2006年の投稿詩 第196作は 一人土也 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-196

  閑行        

静寂誰庭柿欲朱,   静寂なる誰が庭か 柿朱ならんと欲し、

閑拾好景已忘途。   閑かに好景を拾ひ 已に途を忘る。

雲流影冷清光去,   雲流れ 影冷やかに 清光去り、

野鳥飛行有我孤。   野鳥飛び行きて 我有りて孤なり。

          (上平声「七虞」の押韻)

<解説>

静寂な誰かの庭で柿が朱色になろうとしていて、
のどかにそんな好景を拾っていってすでに道を忘れた。
雲流れ、影冷やかに、清い日の光は去り、
野鳥は飛んで行き、自分ひとりが居るのみとなった。


<感想>

 晩秋の落ち着いた雰囲気がよく表れている詩ですね。

 言葉の重なりという点で見ますと、承句の「閑」が気になります。
 起句の「静寂」というのは、詩の中に用いた場合にはかなり強いものを持ちます。つまり、「静寂」であることを伝えたい、それを主眼にしようとする詩が多いわけで、景色や人の動きなどを配して読者に感じさせることを狙うわけです。逆に、このように「静寂だ!」と口に出す場合には、その静寂は心情を投影したものではなく、景の修飾語として理解することになります。
 しかし、それでもインパクトは強く、この詩の場合には、次の「閑」と重なって一層強調されてしまいます。
 承句で見ると、「好景を拾う」という行為に付ける修飾語は他にも考えられますし、「拾」の平仄も気になりますので、句頭の二字は変更されるのが良いでしょう。

 転句も「影」「清光」に重複感がありますね。

 結句は押韻の関係で下三字がこのように並んだのだろうと思いますが、最後の「孤」はそのままで「有我」は言わずもがなという気がします。一人土也さんの書かれた訓読は「我孤り有り」でしたが、掲載にあたって私が変更しました。

2006.10.29                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第197作は 一人土也 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-197

  静夜        

書斎沸沸茗煙流、   書斎 沸沸たる茗煙流れ、

静夜寒光已晩秋。   静夜の寒光 已に晩秋。

漫見染庭紅葉影、   漫ろに庭を染める紅葉の影を見れば、

金環燦爛暗灯幽。   金環燦爛たり 暗灯幽なり。

          (下平声「十一尤」の押韻)

<解説>

書斎には沸沸たるお茶の煙が流れ、
静夜の寒い光はすでに晩秋を思わせる。
なんとなく庭を染める紅葉の影を見れば、
月は豪奢な光を放ち、暗い灯はうすぐらい。


<感想>

 起句は、本来の語順で言えば「書斎茗煙沸沸流」として、(連用)修飾語である「沸沸」「流」の前に置くところです。平仄の関係でのことでしょうが、やや違和感が残りますね。
 転句もそういう意味では、「紅葉」を句頭に持ってきてから言葉の配置を考えた方がすっきりするでしょう。「漫見」は無くてもよい言葉です。

 結句は句中対、日本語では「幽」に適する言葉が無いため、土也さんの訳でも「暗い灯はうすぐらい」と何となく変な感じですが、ここは外の明るい月の光があるから一層部屋の中の灯火が細く見えるという、対比による作者の意図をとらえなくてはいけませんね。

2006.10.29                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第198作は 仲泉 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-198

  高原情歌        

焼山遥認野花香   焼山遥かに認む 野花香し

一陣清風愛夏涼   一陣の清風 夏涼を愛す

感慨旅愁人跡少   感慨 旅愁 人跡少なり

幽吟遊子是仙郷   幽吟 遊子 是れ仙郷

          (下平声「七陽」の押韻)


<感想>

 「焼山」はインターネットで調べますと、随分各地にあるんですね。仲泉さんが登ったのはどこの山なのかは分かりませんが、山頂の爽快さはよく伝わりますね。
 転句と結句の上四字が、単語が並んでいる感じで、それぞれのつながりがやや弱いでしょうか。結びの「是仙郷」も、強い言い方ですが、何を指すのか。詩全体を受けてのものか、結句を受けてのものか、そこが分かりにくいと思います。そのために、せっかくの結びが印象が弱くなるのが避けられません。
 推敲の方向としては、転句の「感慨」「旅愁」の重複を解消し、「人跡少」が何のために書いたのかを考えていくと、結句の役割も自然に決まってくるでしょう。

2006.10.29                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第199作は サラリーマン金太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-199

  賽第二十三番札所醫王山藥王寺        

重厚香臺閲歳華   重厚香臺 歳華を閲し

老松翠樹絶喧譁   老松 翠樹 喧譁を絶つ

厄除秘祷伝之寺   厄除の秘祷 之の寺に伝わり

念誦人群排百邪   念誦ね んしょうの人は群らがって百邪を排す

          (下平声「六麻」の押韻)

