋に来られた時の詩をいただきました。

 「龍仙湖」「虎尾」、どちらも徳川園の中の名所です。

 結句の「欣求浄土」は「厭離穢土」と共に徳川家康公の旗印として知られる言葉ですね。
 「龍虎」と勇ましい言葉と重なって、徳川さんのお庭らしい言葉に(地元民としては)嬉しくなります。



2018. 1. 1                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第309作は 謝斧 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-309

  帰省到生家之作        

今朝帰省到生家   今朝帰省して生家に到り

久去関郷客海涯   久しく関郷を去りて 海涯に客たり

四壁三弓出柴戸   四壁三弓 柴戸を出で

一竿雙屐釣汀沙   一竿雙屐 汀沙に釣る

好焼新筍酌醇酒   好し新筍を焼いて醇酒を酌み

亦鱠氷魚羮紫茄   亦た氷魚を鱠にして 紫茄を羮にする

逢路故朋知我老   路に故朋に逢へば我老いたるを知り

慙将遊手似匏瓜   慙らくは 遊手たりて匏瓜に似たるを

          (下平声「六麻」の押韻)


<感想>

 謝斧さんからは故郷に帰った時の思いをいただきました。

 中の二聯は子供の頃の思い出、生家での昔の暮らしを描かれたものですね。
 初めは現在の様子かと思って読んでいました。
 それは、描写に臨場感があり、特に頸聯などは生き生きとしていて、昔の記憶というイメージが持てなかったからですが、それは謝斧さんの心の中、思い出が鮮明であったことを表したものですね。
 「四壁」は「周りが壁だけの家具も無い住まい」、「三弓」はその部屋の広さでしょうか、「弓」は六尺の長さとされていますので「三弓」で約4メートル程、鴨長明の方丈よりは少し広いくらいの感覚かと思います。

 尾聯の上句はまことに良く分かります。
 同窓会に出ても、昔の友人でしばしば会っていた人はそれほどでもありませんが、何十年も会ってなかったりすると、かつての顔と結びつかないくらい変わっていて、「こいつ、じじいになったな」と胸の中で思った瞬間、相手も自分を同じように見ていることに気付きます。
 他人の姿が自分の鏡、というところでしょうね。



2018. 1. 1                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第310作は 兼山 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-310

  肥前旅情(一)平戸大橋        

早晨秋氣客異郷   早晨 秋気 異郷に客たり

平戸大橋横一桁   平戸 大橋 横一桁

紅彩粧映海峽   紅彩 粧 海峡に映ず

巡游島内日西傾   島内を巡游 日西に傾く

          (下平声「八庚」の押韻)


   秋天に和す淡藍の生月大橋


<解説>

 九州各県の中でも長崎県には離島が多い。
 離島橋が架けられると離島は離島でなくなるが、平戸島にも生月島にも古い時代の生活習慣が遺っている。
 平戸島と本土を隔てる平戸瀬戸には1977年に平戸大橋が架橋され、平戸島と生月島を隔てる辰ノ瀬戸に1991年に生月大橋が架けられた。
 もともと有料道路であったが、2010年に無料開放された。

「平戸大橋」: 橋長665m 中央径間465.4mの吊り橋 幅員10.7m 桁下高30m
「生月大橋」: 3径間連続曲弦下路鋼トラス橋 橋長960m 最大支間長 400m 幅員 6.5m 桁下高 31.0m
「平戸市切支丹資料館」: 平戸市根獅子にある隠れキリシタンに関する資料を収蔵展示する資料館。

 平戸は日本最初の国際港として繁栄した。と同時にキリシタン布教の地としても栄え、特に生月島の根獅子では住民全員が信者になったと言われている。(ウイキペディアより抜粋・転載)

<感想>

 平戸大橋や生月大橋の説明は私では分からない言葉がありますが、兼山さんのお仕事のキャリアが出ているところでしょうね。
 兼山さんの専門知識に裏付けられた目ですと、同じものを見ていても見え方がひょっとすると違っているのかもしれませんね。
 詩には出ていませんが、感動の背景を考えると面白いですね。

 結句は「巡遊島内」となっていますが、橋から見える海の風景で収めた方がまとまりが出たかもしれませんね。



2018. 1. 3                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第311作は 兼山 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-311

  肥前旅情(二)瑠璃彩色        

朝辭福博向西行   朝に福博を辞し 西に向ひて行く

平戸島影羈旅情   平戸の島影 羈旅の情

天主堂偕如隱在   天主堂 偕に隠るるが如く在り

瑠璃彩色爲誰明   瑠璃 彩色 誰が為に明らかなる

          (下平声「八庚」の押韻)


