作品番号 2016-181
叙勲
秋分打揃栄誉垂 秋分 打ち揃ひ 栄誉垂る
釜飯同期憶旧時 釜の飯同期旧時を憶う
公務一途功更倍 公務一途功更に倍す
切磋彼等瑞雲披 切磋したる彼等に瑞雲披く
<解説>
友の叙勲に際し作りました。
<感想>
掲載が遅れてしまいました。すみません。
秋の叙勲に際しての詩ですね。
起句の「栄誉垂」は、「栄誉」は平平ですので、「下三平」になっています。
踏み落として「栄誉日」とすると収まりが良いと思います。
承句は「同期で同じ釜の飯を食った」というのは日本の俗語で、漢詩としては通じません。「同飯同宿」、あるいはもっと良い言葉が見つかりそうな気がします。
転句の「一途」は「いちづ」のつもりでしたら和習です。「一心」とすべきですね。
結句の「彼等」は突然三人称では、「同期」が生きてきません。
「歳月」あたりでどうでしょうね。
2016. 6.15 by 桐山人
作品番号 2016-182
五月偶感
風爽捫肌野徑邊 風爽やかに肌を捫づ 野径の辺
黄鶯恰恰勝常年 黄鶯 恰恰 常年に勝る
碧山不動心猿忘 碧山動かず 心猿忘る
千樹萬花清且姸 千樹万花 清且つ妍なり
<解説>
好きな月の一つ 五月を満喫しました。
<感想>
爽やかな風、黄鶯の鳴き声、青青とした山、目が洗われるような風物が、いかにも初夏だということを感じさせてくれます。
転句の「心猿」は、「(猿の鳴き声のように)落ち着かない心」を表しますが、ここでは「世俗の心」とか「邪念」くらいでしょう。
結句は「千樹萬花」がやや気になります。
初夏にどんな花が咲き誇っているのか、もちろん花が無いわけではありませんが、春の盛りの時と較べると数は少ないわけで、もし何かの花を描いたのなら、それが分かるようにする、そうすれば逆に作者独自の発見や感覚を出すことになるはずです。
現行の表現ですと、春に戻ったような錯覚が起きます。
転句で「碧」と色を使ったので結句には入れにくかったのかも知れませんが、初夏のイメージでいけば緑色、「新緑」と書き出しても良いですが、「千樹緑陰」とすると広がりと奥行きが出るように思います。
2016. 6.16 by 桐山人
五月偶感(推敲作)
風爽捫肌野徑邊風爽やかに肌を捫でる野径の辺
黄鶯恰恰勝常年黄鶯 恰恰 常年に勝る
碧山不動諠邪念碧山 動かず邪念諠る
千樹緑陰清且妍千樹 緑陰 清 且 妍なり
2016. 6.20 by 岳城
作品番号 2016-183
丙申花茨忌(故白石悌三君十八回忌)
死歸生寄正衰哉 死は帰 生は寄 正に哀れなる哉
年忌相重十八回 年忌 相重ぬ 十八回
老殘須臾餘世樂 老残 須臾なる 余生を楽しむ
何疑再會近蓬莱 何ぞ疑はん 再会 蓬莱近し
獨吟歌仙 花 茨(第十六の巻)
(発句)肥後は猶余震続くか花いばら
四月十四日の本震以来二ヶ月、今なお、熊本大地震の余震は収まらない。
(脇句)早や梅雨に入る奄美琉球
梅雨前線が九州を北上し、博多山笠が終わる頃、福岡地方の梅雨は明ける。
(第三)国会も都議会も亦茶番にて
消費増税を「新しい判断」と称し、公金流用問題を「第三者調査」に俟つ。
(第四)近松心中恋物語
蜷川幸雄の[近松心中物語―それは恋」の初演は、森進一の歌声で開幕した。
(月座)寛一の涙で曇る月夜かな
紅葉の大時代的なセリフ「今月今夜のこの月を」は、当今では流行らない。
(挙句)なよ竹取の翁ありけり
昭和四十四年に「なよたけ」を書いた加藤道夫は、享年三十五歳で自殺した。
<解説>
人生は仮の姿であり、早かれ遅かれ、必ず死に至る。
畏友の十八回忌を迎える老残は、残り少ない余生を楽しみながら、仙界での再会を待つ。
六月八日九州地方は、熊本大地震の余震が未だ収まらないまま梅雨入りした。
七月五日「花茨忌」、次いで七月十日参議院選挙、被災地を見舞う官民要人の言動に注目したい。
政治は茶番劇ではない。近松も紅葉も、加藤道夫も、真面目に芝居を書いた。
<感想>
毎年いただく花茨忌の詩ですが、今年の詩は哀調が深く、熊本で被災された方々への思いが重なっているのかも知れませんね。
起句は入力違いだと思いますが、最初読んだ時は「私も衰えてしまった」という意味かと思いましたが、読み下しを見ると「何とも哀しいことだ」となっていますので、これは「哀」の方でしょうね。
歌仙の方は、今朝の新聞の一面、大見出しで「都知事辞任」と出ていましたね。実は今、北京に向かう飛行機の中で書いているのですが、帰る頃にはもう各党の知事候補が出ているのでしょうね。
2016. 6.16 by 桐山人
作品番号 2016-184
平成夫婦善哉
女夫何似処 女夫何に似る処
荒海一乗船 荒海 一乗船。
夕餉常同席 夕餉 常に席を同じにし、
朝茶使覚眠 朝茶 眠りを覚まさ使む。
笑顔交白髪 笑顔 白髪を交へ、
余命到黄泉 余命 黄泉に到らん。
已共勝辛苦 已に共に辛苦を勝え、
人生幾積年 人生 幾積年。
<感想>
題は「平成」となっていますが、詩の内容は特に新しい夫婦像ということではありませんね。
逆に言えば、平成になっても昭和とそう夫婦の姿は変わらないという暗示でしょうか。
頷聯の上句は「朝茶」の対で見るなら、「晩菜」の方が良いでしょう。
その頷聯の下句の読み下しですが、「使」は助動詞ですので平仮名にするのが原則です。案外間違える方が多いので、他の方の参考に敢えて訂正しませんでした。