<解説>

平成18年3月30日春の名残雪が桜花にマッチするこの日、交流会に先駆けて初めて参拝しました。
来年は私も前厄であり懇ろに厄除けをしてきました。
やはり初老の域になると体力や脳の衰えとともに健康への祈りや切です。

香臺(こうだい)‥仏閣
喧譁(けんか)‥国語の「喧嘩」の意ではなく中国語では騒がしさをさす。
百邪(ひゃくじゃ)‥人間の煩悩、俗に108あるといわれる。


<感想>

 四国八十八ケ所の一つ、徳島県日和佐町にある「医王山薬王寺」は、厄除けの薬師如来がご本尊とのこと。
 サラリーマン金太郎さんも間もなく厄年を迎えられるのですね。私も厄年の時には同年の仲間と一緒に、厄払いに出かけました。私の住む所では、さすがに四国までは行きませんが、滋賀県の多賀大社にお参りしました。

 四十代になるとどうしても身体に疲れが出ますが、仕事の方は量もやり甲斐もたっぷりの年代でもあります。無理を承知で働かなくてはならないこともあると思いますが、どこかで疲れを取るようにして健康面に心配りをしてください。

 詩の方では、転句の「伝之寺」、結句の「念誦人群」がこなれていない感じがしますね。私でしたら、「如来の寺」「薬師(王)の寺」と転句を抑えて、結句の「人群」については、「念誦」を形容するような言葉を持ってくるでしょうか。

2006.10.30                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第200作は上海の 蔵山子 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-200

  春日感懐        

男児不知女児心   

却怨春風不解情   

更将春花浅浅笑   

誤作冬崖丈丈冰   

一朝無意佳人遠   

幾度嘗悔路難尋   

最是窓外梧桐雨   

点点滴滴到天明   

<解説>

 男の子は、女の子の心を知らずに、
 春風が風流を解かさないことに帰する。
 更に、春花の浅い笑いを
 冬の断崖に掛ける氷と間違った。
 一時の軽率で、佳人が遠く離れて、
 何度も後悔しても、道が見つかり難い
 もっとも悲しいのは、窓外の梧桐に叩く雨のしずくが
 一つ一つで夜明けまで絶えずに


<感想>

 今回の蔵山子さんの詩は、押韻平仄を整えていただいてから載せようか、そのままで行くか、実は掲載に随分長く迷っていました。
 で、結論としては、そのままお出しした方が良いかなということにしました。

 一つ一つの句を読んでいくと、蔵山子さんが表現したいことが見えてきて、詩心と言葉が調和してきているように感じます。以前の作品では、心の方があふれるほどで言葉が追いついていけないという印象がありましたが、この詩では、八句ということもあるのでしょうが、言葉が背伸びを強制されずに、のびのびと自分の役割を担っているようです。
 生意気な言い方をさせていただけば、表現力が高まったということなのでしょう。発想や表現に共感するところが沢山あります。
 この段階まで来ていればもう一息ですね。押韻平仄という規則に合わせて、古典詩としての形でお作りになることを期待しています。

2006.10.30                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第201作は サラリーマン金太郎 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-201

  新大久保駅転落事故七回忌 献李秀賢        

酔漢蹣跚隤軌道   酔漢蹣跚まんさん軌道にくず

不成救出嘆悲堆   成らず救出 嘆悲うずたか

日韓電影報凶事   日韓の電影凶事を報じ

共惜青年兩國魁   共に惜しむ 青年両国の魁たるを

          (上平声「十灰」の押韻)

<解説>

 「日韓両国民の扉開けた」JR新大久保駅事故・李秀賢さんしのぶ会

 新宿区のJR新大久保駅で2001年1月、ホームから転落した人を助けようとして韓国人留学生、李秀賢(イ・スヒョン)さん=当時(26)=が死亡した事故から丸5年の26日、「しのぶ会」が東京都内のホテルで開かれ、約250人が李さんをしのんだ。
 李さんの父、盛大(ソンデ)さん(66)は「両国民の交流は以前にも増して活発になってきた。両国民の扉を開けるのに、息子の行動が微力ながら役に立てたのではないかと思っている」と話した。
 しのぶ会では、「日本国民は李さんをこれからも忘れることはない。気高い心を受け継ぎ、日韓両国の相互理解と友好の醸成に努めていく」との麻生太郎(あそう・たろう)外相のメッセージも披露された。
 会の後、李さんの行動をたたえる日韓合作映画「あなたを忘れない」の撮影が、07年春完成を目指して順調に進んでいることが報告された。
 盛大さんは映画について「皆さんの目にどんな形で息子がよみがえるか、気になるし待ち遠しい」と話した。(共同)