    隠れ家や彩色瑠璃に西日射す



<感想>

 平戸ならではの詩ということでしょう。

 転句の「天主堂倶」の部分が「天主堂と何が倶に」なのか、「倶に隠れる」ですと語順が違いますので、そこだけ疑問が残りました。
 



2018. 1. 3                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第312作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-312

  秋日郊行        

稻波黄熟素風巡   稲波 黄熟 素風巡る

石蒜紅燃澄景傳   石蒜 紅燃 澄景伝ふ

遊歩低吟畦畔徑   遊歩 低吟 畦畔の径

秋旻霽色兆豐年   秋旻 霽色 豊年を兆す

          (上平声「十一真」・下平声「一先」の通韻)

「石蒜」: 彼岸花
「秋旻」: 秋空

<感想>

 秋の風物として岳城さんが選んだのが、稲穂と彼岸花、色彩感が表れた詩になっていますね。

 起句と承句を対句に持ってきたところも、遠く拡がる黄色い稲の景色と足元に拡がる赤い花が遠近感、立体感を出していると思います。
 前対格は起句の踏み落としが原則ですので、通韻にするよりも「素風渡」としてはどうでしょう。

 結句の下三字「兆豊年」はありきたりですし、すでに起句で「稲波黄熟」と言っているわけで、更に何を求めるのか疑問です。
 ここは筆が流れたという印象ですね。



2018. 1. 5                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第313作は 楽宙 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-313

  花山        

天文楼閣翠山中   天文の楼閣 翠山の中

万古千秋観大空   万古千秋 大空を観る

満室簡編遺往昔   満室の簡編 往昔を遺し

遥辿先哲思無窮   遥かに先哲を辿り 思ひ無窮

          (上平声「一東」の押韻)



<解説>

 最近、古い資料を調査して、先人の功績を紹介する取り組みをしています。

 先日、京都東山の花山天文台を訪れました。ここは、日本で2番目に古い大学附属の天文台として1929年に設置されました。
 最先端の研究施設としての機能を担うには立地が適さなくなっていますが、今も観測を続ける天文台です。また、歴史的価値と社会教育的機能を期待した保存に向けての努力が続いています。

 その、花山天文台の図書室や書庫に入ると100年近い歴史を感じる古い資料が山積みになっています。
 花山天文台を拠点に国際的に活動した天文学者のみなさんの功績をひしひしと感じ、その気持ちを詠んでみました。


   花山
  緑の山中の道を登ったところに古い天文台がある。
  遠い昔よりずっと大空の天体を観測してきた。
  天文台の部屋に入ると、いっぱいの書物がこれまでの活動を伝え、
  これまでの偉大な学者の功績を辿れば、思うところに限りがない。

<感想>

 楽宙さんからは一年振りでしょうか、お久しぶりです。
 世に広く知られていないことや埋もれたことの顕彰という、意義深い活動をなさっているのですね。

 全体にお気持ちがよく伝わる詩ですが、承句の「万古千秋」はどうなのでしょう。
 天文台のことで言えば「百年」ですので、ここの「遠い昔よりずっと大空の天体を観測してきた」というのは「天文台」ではなく「人類」ということかと思います。
 しかし、その後の転句では「天文台の中」に進みますので、読者としては「この花山(天文台)で万古千秋の間、空を観察してきた」と思ってしまいます。
 逆に業績を伝えるためにも「百年(歳)」という「事実」を描くことが大切でしょう。

 結句は「遥思先哲」が自然ですが下三字と重なるので「辿先哲」、「辿」ならば「先蹤」でしょうが平仄が合いませんね。
 「遥辿芳躅想無窮」などがすっきりするかなと思います。

 あと、題名を「花山天文台」ではなく「花山」としたのは「(天文台のある)花山の地」ということでしょうか、「花山」だけですとやや弱い気がしますね。



2018. 1. 5                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第314作は 凌雲 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-314

  晩秋錦景        

両岸帯光優   両岸 光優しきを帯び、

葡萄新酒酬   葡萄の新酒酬ゆ。

西風吹峡谷   西風 峡谷を吹き、

霜葉送軽舟   霜葉 軽舟を送る。

飛沫波崩舳   沫を飛ばし 波 舳(へさき)に崩れる、

乗身手掬流   身を乗りだして 手 流れに掬ふ。

徒無歌寂寞   徒に 寂寞と歌ふ無かれ、

興趣舞紅秋   趣を興す 舞ふ紅の秋に。

          (下平声「十一尤」の押韻)