頸聯は「笑顔」に対するなら、下句を「白髪」で始めた方が良く、いきなり「到黄泉」と来るのは勢いでしょうか。
先走りの感が残ります。
2016. 6.17 by 桐山人
作品番号 2016-185
雑感
忘時看物候 時を忘れ物候看る、
伸手自由空 手を伸ばす 自由なる空。
一瞬陽輝水 一瞬 陽 水に輝き、
千條草靡風 千條 草 風に靡く。
抒情如字影 抒情 影と字するが如し、
詩志似名虹 詩志 虹と名づくるに似たり。
共是於光出 共に是れ光より出で、
欲弁変化窮 弁ぜんと欲すれども変化窮まれり。
<解説>
書いてるうちに何を書いているのか訳が分からなくなりました。これも詩になるかどうか、とにかく投稿します。
<感想>
頷聯は読み下しのように「一瞬」で切ると、この言葉は「輝」を修飾する言葉になりますが、下句も含めて「一瞬の陽」「千條の草」とした方が良いでしょう。
尾聯の「共」が何を指すのか、通常は前聯の主語である「抒情」と「詩志」かと思いますが、どうも作者は「影」と「虹」を指しているようですね。
頸聯の「影」と「虹」ですが、最初「影」は「姿・形」の意味かと思いました。しかし、そのまま光に映し出された影(shadow)のようですね。人や物の動きにつれて千変万化、はかない存在になります。
対する「虹」も、太陽の光によって生み出されたもの、こちらは色彩が鮮やかではありますが、変化するとは言えません。ただ、雨上がりの一時しか現れないという点でははかない存在と言えるでしょう。
問題は、だから何だと言いたのか、ということですね。
前半からの流れを見ると、「良い季節、外に出て眺めると、陽光はキラリ、草はそよそよ。詩心は湧くものの変化が激しくて、だから詩が作れない」ということになるのでしょう。
「詩が作れないという詩を作った」という矛盾が「これも詩になるかどうか」という言葉になったのでしょうが、まあ、分からないではない話です。
しかし、末句は陶潜の「欲弁已忘言」(「帰園田居」)を受けてのもの、陶潜は自然と一体化して言葉は要らないということで、「作れない」とは随分異なりますね。
自然の変化に動かされるのでなく、こちらから変化そのものを楽しんで詩にする、という形になると「十分納得できる詩」になると思います。
「共是於光出」も余分な説明で、この句から検討すると良いでしょうね。
2016. 6.17 by 桐山人
作品番号 2016-186
字訓詩
从土耕田坐 土に从い 田を耕しては坐し
手掌荷鋤撑 手掌に鋤を荷なえて撑(ささ)ふ
恵禾残遺穂 禾に恵れては遺穂残し
登木摘新橙 木に登りて新橙を摘む
山白雪花岶 山白くして雪花岶り
水青奔瀬清 水青くして奔瀬清し
毎心生懺悔 毎に心は懺悔生じ
日月鬢霜明 日月に鬢霜明らかになる
「从」: したがう
「遺穂」: 落穂
「岶」: しげる
<解説>
一生に一度の文字遊びの詩です。
<感想>
今回の謝斧さんの詩は、文字パズルを解いているようですね。私は五歳の孫が文字に興味を持ち始めたので、ちょくちょく遊んでいます。
もちろん、詩ではなくパズルの方ですが、「口が十あるのは何の字?」とか「お日様とお月様が一緒になると世界はどうなるか」というような問題を私が出してやって、孫が答えるというものですが、これはとにかく問題を考える方が大変なのです。
孫は一問終れば「次は?」と情け容赦なく要求して来ますし、何よりも答が解った時に喜びが感じられる問題でないと興味が持続しないので、日頃からアイディアを貯めておきます。
ただ、これは孫の楽しみだけではなく、私自身も漢字の成り立ちに改めて目を向けるきっかけにもなり、お互いに「なるほどね」と納得し合うこともしばしば。
謝斧さんの今回の文字遊び、お作りになった事情は知りませんが、私は楽しく読ませていただきましたよ。
2016. 6.21 by 桐山人
作品番号 2016-187
蓬生紅花
蓬生古家人已奔 蓬生の古家 人已に奔し
数齢驚嘆視枯門 数齢すらば驚嘆 枯れ門を視る
何訶不見光君也 何ぞ訶(とが)めん 見えぬ光る君をや
一夕惜情貂被温 一夕の惜情 貂被を温くす
<解説>
『源氏物語』の「末摘花」という、物語中ではもっとも不細工とされる登場人物の生きざまが心に浮かび、その生きざまがむくわれる直前(蓬生の帖の少し前あたり)の心情はどうだったのか想像しました。
須磨以降、源氏の君の援助がなくなり、蓬がおいしげって、雅とはほど遠くなった宮家は、仕えていた人たちがどんどんいなくなり、狐狸のねぐらにすらなっており(起)、どれほど月日がたったものかと自身の年齢を数えてみれば、人ばかりか妙齢も過ぎ去りつつあって、もはや中門も朽ち果てている(少し下ネタのような気もします)(承)。
どう言って光る君をせめればいいのだろう、そんなことはできそうもない、自分は口ベタで、和歌を詠むことも得意でないし(転)、何より、あの日、自分を惜しんでくれた情を思えば、貂の毛皮(末摘花のトレードマーク:男物で流行遅れ、源氏をしてババ臭いと言わしめるシロモノ、ただし、彼女にとっては父を偲ぶ品であり、古風な血統を示すアイテムでもある)は温かく感じられるのだから(結)。というイメージです。
バックストーリーがあるから、という油断だらけで、相変わらず「誰の○○か」が分かりづらいものになったのと、語感として「貂被」が嫌な感じです。
<感想>