【産経新聞2006年(平成18年)1月26日】


 [語釈]
「酔漢蹣跚」:酔っ払いが千鳥足でよろよろと歩むさま。ここでは東京新大久保駅のプラットホーム

<感想>

 この李秀賢さんを描いた映画「あなたを忘れない」が完成し、10月26日に東京国際映画祭で上映されたそうです。「公式ホームページ」をご覧になると、詳しい情報が分かりますが、来年1月に全国ロードショーとのことです。
 事故の悲しみを噛みしめつつ、日韓両国民のお互いの信頼が深まることを期待します。

 前半の二句、事件の様子を描いたのですが、承句は「不成救出」の主語は「李秀賢」さんだと思いますので、その後の「嘆悲堆」に飛躍があります。やや言葉足らずの印象です。

2006.10.30                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第202作は 井古綆 さんからの作品です。
 「近江八景」を題材にした八首を送っていただきましたので、順にご紹介しましょう。

 詩題となっています歌川広重の「近江八景」の版画の実物は大津市歴史博物館蔵、インターネットでも見ることができます。いくつかありますが、「昔の近江八景」のページが分かりやすいと思いましたので紹介します。井古綆さんの詩と併せてご覧になるとよいでしょう。

 私の感想は、まとめて書かせていただきます。



作品番号 2006-202-1

  歌川広重画近江八景 其一 比良暮雪        

天満同雲暮雪催   天は同雲に満ちて暮雪催し

比良山嶺白皚皚   比良の山嶺は白皚皚

帰人凍脚亦盤散   帰人は凍脚亦盤散

偏想臛羹于暖醅   偏に想ふ 臛羹と暖醅

          (上平声「十灰」の押韻)

「臛羹=羹臛」



作品番号 2006-202-2

  又        

比良山勢似紈冠   比良の山勢は紈冠に似て

急雪霏霏暮景寒   急雪霏々として暮景寒し

遥望孤村極難渋   遥か孤村を望むも難渋を極め

帰人焦燥歩漫漫   帰人は焦燥歩漫々

          (上平声「十四寒」の押韻)












 2006年の投稿詩 第203作も 井古綆 さんからの「近江八景」詩です。
 

作品番号 2006-203

  歌川広重画近江八景 其二 矢橋帰帆        

矢橋鄙港満帰帆   矢橋の鄙港は帰帆に満ちて

水運漁撈戸戸霑   水運漁撈は戸々うるお

慰労筵終出湖畔   慰労の筵終えて湖畔に出れば

平波瀲灔泛明蟾   平波瀲灔明蟾泛ぶ

          (下平声「十五咸」・上平声「十四寒」の通韻)












 2006年の投稿詩 第204作も 井古綆 さんからの「近江八景」詩です。
 

作品番号 2006-204

  歌川広重画近江八景 其三 石山秋月        

鐘声隠隠出香靄   鐘声隠隠 香靄を出で

堂影参参雑老松   堂影参参 老松に雑ふ

千古石山秋月浄   千古石山の秋月は浄く

照来霊境与塵胸   照し来る霊境と塵胸と

          (上平声「二冬」の押韻)












 2006年の投稿詩 第205作も 井古綆 さんからの「近江八景」詩です。
 

作品番号 2006-205

  歌川広重画近江八景 其四 瀬田夕照        

瀬田夕照泛唐橋   瀬田の夕照に唐橋泛び

分断琶湖路一条   琶湖を分断す路一条

人急杪秋天暮早   人は杪秋を急ぎ天暮るる早し

旅亭遠遠思遥遥   旅亭は遠遠思いは遥遥

          (下平声「二蕭」の押韻)

「遥遥=心不安」










 2006年の投稿詩 第206作も 井古綆 さんからの「近江八景」詩です。
 

作品番号 2006-206

  歌川広重画近江八景 其五 三井晩鐘        

三井晩鐘出翠微   三井の晩鐘翠微を出で

不知農父戴星帰   知らず農父は戴星して帰る

旻天既作黄昏路   旻天は既に作る黄昏の路

羈客何留解垢衣   羈客は何れに留りて垢衣を解かん

          (上平声「五微」の押韻)

「旻天=秋天」










 2006年の投稿詩 第207作も 井古綆 さんからの「近江八景」詩です。
 

作品番号 2006-207

  歌川広重画近江八景 其六 堅田落雁        

遥嶺蒼然泛暮天   遥嶺は蒼然と暮天に泛び

帰帆取次急堅田   帰帆は取次に堅田に急ぐ

遠来鴻雁宿何処   遠来の鴻雁は何処にか宿せん

夢結砂洲枯葦辺   夢は結ぶ砂洲の枯葦の辺に

          (下平声「一先」の押韻)