<解説>

 秋は悲しいと誰が決めたのだろう。解らないでもないが、食欲の秋、芸術の秋、収穫の秋、体育の秋、読書の秋。
 百人一首の確か在原業平の歌だったと思います、「ちはやぶる 神代も・・・・・・」僕は和歌には暗いですが、恋の歌とも見て取れそうですね。
 紅葉の(黄葉)とも書けそうですが、紅、朱、赤、厳密にはみなそれぞれ違う色。暖色系の赤系の色ですが、同一視するのがそもそも乱暴な気がします。
 ですが、赤い色は情熱を連想してしまいます。作者の精神的エネルギーがほとばしっているようにも思えてくるのです。
 それが何が原因かは不勉強のため分かりません。きっと業平さんはその時恋をしてたんだよ。その方が面白いのではないでしょうか。

 一口に霜葉と言っても、紅葉あり櫨あり銀杏あり黄色かったり赤かったり。もっと言ってしまえば葉っぱ一枚一枚一つとして同じ色はありません。さてあなたの霜葉は何色でしょうか?  秋のクライマックスは何といっても紅葉でしょう。ただこれ黄昏に近しと言ったところでしょうか。

 この詩のように渓流下りでも楽しみましょうか。

<感想>

 在原業平の歌は叙景の歌としか私は思っていませんでしたが、力強い語感が凌雲さんの柔軟な感覚と重なって、「恋の歌」と感じたのでしょうね。

 第一句は「光を帯びて優なり」と訓じた方が自然ですね。

 その次の句は、葡萄酒の赤を紅葉を並べたのも斬新な発想、「葡萄新酒」は山に来ていることを出したのでしょうが、読者としてはワインを手にして渓流下りをしているように読みます。
 ワイン好きな人にはそういう人もいらっしゃるかもしれませんので否定はできませんが、私の感覚では、波しぶきの揚がる豪快な渓流下りには合わないのですが、どうでしょう。第一句の「兩岸」の代わりに「山邑」のように川に行くのを少し待つと良いかと思います。

 頷聯、頸聯は勢いがよく出ていると思います。

 尾聯は凌雲さんの主張が表れたところですね。
 「紅秋」は造語ですか、ここで赤い色を出しては頷聯を「霜葉」とした甲斐がなく、様々な色があることを残すためにも「深秋」とした方が良いでしょうね。



2018. 1.13                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第315作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-315

  中秋賞月        

玉露西風天地純   玉露 西風 天地 純なり

案頭新穀宴筵   案頭の新穀 宴筵奄モ

中秋桂月輝千里   中秋の桂月 千里に輝き

兎影金樽作主賓   兎影 金樽 主賓と作す

          (上平声「十一真」の押韻)

「案頭」: 机の上

<解説>

 10月5日の中秋の名月 今年は綺麗に観賞することが出来ました。

 大阪の息子 高知・愛媛の孫からLINEで中秋の月が送られてきました。
 暫くLINEが続きました。

 伝統の行事は残していきたいものです。  中国では月に兎という話は無いとも聞きますが、「兎影」は如何なものでしょうか?

<感想>

 「月に兎」は中国でも「月で兎が不老不死の薬を臼で搗いている」と見られているようですから、イメージとしては共通する部分はあるでしょうね。
 ただ「兎」だけで「月」を表すのは疑問で、月で言えば兎は暗い部分、「影」がシャドウの意味になりますね。
 「清影」として「金樽」と対応させた方がすっきりすると思います。



2018. 1.13                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第316作は 岳城 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-316

  秋祭        

祭幟社祠煙雨中   祭幟 社祠 煙雨の中

老翁矍鑠伴村童   老翁 矍鑠 村童を伴ふ

休言少子高齢化   言ふことを休めよ少子高齢化

鼓動竹枝今古同   鼓動 竹枝 今古同じ

          (上平声「一東」の押韻)


「鼓動」: 太鼓の響き
「竹枝」: 土地の歌

<解説>

 10月半ば地方祭が行われました。あいにくの天気でしたが、久しぶりに地域の人達との交流の場となり楽しく過ごすことが出来ました。

 子供太鼓ですが人数が少なく我々も枯れ木の何とかで応援に出かけました。
 生憎の小雨 それでも太鼓の響きと大きな歌声は昔と変わりません。
 伝統の行事は残していきたいものです。

<感想>

 すっきりと主題も叙景もまとめられた詩ですね。
 傍から見ると、若い衆が居なくて寂しい感じもする昨今の祭りですが、伝統を残そうという地域の想いは子供達にもしっかりと伝わって行くと思いますし、期待したいですね。



2018. 1.13                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第317作は 深渓 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-317

  桐山堂会        

怪傑鬚髯豪勇兵   怪傑 鬚髯 豪勇の兵

普請名手賞嘆声   普請の名手に 賞嘆の声

如今一夕師朋集   如今 一夕 師朋集り

酌酒追懐蓬左城   酒を酌み 追懐 蓬左城

          (下平声「八庚」の押韻)