『源氏物語』がベースにあるので、例えば「光君」と来れば「光源氏」だと分かりますが、それは酪釜さんがお書きになったように「バックストーリー」に凭りかかり過ぎで、「王孫」か、せいぜい「男君」とするところ、おっしゃるように結句の「貂被」も気にはなりますね。
まずは、平仄に乱れがありますので、結句に合わせて「仄起式」で考えていきましょうか。
「蓬生」は作者にとってはキーワードかもしれませんから、入れ替えて「古屋蓬生」と平仄を合わせるか、「蓬戸荒居」と書き直すか、ですね。
「人已奔」は「住んでいる人は誰もいなくなった」、つまり「空き家になった」と読みます。「家人」が居なくなったという掛詞にはよみませんので、踏み落としにして「人已去」「人訪絶」としても、意図としては同じになるかと思います。
承句は二字目を平声にしたいので、「愁嘆歴歳」と入れ替えて落ち着きますね。
転句は平仄は良いですが、「不見」と承句の「視」がくどいので、どちらかを換えておきたいですね。
結句は微妙な心理で、「貂の毛皮が暖かい」ということで心が慰められるという事情をどう描くか、ということですね。
「懷舊貂袍恩愛存」でしょうか、上二字を更に検討されてはどうでしょうか。
2016. 6.23 by 桐山人
作品番号 2016-188
三月十六日目K川遇櫻
目K川邊歩,
尋花故慢行。
春寒透千樹,
前路一枝櫻。
<感想>
承句は、「花を求めて、わざとゆっくりと歩いた」ということで、前半でのんびりとした作者の姿が見えます。
日本でのお仕事の合間の一時、というところでしょうか。
ただ、起句に「歩」がありますので、「慢行」はややくどい感があります。
起句に「春」を持ってきて「目黒川春日」、転句は「余寒」「残寒」とするのはどうでしょうね。
転句の「千樹」から結句の「一枝」への急激なズームアップは、「花を尋ねて」ようやく出会った喜びが強調された表現になっていると思いました。
2016. 7. 8 by 桐山人
作品番号 2016-189
行人坂
坡高観富士
山在有無中
遥想紛紛雪
桜花淡淡紅
<感想>
行人坂も目黒にある坂道ですね。
坂の上から今でも富士山が見えるということですが、陳興さんが歩かれたこの日は「有無中」、はっきりとは見えなかったのでしょう。
それを受けての転句、「遥想」と富士の雪を想像し、眼前の桜に転じていくのは一句ずつに流れがあります。
せっかく「紛紛」と「淡淡」と対にしましたので、「遥想」の位置に「雪」を持ってくる形が面白いかと思います。
逆に言うと、「遥想」がやや説明的な印象があるということですが。
2016. 7. 8 by 桐山人
作品番号 2016-190
一七令 川
川
花夢,鴿眠
春雨路,白雲天
橋下閑適,城中貫穿
晴時樓倒影,風裏老容顏
四季不更顏色,一宵都覺冰寒
尋常交密應明月,終日送多唯華年
<感想>
詞は鮟鱇さんのおかげで勉強させていただきましたが、この一七令は見た目というか、システマチックな要素があり、楽しいですね。
陳興さんのこの詞は、「川」のイメージをそれぞれの句に託したということで、舟に乗って川下りしているような気持で、蘇軾の『赤壁賦』に通じる幻想的な趣が感じられます。
2016. 7. 8 by 桐山人
作品番号 2016-191
裸虫
平和歌続白頭翁 平和 歌ひ続く 白頭の翁
日照菜田青好風 日 菜田を照らせば 青き好風
蠢動螟蛉無尽食 蠢動 螟蛉 食べ尽くすなかれ
捲心珠玉地球同 捲心は珠玉 地球に同じ
<解説>
たまたま実りがよいキャベツ、たまたま太陽との距離が良かった地球。
そこに青虫がいて、しかし、青虫はキャベツを争わないし、食べ尽くすこともないでしょう。そこに人間がいれば、奪いあい、競い続け、食べ尽くすまで止まらないのかもしれません。
ということを書きたかったのですが、律詩にまとまらず断念した形です。お目汚し失礼しました。
<感想>
詩題の「裸虫」は人間ですので、詩は「螟蛉」(青虫)のことを言っているようですが、本来は「人間よ」と呼びかけるものですね。
そこを人間と言わずに「裸虫」と呼んだところで、作者の視点は人間から離れて、地球の上の生き物として全ての生き物をとらえようという意識が生まれていますね。
「捲心」は「キャベツ」、それが「地球に同じ」というのは飛躍で、前半の景から見れば、この詩は「捲心珠玉」で終っているもの、付け足しのようになったのが残念ですね。
この結びに「好青風」を持ってきても意図は十分に出ると思いますよ。
2016. 7. 9 by 桐山人
作品番号 2016-192
遊竹林
林壑清幽深緑鮮 林壑清幽にして深緑鮮やかなり
竹枝風葉若琴弦 竹枝の風葉琴弦の若し
鶯児囀語忘塵雑 鶯児の囀語に塵雑を忘れ
想起七賢情趣牽 想起す七賢の情趣に牽かる
<解説>
五月に八ヶ岳山麓の竹林の奥深く散策し、自然を満喫しました。
<感想>
七月の終わりにまた調布にお邪魔しますので、調布T.Nさんを始め、皆さんにお会いできるのが楽しみです。
起句の「清幽」と直後の「深」が意味として近く、気になりますね。「新緑」とした方が季節感もよく出ると思います。
「鮮」と「新」の重複も感じるかもしれませんが、こちらの方がまだ緩いでしょう。
承句の「竹葉」と「琴弦」の比喩が独自の見方、ただどのような点が似ているのか、風に揺れる姿なのか、葉の形状なのか、そこをもう少し出して欲しいかと思います。