 2006年の投稿詩 第208作も 井古綆 さんからの「近江八景」詩です。
 

作品番号 2006-208

  歌川広重画近江八景 其七 粟津晴嵐        

遥隠帆船膳所城   遥か帆船に隠れる膳所の城

長途将尽草鞋軽   長途将に尽きんとして草鞋軽し

晴嵐浮嶺粟津畔   晴嵐嶺を浮かべる粟津の畔

明日叡山于洛京   明日は叡山か洛京か

          (下平声「八庚」の押韻)












 2006年の投稿詩 第209作は 井古綆 さんからの「近江八景」詩です。
 

作品番号 2006-209

  歌川広重画近江八景 其八 唐崎夜雨        

雨箭千条隠巨松   雨箭千条巨松を隠し

四辺蕭策更溟濛   四辺は蕭策更に溟濛

唐崎夜冷人声絶   唐崎の夜は冷ややかに人声絶え

只有神前灯火紅   只有るは神前の灯火の紅

          (上平声「二冬」・上平声「一東」の通韻)

<感想>

 大津市歴史博物館の収蔵として、この歌川広重の絵をよく目にしますね。私も二度ほど、博物館に行きました。

 「近江八景」は滋賀県の琵琶湖の南湖周辺の八つの景勝地、「三井の晩鐘」「石山の秋月」「堅田の落雁」「粟津の晴嵐」「比良の暮雪」「唐崎の夜雨」「瀬田の夕照」「矢橋の帰帆」の八景を言います。
 中国の「瀟湘八景」にならったもので、室町後期に五山の僧侶や公家がえらんだとも、それらをもとに江戸初期に近衛信尹が案をだし、後陽成天皇の選択がはたらいて、今日のかたちにさだめられたとも言います。
 以降、「東海道名所図会」など各種の名所記類に紹介され、また詩歌にうたわれたり画題になることが多く、とくに浮世絵師歌川(安藤)広重は生涯に二十種類あまりの「近江八景」シリーズを手がけたそうです。

 しかし、第二次世界大戦後は往年の風情がうしなわれたとして、新たに昭和二四年、琵琶湖全域を対象とした琵琶湖八景が選定されました。
 大津市から瀬田石山の清流と比叡の樹林、志賀町から雄松崎の白汀、マキノ町から海津大崎の岩礁、木之本町と余呉町の境にある賤ヶ岳の大観、彦根市の古城、安土町と近江八幡市にまたがる水郷、びわ町から竹生島の沈影の八つとなっているそうです。
 大津市観光協会のサイトで、現在と過去の「近江八景」を写真と版画で紹介した「現在と昔の近江八景」というページがありますが、比較するのも面白いですね。

 近代にも大江敬香が「近江八景」の漢詩を書いています。参考までにご紹介しましょう。

   堅田落雁比良雪
   湖上風光此処収
   煙罩帰帆矢走渡
   風吹嵐翠粟津洲
   夜寒唐崎松間雨
   月冷石山堂外秋
   三井晩鐘瀬田夕
   征人容易惹郷愁

2006.10.31                 by 桐山人






















 2006年の投稿詩 第210作は 真瑞庵 さんからの作品です。
 

作品番号 2006-210

  夏日        

門柳蒼蒼枝葉動   門柳 蒼蒼トシテ 枝葉動キ

莎鶏緩緩翅翎振   莎鶏 緩緩トシテ 翅翎振フ

夏日昼分閑適叟   夏日 昼分 閑適ノ叟

披箋執筆睡魔頻   箋ヲ披キ 筆ヲ執ルモ 睡魔頻リナリ

          (上平声「十一真」の押韻)

<解説>

 今年の夏は猛烈な暑さが連日続き、何をするのにも気だるく、眠気だけが襲ってきました。

<感想>

 真瑞庵さんは律詩をよく拝見するのですが、絶句も凝縮された感がよく出ていて、楽しみにしています。

 承句の「莎鶏」はニワトリではなく、昆虫で、「クツワムシ」とされていますが、キリギリス系の虫と考えると良いでしょう。「緩緩翅翎振」「ゆっくりと羽根を動かす」ということですね。

 前半での微細な事物を丁寧に見つめておられる姿、特に承句の「これでもか」というくらいの目の働きから、後半はゆったりとした時間の流れへと移るのですが、この構成がとても実感があると思います。
 「閑適」「睡魔」がよくつながりますね。

2006.11. 3                 by 桐山人