「豪勇兵」: 豪勇な兵(つわもの)
「蓬左城」: 名古屋城、「蓬左」は古称。

<解説>

 昨秋名古屋の漢詩大会後桐山堂会での作、送信遅れの詩です。

<感想>

 深渓さんからは「桐山堂懇親会」の二作目をいただきました。

 実はこの感想の部分は、深渓さんのお宅で書かせていただいています。
 昨日、「調布漢詩を楽しむ会」の例会があり、この会には私は年二回参加させていただき、漢詩のお話をさせていただいています。
 皆さんの作品や、私の話などで三時間ほど過ごして、その後に調布駅前で食事会、そしてカラオケという恒例の流れ、会員の皆さん仲良しで、私もお会いするのが楽しみです。

 今回の私の話で「君子の三友」のことを申し上げたのですが、その三友である「詩(漢詩)・酒(食事会)・琴(カラオケ)」を実践しているわけで、夜遅くまで本当に和気藹々と過ごしました。
 今度お会いできるのは半年後ということになりますが、お互いに元気で漢詩を肴に興じたいと願っています。



2018. 1.14                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第318作は 凌雲 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-318

  核戦争        

核力招終焉   核力 終焉を招く、

爾来迫末期   爾来 末期に迫る。

戦争無勝者   戦争 勝者無く、

抑止有矜持   抑止 矜持有り。

濺濺何民血   濺濺 何れの民の血、

焦焦孰国旗   焦焦 孰れの国の旗ぞ。

誰能存大地   誰か能く大地に存し、

惨劇刻孤碑   惨劇 孤碑に刻まん。

          (上平声「四支」の押韻)



<解説>

 北朝鮮の記事が新聞によく載ります。これも仕事の合間に大方出来て、家で手直ししたものです。

 核抑止力と言いますが、やはり詭弁ではないでしょうか。この理論を真に受けると核兵器は多くの国が保有した方が平和になることになります。


<感想>

 北朝鮮の言動を見ていると、凌雲さんがおっしゃるように、「核兵器」はまさしく「兵器」でしかなく、他国を脅かす道具に過ぎないことが分かります。
 「核抑止力」という自己都合的な「持てる者の論理」に、詭弁と知りながら乗っかって行く、その先に待つものが凌雲さんが描かれたような末路であることは明白で、「核の廃絶」こそが現代の喫緊のテーマであり、被爆国として、また北朝鮮と隣接するアジアの国家として、しっかりと足を踏み出すべきだと私は思っています。
 凌雲さんのようにお若い方のお考えに触れることができ、頼もしく思いました。

 頷聯の「戦争」「抑止」の対、同意語を重ねたという点では対応しますが、名詞重ねと動詞重ねがやや引っかかるところですね。



2018. 1.14                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第319作は 哲山 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-319

  夜窗        

夜窗衰白老   夜窗 衰白の老

無用漢如何   無用の漢 如何せん

夏去親朋逝   夏は去り 親朋逝く

瞻還客星過   瞻(みあ)ぐれば 還た 客星過ぐ

          (下平声「五歌」の押韻)



<感想>

 哲山さんは、秋にいただいたメールでは、夏に肺炎で入院されて後養生をしておられるとのことでしたが、お身体の調子はいかがでしょうか。

 お病気だっとこと、またご親族が亡くなられたことなどがあって、先々のこと、これまでの人生など、色々とお考えになることが多いと思います。
 特に、夜一人で部屋に居ると想いは沈潜していきますが、今回の詩は感情を抑制して、共感しやすくなっていると思いました。

 結句は「星」が平声ですので、ここは「客星」を「星火」としておかなくてはいけませんね。



2018. 1.14                  by 桐山人
























 2017年の投稿詩 第320作は 哲山 さんからの作品です。
 

作品番号 2017-320

  落日弧影        

人在謂莫禀生今   人在り 謂はれ莫くして 今に生を禀(う)く

平坦凡凡歳月侵   平坦凡凡として 歳月侵す

七十餘年如一睡   七十餘年 一睡の如し

殘輝將盡影沈沈   残輝 将に盡きんとする 影 沈沈

          (下平声「十二侵」の押韻)



<感想>

 題名の「弧影」は「孤影」ですね。

 起句の「在」は仄声ですので、ここは「人」を二字目に持ってきて、作者自身を表す言葉を入れましょう。
 また、「謂莫」は「無謂」が良いですね。

 転句の表現と結句が響き合って、余韻が残る詩になっていると思います。



2018. 1.14                  by 桐山人