転句の「忘塵雜」は結句の句意をそのまま表してしまっていますので、ここは鶯の声がどんな風に聞こえたのかを述べておいた方が良かったでしょう。
現在の表現ですと、「鶯の声が世俗を忘れさせた」となるのですが、その関係も悩ましいですよね。
結句は、せっかく「賢」の韻字がありますので、「七賢」が最後に来るような配置換えをしてみてはどうでしょうね
2016. 7. 8 by 桐山人
作品番号 2016-193
過犬山城
曽水遥遥斥二州 曽水遥々二州を斥き
三層楼上見閑鴎 三層の楼上閑鴎を見る
昔時追憶興亡跡 昔時追憶す興亡の跡
白帝孤城幾歴秋 白帝の孤城 幾か秋を歴たり
<解説>
美濃、尾張を分ける大河木曽川の崖上に聳える国宝犬山城を訪れ、戦国興亡の跡に想いを馳せました。
<感想>
犬山城は木造で、私の地元愛知県ですので、時折出かけます。
駅前から木曽川の橋の方に出ると、ゆったりと流れる大河沿いの山崖に城がそびえています。川に面する山城ということで、白帝城を偲ばせる美しい景色です。
川の土手をお城目指して歩いて行くと、淵があって鴨が羽根を休めていて、この詩の通りの風景にうっとりとします。
全体に納得できる詩ですが、承句の「閑」だけが、作者の感情が入って邪魔ですね。「游」「群」「流」などとした方が、楼上から眺めた景観として叙景でまとまると思います。
転句は問題は無いのですが、確かにその通り、という感じで、この城独自の描写が見えません。どこのお城にも通用する表現ですので、そこが物足りない印象です。
あまりうまくないかもしれませんが、「柱梁依舊急梯黝」のように木造を強調するような方向で検討してはどうでしょうね。
2016. 7.14 by 桐山人
作品番号 2016-194
友追憶三首 其一
一途公務共追隋 一途な公務 共に追隋せん
半丗交詢阿吽詞 半生の交詢 阿吽詞
松陰傾倒留不得 松陰への傾倒 留め得ず
友携仕業毎成怡 友携へて仕業をも 毎に怡を成す
<解説>
親友が亡くなり10年になります。その友との半生を詩にしました。
<感想>
起句の「隋」は「随」の方ですね。
承句の「丗」は「世」や「卅」の俗字ですので、使わない方が良いですね。旧字のように思うものもありますが、異体字には気をつけましょう。
ここは「生」の意味でしょうかね。
詩は、五十年近くも一緒に仕事をされていたご友人の思い出から書かれていますね。
承句の「阿吽詞」に、お互いの気持ちが深く通じ合っていたことが伝わってきます。
ただ、「吽」は「阿吽」の時は平声になりますので、この句は平仄が合いません。
転句の「松陰傾倒」は分かりません。「留不得」から考えると、お亡くなりになったことを指すのでしょうか。
この句がはっきりしないと、悼亡の詩なのか、思い出話の詩なのかがはっきりしませんので、ここは明瞭な表現が良いでしょうね。
現行のままですと、平仄も合っていませんので、ご注意ください。
2016. 7.16 by 桐山人
作品番号 2016-195
友追憶三首 其二
人生相半斷腸時 人生の相半ば 断腸の時
藥餌突然不得施 薬餌 突然 施し得ざるを
獨歿病魔空涙垂 独り歿す病魔に 空しく涙垂る
十年難忘離別悲 十年忘れ難く 離別悲し
<感想>
こちらはお亡くなりになったことを中心に書かれたものですね。
承句は「突然」がまさに「突然」で、句意が通じませんね。「藥餌不得施」だけなら通じるので、間に入れる言葉を考慮してください。
転句も「病魔」が邪魔で、「獨歿空涙垂」だけで十分です。
結句は「離別」では平仄が合いませんので、「別離」にしましょう。
2016. 7.16 by 桐山人
作品番号 2016-196
友追憶三首 其三
今生豈有相逢時 今生豈に相逢ふ時有らんや
忽憶幽玄尺八姿 忽ち憶ふ 幽玄たる尺八姿を
若草山焼君不見 若草の山焼き 君には見えず
大和居処望歸期 大和居処への帰る期を望まん
「若草」: 奈良若草山の山焼き
<感想>
起句は「相逢時」が皆平声で、下三平になっています。
また、一般的に考えて、亡くなった方と現世で逢うことは不可能で、「豈有」と反語形で尋ねること自体が表現としておかしいことです。それとも、何かの機会があれば「逢える」とお考えなのでしょうか。
それでしたら、何かそうした気持を示す言葉が欲しいですね。
承句は、この形では「尺八」という楽器が「幽玄」だとなります。ご友人が尺八を吹いていらっしゃったのでしょうが、それをストレートに出しても読者は知らないことですので、その辺りの配慮が必要です。
結句はご友人が「帰」るのでしょうか。あるいは、作者自身が帰るにしても、「望歸期」は意図が伝わりません。 あまり回りくどい表現は真意をぼかしてしまう危険もありますので、ここは再考してください。
2016. 7.16 by 桐山人
作品番号 2016-197
壮志
穀雨迎風掃宿雲 穀雨 風を迎へて 宿雲を掃ひ
池魚吐息散波文 池魚 息を吐(つ)きて 波文を散ず
口唇憂悶宗家末 口唇 憂悶す 宗家の末
気概勝身天蓋熏 気概 身に勝り 天蓋に熏(くすぶ)る
<解説>
お手煩わせなことでまことに恐縮ですが、どうにも全体の構造がまとまらないので、ご指導をお願いいたしたく一首。
一同に会している末席では、緊張と不安で鯉のように口をパクパクしていますが、意気は身体を越えて穀雨の天にくすぶるかのようであります、というイメージは、上記て伝わるものでしょうか?
いまいち謙遜に欠けるような、起句が遊離しているような出来上りで、どう直したものか自分では手詰まりにございました。
<感想>
掲載が遅くなってすみません。
緊張して身体は震えるけれど、意気は盛んだということを言いたい、ということですが、ある種矛盾した内容を述べるわけですので、より丁寧な説明が求められる内容でもありますね。
前半二句で叙景になっていますが、どちらも後半に直接つながるものではなく、分離している印象があります。
逆に言えば、転句の「口唇憂悶」が唐突で、読者には何の話か分からないと思います。
作者としては、承句の「池魚吐息」で「口をパクパク」させた魚の様子が、自分の緊張状態を暗示しているというおつもりかもしれませんが、読者にはそれは伝わらないでしょうね。
同じ叙景にするにしても、作者が今どんな場所でどんな状態に在るのかをがここで出せると、転句が生きてくるでしょうね。
こういった内容の詩は、あまり深刻な趣は出さず、比喩もあまりリアルなものは避ける方向が良いですよ。
そういう意味では、転句の「憂悶」は重すぎるでしょう。「宗家末」は「末座」という言葉にしておいた方が分かりやすいですね。
結句の「勝身」は「尚昂」くらいが妥当でしょう。
2016. 7.17 by 桐山人
作品番号 2016-198
懐奥駈道行 奥駈道行を懐かしむ
野草迎逢登水涯 野草迎逢し 水涯(みぎわ)を登る
辛夷高頂競桜花 辛夷は高頂に 桜花と競ふ
大峰山系昔年彼 大峰山系は 昔年の彼(かなた)
踰歴長衢苦楽遐 踰歴の長衢 苦楽遐なり
<解説>
四月の好日 金剛山に登る。いつものように 川べりを歩くと かわいい山野草が迎えてくれる。
頂上では辛夷や山桜が 競うように咲いている。
大峰の山系がはるか向こうに横たわる。20数年も前 山仲間と奥駈道を何回かに分けてだが歩いた。
吉野から熊野本宮まで長い長い道だった。苦しさもあったが それにもまさる楽しい山行だった。
今はただ 昔日を思うばかりである。
<感想>
大峯奥駈道は熊野の大峯山を縦走する道ですね。
二十年前の出来事を思い出しての詩ということですが、題名は「憶奥駈道行」として方が回想の趣が強くなります。
回想の詩ですので、前半の叙景にあまり気持を入れすぎると、眼前の景、つまり現在の場面のようにも感じます。
「野草」「辛夷」「桜花」と植物が三つも出ていますが、どれか(起句全体でも)削って、別の言葉を選んだ方が良いと思います。
同様なことになりますが、こうした歴史のある場所になると「昔年」と言われても
いつ頃の昔なのか、分かりにくい面が有ります。
そうした点からも、早い段階で二十年前の思い出とわかるような表現が入った方が読者も安心すると思いますし、
そこがクリアすれば、転句結句は無理がなくなるでしょうね。
2016. 7.17 by 桐山人
作品番号 2016-199
結婚記念日遊京都
青衿未立早成姻 青衿 未だ立たざるに 早くも姻を成し
四十五年甘在貧 四十五年 甘んじて貧に在り
白首倶行心自暢 白首 倶に行けば 心自ら暢びやかなり
桜花爛漫洛陽春 桜花 爛漫たり 洛陽の春
<解説>
小生、昨年秋から坐骨神経痛で半年ほど穴隠りをしておりましたが、少しよくなってきましたのでそろそろ這い出してサイクリングでもと思っております。
この春、結婚四十五周年を迎えました。
五十年はちょっと難しいかも知れませんので、少し贅沢して二人で京都に遊びました。
よろしくお願いいたします。
<感想>
ご結婚四十五年、おめでとうございます。
若い頃は、「結婚記念日」というのは正に「記念日」であって、毎年繰り返されるものだと思っていましたが、年齢とともに、妻と二人が共に健康でいられることを祝う日、感謝する日だと感じるようになってきました。
語れば尽きない思いはあるでしょうが、四十五年の歳月を前半の二句ですっぱりと表して、転句から当日の旅の描写へ進むのは、禿羊さんの表現力に依る所も多いですが、分かりやすい構成だと思います。
転句の「心自暢」の感情形容語は、通常は詩が平板になるので避けますが、この詩では結句のまとまりが強いので、流れが自然になっていますね。
2016. 7.22 by 桐山人
作品番号 2016-200
梅雨即事
芒種天陰湿遠山 芒種 天陰り 遠山湿ひ
碧江橋下水潺湲 碧江橋下 水 潺湲
紫陽啼雨艶容色 紫陽(あじさい)は 雨に啼いて 容色 艶たり
梔子花残緑蔭間 梔子の花は残(ち)る 緑蔭の間
「芒種」: 二十四節気の一つ、陽暦六月六日頃から夏至迄の間。
<解説>
「湲」は"詩韻含英異同辨"では「先韻」ですが、別の二つの辞書では「刪韻」、更に別の辞書では、「先、刪両韻」です。どちらが正しいのでしょうか?
ここでは、「湲」は「刪韻」として書きましたが、「先韻」なら、承句は「水潺潺」とします。
<感想>
「湲」の字は分かりにくいですね。この字は「カン」とも「エン」とも読み、前者ならば「刪韻」、後者ならば「先韻」となりますが、場合によっては「元韻」とも言います。
『佩文韻府』を見ても、「刪韻」にも「先韻」にも(元韻も)掲載されていますので、結論としては「両韻」と考えれば良いでしょう。
「センカン」と読めば「刪韻」、「先韻」ならば「センエン」と読むのが正しいですが、漢和辞典の多くが「潺湲」を「センカン」としていますので、私は「刪韻」で使うようにしています。
転句の「紫陽」は「花」を付ける(「紫陽花」)のが本則ですが、「啼雨」とつなぐのと、結句で用いるために省略したのでしょう。
花であることが明瞭ならば「紫陽」だけで用いても伝わると私は思っていますが、この詩の場合にはどうでしょうか。
下三字の「艶容色」という視覚表現に向かうのに、「啼雨」という聴覚による比喩を用いたのは、ちぐはぐな印象です。
結句の「梔子花殘」は転句の「艶容色」を打ち消す形、つまり「あじさいは綺麗だけれど」と逆接になりますので、作者の主題に微妙な違いがあります。
現行ですと梅雨の重苦しさみたいなものが心に残るのですが、私の好みとしては「紫陽花」がメインになって欲しいですね。
2016. 7.22 by 桐山人
何時も、懇切なご指導を頂き、有難う御座います。
「紫陽啼雨艶容色」は、ご指摘頂いて、気付きましたが、確かに、聴覚と視覚で、ちぐはぐ でした。
最初、「紫陽帯雨艶容色」 も考えていたのですが、仄声が多過ぎるのを避けたく、又長恨歌の「春帯雨」が有名過ぎるので、「啼雨」 としました。
そこで:
「紫陽帯雨嬌啼色」 “紫陽雨を帯て 啼色 嬌たり” と改めます。
今後とも宜しくご指導の程、お願い致します。 2016. 8. 1 by Y.T
作品番号 2016-201
追懐御嶽噴火 御嶽噴火を追懐す
信州九月吼霊山 信州九月 霊山吼え
噴石降灰逃路艱 噴石 降灰 逃路艱たり
偶時当午多行客 偶(たまたま)時は午に当たり 行客多く
六十三人竟不還 六十三人 竟に還らず
「六十三人」: 死者58人、行方不明8人で合計63人の被災された方々
<解説>
転句の「偶時当午」は「偶たま 時は 午に当たり 」と読んで差し支えないでしょうか?
そうは読めないなら、「当時日午」とし「時に日は午に当たり」と改めます。
当時日午多行客 時に日は午に当たり 行客多く
<感想>
こちらの一昨年の御嶽山噴火ですが、詩としてまとまるのに時間が必要だったとのことです。
転句は読み方としては問題はありません。しかし、回りくどいのと「偶時」は表現が軽く、惨事の理由としては気になります。
「当時日午」(当に時は日午)の方が良いですが、いっそ「秋天碧碧」と対照的な描写をしておくのも一案かと思います。
2016. 7.22 by 桐山人
作品番号 2016-202
梅天偶得(一)
梅雨偶晴三伏天 梅雨 偶晴 三伏の天
鳥聲窓外破佳眠 鳥聲 窓外 佳眠を破る
横行恐怖非他事 横行す 恐怖他事に非ず
現世平安杳無縁 現世の平安 杳として縁無し
野鳥騒ぐテロ亦騒ぐ梅雨晴間
<感想>
もう梅雨明け情報はでたのでしょうか。
今日は昨日の雨のおかげで、比較的気温は下がっていますが、蒸し暑さは変わりませんね。
世界の各地でのテロが連日報道されています。
罪の無い人々が犠牲になる、大量殺人としか言いようがない身勝手な行為に、憤りがとどまりません。
どんな理由やどんな宗教上の教えがあるにしろ、殺人は殺人でしかない、「自分は神に召される」と思った時に、どうして殺される側の人のことを考えられないのか、私達が大切にしてきたものが壊れていく、そんな気持が強くなります。
そして、神奈川の大量殺害、多くの人々がこれまた容疑者である男の勝手な思い上がりによって殺されてしまった、辛く、悲しく、本当に言葉を失ってしまいました。
こんな人間が育つ社会になってしまった、そう思うと「非他事」がひしひしと迫ってくる気がします。
2016. 7.27 by 桐山人
作品番号 2016-203
梅天偶得(二)
無雨梅天喜弄晴 無雨 梅天 晴を弄するを喜ぶ
内憂外患世中情 内憂 外患 世中の情
異邦恐怖非他事 異邦の恐怖 他事に非ず
人性當知善不成 人性 當に知るべし 善成らざるを
晴雨不定政情不安梅雨明けず
「内憂外患」: 非有内憂、必有外患(管子・戒)
「性悪説(荀子):
人間の本性は惡、その善なるは偽(作為)なり。
人が悪事に走るのは、性善説(孟子)では環境によって善なる本性を失ったとするが、性悪説(荀子)では環境によって悪なる本性が表面化してと考える。
本性は同じなのだが、環境(教育、勉学、努力)によって偉くなると説く。
<感想>
性善か性悪か、二千年以上も前から議論の分かれるところです。
願わくは、人の性は善であり、その善が思い通りに発揮できる世の中でありたいと私は思います。
社会が不安定になり、人と人との関係が希薄になると、本来なら真っ当な言葉が「偽善」と呼ばれ、立派な行為が「ええかっこしい」と逆に言われるようになります。
受け取る側の心の状態が良好ならば、素直に受け入れて「ありがとう」と言えるだろうに、と思うことが多くあります。
教育だけでなく、子ども達の成長に関わる仕事では、性善を信じなくてはいけないと思っています。
2016. 7.27 by 桐山人
作品番号 2016-204
聞杜鵑
日暮雲際畳嶺青 日暮 雲際 畳嶺 青し
客中獨夜在山停 客中 独夜 山停に在り
杜鵑一叫言伝妙 杜鵑 一叫 言ひ伝えて妙なり
何処啾啾側耳聴 何れの処か 啾啾 耳を側(そばだ)て聴く
<解説>
生ホトトギスを聞きました。鳴き声 知りませんでした。
ネットで調べて聞いてみると、その鳴き声 旅先で聴きました。
とても「血を吐いて・・・」とは思いません。
その気で聴いてみると「てっぺん掛けたか」が言い得て妙なりです。
転句 「天辺片鷙」ふざけ過ぎ?でやめました。
<感想>
起句の「際」は仄声ですので、「涯」でしょうか。
同じく、承句の「停」も「亭」でしょうね。
転句は「言伝」が何のことか、この句だけでは分かりません。
一般的には、ホトトギスに関わる望帝の故事、つまり望郷の思いを連想するのですが、作者はどうも「テッペンカケタカ」の方を指しているようですね。
そうなると、鳴き声だということを言わないと苦しいのですが、「杜鵑一叫」に新味が欠けるので、思い切って「杜鵑一叫天辺響」としゃれてはどうでしょうね。
結句は「側耳」が気になります。「杜鵑一叫」ですからホトトギスの声はよく響き渡ったと思うのですが、更に「耳を側てて聴く」のは何を知りたいのでしょう。
「郷愁」の関連語を上四字に入れ、下三字を「孤客聴」として、承句を検討するというのはいかがでしょう。
2016. 7.28 by 桐山人
推敲作 詩の題名:聞杜鵑 第一句:日暮雲涯畳嶺青 第二句;青蕪苔砌在山亭 第三句:杜鵑一叫天邊響 第四句:千里懐家孤客聴 書き下し文 第一句:日暮の雲涯 畳嶺 青し 第二句:青蕪 苔砌 山亭に在り 第三句:杜鵑 一叫 天辺の響 第四句:千里の家を懐かしみ孤客聴く 雅号:岳城(8/2) <解説>:ご指導有難うございます。 いただいたアドバイスをもとに推敲してみました。 宜しくお願いします。
作品番号 2016-205
肥前八景
暮雪文堂多久天 暮雪堂を文る 多久の天
千年宿客武雄泉 千年客は宿る 武雄の泉
船歸曉靄有明海 船は帰る暁靄 有明の海
鳥憩C沙鹿島漣 鳥は憩ふ清沙 鹿島の漣
仁比晴嵐庵裡匝 仁比(にひ)の青嵐 庵裡を匝り
唐津夕照虹松燃 唐津の夕照 虹松を燃やす
晩鐘遠響天山嶺 晩鐘遠く響く 天山の嶺
水映榮城秋月円 水は栄城を映して 秋月円なり
「堂」: 多久聖廟
「仁比」: 九年庵
「虹松」: 虹の松原
「栄城」: 佐賀城
<感想>
肥前、現在の佐賀県の名所を詩の中に詠み込む、という地元ならではの作品ですね。
こうした八景、十二景という詩では、それぞれの名所につき一首ずつ作られる場合が多いですが、東山さんはそれを一首、律詩の八句の中に織り込もうという意欲的な取り組み、楽しく読ませていただきました。
難しい試みだったと思いますが、それぞれの句が場面をくっきり目に浮かばせるような形で、行ったことの無い私も美しい観光写真を拝見しているような気持ちになりました。
「肥前八景」という名勝指定が既に在るのか知りませんが、そのまま「仁比晴嵐」「唐津夕照」「栄城秋月」など収まりの良い景が続きますが、逆にその分、句が独立してしまっているのは、詩として読んだ時にどうかという疑問点は残ります。
ただ、朝の景から徐々に夕方、そして夜へと流れる構成は、そうした点を意識された工夫でしょうね。
前半の四句は下三字が「多久の天」「武雄の泉」「有明の海」「鹿島の漣」と同じ組み合わせなのは、対句の逆効果で単調さを生んでしまいます。
第一句だけでも地名を頭に置いて「多久文堂暮雪天」とすると、対句は切れますが重複感が減ると思います。
第三句の「暁靄」は「早靄」でどうでしょうかね。
この詩を冒頭詩として、それぞれの地を読んだ「八景詩集」をお作りになってはいかがですか。
2016. 7.30 by 桐山人
先生、暑中お見舞い申し上げます。連日の猛暑、如何お過ごしでしょうか。
今般は、拙詩「肥前八景」「肥前八情」への過分の解説、恐縮です。
私も、下三字が同じような組み合わせで、単調だなと思っておりましたが。
ご指摘を踏まえて推敲するとともに、先生から示唆頂いた、「八景詩集」も考えてみます。
作品番号 2016-206
肥前八情
賢君懷徳聖堂尊 賢君徳を懐ひ 聖堂を尊び
陶器傳來名手恩 陶器伝へ来る 名手の恩
月海中興茶道意 月海中興 茶道の意(こころ)
豐公大患遠征恨 豊公大患 遠征の恨み
九年風趣遺苔砌 九年の風趣 苔砌に遺り
千載~靈宿洞根 千載の神霊 洞根に宿る
葉隠誨倫成傑士 葉隠倫を誨へて 傑士と成り
維新大業讃忠魂 維新の大業 忠魂を讃ふ
「賢君」: 鍋島支藩 多久藩第4代 茂文公
「名手」: 李参平
「月海」: 売茶翁
「九年」: 完成に9年を要したと言われる。
「神霊」: 武雄の大楠
<感想>
こちらは肥前佐賀に関わりのある先人の遺した心(意気)をまとめられたものですが、ある意味、佐賀の歴史絵巻のようですね。
東山さんの郷土への思いも加えて「九情」と呼んでも良いかも知れませんよ。
前の「八景」を併せて読むと、「県の風土と歴史」という副読本にしたいような作品だと思いました。
どの句もよく理解できるものですが、第五句の「九年」は前詩の「仁比の九年庵」と添えた方が良いでしょうね。
お気持ちが深いから一気に成ったかもしれませんが、佐賀の方々にとっても心に残る労作と呼んでも良い詩だと思います。
2016. 7.30 by 桐山人
作品番号 2016-207
十六歳有感 其一
本自愚而妄 本自らは愚かにして妄り
空經十六年 空しく十六の年を經ぬ
人卑命亦賤 人は卑しく命は亦た賤し
徳寡性非賢 徳は寡く性は賢きに非ず
尚畏深賊我 尚ほ畏る 深く我を賊(こは)すを
唯求閑眺天 唯だ求む 閑かに天を眺むるを
何時脱世去 何時世を脱(はな)れ去りて
訪彼夢中蓮 彼の夢の中の蓮を訪ねん
<解説>
鈴木先生、御無沙汰しております。
5月14日は僕の誕生日でした。16歳になりましたが、果たして成長していると言えるかどうか。
間も無く高校三年生になり、宿題と任務が増えていますので、僕の惱みも多くなっています。
僕は現在の心境を、【中二病】に似ている可笑しい詩に書きました。
何時あの素晴らしい詩の世界に入れるでしょうか。
<感想>
お久しぶりですね。
16歳ということですと、日本では高校2年生になりますが、勉強も一層大変になってくる時期、頑張っているのでしょうね。
「中二病」というのは分かりませんが、進路や人生について悩みが深くなった年頃の心の状態を表すのでしょうか。
自分自身についての信頼と不安、漠然とした葛藤の渦中でもがき苦しむのは、中国も日本も同じなのだなぁと思いました。
それでも、先人の歩んだ「道」である、「徳」を求め、「賢」なることを願う姿は、十分に期待を持たせていただけるものだと思います。
第五句の「賊」は現代中国語では二声になっていますが、平水韻では入声、つまり仄声です。
「殘」なり「傷」にしておけば良いでしょうね。
なお、読み下しと解説は一部、私の方で直しましたのでご了解ください。
2016. 7.30 by 桐山人
作品番号 2016-208
十六歳有感 其二
志學時既過 志學の時は既に過ぎぬ
加冠歳未來 加冠の歳は未だ來たらず
途中何所有 途の中 何の有る所ぞ
俟我示之哉 我を俟ちて 之を示さんや
<感想>
「加冠」は二十歳、「志学」の歳が終って、二十歳まではまだ時間があるとは言え、四年後の自分はどうなっているのか、一人前の大人として成長しているだろうか、そうしたことも不安な年頃。
ただ、現代日本の高校生たちで、同様の不安を抱いている人がどのくらい居るかと思うと、実は私の方が不安になります。
心の中にはあるのかもしれませんが、大人になるという気概、良い意味での「気負い」を外に出さない彼等は、隣の同級生も同じ悩みを持っていることに気づくことがあるのでしょうか。
詩に限らず、自己の心の中を表出する手段は決して二十や三十という文字制限の中では果たし得ないと思うのですが。
さんの詩はそうした意味で、私には刺激的であり、ノスタルジックでもありましたし、いささか寂しい気持ちで共感しました。
こちらの詩では、起句の二字目の「學」、四字目の「既」がどちらも仄声で、この場合には四字目を「經」としておくところでしょうね。
2016. 7.30 by 桐山人
作品番号 2016-209
夜雨有感(平成二十八年夏念利根川水系之渇水作)
却憾夏天晴又晴 却って憾む 夏天 晴れ又晴れなるを
未窮茶飯意難平 未だ茶飯に窮せざるも 意は平らかなり難し
只期今夜紛紛雨 只だ期す 今夜 紛々の雨の
遍灌山川水庫盈 遍く山川に灌して 水庫盈ちんことを
<解説>
晴れた夏空つづくのも 今年ばかりはうらめしい
暮らしに支障まだないが 心配せずにいられない
とにかくはただ期待する 今夜しきりに降る雨が
山川ぜんぶうるおして ダムにも水がたまること
記録的な少雪少雨のため、首都圏の水がめ・利根川上流のダム群の貯水量が著しく低下し、3年ぶりの取水制限→給水制限が始まってから、もう一月以上が経ちます。
時々、都市部でゲリラ豪雨みたいなものがあっても、すぐに海に流れ出てしまうのであまり意味がなく、梅雨前線の影響で雨が降るときに、やっと少しばかりダムの貯水量が回復、または低下に歯止めがかかる、といった具合。そんな背景から作った詩です。
とは言え、現段階の制限レベルでは日常生活への影響はほとんどなく、数字的には何十年に一度という記録的な状況であるにもかかわらず、実際のところ、あまり深刻な事態とは感じられないということも他方ではあります。
そうした切迫感のなさが、日照りや水不足をもっと直截に示す語の選択をためらわせ、詩のほうでもどこかのんびりとした気分が出ているようにも思われます。
<感想>
七月の終わりに漢文の勉強で東京に受講に行きましたが、あまりの暑さにぐったりと疲れてしまいました。
三日間の講座でしたが、二日目は休んで、調布の漢詩を楽しむ会の皆さんに会いに行きました。
実はここ一ヶ月ほど、五十肩に苦しんでいまして、荷物を詰め込んだリュックを右肩だけで担いでいたこともあるのか、完全に三日目は夏ばてになってしまい、一日ある講座(特に午後の講座は興味深かったのですが)を途中で早退して半田に帰って来てしまいました。
いや、本当に暑かったですね。
ここ二、三日は大気が不安定で、大雨洪水警報が出るほどの豪雨だそうですが、ダムの方は潤ったのでしょうか。
猛暑、酷暑と言われますが、皆さんも熱中症にお気をつけ下さい。
2016. 8. 3 by 桐山人
作品番号 2016-210
致「詩詞中国」第3回大会
一衣帶水貫東西 一衣帯水 東西を貫き
千古詩詞清韻齊 千古 詩詞 清韻斉し
新夏京華滿新氣 新夏の京華 新気満ち
芳筵雅友喜相携 芳筵の雅友 喜び相ひ携ふ
<解説>
六月に「詩詞中国」の記念大会が北京で開かれまして、ご招待を受けて、現代日本の漢詩状況について簡単な報告をして来ました。
熱気にあふれた大会で、古典詩を盛んにしていこうという中国の勢いが感じられました。
テレビ放映ありということでしたが、終った後、私はすぐに飛行場に直行して帰国しましたので、視ることはできず、ちょっと残念でした。
葛飾吟社のOさん、通訳も兼ねて同行して下さった紫陌青猫さん、北京大学に留学中のH君との交流も楽しいものでしたが、特に長年中国の詩壇との交流を重ねてこられた中山先生から多くのことをご教示いただき、私にとってはとても有意義な三日間でした。
今回の詩は、大会に向けての「寄語」として作ったものです。
2016. 8. 3 by 桐山人